◇ 最凶の片鱗
レミーたちにすれば、確かにドノヴァンの情報を少しでも手に入れたい。だが、彼と戦うことになれば、生きて帰れる保証はどこにもない。
彼との戦闘は正直、避けたいところだ。
──しかし……
頭が混乱してくるレミーとリナを前に、ドノヴァンがすぐさま行動に移る。
「ちょっと重くなるけど、がまんしてね」
その直後、いきなり彼女たちの上から、ズンッと圧力がのしかかる。
「ぐっ」
「うっ」
膝まづいた二人を中心に、半径二メートルほどの浅いクレーターのような円ができる。
さらに、装着しているアーマーが、だんだん熱を発してくる。
アーマーだけでなく、レミーが手にしている銃も熱くなってくる。
「あつッ」
持てなくなるほど発熱した銃が、レミーの手から落ちた。
──ま、まずいっ
高温になった銃が暴発すると思ったが、銃のコア・セイフティが作動して事なきを得る。しかし、この銃はもう使えない。
通信機は最初に受けた重力で内部が破損し、役に立たなくなっている。
リナの顔から、汗が吹き出てくる。
──あ、熱い……
レミーの鋭い感性が、彼女自身に危機を知らせる。このままでは装着しているアーマーが熱で変形する上に、ロック回路が焼き切れて解除できず、蒸し焼きになってしまう。
戦闘モードのまま強制解除すると、アーマースーツは分解して、もう使えなくなる。だが、迷っている暇はなかった。
レミーはリナに叫んだ。
「アーマーを解除しろ、はやく!」
アーマーの強制解除スイッチは、腰のベルトの左側にある。外枠の円形のロックスイッチを時計方向にまわし、中のツマミを反時計方向にひねった。
アーマースーツのロックが解除され、彼女たちの身体から、分解されたアーマーの部品がバラバラッと地に落ちる。ロック解除に連動するヘッドギアも、割れるようにバラけて落ちた。
しかし、熱さはまだ止まらない。二人のインナースーツがじわじわと溶けるようにボロボロになり、彼女たちの肌があらわになってゆく。
この二人より驚愕したのは、ドノヴァンの方だった。彼は、予期せぬことが起こったという顔をして、焦った声を出す。
「ああっ、ごめんよ!」
自分が発動したレイズをあわてて止める。
「こっちの方は、微調整が難しいんだ。ここまでやるはずじゃなかったんだけどな、ははは……ごめんね」
ほとんど裸にされ、胸を腕で隠すリナとレミーから、軽蔑するような視線がドノヴァンに突き刺さる。
彼女たちの心の声が、きこえてきそうだ。
──エッチっ
──このドスケベ変態クソ野郎!
二人の視線に気圧され、後ずさりするドノヴァンは、彼女たちに別れを告げる。
「じゃ、じゃあ、帰るね。さよなら-」
最凶の片鱗を見せつけたあと、まるで負け犬のようにすごすごと去ってゆくドノヴァンである。
リナとレミーは複雑な想いを胸に抱きながら、そんな彼をただただ見送るばかりだった。
セシルの乗った装甲車は、ターレルの町中を突き進む。
その最中、前方に人影をとらえた。
「隊長、あそこに誰かいます」
「二人……だな?」
「はい、サーモセンサーでチェックしました。二人です」
さらに進むと、その人影がリナとレミーであることが確認された。装甲車が、彼女たちの数メートル手前で止まる。
セシルが降りると、銃を携えた隊員たちが次々と降りてくる。彼らは、ほとんど裸のリナとレミーを目にして驚いた。
白衣を着たメディカルチームのマスター、ティナ・フォーゼリエが目をつりあげて、彼らに向かって声をはりあげる。
「男は全員、後ろを向きなさいっ。二人の方を見るな!」
男どもは、あわてたようにみんな後ろを向くのだった。
セシルが「やれやれ」と、ため息をついた。彼女はリナたちに歩み寄ると、安堵の想いを口に出す。
「ぶじだったか。心配したぞ」
レミーがその言葉に応える。
「今回は、本当にもうダメかと思いました」
それはセシルも同じだった。
「間に合わないんじゃないかと、気が気じゃなかったよ。生きててなによりだ」
ただ、なぜ二人が裸同然でいるのか、わからない。
彼女が通信機で最後にきいたのは、ドノヴァンの「ちょっと重くなるけど、がまんしてね」という声だった。




