◇ 思わぬ行動
話をきいていたレミーの顔から、汗がにじんでくる。
──やはり、当時の噂は本当だったのか
彼女は以前、ダーモス元大統領が、レイズを使えない一般人を虐げているときいたことがある。
──さらに、あの噂が……
大統領がダーモスからレズリーに交代するに及び、ダーモスは殺害されたのではないかと、軍の一部でささやかれたことがあった。
あくまで噂で、くわしいことはわからない。大統領官邸で急に倒れ、未知の伝染病に感染したとされるダーモスの情報は、感染病棟に送られて以降は国民はもとより、軍にもまったく伝えられていない。
大統領がレズリーに交代した時点で、彼は殺されていたのだと考える人もいた。
これが本当だとすると、ごく一部の人間しか詳細を知らない「ウルトラシークレット」と呼ばれる、超極秘情報が関わっている可能性がある。
そう思うレミーだが、彼女は腑に落ちない。
──本当に大統領を殺害するなら、軍の一個分隊が、少なくともその中の編成チームが動くはず
だが、ダーモス・コーネンが大統領に就任してから死亡するまで、軍が動いた形跡はまったくないのだ。
リナがドノヴァンに伝える。
「ダーモス・コーネン元大統領は、すでに病気で亡くなっていますよ」
ドノヴァンは、彼女の言葉に応える。
「それは嘘だ。穏健派と呼ばれるレズリー・マット大統領が、君たちのような強力な部隊を操れるとは思えない」
レミーは、ドノヴァンに対する見識をあらためなければならなかった。
シグマッハの悪魔と呼ばれるほどの男だ。何事も力ずくで突っ走ろうとする脳筋野郎だと思ったところが、意外なほど頭がキレる。
──やっかいな相手だ
彼は言葉を続ける。
「ダーモス・コーネン。あいつを殺すまで、俺の戦いは終わらない。じゃまするヤツは、誰であろうが」
ドノヴァンの目が、凄味を帯びる。
「絶対にゆるさない」
ズオッと、威圧感が彼女たちに押し寄せる。二人は、思わず身体の前で両腕を交差させて、足をふんばった。
物理的な圧力にさらされるレミーは、全身を硬直させる。
「くっ、なんという威圧感だっ」
そのとき、電磁波を操るリナに、感じるものがあった。
──磁場が……乱れている?
これはレイズだ。だが、ドノヴァンはそれを意識しているわけではなかった。ドノヴァンの身体から、怒りで抑えきれないレイズが漏れ出ているのである。
彼女たちの知っているドノヴァンに関する情報は、彼のレイズは強大な炎を使うということだ。しかし、リナが磁場の乱れから感じるのは、別の能力だ。
──これは?
リナは、ドノヴァンの秘密に近づきつつある。戦うまえから、彼の強さを思い知らされる。
一方、レミーは懸念する。はたして、リナはこの男に勝てるのか?
不意に、潮がひくように威圧感が消えてゆく。
ドノヴァンのスイッチが入ったと思ったレミーに、戦慄が走った。
──くるっ!
相手の攻撃に対して身構える彼女たち。そのとき、ドノヴァンの顔つきがかわり、ふだんの飄々とした表情にもどると、彼は右手を上げながら二人に伝えるのだった。
「じゃあ、帰るね。縁があったら、また会おう」
ドノヴァンは彼女たちに背を向けると、そのまま歩いてゆく。
あまりにも予想外なドノヴァンの行動に、レミーもリナも唖然となって、その場に固まってしまった。
ハッと、われにかえったレミーは、思わずドノヴァンを呼び止める。
「ま、待てっ」
ドノヴァンがふり向く。
「なに?」
「わたしたちと戦わないのか」
「なんで?」
いや、なんでじゃないだろう。こういう状況になって帰るか、ふつう。戦闘になるのが当たり前ではないか。
困惑しているレミーたちに、彼は答える。
「さっきもいったが、俺の敵は君たちじゃない。無理に俺と戦わなければならない理由でも、あるの?」
いや、そんな理由はない。彼女たちが戸惑っていると、ドノヴァンは思いついたように「ああ、そうか」といって、上に向けた左手の掌を右手の拳でポンッと叩いた。
「俺と戦ったという痕跡が必要なんだね。なるほど、手ぶらで帰れないのか。難儀だねえ、君たちも」
いや、全然ちがうのだが。




