46.帰郷
作り直した自作魔導馬車に乗った双子達は再度の戦闘も無く無事王都に辿り着く事が出来た。兄ライトの遺体は氷で包み丁重に馬車に積んである。
王都の西門から入ろうとしたが、そこは厳重な警備が置かれ、騒然としていた。その理由をアリナはすぐに理解する。王都を囲んでいる筈の魔法城壁が存在せず、南西側のソードエリアの塀の一部が破壊されているのが見えたからだ。そこから敵が侵攻したのだろう。
厳戒態勢で門の入場を管理していた兵士達だが双子が身分を明かすと態度が変わり優先的に中へと通された。既にアスイが手配していてくれたのだろう。ソードエリアの被害や自分達の屋敷がどうなったかも確認したいが、まずは王城へ行く必要があると魔導馬車はそのまま王都の中央にある王城へと向かった。こちらも厳戒態勢が敷かれていたが、双子達はスムーズに王城の地下へと案内された。
「皆さんお疲れ様です。無事戻って来れたようで何よりです」
地下ではアスイと特殊技能官達が出迎えてくれた。
「アスイさんお出迎えありがとうございます。
ですが、無事では無かったんです。連絡した後にディスジェネラルのソルデューヌの襲撃に遭い、彼が金騎士団を全滅させていた事が分かりました。
そして兄ライトを人質に取り、一度は保護出来たのですが隙を突かれて兄は命を落としました……」
「それは……。
辛い思いをさせてしまい申し訳ありません」
「アスイ先輩が謝る事じゃ無いよ。悪いのは魔族連合だってあたし達は分かってるから」
双子はアスイにそう告げ、一旦兄の遺体を下ろす。同じく氷漬けのダブヌも下ろし、魔導馬車は分解した。
「スミナさん、アリナさん、何があったか情報の交換がしたいです。
内通者が問題になっているので、今回はなるべく少人数での話し合いにします。なのでお2人とミアンさんと私の4人で行わせて下さい」
「分かりました」
アスイの提案にスミナが返事をする。
「ライトくんの遺体は実家に埋葬するとしても、その前に騎士団のみんなに顔を見せてあげておきたい。
一旦俺に預けてくれないか?」
「分かりました、オルトさん、お願いします」
「ではお嬢様、私もオルト師匠に付いて行きます」
「メイルお願いね」
ライトの遺体はオルトが一旦管理する事になった。
「僕は国王陛下に報告する義務があります。
アリナさん、僕に出来る事があれば何でもするので連絡して下さい」
「あ、うん。分かった。
大変だと思うけど頑張ってね」
アリナはグイブにとりあえずの受け答えをする。魔導具も部隊も失ったグイブが大変な立ち位置にいるのは分かるが、兄の死の件もありどう接していいか分からない。ダブヌに関しては危険だが重要な存在として凍った状態のまま特殊技能官に託すこととなった。エルは邪魔にならないように宝石形態でスミナのバッグに入る。
絶対に盗聴されない部屋に通された後、双子とミアンは魔導結界の外で起こった出来事を知りうる限り細かく説明した。アスイはその場に誰がいたかも含め、詳細にメモを取っていく。疑いたくは無いが、双子の仲間の中に敵との内通者がいる可能性を捨てきれないからだ。
「疲れているところ色々聞いてごめんなさいね。
でも、これも大事な事だから。
疑わしい人物については後にして、今度は私から王国で何があったか説明するわ」
双子達が一通り話し終わったので、次にアスイが王国であった事を話し始めた。
「最初に入った連絡は魔導遺跡が大量の敵に襲われて増援を求める報せだったわ。今や王国の重要拠点となった遺跡なので私もそちらへ向かおうとしたけれど、王国騎士団長であるターンさんが陽動の可能性があるとしてそれを止めた。
代わりに本来は王城の守りの要である金騎士団に向かって貰う事になったの。残っていた騎士団で一番力があったので選択としては誤って無かったと思うわ。代わりに王都の防衛は私や薔薇騎士団などの女性騎士団が任される事になった」
アスイから本来王都の防衛が仕事である金騎士団がどうして駆り出されたかの理由が語られる。
「そしてターンさんの判断は間違っていなかった。王都を襲ったのはディスジェネラルのガズ率いるデビルを中心とした部隊だった。最初に魔法城壁が破壊され、南西のソードエリアから侵入された。騎士団が復興や市民を守る為に他のエリアに行き、手薄になっている事を知っていたのでしょうね。
多くの建物が破壊され、敵は一気に王城まで迫って来たわ。でも、城の守りに関しては以前より強化したので今回はそこで止められた。私が王城に残った事が予想外だったのもあると思うわ。敵は時間制限があったようで、攻め落とせないと気付いたら撤退を始めた。魔導遺跡か王都、どちらかの襲撃が成功すればよかったのかもしれない」
「それで、魔導遺跡に駐留していた部隊はどうなったんですか?王都の騎士団の状況も知りたいです」
スミナが実際の被害の大きさを把握しようと質問する。
「遺跡に駐留していた部隊の8割が死亡し、遺跡は大部分が崩壊したと聞いています。中心だった銀騎士団も壊滅状態で、騎士団は本格的な再編が必要でしょう。
王都の防衛に関しては女性騎士団が中心になって防衛し、兵士や一般人の死者は数十人単位で出ていますが騎士団の損害は軽微で済みました。魔導研究所が配備した防衛兵器が上手く作動した事も大きいです。
ただし、魔法城壁やソードエリアの復興を考えると王都が大変な状況な事には変わりありません」
「そうですか……。やはりわたし達がもう少し戦力を残しておくべきだったとも思えます」
「ですが、グイブさんの部隊が罠だった事を考えれば、スミナさん達は十分な成果を出したと思いますよ。
実際ディスジェネラルを3人も倒してきたのですから」
アリナもアスイの言う通りだと思った。外に出す戦力を減らしていたら仲間に被害が出て、ヤマトやドワーフ達も無事では無かった可能性があるからだ。
「お姉ちゃん、ディスジェネラルももう残り3人にまで減ってるんだよ。しかもそのうち2人は人間のシホンと平和主義のミボなんだから。あたし達だって十分前に進んでる」
「ミボというデビルは危険だと思います。特に2人の人間を自分の子供として育て、闇術鎧を与えているんですから」
ミアンの言葉でアリナはそのハミロとゼミロという2人の人間に負けそうになった事を思い出す。また、レオラの部下のシギというデビルもオルトが苦戦するほど強かったと聞く。アリナは魔族連合にもまだ強敵が残っていると気を引き締めた。
「それでアスイさん、内通者と思われる怪しい人は見つかったんですか?」
「そうね、その事を話しておかないといけないわね。
まずスミナさん達と行動を共にした中に内通者はいないと思うわ。ただ、グイブさんの連れた兵士の中に何らかの道具を付けられた者はいた可能性は高いけれど。兵士の身元は全員洗ってはいたけれど、身体検査はそこまで徹底されて無かったようだわ。
それと、魔族連合の内通者では無いけれど、怪しい人物は1人だけいるわ」
アスイの口から怪しい人物の名が告げられそうでアリナは少し緊張した。
「それはどなたでしょうか?私にはそのような人物はいなかったと思いますが」
「ミアンさんの感覚では邪悪では無いし、感じられないと思う。
私が怪しいと感じているのはハーフエルフのエリワさんよ。彼女は転生者の娘だけあって魔法では正確には調べられない、隠してる部分があると思う」
「ちょっと待って。エリワはそんな人じゃないよ。ヤマトでの魔族との戦いも本気だったし、今までも色々助けてくれた。確かに面倒くさがりで積極的に人助けするタイプじゃないけど」
アリナは仲良くなったエリワを疑われて反論する。
「わたしもエリワさんがわたし達を騙しているとは思えません。仲間のエルフと別れて他の人達と温度差があるのはしょうがないと思います」
「ごめんなさい、別に悪く言うつもりで言ったわけじゃ無いの。ただ、彼女には他の人には打ち明けていない本音があると思っただけよ。あと、気になっているのは消滅の精霊があの時現れた事。あれが魔族連合の仕業じゃないとするとエリワさんが隠している事がまだあるのではと私は思っているの。
別に彼女を疑えという意味では無いわ。ただ、少しだけ注意して接して欲しいと思っているの」
「分かった。
確かにあたしもエリワの事を本当に知ってるかは怪しいかも。でも、あたしは信じてるから」
「それでいいと思うわ」
アスイもみんなに伝えた事で十分と感じたようだ。アリナはソルデューヌの件もあり、もう騙されたくは無いと思っていた。だからこそエリワを信じてきちんと観察しようと決意した。
「わたし達の方は分かりましたが、本当の内通者は誰なんですか?」
「今、騎士団で無事に残ってる人の中に居るのは確実ね。ですが、ここでは言いません。言ってしまうと相手に伝わってしまう可能性があるから。
私が確信を得た時、直接捕えに行きます。その時はミアンさんも同行して下さい」
「相手の嘘を見破るという事ですね。分かりました、協力します」
「ありがとう」
アスイは内通者のおおよその見当が付いているようだった。金騎士団や銀騎士団が壊滅し、残っている騎士団は少ない。もしかしたら女性騎士団の方にいる可能性もあるし、複数人いるのかもしれない。アリナは気にはなるが、今は考えないようにした。
「それでアスイさん、これからわたし達はどう動くのがいいと思いますか?
わたしは一旦みんなを呼び戻して王国の防衛体制が整うまで魔導結界外での動きは控えるのがいいと感じています。それと、その為には大規模転移装置がある南の魔導遺跡を先に直すべきだとも思いますが」
「スミナさんとアリナさん、お2人にはやってもらいたい事があります」
「いいよ、何でもやるよ」
アリナはとにかく今は余計な事を考えないように身体を動かしたい気分だった。
「お2人はライトさんの葬儀の為に故郷であるノーザ地方のジモルまで戻って下さい」
「ちょっと待って下さい、アスイさんの気持ちは分かりますが、今はそれどころでは無いのでは?」
「スミナさん、ミアンも同じ気持ちです。家族を亡くされたのです、今は故郷へ帰るのが正解だと思います」
アリナもスミナと同じ気持ちだったが、アスイとミアンの真剣な顔を見て拒否する気持ちは薄れていった。
「お姉ちゃん、折角アスイさんが言ってくれたんだからそれに甘えようよ。
お兄ちゃんのお葬式に参加したいとは思ってたし」
「スミナさん、王都の事や魔導結界外の事が心配なんですよね?
今までお2人に甘えていた分、私が人一倍働きます。安心して下さい」
「でも、それでは他の人達の負担が……」
スミナはどうしても不安が残るようだ。
「先ほど言った通りディスジェネラルも減り、魔族連合も大分消耗しています。
それに加えてダブヌの確保とソルデューヌの残したメモがあります。これで相手の残りの戦力や戦略拠点が洗い出せると思っています」
「分かりました。一旦故郷に帰らせて貰います。
ですが、何か緊急事態があった場合は必ず連絡装置で伝えて下さい」
「勿論です。ただ、今は一旦休んで下さい。メイルもエルさんもね」
「アスイ先輩、そうさせて貰うよ」
こうして双子達は面倒な事は一旦忘れ、故郷へ戻る事になった。
双子達はノーザ地方の実家の屋敷があるジモルの街へ向かって自作魔導馬車を走らせていた。運転はエルが行い、仮の運転席でメイルがフォローしている。ライトの棺は王城できちんとした物に入れてもらい、保存処理して丁重に積んであった。
王都からの移動はずっと魔導馬車を使っているのでは無かった。エルが管理する一番王都に近い魔導遺跡に行き、そこで一旦ノーザ地方にある魔導遺跡転移してそこから再び馬車で移動している。
魔導遺跡に寄った際にエルを通じて魔導結界外のエレミに連絡を取っていた。エレミからは特に異常は無いと聞き、キサハがヤマト側も襲撃は無いのを確認し、ドワーフの工房も定時連絡で今のところ問題無いと聞いた。魔族連合もかなりの部隊がやられ、攻める余裕が無くなっているのは事実のようだ。
「兄上の件、残念じゃったな」
魔導馬車で移動していると突然声が聞こえ、そっちを見ると後部座席側に座っているスミナの横に小竜形態のホムラが浮いていた。
「ホムラ久しぶりじゃん。
ずっと一緒に居たの?」
「いや、時々スミナの近くにいたが、殆ど別行動してたぞ。余計な口出ししないようにな」
「わざわざ来てくれたんですね。ありがとう」
スミナは純粋に感謝の言葉を述べた。アリナはあまり納得してなかった。
「ホムラは王国側が大変な事になってるの知ってたんだよね。少しぐらい何か言ってくれても良かったんじゃない?」
「確かに知っておったぞ。だが、わらわはそれをわざわざ助言したりはせぬ。
もしそれを知ってお主らが王国に戻ったら他の仲間がどうなったと思う?ドワーフやヤマトの者達はどうなった?どちらも上手くいったかもしれぬ。
が、どちらも失敗し、より多くの被害が出たかもしれぬ。わらわはそれが分かっているから口出しせぬのじゃ」
「ごめん、ちょっと愚痴りたかっただけ。ホムラの力を借りないってお姉ちゃんが決めたんだしね」
アリナは軽口を叩いてしまったと反省する。
「兄弟の死はわらわには分からぬ。だが、その悲しみが大きい事は理解しておるつもりじゃ」
「わたしも周りに人の死が多過ぎて身近な者の死を悲しむ余裕が無くなっていました。お兄様の死でようやくそれを感じて、感覚が麻痺していたと思い知らされました。
本当はガリサが死んだ時点で一度故郷に戻るべきだったと反省してます」
「お姉ちゃん、それはあたしの責任だよ。魔族連合と色々あったからそれどころじゃ無くなったんだし。
あたしも色んな人が死んだことをもっと悲しんであげるべきだったな」
王都でも多くの人や騎士が亡くなっている。それを考えると先に進めなくなると思ってアリナは戦いが終わるまで保留しにしてしまっていた。
「戦争とはそういうものじゃ。多くの人が死に過ぎて悲しむ暇も無くなる。恨みや怒りを力にして更に多くの死体の山が積み上がる。
お主達はそれを無くす為に頑張ってるんじゃろ?」
「そうです。実際魔族連合の一部の人達を仲間にし、犠牲者を減らせたとは思っています」
「でも、結局王都や騎士の人達は守れなかった。もっといい方法があったのかもしれない」
アリナは兄ライトの死の責任の一部は自分にあると今でも感じている。
「全部を救おうなどとは思わぬことじゃ。どんなに頑張っても選択を迫られる事がきっと来る。その時、後悔しない方を選択出来る意思を持つ事じゃな」
「ホムラは難しいことを言うね」
「でも、わたしはどうしても全部を救いたいと思います」
「それがスミナの意思なら好きにすればいいぞ」
相変わらずホムラはスミナには甘いな、とアリナは感じてしまう。アリナはスミナが迷った時、自分が率先して辛い選択をしなければと心の中で思っていた。
昼に王都を出た双子達だが、日没前には屋敷に到着していた。魔導馬車でもあり得ない速さでの到着になる。屋敷の両親にはあらかじめライトの死とすぐに戻る事を魔法の手紙でメイルが伝えており、到着すると両親がすぐに出迎えた。
「よく帰って来た、スミナ、アリナ」
「お帰りなさい、スミナ、アリナ、あとメイルとエルちゃんも。
色々と大変だったでしょう。まずはゆっくり休んで」
「お父様お母様、ただいま戻りました。
こちらがお兄様のご遺体です」
「パパママ、ただいま。
ごめんなさい、こんな事になって……」
母であるハーラの泣きはらしたであろう顔を見てアリナは感情が抑えられなくなる。
「アリナ、それにスミナも他の者も、ライトがこうなった事に責任は無い。王国騎士になるという事はいずれこうなる覚悟を持っていたのだ。ライトはそれを立派に務めたのだよ。
ここではなんだ、とにかく中に入りなさい」
父ダグザは今にも泣きだしそうな娘達を見て皆と棺を屋敷の中へと入れる。エルは久しぶりに人間の少女の姿をし、ホムラは屋敷に着くと同時に姿を消していた。
久しぶりに帰って来た屋敷は懐かしくもあり、安心感もあった。ライトの棺は屋敷にあるハーラの祈りの間に持っていく。聖教会の元聖女であるハーラの為に特別に作られた聖教会の様式が組み込まれた神聖な雰囲気の部屋だ。そこで棺の蓋を開け、綺麗な遺体になったライトと両親が対面した。
「ライト、王国騎士としての役目を果たしたな。お前はアイル家の長男として恥じない立派な息子だったぞ。
――どうして私では無くライトが死ななければならなかったんだ。老兵である私こそが戦線に復帰し、死ぬべきだった。
死ぬには若過ぎる……。騎士になるのを止め、貴族として跡を継ぐことに専念させるべきだったのか……」
ダグザが遺体の前で崩れ落ち嗚咽を漏らす。
「ライト、疲れたでしょう。ゆっくり休むのよ。
私達の息子だもの、戦いからは逃れられないわよね。それでも私は貴方に生きていて欲しかった。王都からここに帰らず一緒に戦うべきだったのかもしれないわね。例え過保護だと言われても。
ライト、どうして貴方が死なないといけなかったの……」
ハーラも溢れ出す涙を抑えられない。アリナもそれを見て涙が再び溢れ出して止まらなくなった。少し離れた位置でメイルも泣いていた。
「お兄様の意思はわたしが継ぎます。魔族連合はわたしが崩壊させます。そしてわたしは死なないし、これ以上犠牲者を増やさない為に最善を尽くします!!」
スミナはもう泣かず、決意の言葉をライトへ贈るのだった。
双子は久しぶりの実家でくつろぎ、入浴し、家族そろって夕食を取った。暗い雰囲気を出さないよう皆明るく会話したが、どこかぎこちなかった。並べたベッドに入り、双子は既に寝る状態になっている。
「お姉ちゃん、久しぶりに一緒に寝ていい?」
「いいけどどうしたの?」
アリナは色々あり過ぎて久しぶりに甘えたくなってしまった。エルは慣れたもので猫の形に変わり、すぐにベッドの上で眠る態勢になる。アリナは空いたスミナのベッドのスペースに潜り込んだ。
「へへ、あったかい」
「ありがとう、わたしもアリナがそばにいてくれた方が安心する」
スミナがそう言ってアリナの手を握る。アリナはそれで苦しい気持ちも悲しい気持ちも飛んで行ってくれると思った。
「お姉ちゃんはやっぱり凄いよね。今日も泣かなかったし」
「別にそういうわけじゃ無いよ。わたしはあの日泣き尽くしたから。だからもうお兄様の前では悲しい顔を見せたくなかっただけ」
「それが凄いっていうんだよ」
アリナはどうやっても感情を抑える事は出来ないと自分で思っている。だから昔からスミナが我慢出来て、冷静で居られる事が凄いと思っていた。
「アリナこそ色々成長したんじゃない?敵の動きを見極めてるし、刀も使いこなしてる。それに元魔族連合の人達からも信頼されてる」
「あたしのはそういうんじゃないよ。たまたま凄い刀を貰っただけだし、魔族連合の人達だってお姉ちゃんと先に出会ってれば違ってた」
「どうだろう。少なくともわたしじゃ出来ない事をアリナはやってると思うよ」
アリナは褒められると何とも言えない気持ちになる。少しだけ自分に自信がついてきたのは事実だが、まだまだ足りないと思っているからだ。
「なんか褒め合いになって変な感じになっちゃったね。
あたしはお姉ちゃんがやる事を全力でフォローするから。その代わりあたしが上手く出来ない事はお姉ちゃんに任せる」
「そうだね、1人じゃ出来ない事もわたし達2人で力を合わせれば出来る。
もっと言うとエルやメイル、他のみんなの力を借りれば出来る事は広がる。そうやってどうすれば出来るようになるかを考えられるようになりたいと思う」
アリナはどうしても目の前の事しか考えられなくなるが、スミナはもっと広い目で見ている。アリナはそれを応援しようと思いながら眠りに落ちるのだった。
翌日、アイル家の屋敷でライトの葬儀が行われた。本来領主の息子の葬儀は大々的に行われるものだが、今は王都での問題もあり、こじんまりと行われる事が増えている。アイル家は更に規模を小さくし、遠くに住む縁者も呼ばず、町に住む住民にのみ参列を許可していた。
葬儀は粛々と行われ、ライトに最後の挨拶をしに町の者達が次々と訪れた。その中にはパン屋であるドシンの両親や、道具屋であるガリサの両親もいた。そんな中、メイルからガリサの父親が呼んでいると双子は声をかけられ、少しだけ葬儀の場から離れる。
「スミナ様、アリナ様、お呼び出ししてすみません。この度はご愁傷様でした」
「いえ、そんな他人行儀にしなくても大丈夫ですよ。
こちらこそガリサの葬儀に参加出来ずに申し訳なかったです」
「おじちゃん久しぶりだね。ごめんね、ガリサの葬儀に行けなくて」
ガリサの父である顔見知りの道具屋の主人に双子は言う。
「お2人がお忙しい事は知っていましたので謝らないで下さい。
それで、色々落ち着いたらでいいので一度うちの店に顔を出して貰えないでしょうか。娘の遺品で気になる物があったのでお見せしたいのです」
「そうですか。葬儀が終わったら立ち寄れると思います」
「分かりました、お忙しいところ呼び出して申し訳ないです」
ガリサの父はそう言って帰っていった。
「遺品で気になる物って何だろうね?」
「確かに異界災害の後にガリサの私物を調べる暇が無かった。真犯人に繋がる手がかりがあるかもしれない」
スミナが真面目な顔で答えた。
葬儀が終わり、火葬は翌日という事で双子は早速町まで行き、先にガリサの墓参りをする事にした。屋敷に咲いている花を詰み、ドシンとガリサ2人分の花を持って町の墓場に入る。ガリサの両親が考えたのかは分からないが、ガリサの墓はドシンの墓の隣に建てられていた。
「ガリサ、遅れてごめんなさい。もしあの時と思う事もあったけど、今は自分がどれだけ頑張っても無理だったと納得してる。ドシンと一緒にゆっくり眠ってね」
「ガリサ、色々ごめんなさい。あたしは友達だと思ってたけど、ガリサに辛い思いをさせたのを今は理解してる。もっと応援してあげれば良かったと後悔してる。ドシンもガリサも一緒に色々やってくれて本当にありがとう」
スミナとアリナはそれぞれドシンとガリサの墓に花を置き、ガリサの墓に言葉をかけて冥福を祈った。色々思う事はあるが、双子は会話をせずにそのままガリサの実家である道具屋へと向かう。
「いらっしゃい。
スミナさん、アリナさん来てくれたんだね。ちょっと待っていてくれ」
ガリサの父はそう言って店のカウンターから奥へと引っ込んだ。そして一冊の本を持って戻ってきた。
「これは王都から送って来たガリサの私物に入っていた日記なんだ。読むと辛くなると思いしばらく読まずに保管していたんだが、どうしても気になって読んでしまった。
すると、普段の学校生活の事以外に気になる点があって、私にはよく分からなかった。ただ、ガリサが巻き込まれた事件に関係しているのではと思い、信頼出来る2人に託そうと思ったんだよ」
ガリサの父が少し興奮気味に言う。ガリサの死については王都のカップエリアで謎の爆発事故が起き、それに巻き込まれた事になっている。その際本来いない筈の学生が多数含まれたのは魔族の誘拐事件があったという事にされていた。異界災害の真実を知っている者は少数であり、かつ、ガリサが原因であると知っているのはホムラやエルを含めなければスミナとアリナだけだ。
日記に異界災害関連の事が書かれていたのならガリサの父が理解出来ないのも当然かもしれない。ただし、ガリサの知識だけで異界災害が本当に起こせたか謎ではあった。その協力者が誰なのか日記を読めば分かるかもしれないのだ。
「本当にわたし達が読んでいいんでしょうか?」
「当たり前だよ。2人は娘の幼馴染で親友だったんだから。特にスミナさんとはずっと仲良くしてもらっていたからね」
「分かりました、預からせて貰います」
「おじちゃん、元気でね」
アリナは少しだけ胸に痛みを感じながら道具屋を出るのだった。
屋敷に戻ると双子は自分達の部屋で他の人を入れずに日記を確認してみる事にした。日記はガリサが戦技学校に入学した日から始まっていた。4月から6月までの日記は変哲もない学生の日記で、授業での驚きや新しい本を見つけた喜びなどが記されていた。変化があったのは7月初めの遺跡調査に行った日からだった。
――――――
・7月3日
今日初めてスミナ達に連れられて遺跡調査に行った。魔導馬車に乗れたのも嬉しかったし、聖教会のものと思われる遺跡は興味深かった。何よりそこにあった本は見た事の無い物ばかりで私が全部確認したいぐらいだった。
みんなに黙って一冊だけ本を持ち帰った。そこには私が知らなかった秘密が記されてたからだ。もしかしたらアリナには気付かれたかもしれない。でも、一冊だけだったらいいよね。
・7月4日
例の本を読み進めていくと吐き気が止まらなくなる。持って帰るべきでは無かった。もう読むのはやめる。しっかりと封印して部屋の床下に隠した。誰にも見つからないことを祈る。
――――――
「これってアリナが言ってた本の事だよね」
「うん、そうだと思う。でもこの時点ではガリサは読むのをやめてたんだ」
双子は日記を読み進める。だが、しばらくは再び学生生活の話に戻り、おかしな点は無かった。夏休みも下宿先の道具屋でバイトをしつつ図書館などの本を読んでいる事しか書いて無かった。大きく変化があったのはやはり野外訓練が終わった後だった。
――――――
・10月15日
ドシンが死んだ。色々あり過ぎて頭がおかしくなりそう。なんで学校の野外訓練であんなことになるの?以前の事件といい、スミナ達は何か隠してる?もう全てが嫌になってきた。
・10月25日
ようやく気持ちが落ち着いてきた。私は知識が欲しかっただけ。でもスミナ達は違ったんだ。彼女達は特別。着いて行けそうにない。今度誘われたらちゃんと断ろう。
――――――
ここではっきりとガリサが戦いから身を引いたのが分かる。それ以降は日記は更新もまばらになり、体調の不良や気分が悪いことが記されていた。
「お姉ちゃん、ここだ」
「誰だろう、この人」
11月の日記でガリサが誰かと接触した事が分かる。丁度ホムラが入学したり、魔導要塞を破壊しに行ったりとガリサと疎遠になっていた時期だ。
――――――
・11月10日
王立図書館で知らない少年に声をかけられた。幼い見た目だが戦技学校の制服で先輩のようだ。私の読んでいた本に興味があったらしい。変な人。
・11月12日
またあの少年に会った。少し話したらとても話があった。やっぱり魔法科の先輩だという。名前はマルブ。今度見せたい本があると言って会う約束をしてしまった。今からでも断ろうかとても悩んでる。
・11月15日
結局約束の場所に行ってしまった。彼はとても分厚い本を貸してくれた。そこには私の知らない知識が記されていた。読むのが止まらない。
・11月17日
体調がとても酷い。たまにモアラがお見舞いに来てくれて助かってる。でも、それより本の内容がとても気になる。
・11月19日
スミナがお見舞いに来てくれた。嬉しい筈なのに素直に喜べない。私にはこの本があるからだ。そろそろ床下の本も出してあげなきゃいけない。
――――――
ガリサの日記はここで終わっていた。
「わたし、この本をお見舞いに行った時に見た。でも、本自体に呪いとかはかかって無かったと思う」
「それよりもこのマルブって子がガリサを誤った方向へ導いたんだと思う。
お姉ちゃん、日記の記憶で何か分からない?」
「分かった、見てみる」
スミナは日記に触れ、記憶を読み取った。
「どう?」
「駄目だ、日記自体は実家に送られるまであの部屋から移動しなかった。ガリサも部屋にいる範囲では例の本を床下から取り出したのが怪しいぐらいで、それ以外は変な事してない。
でも、ガリサが読んでいた本が日記と一緒に実家に送られたのが分かった。わたし取って来るよ」
スミナはそう言うとすぐに部屋を飛び出した。アリナはついて行こうか迷ったが、時間はかからないだろうと部屋で待つ事にした。10分後、スミナは部屋に帰って来るとアリナに告げた。
「分かったよ、ガリサをそそのかした犯人が。本を渡したのは魔族連合のリーダーのルブだった!!マルブと名乗ってガリサに接触してたんだ!!」
スミナは怒気を含んだ言葉でそう言ったのだった。