◇ 二人の想い
リナたちが去ったあと、壁ひとつ向こう側の陰から、ノーティスがレイズを解いてドノヴァンとともに姿をあらわす。
「侮れないな、あの二人は。なあ、ドノヴァン」
「ああ。あの女隊長は、思った以上に頭の回転がはやいな」
二人はシグマッハの本拠地に帰るべく、足を向ける。ノーティスがリナと遭遇したときの心情を、正直に吐露する。
「焦ったよ。あの子は俺の姿が見えないはずなのに、しっかり銃口を向けてきたからな」
ドノヴァンがニヤニヤ笑う。彼の顔を見たノーティスは、眉を寄せる。
「笑うなよ。まさか電磁波の揺れで、こっちの動きが読めるとは思いもしなかった」
セシルとリナの会話を、しっかりきいている二人だ。
「リナちゃんがどんなレイズを使うのか知らなかったが、電磁波か……それを応用しているんだろうね。頭が良さそうだ」
「敵なのが残念だな」
「うん」
二人とも、考えることは同じである。ドノヴァンの口から、それが漏れる。
「あの子とは、戦いたくないなあ」
「ああ。戦場では会いたくないね」
自分たちに銃を向けていながら、最後まで引き金をひくことはなかった。
戦場に立つ兵士としては甘すぎるといえばそれまでだが、リナのやさしさを感じる二人は、彼女を愛おしく想う。
しばらく無言で歩いていると、ノーティスが思い出したようにいった。
「リナちゃん、戦場に出てくるには若すぎないか。十七歳だっけ。その年で前線へ行かせるか、ふつう?」
「俺も気になってた。なんか、ラムドは」
怪訝に思うドノヴァンが、その顔をノーティスに向ける。
「俺たちよりも残酷なんじゃないか」
自分がリナの兄であれば、絶対にゆるさないだろう。
リナには、なにか特別な秘密があるような気がする。ドノヴァンは、彼女の瞳の奥に哀しみを感じるのだ。
リナも自分と同じように、暗い過去を背負っているのではないか。また彼女の場合、それだけではなさそうだ。
いくら戦闘にすぐれたレイズを備えているとはいえ、まだ二十歳にもならない女の子が、こんな戦場へ駆り出されるはずがない。
──ラムド政府軍の上層部しか知らないなにかが、あの子には……
リナについて、いろいろと考えを巡らせていると、シグマッハの車両が近づいてくる。
見慣れたジープだ。それが彼らの前で停止すると、運転手のブロスが降りて敬礼する。
「お疲れ様です」
ノーティスが、彼に向かって右手を上げる。
「ご苦労さん」
若いブロスは彼に問いかける。
「今回、ラムドの特機隊隊長のファーマインも来ていたとききましたが」
「危なかったよ。まあ、向こうも引き上げてくれたから、良かったけどね」
「オズマさんのレイズをもってしても……」
ドノヴァンが、彼に答える。
「やっぱり、ラムドの特機隊はちがうな。一筋縄では、いかないよ」
ノーティスが、抱く疑問をブロスに投げた。
「そもそも、特機隊はなぜこっちへ来たんだろ。レウールに誘い出すはずじゃなかったのか?」
本来、セシルの特別機動部隊をこのルカーラに来させないように、レウールの街に釘付けにする作戦だった。
それについて、ブロスが説明する。
「レウールに行くまでの道が、これまでの災害で通れなくなり、断念したんです」
レウールは、その周辺が立て続けに凄まじい嵐にみまわれ、いま多数の被災者が出ている。
これまでにない大災害だということだ。
ドノヴァンが彼に尋ねた。
「別のルートはなかったのか?」
「そっちもダメだったようです。予想以上に被害が大きかったのでしょう。大病院はラムド側にあるので、修復作業は、街からそっち側を中心に行われているもようです」
ノーティスは「なるほどね」とうなずくと、この会話を終わらせる。
「行こう、総隊長が待ってる。たぶん、苦い顔をしているだろうな」
彼らはジープに乗り、シグマッハの本拠地へ帰ってゆくのだった。




