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44.巨兵復活

 魔導馬車は猛スピードでドワーフの工房へ向かって走っていた。運転しているのはドワーフのギンナで、以前スミナ達が使った道よりも近いルートを知っているので自ら名乗り出たのだ。それというのもスミナが持っている連絡用の魔導具にゴンボが持っている物から橙色の異常ありを意味する光が点灯したからだった。

 自分の故郷の一大事という事で、ギンナは鬼気迫る勢いで運転している。助手席にはスミナが座りフォローしていた。他のみんなは後ろの客席側に座っているが、エルは戦闘形態で魔導馬車の屋根に張り付いていた。邪魔をしてくる敵や、通行の邪魔となる岩や木を破壊する役目を任されたのだ。


「エルさんには本当に申し訳ないです」


「いいですよ、わたし達も一刻も早く向かいたいですし。エルも外に居る方がエネルギーの吸収が出来るので都合がいいそうです」


 謝るギンナにスミナが答える。実際エルのエネルギー源が太陽光から得られるので自分が運転していない時はこうして魔導馬車の上にいる事もある。道なき道を進んでいるので敵の待ち伏せは無いが、野生のモンスターや落石、倒木などの障害物は度々現れ、その都度エルが活躍してくれていた。


 あと少しでドワーフの工房というところで、スミナが持っていた連絡用の魔導具が再び反応する。送信元はアリナの魔導具からで緑色に点灯していた。青系統の光は作戦成功を意味するので、アリナ達がヤマトの人達を上手く助けられたという事だろう。


「アリナからの連絡で、ヤマトの方は上手くいったみたい。わたし達も頑張ろう」

「「はい!!」」


 スミナの報告を聞いて皆喜んで返事をする。ヤマトが無事ならドワーフの方も大丈夫な可能性がありと思えるからだ。


「これは……」


 戦いの跡を前に魔導馬車が止まる。そこには破壊された大量の闇機兵ダロンの姿があった。恐らく敵襲に備えた罠が発動し、先頭にいた集団がここで破壊されたのだろう。


「まだ戦闘は続いてるかもしれない、急ぎましょう」


 スミナは魔導馬車を降りると皆に戦闘準備をさせる。ギンナは早速ドレニスを装着し、すぐにでも走り出そうとした。


「ギンナさん、急ぎたい気持ちは分かるけど、全員で一緒に行きましょう」


「――分かりました」


 スミナに言われ、ギンナは少し冷静になったようだ。皆が魔導鎧を装着し、戦闘準備が出来たので徒歩で工房へと進んで行く。残骸を超えると、動いている敵の集団が見えた。ドワーフの工房を落とすのに用いられたのは皆ダロンのようだ。背後から迫るスミナ達に気付き、早速攻撃をしてくる。


「見た事の無いダロンもいる。みんな気を付けて」


「大丈夫です!!」


 そう言って飛び出したのはドレニスを着たギンナだった。射撃武器を放ってくるダロンに対し、ドレニスは回避しつつ接近し、全身に装着した刃によって細切れにしていく。いつもの大人しいギンナとはかけ離れた激しい戦い方だった。だが、それも故郷を救う為だと思えば不思議ではない。


「みんな、ギンナさんに続きましょう」


 スミナもエルと共に高速でそれを追い、次々とダロンを破壊していく。見た事の無いタイプのダロンは接近戦特化型で、突撃用の槍を身体に備えて突進してきた。スミナはそれを回避して、ダロンに触れる事で機能を停止させる。以前ドワーフのゴンボ王と戦った時と同じようにその後ダロンの制御が機械から生物に切り替わった。スミナはそこで生体の脳に当たる部分を貫き、完全に停止させる事が出来た。これならミアンに浄化してもらう必要は無い。


「ミアン、ここでは浄化は使わないで。ドワーフに回復が必要な人がいるかもしれないし。

みんな、ダロンは機械のコアと生体の中心を壊せば機能を停止させられるから」


「分かりましたぁ」

「「はい!!」」


 スミナはミアンに魔力を温存して貰いつつ敵を倒す事にした。大量にいた敵も皆が協力して戦う事で、難無く突破していく。特にギンナの活躍が凄まじかった。ここでようやくドワーフの工房が見えてくる。それと同時に戦う2体の巨人の姿が見えた。1体は工房の前で必死に立ち塞がるゴンボの機械を纏った姿だ。前に戦った時はダロンを使っていてスミナに破壊されたのでダロンを使わない形で作り直したのだろう。もう1体は黒を基調とした邪悪で生物的なフォルムから巨大な人型のダロンである事が分かる。


「お爺ちゃん!!」


 ゴンボの姿を見つけたギンナは敵の真っ只中へと飛び込もうとする。


「来るな、ギンナ!!こやつはただのダロンでは無い!!」


 ゴンボの声と同時に黒い巨大なダロンから熱線が発射された。ドレニスはゴンボの声でギリギリ直撃を避けて防御出来た。熱線は下にいた仲間である筈のダロン達はを焼き殺していた。


「ダロンならわたしが何とかします!!」


「スミナ駄目じゃ。こやつもワシの機動鎧と同じく道具と一体化しておる。お主の力では制御を止められぬぞ」


「その通りだ。

しかしスミナ・アイルという大物が釣れたか。ここで待っていた甲斐があったというものだ」


 巨大ダロンから聞き覚えの無い中年男性の声が聞こえてくる。スミナにはその声が魔族やモンスターでは無い事が何となく分かった。


「誰が乗っているの?」


「いいだろう、冥途の土産に名乗ってやろう。私の名前はダブヌ・インリ、先見の明を持って最初に魔族に付き、ディスジェネラルまで登り詰めた男だ」


「貴方がダブヌなんですね。人間を裏切って魔族に寝返った逆賊の」


「何とでも言え、結果が全てだ。この姿を見てみろ。デビルの最強の兵器である闇巨兵ダガンを与えられ、私は人の枠を超え、不老不死の力を手に入れたのだ!!」


 ダガンと呼ばれた巨大な人型兵器が地面に居るダロンを踏み付けながらスミナ達の方を向く。巨人の頭と思えるところにはダブヌの顔と思われる小さな人の顔が埋め込まれていた。


「わたしは悪を倒すのに躊躇しません!!」


 スミナは迷いを捨てて高速で飛び出し、ダガンの頭部にある埋め込まれた人の顔部分へとレーヴァテインを突き刺した。ダブヌが操っているなら倒せる筈だと考えたからだ。たとえ人を殺す事になっても。


「言っただろう、私は不老不死の力を得たと」


 声はスミナが斬った場所の斜め下から聞えた。見るとそこら中からダブヌの顔が生えて来ていた。


「スミナ、無駄じゃ。こやつはダロンを吸収する事で再生し、エネルギーも補充しておる。全ての敵を倒すか、再生出来ないぐらいに破壊するしか方法は無い。

それより工房の中に小型のダロンが侵入してしまった。そっちを何とかして欲しい」


「何をしようが無駄な足掻きだ。ダガンはどうやっても倒せんし、工房の中もそろそろ爆破が始まるぞ」


 ゴンボとダブヌが喋った事で工房内に侵入した敵が危険だとスミナは理解する。スミナは高速で解決法を考え、とにかく動くしかないと思った。


「ゴンボさん、ギンナさん、外はしばらくお願いします。絶対に助けに戻りますので。

みんな、中に行くよ!!」

「「はい!!」」


 スミナはゴンボとギンナ以外を連れて敵をかき分けて工房の中に入ろうとする。勿論ダロンもダガンもそれを邪魔してきた。ゴンボとギンナがダガンを何とか防ぎ、エルとレモネが次々とダロンを斬る事で工房までの道が開けていた。


「追手は私が防ぎます!!」


「エレミ、お願い」


 エレミが危険を承知で工房の入り口で背後からスミナ達が攻撃されないように立ち塞がってくれた。1人残すのは忍びないが、今は工房内が危険なので頑張ってもらうしかない。


「お嬢様、あれです!!」


 メイルが工房内でドワーフが戦っている小型のダロンを指差す。小型のダロンは何種類かいて、その1体が赤く光り始めたのにスミナは気付いた。スミナは危険を承知で光っているダロンに高速でぶつかる。手で触れる事でダロンの仕組みを理解し、爆発寸前だったのが分かった。そのダロンはスミナが触る事で起爆が解除され、動きを止めた。


「みんな、上部に半円の物体が付いてるダロンが爆発するタイプだから。半円は攻撃せず、その下の制御装置を破壊すれば止まる筈」


 スミナがそう言った瞬間“ドカンッ!!”という爆発音が奥で響いた。誰かが爆弾を攻撃してしまったのだ。


「ミアンが爆発したところに救助に行きます」


「私とソシラで手分けして爆弾持ちを倒して回る。スミナは自分のやるべき事をやって!!」


「今回は頑張る……」


「みんな、ありがとう。

エル、行くよ」


「お嬢様、私がフォローします」


 ミアンが爆発の怪我人を助けに向かい、レモネとソシラは工房内に入り込んだ爆発するダロンを解除しに向かった。スミナとエルとメイルは工房の奥へと進んで行く。目的地はギンナの研究室の地下だ。そこが壊されてしまったらスミナの計画は失敗になる。

 スミナ達は高速で移動しつつ、進行方向にいる敵は倒して進んだ。侵入されたのがスミナ達が到着する直前だったと思われるのが唯一の救いだった。


「これは……」


 敵に情報が洩れていたのか分からないが、ギンナの研究室へ向かう通路には大量のダロンが迫っていた。ドワーフ達が必死に戦っていたので何とか研究室までは敵は入って来ていなかった。


「ここは私が何とかします。お嬢様達は先へ行って下さい!!」


「メイル、お願いね」


 スミナはすまないと思いつつ、敵の頭上を通り越してエルと共に研究室に入った。急いで地下への隠し扉を開き、地下への通路を飛び降りて最速で格納庫に到着した。そのまま格納庫の奥へ走り、巨兵が眠る場所へと到着する。


「エル、このグスタフ動かせるよね?」


「これは……分かりません」


 エルからの回答は予想外の物だった。


「触った時は大丈夫だと思ったけど、これはエルが昔使ってたグスタフと同じじゃないの?」


「似ていますが、違います。これはワタシが使ったグスタフより前の、実験機です。なので正常に動くか不明です」


 スミナが以前グスタフの予備機と判断したのは少し違っていて実験機だったようだ。ただ、状態としてはギンナが直していて、スミナも正常に動作すると認識している。あとはエルが動かせるかどうかだった。


「マスター、やってみます。実験データの一部はワタシも持っているので何とかなるかもしれません」


「エル、お願い」


 スミナは祈る気持ちでエルを見守った。グスタフが動けば大量のダロンもダガンも倒せる可能性が高いとスミナは思っている。エルは戦闘形態から小さな宝石形態に変化する。


『行きます』


 エルから魔法で声が聞こえた後、宝石はグスタフの胸の宝石状の部分へと吸い込まれる。しかしその後何の変化も起こらない。


「エル?」


 スミナが呼ぶがグスタフは沈黙したままだった……。



「ギンナ、お前だけでも逃げろ!!」


 ゴンボが叫ぶ。ゴンボの機動鎧は既に半壊し、移動すら出来ない状態になっていた。ただ、工房の入り口の前で立ち往生したので侵入を防ぐ役割だけは果たせている。


「駄目だよ、お爺ちゃんが死んじゃう。それに中のみんなも……」


 ギンナは泣きそうな声を出す。工房の中からも爆発音が度々聞こえ、無事とは思えなかった。ドレニスはダガン相手に善戦したものの、魔導装甲がギンナの魔力で動く為にエネルギーに限界が来ていた。一方のダガンは破壊されたダロンの残骸すらエネルギー源として取り込む為、終わりが見えない。


「ドワーフも愚かだ。魔族連合を裏切ればどうなるかなんて分かり切ってた筈だ」


「魔族の顔色ばかり気にしてるお主がそれを言うか。多くの人間が苦しんでいるのを知っておるだろうに!!」


「愚民は魔族に奉仕する事を幸せと感じるべきなのだ。魔族に従い、選ばれし者になれればこのような力が手に入るのだからな!!」


 ダブヌはそう言うと工房と一体化している岩山の岩肌に熱線を放って大穴を開けた。工房の中は大変な事になっているだろう。


「許さない!!」


 ギンナはドレニスを地面に固定し、その両腕を前に出して手を組ませた。するとドレニスの腕の形が変わり、巨大な大砲のような形になる。ダブヌは攻撃に酔いしれてドレニスの変化に気付かなかった。


「消え去れ!!」


 ギンナは自分の持てる力の全てを出し切り、ドレニスの最終兵器を発動させた。ドレニスの内臓兵器と共にギンナの魔力が変換された巨大なエネルギーが大砲から発射される。ダブヌが気付いた時にはダガンは様々な攻撃を喰らっていた。そして一番大きなエネルギー弾がダガンの胸の部分に当たる。“ドオオオン!!”という轟音と共にダガンが爆発した。胸に巨大な穴が空いたダガンは倒れ、地面のダロンを下敷きにした。ドレニスはギリギリその被害に遭わない位置にいて助かっていた。


「やった……」


「よくやったぞ、ギンナ。雑魚はワシに任せろ」


 ギンナは意識を保つのがやっとで身動き一つ出来ない状態だった。ただ敵の被害も凄く、残ったダロンは半壊したゴンボの機動鎧でも対処出来そうだ。


「だから愚かなんだ、ドワーフは。

私の本体は無傷で無事なんだからな」


 その声を聞いてギンナは絶望する。ダガンが倒れた場所から少し離れた場所のダロンの一体が動いてダガンに近付いていた。


「こんな事もあろうかと私は途中からこのダロンに避難してたのだ。多少動作の精度は落ちてもドワーフ相手には十分だったしな。そして私が戻る事で、ダガンは復活するのだ!!」


「くたばれ!!」


 ゴンボが放った砲撃はギリギリのところで動いたダガンの腕によって防がれてしまう。ダブヌはダガンに取り込まれ、再びダガンが再生して立ち上がった。


「では、うざい小娘から排除するか」


「やめろ、殺すならワシから殺せ!!」


 ゴンボが叫ぶが立ち上がったダガンはそのまま動かないギンナのドレニスを踏み潰そうとする。ギンナは既に指一本動かない程疲弊していた。


(誰か、助けて!!)


 ギンナは踏み潰そうとする足を見上げながら祈った。しかしダガンの足は無情にも大地に下ろされてしまった。


「え?生きてる?」


 ギンナは目の前の景色が変わっている事に気付く。いつの間にかギンナのドレニスはゴンボの横に転移していた。


「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫です!!」


 スミナの声が頭上から聞える。そして巨大な物体が物凄い勢いで降りて来るのが分かった。それは大地を揺るがし、地面に降り立った。


「何だ、それは!?」


「ダブヌ、もう終わりです。降参しなさい」


 巨大なグスタフが工房を守るようにギンナ達の前に立っていた。スミナはその頭の横の肩の上に立っている。


「降参だと?バカなことを言うな。でくの坊が1体増えたところで何も変わるわけ無い。死ね!!」


 ダガンは胸から熱線をスミナとダガン本体に向けて放った。しかし、それはグスタフの前で見えない壁にぶつかって消え去る。透明な壁のような魔力のシールドで防がれた事をギンナは理解した。ドレニスにもシールドはあるが、桁違いだ。


「防がれただと?だが、パワーならこちらが上の筈だ!!」


 ダガンは拳の周りに刃を生やし、グスタフへと殴りかかった。


「エル」


「任せて下さい、マスター」


 グスタフも拳を構え、殴って来るダガンに合わせてパンチを放つ。20メートル近い金属の巨人同士が激突する。だが、その力の差は歴然だった。


「なんだと……」


 ダガンの右半身がほぼ破壊されていた。グスタフの方が動きが圧倒的に速く、硬く、強かった。それでもダガンは壊れた部分から再生を始めている。


「マスター、敵が再生します。完全破壊しますか?」


「ダブヌには聞きたい事がある。生体部分だけ切り取って」


「了解です、マスター」


 エルがそう答えると、グスタフの右手は蜘蛛の足のような形状になり、その先から魔力の刃が発生していた。


「ぬかすな、私は無敵だぞ!!」


 ダガンが自暴自棄のように暴れ、巨体で蹴りを繰り出した。だがグスタフは優雅に避け、上に立っているスミナも安定していた。


「終わりです」


 エルがそう言うとグスタフはダガンに急接近し、右手をダガンの左足へと突き刺した。魔力の刃がダガンの太ももを抉り、そこから何かを切り取って取り出す。するとダガンの動きが止まり、そのまま崩れるように倒れた。恐らくダブヌの本体は左足に潜んでいたのだろう。


「残りの敵も殲滅します」


 グスタフの全身からビームが放たれ、残っていたダロンが全て破壊される。エルの操るグスタフの強さは圧倒的だった。



「ギンナさん、大丈夫?動けそう?」


「もう大丈夫です、魔力ありがとうございます」


 スミナから魔力を分けてもらい、ギンナは動けるようになりドレニスから降りてくる。


「中のドワーフ達の救助が終わりました。ダロンももう残っていません」


「ミアンも他のみんなもありがとう」


「これが、グスタフ?凄いね、やっぱり」


 レモネがグスタフを見上げて言う。ミアンのおかげでドワーフ達の被害は抑えられ、ダロンも殲滅出来たそうだ。ダロンの爆発を使って他のダロンを破壊したので工房にダメージはあるが、ドワーフの救助を最優先にした対応としては完璧に近い。


「こいつを動かしてるのが魔宝石マジュエルか。悔しいが魔導帝国の技術は凄いもんじゃ」


「ですが、手間取ってしまって被害が拡大してしまいました」


「そんな事無いです。スミナさんのおかげで私は助かりましたから」


 ゴンボも機動鎧を脱いでグスタフを見上げていた。


 グスタフを起動しようとしたスミナとエルだが、実験機だった為に正常に起動しなかった。なのでスミナがグスタフを解析し、エルがそれに合わせるよう調整をしてようやく動かす事が出来た。ただし実験機であったことでいい点もあった。パワーがエルが使っていたグスタフよりもあり、装甲などの品質も高かった事だ。それに加えてエネルギーを蓄えるタンクも特別で、エネルギーを溜めておけば通常型の3倍の稼働時間があるという。


 起動したグスタフは格納庫から一旦工房がある山の裏側に出て、そこから空を飛んで移動する必要があった。到着したタイミングでギンナのドレニスを転移させる事でギリギリ助ける事が出来たのだった。


「私が悪かった。いい事を教えるから命だけは助けてくれ」


 ドレニスの手の方から声が聞こえる。


「マスター、コレどうしますか?」


「動かないように結界を張って地面に下ろして」


「了解です」


 スミナに言われ、エルは手に握っていたダブヌを地面に下ろす。四角い結界の中には辛うじてダブヌと分かる顔が付いたブヨブヨした肉片が入っていた。


「アリナじゃないから分からないけれど、多分貴方はそのままでは死んでしまうでしょう」


「そんなわけがない。この身体はデビルの力によって不老不死になった筈だ」


「デビルがそんな事するわけ無かろう。お主はただの道具として利用されただけじゃ」


 ゴンボが肉片になったダブヌを蔑むように見つめる。


「――まあ薄々分かっていたさ。だがな、この世界で生きるのに他に方法があったというのか?多くの国の王は魔族に逆らい、戦って命を落とした。こうして今まで生き残れたのだから私は間違ってなどいない」


「でもウェルゴラ国の王である貴方の裏切りから戦況が厳しくなり、アスイさんが魔導結界を張るしかなくなったと聞いています。貴方のせいで多くの被害者が出たと。それについてどう思っているんですか?」


「それはあくまでデイン王国の見方だろう。私が裏切らんでも他の諸国が裏切ったさ。それよりも私が魔族に付く前にどれだけの国が滅ぼされたか知っているか?転生者を飼いならすデイン王国のようには行かんのだよ、他の国々はな」


 スミナの問いにダブヌが訴える。だが、市民に寄り添ってないダブヌの言葉はただの保身なのではとスミナは思っていた。


「同じディスジェネラルでもシホンさんは魔族連合の人間達の事を考え、平和の道を望んでいました。貴方からはそうした市民への想いは感じられません」


「シホン、あいつはただの愚か者だ。魔族と人間の平等?そんなものあるわけ無いじゃないか。彼らは人間を見下している。出来るのは私みたいに価値のある存在と思われ、優遇される事ぐらいだ。シホンはいずれ痛い目を見るだけだ」


「やはりわたしは貴方の事が認められません。ただ、一つだけ質問させて下さい。どうしてあのタイミングで裏切ったのですか?デビルの誰かが接触して来たんですよね?」


 スミナはどうしても確認しておきたかったことを聞く。


「私に接触してきたのはルブ様の使いだ。彼はこの大陸の不平等を理解していた。どうしてデイン王国が栄えて、隣国の私の国が苦しいのかを。デイン王国が周りの国を魔族侵攻の盾に使ってるとな。

あの時は我が国の国境が破られる寸前だった。デイン王国の盾となって滅びるか、魔族に寝返って生き延びるか。そうなれば答えは決まっている」


「でもそれは国民を魔族の奴隷にする事になります。国は滅んでも国民たちはデイン王国に逃げられた筈です」


「転生者様は何も分かって無いんだな。土地を追われた人の苦しさも、敗北した国の者達の末路も。あの時デイン王国はまだ隠し持っている戦力があった。だが、彼らは我々の為にそれを使おうとしなかったのだ」


 ダブヌの言葉にスミナは反論出来ない。確かにダブヌは保身の為に裏切ったが、その選択を迫られた時の苦しさを理解してしまったからだ。


「スミナよ、こんな売国奴の言う事を真に受けるな。デビルの甘い誘惑に負けただけの愚か者だ。ワシもじゃがな」


「そうです、聖教会はどんな国の難民も区別せず受け入れていました。人間の結び付きを恐れたデビルが分断する為に色んな国の権力者を惑わしたのです。それに屈しない国も沢山あったと聞いています」


「この男は自分の部下の責任を取らない、自己保身しか考えないタイプの人間だ。まともに相手をする必要など無い」


 ゴンボとミアン、そしてソシラがそれぞれダブヌに対して発言する。3人の言葉を聞いてスミナは自分の信じる道を進むべきだと確信した。


「――そうですね。

わたしは貴方を殺しません。このままで生きられるかは分からないけど、王国に連れて帰れば何かの役に立つかもしれませんし」


「スミナと言ったな、一つだけアドバイスをしてやろう。デイン王国の言う事だけを信じるな。あいつらは転生者を自分達の為に利用してるだけだ」


「勿論王国を全面的に信用してるわけじゃありません。

ですが、どうしてそこまで王国を疑うのですか?」


「デイン王国が栄えた理由を知っているか?」


 ダブヌはスミナに質問を返してきた。王国の歴史の本は一通り読んでいて、建国後の話もスミナは知っていた。


「デイン王国は魔導帝国が滅んだ後、人間達が協力し、魔族を打ち倒した初代デイン王が建国した国です。魔導帝国の遺産を上手く利用し研究を続けた事が発展出来た理由だと聞いています」


「それは表向きの歴史だ。真実は異なるんだよ。

デイン王国は神機しんきを隠し持っている。過去にそれを使い、便利な魔導具を集め、転生者を従わせた事が他国と違い大きく栄えた理由なんだよ。未だに転生者を独占しているのがその証だ」


「スミナさん、耳を傾けてはいけません。彼は自分に都合のいいように話を解釈してるだけです」


「大丈夫だよ、ミアン。

ダブヌさん、貴方の言いたい事は分かりました。ですが、わたしは自分の意思で王国に従っています。それを後悔した事はありません」


「そうか、なら私も言う事はこれ以上無い」


 そう言ってダブヌと思われる肉片は目を閉じ、言葉を発する事は無くなった。スミナの心には少しだけ疑念が残ったのだった。


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