◇ はぐれ者
ドノヴァンは燃えゆく廃墟ビルを見ながら、誰にいうでもなくつぶやいた。
「やはり、リナちゃんは」
続く言葉に、セシルは驚く。
「ダブルレイズだったのか」
セシルは目を丸くしたまま、ドノヴァンに訊いた。
「知っていたのか?」
「いや。でも、ひとりで一個部隊を殲滅できるほどの能力だ。ダブルレイズ以外に考えられないだろう」
ダブルレイズを使えるドノヴァンだからこそ、ピンとくるのだ。
セシルは、狙撃手の始末に片をつけたドノヴァンに尋ねる。
「おまえは、これからどうするんだ」
下を向いてしばらく黙っていたドノヴァンは、セシルの方をふり向くと、口をひらいた。
「平和なところで、平和に暮らすよ」
もう、シグマッハにはもどれない。また、ラムドに自分の居場所を求めたところで、歓迎されるとも思えない。
セシルは、複雑な想いにとらわれる。ドノヴァンをラムドの部隊にひき入れることができれば、シグマッハとの戦いに終止符が打てるかもしれない。
しかし、無理だろう。仲間を殺された部隊のみんなは、彼を絶対にゆるすはずがない。そんなみんなを説得するのは不可能だ。
──孤独な男だ
セシルは、この場から去りゆくドノヴァンが、自分と重なって見える。
彼女はウルトラシークレットが発動されて以来、上官に対する態度がぞんざいになってくる。暗殺のために子どもを利用する政府や軍に対して、日に日に嫌悪感がふくらんでいった。
特に、ワイアードを相手にしたときの口のきき方は、目にあまるほどだった。
各部隊の大隊長たちが、このままでは部下のみんなにしめしがつかないとワイアードのもとに集まり、処罰すべきだと直訴したことがある。
だが、そんな彼らを諌めたのは、他の誰でもないワイアードだった。
「ファーマインは、ウルトラシークレットに直接かかわる一人なんだ」
それをきいた隊長たちは驚いた。ウルトラシークレットが発動されれば、必ず軍が動くはずだと彼らは考える。一部の精鋭部隊だけが携わるとしても、大隊長の自分たちのうち一人はその内容を把握しているはずである。
しかし彼らの知る限り、それらしき動きはまったくないどころか噂すら立っていない。
ゆえに、セシルが関係するウルトラシークレットがどんな内容なのか、いつ発動されたのかもわからない。
政府軍のなかでウルトラシークレットの詳細を知っているのは、ワイアードとセシルだけである。
隊長の一人が、ワイアードに尋ねた。
「ファーマインが関係するウルトラシークレットとは、いったい……」
「それは教えられない」
だから、ウルトラシークレットなのだ。
眉をよせたワイアードの顔が、下を向く。確かに、この状態を放置したままでは、いろいろと問題になってくるだろう。
彼は顔を上げると、隊長たちに向かって口をひらいた。
「ウルトラシークレットは、ファーマインの正義に反することだったんだ。常識で考えると、正しいのはファーマインの方なんだ。わたしには、あいつの気持ちがわかるのだよ」
「ですが」
「ファーマインのことは、反抗期の娘が父親に逆らっているというふうに、見てくれないか」
そういわれると、なぜか妙にしっくりくる。
「ファーマインのことは、わたしに任せてくれ」
どうにか彼らを説得したワイアードだった。
それでもセシルは部隊のなかで、どんどん浮いていった。やはり上官に対する態度がぞんざいだと、評判が悪くなる。
しかし、セシルはまったく気にもしなかった。
小さくなってゆくドノヴァンの背中を見ていると、あの当時の自分を思い出す。
彼もまた、シグマッハのなかでは、はぐれ者だったのではないか。そうでなければ、味方の部隊を殲滅するなどあり得ないだろう。
さんざんラムドの部隊を苦しめ、多くの命を奪っていったドノヴァンだが、セシルはそんな彼を憎むことができないのだった。




