40.遺恨
合流した双子達は周囲の危険が無くなったのを確認すると、改めてお互いの状況について話し始めた。
「丁度いいタイミングで合流出来たみたいだね。
それで、なんでレオラ達に襲われてたの?エルフと同盟組めなかったのもそれが関係してたりする?」
「関係があるといえばあるけれど、同盟が組めなかったのは別問題です。
エルフとの同盟に関しては“消滅の精霊”という想定外の問題があったんです」
アリナの問いに対してスミナは消滅の精霊について簡潔に説明した。アリナはそれを聞いて嫌な予感の正体がレオラでは無く、消滅の精霊が現れた事に関係しているんだと1人で納得していた。
「レオラ達も消滅の精霊にエルフの森が襲われたのを知って調査に来たようです。なので魔族連合が消滅の精霊を呼び出したわけじゃないと考えられます。
それよりアリナ達はどうやってここまで来たんですか?アリナが近付いてるのは指輪の力で何となく分かってましたが、あのタイミングで現れるとは直前まで気付きませんでした」
「ああ、意外だよね、獣人の里からここまでこの速さでこれたのが。
詳しくは話せないけど、獣人には“獣道”っていう秘密の通路が集落同士を繋いでいて、獣人の案内と許可があれば転移の魔法並の速度で移動出来るんだ。
って、ここまでは話ていいんだよね?」
「ああ、構わんぞ」
アリナに振られて白い虎の獣人の女性であるグリゼヌが返す。アリナはちょうど獣人の話題になったのでそこから自分達の経緯を話す事にした。
「お姉ちゃん達にあたし達の方で起こった事を説明するね――」
アリナはデマジ砦でヤマトの人達から奇襲に遭い、その後マサズと一騎討ちした事で同盟が組めたことを最初に話す。次にヤマトからキサハを同行者として託され獣人の里付近でグラガフの説得に失敗した事を説明する。グラガフに関しては恐らく最初から死ぬ気だった事も。最後に獣人の里でグラガフの妹のグリゼヌと会い、同盟は組めたがまだ魔族連合に殆どの戦士が囚われている事、グリゼヌが同行して獣道を通ってこの付近まで来た事を説明した。
「ヤマトのキサハさんと獣人のグリゼヌさんね。宜しくお願いします。
わたしの方もドワーフのゴンボ王の孫娘のギンナさんと、エルフは同盟は組めなかったけど元ディスジェネラルのエリワさんが付いて来てくれる事になりました」
「エリワ結局仲間になってくれたんだ」
「アタイはもうひっそり暮らすつもりだったんだけど、アンタのお姉さんに言われてね。
あと、ドワーフの小娘にいいように言われたのが気に食わなくてさ」
「あの時はすみません……」
エリワに言われてギンナが小さくなる。スミナ達の方も色々あったのだなとアリナは察するのだった。
とりあえず状況が分かったのでアリナ達は魔導馬車に乗り、転移装置がある魔導遺跡へと向かって出発した。運転席にはエルが座り、助手席はメイルが座る事になった。アリナも危険の察知は気を抜かないがエルが確認してくれるので安全は確保出来るだろうと少し休めた。
「ギンナも付いて来てくれたんだ。ゴンボ爺さんは元気してる?」
「アリナさん、私はスミナさんがドレニスを修理してくれたので付いて来る勇気が出たんです。
お爺ちゃんは無事ですが、スミナさん達にご迷惑かけてしまいました……」
「アリナ、ゴンボさんはドワーフ達を守る為に1人で戦おうとしたの。やっぱり魔族の技術を使う事については後悔してたみたいで」
スミナがちゃんと話して無かったドワーフの工房付近での出来事を説明してくれる。ギンナが使っているドレニスという魔導装甲は特殊な兵器でかなりの力と武装がある事も。
「グリゼヌって言ったな。グラガフの件は残念だった。アタイもアイツの首輪がヤバいものだと知ってたけど何もやってやれなかった」
「そう言ってくれるだけで満足だ。ウチも兄からエリワの事は聞いてた。エルフの事を考え、頑張って動いてるって兄が褒めてたぞ」
「アイツ、いつも文句ばかり言ってたクセに……」
エルフも獣人も自然と共に生きる種族同士だからか、エリワとグリゼヌは気が合っているようだった。
「グリゼヌさん……。その触ってみてもいいですか……?」
そんな中ソシラが魔導馬車の座席から身を乗り出してグリゼヌへと迫る。ソシラのモンスター好きの範囲は獣人も含まれているようだ。いつもは膝に抱えているホムラも人数が増えたからか今は身を隠しているのもあった。
「すみません、ソシラはドラゴンとかモンスターが好きで、獣人にも凄い興味があるみたいで。
あ、気を悪くしないで下さい、ソシラは純粋に友達になりたいって気持ちが元にあるので」
レモネがソシラの横からフォローを入れる。
「いいよ、昔から人間でも獣人が好きな人もいたし気にしないさ。
乱暴にじゃ無ければ触ってもいいぞ」
「ありがとうございます!!」
ソシラが早速グリゼヌのふさふさの腕を猫を撫でるように触る。グリゼヌはくすぐったいのか恥ずかしいのか少しだけ頬を
赤らめていた。白い虎の獣人であるグリゼヌは身体も大きく美人だが、こうやって見ると猫のような可愛さも感じた。王国には獣人が居なかったからかソシラはとても興奮していた。
「獣人の方は付いて来る意味が分かったけど、ヤマトの姫まで居るのは驚きだな」
「余はマサズ様の命で動いております。
お主はディスジェネラルのエリワ殿ですね。今後とも良しなに」
「ディスジェネラルは元だよ。
しかし4人抜けたとなるとディスジェネラルは名乗れないよな。流石に約半数になったら慌てて何かして来そうだ」
キサハとエリワが互いに警戒しつつも挨拶する。グリゼヌとキサハは身体が大きいので魔導馬車の2人並びの座席の隣は空ける必要があった。巨体のゴマルでも収まっていた席なので2人がそれだけ規格外だという事だ。更に戦闘中に2人とも大きくなるのだから力比べで普通の人間では敵わないだろう。
エリワの横に座るドワーフのギンナはドワーフの中では身体が大きいが、それでも背の高さはアリナほどなので長身のエリワと並ぶと結構差があった。積極的に交流をはかるエリワに対してギンナは横で大人しく話を聞く姿勢を取っている。それもとても対照的だなとアリナは思うのだった。
元魔族連合の各種族が一気に集まって何か問題が起こるかともアリナは懸念していたが、そんな事も無くアリナ達は無事魔導遺跡まで到着した。
「これから一度王国に戻ろうと思います。いずれ戻って来るのでこちらに残って頂いたり、各拠点に一度戻って頂いても大丈夫です。どうしますか?」
スミナが取りまとめ、新たに加わった各種族の人達に確認する。
「アタイは居場所が無いしついて行った方が安全だからついて行くよ」
「余もついて行く事を命じられたのでついて行きます。
ただ、その前に連絡が付かなくなる事をマサズ様に伝えて来ます」
最初にエリワが答え、次にキサハが回答してマサズに連絡を付ける為にこの場を離れた。周囲に敵が居ないのは確認しているので少し離れても危険は無いだろう。
「ウチは王国に挨拶に行きたいとは思ってる。だが、獣人が現れる事で問題が起こったりしないか?」
グリゼヌの懸念は魔族連合に寝返った獣人が王国に居る事で差別が起こるのではないかという事だ。アリナは獣人に対してそんな感情は抱いていないが、実際に魔族連合の獣人と戦った事のある騎士達がどう思うか分からない。エルフやドワーフは見た目が人間とそこまでかけ離れていないのでちょっと見ただけでは亜人かどうか判断付かない。だが獣人はモンスター寄りの見た目なのは確かだ。
「確かに騎士団には過去の戦いの記憶を持ち、獣人を嫌っている者はいる。
だが、それは人間も同じだ。過去に争いがあったとしても戦った本人でないなら気にする事は無い。
ただ、町中では変装してもらう必要はあると思う。それでもいいかな?」
過去の戦いを知っているオルトが代表して答える。
「ウチは問題無い。きちんと獣人族としての今の状況を説明しに同行するぞ」
「グリゼヌさん、ありがとうございます。
残りはギンナさんね。どうする?」
「私は……」
ギンナは魔導結界内に入るのを不安に思っているようだ。だが、1人で残ったりドワーフの工房に向かう事もよくないと思っているのだろう。
「ギンナ大丈夫だよ、王国は恐いところじゃないから安心して」
「それなら、はい、一緒に行きます」
ギンナはアリナが背中を押した事でついて行く事が決まった。キサハも少しして戻って来て、全員を連れて転移装置で魔導結界内へ転移する事になった。この魔導遺跡はエルが管理する事で侵入を防ぎ、問題があれば分かるという事だ。
「お、無事に帰って来たみたいだな。
それに随分と強そうな客人も連れてきたみたいで」
「サニアさんただいま。全員無事に戻って来れたよ」
薔薇騎士団の団長であるサニアと部下の騎士達が王国側の転移装置の周りで出迎えてくれる。アリナは笑顔で報告した。
「サニアさん、こちら王国外で協力してくれる事になった方々です。
それで王国側で問題は何かありましたか?」
「ここは無事だけど王都の周辺で何度か魔族との戦いがあったって聞いた。
だけどアスイ達が対処して問題無いってさ」
「そうですか、ではわたし達も王都に戻ります」
「ちょっと待ってくれ、アスイと連絡を取って問題無いか確認してくるから」
サニアはスミナにそう言って他の騎士達を残して別の部屋へと移動した。念の為に元魔族連合の人達に聞かれないようにだろう。双子達は下手に動けなくなって薔薇騎士団の面々も見知らぬ亜人を囲んで微妙な空気が流れた。
「流石スミナさんとアリナさん、それにオルト様ですね。こんな短期間で色んな人達と仲良くなったなんて」
薔薇騎士団の若き騎士であり以前アリナ達と行動を共にした事があるフルアが緊迫した場を崩すように話しかけて来てくれた。腕はいいけど自由な不良騎士と言われているが、こういう存在をサニアはありがたいと思っているのだろう。
「完全に成功とはいかなかったけど、みんなの協力で上手く行ったよ。
フルアさんはここの警備してて退屈だったんじゃない?」
「そうなんですよ。でも、奇襲が上手くいったから今後は私達以外が人数を増やして警備するようになるって団長が言ってましたよ。
って、これはまだ言っちゃ駄目だったかもしれません」
フルアがしまったという顔をする。確かに今後王国外へ度々攻撃を仕掛けるなら重要拠点となり、1騎士団で防衛するのも限界になるだろうなとアリナも思う。
「王都に戻っていいと返事が来たぞ。ただ、出迎えをこっちに向かわせるからすれ違わないように街道を通るようにとさ」
「サニアさん、ありがとうございます。ここを守って頂きありがとうございました」
「何、あたしが出来る事をしたまでだ。
そこの強そうな方達は今度紹介してくれよな」
双子達は魔導馬車に再び乗り込んで王都へと街道に沿って出発した。周囲に敵だらけの魔導結界外に比べ、王国は安全だとアリナは安心していたが、そんな事は無かった。
「エル、止めて。お姉ちゃん、みんなこの先に敵が居る!!」
アリナはディスジェネラルほどでは無いが、それなりに大きな危険を祝福で察知してみんなに告げる。魔導馬車を傷付けたく無いし、王都に攻め込もうとしている敵なら先に倒しておきたかった。
「すまないがギンナさんエリワさんキサハさんグリゼヌさんは魔導馬車に残っていて欲しい」
「分かりました」「いいわよ」「承知した」「分かった」
オルトが4人に言うと少し不満気ながらも了承して貰えた。4人に何かあっても困るし、王国内で派手に暴れているところを見られるのも問題だとオルトが判断したんだろう。
「大丈夫あたし達がやればあっという間だからさ」
「ミアンとエレミとメイルは魔導馬車を守って」
「「はい」」
スミナが指示を出し3人が残って魔導馬車の護衛に付いた。
「あたしの方は少し不完全燃焼だったから暴れられて嬉しいな」
「だったらわたしもだよ、アリナ」
珍しくスミナが戦いに乗り気だった。アリナは消滅の精霊やレオラ相手にスミナが不覚を取った事を引きずってるんだなと理解する。だからといって姉に戦いを譲るつもりは無かったが。
「敵は――騎兵?」
「多分ケンタウロス族……」
「だったらグリゼヌさんを連れてきた方がいいんじゃない?」
ソシラが敵を判別し、レモネが提案する。双子達を待ち構えていたのは下半身が馬で上半身が人間の種族だった。上半身部分は鎧で覆われているので本当に人間と同じかは分からないが。アリナはこの敵が獣人の仲間に入るのか判断付かなかった。
「多分獣人の仲間では無いと思う。というか、幻の種族扱いだった気がするけど、エル、ソシラどう?」
「魔導帝国時代のデータにケンタウロス族は過去に滅んだ種族として登録されています」
「スミナやエルちゃんの言う通りで居ない筈の種族です」
モンスターに詳しいエルとソシラが見識を述べる。敵意は感じるし着ている鎧が黒く禍々しいので魔族連合に所属している気がアリナはしていた。
「お姉ちゃん、敵意が激しいから話は通じないと思うよ」
「それでもやってみないと分からない。みんなは少し離れてて。
貴方達はなぜこのような場所に居るのですか?わたし達は戦うつもりはありません」
スミナがアリナ達を置いて騎馬の集団に近付く。すると相手は何も言わず、中央の少し立派な鎧を着た半身半馬の騎士が手をかざすとスミナに向けて投げ槍が飛んできた。スミナは後退してそれを回避した。やはり最初から戦うつもりなのだ。
「皆さん気を付けて下さい、その人達はアンデッドです!!」
「ミアン!?わざわざそれを言いに?」
「はい、気になったので。魔力が十分なら私が浄化出来ますが、すみません、今の私では無理です」
「ありがと、後はあたし達がやるから下がってて」
ミアンが忠告しに来てくれたのでアリナは感謝を伝えて下がらせる。確かに魔力をよく見ると敵に精気が感じられない気がした。
「お姉ちゃん聞こえた?」
「うん、アンデッドだと少し厄介だね」
アンデッドモンスターにも区別があり、その強さも大きく違う。ディスジェネラルのソルデューヌなどのヴァンパイアは特別で知能も高く、個別の種族として存在している。この騎馬のアンデッド達も先ほどの行動から知能があり、見かけた相手は誰彼構わず襲うゾンビとは大きく違うだろう。
双子達がアンデッドと戦う準備をして、いざ戦闘に入ると思った時、誰かの声が響いて聞こえた。
「皆さん下がって下さい。ここからは僕がやります」
その少し情けなさを感じる声は王国の魔族連合討伐の総司令官で軍師であるグイブだった。アンデッド達の後ろを見ると空飛ぶ魔導機械に乗ったグイブと見た事の無い銀色の大きな魔導馬車が数台こちらに向かって来ていた。敵もそれに気付いてか警戒して動きを止める。
「お姉ちゃん、どうする?」
「国からの要請だと思うし、ここはグイブさん達に任せよう」
スミナがそう言うのでアリナは戦いたかったが我慢して見守る事にした。
銀色の魔導馬車が止まって側面が開くとそこから大量の特殊な魔導具の兜を被った騎士達が現れた。その数はボーブ砦を攻めた時より多く、人数を増やす事に成功したようだ。アリナは彼らの武器にも注目する。以前は剣や槍などそれぞれが得意とする武器を持っていたのだが、今回は全員が棒状の魔導具に変わっていた。そして盾すら持っていない。
「攻撃開始!!」
覇者の王冠という魔導具を付けたグイブが指示を出すと騎士達が綺麗に整列して前進する。すると今まで止まっていた騎馬のアンデッド達もそちらに向かって駆け出した。流石に下半身が馬なので速度が速く、隊列も綺麗に揃っていた。アンデッド達は騎士達に向かって投げ槍を一斉に投げる。速度が速く、密集している騎士達全員がそれを回避するのは不可能に見えた。だが騎士達は一斉に棒状の魔導具を上に掲げて避けようともしない。何が起こるかとアリナが見守ると、騎士達の上にシールドが展開していた。
「お姉ちゃん、あの棒って特殊な魔導具?」
「うん、王国で作られた物だけどかなり高度な物だと思う。一つ一つでは威力は出ないけど、複数合わさると効果が発揮される。グイブさんの部隊に相応しい魔導具だよ」
スミナが褒めているので本当に出来がいいのだろう。アリナはいざとなったら戦う準備はしつつ戦いの行方を見守った。アンデッド達は槍が当たらなかった事は気にせず、馬上槍を手に持ち高速で騎士達に突撃した。アンデッドであり、元が人間より頑強なケンタウロスだから行える戦法だ。流石にこの攻撃には被害が出るのではとアリナは思ってしまう。
「凄い……」
アリナは次々と倒れていくアンデッドを見て声が漏れた。前後に並んでいる騎士の魔導具が連結して長く伸び、左右の騎士の魔導具との戦端部分の間に魔法の刃が発生し、騎士達の前に巨大な1枚の刃が出来上がったのだ。その刃は突撃して来たアンデッドの上半身と下半身を綺麗に切断していた。急な攻撃に対応出来なかったアンデッド達は半数がその刃によって倒されてしまう。
勿論アンデッド達も馬鹿では無いので先頭の仲間がやられるのを見て速度を落とし、回り込んだり、ジャンプして上から攻撃しようとした。ただ、それを見計らうように後列の騎士達は槍のように刃を付けた魔導具を突き出して上や横からの攻撃に対処した。アンデッドの指揮官はそれを見て仲間に止まるように合図する。声は出て無いが特殊な音で伝えているようだ。
「何か仕掛けて来る」
アリナはアンデッドの危険が増したのを感じた。今のところグイブの部隊が圧倒的優位だが、予想外の攻撃に対応出来るかは不安だった。アンデッド達は1列になって騎士達の周りをグルグルと回り始めた。騎士達も死角が無いように四角い陣形で前後左右に向いて相手の行動に備える。
(なんだ、あれ)
アンデッド達は回転しているだけなのにその中心である騎士達のところに危険が増えていくのをアリナは感じた。それと同時に周囲に雷が発生し、騎士達は前と同じくシールドを張ってそれを防ごうとする。だが、アリナはそれではマズいと本能で感じていた。
「グイブさん、とにかく攻撃して!!」
「分かりました」
アリナの叫びを聞いてグイブが答え、騎士達はシールドを外して魔導具を槍状にしてアンデッド達を攻撃した。シールドを外した事で雷のダメージが一部の騎士に入って隊列が乱れている。それでも騎士達は懸命に攻撃し、少しずつアンデッド達の円が崩れてきた。それと同時に不穏な空気と雷が消えていく。
結局、アンデッド達は最後は死ぬ気で突撃してきて、陣形を崩さなかった騎士達はそれをかなりの軽傷で防ぎきったのだった。アンデッド達は倒されると鎧を残して一瞬で腐敗し、死体が消えていった。
「アリナさん、助かりました。あのまま防御をしていたら不味かったかもしれませんね」
「いや、あたしは大した事は言ってないよ」
冠を外したグイブが機械を降りてアリナの元へやって来て礼を言った。
「いえいえ、これでアリナさんに助けられたのは2回目ですよ。
皆さん無事に戻って来れたようで安心しました。アスイ様から帰還された事を伝えられ、急いでお迎えに来ました」
「グイブさん、わざわざありがとうございます」
スミナは素直に感謝を述べるが、アリナは正直来なくてもよかったのにと思っていた。グイブの最初の印象が最悪だったので、今更好意を向けられても困るだけなのもあった。
「国王陛下から同盟を結ばれた方々を安全に案内するように言われましたので。
我々の魔導馬車が周りを囲んで移動しますので攻撃される恐れはもう無いですよ」
「それは助かります」
双子達はグイブに言われるままに魔導馬車に戻って、グイブ達の魔導馬車に囲まれながら王都に帰還したのだった。護衛の魔導馬車は双子の魔導馬車を守る為に囲んでいるのだとアリナは最初思っていた。だが、王都が近付き、その門を通った後は魔導馬車の横を馬に乗った騎士が厳重に囲み、そうでは無い事に気付く。この状態は英雄の凱旋では無く、むしろアリナが魔族連合に寝返った後の護送に近いのだと理解した。
「お姉ちゃん、これって」
「そうだね、亜人を町の人に見られないようにしてるんだと思う」
魔導結界を張った後、亜人は殆ど王国内に存在しなくなった。双子達は見た事すら無かったのでそういう世界だとすら思っていた。町には魔導結界の存在を知らない人が殆どなのでこれは当然の対応なのかもしれないが、アリナは罪人扱いされているような気がしていい気分では無かった。
王城を囲む堀を超え、王城に入った後も徹底的な管理の下、魔導馬車は王城の地下へ案内されてそこで止まった。
「みんな、よくやったわね、お疲れ様」
双子達を出迎えたのは転生者であるアスイだった。
「アスイさんも無事で何よりです」
「私の方はそっちほどでは無いから。
それより、ここからは窮屈かもしれないけど私達の言う事を聞いて欲しい。
エルさんは一旦宝石形態になってもらって、魔導馬車はメイルが運転して案内された場所に止めて欲しい」
「分かりました」
メイルが魔導馬車に残り、双子達はアスイの案内で地下のアスイが所属する特殊技能官の部屋に移動した。
「この後国王陛下と極秘の会談を行います。それまでゆっくりとしていて下さい。
オルトさんとスミナさんとアリナさんはちょっとこちらに」
呼ばれた3人はアスイについて行って別の部屋に移動する。
「大体の事情はサニアから聞いたけど、詳しく何があったか教えて」
「分かりました――」
スミナが取りまとめ、スミナのグループの報告と、アリナのグループの報告をそれぞれ行う。アリナの側はオルトが不測部分を補足してくれた。結果としてはエルフと獣人に関しては同盟が不完全であるという事をきちんと説明する必要があった。
「なるほど。それでもよく行ったと思うわ。想定以上の成果と言っていい」
「ありがとうございます」
アスイは双子達の成果に満足しているようだ。
「気になるのはエルフの森を襲った“消滅の精霊”といまだに魔族連合で戦っている獣人族よね。精霊の方の原因究明もしたいけど、今は魔族連合の対応が先ね。獣人族は上手く味方に引き入れらればいいんだけれど」
「グリゼヌが言うにはミアンが居れば魔族の闇術具は解呪出来て、グリゼヌの説得で仲間に出来るって。だから2人の頑張り次第なところはあると思う」
アリナは聞いた話をそのまま伝える。
「アリナも出来るんじゃないの、解呪」
「それがどうもあたしが読んだ闇術書にはその辺りは含まれて無かったんだ。結局知られても問題無い部分しか書かれて無かったんだと思う」
アリナはデビルの呪闇術の知識が偏っていた事に後になってから気付いていた。結局レオラがアリナを罠に嵌める為の撒き餌でしかなかったのだと。
「ともかくここまで来て下さった皆さんからは出来るだけ情報を得たいところね。
でも、あまり無理もさせられないし、今後の事を考えると長居もさせらない。効率よくやりましょう」
「「はい」」
アスイが取りまとめここでの話し合いは終わったのだった。丁度その少し後に国王との会合も始った。
「私はデイン王国国王、ロギラ・デインである。
と、堅苦しいのは無しにしよう。この場は正式な会合では無いのでな。
まず、今回の作戦が無事に成功した事にこの国の国民の1人として感謝している。ありがとう」
「陛下、勿体ないお言葉です」
スミナが代表して返事をした。会合には帰って来た双子達の他にはロギラとアスイ、そしてグイブしかいなかった。今回の作戦について知っている人物のみという事だ。
「同盟を結んでいただいた客人達にもとても感謝している。我が国としても全力で魔族連合からの防衛に協力するつもりだ。
ここからは友人として君達の自己紹介を聞かせて貰えないかな?」
ロギラは笑顔でエリワ達4人に話しかけた。ただ、急に国王に自己紹介しろと言われても困るだろう。
「じゃあ責任の薄いアタイからさせて貰います。
アタイは元はエルフ達と魔族連合を繋いでいたハーフエルフのエリワと言います。
聞いてるとは思いますが、エルフ達は襲撃を受けて隠れてしまい、同盟は結んでません。
アタイはアリナ達の友人として色々助けられたお礼に参戦させて貰いました。
あくまで、アリナ達に協力するだけなので、そこはよろしくお願いします」
「エリワさん、宜しくお願いする。アリナさん達に協力するという事は我が国の為とも言えるのでとてもありがたい」
エリワの少しトゲのある言葉にもロギラは余裕を持って返していた。正式な場でのやり取りだったら問題になっていたかもしれないが、エリワはそんな事は気にしないだろうとアリナは思った。
「では、次は余が自己紹介をします。
余はキサハ・スズミと申します。スズミ家の姫であり、ヤマトの国の王であるマサズ様の代理としてこの場に参りました。
マサズ様はデイン王国と同盟を結び、末永く友好関係を築きたいと申しておりました。宜しくお願い致します」
「キサハ姫様、遠路はるばるお越し頂き感謝する。マサズ様には正式な書類を後程準備してお渡ししよう」
ロギラはキサハに対しては正式な使者に対する対応で返した。残りの2人はどう話そうか少し言い及んでいるように見えた。アリナは何か助け舟を出してあげようかと悩んだが、その前にグリゼヌが口を開いた。
「ウチは獣人族のグリゼヌという。人間のような綺麗な言葉では話せないのでそこは我慢してくれ。
獣人族は兄であるグラガフが長をしていたが、兄は亡くなったので今は長がいない。ただ、兄の遺言で王国との同盟は結ぶように言われている。
あと、獣人族の戦士の殆どがまだ魔族連合に囚われていて即戦力にはならない。ウチは彼らを救い出したい。今後同盟を結ぶのでその協力をして欲しいとウチは思っている」
「グリゼヌさん、来てくれてありがとう。獣人族としての考えはとてもありがたい。救出に関しては王国としても全力で協力したいと思っている」
必死に話すグリゼヌにロギラは優しく返した。残りはドワーフのギンナだけだが、なかなか話し出せずにいた。それをスミナがフォローする。
「ギンナさん、ドワーフの代表ではなくて自己紹介だけで大丈夫ですからどうぞ」
「は、はい。
私はドワーフの王であるゴンボ・ドドヌの孫娘のギンナ・ドドヌです。ゴンボは王国との同盟を正式に結びました。
私は1人のドワーフとしてスミナさん達に協力したいと思っています」
「ギンナさん、よくいらっしゃいました。ドワーフ族との同盟の件は了解したし、スミナさん達への協力はとても助かります」
ギンナに対してもロギラは優しく語りかける。アリナから見てもロギラは王の器があるのだなと感じられたのだった。
「長旅の後ですし、今日の会合はここまでにしよう。客人の皆さんには最大限のもてなしをしたいと思っている。
ただ、同盟の件は国全体としては発表出来る状態では無いので、自由に出入りするなどはお控えして頂きたい。
多少不便をかけると思うが、頼み事はなるべく対応するので近くの者に気楽に相談して欲しい」
「「はい」」
ロギラがそう言って会合が終わった。双子達も解散となり、それぞれの王都の家へと一旦帰されるのだった。
翌日、双子は再び王城に呼び出されていた。メイルやエルは呼び出されておらず、双子は案内されるまま王城の会議室に通される。
何度も見た会議の場ではあるが、前回のグイブが紹介された時と異なり、オルトやミアンなどは居なかった。エリワ達亜人の人達の姿も、客人として座りそうな席も無い。騎士団や魔術師の代表が並び、ネーラの席は無くグイブがいるものの、最初に双子が緊急会合した時の人達に近かった。
席には資料が置いてあり、会議が始まる前に目を通すように言われる。双子達はいつものようにアスイの横の国王が座るであろう端の席に近い場所に座る。資料にはグイブのボーブ砦奇襲の結果や双子達の魔族連合の各勢力との接触について簡潔に内容が書いてあった。
国王が部屋に入ると一同起立し、頭を下げて国王が席に着くのを待った。国王が席に着き、皆も席に座る。
「皆の者、忙しい中集まって頂き感謝する。
資料には目を通して貰ったと思うが、一部の者には秘密裏に行っていた魔導結界の外での作戦が成功したのでその報告と、今後の対応について話し合いたいと思う。
まず、グイブ、それにスミナとアリナ、見事であった。国王として今回の仕事、感謝する」
「お言葉、ありがとうございます」
「ありがとうございます、陛下」
「ありがとうございます」
グイブに続いてスミナ、アリナも返事をする。完全に同盟を組む事は出来なかったが、自分達の作戦はほぼ成功だったとアリナは思っていた。
「魔導結界外への攻撃、並びに魔族連合の一部勢力の脱退が成功したので、当初に予定していた魔導結界の解除は延期する事に決定した。王国民の安全を考えれば望ましい方向へと進んだと言えるだろう。
アスイからの提案もあり、今後は魔導結界外の魔族連合への攻撃と残った王国外の人間達の保護を同時に行う予定である。これについて意見のある者は遠慮せずに述べて欲しい」
双子は魔導結界の解除が無くなった事でひとまず安堵していた。自分達のやる事は増えるが、国王の方針に反対する者はいないだろうとアリナは思っていた。
「国王陛下、ワシの方から少しだけ話をさせて下さい。
この度、グイブ氏からの依頼で覇者の王冠で指示を受ける兜、及び騎士同士で連携出来る魔導具の武器の量産を行う事が出来ました。こちらは以前あった使用者への影響も無く、実戦でも問題無かったと報告を貰っております。
魔導結界外の勢力とは同盟を結んだとはいえ、何が起こるか分かりませぬ。何度もグイブ氏を結界外に出すのは問題ではとワシは思うのです。なのでワシとしてはもっと大量に量産が完了し、兵力が増えてから攻撃するべきではと思います」
そう言ったのは魔導研究所の所長で白髪に白髭を大量に生やした老人であるバドフだった。
「バドフの言う事は理解出来る。だが、一度初めてしまった攻撃の手を止めれば敵に反撃の猶予を与えてしまう。外部の勢力も協力して攻撃を続けるべきだと私は思う」
「失礼ながら陛下、私からも意見を言わせて貰います。
本当に同盟は必要だったのでしょうか?転生者殿の力があればディスジェネラルを倒せる事は確認出来ましたし、各勢力に攻め入り降伏させた方が安全だったのでは?
ヤマトの国やドワーフはいいとしても獣人と同盟を組み、その解放に聖女様を使うなどとは以ての外だと私は思います」
そう言ったのは確かズゴウとかいう戦略を担当していた中年男性だった。アリナは自分達の行動を否定されたようで怒りが湧いてきた。
「ズゴウ殿の言う通りです。ドワーフは闇機兵などという魔族の兵器を作った勢力ですし、ヤマトの民は昔から問題を起こしてばかりでした。獣人に裏切られて後悔する可能性もありますし、エリワとかいうハーフエルフも元ディスジェネラル、スパイである可能性は捨てきれません」
そう言ったのは老齢の騎士で、既に解散した黒金騎士団の元騎士団長だった。アリナは自分が魔族連合に居た時にレオラが攻撃した騎士団だったので覚えていた。彼が魔族連合に激しい怒りを感じているのは分かるが、王国を攻撃していないエリワまで貶されるのは我慢出来なかった。
「ちょっと言い過ぎじゃないかな。
少なくとも今王国に来ている亜人の人達は問題無いです。それはあたしもお姉ちゃんも、一緒に行ったみんなも証明出来ます」
アリナはそう言った後に周りからの敵意を感じ、しまったと思った。アリナは国王にスパイとして侵入した事にして貰ったとはいえ、王都に攻め込んた事を知ってる者もいるのだ。
「アリナさん、落ち着いて下さい。
同盟を結んだとはいえ、魔族連合に属していた方達をすぐに信用するのは難しい事です。信じるに値するか慎重に対応する必要があります」
「ターンの言う通りだな。我々は慎重に動き、間違えを犯さないようにしなければいけない。
ただ、今来ている亜人の方々からは新たに得られる情報もあるだろう。それを含めて今後の事を検討しようじゃないか」
王国騎士団長のターンがアリナの失言をフォローし、それをロギラが引き継ぐ形で亜人達に対する不信の話は終わったのだった。その後、今後どの砦を攻めるかや、各勢力に王国のどの部隊を送るか、王都の守りをどうするかなどが話合われたが、アリナは自分が周りから敵意を向けられた事でまともに話を聞ける状態では無かった。
会議が終わり、国王が最初に退室して、他の者も順々に退室していった。双子はアスイが話があるというのでそのまま会議室に残る事になった。
「アリナさん、スミナさん、僕はお2人の今回の対応はとても素晴らしいものだったと思っています。今後もお2人の活躍が王国にとって重要だと思いますよ」
「グイブさん、ありがとうございます」
「ありがと」
グイブに褒められてアリナもスミナの言葉に続いて一応感謝を述べた。最初は双子達を見下していたグイブが他の人より双子達を認めているのはアリナにとって複雑な気持ちだった。グイブも部屋を去り、残ったのはアスイと双子だけになった。
「アリナ、怒る気持ちは分かるけど、あまり口には出さない方がいいよ」
「ごめんなさい。
でも獣人だからってあそこまで嫌われるものなのかな」
2人の前ならとアリナは本音で言う。
「今の若い人や魔導結界の事を知らない人ならそこまで差別意識は無いと思う。
でも、魔族連合との戦いの記憶がある私より上の世代だと印象が大きく違うの」
「アスイさんの記憶では戦ってたのは魔族やモンスターが殆どでした。そんなに亜人に対して差別があるんでしょうか?」
スミナが素直に質問する。
「私も魔王討伐の話は後から聞いただけなんだけど、あの時は人間以外の亜人は殆ど魔王討伐に参加していなかったそうよ。それで魔王を倒した後は人間の軍は亜人の陣地へも攻め込んでいった。魔王を倒したのが人間だから当然の権利のようにね。それがいけなかったとも思うけど、疲弊した国を回復する為にみんな必死だったんだと聞いたわ。
そういった人間に反発して亜人達が魔族連合に寝返ってしまった。魔族と協力して奪われた土地の人々を滅ぼしていった。そのまま魔族の尖兵として人間を襲ったりもしたから亜人に恨みを持つ人も結構いるの。
争いを無くす為には双方が歩み寄る必要があるのだけれど、過去の恨みはどちらも持っていると思うわ」
「そうなんだ……」
アリナはグラガフに聞いた話とアスイの言っている事がほぼ一致しているので、魔族連合についた理由も、裏切った亜人を憎む気持ちも何となく理解出来た。
「ですが、やっぱりそれを繰り返したら意味が無いです。悪いのはそうした気持ちを利用する魔族だと思います」
「そうね、スミナさんの言う通りよ。
私は今回の作戦は間違って無かったと確信してるし、今後も2人には頑張ってもらいたいわ。
アリナさん、出来るでしょ?」
「うん、勿論だよ」
アリナは気分を切り替え、なんとか自分を奮い立たせるのだった。