42.仕組まれた罠
話は砦への襲撃部隊と双子達が別れた時点まで戻る。
レモネは襲撃予定のワボオン砦へ向かう魔導馬車の助手席に座っていた。この魔導馬車は双子の物では無くアスイの物で、運転出来るアスイもエルもメイルもこちらの部隊には居なかった。なので魔導機械に詳しいドワーフのギンナが運転手を名乗り出て運転する事になった。レモネは仲が良い人のいないギンナをフォローすべく助手席に座る事に決めたのだ。レモネが決心したのはスミナに頼りにされたと感じたのもあった。
レモネの相方であるソシラを放っておくのは心配なのだが、今は獣人のグリゼヌにご執心で魔導馬車内で色々話を聞いてるので大丈夫だろう。オルトや他の仲間も後ろの席でそれぞれ会話していた。
「あの、レモネさん、少し気になる事があるんです……」
ギンナからそう話しかけてきた。魔導馬車の運転といっても今はグイブの部隊が乗った数台の魔導馬車の後をついて行ってるだけで落ち着いていて、会話する余裕が出て来たのだろう。
「何かありましたか?」
「アリナさん達から聞いたのですが、獣人のグラガフさんを魔族連合に逆らえないように縛っていた闇術具の名前が“覇者の首輪”という名称でした。
偶然かもしれませんが、グイブさんが使っている魔導具の名前が“覇者の王冠”で、呼び方は異なりますが名前が似てる気がするんです」
「確かに覇者の意味は一緒だよね。でも、それっぽい名前を付けたから似ただけじゃないかな。首輪の方はダルグっていうデビルが作った道具で、王冠の方は古代魔導帝国の魔導具なんだし。私も商人の娘だから似た名前の道具はよく見たよ。
でも、少し気になるかもね。もう少し早く気付いてたらスミナにグイブさんの魔導具を触って見てもらえばよかったかもしれない」
「すみません、言うタイミングが無くて……」
「違う違う、別に責めてるわけじゃないから」
恐縮するギンナをレモネは一生懸命フォローする。ギンナは口数が少ないのがソシラに似ているようで、実際の性格は自分に近いのではとレモネは思っていた。レモネは基本的には内気な性格なのだが、ソシラの面倒を見る事、双子達と行動を共にした事で自主的に動く事が身についてしまっていた。それに加えて父親の死を乗り越える為に立ち止まらない決意をしたのもある。
ギンナと一緒に数日過ごして分かったのは彼女が凄い能力を持っているが、それを人前に出す勇気が無かった事だ。それでも祖父の危険を感じたり、アリナやスミナの話を聞いた事で彼女も変わろうとしている。レモネはそれを後押ししてあげたいと思っていた。
「ギンナさん、ここは個性の強い人達が多いけどもっと自信を持って話していいと思うよ。頭脳派は少ないし、私達に無い視点を持ってると思うから」
「そんな、私は頭脳派なんかじゃ無いんです。ただ、たまたま魔導具が好きで、弄ってただけなので……」
「それでも私なんかにしてみれば十分頭脳派だよ。
私はスミナやアリナみたいに強くも無ければ、凄い能力も無い。まあ祝福に関しては恵まれてるとは思ってるけど。
だけど、私でも出来る事があるって分かったから、後悔しないように全力で動くようになったの」
レモネは自分が大きな流れに振り回されつつも、それに抗おうとしている事を伝える。自分なんかより1人でドワーフのところから抜け出したギンナの方が大変だと思うからだ。
「だから、ギンナももっと自由に、自分勝手に動いていいと思う。元々が大人しい子はそれぐらいが丁度いいの」
「そうですね……。ありがとうございます、レモネさん」
「それともう一つ、私達呼び捨てにしない?もう友達だよね。ギンナって呼んでいい?私の事もレモネでいいから」
「いいんですか?
分かりました、ギンナと呼んで下さい、レモネ」
ギンナが笑顔で言う。レモネはギンナの中から少しだけ不安が取り払われた気がしたのだった。
ワボオン砦へ向かう道中は恐ろしいぐらい順調だった。魔導馬車で街道を最速で進んでいるのでどこかで戦闘が起こる可能性もあると思っていたので肩透かしだった。危険を察知出来るアリナや周囲を広範囲で探索出来るエルがいないのでレモネは不安が増していた。
「ミアン、罠とか不穏な気配は感じない?」
「こちらの地方に来た時点で空気が重く感じましたが、それは敵地だからだと思います。それが増したり何かが近付いたりはしていないので罠は無いと思います」
レモネが気になって一番危険を感知しやすい聖女のミアンに聞いたが、特に問題は無さそうだった。となると、本当に運よく順調な行軍だという事になる。
「何かあればウチも気配を感じる。あまり気にし過ぎない方がいいぞ」
「グリゼヌさん、ありがとう」
心配しているレモネを気遣ってソシラと談話していたグリゼヌが声をかけてくれる。獣人も危険を回避する能力が高いと聞いたので、レモネはちょっとだけ気が楽になった。
「もうすぐワボオン砦です」
ギンナが魔導馬車に付いている地図を見ながら言う。本当に何も起こらずに着いたようだ。徐々に周りの魔導馬車が速度を落とし、ギンナもそれに速度を合わせる。魔導馬車で突撃してしまうと闇機兵の攻撃を直接受けてしまうので、離れて隊列を組んで砦に近付く必要があるからだ。
「グイブさん、獣人が敵の部隊に居た時は連絡お願いします」
「勿論その件は了解していますよ。敵の戦力が減る事はこちらとしても望ましいですからね。
ただ、混合部隊で戦闘が始まってしまいますと個別に対処するのは難しいです。その点は了承して下さい」
装備を整え、徒歩での出発前にオルトが襲撃部隊のリーダーであるグイブに念を押しに行く。敵の中に獣人が居たらミアンとグリゼヌでダルグを解除し、獣人を保護する予定だ。だが、それが簡単ではない事もレモネ達は理解していた。
「分かっている。戦場での救助が難しい事はな。それでもウチは助けられる獣人は1人でも助けたいのだ。
無理を言ってすまんとは思っている」
「いいんですよ、私も他の種族の人達とは仲良くしたいですからね」
申し訳なさそうなグリゼヌにグイブが返事する。レモネはグイブは双子達と関わってから丸くなった気がした。グイブがアリナに気がありそうなのも関係しているかもしれない。アリナは嫌がっているが。
「2人とも、何かあればすぐに連絡するように」
「「はい!!」」
オルトに対してゴマルとエレミが答える。乗って来た魔導馬車の見張りとしてゴマルとエレミ、それと他の魔導馬車を運転した王国の騎士数名が残った。アスイから貰った通話用の魔導具をゴマルとオルトが持つ事で砦と魔導馬車の距離なら連絡が取れる事になっていた。
「それでは作戦を開始します。皆さんは僕達の後を付いて来て下さい」
「「はい」」
グイブは覇者の王冠を被り、飛行する魔導機械に乗って大量の魔導具の兜を被った兵士の上を飛んでいった。レモネ達は大量の兵士が隊列を組んで行軍する後ろを歩いてついて行く。オルトがいるのもあるが、魔導装甲のドレニスを着たギンナが横にいる事でレモネは少し安心していた。自分の力は信用出来なくてもギンナの強さは信用しているからだ。
流石に砦に近いので巡回していたモンスターとグイブの部隊の戦闘が起こっていた。数が圧倒的に多いのでモンスターに逃げられて報告されたりはせず、順調に砦に近付いている。
「周囲におかしな状況や伏兵は居ません」
「了解、ギンナさんありがとう」
オルトが礼を言う。ドレニスの探索は人間の魔法より広範囲で確実なので罠があったとしても早期発見出来るだろう。それに加えて獣人のグリゼヌも危険を感じ取ってくれる。レモネはこのまま何も起こらず砦の攻略が終わる事を祈った。
「グイブさんの部隊が砦からの射程範囲に入りました。敵はまだ攻撃してきません」
再びギンナが報告する。攻撃が来ない事でオルトの警戒が増したのを感じる。
「私が様子を見て来ようか?」
「まだ大丈夫、余計な事をしない方がいいと思う」
祝福で虚像と入れ替われるソシラは確かに偵察に適任だ。だが、下手に刺激してグイブの作戦が失敗したらソシラの責任になるのでレモネはそれを止めた。
そんな事を話していると、グイブの部隊が一気に速度を上げて動き出した。砦の扉を壊す魔導具もあり、一気にワボオン砦の塀の中まで突入するつもりなのだろう。オルトが手を挙げ、レモネ達も速度を上げて少し距離を開けつつ後をついて行った。砦の扉の周りには警備のモンスターは居たものの、相変わらず砦の塀から射撃や魔法は飛んで来なかった。デビルとドワーフが協力して作ったダロンが配備されていないのかもしれない。
扉を破壊する魔導具がさく裂し、扉が壊れ、兵士達は一気に砦の中へと流れ込んだ。
(何かがおかしい)
レモネはあまりの順調さに嫌な予感がしていた。魔族連合がスミナ達の作戦で混乱しているとしても、重要な砦の警備が手薄になる理由とはなり得ないからだ。しかし、勢いに乗っている作戦を中断させる理由としてはあまりに薄い。罠だとしたらその確固たる証拠が必要だ。
(どうすればいい?)
レモネは必死に考える。全員が砦に入ってからでは遅いのだ。
「オルトさん、ごめんなさい、砦の中をソシラと見て来ます。
ソシラ、上手く砦の建物の上まで運んで。ギンナは私とソシラを砦の上空に全力で放り投げて!!」
「分かった、レモネさんの好きなようにやれ。ただ、危なかったら逃げるんだぞ」
レモネの提案にオルトは許可を出す。
「しょうがないから働く!」
「本当に全力で投げていいんですね?」
「うん!!」
レモネとソシラは抱き合ってくっつき、それをギンナのドレニスの巨大な手が掴む。そして全力で2人を砦の上へと放り投げた。
(やっぱりだ、攻撃されない)
砦の上空の目立つ場所に飛ばされてもレモネ達は狙い撃ちもされず、空を徘徊するモンスターもいなかった。
「ソシラ、あそこへお願い!!」
「分かった」
レモネは空中から砦の中の建物の明り取り用の窓と思われる場所を見つけ、そこを指差してソシラに伝える。するとソシラはレモネを空中で窓に向けて投げた。レモネは魔法で落下の速度を上げ、窓に向かって斧を構える。
“ガシャーン!!”という音と共に窓を突き破ってレモネは建物の中に侵入した。だが、中は薄暗く、敵の気配は無い。
「誰もいない……」
虚像を建物の中に作って移動してきたソシラが言う。
「中を調べるよ」
レモネは力を増幅させる祝福を使って、斧で建物の壁を破壊していった。数部屋見たが、どの部屋にも敵はおらず、床を壊して下の広間も見たが、そこももぬけの殻だった。
「やっぱり罠だ!!」
「外に連れて行く……」
ソシラはそう言うとレモネを虚像から虚像へと投げて一気に建物の外へと連れ出した。
『砦の中は空です、罠なので砦の外に逃げて!!』
外に出たレモネは魔法で声を拡張して辺りに響かせた。これにより砦に流れ込んでいたグイブの部隊の進軍が止まり、一気に砦の外へと流れていく。
「ざーんねん、こんなに早くバレちゃったか」
「レオラ!!」
いつの間にかデビルの転生者であるレオラが建物の上に立っていた。レモネは自分がレオラに勝てない事を分かっているのでどうするか必死に考える。
「全員入ってくれれば楽に死ねたのにねえ。
上手くワナを回避したと思った?そんな事無いわよ、もうアナタ達はおしまい」
レオラは色っぽく言う。前回会った時よりも余裕があるように見えた。見たところ相手はレオラとその横に立っている黒い色のデビルの2人しか敵は居ない。建物に罠が仕掛けてあるなら離れれば何とかなるだろう。
「ソシラ、逃げるよ!!」
「うん!」
レモネはとにかく仲間達と合流しようと猛スピードで建物から飛び立つ。レオラ達が攻撃してくるかと身構えたが、2人は動かず逃げるレモネ達を放置した。
(既に罠に嵌ってるって事?)
そこでレモネが気になったのは移動に使った魔導馬車だった。護衛のゴマル達が残って居るものの、敵に見つかっていたらおしまいだ。魔導馬車が無ければレモネ達は敵地で孤立する状態になってしまう。
「オルトさん、レオラが居ました!!」
「2人とも無事で良かった。どういう事だ?ゴマルとも連絡が付かない」
「そんな……」
レモネは自分の懸念が当たった気がして血の気が引く。
「全員砦から外に出ました。中に罠があっても大丈夫です」
浮遊する機械に乗ったグイブがレモネ達のところに来て言う。今の時点で被害は出ていない。気になるのは魔導馬車の方だ。
「いい感じに集まったわね。残念だけどアナタ達がここに来る事は知ってたのよ」
「貴方がレオラですね。貴方こそ迂闊ですよ、そんな少人数で姿を現すとは」
グイブがレオラに言う。レオラにどこかから情報が洩れていたのは確かだ。だが、今はそれを探る時では無いとレモネは頭から疑念を消す。
確かにグイブの言う通り、レオラとこのまま戦闘になればグイブ達の大人数の部隊で倒せる可能性はある。しかしレオラがそんな馬鹿な事をするわけが無い。何か秘策があるのだ。
「覇者の王冠気に入ってくれたかしら?使いこなせる人が出てくれてホントに嬉しいわ」
「僕を惑わそうとしても無駄ですよ。
攻撃準備」
グイブはレオラの言う事を聞かず、大量の兵士がレオラに向かって武器の棒状の魔導具を構える。ギンナと覇者の王冠の名前について話したレモネは嫌な予感しかしなかった。グラガフと同じく、グイブが操られてしまうのではないかと。
「ジャジャーン、これは何かしら?」
レオラが自分の横の空間に何かを転移させる。それは全身を拘束具に縛られ、口も猿ぐつわで声が出ないようにされた人間の女性に見えた。問題なのはその拘束された女性が頭に被っている物だった。
「覇者の王冠?もう一つあったのか……」
自分と同じ魔導具を持つ者を見てグイブが動揺する。同じ機能の魔導具が複数あった場合、恐らく機能は競合する。となると、グイブが操っている兵士を奪われる可能性があるという事だ。
「ブッブー、それじゃ不正解よ。こっちが正真正銘の覇者の王冠。そっちのは似てるけど劣化品の“愚者の王冠”っていうの。両方とも発見したのはアタシなんだけどね」
「覇者の首輪と似た名前だったのはそう言う事?」
「それはたまたまよ。でも、そこからスミナに調べられて魔族が王国に流した魔導具だってバレるかもとは思ったわ。それはそれでその後の作戦もあったのだけれど、結果としてはそうならなかったわけ」
名前が似ていたのはたまたまのようだが、ギンナが危惧していた事は当っていたのだ。
「それでも、今この時点で僕が使いこなせば問題無い!!」
「本当にバカな男ね。そんな事出来るわけ無いじゃない」
レオラがそう言って拘束された女性の首に付いた紐を引っ張る。するとグイブの命令に従っていた筈の兵士達が一斉に反対を向いた。兵士のコントロールを奪われたのだ。
「戦わずに逃げるぞ!!」
オルトが状況を判断して叫ぶ。が、レモネ達の周囲に転移のゲートが現れ、そこから無数のダロンが出て来た。
「逃がす訳無いじゃない。アナタ達は同士討ちで滅ぶのよ」
「大丈夫です、こういう時の為の秘策があります!!」
ドレニスの中のギンナが叫ぶ。レモネはギンナからダロンを無効化する特殊な機械を持っている事を聞いていた。ドワーフ達が魔族に裏切られた時を考え、ダロンに特殊な機能を仕組んでいたのだという。ギンナはそれを今使おうとしているのだ。ドレニスの足の武装を入れる収納から特殊な機械が取り出される。ギンナはそれを作動させた。しかし、ダロンの動きは止まらない。
「どうして……」
「アタシ達がドワーフをそこまで信用してると思う?このダロン達はドワーフの設計を改良して、怪しい部分を取り除いて製造した魔族製よ。さあ、絶望するといいわ」
レモネは退路が断たれたかと思いきや、ここにはミアンが居る事を理解している。レオラは知らないだろうが、ミアンはダロンを浄化して機能を停止させる事が出来るのだ。だが、それには時間とミアンの安全を確保する必要がある。問題は覇者の王冠と操られている人間達だ。
「俺が魔導具を破壊してくる。それまで耐えろ」
「ウチも援護する」
このままでは不味いとオルトが問題の魔導具の破壊を提案し、グリゼヌが援護を申し出る。となるとレモネ達がやるべきは退路の確保だ。
「ミアン、出来るよね。
私とソシラでミアンを守ります。ギンナは兵士をなるべく傷付けずにこちらに来るのを妨害して」
「分かりました、私がダロンを何とかします」
「やってみます」
ミアンがレモネの意図を読み取り、ギンナも自分が出来る事を全うしようとする。問題は魔導馬車が無事かどうかだが、それを今心配してもしょうがない。オルトとグリゼヌが飛び出し、戦いが始まった。レモネとソシラはミアンを守りつつダロンの集団に近付く。ダロンの射撃が始まり、2人はそれを防ぐので手一杯になった。
本物の覇者の王冠で操られた兵士達が攻撃を始めたが、統率がグイブの時ほど取れておらず、近くの兵士が攻撃するだけで済んでいた。それをギンナは何とか防ぎ、大怪我にならない程度に反撃して足止めしていた。だが、数が多く、このままではレモネ達はダロンと兵士に挟まれてしまう。それだけは避けたいが、ミアンが集中するのを止めたらそこで全ての計画が崩れてしまう。
「時間を稼げればいいんですね。僕も手伝います!!」
覇者の王冠の偽物を掴まされ、絶望していたと思われたグイブが言う。レモネはグイブに何が出来るか分からないが、少しでも戦力が欲しい所ではあった。
「お願い」
「任せて下さい!!」
グイブの声に覇気が戻っていた。グイブ自身に戦闘力が無いのは分かっているから何か策があるのかもしれない。グイブは絶望で一度脱いだ愚者の王冠を被る。勿論それでは何も起こらず、ギンナの横に出たグイブに兵士達が迫った。するとグイブの冠が光り輝く。それに合わせて周囲の兵士の兜が赤く光った。兵士達は反転し、後ろにいた兵士達を魔導具の棒でで吹き飛ばす。人数にして10人程度だがグイブの指揮下に戻り、その能力も他の兵士達より上がっているように見えた。
「僕の力がもつのは5分が限度です」
「分かった、助かる」
レモネはグイブとギンナのおかげでダロンの相手に集中出来た。射撃が防がれるのを理解したダロン達はレモネ達に迫ったが、近付くダロンはレモネとソシラの攻撃で破壊出来る。数さえいなければ2人でどうにか出来ただろう。
(オルトさんが上手くやってくれれば……)
レモネはオルトとグリゼヌの動きに期待していた。
オルトとグリゼヌは押し寄せる兵士達の攻撃をかわし、何とかレオラが浮いている付近まで抜け出していた。
「流石に王国の英雄とグラガフの妹は違うわね。
シギ、出番よ」
「……」
「ホント無口で何考えてるか分からないわね、アンタ。ルブ様の命令で無ければアンタなんか使わないんだけど」
レオラが文句を言う。シギとは横の黒い肌の鎧を着て剣を持ったデビルの名だろう。シギは何も言わずにオルト達の方へと移動した。
「悪いが時間が無い、速攻で決めさせてもらう」
オルトが次の瞬間姿を消した。高速の一閃はシギを真っ二つにする筈だった。
「まじか」
オルトは自分の攻撃がシギの剣によって防がれた事に驚愕する。
「ウチもいるんだよ!!」
シギがオルトに集中しているところをグリゼヌの爪が追撃する。獣人の中でも速度に自信があるグリゼヌの速攻だが、シギは軽い動作で避けていた。
「危ない!!」
グリゼヌに対し、いつの間に振り下ろされたシギの剣をオルトが剣で何とか防ぐ。アリナほどでは無くても野生の勘で危険を回避出来るグリゼヌは恐怖を感じていた。
「助かった、すまない」
「集中して2人で行くぞ」
レオラは傍観しているので2対1でオルト達は戦っている。数の優位はある筈だ。オルトとグリゼヌは2人で連携してシギを攻撃した。だが、シギの動きはどこか緩やかで、それなのに攻撃が当たらない。そして予想外の位置から攻撃が来る。戦闘経験がそれなりにある2人の筈だが今まで戦った事の無いタイプの敵だった。
「隙を作れるか?」
「任せろ」
このままでは埒が明かないとオルトはグリゼヌに隙を作ってもらおうとした。2人で連続して攻撃している最中、グリゼヌが吠えた。“ウォオオオオン”という高い叫びが響き、周囲が音に一瞬気を取られる。オルトはその瞬間を逃さず、最速の剣でシギを貫いた。
「見事だ……」
初めてシギが低い声を出した。オルトの魔導具の剣はシギの胸の前で左手に握られて止められていた。オルトは久々に血の気が引いていた。
「皆さん、お待たせしました。
神よ、この者達に安らぎを与えたまえ!!」
ミアンが薄桃色に光り輝き、辺りのダロンを停止させた。これで退路は確保出来た。
「レモネさん、そろそろ限界です」
グイブは苦しそうな声を出す。ギンナのドレニスも無理に攻撃を防いでいたので装甲が所々ボロボロになっている。少し離れた位置で戦っているオルトとグリゼヌも苦戦しているように見えた。
(逃げるなら今しかない!!)
レモネは決意し、スミナに分けて貰った魔導具を取り出す。
『オルトさん、グリゼヌさん、撤退です!!』
魔法で声を拡張し、レモネは2人に伝える。それと同時に煙幕の魔導具を兵士が集中しているところに投げた。兵士を救いたい気持ちはあるが、相手がレオラなので無理をすれば全滅だとレモネは分かっている。レモネはミアンを抱き抱え、自分の出せる最大速度で街道を戻った。ソシラも虚像との入れ替えを駆使ししてレモネと同じぐらいの速度で撤退する。グイブも魔導具を外して魔導機械でそれに追い付いていた。
目立つギンナのドレニスは撤退用の障害物となる魔導具を落としつつ、速度を上げて付いてきている。オルトとグリゼヌも何とか煙幕を活用して追い付いて来ていた。兵士達は数が多くて速度が出ないのとドレニスの障害物で距離が離れて来ている。問題はレオラとシギだが、背後にその姿は見えなかった。
(逃げられた?そんなわけ無い)
レモネは決して気を抜かず、魔導馬車を置いてきたところまで急ぐ。もし魔導馬車が無ければ逃げられないのと同じなのだ。
「そんな……」
レモネは絶望に包まれる。そこにいたのは大量のダロンと破壊された魔導馬車の残骸だった。騎士やゴマル達の姿は見えず、この様子だとダロンに吸収されているのだろう。
「諦めるな、このまま逃げるぞ」
「ムダよ、逃げる場所なんて無いのだから」
オルトの声はレオラにかき消される。いつの間にかレオラがレモネ達の正面に転移し、その横にはシギもいた。兵士を置いて転移して来たのだろう。レモネは敵との戦力差を実感していた。ミアンに再びダロンを停止させてもらうにしても、それをレオラが許すとは思えない。ドレニスもかなり傷付いているし、グイブはもう無力だからだ。
「僕が責任を取ります」
そんな時声を出したのはグイブだった。
「何を言ってるんだ、グイブさん」
「僕は自決用の魔導爆弾を持っています。ダロン程度なら巻き込めるでしょう」
オルトにグイブが告げる。確かにダロンを一気に消せれば逃げられる可能性は増える。
「いいわよ、やってみなさい。その前に殺されなければいいわね」
レオラは楽しそうに笑う。確かにグイブが爆弾を持っていようが、ダロンに近付く前に殺されてしまったら意味が無い。レモネはどちらにしろそんな事をさせたくは無かった。
(何か方法は無いの?)
レモネは必死に頭を働かせる。移動する手段は奪われ、敵に囲まれ、状況は絶望的だ。もう状況を一転させるような魔導具は隠し持って無い。
「私が魔族の相手をするので、その間に皆さんは逃げて下さい。
ドレニスにはまだそれだけの力があります」
「でもそれじゃあギンナが……」
今度はギンナが自己犠牲を申し出る。当然そんな事は許さないし、ドレニスがレオラとシギ相手にどこまで耐えられるか分からない。
「全員が生き残る方法がきっとある筈。みんな、諦めないで!!」
レモネは自身を鼓舞する意味も込めて叫ぶ。だが、打開策は思い付かない。それでも諦めたくなかった。
「もういいわ、時間切れよ。アナタ達がどれだけ足掻いてもここから生きて帰る事など出来ないわ」
「それはどうかしらね!!」
空から声が聞こえ、何かが急降下してきた。それはエルに抱えられたスミナとアリナだった。
「アリナ?どうしてアンタがここに?」
「ヒーローはギリギリ間に合うものなの」
「皆さん、もう大丈夫です。ゴマルさんもエレミさんも無事です」
スミナの言葉にレモネは安堵する。
「さて、レオラ、そろそろ年貢の納め時よ」
「アナタ達はソルデューヌが相手してた筈……。
そうか、またミボのヤツね。
いいわ、今回は見逃してあげる。でも、ドワーフやヤマトがどうなってるかしらね」
「それはどういう意味?
レオラ、待って……」
スミナの言葉は転移で消えたレオラには届かなかった。