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45.絶望の夜

 ヤマトの人達の危機を救ったアリナ達はエルが管理している魔導遺跡の一つでスミナ達の連絡を待っていた。


 魔族に襲われたデマジ砦の被害は大きかったものの、魔族の工作に気付いたマサズが船や天上船を先に避難させていたので食料などの問題は無かった。外壁も比較的被害は少なく、中の建物も半分は残す事が出来た。

 それが出来たのもヤマトの特殊集団であるシノビが敵の大規模な動きと内部に入り込んだ工作員の情報を探り当てていたからだそうだ。キサハに言霊で連絡しなかったのもシノビが情報を掴んだことを知られないようにという、予想通りの理由だった。

 ただ、砦とヤマトの人達に被害が出たので砦の修復までは敵の再度の攻撃にどう対処するかという問題が残った。別の島から砲撃する方法ももう魔族連合には知られてしまっている。そこでアリナ達の中で2名が砦に残ると言い出した。1人はハーフエルフのエリワで、防衛に関してはかなり頼りになるだろう。もう1人はゴマルが自ら挙手した。防御に特化した能力もそうだが、力も頭脳も砦の修復に役に立てるという事だ。キサハも残りたいと言ったのだが、マサズが連絡係としてはまだアリナと一緒に居て欲しいと言われ、渋々従ったのだった。

 なので今アリナと共に居るのは王国のオルトとグイブ、王国外のキサハとグリゼヌの4人になっている。それはいいのだが、アリナにはもう一つ不安な点が残っていた。


(ホントにあたしが持ってていいのかな……)


 アリナは腰に差してある赤い刀を見つめる。結局アリナはマサズから刀を譲られてしまったのだ。

 くれないという名のこの刀は意思を持ち、あるじとして相応しいかを見定める魔剣だ。いつからかはマサズも知らないが、ヤマトの王がこの魔剣の所有者として代々受け継いできたと聞いた。だが、殆どの王は使いこなせず、半ば王の立場を示す飾りとして持っていたという。そんな話を聞いてアリナは紅を返そうとしたが、マサズが使いこなせるならアリナの物にしろと受け取らなかったのだ。

 そもそもマサズもその前の王も紅の声を聞いた者はおらず、声が聞こえ、主と認められたなら所有権はアリナに移ったと言うのだ。恐らく転生者が持つのに相応しい刀なのだろうと。アリナはそこまで言われて返すに返せず、そのまま貰ってしまった。ただ、怪しい所はあるので後で姉のスミナに鑑定して貰おうとは思っているが。


「アリナさん、連絡が来たぞ」


「ホントだ、受けるね。

こちらアリナです、お姉ちゃん?」


『はい、スミナです。悪いけど王国の方で大変な事が起こってるの。直接話したいからみんな転移装置に乗ってくれる?』


「分かった、切るね」


 アリナは魔導遺跡にある電話のような連絡装置を切る。そしてアリナ達5人が転移装置に乗ると別の魔導遺跡へとすぐに転移した。


「アリナ、上手くいったみたいね。って、人数が少ないけど何かあった?」


「ああ、エリワとゴマルはヤマトのデマジ砦に残って貰ったの。砦が破壊されてその修理の間の護衛役みたいな感じで。

でもお姉ちゃんの方もレモネとかいないんじゃない?」


「うん、わたしの方も同じような理由でギンナがドワーフの工房に残るって話をして、レモネとソシラも防衛の為に残ってくれることになりました。それに置いてきたグスタフもちゃんと動くか心配だし誰か残って見張ってて貰えると助かるから。

って、それは置いておいて、大変な事になったんです」


 スミナが慌てた様子で言う。


「もしかして王都がまた襲撃に遭ったの?」


「いや、それはまだ分からないんですが、エルが言うには王都の近くの魔導遺跡の反応が途絶えたそうです。なので魔導馬車や大量の人を送る転移装置が使えなくなり、魔導馬車を魔導結界内に送るのが不可能になりました。

恐らく魔導遺跡の場所を突き止められ、魔族に襲撃されたんだと予想出来ます」


「そっか、以前王都に戻る時に襲われたケンタウロスのアンデッドはソルデューヌが使ったヤツだったもんね。あたし達が色々やってる間にソルデューヌが魔導結界内に移動して襲撃したんだよ、きっと」


 アリナは自然と繋がった話をする。


「だが、魔導遺跡の重要性が分かって警備を薔薇騎士団から他の複数の騎士団に変えた筈だ。そう簡単に落とされるか?」


「数は増やせても王都の防衛のように守りやすい土地では無いと思います。

ただ、僕が思うには防衛の人数を増やした事で内通者に情報が伝わり、簡単に攻め落とせたのではと考えられます」


 オルトの疑問にグイブが答えた。


「ともかく、ここで話していても詳しい状況は分かりません。

王都に戻りたいところですが、魔導馬車が無いと時間がかかります。なので、一旦町が近くにある魔導遺跡に移動し、町から王都に連絡して状況を確認しようと思います」


 王都や大きな町には先ほどアリナが使った電話のような長距離連絡用の魔導通話機があり、通話が出来るようになっている。ただし誰でも使える物では無く、貴族以上の身分や許可証を持った者のみだが。


「ところでお姉ちゃん、この凍った肉片は何なの?」


「これはディスジェネラルのダブヌです。ドワーフの工房襲撃の指揮を執っていたの。既に人の形をして無かったけれど王国に連れ帰れば魔族連合の証人にはなるかなと思って。

凍ってるのは変な行動をしたりさせないのと、死なないようにする為です」


「大丈夫、全然危険は感じないから。

でも、あのおっさんかあ。話した事無かったけど碌な人間じゃ無いのは感じたからこうなるのもしょうがないかな」


 アリナは素直な感想を言う。アリナが魔族連合に居た時、人間と敵対している魔族やモンスターから敵意を向けられるのは当然だが同じ人間であるダブヌもまるでそちら側のように振る舞っていた。詳しくは聞かないが、デビルに強くして貰うとそそのかされて兵器の一部にでもされたのだろう。愚かだが可哀想だとは思えなかった。


「アリナ、ウチは王国に行ってもやる事は無いし、ウチの姿は邪魔になるだろう。だからウチはこの遺跡を守っておこうと思うが、どうだ?」


「だったら余も同じです。これ以上王国の者と話し合う事も無いでしょうし、魔導結界外で戦うならここが拠点になるでしょう。ここならマサズ様との連絡も取れますし」


「お姉ちゃん、いいよね、2人残しても。王国の問題とは2人は関係無いし」


「いいですが、2人だけだと不自由があるんじゃないですか?」


 グリゼヌとキサハが提案したが、スミナは何かを気にしているようだ。


「あの、私もここの防衛に残りたいです。

王国の方も気になりますが、ここの重要性はよく分かっています。魔導遺跡については少しは詳しいと思いますし」


「エレミさん、いいの?

それではこれを渡しておきます。これでドワーフの工房との簡単な連絡が取れますので。

あと、エルが魔導遺跡の連絡をする時はそちらの対応もお願いします」


「はい、任せて下さい」


 スミナはここに王国側の人間が1人も残らない事が不安だったのだろう。グリゼヌもキサハも信用出来るが、それでも完全に信用してはいけないという考えはアリナにも何となく分かった。

 双子達はエレミ達3人と魔導馬車を遺跡に残し、魔導結界内へと転移した。移動した先の魔導遺跡は王都の西に位置し、近くにあるバンナの町へは連絡をするだけなので双子とメイルの3人で向かう事にした。

 バンナの町に夜に着いた双子達は緊急事態という事で寝ていた魔導組合の管理者を呼んできてもらい、何とか魔導通話機を使う事が出来た。スミナは通話機で連絡先を王城の特殊技能官のところに指定する。連絡するとすぐに相手が応答した。


『こちらはデイン王国王城の特殊技能官専用の魔導通話機になります。どちら様でしょうか?』


「夜分すみません、わたしはスミナ・アイルです。アスイさんは居ますでしょうか?」


『スミナさん?私はナナルです。直ぐにアスイさんを呼んできますので待ってて下さい』


 連絡に応じたのはアスイの部下の特殊技能官で魔術師のナナルだった。この様子だとアスイはまだ王城に居るようだ。2分ぐらい待っているとアスイが応答した。


『スミナさん、無事なようでよかった。どこから連絡してるの?』


「バンナの町です。エルが王都の南の魔導遺跡が破壊されたようだと言ってるんですが、王都は大丈夫なんですか?」


『大丈夫、とは言い難いけど何とか無事よ。

魔導遺跡については本当に申し訳ないわ。急な敵襲で対応しきれなかったみたい。それに加えて悪い知らせがあるのだけれど、援護に向かった金騎士団と連絡が付かない状態なの。その中に貴方のお兄さんのライトさんも含まれているわ』


 アスイから告げられたのは予想外の知らせだった。兄であるライトは強いが、今の魔族連合には危険な存在が沢山いる。スミナはショックを隠せなかった。


「そうですか……。ですが、お兄様なら無事だと思います」


『そうだと私も願っているわ。

私も援護に向かいたかったのだけれど、王都の防衛を優先して残る事にして、それも当たっていたわ。

今度はソードエリアが狙われてかなりの被害が出てる。スミナさん達の屋敷も無事かどうか不明です。何とか敵は追い返したけど、ますます復興に時間がかかりそう。

それで、スミナさん達はどうだったの?』


「こちらも色々ありました」


 スミナは手短に状況を説明した。人間の解放の為に会いに行ったソルデューヌのところが罠だった事。グイブの砦攻略も情報を知られていて、覇者の王冠が偽物で兵士も奪われた事。ヤマトの砦とドワーフの工房が襲われ、それぞれ手分けして助けに行き、何とか最悪の事態は避けられた事。


『なるほど、こちらの動きが把握されていて敵の策に嵌っていた訳ね。期待されたグイブさんの部隊も使えなくなったと。

今後の対応についてきちんと話し合いたいわ。ただし、内通者がいない所で。こっちに戻って来れる?』


「馬車を借りるかして、なるべく急いで戻りたいと思います。魔導結界外に残って貰った人達も居るので」


『分かったわ、気を付けて帰って来て』


「はい」


 アスイとの連絡が終わり、スミナは聞えていたと思うが念の為アリナとメイルに会話の内容を伝える。アリナもライトの件はショックを受けていた。


「お兄ちゃん大丈夫かな。きっと無事だよね。

なんか悔しいな、魔導遺跡も王都もタイミングを見計らって襲撃されたなんて」


「しかもこちらの作戦も失敗したからね。

でも失敗だけじゃ無い。ディスジェネラルを2人倒して、グスタフも手に入ったんだから」


「そうだ、ちゃんと言ってなかったけど、この刀、マサズから譲り受けたんだ。

くれない”って言うんだけど魔剣で、今度時間がある時お姉ちゃんに見てもらいたい」


「なんか凄い物持ってるなとは思ってた。多分大丈夫だと思うよ、前に見た“最強の剣”みたいな邪悪さは感じないから。ただ、異様な感じはするけど」


 スミナにそう言われてアリナは少しだけ安心した。


「お嬢様、馬車を手配してきましょうか?」


「ちょっと待って、あたしに考えがあるの。一旦魔導遺跡に戻ってもいい?」


「アリナがそう言うならいいけど」


 メイルの提案をアリナは止めさせた。アリナは馬車よりも速く王都に行ける手段があるのではと思い付いていた。


 魔導遺跡まで戻るとスミナはみんなにアスイから聞いた状況を説明する。


「状況は思ったより悪いみたいだな。確かに急いで王都に戻った方がいい」


「ですが馬車はないですよねぇ。どうやって戻るんですかぁ?」


 オルトが言った後にミアンが当然の疑問を口にする。


「今のあたしなら魔導馬車が作れる気がするんだ。ただ、お姉ちゃんとエルの力が必要だけど。

お姉ちゃんは魔導馬車の構造を理解してるよね。それでエルは動力部分を補えるでしょ。あとはあたしが魔力で各パーツを組み合わせた状態で作れば出来ないかな?」


「うーん、確かに魔導馬車については何度も触れてるからある程度は設計図みたいのが残ってるとは思う。エル、フォロー出来る?」


「やってみましょう。思考をリンクさせます」


 双子とエルは3人で輪になって手を繋いだ。改めてエルも積極的になったなとアリナは実感する。


『目を瞑って、魔法で会話する状態になって下さい』

『了解』

『分かった』


 エルからそう指示されて目を瞑ると頭の中に薄紫色に光る世界が出来上がる。アリナの頭の中にスミナの理解する魔導馬車の構造と、エルが考える動力部分が浮かび上がってきた。アリナはそれを現実に魔力で作り上げていく。エルは身体を変形させ、自ら動力部分へと組み込まれていった。


「出来た!!」


 そこには色は単色で大きさもいつも乗っている物より小さいが、ちゃんと魔導馬車が出来上がっていた。


「運転はワタシがするので場所の指示をお願いします」


 魔導馬車自身からエルの声がする。スミナが形ばかりの運転席に、アリナは助手席に乗り、他のみんなも乗車した。氷漬けのダブヌも忘れずに後ろの収納に格納する。


「発進します」


 エルの声と共に魔導馬車が動き出す。流石に乗り心地は普段も魔導馬車に劣るが、それでもきちんと速度を出して動き出していた。


「これなら2時間ほどで王都に着くね」


「ちゃんと動いて良かった」


 アリナはスミナと協力して道具を作れた事が純粋に嬉しかった。

 このまま無事に王都に着くと思っていたアリナだが、そうはいかなかった。



「エル、止めて。

みんな、待ち伏せしてる敵が居る」


 アリナはかなり大きな危険を察知してみんなに知らせる。そして相手が誰であるか何となく分かっていた。


「しょうがないけど魔導馬車は一旦分解しよう。

ダブヌは戦闘の邪魔になるから地面にでも埋めといて」


「了解です」


 エルがアリナの言う事を聞いて魔導馬車の動力部分から戦闘形態に戻り、積んでいた凍ったダブヌを地面に埋めた。皆が戦闘準備を完了させたのでアリナはスミナと並んで先頭になり闇夜を進んで行く。


「隠れているのはソルデューヌでしょ、姿を見せなよ」


「やはりアリナさんには待ち伏せは無理ですよね」


 名前を呼ばれたソルデューヌが暗闇の中から瞬時に姿を現す。その姿はいつもの人間の貴族のような服では無く、血のように紅いコートのような服を着た不気味だが妖艶な姿だった。バンパイアロードとしての正装なのかもしれない。


「あたし達が転移に使ってる魔導遺跡を壊したのはソルデューヌでしょ?なんでそんな事したの?あんたは魔族連合のデビル達をどうにかしたかったんじゃないの?」


「アリナさん達が言う事を聞いてくれないのがいけないんですよ。わたくしが折角ミボさんを出し抜いてシホンさんと会わせてさしあげたのに。勝手な行動を取った代償として魔導遺跡を破壊する役目を押し付けられたんです。

アリナさんにスミナさん、わたくしからもお願いします、魔族連合に戻って来てくれませんか?ディスジェネラルが崩壊した今ならわたくし達で魔族連合を作り変える事が出来るんです」


「残念だけど行かないよ、そっちには。ソルデューヌとの会合が魔族連合の襲撃のタイミングに合わせてたのが分かったからね」


 アリナはソルデューヌの誘いに即答した。ソルデューヌは転生者としての双子を必要としているが、それ以外の人間の生死に興味が無いのが分かって来たからだ。


「デビルが管理しても、魔族が管理しても、人間の立場は変わりはありません。そもそも人間と魔族が相容れない存在だと貴方が一番分かっている筈です、ソルデューヌ」


「そうですか、しょうがありませんね。

この手はあまり使いたく無かったのですが、使わざるを得ないでしょう。では、まずはこれを見て下さい」


 ソルデューヌが指を“パチンッ”と鳴らすと周りの地面から何かが出現した。それは騎士のようで、その鎧の色は見た事があった。


「まさか、これは金騎士団のみんなか」


「オルトさん、そうですが彼らは生きていません。アンデッドです!!」


「流石聖女様、正解です。

ですが、ただのアンデッドではありませんよ。彼らは予想より強かったのでわたくしの眷属、ヴァンパイアナイトとして生まれ変わりました。ゾンビやグールのような知性の無いアンデッドではありませんよ。まあ、生前の記憶はありませんがね」


 アリナはソルデューヌの言葉に吐き気を催しつつも、ヴァンパイアとなった騎士達の中に兄のライトがいないか必死に見回した。


「よかった、お姉ちゃん、この中にお兄ちゃんは居ないよ」


「うん、わたしも確認した。でも気を付けて」


「その通りです。メインディッシュはこれからですからね。

お望みの兄君はここに居るんですから」


 ソルデューヌがそう言うと、鎧を脱がされ、身体中傷だらけのライトがソルデューヌの腕の中に現れた。一切身動きしないので生きてはいるが意識は失っているようだ。


「皆さん、動かないで下さいね。彼は瀕死ですから。わたくしが小指で一刺しするだけで兄君は死んでしまいますよ」


「人質ですか。

ソルデューヌ、貴方の望みは何ですか?」


「皆さんにわたくしの配下になってもらう事ですかね。

ですが、気が変わりました。全員眷属になってもらいましょう。その方が色々とやりやすいですから」


「一瞬でもあんたを信用した事が間違いだったとあたしもようやく理解したよ。やっぱり魔族はゲスで最低だった」


 アリナはソルデューヌとは一部意見が違っても分かり合える時が来るかもしれないと思っていた。その最後の可能性が完全に打ち砕かれた。


「やはり人間の罵倒はとても心地良い。これがあるから美味しく頂けるのですから。

アリナさん、ヴァンパイアと人間は共生関係だと言いましたよね。眷属となりわたくし達と共に人間を支配しましょう。それこそが本当の平和なのですよ」


「死んでも嫌だね、そんなのは」


「貴方がたに拒否権はありませんよ。いくら貴方達が速く動けても、わたくしが兄君を殺す方が速いですからね。

あと、わたくしには背後にも目があります。後ろから襲おうとしても無駄ですよ」


 ソルデューヌはいつの間にか背後に回っていたメイルの動きに気付いてか牽制して言う。


「降伏の姿勢を示す為に皆さん武器を捨てて鎧を解除して下さい。

それとも兄君を犠牲にしても戦いますか?わたくしはそれでも一向に構いませんが」


 双子はどうすべきか悩む。絶対に屈してはいけない相手だし、降伏はあり得ない。かといって兄を見捨てられるほど2人は強くなかった。


(でも、あたしが悪者になれば……)


 アリナは兄殺しの汚名を付けられてもソルデューヌを倒すべきだと痛む胸をよそに、動こうとしていた。


「そんな事はさせません!!」


 そう言ったのはミアンだった。言ったのと同時にソルデューヌの周りに光の柱が出来る。


「ぐっ、身動きが……」


「今です!!」

「分かった」

「はい!!」


 ミアンが叫ぶと同時にアリナは刀でソルデューヌの首を斬り落とし、スミナはライトを奪って安全な位置まで逃げた。アリナはそのまま刀でソルデューヌを切り刻もうとしたが、周りの騎士達がアリナに襲い掛かったのでそれを避けるしかなかった。


「聖女の力を甘く見てました。ですが、もう動けますよ」


 ソルデューヌは転げ落ちた頭から声を出し、光の中で自分の頭を拾って付け直す。アリナはミアンのおかげで人質となったライトを助けられた事を心底感謝していた。


「交渉決裂ですか。

しょうがないですね、実力行使としましょう。もう手加減はしませんからね!!」


 ソルデューヌが怒気を纏った言葉を吐くと同時に周囲に一気にアンデッドが現れた。それは以前戦ったケンタウロスの他にも巨人や巨獣など巨大な物も混ざっている。魔導遺跡が落ちたのも、金騎士団が敗北したのもしょうがないと思える量と危険度だった。


「お姉ちゃん、ソルデューヌはあたしがやる!!」


「分かった。

オルトさんは騎士の相手をお願い。

エル、巨大な敵は任せたから。

メイルはミアンと一緒にお兄様とグイブさんを守りつつ戦って」

「「はい!!」」


 スミナが指示を出し、自らもアリナの戦いに邪魔が入らないように周囲の敵を倒していく。


「ソルデューヌ、もう終わりだよ。あたしはアンタを許さないから」


「その刀、やはりくれないですか。マサズさんが持っていたのは知っていましたが、まさかアリナさんの手に渡っているとは。これも運命なのでしょうね」


「紅の事知ってるの?」


『おぬしはソルデューヌか。まだ生きていたとはな』


 紅が皆に聞こえる声を発して言う。紅も血を吸うのでもしかしてソルデューヌの仲間だった過去があるのではとアリナは思った。


「人間の武器に成り下がり、ただの物として生き永らえている貴方に言われたくはありませんね」


「紅ってもしかして元々ヴァンパイアだったの?」


『あんな愚劣な存在と同じにするでない。

だが、生半可な攻撃ではこやつは死なぬ。本気で斬るのだ』


「分かった」


「いいでしょう、アリナさんを眷属にし、紅も手に入れる事にしましょう」


 アリナはソルデューヌが言い終わる前に斬りかかった。しかし本気のソルデューヌは緩やかな動きでそれを完全に避けてしまう。まるでアリナの動きが最初から分かっているように。


「今度はこちらから行きますよ。血流斬ブラッドスラッシュ


 アリナの周囲数か所から血が噴き出し、それが刃となってアリナへと飛んで来る。アリナは危険察知でそれを避け、避けきれない刃を紅で弾く。


(下だ!!)


 アリナが回避した場所の下から危険を察知し、アリナは急いで壁を作りだしてそれに対処した。地面から生えた血の槍は壁を突き破ったがアリナには届かなかった。


(嘘!?)


 いつの間にか目の前にソルデューヌの顔があってアリナは驚きを隠せない。ソルデューヌの手刀が迫り、アリナはギリギリ避けたが顔には切り傷が出来ていた。アリナの血が付いた爪をソルデューヌはぺろりと舐める。


「やはり転生者の血は格別ですね。眷属では無く食料として飼いならすのも悪く無い」


『能力に頼るな、感覚を研ぎ澄ませろ』


 アリナの脳内に紅の言葉が聞こえる。アリナは鬱陶しく感じつつも、その言葉を刻み込んだ。ソルデューヌはアリナの能力をよく理解していて、それを逆手にとって攻撃してきているのだろう。だから危険を察知する祝福を中心に動いては駄目なのだ。


「アリナさん、確かに貴方は強い。ですが、闇術鎧ダルア無しではわたくしには手も足も出ませんよ」


「ソルデューヌこそ甘く見てるんじゃない?」


 アリナはそう言いつつもソルデューヌの本気の攻撃に翻弄されていた。的確にこちらが嫌な位置に攻撃が来ていて反撃する暇がない。アリナの弱点を知り尽くしたスミナと戦った時が思い出される。違いがあるとしたら仕掛けられた攻撃の危険自体は察知出来ているという点だ。


(ソルデューヌは闇雲に攻撃してるんじゃない。あたしが逃げる方向を予測して、更に避け辛い方へと誘導されてるんだ!!)


 ソルデューヌの攻撃が計画的で、かつ本人が瞬間移動で的確に攻撃している事にアリナは気付く。だが、今までの戦い方を急に変える事はアリナにとって難しかった。仕組みは分かってもアリナは避け続け、急に混ざるソルデューヌ本体の攻撃が致命傷にならないように防ぐしか出来ない。防御力を上げたアリナの魔導鎧も傷だらけになっていた。


(逃げ回ったらダメだ。ダメージを喰らっても反撃しないと)


 アリナは覚悟を決め、集中する。危険を探るのではなく、ソルデューヌの動きを探るのだ。そう考えて初めてアリナは手の中にある紅とソルデューヌに似た匂いのようなものがあるのが分かった。ダメージを受けるのを気にせず、アリナは感覚を研ぎ澄ませてソルデューヌがどこから攻撃して来るかを探った。


「そこだ!!」


 アリナは紅を一閃する。するとソルデューヌの攻撃しようとした右手が綺麗に斬り落とされていた。


「見切られてしまいましたか。

仕方ありません、別の方法を使いますか。この姿は見せたく無かったんですけどね」


 ソルデューヌは涼しい顔でそう言う。アリナは問答無用でソルデューヌを縦に叩き斬ろうとした。が、その瞬間にソルデューヌの身体が溶け、地面に落ちる。それは大量の血の池になっていた。


「みんな、ここから離れて!!」


 アリナはその池から強大な危険を感じ取り、叫びつつ上空へと逃げる。次の瞬間、池からハリネズミのように大量の血の色のトゲが槍のように伸びた。それは近くにいたアンデッドもろとも突き刺していく。アリナの叫びでスミナ達は距離を取ってそれから逃げる事が出来た。だが、危険は収まらず、池は戦場から一番距離が離れたライトがいる方向へと移動を始めた。


(止めないと!!)


 いくらミアンやメイルでも意識の無いライトを守ってソルデューヌから逃げる事は出来ないだろう。先程の攻撃はミアンのシールドでも防げ無い事は分かっている。


「行かせない!!」


 アリナは魔力で作った大量の刃を移動する血の塊に向かって降らせる。塊は避けずに刃が突き刺さった。しかし、斬られても飛び散ってもすぐに集まってしまう。それならとアリナは魔導具の武器に持ち替え、魔力で巨大なハンマー状に作り上げてそれで叩き潰した。が、それも無駄で、潰され飛び散った赤い液体は再び集まり、かつ再び槍を出して反撃してきた。アリナはそれをギリギリ回避する。

 物理が効かないならと炎の魔法で燃やしたり、氷の魔法で凍らせようとしたが、無駄だった。魔法にも耐性があり、近付けば槍で反撃される。色々試しているうちにどんどんと塊はミアン達の方へと近付いてしまう。


「アリナ、手伝うよ!!」


「お姉ちゃん、コイツ斬っても潰してもダメだし、魔法も今のところ効果ないの」


 ある程度周囲の敵を倒したスミナが加勢に来てくれる。しかしアリナはどうやっても液状になったソルデューヌを止める事が出来ない。


「アリナ、あれを魔力の壁で囲んで密封して」


「分かった」


 スミナには何か考えがあるようで、アリナは言われた通りに魔力の壁で囲んで床も天井も付けて完全密封した。しかし次の瞬間槍が出て来て壁を簡単に破壊してしまう。


「そこ!!」


 スミナのレーヴァテインが振るわれ、飛び出した槍が数本斬り落とされる。斬り落とされた槍は固形のまま融合されずに地面に落ちていた。


「アリナ、固体化した状態なら融合しないよ」


「分かった」


 アリナも急いで紅で槍から液体に戻る前に数本斬り落とした。すると赤い液体は再び人型へと戻って行く。


「もう攻略されてしまいましたか。

仕方ありません、最後の手段です」


 血の塊だったソルデューヌは全身紅い小さなコウモリのような形になる。そして一気に加速した。アリナは急いで避けるが翼が刃になっていたようで腕に傷が出来ていた。


「アリナ!!」


「大丈夫、あとはあたしがやるからお兄ちゃんを守って!!」


 アリナはそう言って紅を構えた。コウモリになったソルデューヌは闇夜に消え、姿が見えない。


「!!」


 アリナはほぼ本能でソルデューヌの攻撃を避けた。瞬間移動と高速飛行を合わせた攻撃で今度はアリナの頬が斬られてしまう。的が小さく速度も速くなり、刀で斬るのはかなり難しい。


(集中しろ、あたし)


 アリナはあえて目を瞑った。五感を研ぎ澄ませ、敵がどこから来るか予想する。目を開けた瞬間世界がスローモーションのように感じた。右から飛んで来るソルデューヌに対してアリナは抜刀して刀を振った。紅は小さなコウモリの真ん中を捉え、ソルデューヌの身体は真っ二つに分かれて落下した。


「ここまでか……。悔しいがしょうがないですね……」


 真っ二つに分かれたコウモリが元のソルデューヌの姿に戻って行く。アリナは再び再生する可能性があると真っ二つになった死体から目を離さなかった。


「周りのアンデッドが溶けていきます。主が死んだためでしょう」


「やったね、アリナ」


 ミアンが周囲を確認し、スミナも笑顔でアリナの方へとやって来た。ソルデューヌの死体はドロドロと溶けていく。


『まだだ、気を抜くな!!』


 紅がみんなに聞こえる声で言い、アリナはソルデューヌの死体が動かないか警戒する。他のみんなも周りを見渡した。それがいけなかった。


「う、なんで……」


 グイブの声が聞こえた。アリナが振り向いた時には既にグイブが短剣を振り下ろす直前だった。


「やめて!!」


 スミナが叫ぶ。アリナは最速で移動したが、グイブの短剣はその横で倒れているライトの胸へと振り下ろされていた。アリナはグイブを攻撃しようとしたが、その後ろに気配を感じ、それを紅で斬った。それはソルデューヌが最後の力で変身したと思われる小さな虫だった。


「はははっ、わたくしに逆らうからこうなるんだ」


「消えろ!!」


 アリナはソルデューヌの残骸を燃やし尽くした。メイルがグイブをライトから引き剥がし、スミナが短剣を引き抜いて手当をしようとする。ミアンも急いで回復魔法を唱えた。


「スミナにアリナ、それに他の人達も来てくれたんだ……。

すまない、僕が足を引っ張ってしまったみたいで……」


「お兄ちゃん!!

良かった、生きてる……」


 意識を取り戻したライトにアリナが駆け寄る。


「ごめん、アリナ。僕はもうすぐ死ぬ。他の仲間のようにアンデッドにならなかっただけ幸せだよ……」


「そんな……」


「ミアン!!何とかならないの?」


「駄目です……。もう回復を受け付けません……」


 必死なスミナの横でミアンが悲し気に首を振った。


「アリナ、我儘聞いてあげられなくてごめんな。本当は僕がアリナを助けてやりたかった……」


「そんなのどうだっていいよ!!お兄ちゃんさえ生きていてくれれば……」


 苦しそうなライトの声を聞いてアリナは自然と涙が零れ落ちる。


「スミナ、いつも大変な役目を任せてすまなかった。本当は長男の僕がやらなければいけない事だったのに。

もっと甘えさせてあげられたらと今更思うよ……」


「そんな事はいいんです。お兄様が居てくれた事が大事だったんですから……」


 スミナはそう言いながらも必死に何か使える魔導具が無いか探っていた。


「メイル、2人の事を頼んだよ。僕は君が居てくれて本当に感謝してる……」


「お任せ下さい、ライト様。

お助け出来ず、申し訳ありませんでした……」


「最後に家族に囲まれて本当に幸せ者だな僕は。

ただ、父さんと母さんには迷惑かけてしまったな……」

「お兄様!!」

「お兄ちゃん!!」


 スミナとアリナは左右からライトの手を握る。だが、ライトの手は既に冷たかった。ゆっくりと目が閉じられ、ついに生命力が感じられなくなり、全く動かなくなった。双子は手を握ったまま泣き崩れる。ミアンとメイルもその横で崩れ落ちていた。


「そ、そんな……。僕は……」


 手が血濡れているグイブはしゃがんで震えていた。魔法の抵抗力の低いグイブはソルデューヌに操られてしまったのだろう。そもそもライトはソルデューヌに死ぬ直前まで痛めつけられ、生きているのが不思議なぐらいだったのだ。気を付けるべきはライトの周りだったのだとアリナは今更ながら後悔してしまう。

 スミナはライトの手を地面にゆっくりと置き、すっと立ち上がった。そして震えているグイブを睨み付ける。


「貴方は、なんてことをしたんですか!!」


 スミナが見た事の無い怒りの表情でグイブの胸倉を掴む。そして地面に投げ付けた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 グイブはただただ謝っていた。


「貴方がお兄様を殺したんですよ!!謝ってもお兄様は戻ってきません!!」


 スミナはレーヴァテインを構える。


「お姉ちゃんやめて!!

気持ちは分かるけど落ち着いて」


 アリナは背後からスミナを抱き締める。スミナの手からレーヴァテインが落ちた。そしてそのままスミナは地面に崩れ落ちる。


「分かってます。誰の責任でも無い事は。全てはソルデューヌが悪い事も……。

でも、お兄様は少し前まで生きてたんです……」


「うん……」


 スミナを抱き締めたままアリナも言葉が出なかった。アリナはスミナがこんなに取り乱すなんて思っていなかった。そのまま長い沈黙が続いた。



「もうすぐ夜が明ける。こんな所に放置しても可哀想だ。そろそろ王都に連れて行ってあげないか?」


 重苦しい雰囲気の中で最初に声を出したのは年長者であるオルトだった。


「そうだね、エル、魔導馬車を作ろう」


「はい」


 アリナはエルと協力して再び魔導馬車を作る。


「それと一つだけ朗報がある。ソルデューヌの遺体の跡にこんな物が残ってた。魔族連合の重要拠点などが記された資料だ。これがあれば反撃が出来る」


「また罠の可能性があるのではないでしょうか」


 オルトが見つけたメモにミアンが疑念を抱く。


「その可能性もあるけど、見てみる価値はあると思います。

皆さんごめんなさい、少し取り乱してしまいました。特にグイブさんには酷い事を言ってしまって……」


「いえ、僕が弱かったのがいけなかったんです。僕に償える事があればなんでも言って下さい」


「グイブさんのせいじゃ無いよ。とりあえず今回の責任は感じ無くていいから。

じゃあみんな出発しよう!!」


 アリナは暗い雰囲気を一掃するように精一杯の明るい声で言うのだった。

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