◇ ノーティスのレイズ
リナの頭が混乱する。ほんの数秒で、ドノヴァンたちはこの場から姿を消した。
──いったい、どうやって?
そのとき、リナの背後から声が響いた。
「ジーグ」
ふり向くと、セシルが壁の陰から姿をあらわしている。彼女は持っていた銃を腰のホルスターに収めながら、言葉をつないだ。
「肝を冷やしたぞ。オズマだけでなく、もう一人いたとはな。しかも」
そういうセシルの額から、冷や汗が流れる。
「ヤツは、わたしの存在に気づいていた」
リナはうなずいた。
「驚きました。誰もいないところから、いきなりあらわれましたから。あの能力は……」
彼女は、ノーティスのレイズはセシルと同じだと思った。ところが、セシルの考えはちがう。
「わたしと同じではない」
「え?」
「ジーグ。おまえは電磁波の揺れで、あいつが移動するのが、わかったんじゃないのか」
確かにあのとき、なにかが右から左へ動いたと思った。しかし、自分の目にはなにも映らなかったリナは、自信をもって答えられない。
セシルには、おおよその見当がついている。
「保護色だよ、ジーグ」
リナは、ハッと目を見開いた。
「おそらく、あいつ自身だけでなく、あいつが触れているものも保護色にできるのだろう」
そうであれば、レミーの能力をもってしても、彼らをとらえきれなかったのが納得できる。セシルとは異なる能力だ。
誰にも気づかれずに敵陣に近づき、敵の作戦や動きを仲間に伝えることができるなら、グレイス隊長の部隊が苦戦したのも当然といってよい。
セシルは「それにしても」と言葉を続ける。
「あいつらは、かなりおまえを気に入っているみたいだな」
「あの人たちからは、これっぽっちも殺意を感じませんでした。自分は、まるで一般人に銃を向けているような気がして」
セシルは、リナの心情がわからないでもない。いまのリナは、そんな相手に対して引き金をひくのは、気が重いだろう。
──そう、いまのジーグは
イヤなことを思い出した。
──殺人マシンにならずに、今日までまともにやってきたんだ。もう二度と、あんなことは……絶対に……
心の闇に落ちかけたとき、リナの声で呼びもどされる。
「隊長、隊長?」
「ああ、悪い。考えごとをしていた」
「これから、どうしますか?」
リナに訊かれたセシルは、まずレミー・モルダンに連絡する。
「モルダン、シグマッハの様子はどうだ?」
「後退していきます。前に出てくる感じはありません。撤退するもようです」
それをきくと、こんどは抗戦部隊のグレイス隊長へ通達する。
「ファーマインだ。シグマッハは撤退をはじめている。もう大丈夫だ」
グレイスはセシルに感謝した。彼は、これから遊撃部隊に応援を要請し、彼らとともにこの地にのこり、ルカーラを守るという。
セシルは、リナにふり向いた。
「われわれも帰るぞ」
「はい」
装甲車が近くまで来ると、リナとセシルはそれに乗り込んだ。
セシルは、車に乗っている隊員の一人に尋ねる。
「オズマのレイズで、負傷者は出なかったか?」
「大丈夫です、負傷者は一人もいません。全員、ぶじです」
セシルは装甲車に設置された通信機のマイクをとり、特機隊の全隊員に告げる。
「特別機動部隊、これより帰還する」
彼女が率いる特機隊は、ユードルトの基地へ帰ってゆくのだった。




