◇ 副大統領への罠
また、この計画は、それで終わりではなかった。
リナを回収し終わったあと、まだ官邸にいるボルグが部下に命令する。
「大統領が死んだことを外部の人間には絶対に漏らさないよう、官邸にいる全員に伝えろ」
「はっ」
部下たちが一階に降りると、のこされた警備員がボルグに尋ねた。
「どうして、大統領の死亡を外部に伝えないのですか?」
ボルグは、わざとらしく真剣な表情をつくって語った。
「レイズを使えない一般人の多くは、大統領に不満をもっている。大統領の死亡が知れると、彼らがこれを機に暴動を起こすかもしれん。このまえ、ガルモア議員が襲われた事件が、あっただろう」
「ああ、確かに……」
「いま、差別的処遇を受けている彼らが一斉に暴れだすと、ラムドは内側から崩壊していくぞ」
ボルグはそういうと、モバイル通信機を取り出した。連絡先はレズリーだ。
「レズリー議員、情報局長官のボルグです。大変なことが起きました。大至急、大統領官邸に来てください」
やがてレズリーが官邸に到着すると、ボルグと二人で台本どおりの会話をはじめる。
そして救命車を呼び、ダーモスの遺体を感染病棟へ運ぶよう手配した。ボルグもいっしょに同行する。
必然的に、感染病棟で働く職員には大統領の死亡が知れることになるが、それを外部に漏らさないよう、ボルグが厳重にいいわたす。
「この事実を外部に漏らした者は、極刑に処せられて死刑になると思え!」
彼の言葉をきいて、事の重大さを理解した職員一同は、真っ青になりながらうなずいた。
ボルグは己の言葉にマインドコントロールのレイズを機能させていたため、感染病棟の職員を通じてダーモス死亡の情報が外に出回ることは、いっさいなかった。
一方、レズリーはすべての議員を政府議事堂へ呼びよせる。議員の他にワイアードとセシル、そして感染病棟に向かったボルグ長官の代理としてマリー・クレストン情報解析室室長が参加している。
レズリーは、大統領が死亡したことをみんなに告げた。
だが、これが国民に知れわたると、いままで差別的処遇を受けてきた一般人が、ここぞとばかりに暴動を起こす恐れがある。
そのことをみんなに話し、事実を隠蔽するように彼らを説得したのだった。
国民には、大統領は未知の伝染病に罹った恐れがあり、重症であると報道することに決める。
ダーモスの死亡を国民に伝えなければならないときがくるだろうが、そのときまでダーモスには防腐処理を施し、彼の肉体は腐敗しないよう処置したのだった。当然、面会することはゆるされず、それは家族でも例外ではなかった。
早急に、ダーモスに代わる大統領を決めなければならない。
ふつうなら、副大統領のベルガー・ジモンが適任者として推されるのだが、レズリーたちは彼に対して罠を仕掛けていた。
ボルグは事前に、ベルガーに良からぬ疑惑があるとして、部下に接近させていた。
マスメディアの一員に扮した部下は、ボルグの指示どおりにベルガーにインタビューする。
「次に大統領になる人物はあなただという声が多いのですが、あなたの時代になれば、ラムドの国をどうされますか?」
ベルガーは、ボルグの思ったとおりに言葉を返した。
「そうだな。ダーモス大統領がいなくなれば、わたしの時代になるな。ハハハ」
情報局長官の代理で来たマリー・クレストン女史により、録音されたこの声が議員全員にきかされる。
ベルガーの顔が、一瞬で真っ青に変わった。
マリーが彼を問いつめる。
「ベルガー副大統領。この声は、あなたの声ですね」
「ち、ちがう、わたしは……」
「わが情報局の解析チームを侮らないでいただきたい。この声は、あなたの声と完璧に一致する」
「た、確かにわたしの声だ。しかし、これは……」
レズリーは、彼に最後まで話させない。
「ベルガー副大統領、あなたには大統領殺害の容疑がかかっています。それが無実だと証明されるまでは、警察庁で取り調べを受けてください」
「ちがうっ。わたしは大統領を殺していない!」
「副大統領の地位にあれば、自分の手を汚さずに誰かに命令するのが、ふつうでしょう」
ベルガーは、警備員たちによって警察庁へ連れて行かれ、取り調べを受けることになる。
そして数日後、彼は取り調べの最中に謎の死をとげるのであった。




