◇ シグマッハの幹部
驚いた顔をしたドノヴァンが、リナに声をかけた。
「びっくりした。リナちゃん、来てたの?」
「………」
リナは、声が出なかった。彼女にすれば、びっくりしたのは自分の方である。
先ほどのレミーの声をきいたかぎり、ドノヴァンはいきなりあらわれた様子だった。だが、最初からここにいたとは思えない。
少し落ち着いたとき、リナは彼に問いかける。
「なぜ、わたしを殺さないんですか?」
自分が背中を向けている間に、余裕で殺せたはずだ。
訊かれた彼は、自分に銃を向けているリナに言葉を返す。
「なぜ、撃たないの?」
いや、なんで質問を質問で返すのか。この男は実にやりにくいこと、この上ない。
──なぜ、撃たないの? と、いわれても……
ドノヴァンには殺意をまったく感じない。敵ではあるのだが、銃の引き金をひくことを、リナの身体が躊躇している。
ドノヴァンの出現に驚いたリナだが、さらに驚くことが起きる。
突然、リナの背後から声が響いた。
「君がリナちゃんかい?」
リナは素早く後ろをふり向き、銃を構える。
全然知らない男が、そこにいる。細身で長髪の彼が着ているのは、ミッドナイトブルーのズボンに黒いジャンパー。アーマースーツには見えない。
──い、いつの間に?
ドノヴァン同様、なんの前ぶれもなく彼もいきなりあらわれた。よほど己のレイズに自信がなければ、私服で前線に立つなどあり得ない。
リナの心臓が早鐘を打つ。全身が冷や汗にまみれる。
見知らぬ男は、言葉を続ける。
「かわいいね。ドノヴァンのいったとおりだ」
彼は、リナに微笑みを投げかける。穏やかな笑顔に余裕が感じられる。
リナが、その男に向かって口をひらいた。
「あなたは何者ですか」
彼は笑顔を崩さずに答える。
「自分の名前を、敵に教えると思う?」
確かにそうだ。しかし、ドノヴァンのひと言で名前がバレる。
「教えてやれよ、ノーティス」
ノーティスが眉を寄せ、困った顔になる。
「なんで俺の名前、いうんだよ」
リナの知らない人物だ。彼に関する情報はなにもないが、それでもピンとくるものがある。
「あなたは、シグマッハの幹部ですね」
「あ、わかる? さすがはリナちゃんだね」
驚異的なレイズを備えるドノヴァンと対等に話せる人間が、そんなにいるとは思えない。いるとすれば、幹部ぐらいなものだろう。
この二人は、かなり仲が良さそうだ。ノーティスという名前はファーストネームだと、リナは思った。
一気に窮地に立たされたリナの状況は、極めてまずい。脱出するにも、どうすればいいのか答えが見つからない。
電撃は、ドノヴァンの重力のレイズで曲げられる。彼にはとどかない。不意打ちでなければダメなのだ。
ノーティスの能力もまったくわからず、リナが動けずにいると、ノーティスがドノヴァンに声をかけた。
「じゃあ、帰るか」
「そうだな」
リナは唖然となった。この状況でなにもせず、帰るという選択肢がどこから出てくるのか見当もつかない。
「戦わずに、去ってゆくのですか」
そういうリナの言葉に、ノーティスが答える。
「君の部隊の隊長が、すぐそこまで来ているからね」
驚いた。
──隊長が?
事実だった。突然あらわれた二人の出現にリナが動揺している間に、セシルは近くの壁まで来て、銃を右手に携え陰に隠れている。
ノーティスの目つきが変わる。
「第一級の危険人物を相手に、簡単に勝てると思うほど、君たちをナメてないよ」
「………」
「テレポーテーションは、実にやっかいだ」
テレポーテーション──セシルのレイズである。どれほど離れていようと、その目でとらえることが可能な場所であれば、瞬時に移動できる。ただし、障害物をのり越えることはできない。
ドノヴァンがノーティスに顔を向けると、口をひらいた。
「一応、戦ったという痕跡をのこしておこう。このまま帰ると、なにもしなかったと文句をいわれそうだからな」
ノーティスは「そうだな」と、うなずいた。
次の瞬間──
ズドドンッ
リナの後方で、ドノヴァンのレイズが炸裂する。それを見たリナは焦った。
「みんな!」
後ろで待機している部隊の隊員たちは、ぶじなのか? 心配するリナに、レミーから通信が入る。
「ジーグ、こっちは大丈夫だ。それより、おまえが相手にしていた敵はどこへ行った!」
「え?」
リナは、ドノヴァンたちの方をふり返る。
「い、いない……」
二人の姿が消えている。




