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43.全てを断ち切る刃

 双子はレモネ達砦襲撃組と合流し、魔導馬車で転移装置がある魔導遺跡に移動していた。魔導馬車は双子の物で、メイル達やゴマルとエレミも乗っていた。


「よく間に合いましたね。しかも移動用の魔導馬車もあるし。どんな手を使ったの?」


「間に合ったのはエレミのおかげだよ」


 レモネの疑問にアリナが答える。


「エレミが通話の魔導具で連絡してくれたからどういう状況か大体把握出来たんです。だからエルの力を使って最速で助けに向かえました」


「私はただ、とにかく助けを求めようと思っただけで。

それに私が生き残れたのはゴマルさんが守ってくれて、逃げる事を提案してくれたからです」


「魔導馬車を破壊されてしまったのは自分の責任です。ただ結果としては皆さんが助かったようで、それについては判断は間違って無かったと思っています」


 エレミとゴマルは魔導馬車が大量の闇機兵ダロンに襲われ、命からがら逃げ出した事を説明する。2人が助かったのは2人とも防御に特化した祝福ギフトと魔導鎧を持っていたからだという。敵から何とか逃げ延びた2人は魔導遺跡に向かい、その際エレミが連絡用に貰った通話の魔導具で遺跡側に誰か来る事を願って連絡したそうだ。


「そもそも何でスミナさん達がこっちに来てたんだ?会合の方は失敗したのか?」


「それについてちゃんと説明します」


 オルトに聞かれてスミナが経緯の説明を始めた。ソルデューヌの手引きでシホンとは出会えたこと。シホンはミボの影響か魔族連合からの離脱では無く人間と魔族の和解を望んだこと。ミボの子供を自称する人間のハミロとゼミロが会合を中断し戦闘になったこと。2人が闇術鎧ダルアを使いこなし想像以上に強かったこと。

 その後ミボの介入で戦いが終わり、ワボオン砦の襲撃がバレている事を知り、急いで駆け付けることが出来た。双子達は一度王国に戻って魔導馬車を転移させ、それに乗ってワボオン砦に向かっている途中でエレミからの連絡を受けたのだと説明した。


「なるほど、丁度運良く繋がったって事だな。

大体察してると思うが、こちらで何があったかも説明する」


 今度はオルトが襲撃組の方の経緯を説明した。ワボオン砦への攻撃は順調だったがレモネが異常に気付き、先に突入した事で砦がからで罠だと気付いたこと。砦にレオラが現れ襲って来たこと。レオラが覇者の王冠スプリームクラウンの本物を持っていて、グイブが持っているのが性能が低い愚者の王冠フールズクラウンだったこと。それを仕組んだのがレオラだったこと。本物の覇者の王冠によって殆どの兵士の支配が奪われたこと。

 レオラの部下のデビルのシギが予想以上に強かったこと。ミアンの力で何とか逃げ延びたが魔導馬車が破壊されていて、そこに再びレオラが現れたこと。そしてその絶対絶命のタイミングで双子達が助けに来てくれたのだと説明した。


「オルトさんの話した通り、今回の作戦の失敗は全て僕の責任です。敵に情報が漏れていた事もそうですが、それよりも元々覇者の王冠の偽物を掴まされて、僕がいい気になっていた事で皆さんを危険な目に遭わせてしまいました。

そして多くの兵士を失いました。国王陛下に合わせる顔がございません……」


 オルトが説明した後、グイブが涙交じりに喋る。アリナはグイブの事が好きでは無いが、流石に可哀想な気がしていた。


「グイブさん1人の責任じゃないさ。おかしな点に気付けなかった俺達も、内通者が見つけられなかった国にも責任はある」


「そうです、悪いのは魔族連合やレオラです。

それに奪われた兵士達もまだ死んだとは限りません。本物の覇者の王冠を使っていたのは魔族が支配していると思われる人間なんですよね?でしたらその人を助け、覇者の王冠を奪えば兵士達も取り戻せる筈です」


 スミナの意見を聞いてアリナは流石だと思った。敵の覇者の王冠を奪おうだなんてアリナは考えもしなかったからだ。


「ですが、問題はそれよりもヤマトの人達やドワーフ達が無事かどうかだと思います」


「スミナさん、実は黙っていたのだが、マサズ様と連絡が取れておりません。こちら側の魔導遺跡に移動してからずっとです」


 スミナの話を受けてキサハがヤマトの長であるマサズとの連絡が取れてない事を明かす。


「私もお爺ちゃん達が無事か気になります。

ドワーフ達が魔族連合を抜ける気になったのは自分達が作った闇機兵ダロンに機能を停止させる弱点を埋め込んでいたからです。ですが、レオラが呼び出したダロンにはそれが組み込まれていませんでした」


「ヤマトもドワーフも強いとは思いますが、それでも魔族連合がどんな手を使っているか分からない以上気は抜けません。

なのでわたしは再びグループを二つに分けて無事かどうか確かめに行きたいと考えています」


 心配するギンナに対し、スミナは新たな提案をした。それを聞いて皆が頷く。


「それならばヤマトのデマジ砦まではウチが連れて行くぞ。あの近場に獣道けものみちの出口があるからな。ただ、獣道を使う場合は人数に限りがある。大きな物は持っていけないし、ウチを除いて6人ぐらいが限度だ」


「となるとあたしはそっちに行った方がいいよね。ドワーフの方はお姉ちゃんとエルが行くのが良さそうだし。あたしとキサハとグリゼヌはヤマト組で決定だね」


 グリゼヌの話を聞いてアリナは自分が姉と別に行った方がよさそうだと判断する。


「あの、デマジ砦に僕も付いていっていいでしょうか。愚者の王冠は使えませんが、役に立つ魔導具は持ってきています」


「えーー?お姉ちゃん、どう思う?」


 最初に名乗り出たのが戦力にならなそうなグイブだったのでアリナは露骨に嫌な声を出してしまう。


「グイブさんも覚悟の上での発言だと思います。

ですが、わたし達はグイブさんを守る為に戦力を削ったり、指示を飛ばしたりは出来ません。もしグイブさんの行動が仲間を危険に晒すものなら見捨てる事もあるかもしれません。何より本当に死ぬ危険が高いです。

それでも付いて来ますか?」


「そうですね、覇者の王冠が無い僕は無力に思えるのはその通りです。

ですが僕もここまで来た以上、何もせずに尻尾を巻いて帰るわけにはいかないんです。役に立たないと思ったなら置いていって結構なので連れて行って下さい」


 グイブは必死に頼み込む。


「グイブさんがここまで言うんだから連れて行ってやったらどうだ?俺とゴマルもヤマト組に行くからさ」


「分かったよ、グイブさんも一緒に来ていいよ。

これで5人で、あと一人か」


「だったらアタイもそっちについてくよ。

ドワーフ助けるのよりはヤマトの人間の方がやる気が出るからさ」


「エリワが来てくれるなら助かるよ。

これでヤマト組は決定だね。お姉ちゃん、いい?」


「アリナもいるし、それだけ戦力があればどんな敵が居ても大丈夫だと思う。

ドワーフ側もわたしとエルと他のみんなが居れば大丈夫だし、これで行こう」


 こうしてヤマトのデマジ砦に向かうのがアリナ、オルト、ゴマル、グイブ、キサハ、グリゼヌ、エリワの7人に決まった。ドワーフの工房に向かうのは残りのスミナ、エル、メイル、ミアン、レモネ、ソシラ、エレミ、ギンナの8人となる。



「じゃあ、お姉ちゃん頑張ってね」


「アリナも頼んだよ」


 魔導遺跡の転移装置の前でアリナ達とスミナ達は別れた。アリナ達はエルが転移装置を動かして、獣道の入り口が近くにある場所の遺跡へと転移した。魔導馬車は無いが獣道で移動出来るので以前のように馬車を作る必要は無いだろう。


「案内するぞ」


 遺跡の外に出るとグリゼヌが獣道へと案内する。草木が生い茂る山の中へ入り、何の変哲もない岩肌をグリゼヌが触ると大きな岩がゆっくり移動した。


「こんな風になってたんだな。アタイでもこれは気付かないな」


「本当はエルフには知られたく無かったんだが、今回は緊急だから仕方ない」


「大丈夫、アタイは他のエルフに教えたりしないから。

っていうか、エルフ達は当分出てこないだろうし」


「そうだったな、すまない」


 エリワとグリゼヌが会話する。エルフも獣人も自然と共に生きる種族だが、それぞれの領分があったのだろう。だが今はエルフは姿を隠し、獣人には王がいない。アリナは改めて2人とも大変なんだと再認識する。

 岩の奥には洞穴があり、薄暗い。グリゼヌが口笛を吹いてしばらくすると巨大な狼が現れた。


「背中に乗ってしっかりと毛を掴んでくれ。安定したらこれで目隠しをして絶対に移動中は周りを見ないように。

会話はしてもかまわない」


 グリゼヌに説明を受け、目隠し用の布を受け取る。どういう理由かは分からないが獣道を移動中は周囲を見てはいけないそうだ。アリナは巨大な狼の背に飛び乗り、ふかふかな毛に埋まる。アリナはこれが楽しみでヤマト側に立候補したのもあった。現実世界で子供の頃に見たアニメを実体験出来た気がしたからだ。アリナ達は目隠しをし、振り落とされないようにしっかりと狼の毛を掴んだ。


「では、出発するぞ」


 グリゼヌがそう言うと大きな狼が走り出す。目隠ししているのでどこを走っているかは分からないが、肌に感じる風でかなりの速度で移動しているのが分かった。特に問題無さそうなのでアリナは気になっていた事を聞いてみる。


「キサハさん、マサズさんと連絡付かなくなったって言ったけど、どういう事?」


「そうですね、きちんと説明しておきましょう。

ヤマトの人間でオニの力が覚醒した者は“言霊ことだま”という短い言葉を他の者に送る事が出来るのだ。

例えば“戦に勝利した”などの10文字程度までなら」


 アリナの質問にキサハが説明を始める。


「余は言霊を使ってマサズ様と連絡を取り合っていた。移動をする際や、言霊が使えなくなる魔導結界に出入りする際は必ず。言霊を受け取った際はどんなに簡潔にでも言霊を返すのが決まりであった。

だが、シホン様との会合の後、移動をする際に送った言霊の返事がまだ来ておらぬ。移動の際に再度送っていますが全く返事が来ないのだ」


「なるほど、会話みたいなものじゃなくて、手紙のやり取りみたいなものなんだね。で、今は返事が一切来ていない状態なのが問題だと」


 アリナはキサハの言っている事を理解する。アリナ達が使っていた光が灯る連絡用の魔導具の進化版のような能力なのだと。音信不通になったことは気になるだろう。


「連絡が来ないのは分かったけど、向こうにも何か理由があったりするんじゃないか?言霊が送れなくなる条件は何だ?」


「余もそれは考えている。言霊が送れない条件は三つある。一つは相手が高速での移動が続いている時だ。言霊は目的の人物に向かって音より速く飛んでいくが、相手が高速で移動していると止まってしまう。言霊もエネルギーの塊なので長時間移動し続けると消滅してしまう。なので無駄なエネルギーを消費しない為にそうなっていると聞いておる。

二つ目の条件は魔導結界や分厚い壁の牢獄など、言霊が通過出来ない物に阻まれた場合だ。そういった物が間にあると言霊は目的の人物を見失い、一定時間見失うとやはり消滅してしまう。

三つ目は送られた人物が死んだ場合だ。考えたくありませぬがマサズ様が亡くなった場合、言霊は相手が存在しないので消えてしまうのだ」


 キサハが苦しそうに言う。マサズ達が襲撃され、既に命を落としている可能性が無いとは言えない。ただ、マサズもヤマトのサムライ達も強かったし、オンミョウ衆という特別な存在もいた。そう簡単に死なないとアリナは思いたい。


「つまりマサズさん達が敵から逃げる為に移動していたり、一時的に身を隠している場合は言霊を受け取れなかったり送れなかったりするって事だね。

みんな強いだろうから逃げるのは無さそうだし、どこかに籠ってるのかなあ」


「アリナ、確かにマサズ達ヤマトの国の連中は強いがあまり楽観視するなよ。現にアタイらはソルデューヌにもレオラにも痛い目に遭わされてる。

そのレオラがわざわざ言ってきたんだ、ヤマトの軍勢を落とせる策があると考えた方がいい」


「ウチも同じ考えだ。だが、簡単に倒せるほどヤマトの者達は弱くない。だから予想外の襲撃を受け、一時的に避難しているのだとウチは思うぞ」


 アリナの予想をエリワがきっちり訂正し、グリゼヌがキサハに気を遣ってかフォローする。


「余はマサズ様を信じている。だが、魔族連合を甘く見てはいかんと理解はした。

今は一刻も早くマサズ様のところへ駆け付ける事だけを考えたい」


「そうだね、時間が経つと被害が増えるかもしれない。全速力で行こう。

って言っても今はこの狼さんに任せるしかないけど」


「大丈夫、もうすぐ獣道を抜ける」


 アリナ達は話しているうちに狼はデマジ砦の近くまで移動したのだった。グリゼヌに言われて目隠しを外すと再び似たような洞窟に着いていた。そしてアリナはこの時点で祝福ギフトが察知していた。


「みんなに悪い知らせがある。

多分外に出て少し離れた場所に敵の大群がいる」


「アリナも察知したか。ウチも敵の気配を感じたぞ」


 アリナの危険察知に加えてグリゼヌも敵を感じている。魔族連合が大量の敵を準備したのは間違いないようだ。アリナ達は警戒しつつ洞窟の外に出た。辺りは森になっていて、流石にデマジ砦の方までは見えない。


「どうする、一気に砦まで向かう?」


「いや、流石に敵の勢力が分からない状態で突っ込むのは危険だ。ヤマトの人達がどうなってるかも分からないしな」


「キサハ、言霊は?」


「ここに着いてから送りましたが返事は来ておりませぬ。デマジ砦に居るなら即座に返ってくる距離です」


 オルトに止められアリナはどうするか考える。危険の数は多く、レオラ並みの巨大な危険も既に察知している。大量の敵に強いエルやギンナのドレニスがこちらにいない事が少し悔やまれた。


「余はすぐにでも向かいたいと思う」


「あの、状況の視察なら僕にやらせて下さい。敵に気付かれずに周囲を偵察出来る魔導具があるんです」


 そこで名乗り出たのはまさかのグイブだった。


「愚者の王冠の機能で周囲を見てましたが、あれだけでは正確に軍勢を動かせません。僕が大人数を指揮出来たのはこの魔導具があったからなんです。敵にバレると不味いので皆さんにも黙ってましたが、もう愚者の王冠は使わないのでネタ晴らししますよ」


「そんなのがあったんだ。お姉ちゃんも気付いてなかったな」


「いえ、多分気付いていたんだと思いますよ。ただ、僕が隠しているのを知っていたのであえて言わなかったのかと。スミナさんはそれぐらいは余裕でしょうし」


 グイブの手の平には小さな豆粒ぐらいの魔導具が10個ぐらい乗っていた。グイブがそれを空に放り投げると姿を消して飛んでいく。少し離れるとアリナにも感知出来なくなっていた。グイブが言う通りこれをスミナが察知していたかどうかは分からない。


「少し待って下さい。上空から砦の方を見てます。

うわ、凄い敵の数です。巨獣が少なくとも10体は確認出来ます。他にも強力なモンスターが砦を取り囲んでいます。空にも敵はいますし、海側も水棲モンスターに囲まれて船が抑えられてます」


「ヤマトの軍勢は何をしている?」


「戦闘が行われている様子はありません。

いや、ちょっと待って下さい。砦から煙が出ています。中から燃やされたようです」


 グイブの言葉に一同は嫌な予感をする。キサハは身を乗り出してグイブに更に問い詰める。


「もう少し詳しい状況を教えてくれ」


「すみません、空にもモンスターがいてこれ以上は接近出来ません。

ただ、火の手は上がっているようですが戦闘も逃げ惑う人も見えません。

破壊工作で砦を攻略されたので、どこかに退避したのではないでしょうか?デマジ砦に秘密の通路があったりしませんか?」


「それは分からない。あるとしても敵に知られないようにマサズ様と数人しか知らない可能性はある」


 キサハが答える。ここまでの情報から魔族連合は周囲を取り囲み、砦内部にも工作して火を放ち、出て来たところを倒そうとしたのだろう。だが、火の手が上がっても出て来る様子が無いと。


「そうだ、空飛ぶ船、天上船があったじゃん。あれで逃げてる可能性は?」


「天上船に居るなら言霊が返ってくる筈。それに天上船だけでは砦の人全ては逃がせず、下手に飛ばせば敵の的になるだけだと思う」


「とにかく砦に向かっても助けられるかは分からないわけだ。無理して向かうのは無謀なだけだと俺は思う」


「ですが、砦に行かなければ本当の状況も分からぬ」


 キサハはヤマトの人達、特にマサズが心配でならないようだ。キサハの気持ちは分かるが、オルトの言う通り行っても無謀なだけだとはアリナも思う。


「あの、この付近の正確な地図はありませんか?」


「地図なら余が持たされた物があるが、信用出来る者にしか見せるなと言われている」


「マサズさん達が助けられるかもしれません。信用出来ないかもしれませんが、僕に見せて貰えないでしょうか?」


「分かった、背に腹は代えられん」


 キサハは渋々と懐から巻物状の地図を取り出してグイブに渡す。アリナ達もその地図を見るのは初めてだった。デマジ砦は島国のヤマトと行き来する場所にある為、海沿いにあり海に面した側はグイブが先ほど言ったように船が泊めてある。砦を攻めるには陸も海も囲む必要があるが、魔族連合は見事に退路を断っていた。


「キサハさん、この島が何か知ってますか?」


 グイブが地図を見て注目したのはデマジ砦の海側で少し離れた場所にある小島だった。人が住むには小さい島に見える。


「ああ知っているぞ。釣り島と呼んでいて釣りをするのにちょうどよく、眺めもいいとマサズ様から聞いておる。余は訪れた事はありませぬが」


「そうですか。

恐らく、この島はデマジ砦と繋がっていて、ヤマトの人達はここに逃げ延びているでしょう」


「なんでそんな事が分かるの?」


 アリナはグイブの言う事が不思議で質問する。


「うちの領地は海に面した土地も多く、似たような砦もあるんです。海が深くない場所にある砦は地下に脱出用の洞窟があり、近くの半島や小島に繋がっている事が多いんです。船で逃げるのは目立ちますからね」


「戦闘もしてないし、砦に逃げる人が見えないのは既にそこへ脱出したからだとグイブさんは考えるわけだ」


「はい。砦を燃やされて砦としての機能を失えば大量の死者が出るのが分かり切ってます。船上での戦いも海と空のモンスターを考えると厳しい。ならば逃げて態勢を立て直して反撃するのが兵法です」


 グイブにそう言われると戦闘好きのヤマトでもそうした作戦を取りそうな気がしていた。


「だったらその釣り島に行けばマサズさん達と合流出来るって事?それだと言霊が返ってこないのと話が合わなくない?」


「あえて返事を返さなかったんじゃない?返事を返さなければ何か起こった事は伝わるし、情報を付与しないのはその情報を魔族連合に知られたくないからとか。生きてるってこと自体もね。アタイ達の中に裏切り者は居ないと思うけど、王国の兵士の中に紛れててそこから漏れる可能性も考えればありうるんじゃない?」


「あえて返さなかったか。確かにエリワさんの言う事は一理あるかもしれないな」


 エリワの反応にオルトが納得する。アリナにはいまいち理解出来なかったが、2人が言うならそうなのだろう。


「僕は監視を続けますが、島に行ってみるのはありだと思いますよ」


「行きましょう、それで当てが外れたら直接砦に向かえばいい」


「でも海を越えるんでしょ?船とか無いよ?」


 アリナは当然の問題を指摘する。


「それなら大丈夫です。こんな時の為に持ってきた道具があります」


 そう発言したのは今まで黙って聞いていたゴマルだった。


「これは膨らませると水上を移動出来る乗り物になる魔導具です。長距離移動は出来ませんが、島に渡るぐらいなら可能です」


「よくこんな物持って来てたね」


「魔導結界外は何が起こるか分からないので叔父が色々持っていけと持たされたんです。使う機会があったので叔父に感謝しています」


 ゴマルの叔父は以前アリナが世話になった調査部隊のヤマリである。逃走などに使える魔導具を色々持っているのだろう。海を渡る手段を得たのでアリナ達は敵に気付かれないように海岸へと移動する。デマジ砦から距離を取った場所なら海上でも敵に見つからないだろう。

 ゴマルが魔導具を魔法で膨らませるとゴムボートのような7人がギリギリ乗れるぐらいの大きさの船が出来上がった。水に浮かべると水面には触れず、魔法で少し浮いた状態で移動していく。これも古代魔導帝国製の魔導具なのだろう。


「少しだけ不安になるね、この船は」


 屋根も周りを囲う物も無いのでエリワが不安そうな顔をする。アリナは遊園地の乗り物みたいで波で大きく揺れる船を楽しんで乗っていた。


「『釣り島に向かっている』。

言霊の内容はこれでいいのだな?」


「うん、お願い」


「分かった。送ったぞ」


 島に近付いたのでアリナはキサハに言霊を送らせた。もし島に居るなら誤って攻撃されないようにだ。


「アリナさん、返事が来たぞ。内容は『急げ』とだけ。

良かった、マサズ様は生きておられた」


「グイブさんの言う通り釣り島が退避拠点だったな。ゴマル、速度を上げてくれ」


「了解」


 オルトに言われてゴマルが船の速度を上げる。


「敵が来たらちゃんと言うから安心して」


「アタイも近付く敵は迎撃するから速度を出せるだけだせ」


 最初は船での移動に怯えていたエリワだが、上手く行きそうだと分かるとやる気を出して立ち上がって弓を構えていた。エリワなら空飛ぶ敵も、海の敵も撃ち抜いてくれるだろう。


「島に人が集まっているのが見えました。サムライと思われる鎧を着ています」


「タイミングよかったみたいだね。敵も近付いて来てないし、このまま島に着くと思う」


 グイブが魔導具で島にヤマトの人達がいる事を確認していた。砦は落とされたが、ヤマトの人達は無事なようで皆少し安心した表情になっている。


「マサズ様!!」


 釣り島と呼ばれる島に着くと同時にキサハはヤマトの人達と思われる人がいる方へと駆け出していく。そこには鎧を着込んだマサズが部下のサムライ達と共に集まっていた。


「キサハ、よくここが分かったな。

アリナ殿達も丁度いい時に来てくれたでござる」


「ヤマトの人達は無事だったの?」


「時間が無いので詳しくは話せぬが、こちらの被害は最小限に抑えられたぞ。

これから魔族連合に反撃をするところだったでござる」


 グイブの予想通り、マサズ達はここへ逃げ延び被害を抑えられたようだ。ただ、マサズの周りに居るサムライの人数は30人ぐらいと少なく、オンミョウ衆や以前会った家老のカウベの姿も無い。アリナはマサズは少人数で死ぬ気で行くつもりだったのではと思ってしまう。


「マサズ様、ご無沙汰しております。

しかし、見たところ人数も少なく、島から砦までも距離がある。どうやって反撃をするつもりだったのですか?」


 オルトがアリナと同じ事を考えてか質問する。


「ああ、説明しないと分からないですな。この釣り島は避難用の場所であると共に、ヤマトの兵器を隠す為の島でもあったのだ。大軍用の兵器を撃ち、そこへ氷橋を作って殲滅する予定だったでござる」


「兵器ですか?」


 マサズの話にグイブが興味を示す。


「アリナ殿、こちらの御仁はどなたでござるか?」


「そっか、前回来た時には居なかったよね。彼は王国で軍師をしてるグイブさんです」


「マサズ様、初めまして。僕はグイブ・デンシと申します。

王国の司令官をしていましたが、それももう終わりです。今はアリナさんのサポートをしてると思って貰えればいいです」


 グイブはマサズに頭を下げて挨拶する。確かに兵士を奪われたグイブは今後王国で同じ任に着く事は無いだろう。


「なるほど、グイブ殿は戦術に長けていると。ならば兵器の有効性を理解して貰えると思うでござる」


 そう言ってマサズはアリナ達を島の中央へと連れて行く。


「これがその兵器?随分弱そうだけど」


 そこに並んでいたのは大砲のような大筒で、魔導帝国の魔導兵器やドワーフの機械に比べると単純で、弱そうに見えた。敵が密集しているところに撃ち込めば効果はあるだろうが、敵のあの量を見た後だと無駄な努力になるのではと思えてしまう。


「大筒だけを見ればそうも思うだろう。重要なのは弾の方でござる。

これは上空から広範囲に大量の刃を落下させ敵を殲滅する威力があるのでござる」


「なるほど、上手く当てれば確かに敵の戦力を一気に削れますね。

ですが、この距離で正確に当てる事は出来るのでしょうか?」


 グイブが質問をする。スミナがここに居れば大砲や弾が本当に有効か判断出来ただろう。アリナは弾が危険な事は分かるが、敵に上手く命中するかどうかは判断出来ない。


「ヤマトの砲撃手は計算を積み重ね、過去に失敗した事が無いとそれがしは信頼しておる。

あやつらにヤマトに戦を挑んだことを後悔させるでござる」


「そういえば撃った後に氷橋を作って攻めるって言ってたけど、氷の魔法で向こう岸まで橋を作るの?」


「魔法では無い。オンミョウ衆が氷を呼ぶヨウカイを呼び、氷の橋を作るのでござる」


「なるほどね。

だったら橋が出来た後はあたし達も手伝うよ。いいでしょ?」


 アリナはマサズの作戦を理解し、自分達も戦う事を申し出る。


「助太刀無用、と言いたいところだが、此度の敵の数は桁違いだ。

無理の無い範囲で手助けして頂けるなら喜んで共闘をお願いしたいでござる」


「同盟は結んだんだし、ここに居るみんなだって魔族連合には恨みがある。

そうだよね?」


「ああ」「はい」「勿論だ」


 各々が戦う意思を表明する。


「僕は戦いには向きません。ですが戦局を把握し、アドバイスする事は出来ます。

アリナさん、ご無事を祈ってますよ」


「分かった、何かあったら教えてね」


 アリナはマサズが戦場に来たら迷惑だし、遠くから全体を見てくれるなら確かに役に立つなと思うのだった。


「では、砦が破壊される前に反撃を開始するでござる。

砲撃手、撃て!!」


 マサズの命令で弾を込められた大砲が砦の周囲に向けて砲撃を開始した。アリナは魔法で遠くを見れるようにして確認すると、弾は空高く飛んで行き、そこで爆発し、マサズが言った通り複数の刃が広がって下方へと落下していく。刃は落ちながら加速し、雨のように下にいるモンスターへと降り注いだ。


「凄いですね、確かに広範囲に広がって、砦の周りのモンスター達に的確に当たっています」


「グイブ殿は遠目の力をお持ちでござるか?」


「はい。僕の力では無くて魔導具の機能ですがね。

敵の戦力の70%ぐらいは減らせたのでは無いでしょうか。

ん?待って下さい。敵の様子がおかしいです」


 アリナは魔法では対岸までは見えないが、グイブは魔導具でもっと詳細に様子が見えているようだ。


「なんだこれは。倒れたモンスターが起き上がって他のモンスターと融合しています!!」


「魔族連合もホンキなんだよ。ヤマト相手に半端なモンスターじゃ相手にならないだろうとデビルの呪闇術カダルを使ってるんだ。どうするよ、マサズ」


 エリワが起こっているだろう状況を補足する。倒したと思ったモンスターが融合して復活するのなら戦うとしても想像していたより大変になる。


「敵がどんな術を使おうが、我らの戦いは変らん。もう反撃は始まっているのでござる」


「まあアンタならそう言うと思ったよ。

アリナ、マサズ達もホンキだ。アタイらも怯まず行くぞ」


「分かったよ。

みんな、無理はしないでね」


 アリナは状況はよくないが、負ける気はしなかった。敵の危険は増しているが、仲間達も皆強いと分かっているからだ。気になっているのはミアンが居ないので回復魔法の使い手がいない事だ。ヤマトには回復の秘薬があるが、戦闘中に使える物でもない。なので致命的な攻撃を誰かが受けるのは回避したかった。


「皆の者、進軍開始でござる!!」


 釣り島から冷気を司ると思われる妖怪が海を進み、そこに氷の道が出来ていく。マサズとサムライ達はそこを全速力で駆け抜けていった。アリナ達もその後を追う。グイブは言った通り島に残っていた。

 氷の上を歩くのは滑って歩きにくいかと思ったが、表面に凹凸が彫ってあって走っても問題無かった。対岸が見えて来た辺りで敵がマサズ達に気付いて襲ってくる。空と海、両方からモンスターが襲って来たがサムライ達はそれを難無く倒していく。特にマサズは最初から本気なのか鬼神のような強さでモンスターを紙のように切り裂いていった。


(あれが本気のマサズの強さか)


 アリナはマサズと一騎討ちをしたが、その時とは別人のような戦い方だった。砦を襲われた事への恨みが激しいのかもしれない。そんな中、氷を作って移動している妖怪が海のモンスターに襲われていた。妖怪自身も強いのだが、氷の道を作るのが専門の為か、苦戦している。マサズ達も手助けしているが、氷の無い場所に居るモンスター相手に翻弄されていた。道が作れなければ砦まで辿り着かないし、敵の援軍も時間が経つ事に増えてしまう。アリナは自分が援護しようかと思ったが、距離が離れていて近付かないとマサズ達に当てずに攻撃出来る自信がなかった。


「アタイがやる!!」


 エリワがそう言うと魔導具の弓を構えた。エリワが弓を引くと光り輝く矢が現れ、それは光の速さで飛んでいった。矢はヤマトのサムライ達の間を縫って見事に海のモンスターに当たり倒していく。エリワは連続して矢を放つとあっという間に妖怪の近くにいたモンスター達を倒してしまった。


「エリワ殿かたじけない」


「これは貸しだからね」


 邪魔者が居なくなったマサズ達は対岸に氷の橋が繋がってあっという間に上陸したのだった。


「凄い数だ……」


 迫りくる敵の物量にアリナも思わず圧倒される。敵は巨獣や強力な魔獣が主なのだが元々のモンスターに他のモンスターが融合してどれも不気味なフォルムをしている。まさしくキメラといった感じだった。


「者ども、かかるでござる」


 マサズの命令でサムライ達は恐れを捨てて自分の倍以上の大きさのモンスターへと斬りかかる。敵のモンスターは技術よりもパワーで圧倒するタイプなので怯まず戦うサムライ達は相性がいいようだった。だが、数の違いは圧倒的な戦力差に繋がる。いくらサムライが強くても体力切れで終わるだろう事がアリナにも分かっていた。


「マサズ様、余も戦います」


「いいだろう、この場はどんなに暴れても許すでござる」


「有難きお言葉。いざ、参ります!!」


 キサハがマサズに確認を取った後、姿を変化させる。抑制したオニの力を解放したのだ。キサハは巨大な鎖鎌を振り回し、竜巻のような勢いで周囲の敵を薙ぎ倒していった。


「あたし達も行こう!!」

「「はい!!」」


 アリナの号令で皆も戦いに参戦する。エリワは空の敵を狙い次々と落としていく。グリゼヌは野生を解放して物凄い速さで戦場を駆け回り敵の首を爪で落としていった。オルトも剣で次々と敵を斬り倒していき、ゴマルは氷の橋を渡って行こうとする敵を見つけそれを防いでいた。


(あたしも負けてられない!!)


 アリナは気合を入れ、どこかに居るであろう敵将を探すつもりで敵を倒しつつ敵のど真ん中へと突っ込んだ。融合したモンスター達は強力でも今のアリナの敵では無い。そう思って突き進んでいったが、どんどん激しくなる攻撃にアリナの進む速度は遅くなる。敵の数もそうだが、問題なのは倒した敵が再び融合して再生してしまう事だった。見るとサムライ達も、オルト達も倒しても倒しても蘇る敵に勢いが抑えられてきているのが分かる。


(くっ!!)


 アリナは周囲から大量の危険を察知し、それを避けるので手一杯になる。このままでは敵の思う壺だとアリナは理解した。


(落ち着け、何か方法がある筈だ)


 アリナは戦闘で血が上った頭を一度落ち着かせる。モンスターが融合して復活するのはデビルのカダルか、それを付与された闇術具ダルグが原因だ。少しだけでもその知識がある自分なら何か分かる筈だとアリナは攻撃を避けつつ敵を観察した。危険の度合い、魔力の流れ、デビルの呪い。倒れたモンスターと再融合しようとするモンスターの中にアリナは何かを見つける。


「そこだ!!」


 アリナは武器を長い針のように伸ばしてその一点を貫いた。そこにはモンスターに埋め込まれたダルグがあり、それが破壊されるとモンスターの融合が止まりただの死体へと戻って行く。アリナは数体観察し、ダルグの場所がはっきりと分かる瞬間を理解した。


『みんな、モンスターが融合する為の核となるダルグが融合する際に伸びる触手の中心に存在してる。そこを狙って攻撃して!!』


 アリナは声を魔法で拡大してみんなに聞こえるようにした。アリナの声が届いたようで、オルト達もサムライ達も次々とモンスターの融合を止めていった。


(このまま敵将を叩く!!)


 敵の弱点が分かればこちらのもので、アリナは勢いに乗ってモンスターを倒しつつ一番モンスターが集結している砦の正門の前まで移動した。アリナが辿り着くといつの間にかマサズも敵を倒しつつ近くに立っていた。そこには見た事のある巨体のオーガが待っていた。


「ゾ王、あんたがここのボスって事?」


「裏切り者の人間が揃ってここまで来たか。砦を捨てて逃げたかと思ったが、流石にヤマトの王はそこまで臆病では無かったようだな」


「アリナ殿、ゾ王との勝負はそれがしに譲って貰えぬでござるか?」


 マサズが真剣な声で言ってくる。


「まあ、いいよ。あたしは邪魔されないように周りの敵を倒すよ」


「おまえら程度なら2人がかりでもいいぞ」


「ゾ王、お主はモンスターでありながら武人としては尊敬出来る男であった。だが、敵対したのならそれがしが1人で決着をつける」


「そうか、かかって来い」


 ゾ王は背負っていた巨大な剣を構え、全身から力を漲らせる。その危険の度合いは今まで戦って来たどのディスジェネラルよりも強大に感じた。そんなモンスターの頂点に立つゾ王もデビルには逆らえなかった。アリナは改めて魔族連合の根底にあるデビルの絶対的な支配を思い知らされる。


(マサズは強いけどゾ王には敵わないんじゃ……)


 ゾ王とマサズが睨み合うが圧倒的にゾ王の方が力が上なのがアリナには分かった。マサズも背が高く人間としては別格だが、ゾ王はオーガの中でも格別に大きく、筋肉も鍛え上げられ身を守る為に身体に巻かれた金色の鎖ももはや拘束具のようにしか見えない。何よりゾ王の身長より長く太い大剣は全てを叩き潰すであろう威圧を感じさせる。


「そちらから来ないなら遠慮なく行かせてもらうぞ!!」


 先に動いたのはゾ王だった。大剣が物凄い速度で振り回される。少し離れた場所で戦っているアリナにさえ剣を振るった事で起こった風が感じられるほどだ。マサズはそれを飛び退いて避けた。だがゾ王の猛攻は止まらずマサズはどんどんと追い詰められていく。アリナは助けに行くか迷うが、マサズの覚悟を潰すわけにはいかないと他のモンスターを近寄らせない事に専念した。


「こいつでトドメだ」


 逃げるマサズとの距離が縮まったところでゾ王は大振りの一撃を放とうとした。


「ヨシバ一刀流奥義、炎切えんさい


 刀を鞘に戻していたマサズは抜刀と共に炎を纏う神速の刃を振るっていた。刀はゾ王の剣を弾くと共に身体を守る鎖も切り裂いていた。ゾ王が振り下ろすのが遅ければ減速せず致命傷になっていただろう。


「なるほど、それがサムライの剣技か。ならばこちらも本気でいくぞ」


 ゾ王は中途半端に残った鎖を引きちぎり、咆哮と共に更に力を増した。筋肉が膨張し、赤黒いオーラを放つ。


「いいだろう、それがしも本気を出そう」


 マサズもオニの角が兜を貫いて伸び、身体が巨大化する。刀を持った状態でオニの力を解放するマサズを見るのは初めてだ。


「いざ尋常に」


「勝負だ!!」


 マサズの刀とゾ王の剣が激しくぶつかる。その速さもパワーも人間のものとは比較にならない。アリナはモンスターと戦いつつも2人の戦いに魅了されていた。

 剣技は圧倒的にマサズの方が上だった。その速度に回避が間に合わずゾ王は体中に傷を負う。だが、体力も再生力もゾ王の方が上で、皮膚も硬質化されたのもあって簡単に傷が塞がってしまう。何よりも恐ろしいのはゾ王の力と大剣の重さが加わった1撃の威力だった。マサズが避けきれず刀で受けた衝撃はダメージとして蓄積していく。体格の違いはそれだけで有利になるのだ。

 戦いが長引くにつれマサズの息は上がったが、ゾ王の方はまだ余裕そうだった。


「そんなものか。そろそろ決着を付けさせてもらう」


「油断するなよ」


 余裕なゾ王をマサズは睨み返した。アリナは戦い続けているうちにマサズの何かが変わったような気がしていた。


「終わりだ!!」


 ゾ王は大剣を軽々と振り回し、マサズにトドメを刺そうと迫った。マサズは再び刀を鞘に戻し、大剣を回避し続ける。だが、体力が奪われているのか、完全に避けきれず、身体や鎧に傷が増えていった。ゾ王は抜刀からの反撃を警戒しつつ攻撃の手を緩めない。


「くっ!!」


 猛攻で傷付いた為か、マサズは膝をつく。ゾ王はその隙を見逃さず、大剣をそこへと振り下ろした。勝負はついたかと思われた。


(飛んだ!?)


 大剣が振り下ろされた先にマサズの姿は無く、いつの間にか上空へとマサズは飛び上がっていた。両手で刀を握り、刀は激しく光っている。アリナはマサズが鞘の中の刀に力を溜めこんでいたのだと気付く。


「ヨシバ一刀流最終奥義、神雷いかずち!!」


 刀はまさに雷のように下にいるゾ王へと振り下ろされた。ただ、ゾ王もそれに反応し、大剣を頭上に構えてそれを受けようとする。


「見事だ……」


 マサズの刀は大剣ごとゾ王を真っ二つに斬っていた。ゾ王は左肩から縦に身体が斬られて血が噴き出て倒れる。


「マサズ、最後にお前と戦えた事に感謝するぞ。

だが、死んでいった仲間の為に俺は戦いを止めるわけにはいかんのだ!!」


 ゾ王は残った右手で何かを掴み、自分の口の中へと放り込んだ。その瞬間、ゾ王を中心にとてつもない危険をアリナは察知する。


「マサズ、気を付けて!!」


 アリナは警戒しつつ襲い来るモンスターの対処をする。ゾ王の身体が溶け、地面へと流れ込んだ。アリナは嫌な予感が一気に増した。


『皆さんすぐに離れて下さい!!全てのモンスターが融合を始めています!!』


 グイブの声が戦場に響く。恐らく偵察用の魔導具から声を出しているのだろう。グイブの言った通り周囲のモンスター同士が次々と融合していき、アリナさえも飲み込もうとする。マサズは刀で周囲のモンスターを斬り付けたが、斬られた身体が触手のように伸びてマサズを囲んでいた。


「マサズ、捕まって!!」


 アリナは武器の魔導具を伸ばして先端に掴む為の輪っかを作る。マサズがそれを掴んだのを確認すると全速力で空へと舞い上がった。触手がマサズを追ったが流石に上空までは届かず何とか逃げられた。

 地上はモンスターが溶けて繋がる地獄絵図のようになっていた。グイブの声が聞こえたおかげでオルトとエリワとゴマルは何とか逃げ切り、グリゼヌが囲まれていたキサハを掴んで飛び退いた事で何とか融合から逃れられていた。ただ、マサズの部下のサムライの殆どは逃げ切れずにモンスターの中に囚われてしまう。


「ゾ王め、デビルに魂を売ったか」


「動きが止まったらすぐに捕まった人を助けよう!!」


 アリナは捕まったサムライ達がモンスターとは異なり完全に融合されてはいない事が分かった。急げば助けられるかもしれないと。

 融合したモンスター達は積み上がり段々と人型に近い形になっていく。それは歪だがゾ王に似た巨大なモンスターの形になっていた。


「来る!!」


 アリナは危険を感じ急いで空中を退避する。マサズがぶら下がっているので速度が出ず、巨大な融合体の拳の攻撃が真横をギリギリかすめていった。モンスターの攻撃は大地を揺るがし、地面に大きな穴を開けている。砦を攻撃されたら一たまりも無いだろう。


「あとは自分で何とかする。下ろしてくれ」


「分かった」


 マサズに言われてアリナは着地してマサズを下ろす。融合体は一番近いアリナ達を早速踏み潰そうと動いた。アリナは左に、マサズは右に走って回避しようとする。二手に別れればどちらかに狙いを定めるかと思いきや、融合体は足を分裂させてそれぞれ踏み潰そうとした。スライムのように分裂も融合も思いのままなのだろう。アリナもマサズも逃げながら攻撃し、少しでも傷を負わせようとする。しかし、思ったより硬く、傷は即座に塞がっていく。


(普通に攻撃したらダメだ。ダルグによる融合なら中心がある筈)


 アリナはゾ王の最後を思い出し、飲み込んだ物体がダルグだったのだろうと理解する。その場所さえ分かれば融合体を倒せる筈だと。


「マサズ、少しの間時間を稼いで」


「任せろ」


 アリナの意図を汲んでかマサズが自らを囮に激しく動いてくれる。他のみんなも攻撃を開始したが、誰も深手を負わせられない。このままでは取り込まれたサムライ達も融合してしまう。


(落ち着け、集中しろ)


 アリナは仲間の戦闘から意識を外し、巨大な融合体だけを集中して観察する。魔力の流れと危険の中心、そして先ほど感じたダルグを思い浮かべると、敵の胴体のど真ん中にダルグがあると分かった。


「みんな、あの一点を集中して抉って。あの中に融合体を結び付けてるダルグがある!!」

「心得た」「分かった」「了解」「はい」


 アリナの指示にみんなが答える。アリナは最初に回転する刃を作り、胴体の中心へと深く傷を付けた。そこにマサズとオルトがすかさず斬り込み、傷は更に大きく開く。


「次はウチがやる!!」


 全身を輝かせたグリゼヌが敵に飛び込み、回転して肉を切り刻んでいった。


「みんな、どいて!!」


 グリゼヌが離れた瞬間にエリワが叫び、巨大な光の矢が傷口に大きな穴を開ける。それでもまだダルグがあるところまでは届いていない。


「余に任せろ!!」


 力を解放したキサハが穴に飛び込み、鎖鎌を振り回した。肉片が飛び散り、ついに黒い球形のダルグが姿を現す。


「行くよ!!」


 アリナは自分の考えうる最高の鋭さにした刃を魔導具の先端に付けて槍とし、それを巨大な球体のダルグへと叩き込んだ。が、刃は通らず、ダルグには小さな傷しかついていなかった。


「続く!!」

「行くぞ!!」


 マサズとオルトが続いて刀と剣で斬り付ける。が、結果は同じくダルグを壊す事は出来なかった。複数のダルグが結びつき、巨大な殻を作り出しているのだ。神機しんきがあれば砕けたかもしれないが、それはここには無い。傷口は塞がり始め、敵も動いているので連続して攻撃出来ない。


「マサズ、さっきの奥義は使えないの?」


「残念ながらあれは敵の攻撃を受け、溜め込む事でようやく出来るのだ」


 マサズが悔しそうに言う。先程使わなければよかったと後悔しているのだろう。エリワの矢もキサハの鎖鎌もグリゼヌの爪もダルグを壊す事は出来なかった。アリナも何度か攻撃したが、結果は同じだ。スミナならば壊せたかもしれないとアリナは悔しい気持ちが湧き上がってしまう。


(あたしにももっと凄い武器があれば……)


「アリナ殿」


 そんなアリナにマサズが声をかけてきた。


「何?」


「この刀は魔剣、くれないというヤマトの王が受け継いできた刀だ。

それがしには使いこなせなかったが、アリナ殿なら使えるかもしれぬ」


「ちょっと待って、あたし刀は使った事無いよ。お姉ちゃんなら使えるかもしれないけど……」


 アリナはそこまで言って気付く。姉に出来る事は自分が出来ないといつも諦めてしまっていた事に。姉がどんな道具でも使いこなせるから、自分は道具では無く魔力を使う事に専念していたと。純粋な剣技では勝てないからと魔法技を極めようとしてた事を。自分の可能性を狭めていたのは自分なのではとアリナは気付いたのだ。


「貸して。あたしだってやってみせる!!」


「紅は全てを断ち切る力があるが、血を渇望し正気が保てなくなる。それに注意してくれ」


「分かった」


 マサズは自分の右側にさしていた刀を鞘ごとアリナに差し出した。刀からは異様な雰囲気は感じるが、危険は感じられない。鞘ごと触るだけでは特に問題無さそうだ。アリナはそれを左腰にさして紅を抜こうとした。


『そなたが新たなあるじか?ならば血を捧げよ』


 鞘から紅が抜けた瞬間、女性のものと思われる声がアリナの脳裏に響いた。金縛りのようにアリナは身体の自由がきかなくなり、勝手に動いていく。紅の真っ赤な刀身の刃は刀を手渡したマサズへと向かっていた。


「アリナ殿!!」


「大丈夫、好きにはさせないから」


 アリナは魔力を実体化し、紅の刃を魔力で包み込んだ。マサズに振り下ろされる前にアリナは自由を取り戻し、意識もはっきりした。


『我の言う事が聞けぬのか?そなたは力を欲したのであろう?』


「意識を奪う道具はもう慣れてるの!!あんたこそへし折られたくないなら言う事聞きなさい!!」


 アリナはわざと紅を地面に突き刺す。


『面白い女だが主には相応しくない』


「あんたの主になるつもりは無いから。それよりあんたはあの球を本当に斬れるの?」


『そんな事造作も無い』


「じゃあ球が斬れたらあたしの血を少しあげる。それでいいでしょ?」


『いいだろう、お主に力を貸そう』


 アリナが紅にまとわりつかせた物質化した魔力を解き、手に持つととても軽く感じた。まるで刀が身体の一部になったような感覚だ。


「アリナごめん、もう穴が閉じかけてる!!」


 融合体と戦っていたエリワが叫ぶ。アリナとマサズが離れている間にエリワ達の攻撃より融合体の再生の速度の方が上回ってしまっていた。再び大穴を開けなければダルグへ攻撃が出来ないだろう。


『そんな面倒な事必要無い。己を信じよ』


 まるでアリナの思考を読んだかのように紅の声が聞こえてきた。それと同時にアリナにも出来る気がした。


「倒す!!」


 アリナは一言だけ言って融合体の胴体へと突っ込んだ。そして紅を一振りする。すると融合体の分厚い肉が豆腐のように簡単に切り裂かれた。刀を使った事の無かったアリナだが、今まで使っていた剣よりも使いやすく、既に身体に馴染んでいる気がしていた。

 アリナは舞うように次々と刀を振り、融合体の肉を削いでいく。あっという間に中心部の球形のダルグが姿を現していた。


「これで、終わり!!」


 アリナはダルグに向かって上から紅を振り下ろした。今までどんな攻撃も防いでいたダルグがあっさりと真っ二つに斬られていた。二つに割れたダルグは再生せず、その周りの融合体も一気に溶け始めた。アリナはシールドで降って来る融合体を防ぎつつ一気に距離を取った。


『再生は確認出来ません。アリナさん、勝利です!!』


 様子を見ていたと思われるグイブが報告してくれる。融合体に取り込まれたサムライ達も全員では無さそうだが生き残り動いて逃げて来る様子が確認出来た。


「流石アリナ殿、見事でござった」


「紅を貸してくれて助かったよ、マサズ。

そうだ、約束の血を」


 アリナは魔力で作った刃で左手の親指に少し傷を付け、その血を紅の刀身へと垂らす。


「これでいい?」


『ああ、満足だ。気に入った、お主を我の新しいあるじと認めよう』


「え!?」


 アリナは返すつもりだった紅に主と認められてしまい困惑するのだった。


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