◇ 戦う運命
セシルがもう一度、飛ぼうとしたときだった。ヘッドギアのインカムからきこえるレミーの叫び声が、セシルの耳をつんざいた。
「ミサイルです! 隊長、そっちに……」
セシルは、リナに怒鳴るように大声をあげる。
「伏せろっ」
敵のミサイルが、彼女たちの盾になっている建物に命中する。二階から上が木っ端微塵になった。
セシルが建物の右端まで進み、前方の様子をうかがおうとしたとき、ふたたびレミーの声がインカムに響いた。
「もう一発、きます!」
二度目のミサイルが炸裂し、セシルは後方へ吹っ飛ばされる。リナが後ろをふり向いて叫んだ。
「隊員っ」
セシルは、すぐに返す。
「大丈夫だ、心配するな」
リナからかなり離れたものの、受け身が完璧だった身体はそれほどダメージを受けていない。
土煙が前方の視界を曇らせる。リナは、不意に人の気配を感じた。
──誰かいる
レイズで仕留めようとしたとき、ドキッとする。会いたくなかった人物が、そこにいる。
彼はリナの姿を確認すると、運命の残酷さを味わっているような声を出した。
「リナちゃん……」
ドノヴァンだ。彼の後ろの方から、別人の声がきこえてくる。
「いてててっ」
ノーティスである。ラムドの部隊から発射された小型ミサイルが、ノーティスが隠れていた建物に命中し、彼を吹き飛ばしたのだ。
シグマッハの部隊が、一気に上がってくる。ノーティスが、そんな彼らに指示を出す。
「止まれ、動くな!」
部隊の一人が、彼にいった。
「どうしてですか?」
ようよう起き上がったノーティスは、ため息をつくと冷静な声を響かせる。
「シグマッハとラムドの、最高戦力者どうしの一騎打ちだ。邪魔するなよ、巻き添えを食うぞ」
みんなは、そこから動けなくなる。いうべきことをいったノーティスは、己のレイズで姿を消した。
セシルは、あわてたように先進部隊の隊長ラインバッハに伝える。
「先進部隊は撤退してくれ。急いでここから離れるんだ」
「いや、ここでシグマッハを止めないと」
「この場所でみんなが全滅すると、迎撃部隊だけでは都市を、ラムドの国を守れない」
おそらく、セシルのいうとおりになるだろう。しかし、特機隊を見捨てるわけにはいかないと思うラインバッハは、迷う。
そんな彼に、セシルは言葉を続ける。
「最悪の事態に備えてくれ。われわれは、むだ死にはしない」
ラインバッハは決心した。国を守るのが最優先だ。
「……健闘を祈る」
彼はセシルにそういいのこし、部隊をひき連れて戦線から離脱するのだった。
双方、攻撃を停止する。
ラムドもシグマッハも、いつでも銃撃できる態勢を保っている。
リナのいる場所から十メール後方にいるセシルは、思考を巡らす。この状態は、非常にまずい。
いま、リナとドノヴァンが戦うと、リナの電撃は彼の重力のレイズに曲げらる。逆に、ドノヴァンのレイズは防ぎようがない。
──自分が、ヤツのそばまで移動して心臓を突き刺すか、喉元を掻き切ることができれば良いのだが
セシルは、肌で感じる。
──ダメだ、失敗する
彼女の身体が、それは不可能だと拒んでいる。こういうときは、むやみに動いてはならないのを、彼女自身がよく理解している。
一方、シグマッハの兵士たちは、リナを見て驚いている。彼女が十七歳だということはすでに知れわたっているが、実際にリナを目にすると、その年齢で戦場に立っている現実に半端ではない違和感を覚える。
「本当に、子どもじゃねえか!」
ふつうなら、ありえない。だが、彼女はシグマッハの部隊を壊滅する力があるのも事実なのだ。
いま、リナとドノヴァンの間には、誰も入ることができない。




