◇ 帰還
救援チームの一行がベルムングにひきあげるまでに、セシルはレミーとリナからドノヴァンとの接触について、くわしい話をきき出そうとしていた。
「そうか。ターレルに向かうはずだった先進部隊を、あいつひとりで迎え討とうとしていたのか」
ホバーランサーのせまい車内のなかで、レミーがうなずいた。
「武器どころか、通信機も持っていなかったんです。ちょっと信じられません。ふつう、本部や仲間に連絡ぐらいしますよね?」
「通信機を持っていることがわかれば、味方でなければ敵だと認識されるだろう」
「ああ、なるほど」
セシルは、そうはいったものの「しかし」と思う。ラムド部隊を殲滅するのが作戦であれば、その成否を問わず、結果を本部へ報告するのが常識だ。通信機を持たずに作戦を遂行するなど、まず考えられない。
己の任務は必ず成功させる自信があり、またシグマッハのなかでも特別な扱いを受けていない限り、こういうパターンは例を見ないにちがいない。
なんにせよ、まだ情報が少なすぎる。
「他に、わかったことはないか?」
レミーがいいかけるが、途中で口ごもる。
「たぶん、戦闘では役に立たないと思いますが、あいつは……いや、これは関係ないか」
「話してくれ、どんなことでもかまわない。いまは、ヤツに関する情報が少しでもほしい」
「わかりました」
レミーは、ドノヴァンに感じたことを率直に告げるのだった。
「あいつは、おそらく女に対して免疫がありません」
セシルは絶句する。まさか、そういうことをきかされるとは思いもしなかった。
「まあ、なにが幸いするか、わからないからな。その情報も役に立つかもしれん」
そういいつつ、さすがにこれは役に立ちそうにないと思うセシルだが、一応この情報を頭の片隅にのこす。
──ダブルレイズ、か……
これまでに認識されていたダブルレイズは、いずれも同系統の能力だった。
例えば、モルダンのように部屋の外側から中の様子がわかるレイズに、細部にわたってミクロ単位で解析できるという同じ系統であるロランの能力が加わるというものだ。
だが、「完全な」ダブルレイズの場合は、まったく別系統の能力を任意に発揮できるのである。
やっかいな男が敵にまわったものだ。まずはオズマを倒さない限り、勝利への道は遠退いたままになる。
懸念することは、もうひとつある。
──絶対に、ウルトラシークレットを知られてはならない
第二代大統領ダーモス・コーネンの死亡に直接関係する情報。その詳細を知る人物は、十人に満たない。
誰に伝えることも、引き継ぐこともなく、関与する人間はそのまま墓場までもっていく超極秘情報だ。
セシルは、これがドノヴァンに深くかかわっていくような気がする。イヤな予感が彼女の全身をつつみ込んでゆくのだった。
一方、むさ苦しい男たちとともに、トラックに乗っているマーサはというと
「かわいいね、チェルちゃん」
「メディカルチームで、いちばんかわいい子が来たよ」
まんざらではなかった。
「えへへ、そうかな」
ひたすら、チヤホヤされるマーサである。
「男ばっかりで、ごめんね。でもチェルちゃんがいると、雰囲気が全然ちがうんだ」
「チェルちゃんは、他の部隊にも人気があるよね」
「好きな人、いるの?」
ごつい男たちといっしょに、メディカルマスターであるティナ・フォーゼリエの悪口で盛り上がったりして、楽しいひとときを過ごすマーサだった。
ベルムングに帰り着いたセシルは、ティナからリナとレミーの再検査を要請されて許可を出す。
指令室に入ると、そこにはワイアード・ロディオン司令官が来ていた。
「ぶじに、もどってこれたか」
目が点になっているセシルは、彼に尋ねた。
「なぜ、あなたがここへ?」
「心配だからに決まっているだろう」
セシルがここを出発したあと、参謀のアストンがワイアードに報告する。
ワイアードは、真っ青になって叫んだ。
「呼びもどせっ。絶対に行かせるな!」
「無理です、あの人も頑固ですから。司令官の方が、よくご存知だと思いますが」
ワイアードは、いてもたってもいられなくなり、統合本部の救援部隊とともにベルムングへ向かったのだった。
独身の彼は、セシルを自分の娘のように思っているのである。




