◇ 戦闘警戒区域ターレル
戦闘警戒区域に指定されているターレルに、二人の兵士があらわれる。
二人とも、女兵士だ。
「みんな避難しているようだ」
「そのようですね」
ラムド政府軍、特別機動部隊の副隊長であるレミーが、年下の相方にふり向く。
「油断せず、確認していこう。敵の斥候部隊が隠れているかもしれない」
彼女といっしょにいるやや細身のリナが「はい」と返事をする。強い風が、彼女の茶色の髪を揺らす。
いま、この町には誰もいないはずである。二人は、巡回調査に来ているのだ。
ヘルメット型のヘッドギアをかぶり無線装置を背負ったレミーが、己の能力を発揮する。彼女のレイズは、建物の外から内側の様子をとらえることができる。
室内で動いている者がいれば、すぐにわかる。その解析可能距離は、三百メートルだ。
そして彼女は、半径百メートル内であれば、石ころを地面に落とした音さえきこえる。彼女固有のヘッドギアが、その能力を増幅させる。
レミーのレイズで安全を確認しながら、二人は町中を進んでゆく。建造物のなかに誰かが潜んでいることもなく、屋根や屋上から自分たちを狙う者もいない。
問題なさそうだと思ったとき、レミーの足が急に止まった。
リナが彼女に尋ねる。
「誰かいるのですか?」
「いる」
左を向いているレミーは、左手の人差し指でその建物を示した。商店のようだが、店自体はそれほど大きくはない。
「あそこにいるぞ。一人だが、身体の大きさからして男のようだ」
「市民でしょうか?」
「さあ、どうだろうな」
二人は、ゆっくりと建物に近づいてゆく。レミーが店の内部の様子をレイズで探る。
「ふむ、食料を売っている店だ」
店内にいる男は、なんの目的でこの店に入ったのか。男は店の中、右の奥の壁にもたれるようにして座り、片足を伸ばしている。
レミーは己の能力を男に集中させる。
──武器はないようだ
彼女は、リナの方に顔を向けた。
「入ってみよう。どうやら、市民らしい」
強盗の可能性があるが、店内はまったく荒らされていない。
銃を構えようとしたが、逃げ遅れてここに避難した市民だとすると恐がらせるだけだろうと思いなおした。
自動ドアが開けっ放しの店に足をふみ入れ、まっすぐ奥へ歩く。そこから右に曲がって進むと、確かに男が壁にもたれて座っている。いや、寝ているのか?
暗い店内で、うつむいている彼の表情は、よく見えない。
二人は警戒を緩めずに、ゆっくりと近づいてゆく。
不意に、その男が顔を上げた。
「ん、誰かいるのか?」
リナが、自分たちが何者であるかを告げる。
「わたしたちは、ラムドの兵士です」
「ラムドの兵士……」
「あなたは、一般人ですか? いったい、ここでなにを」
彼は答えた。
「俺の行くところ、ひたすら戦闘がはじまって危なくてね。平和な場所を探しまわっているんだ」
どうやらこの男は、一般人の流れ者らしい。
彼をレミーの能力でふたたび確認すると、銃もナイフも携えていないことがわかる。通信機も持っていない。
リナは彼に伝える。
「現在、この場所は戦闘警戒区域に指定されています。とにかく、ここからはやく離れた方が良いでしょう」
男が立ち上がる。身長は、一八〇センチはある。彼女たちとの差は二十センチ以上だ。
レミーとリナは、彼とともに店の外に出た。
男の着ている黒っぽいコートもズボンも、だいぶ年期がはいっているようだ。
二十代後半と思える彼の頭は、ボサボサだ。
リナがレミーに相談する。
「この人、どうしましょう」
「とりあえず、別の場所に避難させた方がいいだろう」
「ヤーパスあたりに?」
「そうだな。いちばん近くて安全なのは、そこだろう」
ヤーパスの町までの距離は、約三キロメートルほどだ。
この町に来たときに乗ったグランドランサーが、巡回調査の終点で待機している。
だが軍用車両は、一般人は乗せられない決まりがある。
レミーは無線装置のスイッチを入れて、待機しているグランドランサーの運転手ガイ・ユングに伝える。
「一般人を見つけたので、調査が終わり次第、ヤーパスに連れて行く。グランドランサーは、ヤーパスにまわしてくれ」
「了解です」
レミーは通信を切ると、男の方をふり向いた。
「あなたを安全なところまで送っていこう」
彼はニコッと微笑むと、いった。
「優しいね、君たちは」