◇ 哀しき過去
再検査が終わったリナは、自分の部屋へ入ると、ベッドに腰をおろした。
ドノヴァンの飄々とした顔が、目に浮かぶ。
──あの人は……
悪い人間ではないと思った。自分とレミーを殺すチャンスはいくらでもあったのに、彼にはそうする気などまったくなかった。
虐殺に走る殺人鬼のようには見えない男である。
──でも
ラムド第二代大統領ダーモス・コーネンに対する恨みは、凄まじかった。
彼は、ダーモスの生死をその目で実際に確認するまで、ダーモスの死を信じようとはしないだろう。
──ウルトラシークレットは、誰にも話すわけにはいかない
リナは、ウルトラシークレットを知る数少ない人間の一人である。
彼との戦いは、できれば避けたい。シグマッハの人間とは思えないような彼がラムドの味方であったなら、どれほど良かったか。
もし、ドノヴァンと戦うことになったとき、はたして自分は彼に勝てるだろうか。
ふと、リナは己の境遇を思う。彼女は、生い立ちから不遇だった。
リナの母親に夫はいない。母親はジーグ家の人間だが、なにがあったのか彼女は一族から縁を切られた。
リナの母親は病院でリナを産むと、母親となったばかりの若い命は終焉を迎える。
赤ん坊のリナは、最初の検査でレイズの陽性反応が確認される。ジーグの一族がこの赤ん坊をひきとることを拒否すると、数ヶ月後に政府の専用施設へ移され、彼女はそこで育っていった。
レイズの適正において、はやい段階で戦闘傾向が強いと判断されたリナは、政府機関が擁するエリート養成学校で初等教育を受け、中等部へ進級するまえにラムド防衛部隊へひっぱられた。
十歳のときである。いままでにない、異例のことだった。
それから厳しい訓練の日々が続き、十六歳になると後方支援に配属され、本格的に前線へ出たのは、今年になってからである。
兄弟はなく、親さえ知らないリナは、そんな自分を寂しく思うことがある。
ドノヴァンも家族を失ってからは、そうだったのではないか。
敵なのに、ドノヴァンを愛しく想うリナである。
ファルコたちとの話が終わったドノヴァンは、施設内の食堂に立ち寄った。水を一杯もらって飲みほしたあと、自分の部屋にもどる。
上着を脱いで、ベッドに寝転がる。
「リナちゃん、かわいかったなあ」
あんなかわいい少女が、十七歳の年齢で前線に立つとは、ちょっと信じられない。
「どんなレイズを使うんだろうねえ」
見当がつかない。あの小柄な身体で、部隊を一気に殲滅する能力とは、どんなものなのか。
不意に、ピンときた。
「まさか……」
可能性のある答えが、頭の中で導き出される。
そこへ、ドアのチャイムが鳴る。スピーカーから、声が響いた。
「ドノヴァン、いるか?」
「いるよ」
ドノヴァンのことをファーストネームで親しげに呼ぶ人間は、限られる。
ドアが開いて足をふみ入れた彼は、ドノヴァンを見て微笑んだ。
「ジーグに会った話、きかせてくれよ」
ドノヴァンは、椅子を指差して彼にいった。
「まあ座れよ、ノーティス」
ドノヴァンの友人であるノーティス・バジルは、椅子に座った。
ドノヴァンより身長が五センチほど低く、長髪で細身のノーティスは、それほど強さを感じない。
だが、彼はシグマッハの幹部である。ドノヴァンより二つ年上の彼は、幹部となるにふさわしいレイズを備えているのだ。
当然、先ほどの作戦会議にも参加している。
「ジーグと会って、なにを話したんだ?」
「そんなに長話はできなかったよ。ただ、あの子が十七歳だときいたときは驚いた」
ドノヴァンはノーティスと話しながら、思う。
──リナちゃんとは、戦いたくないな
いまのラムドは彼の本当の敵ではないし、リナに恨みがあるわけでもない。
──しかし、いずれは……
戦わざるをえない運命を、ドノヴァンはその胸に感じているのだった。




