◇ 戦慄
セシルたちがレミー・モルダンと合流し、三十メートル進んだところで、レミーはふたたび確認する。
「誰もいませんね。これなら……?」
急に口を閉ざしたレミーに、セシルは顔を向ける。
「どうした、モルダン」
レミーは前を見据えたまま、なにもいわない。セシルがふたたび問いただす。
「モルダン、なにかあったのか?」
レミーは戸惑うように口をひらいた。
「なにか動いたような……いや、気のせいだと思います」
彼女にしては、めずらしく煮え切らない返事だ。セシルは肌で感じる。
──このまま進むと、やられる
レミーの様子が、そういう危機をセシルに教えている。
二十メートルほど先に、倒壊しかけた建物がならんでいる。その向こう側は、肉眼ではよくわからない。
セシルは、抗戦部隊に前には出ずに、その場にとどまるよう通信で伝える。
下手に動くわけにはいかなくなった。どうしたものかと考えていると、不意にリナが声をかけてくる。
「前方に、なにかあるのですね。わたしが行きます」
セシルは、いささか驚いた。
「危険かもしれないということしか、わからない状態だ。モルダンでも確認することができないんだぞ」
「わたしは、電磁波の揺れで動いているものを感知できます」
そういう能力を逆手にとり、こちらを誘い出す罠であるような気もする。
セシルは思考を巡らせる。しばらくして、レミーの方をふり向いた。
「違和感があったのは、どのあたりだ?」
「前方の崩れかけの建物から、さらに五十メートルほど奥です。ここから、七十メートルほどの距離ですね」
「誰かが移動する足音はきこえなかったか」
「風の音がけっこう大きく、そこまでは……」
安全といえる距離ではないが、そこそこ離れている。セシルはリナに指示を出す。
「ジーグ、あの崩れかけた建物まで行き、様子を見るんだ。なにかあれば、インカムを使わず手で知らせてくれ」
「了解しました」
声を出すと、もし相手が近くにいた場合、わざわざ位置を知らせるようなものだ。
セシルは、後ろにいる隊員たちに命令する。
「おまえたちは、ジーグを援護しろ」
「了解!」
リナは腰にある銃を手にとり、素早く前に出る。銃の方が、レイズより精神集中による負担がかからないぶん、精神的に疲れない。だが、警戒心は必要だ。
二十メートルの距離を一気に走り、中央より左にある建物の影に隠れる。その間、敵の襲撃はなかった。
片膝を落とし、前方をのぞき見る。誰もいない。身体を起こしながら、慎重に歩を進める。電磁波の揺れは感じない。
リナは、左手の人差し指を上に向けて、くるくる回す。それを見たレミーが、セシルにいった。
「誰もいないようです」
セシルはリナに通信を送る。
「もっと前に移動できるか」
ヘッドギアのインカムでそれをきいたリナは、左手の親指を立てた。「できる」という合図だ。
セシルはリナに伝える。
「次の壁まで進むんだ。こっちも前に出る」
リナは、さらに動く。壁にピタリとひっつき、しゃがんだ状態で前をのぞいた。
誰もいないと思ったとき、妙な違和感が彼女の動きを止める。
リナは電磁波の揺れに集中しようと、目を閉じる。次の瞬間、右から左になにかがよぎった。肌で感じる電磁波の揺れが、違和感が本物であったことを教えている。
リナは、隠れていた壁から前に出ると、左を向いて両手で銃を構える。
だが、そこには誰もいない。
──確かに、なにかが……
刹那、レミーの叫ぶような声が、ヘッドギアのインカムから響いた。
「ジーグっ」
続く彼女の言葉が、リナの身体に戦慄を走らせる。
「オズマがいる、おまえの真後ろだ!」
リナは銃を構えたまま、百八十度ふり返った。
すぐ目の前に、ドノヴァンが立っている。




