お兄ちゃんなんだから
「なんで喧嘩するの?
なんで、ケイちゃんを可愛がれないの!?
もっと弟に優しくしなさい!
あなたはお兄ちゃんなんだから!」
…なんで!?
僕は好きでお兄ちゃんになったんじゃないのに!
ケイちゃんなんて嫌いなのに!
ケイちゃんが僕のおもちゃを取って投げた。
だから、ケイちゃんの頭を叩いたら泣き出した。
ママは怖い顔で僕を見る。
痛い言葉を投げて来る。
いつもそうだ…
ママはすぐに怒る。
パパが遠くに行っちゃう前は、優しかった。
ケイちゃんが産まれる前は、もっと優しかった。
ずっと、僕の事を大切にしてくれてた。
でも…もうずっと、ママの優しい顔を見ていない。
いつもピリピリしてる…
僕が泣いていても、気にもしない。
なのに、ケイちゃんが泣いていると、とんできて僕を怒る。
もうイヤだ…
僕は目に涙を溜めてお母さんを睨みつける。
ママは少し驚いてたじろぐ。
僕は部屋を飛び出した。
そして、自分の部屋に駆け込んで頭から布団を被った。
◆◆◆
「ねぇ…どうして泣いてるの?」
僕が布団を被っていると、目の前にストロベリーブロンドの髪色の小さな女の子が出てきて、僕に話し掛けてきた。
僕が驚いて見つめていると、女の子は再び口を開いた。
「私は夢のソムニウム。
ねぇ…何か悲しい事があったの?」
僕はママに怒られた事を、その女の子に話した。
「そう…かわいそうね。キミは何も悪くないわ。
キミの望む世界を創ってあげる…」
女の子はそう言うと、両手を大きく広げた。
女の子の両手から光が溢れ出して僕を包んだ。
◆◆◆
「どうした、あっちゃん?ボーっとして。食べないのか?」
優しい顔のパパが僕の顔を覗き込む。
「あっちゃんの大好きなハンバーグよ?」
優しい顔のママが僕の顔を覗き込む。
「パパ…どうして…?」
「うん…?大好きなあっちゃんに会う為に、早く帰って来たんだよ?」
懐かしいパパの声で僕に話し掛ける。
「ママ…どうして…?」
「え…?可愛いあっちゃんの為に作ったのよ?お腹空いてない?」
優しかった頃のママの声で僕に話し掛ける。
僕は嬉しくなって二人に抱き着いた。
その日はママとパパと一緒に、ご飯を食べた。
パパと一緒に楽しくお風呂に入った。
ママのお膝の上に座って、楽しくお話しをした。
その日、僕はママとパパに挟まれて眠った。
僕は嬉しくて涙が出てきた。
そんな楽しい日を何回も繰り返した。
ある日、ふと、
「そういえば、ケイちゃんは?」
何故か自然と口から出た。
ずっと忘れていたのに。
「ケイ…ちゃん?」
「保育園のお友達?その子と何かあったの?」
二人はケイちゃんの事を忘れてる。
その時突然、僕はケイちゃんが産まれた時の事を思い出した。
――――
ちっちゃかった。
ずっと泣いていた。
ママとパパが笑っていた。
楽しかった。
「これからは、あっちゃんがお兄ちゃんだね」
ママが笑って言った。
「お兄ちゃんなんだから、ママとケイちゃんを護るんだよ」
パパが笑って言った。
「任せて!僕はお兄ちゃんなんだから!」
僕は胸を反らした。
二人は嬉しそうに笑った。
――――
忘れていた事を思い出した。
頬に雫が流れた。
「どうした?何処か痛いのか?」
パパがびっくりして訊いてきた。
「どうしたの?
そのケイちゃんって子にいじめられたの?」
ママがびっくりして訊いてきた。
「ケイちゃんを護らないと…。パパと約束したんだ」
僕は呟いた。
ママとパパは時間が止まった様に動きを止めた。
◆◆◆
「あらあらあら…せっかくキミの望む夢を見せてあげていたのに…」
時間の止まった僕達の世界ににソムニウムが出て来た。
「キミの望み通りにパパを蘇らせて、ケイちゃんを消してあげたのよ?なんで否定するの?」
彼女は頬に手を当てて首を傾げる。
「僕は約束を護らないと…」
忘れていた事が悔しくて、涙が溢れた。
「その約束を忘れて、怒られて泣いていた子はだぁれ?
嫌だったのでしょ?あなたは弱い子よ!
だから、私は助けてあげたのよ!?」
彼女は僕の周りを飛び回り、怒りながら痛い言葉を投げつけて来る。
僕は泣きながら小さくうずくまった。
その時、どこからか声が聞こえた。
「あっちゃんは弱くない!
今迄頑張って約束を護ったんだ。
…ありがとう。お兄ちゃん」
パパの声だった。
「そうだ!僕は強いお兄ちゃんなんだ!
僕がケイちゃんとママを護るんだ!」
僕が怒鳴りつけると、ソムニウムは少し哀しそうな顔をして消えていった。
◆◆◆
「ケイちゃん!ママ!」
僕は飛び起きた。
側に居た看護師さんが驚いて部屋を飛び出して行った。
「あっちゃん!」
ママが泣きながら部屋に飛び込んで来て、僕に抱き着いてきた。
すぐ後ろを、ヨチヨチと歩きながらケイちゃんが付いてきた。
「ごめんね。ごめんね」
ママが泣きながら謝ってくる。
「にいちゃ…」
ケイちゃんが僕の頬をペシペシと叩く。
「僕は…?ここは…?」
ママが僕を叱って、僕が布団に潜り込んだ日から、僕は何日も目を覚まさなかったらしい。
ママは僕に冷たかった事を謝った。
パパが亡くなってから、毎日の辛さを僕にぶつけた事を謝った。
僕をギュッと抱き締めながら、何度も何度も謝った。
「お兄ちゃんばかりに無理をさせたのね。ごめんね」
ママは泣きながら謝った。
「にいちゃ…ごえんえ…」
ケイちゃんは舌足らずに謝った。
僕は抱き着くママの頭を撫でた。
僕の手をギュッと握るケイちゃんの手を握り返した。
僕は胸を張って口を開いた。
「大丈夫。任せて!僕はお兄ちゃんなんだから!」