41.真の救世主
王都に帰って来たものの、双子はゆっくり休む暇も無く走り回っていた。魔族連合に残った人間達を救う計画を立てつつ、獣人を救う方法も考え、各勢力に王国の使者を送る手伝いをしなくてはならなかったからだ。ネックになっているのが魔導結界を超える為の転移装置を動かせるのが魔宝石のエルだけだという事だ。エルはスミナかアリナのいう事しか聞かず、2人の許可無しに魔導遺跡に留まる事は出来ない。作戦の立案などはスミナの方が得意なので、結果としてアリナとエルは王国の騎士と共に王都と魔導遺跡を行き来する毎日だった。
今はアリナとエルが王都に戻って来て、城から帰って来たばかりのスミナと屋敷の部屋で休んでいるところだ。
「アリナ、ごめんね、移動ばかりさせて」
「別にいいよ、あたしは城に籠ってる方が疲れるから」
実際アリナは前回の会議があってから城に行くのが何となく嫌になっていた。城に軟禁された状態のエリワ達とは会いたいが、彼女達が毎日取り調べみたいなことをされていると聞くと顔を合わせるのが申し訳ない気持ちになってしまう。自分が説得して連れてきたというのもあった。
「もしかしてこの間の事、まだ引きずってる?みんな元気にしてるし、アリナにも会いたがってたよ。
大丈夫、情報提供してもらう為の話し合いはアスイさん達特殊技能官の人達が担当して、無理強いはしてないから」
「うん、それは大丈夫だとは思ってるよ。みんなだって魔族連合に居た時よりは幸せだと思うし。
でも、今後上手く行くかどうかは不安になってきた」
「わたし達が思う以上に人間と他種族の関係は難しかったとは思う。でも、話し合えるし、分かり合えるってアリナが一番分かってるでしょ」
スミナはアリナが魔族連合に居た事が無意味では無いと慰めてくれる。見た目の違いだけで差別する方が間違いなのだとアリナはみんなに伝えたかった。
「国王陛下だって、アスイさんだって、オルトさんだって同盟が一番いいと思ってくれてる。今後一緒に戦う事で他の人達もそう思えるようになるよ、きっと」
「そうだね、あたし達がそれを実践すればいいんだよ。お姉ちゃん、いつもありがとう」
「ううん、わたしはアリナが作った切っ掛けを手助けしてるだけだよ」
アリナはスミナが本当に最高の姉で、最高のパートナーだと感じていた。
「それじゃあ、アリナ、お願い」
「うん、やってみる」
双子達が王都に戻ってから数日後、双子は再び魔導結界の外に来ていた。魔族連合の人間を解放する切っ掛けとしてディスジェネラルのソルデューヌにアリナが渡された呪具を使って連絡を取ろうとしているのだ。呪具はスミナの鑑定で罠は無く、こちらの場所は特定されない事が分かっている。それでも念の為、転移してきた魔導遺跡から少し離れた場所で使う事にしたのだった。
『ソルデューヌ、聞こえる?あたし、アリナだよ』
『アリナさん、連絡してきてくれてとても嬉しいです。わたくしはこの時を待っていましたよ』
呪具を頭にくっつけて、アリナは声に出さずにソルデューヌと会話をしていた。声は鮮明に聞こえ、道具としては問題無く使えそうだ。
『あたし達が何をしたか知ってるよね。そっちは大変じゃない?』
『ええ、魔族連合は大騒ぎですよ。わたくしとしては望んでいた展開ですが。
それで、わざわざ連絡して下さったという事は、わたくしに頼みごとがあるのではないですか?』
ソルデューヌがアリナの考えを予想して聞いてくる。ここまでは予定通りの反応ではある。
『あたし達は魔導結界外の人間も保護したいと思ってる。一気には無理でも、少しずつ。だから、信頼出来るシホンさんと連絡を取りたいの。ミボには内緒でね』
『なるほど。シホンさんと会えればいいのですね。確かにミボさんは信用出来ませんからね。
いいでしょう、会合の場をわたくしの方で準備します。そうですね、時間と場所は――』
ソルデューヌは3日後に大陸中央付近のとある森を待ち合わせ場所に指定した。
『ただ、その付近は魔族連合の者と出会う可能性も高いのでなるべく戦闘を避け、姿は見せずに来て下さい。大人数ですとバレやすいでしょうし、多くても5人ぐらいがいいのではないですかね?』
『うん、そうかも。そこら辺は相談して決めるよ。ソルデューヌは来るの?』
『勿論です、わたくしが行かないとシホンさんを転移出来ないですし、彼女を守る為にも付き添いします。
安心して下さい、決して嘘はついてませんし、その場に罠はありませんから。そもそもアリナさんに罠は効かない事はよく分かってますから』
『そうだね、ありがとう、上手くいったら今度はそっちの頼みをあたし達が聞くよ』
『それは助かります。やはりアリナさん達と組むのが正解でしたね、ではまた今度』
そうしてソルデューヌとの連絡は終わった。アリナは話した内容をスミナに伝える。
「場所も危険だし、人数の指定もしているとなると、罠の可能性が高いと思う」
「あたしもそう思ってる。でも、もしかしたらまだ協力してくれる可能性もあるかも。ソルデューヌがデビルとは違う野望を持ってるのは確実だし、自分の利益の為にあたし達の信頼を得ようと行動してくれるかもって」
「裏切られた時に痛い目に遭うからあくまで可能性ぐらいで考えてね」
「分かってるよ」
みんなからはソルデューヌを信じるなと言われているが、アリナは過去の恩もあり、裏があっても協力してくれるのではないかと期待していた。双子は一旦王都まで戻り、今回の話をエリワ達他種族含めて仲間達に伝えた。
「完全にワナよ。今の魔族連合の状況でそんな動きしたらバレるに決まってるから」
「私もエリワさんの考えと一緒です。
ですが、接触するチャンスだとも思います。相手から情報を引き出したり、戦力を削る事が出来ると。
なので、私はこの密会の裏でグイブさんの部隊による攻撃を同時に行うのがいいと思います」
エリワもアスイも完全に罠だと言い切り、アリナはもうその方向で考えるしかないと諦めた。確かにエリワの言う通りディスジェネラルの約半数が居なくなった時に2人が同時に消えたらバレないわけが無い。
「そうなると誰を会合に向かわせ、誰を奇襲に向かわせるかが重要ですね。
申し訳ないですが、会合の方は危険なのでわたしとアリナとエルはそちらに行かせて下さい」
「砦の襲撃をするならウチはそちらに同行させてくれ。獣人がいる可能性が高いのでな」
「でしたらミアンもそれに同行します」
話の流れで双子とエル、グリゼヌとミアンの行き先が決まった。獣人の解放を考えたら2人が砦に行くのは当然だろう。
「密会の人数を増やすかどうかを考えないといけないわね。5人以上で行ったらそれを気取られて会合自体無くなる可能性もあります。
すみませんが私はやはり王都から離れられないので、オルトさん、襲撃の方の取りまとめをして貰ってもいいですか?」
「自分でよければやりますよ。まあ、襲撃自体はまたグイブさんの指揮になると思いますがね」
「あの、私はドレニスが大きくて目立つのでグリゼヌさん達について行きます」
「アタイはアリナ達について行くよ。会合の場所が森ならアタイの領分だし、ソルデューヌのヤツとも付き合いは長いからな」
「危険なのは会合の方ですね。でしたら余はそちらへついて行きます。こう見えても隠密行動も心得ていますので」
オルトとギンナは襲撃の方に決まり、エリワとキサハは双子達について行く事になった。
「エルを除いても5人だとあと1人ぐらいが限界かあ。お姉ちゃん、どうする?」
「メイル、お願い出来る?」
「私ですか?勿論ですけど私なんかでいいんですか?」
スミナが選んだのはキサハと確執があるメイルだった。アリナから話してスミナも恋愛関連で2人が問題あるのを知っている筈だが、どうして選んだのかアリナも疑問だった。
「メイルが一番撤退する時に頼れるとわたしは思ってるから。勿論戦力としても頼れるし。
他の人はオルトさんに従ってグイブさんの襲撃の補助と、獣人の保護をお願い。
レモネ、いざとなったら貴方が自分の考えで動いて」
「私が?スミナ、どうして?」
「わたしはレモネが一番異変に気付くし、判断力が高いと思ってる。それにいざという時の突破力もあるしね」
スミナに言われてレモネは目を丸くしていた。アリナはスミナの言う事が何となく分かった。アリナの場合は危険を察知して素早く動くが、レモネは周囲をよく観察し、適した行動を取れるのだと。その力が生き残るのには重要だとアリナも思っている。
「分かりました、出来る限り頑張ります」
「分かっていると思うけど、魔族連合もやられたままでは無いと思います。奇襲してきたり、罠を張っている可能性も高いです。なので、皆さん十分気を付けて下さい」
アスイがそう言い、細かい段取りを決めてその場は解散となった。
「それでは、皆さん頑張って下さい」
「オルト先生、後は頼んだよ」
「ああ、任せておけ」
双子はグイブの部隊とオルト達を魔導結界を超えた王国の南側の魔導遺跡に転送する作業が終わり、皆と別れを告げる。今はソルデューヌとの約束の時間の半日前であり、急いで王都内の魔導遺跡へと双子はエルと共に戻った。
「お嬢様、お帰りなさい。こちらは準備万端です」
遺跡でメイルとエリワとキサハが3人を待っていた。既に3人とも戦闘が出来る恰好をしている。双子達は大型の転移装置から小型の転移装置のある部屋へ移動し、転移の準備をする。会合の約束をした森の近くの遺跡は小型の転移装置しか無いので魔導馬車は持っていけない。獣人のグリゼヌもいないので獣道を通って移動する事も出来ず、徒歩で隠れながら進むしかなかった。
「周囲に敵の反応はありません」
「この辺りは雪も積もって無いし、時間には間に合いそうね」
遺跡の外に出ると、そこは森が茂っていて敵に見つからなそうな場所だった。エルとスミナが周囲を確かめ、エルの地図を頼りに目的の場所へと歩み始める。アリナもいつもよりも慎重に危険が無いか調べたが、周囲に大きな危険は感じられなかった。そもそも魔族連合は双子達がどこから来るのか知らないので、この辺りで待ち伏せされる事も無いだろう。
「キサハ、アンタお姫様なんだろ。大丈夫か、着いてこられるか?」
エリワがキサハを気遣って声をかける。目的地への最短ルートで、かつ街道など見つかりやすい平地を避けたので双子達は道とも思えない山道を進んでいた。双子は慣れているし、メイルもエルも問題無い。エリワはハーフエルフなので自然と共に生きていたので余裕そうだ。なので問題がありそうなのはヤマトの国の姫であるキサハだけだった。
「エリワ殿、馬鹿にするでない。余は姫といってもヤマトの荒れ野で育った強い女。この程度散歩も同然です」
「そうか、ならいいけど。
しかし、この人数で本当に大丈夫か?アタイはヤバくなったら逃げるぞ」
「あたしとお姉ちゃんとエルが居るんだから砦組より安全だと思うよ」
アリナは本音を言う。それに加えてエリワも十分強いし、メイルとキサハも本気を出せばディスジェネラルとやり合えるぐらいの実力はあると思っている。ソルデューヌと戦う事になっても過剰戦力だろう。
キサハは本人の言った通り、大きな身体でもすいすいと山道を進んでいた。アリナの危険察知とエルの探索のおかげで敵との戦闘も野生のモンスターを除けば回避出来ていた。
「あの山を越えたら目的地です」
「指定の時間前には着きそうね。エル、悪いけど宝石形態になっていて」
「分かりました」
スミナは指定された人数に減らす為にエルを宝石する。そして、いざという時はエルをすぐに呼び出せるように魔導具のベルトでは無く腰の袋に入れた。
「アリナどう?何か罠がありそう?」
「周囲の山には無いね。で、目的地には既に誰かいる」
アリナはあからさまでは無いが、目的地と思われる山の向こうに微妙な危険を察知していた。敵意を出していないので危険と感じないのだとアリナは想像する。
(やっぱりソルデューヌは当面は味方してくれるんじゃないかな)
アリナは未だに淡い期待を捨てきれなかった。双子達は山を登り、待ち合わせ場所とされた森の中の広場を見た。そこには4人の人物が立っていた。1人はソルデューヌで、2人は全身ピンク色の鎧を着た騎士、残りは全身をマントで覆っていて姿は分からない。ソルデューヌが約束を守ったならその人物がディスジェネラルで人間のシホンだろう。マントの人物は体型的にはシホンと大きく違わないように思えた。
「見える4人以外に隠れているのは今のところ感じないね」
「逃げる際はこちらの山側では無く、奥の森がよさそうですね」
メイルが周囲の地形を確認し、退路についてすり合わせをする。
「アリナに察知されない罠があるかもしれないから気を付けて行こう」
双子達は慎重に周囲を確認しつつソルデューヌの元へと向かった。
「アリナさん、お待ちしておりました」
「罠は無かったけど、ホントにシホンさんを連れて来たの?」
「ええ、本物ですよ。横の2人は護衛の騎士で、わたくし達以外は来ていません」
ソルデューヌがそう言うとマントの人物がフードを下ろし、シホンの顔が出て来る。アリナが感じる範囲では魔法で変装した偽物では無さそうだ。
「そちらはお姉さんのスミナさんですね。初めまして、ご存知だとは思いますが、わたくしはソルデューヌ・パルザと申します。以後よろしくお願い致します。
他の方はエリワさんと、以前アリナさんを助けに来た仲間の女性ですね。そしてそのヤマトの国の恰好は、確かマサズさんの婚約者の――」
「余はキサハ・スズミという。ソルデューヌ殿の話はマサズ様から聞いておる。油断ならぬ人物とな」
「それは光栄です。皆さん緊張しなくていいですよ、わたくしは話し合いの場を準備しただけなのですから」
「相変わらず胡散臭いな、ソルデューヌは。
まあ、今のところは嘘を言っているようにも見えないけどな」
エリワがソルデューヌを睨む。しかしこの場の危険は来た時と同じで、あくまで警戒されているだけだとアリナは感じていた。
「ソルデューヌさん、この場を用意して頂き感謝します。
シホンさん、ですね?わたしはアリナの姉でスミナ・アイルと言います。わたし達は魔族連合に囚われている人間達を解放したいと考え、貴方に会いに来ました」
「スミナさん、それにアリナさんも遠路はるばる来て頂き本当に感謝してます。ソルデューヌ様も手引きをして頂きありがとうございます。
私も皆さんにどうしても話したい事がありました。聞いて貰えますか?」
「勿論です」
スミナがシホンと話し合いを進める。アリナは警戒しつつ話に耳を傾けた。
「スミナさん達の活動の話は聞いています。皆様が王国の未来を考え、その危険を排除する為に動いている事は理解しているつもりです。
ですが、それでは駄目なのです。王国を中心とした人間主体の勢力を作っても再び崩壊します。我々魔族連合に属した人間達は皆それを理解しているんです。
デビルの支配下に入るのを望んでいるのではありません。デビルや魔族にもミボ様のように種族を超えて平等を訴える者はおります。王国の今のやり方ではそれを妨げてしまうのです。
スミナさん、アリナさん、それにエリワさんも今一度考え直して頂けないでしょうか。3人やヤマトの国が訴えれば王国への影響力も高い筈です。どうか、魔族連合と和睦の道を探って下さい」
シホンの口から出たのは予想外の意見だった。それはシホンの考えというよりはミボの考えのようにアリナは感じた。
「すみません、その意見には賛同出来ません。なぜなら、以前アリナが魔族連合から人間の虐殺を命じられたからです。デビルや魔族は人間を同等の存在とは考えていません。シホンさんも仲間が殺されかけた事を知っていますよね?」
「その件は本当にアリナさんが酷い目に遭ったと思っています。ですが、あれはガズ様が私達に黙って独断で決めた事。事件の後ミボ様が苦言を呈し、アリナさんの離脱とレオラ様の敗北の件でガズ様の権威は一気に落ちました。今では魔族連合でのミボ様の地位は上がり、人間の扱いも変わろうとしています」
「そのミボが信用出来ないからあたしは直接シホンさんに話に来たんだよ。絶対本音じゃないって、ミボは」
そうアリナが言った時、周囲の危険が一気に上がった。アリナは身構えるが、誰も攻撃はしてこなかった。
「そんな事ありません。ミボ様は人間に平等に接し、多くの人を助けています。アリナさんが虐殺を命じられた村もミボ様のおかげで逃げた事を責められずに済んだんです。少なくともミボ様と接した人達は王国よりミボ様を信用しています」
シホンは強情そうで、話は平行線を辿りそうだった。アリナはどうにかせねばと周りを見てソルデューヌを頼ってみる。ミボを信用するなと強く言ったのはソルデューヌだからだ。
「ソルデューヌはミボを信用してるの?シホンさんが騙されてるとは思わない?」
「すみませんがわたくしは貴方達の話し合いに口を挟むつもりはございません。それぞれの意見にはお互いの主張があり、それはどこを中心に見るかによって変わって来てしまいますので」
ソルデューヌはぬらりくらりと質問をかわした。アリナはソルデューヌがシホンと自分達を会わせた真意が分からない。こうなるとミボと直接話さないと話が進まないのではとアリナは思ってしまう。
「シホンさん、すみません。わたし達も今のやり方を止めるわけにはいかないんです。
なので、ミボさんに会わせて下さい。ミボさんが本気で人間の事を考えているなら何か方法が見つかると思います」
「確かにミボ様と直接お会いすれば私よりも上手にお話出来るかもしれません。戻ったら伝えましょう」
「こんな人達、ミボ母様に会わせる必要無いですわ」
「ここに来て正解だったな」
突如知らない男女の声が響いた。声はピンク色の鎧の騎士からだった。騎士達はシホンと双子達の間に割って入ると、その鎧がポロポロと外れて地面に落ちた。そこにはスミナと同じぐらいの身長で薄い紫色の長髪の少女と、薄い緑色の長髪の少年が立っていた。2人とも純粋な人間に見え、顔は少女は気が強そうな美人で、少年は痩せ型でよく整った美少年だ。年齢的にも双子達と同年代に見える。
「ハミロさん、ゼミロさん、やめて下さい」
「いくらシホン様の命令でも聞けませんわ。この人達は害悪ですので」
「そうだ。ここで潰しておかないと面倒な事になるからな」
「ちょっと待って下さい。貴方達は人間ですよね?しかも同年代の。どうして戦う必要があるんですか?」
スミナは戦意が無い事を必死に2人に訴える。
「そちらこそ長い間の平和ボケで王国に洗脳されてるんじゃないかしら?
私の名はハミロ・ミボス。聖女ミボ様の娘よ」
「じゃあ俺も名乗っておくか。俺の名はゼミロ・ミボス。ミボ母さんの息子だ」
「え?あんた達どう見ても人間でしょ?」
アリナは2人がミボの子供だと名乗ったので思わず確認してしまう。
「悔しいがその通りだよ。俺達は幼い頃にミボ母さんに拾われ、実の子として育てられたんだ。名前を付けたのもミボ母さんだ」
「種族を気にしているようではミボ母様の理想とは程遠いですわ。私達はそれを超越した、ミボ母様の望む愛の溢れる世界を体現しているんですから。
ミボ母様は私達こそが真の救世主になると言っているわ」
「平和を望むなら猶更戦う理由が無いのではないでしょうか?」
「犠牲無くして平和など望めない。特に王国という大きな障害は排除すべきだ」
スミナの問いにゼミロと名乗った少年が力説する。どうやらアリナ達が持っている常識とは別の考え方を植え付けれているようだ。
「むしろ私は貴方達の方が問題だと思っていますわ。魔族連合の砦を奇襲し、仲間を誘惑して崩していく。貴方達の方がよっぽど侵略者ではないかしら」
「スミナ、こいつらに何言っても無駄だと思うぜ。ミボの狂った教えで育ってるんだからな」
「母様を侮辱したわね」
「元ディスジェネラルとはいっても、お前は除け者だったと聞いてるよ。一緒に成敗してやる」
「2人ともやめて!!」
エリワに対して敵意をむき出しにしてる2人にシホンが必死に止めようとする。
「シホン様は安全な場所に居て下さい」
ハミロがそう言って手をかざすとシホンはどこかへ転移させられた。
「ソルデューヌ、こんな事になっていいの?」
「わたくしは流れを止める気はございません。
ですが、こうなった以上、わたくしはハミロさん達をフォローします」
「罠だったって事だよ」
「戦うんなら余はそれでもいい」
エリワとキサハは戦う気になっていた。戦いたくは無かったが、相手が3人なら人数が倍居るこちらが有利なのは変らない。アリナも戦う覚悟を決めた。
「戦うつもりならしょうがないですね。怪我しても後悔しないで下さい。
エル、お願い」
「了解です、マスター」
スミナが戦闘形態のエルを呼び出す。
「後悔するのは貴方達ですよ。ゼミロ、やるわよ」
「ああ、力の差を見せつけてやるぜ」
ハミロとゼミロの腕をよく見ると、アリナがよく知っている腕輪が付けられていた。
「それって……」
「「闇術鎧開放!!」」
2人がそう言うと2人の腕輪からどす黒い闇が溢れ出る。闇はハミロとゼミロの身体に絡みつき、それぞれの髪色である紫と緑色が入った黒い鎧を装着していた。背中には翼が生え、ハミロは両側に巨大な刃が付いた槍を、ゼミロは太く長い大剣を手にしていた。
「お2人の邪魔にならないよう、わたくし達はこちらで遊びましょうか」
ソルデューヌがそう言うと地面から敵が現れる。それは少し前に王国で双子達が襲われたケンタウロスのアンデッド達だった。ソルデューヌはヴァンパイアロードでアンデッド使いなので、呼び出した犯人として疑うべきだったのだ。結構な数のアンデッドとソルデューヌなのでエリワとキサハでも苦戦するだろう。
「こっちの2人はわたし達がやる。エルとメイルはエリワさん達の援護を」
「「はい」」
双子はハミロとゼミロ相手の2対2の戦いになった。
「すぐ片付けて援護に行くから」
「期待してるよ」
そう言うエリワにアリナは答えたが、ソルデューヌ相手にすぐには難しいだろうと思っていた。それよりも目の前の相手だとアリナは気持ちを切り替える。
「お姉ちゃん、かなり強いよ」
「分かってる。でも、わたしはアリナに勝ったし、アリナも自分の分身を倒せたでしょ」
「そうだね」
ダルアが同じ能力だとしても中身が転生者のアリナだった時よりは弱い筈だ。そもそもダルアを使っているという事は2人とも騙されているのだとアリナは気付く。
「ねえ、戦う前に話を聞いて。
そのダルアは装着者の能力を奪う為にデビルが作った鎧なの。あんた達がミボにただの道具だって思われてるの分かってる?」
「アリナさん、貴方馬鹿よね。レオラが貴方に与えたのが不完全なダルアだっただけなのに。これはミボ母様が手に入れた本物なのよ。意識を奪われたり、能力を取られたりなんかしないわ」
「ハミロ、もういいだろ、こんな奴等さっさと殺した方がいい」
そう言ったすぐ後にゼミロは動いていた。ダルアの速度は覚えていたが、それでも一気に距離を詰められた。大振りな大剣で無ければ回避出来なかっただろう。
「貴方の祝福はそんなものなの?」
回避したアリナの背中に向けてハミロの槍が迫っていた。しかしスミナがレーヴァテインで弾いた事で何とか軌道が逸れる。
「アリナ、集中して」
「分かってる」
相手がダルアを着た人間だからか、アリナは未だに敵として認識出来ていなかった。だが、油断したら殺される事は最初の動きで分かる。
「すぐに終わらせてしまうのもつまらないわね。
今度はそちらが攻撃してきて下さらない?」
「またハミロの悪い癖が出てるな」
ハミロとゼミロはそう言いつつ、攻撃の手を止めた。自分達の方が強いという自信があるようだ。アリナが感じる危険は確かに2人ともディスジェネラル並に強いのは分かるが、それはダルアによって引き上げられているだけに思えた。
「お姉ちゃん」
「分かった」
アリナはスミナに合図を出し、2人で息の合った攻撃を仕掛ける。スミナが魔導具を使ってフェイントをしつつアリナが大量の手数で攻撃し、そこに出来た隙をスミナが攻撃する戦法だ。相手は戦闘慣れしてるとしても戦って来たのはさほど強敵では無いようで、スミナの魔導具に翻弄されていた。アリナはそこへ大量の刃と槍の罠を作り出して一気に仕掛ける。流石にダルアの力で強化されているのでそれを2人は何とかしのいでいた。だが、隙は大きく出来て、スミナは2人の内で隙が大きいゼミロへとレーヴァテインを突き出した。それはゼミロの腹を貫く筈だった。
「こんなものか」
レーヴァテインはゼミロの大剣に弾かれていた。アリナは予想外の速度の動きに驚かされる。
「油断大敵ですわよ」
アリナはギリギリ危険を察知して頭をずらしてハミロの槍を回避していた。距離が離れていた筈のハミロがすぐ真横まで来ていたのだ。ゼミロはスミナに攻撃を続け、ハミロはアリナを執拗に攻撃する。このままではマズイとアリナは先ほど仕掛けた罠を発動させて一旦距離を取った。スミナも同様にゼミロに反撃してアリナの横まで退避する。
「双子と聞いていたから凄い連携が来るかと思いましたが、期待外れでしたわ」
「あんた達を殺さないように力を抜いてただけだから」
アリナは思わず言い返してしまう。
「連携っていうのはこうやってやるんだよ」
ゼミロがそう言うと同時に2人は双子に向かって突っ込んできた。
「あたしが防ぐから」
アリナは自身の魔導鎧を魔力で強化し、盾も作った。攻撃を受け止めて相手の隙を作り、スミナに攻撃は託すつもりでいた。相手が2人で連携しようが、今のアリナならそれを捌けるつもりだった。ゼミロが大きく剣を振り上げる。1撃の威力は高かろうが、盾で受け流せばどうとでもなる。
(違う、本命は後ろだ!!)
アリナはゼミロの背後から危険を感じ、ハミロが槍で攻撃を仕掛けて来ると悟った。ただ、分かったからと言ってゼミロの攻撃を無視は出来ない。なので剣を防いだ直後に何とか避けてやると考えていた。
「ぐっ!!」
「アリナ!!」
アリナは腹部に激しい痛みを感じて顔が歪む。ハミロの攻撃は予想より早く、ゼミロの剣と同時に繰り出されていた。アリナはそれに気付いたが盾で剣を防いでいるので身動き出来ず、咄嗟に厚さを増した鎧でもハミロの槍を完全に防ぐことは出来なかった。スミナはアリナを気にしつつも剣でゼミロを斬り付けた。だが、一瞬動揺した為か、ゼミロへの攻撃はハミロによって防がれていた。確かにハミロとゼミロは綺麗に連携が取れているなと思ってしまう。
「お姉ちゃん、大丈夫だから行くよ!!」
「分かった」
アリナは傷口を魔力で塞ぎ、痛みに耐えて攻撃へと転じる。ここで負けるわけにはいかないのだ。
(1人だけ狙ったら駄目だ。2人の動きをちゃんと見ないと)
頭に血が上りそうなのを鎮め、アリナは冷静に戦う事を考える。威力はゼミロが、速度はハミロが売りだと分かった。そして相手もお互いの事をよく分かっている。連携を崩さなければいけない。
「アリナ、わたしがやる」
「お願い」
スミナもアリナと同じ考えのようで、魔導具を使って連携を崩そうと試みた。スミナが使ったのは視界を悪くする霧を発生させる魔導具だ。視界が悪くなり、近くしか見えなくなる。アリナは祝福で敵の位置が分かるし、スミナの位置も分かる。これでこちらが圧倒的に有利な状況になった筈だ。
敵は警戒して動きを止めていた。双子は息を合わせて同時に攻撃を仕掛ける。アリナが手数を増やしつつゼミロを攻撃し、スミナがハミロへ全力の攻撃を行った。
「え!?」
アリナが驚いたのは2人がまるでこちらの攻撃が見えていたかのように場所を入れ替わったからだ。スミナの強力な一撃はゼミロが防ぎ、アリナの様々な攻撃はハミロが避けきったのだ。
(ダルアの力だけじゃない、何か祝福を持ってるんだ)
アリナはそう確信したが、ハミロの攻撃を避けるのに手一杯でそれがどういった能力なのか判別出来ない。そうしている間に霧が晴れてきて周囲が見えるようになった。
「大口叩いた割りにはこんなもんか」
そう言うゼミロの足元にはスミナが倒れていた。さっきまで戦っていた筈なのにとアリナは動揺する。
「お姉ちゃん!!」
アリナはスミナを助けに行こうとするが、ハミロがそれを許さない。ゼミロは大剣を振り上げていた。
「させません!!」
スミナにトドメを刺そうとするゼミロに対して短剣が飛んだ。スミナの危機を察してメイルがゼミロの前に立ち塞がったのだ。しかしメイルではゼミロの相手が出来るとアリナは思えなかった。2人を助けに行きたいが、ハミロが猛攻を続けて隙が無い。アリナの焦りが限界に達しようとしていた。
「もー、2人とも何をやってるんですかー?」
そんな緊迫した場面に間延びした可愛らしい声が響いた。
「ミボ母様!!」
「ミボ母さん!!」
聖女の服を着たピンク色のデビルを見た瞬間にハミロもゼミロも戦いを止め姿勢を正した。アリナは隙を逃さずスミナの元へと行く。
「ごめん、油断した」
スミナは倒れていたが意識はあり自分で起き上がっていた。アリナはひとまずホッとする。
「ハミロちゃーん、これはどいうことかしらー?」
「ミボ母様、これは違うのです。シホン様を護衛していたらおかしな者達に襲われたのです」
「シホンさん、言ってる事は会ってますかー?」
「!?」
ミボの背後から転移させられたシホンが出て来て2人は硬直する。
「ミボ様、ごめんなさい。私は戦うつもりなんて無かったんです」
「ミボさんが来てしまいましたか。残念ですがここまでですね」
いつの間にかソルデューヌもこちらに来ていた。向こうの戦いも中断したようだ。
「スミナさんにアリナさん、ごめんなさいねー。どうやらミボの言いつけを守らない子がいたみたいでー。
悪い子達じゃないんですよー。後でちゃんと言い聞かせますのでー」
「ミボ、あんたが教育した結果がこれなんじゃないの?」
アリナはミボを睨みつける。
「違いますよー。ミボはアリナさん達と仲良くしたいと言ってたんですよー。
そのお詫びにいい事を教えてあげますよー。今王国の部隊が南のワボオン砦に奇襲をしてますよねー。
その事を魔族連合は気付いてますし、このままでは失敗しますよー」
「「え!?」」
ミボの発言に双子は血の気が引いたのだった。