39.破滅の歌
美しい歌が聞こえる。その歌声は全身に染みわたり、歓喜を呼び起こす。世界は光に満ち、真の自由が広がっている。それに抗う意味なんてあるのだろうか。
(飲まれたら駄目!!)
スミナは必死に抵抗するが、魔法でも歌は遮断されず、耳を防いでも全身から音が聞こえてくる。仲間の中で抵抗力が低いであろうレモネとソシラとエレミは既に祈るような姿勢で固まっていた。横のミアンが必死に魔法を唱えようとしているが、ついに跪いてしまう。それはハーフエルフのエリワも同じだった。
(迂闊だった、急に姿を現すなんて……)
スミナは自分のミスを後悔しながら意識が薄れていった。
話は少し前に戻り、スミナがエリワを説得して謎の敵を倒しに向かう事を決意した時の話になる。
「それで、戦うのはいいけど、ホントに勝機はあると思ってんの?」
エリワがエルフの森を破壊した敵を倒しに行くというので、当たり前の事を聞いてくる。スミナもその点ではまだ準備不足だと感じていた。
「もう少し情報が欲しいです。敵の姿や形とか」
「言った通り近寄れないから遠目から見た特徴しか分からないよ。銀色で、大きさはあたしの倍ぐらいから巨人ぐらいまでバラバラ。足は無くて植物の触手みたいなので動いてる。上半身は人間の女性に見えるけど模倣してるだけな気もする。
で、顔はのっぺりしてて目も口も無い。それでも女性が歌っているみたいな歌が聞こえてくるんだ。その歌をまともに聞いたら最後、そこらの木や動物みたいに朽ちていくんだよ」
「歌を歌って惑わすモンスターは居ますが、聞いた事は無いですね。魔導帝国製の兵器の可能性もあります。
ソシラやギンナさんに心当たりはありますか?」
「そんなモンスターは聞いた事無い……。異界災害の方が近い存在に思える……」
「私もそんな生き物や魔導兵器は聞いた事無いです」
ソシラとギンナも分からないようだ。相手の素性も分からずに戦いを挑むのは無謀だろう。どうしたものかとスミナは頭を働かせる。
「そいつらは恐らく消滅の精霊じゃろう」
「消滅の精霊?そんな精霊聞いた事無いわよ。
というか、何、この生き物は?」
突然姿を現した小竜姿のホムラにエリワが驚く。
「この子は、もう説明するのも面倒だから言うけど竜神のホムラの分身です。だからこの世界の事には人一倍詳しいと思います。
それで、消滅の精霊って何なんですか?」
「なんかわらわの扱いが雑になって来てないか?
まあよい。エルフには伝わってる筈じゃが、消滅の精霊とは太古の昔、エルフがこの世界全てを支配した時に自然発生した精霊じゃ。
お主らが竜の守護者と呼んでる生物がおるじゃろ。あれと一緒でこの世界を管理する為の精霊と思って貰えばいい」
ホムラが言う竜の守護者とは大地に眠る世界竜の身体の世話をする共生生物だ。という事は消滅の精霊も世界の修復の為に動いていると考えられる。
「確かにアタイはエルフから離れて育ったから聞いた事無いのかもしれない。でもエルフの族長達もそんな事言ってなかったぞ。それにエルフは精霊と共に生きて来て、精霊に反抗される理由が無い」
エリワが困惑している。スミナはエルフが人間の魔法とは違う魔法体系を持ち、精霊の力を借りて魔法を使う事は知っていた。精霊魔法は魔力の消費が少なく強力な魔法が使える一方で、使える魔法が環境に左右されるという。
そもそも消滅の精霊がどういったもので、どうしてこんな惨状を引き起こしているかが問題だとスミナは思う。
「まあわらわも消滅の精霊を実際に見た事は無かったからエルフが言い伝えと一致しないのはしょうがないかもしれん。
元々はエルフが世界を支配して自分達が住みやすい環境に変えてしまったのが発端じゃ。消滅の精霊はそうした世界を元に戻すように生まれたと聞いておる。自然や森が増え過ぎても世界が滅ぶという事じゃ。消滅の精霊は余分な森や生物を無に帰し、元の大地に戻す為の精霊だと考えればいい」
「待てよ、だったらなんでエルフの森に消滅の精霊が出て来たんだ?エルフは逆に森が減って暮らし辛くなっているところだったんだぜ」
ホムラの説明にエリワが文句を言う。スミナも確かにエリワの言う通りだと感じていた。ただでさえ戦争などの争いでエルフ達が追いやられているところに現れる必要があったのだろうかと。
「わらわとて全知全能では無い。消滅の精霊が発生した理由までは分からん。だが、被害は限定的だろうし消滅の精霊は仕事が終われば消える筈じゃ。手を出さずに放っておくのがいいのではないか?」
ホムラの言う事は正しく感じる。エルフ達は自分の身を守る為に既に隠れたし、無理に戦う必要は無い気もする。だが、その一方で枯れた森や動物やエルフなどの死んだ生物を見るとそのままにしておいていいとは思えなかった。
「本当に放置しておいていいのでしょうか?本来世界を修正する為に存在する精霊なら尚のこと見過ごせないでしょうし、もし魔族や他の誰かが意図的に呼び出したなら止めないといけないのでは」
「アタイもここまで来たらきちんと原因を調べたい」
「確かに調査せずに消えてしまったら原因は分からなくなる可能性は高いな。
だが、精霊と対峙するならそれなりの覚悟が必要じゃぞ」
スミナとエリワの熱意に押されてホムラも反対はしなくなった。ただ、ホムラの言う通り精霊に近付くにはきちんと対応が必要だと思った。スミナは魔導具のベルトから魔法耐性を強化させる薬を取り出してみんなに配る。
「消滅の精霊の攻撃は歌による生物の乗っ取りだと思う。この薬は魔法耐性を上げるし、あとはそれぞれ攻撃の範囲に入ったら聴覚を塞ぐ魔法を使って防ごう。音が聞こえなくなった後は魔法のメッセージを送ってコミュニケーションは取ろう」
スミナは消滅の精霊との戦いを想像し、誰がどう攻撃するかを決めていく。遠距離攻撃が出来るエリワとギンナが最初に仕掛け、相手が弱ったらスミナ達が近付いてトドメを刺すという方法だ。一気に殲滅すれば復活しないだろうという予測もあった。そしてもし相手が簡単に倒せないと思ったら、すぐに撤退する事をスミナは決めたのだった。
エリワの案内で森の被害が広がっている方向へと一行は魔導馬車は置いて徒歩で向かった。魔導馬車で一気に近付き過ぎると危険だという判断からだ。アリナが居れば消滅の精霊がいる場所や危険な距離が分かるのだが、いないのだから警戒して近付くしかない。
スミナはこの時に連絡用の魔導具の明りでアリナにエルフの件を報告をした。光の色はオレンジ色で、同盟を結ぶのに失敗し、かつトラブルがあるという意味だ。アリナからはまだ獣人との同盟の結果は送られて来てないので援軍は期待出来ないだろう。
そんなスミナの考えが伝わったのか少ししてアリナから連絡用の魔導具の明りが灯される。色は緑色で同盟が不完全ではあるが結べたという結果だ。トラブルというほどでは無いが、アリナの方も予定通りとはいかなかったようだ。
「みんな、アリナから連絡で獣人との同盟は完全では無いけど結べたみたい。
向こうはこっちの連絡を受けてここに近い転移装置のある遺跡に移動すると思う。だから早く戦いを終わらせよう」
「獣人族が同盟を結んだって事はグラガフのヤツは死んだんだな」
「エリワさんそれは何か心当たりがあるんですか?」
スミナはエリワが確定した情報のように言うので気になった。
「ああ、グラガフは魔族連合に従属させる為の首輪を付けられてた。だから魔族連合裏切る時はヤツが死ぬ時以外ありえないんだ」
「そんな酷い事を……」
ミアンがその話を聞いてショックを受ける。戦いで相手が死ぬ可能性はあるが、それでもアリナなら上手くやってくれるという期待がスミナ達にはあったからだ。
「アタイだって裏切ったら殺される危険は感じてたさ。ただエルフは獣人みたいに戦いを好まないから比較的雑に扱われてただけだ」
「やっぱり魔族連合のやり方は許せない」
スミナは改めて自分達がやってる事は間違って無いと強く思った。そんな事を話している時に異変が起こった。スミナは会話をしてるからと警戒を怠ったりしていなかった。ただ、周りは普通の森で、まだ消滅の精霊に破壊されておらず、何の異常も感じていなかったのだ。
「歌?しかもこんな近距離で。
みんな魔法で音を遮断して!!」
スミナは大声で叫んだ。そして自分の耳に音を遮断する魔法をかける。いつの間にかスミナ達は銀色の化け物に囲まれていた。周囲の木々は一気に枯れていき、動物や虫も地面へと落下して動かなくなる。
(精霊だからなんの前触れも無く姿を現す事が出来るのか)
スミナは自分が甘かったことを悔やむがそれすら思考から消えていく。音を遮断した筈なのに歌はスミナに聞こえているのだ。
こうしてスミナ達は美しい歌に抵抗出来なくなり意識を失ったのだった。
「皆さん、しっかりして下さい!!」
顔に水をかけられてスミナは意識が戻ってくる。目の前には水筒を持ったギンナと小竜姿のホムラが浮かんでいた。スミナは自分が消滅の精霊に意識を奪われた事を思い出す。
「そうだ、みんなは?」
「まだスミナ以外起きてこぬぞ」
「このままじゃ不味いかも。そうだ、ミアンなら」
スミナは横にみんなが寝かされているのを見て、真っ先にミアンのところに行く。そして精神を回復させる魔法を唱えた。それでもミアンは目を醒まさず、スミナはミアンの手を握って魔力を送り込む。するとミアンの目がゆっくりと開いた。
「ここは……」
「ミアン、わたし達は消滅の精霊に意識を持っていかれたの。急いでみんなを回復して!!」
「そうでした。ありがとうございます、スミナさん。あとはミアンにお任せ下さい」
ミアンは立ち上がり、魔法を展開する。それは温かな光を放ち、寝ているみんなに降り注いだ。すると寝ていたみんなは意識が戻ってきてゆっくりと起き上がる。
「ゴメン、アタイも油断してた。精霊を感知出来なかった」
「エリワさんだけの責任じゃ無いです。でも、みんな意識が戻って来て良かった。
ところでなんでギンナさんは無事だったんですか?」
全員の無事が確認出来たところでスミナは自分達が逃げられた事について質問する。
「私はドレニスの中に居て、消滅の精霊が出てきた時に音を遮断したから大丈夫だったみたいです。
なのでみんなを回収して必死に精霊から離れました。どうも精霊は無機物には興味が無いみたいで、追って来たりはしませんでした」
「魔法で耳を塞いでも駄目で、ギンナは影響が無かった……。
という事は、消滅の精霊の歌は耳で聞く事よりも生身が音を感じる時点で影響があるって事?」
「その通りじゃな。わらわも直接見るまで確信出来なかったが、あれは生き物の身体に影響を及ぼす音を発しておる。歌はその副産物でしかないようじゃ」
スミナの推測に対しホムラが実態を解説する。
「じゃあ全員がギンナさんみたいな全身鎧を着ればいいんじゃない?」
「多分、それでは無理だと思います。このドレニスは水中や空気が無い場所でも活動出来るように機械の中に層が出来ているので完全に音を遮断出来たんです。
ですが全身鎧の魔導鎧などは肌と密着している為に音は伝わっていくでしょう」
「そうか……」
ギンナにアイデアを否定されてレモネは少し落ち込む。スミナも最初にレモネと同じ事を考えていたので、それでは難しいと別のアイデアを模索する。
「すみません、そもそもの話なんですが、消滅の精霊を本当に私達で倒せるのでしょうか?」
エレミが不安げに言う。突然現れた敵に一瞬で意識を持っていかれたのでそう思うのも当然だろう。スミナも精霊相手に魔導具の武器で本当に勝てるのか疑問があった。
「その事なのですが、近くに居て分かりました。私の力なら精霊を鎮めて帰す事が出来ます」
「ミアン、本当に?」
「はい。聖女の力はこの大地と密接な関係があるんです。消滅の精霊はあくまで呼び出されただけなので対話する事で大人しく帰ってくれる筈です」
スミナはミアンの言う事に驚かされる。それと同時に逆の事も可能だろうか、という疑問が湧いてきたが今はその話を広げるのは止めることにした。
「聖女ってのは凄いもんだね。
となるとやっぱり問題なのはどうやって聖女を精霊の近くまで連れていくかか。それに対話する前に倒れられたら元も子もないな」
エリワがミアンを見直すように見つめる。スミナはどうにかならないかと考えて、1つのアイデアを思い付いた。
「そうだ!!
ギンナ、あの音を流す魔導具は持って来てる?」
「あの魔導具ですか?一応何かの役に立つかもとドレニスの中にありますが」
スミナに言われてギンナは搭乗形態で座っているドレニスから前に工房で見た音を流す魔導具を持ってくる。スミナはそれに触れ、魔導具の使い方を深く理解する。
「うん、出来そう。
ねえ、レモネとソシラ、適当に歌ってみて」
「え?なんで?」
「消滅の精霊に対抗出来るか確かめる為だよ。お願い」
「分かった。ソシラやるよ」
「うん……」
レモネとソシラは嫌々歌い始める。それは2人の故郷で歌われるわらべ歌でなんだか可愛らしい。昔は2人でよく歌っていたのか、ちゃんと息が合っていた。
「じゃあ試してみる」
スミナが魔導具を操作すると急に2人の歌声が消えた。2人は歌っているのに声が聞こえなくなって困惑する。
「上手くいった。2人とも歌うのやめていいよ」
「スミナさん、何をやってのですか?」
ギンナが不思議そうに聞いてくる。スミナ自身正確には原理を理解して無いのだが、音は別の音をぶつけると消えるのだという。スミナが知っているのは現実世界のノイズキャンセルのイヤホンでそうした事をやっているからだ。スミナはそれをイメージして音の出る魔導具を調整したところ、上手くいったのだ。
「これでこの魔導具の周辺なら安全は確保出来ると思う。逆にこれが壊されたり、音が出ている範囲から離れると消滅の精霊の歌の影響が復活すると思う」
「つまり、消滅の精霊が出て来たらこの魔導具で歌を打ち消し、ミアンを精霊の近くまで連れて行けばいいんだな?」
「そうです。ただ、確証は無いのでギンナは失敗した場合はまた退却出来る準備をして貰えれば」
「分かりました」
こうして消滅の精霊相手のリベンジが始まった。不確定な要素は多いが、前回のように不意打ちで終わる事は無いだろう。スミナは駄目だった場合の予備対策も自分の中で考えてはいた。
(でも、消滅の精霊が呼び出された理由は検討付かないな。周りに誰もいなかったし)
スミナは消滅の精霊が発生した理由だけはまだ腑に落ちなかった。自然発生ならそれはそれで何らかのきっかけがある筈だがそれも見当たらない。
もう一つ気になっているのはこの事件が発生したタイミングだ。スミナ達の砦の攻略と同じようなタイミングで起こった事に意味があるかどうかだ。スミナは色々気になるが、今は戦いに意識を集中する事にした。
「ここがさっき攻撃された場所だけど、もう精霊は居なくなったみたいだね」
スミナは自分達が奇襲された場所まで戻って来て辺りを見回す。木々は枯れ、周囲の動物達は皆死んでいる。直前まで現れ無かったという事はここではスミナ達を狙って姿を現したと考えられる。となると何か出現する切っ掛けがある筈だ。
(無差別に森を破壊してるんじゃなくて、生き物を狙ったんだろう。だとすると次の目標は……)
スミナは消滅の精霊の行動原理を予測する。森よりもそこに住み着いた生き物を狙っているのではと。
「エリワさん、この辺りにエルフ以外のモンスターの巣みたいなものはありませんか?」
「この辺りはアタイもそこまで詳しく無いけど、確か東に新たにモンスターの巣が出来て気を付けてるって話を聞いた気がする」
「じゃあ大体でいいのでその方向に案内してもらっていいですか」
スミナは消滅の精霊がそっちに向かうのではと想定してモンスターの巣の方向へ案内してもらった。
「正解だったみたいね」
「皆さん気を付けて下さい。まだこの辺りに消滅の精霊がいる筈です」
エリワの案内でモンスターの巣の付近まで来ると、生きている森から死滅した世界に再び変わっていた。地面には消滅の精霊と接触したであろう大型のモンスターの死体が転がっている。次の瞬間、再びスミナの脳裏に美しい歌が響き渡った。スミナは抵抗しつつ音が流れる魔導具を調整して歌を打ち消そうとする。すると上手くいったようで頭から歌声が消えていた。
「みんな大丈夫?」
「「はい」」
スミナが使った魔導具で全員歌を打ち消す事が出来たようだ。だが、問題の消滅の精霊の姿が見えない。
「エリワさん、精霊がどこに居るか分かりませんか?」
「下だ、気を付けろ!!」
エリワが叫んだのと同時に地面が銀色に変わる。スミナが魔導具で歌を打ち消したのに気付いて直接襲って来たのだ。スミナは反射的に魔法で宙に浮くが、距離が離れたエレミが歌を聞いて耳を押さえているのに気付く。
(駄目だ、みんなと離れたら)
「わたしはこの場に留まるから魔導具とミアンを守るのに徹して!!」
「「はい!!」」
スミナはなるべく近くで銀色の消滅の精霊が湧いていない地面に着地する。ギンナがドレニスでエレミを運んできて、ミアンもレモネ達に守られつつ何とかスミナの近くまで来ていた。
「すみません、私は対話に集中するので身動き取れなくなります」
「いいよ、私達が守る」
「私も大丈夫です」
「アタイは近付くヤツを攻撃する」
レモネとソシラとエレミがミアンとスミナを守る形で消滅の精霊との間に立った。エリワは弓の魔導具を構えていつでも攻撃出来る姿勢でいた。ギンナのドレニスは巨大な盾を準備してスミナの盾となってくれる。スミナは守られてばかりではと魔導具を死守しつつ周囲の状況を確認した。
消滅の精霊はスミナ達を囲い、正確にスミナの魔導具を狙ってくる。なのでミアンは無防備だがスミナほど危険な状態では無かった。ギンナのドレニスがスミナの周囲の半分を守ってくれているの。なのでスミナも仲間達と迫りくる消滅の精霊の対応がなんとか出来ていた。
消滅の精霊は歌以外の攻撃方法を持ち、植物の根のような触手で槍のように貫いて来る。攻撃はかなりの速さと威力と数で、防いだり回避するのにもかなり大変だった。それでもエリワが本体を攻撃し、ソシラが触手を斬って、レモネとエレミが盾や武器で逸らしてくれたのでスミナやミアンには殆ど攻撃は来なかった。
(動きが変わった?)
スミナは消滅の精霊の攻撃が一斉に止んだので警戒する。そもそもスミナは今まで精霊という存在と戦った事は無く、ぼんやりと存在を感じていただけだった。精霊とは純粋な力で人を襲う事など無いという認識だ。
「上だ!!」
エリワの叫びと共に空から雨のようなものが降ってくる。ギンナが即座に反応してドレニスに格納してある傘のような道具をスミナ達の上に展開した。それでも数粒は既にスミナ達に降り注いでいた。
(しまった!!)
スミナは魔導具に銀色の雫が乗って蠢いているのに気付く。自らを小さく分裂させて破壊するつもりなのだ。スミナは魔導具を破壊しないように正確に魔法で消滅の精霊を吹き飛ばす。しかし雫は複数周りに点在し、魔導具に向かって飛び掛かってきた。
「動かないで!!」
スミナはその言葉を聞いて動きを止める。すると複数の雫は連続する突きで全て散らされていた。それをやったのは伸縮する魔導具の槍を持ったエレミだった。
「エレミ凄い!!」
「ありがとうございます。威力は無いですが速度と精度には自信があるんです」
エレミのおかげで何とか雫状になった精霊も防ぎきる事が出来た。しかし、ギンナが張った傘状の屋根が消滅の精霊によって破壊されてしまう。再度雨のように降られては問題だ。
「精霊魔法はあんまり得意じゃないが、やってみるよ」
そんなスミナの心配を察したのかエリワが手を天にかざす。すると突風がスミナ達の上で渦巻き始めた。風の精霊の力で雨を防いでくれたのだ。
「ありがとう、エリワさん」
「あまり長時間はもたないし、防御が手薄になるから気を付けろ」
「はい!!」
エリワの言う通り消滅の精霊は直接攻撃も再開し、雨も降らし続け、風の精霊に体当たりもしていた。精霊同士は相性があり、相性が良ければ干渉は少ないが、悪いと一方的に飛ばされたり対消滅すると聞く。消滅の精霊の体当たりで風の精霊の力は徐々に弱くなっているように見えた。
「結構きつい……」
「スミナ、数が増えて来てる」
ソシラとレモネも周囲の精霊の数が増えてきつそうだ。スミナはミアンを見ると祈るような姿勢で動きを止めたままだった。状況を見て撤退も考えなければ手遅れになるかもしれないとスミナは思う。
「すみません、盾が破壊されました。攻撃が流れて来るかもしれません」
「スミナ、上もそろそろ限界だ!!」
ギンナがドレニスで使っていた盾が壊れるのとエリワの頭上の風の精霊が消えるのはほぼ同時だった。それによって消滅の精霊の攻撃は一気に激しくなる。
「しまった!!」
上や左右を気にしていたスミナの足元から消滅の精霊の触手が上に伸びて音を流す魔導具を貫いていた。ドレニスの盾が壊れた事で地面を這って来ていたのだ。魔導具の音が消えた事で全員に再び歌が聞こえ始める。スミナは撤退を指示しようと思ったが、もう声が出せなかった。
(判断が遅かったんだ……)
歌に脳内を埋め付くされながらスミナは後悔する。このまま耐えきれずに意識が消えるだろうとぼんやりと認識していた。が、突然歌が止んでいた。思考がスッキリし、周囲が見えてくる。銀色の人型の樹木のような消滅の精霊はスミナ達を囲んだまま動きを止めていた。
「遅くなって申し訳ありません。消滅の精霊達と交渉が完了しました。
彼らは呼び出されたので生き物を消滅させていたそうです。今はその時では無いと説明したところ納得してくれました」
「ミアン、助かった。
それで、誰に呼び出されって言ってるの?」
「それは分からないそうです。気が付いたらこちらの世界に呼ばれていたので仕事を全うしただけだと。
彼らはもう消えるようです」
ミアンが言っている通り消滅の精霊の姿は薄くなっていき、そのまま消えてしまった。
「結局原因は分からず仕舞いか……」
「最初の発生場所が特定出来れば分かるかもしれませんよ」
スミナは肩を落としているエリワに言う。調査を続けたい気持ちはあるが、それよりもアリナ達と合流するのが先だとスミナは考えた。
「エリワさん、改めて一緒に来てくれませんか?」
「そうだな、原因を一掃出来たのは事実だし、アタイなんかでよければついて行ってやるよ」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
スミナは深々と頭を下げた。
最後の消滅の精霊の攻撃で多少の怪我はあったものの、スミナ達は1人も欠ける事が無かった事に感謝した。治療と休憩の時間を少し取った後、魔導馬車のところまで移動を始める。
「ミアン、今回は本当に助かったよ。ありがとね。
って、思ったより疲れてない?大丈夫?」
移動中に横を歩くミアンにお礼を言った時、スミナはようやくミアンが疲弊している事に気付いた。
「大丈夫ですよぉ。精霊との交流で魔力を使っただけなので、皆さんの方が大変だったと思います」
「ごめんね、気付かなくて。
でも、今回は本当にみんなに助けられた。わたしがもっとしっかりしてればこんな事にはならなかったと思う」
スミナは自分が魔導具を守る動きしかせず、役立たずだったと認識していた。
「双子だって聞いたけどやっぱり似てるんだな、スミナとアリナは。見た目は結構違うけどよ。
アリナもそうだが、もっと自信を持て。アンタの知識や行動で上手くいったんだからな」
「そうです、スミナさんは凄いですよ。魔導具の使い方も私なんかとは比べようがないです」
エリワとギンナに褒められスミナは少しだけ自信を取り戻したのだった。
スミナ達は魔導馬車までは問題も起こらず無事戻って来れた。あとは馬車に乗って魔導遺跡まで戻ればアリナ達と合流出来る筈だとスミナは少し安心していた。しかしそれはすぐに破られてしまう。
「皆さん、残念ながら敵に囲まれています」
最初に気付いたのはミアンだった。スミナも集中して索敵すると邪悪な気配を察知出来た。
「みんな、戦う準備をして!!」
スミナはみんなに指示し、魔導馬車に積み込もうとしていたギンナのドレニスを出すのを手伝う。敵が姿を現す前にスミナ達は何とか戦う準備が完了していた。
「森の異変の方に来て正解だったようね。こんな大物が見つかったんだから」
「レオラ、やっぱり生きてたんですね」
「アリナは居ないみたいだけど、あの時のお返しをさせてもらうわ。
それとエリワ、アナタはそれでいいの?」
「ああ、エルフの連中も居なくなったし、アンタらと付き合うのはもう懲りたよ」
スミナ達を囲んだのは女性型のデビルの転生者レオラと、巨大なオーガとモンスター達だった。オーガはアリナの記憶で見たディスジェネラルのゾ・オ王で間違いなさそうだ。レオラは強敵ではあるがあとはディスジェネラル1人とモンスターなので何とかなりそうだとスミナは思った。
「レオラ、今度はわたし達が攻める番です。知ってると思いますがボーブ砦は破壊し、魔族連合から抜ける勢力が増えてます。
もう貴方達の好き勝手にはやらせません」
「知ってるわ、勿論。でも、やってる事はただのゲリラ戦でそんなものでは魔族連合は揺るがないわ。
亜人達はただの駒でしかないし、必要だったドワーフの技術はもう貰ったわ。ヤマトの連中だってただの1部隊でしかない。
確かに素早い動きで次々と仲間にしたのは褒めてあげるけど、いずれ切り捨てられる連中でしかなかったってことよ」
「やっぱりあなた達はそういうつもりでお爺ちゃんに近付いたんですね」
ドレニスに乗ったギンナが珍しく怒りの籠った声で言う。最初からギンナは魔族を嫌っていて、一時的にでも祖父のゴンボが協力したのが許せないのだろう。
「ああ、アナタはゴンボの孫のギンナとかいうコね。アナタが魔族に反抗してるのは知ってたわ、ホント鬱陶しい。
エルフやドワーフが魔族と同じ立場なわけ無いじゃない。獣人もバカよね、大人しく従ってればいいのに、下手に裏切ろうとするからグラガフは死んだのよ」
「やっぱりグラガフは死んだのか……」
「アタシじゃ無いわよ殺したのは。多分アリナじゃないかしら。グラガフは魔族連合に歯向かって完全にデビルの支配下になってた。で、そのすぐ後に反応が消えたと聞いてるわ」
レオラは仲間の死をどうとも思って無さそうだ。一方エリワは悔しそうな顔をしていた。エリワもディスジェネラルとして一緒に居たのでグラガフについて思うところがあったようだ。スミナはそれを感じ、レオラに対してより強い反感を覚えていた。
「レオラ、残念だけどここでわたし達が貴方を倒します。貴方が思ってるよりわたし達は強いですよ」
「そうかしら?アナタ、モンスターを見た目で判断してない?
ゾ王、やって」
「承知した。
皆の者、こいつらが同胞を殺した人間達だ。仇を討つぞ」
「「おおおぅ!!」」
「ぐあああああああああああぁぁ!!!!」
ゾ王は仲間達に呼び掛けたあとに雄叫びを上げた。すると赤茶色いゾ王の肉体が真っ赤になって筋肉が盛り上がる。それと同時に周囲に居たモンスター達もそれぞれ不気味に変容していた。スミナでも敵の力が増したのを感じるので、アリナだったら正確に危険がどれぐらい増したか理解出来ただろう。
「わたしとエリワはレオラの相手、ギンナはオーガを、他のみんなはモンスターをお願い!!」
「「はい!!」」
スミナは瞬時に指示を出す。この中で一番の強敵はレオラで、次がゾ王だ。本当はゾ王にも人数を割きたいがモンスターに魔導馬車を壊されては問題だし、レモネ達は集団戦に慣れている。ギンナのドレニスのパワーならゾ王にも対抗出来ると信じるしかない。
「最初から全力で行く!!」
スミナは魔導具の力でスピードを上げてレオラにレーヴァテインで斬りかかる。レオラはそれを何とか避けるが、そこへエリワの矢が猛スピードで飛んできて貫いた。ように見えたのだが、レオラは無傷だった。よく見るとレオラの横にいつの間にか紫色の鎧を着たデビルが数人現れていた。デビル達がレオラの攻撃を防いだのだろう
「勢いがあるのはいいけど、アタシが何の対策もせずにアナタ達に挑むと思う?」
レオラがそう言いながら斬りかかってきて、それを避けた所へ鎧のデビルが追撃してくる。スミナは何とか避ける事が出来たがレオラの猛攻が続く。エリワのところにも鎧のデビルが銃のような武器で反撃していた。
「アタシはもう負けるわけにはいかないの。信頼を回復するにはアナタ達の首が必要なのよ!!」
レオラはスミナが反撃の為に使おうとした魔導具を叩き落した。前に戦った時よりも速く、強く感じた。スミナ1人では対処しきれないのは確かだ。
だが、他のみんなも苦戦しているのが伝わってきた。得意の遠距離攻撃をエリワは返されているし、ギンナもゾ王の力に振り回されていた。レモネ達も傷付いても突撃を止めないモンスターに反撃を喰らい、ミアンの援護でギリギリ耐えているようだ。
(撤退した方がいいけど、その隙は無い。どうすれば……)
スミナはレオラとデビルの攻撃で考える暇も与えられない。誰か1人でも倒されればそこから総崩れになるだろう。だからスミナもここでレオラを食い止める必要がある。
(こんな時、神機の力があれば……)
スミナは自ら使うのを禁じた力を欲してしまう。ホムラを呼び出せば使えるのではないかと。だが、それは悪魔の誘惑のようなもので、それに頼ってしまったら今後耐えられないとスミナは理解していた。
「くっ!!」
邪な考えに罰が当たったのか、レオラの攻撃を避けたところにデビルの攻撃が来て、スミナは腕に傷を負ってしまう。しかし痛みで動きを止めたらレオラにトドメを刺されると必死に逃げるのに徹した。
「威勢が良かったのは最初だけね。悪いけどここで死んでもらうわ」
レオラがそう言って頭上に巨大な紺色の槍を数本呼び出す。スミナは必死に考えたが避ける方法は無いと導き、防御用の魔導具を取り出した。だが、その瞬間をレオラは狙っていて魔導具を発動前に破壊してしまう。レオラはスミナの弱点が魔導具を使う時の隙だと理解し、デビルと連携してそれを潰してきたのだ。
「悪あがきはさせないわ」
「スミナ!!」
エリワがスミナが追い詰められたのに気付いて叫ぶ。だがみんな目の前の敵に手一杯でスミナを助ける為に動けなかった。スミナは再び死を覚悟した。
「そこまでだよ!!」
少女の声と共に空に浮かんだ槍が破壊された。そしてモンスターやデビル達が次々と倒されていく。
「アリナ!!」
「お姉ちゃん、遅くなってごめん。
レオラ、これで最後だよ!!」
現れたのはアリナとそのグループの仲間、そして知らない巨体の女生と獣人の女性だった。人数が増えた事で態勢が立て直され、形勢は一気に逆転した。
「丁度良かったわ、探しに行く手間が省けて。人数が増えようと死人が増えるだけよ!!」
レオラは増援が来ても態度を変えなかった。アリナはスミナの横に来て戦いに備える。
「レオラ、退くぞ。今回の目的は戦闘では無い。状況を見誤るな」
「分かったわよ。
スミナ、アリナ、戦いは次回に持ち越しよ。それまで生き残りなさい」
ゾ王の言葉にレオラは即座に判断し、生き残ったモンスターも含めて転移していた。スミナは気が抜けたのかその場に崩れてしゃがみ込んだのだった。