◇ 素顔
ルカーラでの戦いから、七日が過ぎた。
シグマッハの部隊も動く気配はなく、久しぶりに休みをもらったリナは、ユードルトのとなり街であるアイロブの繁華街に出かける。
久しぶりに着るスカートが、リナを戦闘員からふつうの女の子に変える。
花屋の店先に、きれいな花がならんでいる。近くまで行って見とれていると、誰かが店の中から出てきた。
その人物を見るなり、リナは驚嘆する。リナに会った相手も驚いている。
彼は、リナに声をかけた。
「あれ、リナちゃん?」
警戒心がリナの全身をおおいつくす。
──ノーティス……保護色のレイズ
なぜ、こんなところにノーティスがいるのか。ここは、ラムドの領域である。
彼は、まるで親しい友人を相手にするように、リナに話しかけてくる。
「まさか、君がここにいるとは思わなかったよ」
こっちのセリフだ、と彼女は思う。
「リナちゃんも、花を買いに来たの?」
そうではないのだが、彼がここで花を買っていることが意外でならない。
思わず彼に向かって口をひらいた。
「その花を買うために、わざわざここまで来たのですか?」
「うん」
冗談かと思った。ところが、冗談ではないらしい。
「リナちゃん、これからどこか行くの?」
「いえ、別に……」
「ちょっと歩こうか」
それは避けたい。しかし、彼の次の言葉が、リナの心を揺さぶるのだった。
「俺のこと、知りたいだろ。話せる範囲で教えてあげるよ」
結局、リナはその誘惑をはねのけることができなかった。
彼女はノーティスとならんで歩く。彼にはまったく敵意を感じないのを不思議に思うリナである。
いっしょに歩くリナに、ノーティスは自分のことをポツポツと語りはじめる。
「俺は、この街で育ったんだ」
リナの驚いた目が、ノーティスの顔に釘付けになる。てっきり、彼はラムドからずっと離れた地域の人間だと思っていたのだ。
しかも、ここアイロブの街は、裕福な貴族たちが住んでいた街だ。シグマッハがもっとも壊滅に力を入れていたのが、この街である。
至るところで火の手が上がり、多くの人々が虐殺された。そのほとんどは貴族だ。
この街を占拠されたラムドは危機的状況に陥ったが、多数の部隊をここに集結させ、一気に片をつけて奪還する。
片をつけたといっても、正確にはラムド軍が到着したときには、シグマッハの部隊はほとんど撤退していたのだが。
一度、壊滅状態になったアイロブの街だが、どうにか復興して平和な街としてよみがえったのである。
ノーティスは話を続ける。
「家族は誰もいない。俺は、一人っ子でね」
「………」
「俺の人生は、ドノヴァンと似たようなものかな。あいつも、不幸な日々を送っていたんだ」
知っている。リナはドノヴァン自身からきいている。
リナは彼に尋ねてみる。
「ご両親は、殺されたのですか?」
「父さんは、そうだ。母さんは、父さんが死んだショックで倒れて、ベッドから起き上がることは二度となかった」
話をきいているリナは、妙に疑問に思う。父親がシグマッハに殺されたのなら、なぜ彼はシグマッハに身をよせているのか?
しかし、彼が嘘をいっているとは思えない。頭が混乱してくる。
ノーティスがリナに顔を向けた。
「ドノヴァンが、いってた」
「え?」
「君も、悲しい過去を背負っているんだろう」
「………」
ノーティスはドノヴァンと同じ目をしている。リナはそう感じた。
瞳の奥にひそむ、その哀しみ。
──この人も、悲惨な人生を
だからこそ、相手の悲しみがわかるのではないか。
リナがなにもいわずにいると、ノーティスが口元をゆるめる。
「俺もあいつも、リナちゃんみたいな妹がほしいと思っているんだ」
リナは唖然とした。自分は敵なのに、この男たちはなにを考えているのか。
微笑む彼は、歩きながらリナに告げる。
「そろそろ、お別れだね」
リナは、ハッとした顔になる。ききたいことは、まだたくさんあるのだ。
しかし、それはかなわなかった。
「また会おう、リナちゃん」
ノーティスはリナの前で、その姿を徐々に消してゆく。
「待って!」
自分の姿を完全に消し去った彼は、最後までリナに笑顔しか見せなかった。




