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9.双子の苦悩

 王都で転生者についての話を聞かされた翌日、アリナは「少し1人で考えたい」と言って朝から出て行ってしまった。スミナも頭を整理したかったので丁度いいと思ってエルと散歩に出かける事にした。

 スミナはアリナが行かなそうな屋敷の裏にある池の方へと向かう。池の周りは自然が豊かだが、やや鬱蒼としていて誰も近寄らない場所だ。スミナは1人になりたい時はここでボーッとするのが好きだった。スミナは昨日の事を思い出しつつ、しばらく思索に耽った。エルは池の魚が珍しいのかそれを目で追って観察していた。

 そういえばエルにお礼を言っていなかった事を思い出し、スミナは話しかける。


「エル、昨日は助けてくれてありがとう」


「マスター、当然の事をしたまでです」


「それと、昨日の話を聞いてたと思うけど、わたしとアリナは異世界からの転生者なんだ」


「はい、理解しました。前のマスターの知り合いに転生者がいたので、転生者についてもある程度の知識を保有しております」


「そうなの?」


 エルが作られた時代にも転生者がいた事にスミナは驚く。


「ワタシは直接お会いした事は無いのですが、魔宝石マジュエルの開発に成功したのはその転生者の方の協力があったからだと聞いております」


「その人の名前は?他に何をしたか聞いてない?」


「その転生者のお名前はクリキ様とだけ聞いております。確か、男性の方で、ワタシが誕生した時点で年齢が40歳を超えていたと記憶しております。

功績は多々あると聞いていますが、魔導炉や様々な魔導機械の製造はクリキ様の力が無ければ完成しなかったと。魔族との戦争に勝利したのも、初期の魔導帝国の繁栄もクリキ様あってのものだと記憶しております」


「そうか、それならアスイさんが言っていた事とも一致する。世界の危機に対して魔導文明を発展させて平和に導いたんだ」


 スミナはエルの話でパズルのピースが当てはまったように感じて嬉しくなる。


「そうだ、エルにわたしの祝福ギフトについてもちゃんと説明しておかないと。わたしの祝福はあらゆる道具の使い方が分かるのと、物からその記憶を読む事が出来る事。初めてエルに触った時にエルの昔の記憶を見ていたんだ。勝手に見てゴメンね」


「それは構いません。ワタシはマスターのモノですので。今後も自由に見て下さい」


「今はちょっと見るのは嫌かな。物の記憶ならまだいいけど、エルはわたしにとって物というより人に近いから覗き見するみたいで」


 スミナは今更だがアスイの短剣の記憶を見た事も後悔していた。信用する為に必要な行為だと思ったが、生きている人の人生を盗み見たみたいで今後はそういう使い方はしたくないと思っていた。


「それで思い出したけど、エルは巨大なゴーレムに乗って巨大な敵と戦ってたよね。あれは何なの?」


「よろしければもう一度記憶を見て頂いても構いませんよ」


「さっき言った通りエルの記憶を見るつもりはないんだって。直接聞かせてくれる?」


「はい、分かりました。

あのゴーレムは魔宝石用の強化巨人兵器“グスタフ”です。グスタフ使用時には現状の10倍の攻撃力を保有しますが、巨体ゆえに小回りが利かず、素早い相手には適していません。また、膨大な魔力を必要とする為、補給後の稼働時間が約8時間と限られているのが難点です」


 グスタフという名称はどこかで聞いた事があるので、多分転生者が名付けたのだろう。話を聞く限り、強力な兵器ではあるけれど、使い方が限られそうだとスミナは思った。


「エルが乗っていたグスタフはどうなったの?」


「ワタシが乗っていたグスタフは戦争後廃棄されたと聞きます。魔族との戦争に勝ち、魔導結界などで平和が保たれるようになった後は大型の兵器は暴走の危険を考えて殆どが破棄されました」


「そうなんだ。でも、アスイさんの記憶で見た遺跡には何体ものグスタフみたいなゴーレムが並んでたよ。残ってる物もあるんじゃない?」


「残っている可能性があるとすると、秘密裏に保存された物や、開発途中の試作型、もしくは武装を解除した式典用の物なのではと推測出来ます」


「なるほど」


 残っていたとしても使えるか分からないんだなとスミナは思う事にした。エルにはまだ聞きたい事はあるが、スミナはお腹が空いてきたので一旦屋敷に戻ろうと考える。帰ろうと思った時、エルの方から話しかけて来た。


「マスター、戦技学校へ行く事は決定したんですよね?」


「うん、それはもう決まりだと思う。

あ、そうか。エルを連れて行く方法を考えるって言ってたっけ」


「はい、ワタシは付いて行きたいです」


 色々あって、エルの事を先延ばしにしていた事をスミナは思い出す。


「人間形態で近くに住んでもらう、という訳にはいかないし、寮にいてもらうのも難しいよなあ。かといって宝石形態で持ち歩くのは窮屈だろうし……」


 スミナはエルが緊急時に助けてくれる事が分かり、なるべくエルの思い通りにしてあげたいとは考えていた。

 スミナは既に戦技学校の規則や寮の規則を細かく読み込んでいた。寮の規則は緩い部分はあるが、貴族が入寮する事もあって部外者の立ち入りには厳しかった。学校も危険な魔導具の持ち込みには厳しく、魔宝石と気付かれたら持ち込み不可になるだろう。


「そうだ!!使い魔っていう手がある」


 スミナは名案を思い付く。使い魔はこの世界の人が魔法で動物などを従者として使役する事だ。戦技学校も使い魔自体は奨励されていて、授業の邪魔をさせなければ教室に置いておく事も可能だという。勿論学校に許可を取る必要はあるが、許可が取れれば連れて歩く事が可能だ。


「使い魔ですか?ワタシは動物では無いので使い魔としては活動出来ません」


「エルは人間に変身出来るでしょ。同じように動物になって、学校内では使い魔の振りをして貰えば一緒にいる事が出来るよ。えーと、何がいいかな。

そうだ、猫。エル、猫になれる?」


「猫ですね。やってみます」


 人間形態のエルが魔力に包まれて形が変わっていく。しかし変身したその姿は猫とはかけ離れた形状をしていた。


「エル、それは何?」


「猫ですが、マスター。猫の形状の情報が無かったので、毛に包まれていてカワイイ、小型の動物という情報から想像で作り出しました」


 エルの形状は30センチぐらいのほぼ毛玉で、辛うじて小さい耳と短い足が4本生えていて、顔も球体にそのまま落書きのように付いている。毛並みは元の宝石と同じ薄紫色の綺麗ではある。漫画的には可愛いとは思うが、これは猫では無いとスミナは思った。


「あれ?もしかしてこの世界に猫は存在しない?」


「ワタシの生まれた時代では存在していませんでした。更に昔に存在していた生物と記録には残っています。獣人にその特徴を残すものがいるとも記録にありますが、その姿をワタシは見た事が無いです」


「そんな、猫がいない世界だったなんて。

でも、それならエルの姿が猫って事で通じる可能性もあるか。その方が動物としての動きでバレないし、いいかもしれない」


「この姿で使い魔として付いていくという事でいいのですか?」


「うん、とりあえずそれでやってみよう」


 スミナは使い魔案で無理矢理通せないか試す事にした。エルを人型に戻すとお昼を食べに屋敷へと戻った。


 夜になり、アリナも戻ってきて、その日は寝るだけの時間になった。スミナは昼のやり取りをアリナに話し、実際に見てもらう事にする。


「エル、使い魔形態お願い」


「了解しました、マスター」


 エルは再び丸い使い魔の形に変身する。


「あはははっ!!何それ、潰れた饅頭みたい!!」


 アリナが爆笑する。元の猫を知っていると冗談としか思えないだろう。


「エルが考える猫だって。アリナはこの世界に猫がいないの気付いてた?」


「そういえば犬は見かけるけど猫を見た事無かったなあ。そもそもこの世界にいない動物も色々いるし、あんまり気にしてなかった」


「猫が絶滅してるなら、エルを猫の使い魔として連れていこうと思って。よく見ると可愛いし」


「可愛いかなあ。どちらかというとブサイクじゃない?」


「この姿はカワイイです。色々見て研究しました」


「でも、触り心地は凄いいいんだよ」


 スミナはエルを持ち上げて膝にのせて撫でる。エルは本物の動物のようにおとなしく撫でられた。


「え、いいな、あたしにも触らせて」


「マスターの妹はブサイクと言ったのでダメです」


「えー。じゃあ撤回するよ。可愛い」


「ならいいですよ」


 エルは猫のようにスミナから飛び降り、アリナの膝の上に乗る。


「確かにエルちゃん触り心地最高だ」


「様々な動物を触って研究しました」


「たまに撫でさせてもらおう。あと、いつもマスターの妹って呼んでるけど、あたしの事はアリナって呼び捨てでいいから」


「分かりました。アリナと今後は呼ばせてもらいます」


「それを言うなら、わたしもマスターって呼ぶのはこの3人の時だけにして。他の人がいる時はスミナって呼び捨てでいいから」


「マスターはマスターです。

ですが、ご命令なら従います」


 スミナはアリナとエルの仲が少し良くなって安心した。動物型になったエルをベッドに置き、スミナはアリナに話しかける。


「今日ようやく思い出したんだけど、アスイさんを以前どこかで見た気がしてたんだ。それが入学試験の実技の魔法射撃の時の試験官だったって。あの時から見られてたんだなあ」


「じゃあ、あそこで本気を出さなければ気付かれなかったってこと?」


「ううん、違うと思う。アスイさんは隠してない方のわたしの祝福を知ってたし、事前に転生者らしき人は調査されてたと思う。まあ、転生者の確認と、今後強くなりそうな生徒がいないか見てたんじゃないかな」


「そっか、どっちにしろ転生者だってバレてたか」


 デイン王国に調査機関があるのだから、能力を隠してもいずれバレただろうとスミナは思っていた。


「お姉ちゃん、あたし今日一日考えてみたんだ。これからの事。昨日はちょっと頭に来て余計な事しちゃったなって。だから聞かせて、お姉ちゃんが昨日見た記憶の話を」


「うん、分かった」


 スミナはアリナが少し冷静になれたと思い安心する。

 スミナは昨日見た記憶をかいつまんで話した。アスイがどこでどう育ったか。その後、転生者として見つけられ国を出た事。平和の為にデイン国で活動を始めた事。魔族にだまし討ちされて遺跡調査が失敗した事。周りの国の裏切りで人間同士の戦いが起こった事など。

 そして苦渋の選択として自分の国を見捨てて王国の為に魔導結界を張った事。それを彼女が自分達と同じぐらいの年齢の時に成し遂げたのだと。


「そっか。確かに大変な生き方をしてたと思う。昨日は言い過ぎた。今度会ったらちゃんと謝るよ」


「うん、偉いねアリナは」


 アリナはスミナの言葉を信じ、アスイの見方を変えてくれたようだ。


「ねえ、お姉ちゃんはどうしたいの?」


「え?わたし?」


 聞かれてスミナ自身が明確な回答がまだ無い事に気付く。やりたい事はある。だが、決意が足りないとスミナは感じていた。


「世界を救うとか、その使命の為に戦うとか、そういう実感は無い。でも、わたしにしか出来ない何かがあるんじゃないかって漠然と思ってはいる。それに色々知りたい事もあるし。

わたしの物の記憶を見る能力はアスイさんには無いし、それが平和に役立つなら出来る事をやりたいって思ってる」


「やっぱり凄いな、お姉ちゃんは。

あたしも正直に話すね。あたしにはそこまで知識欲は無いし、身近な人助けならしたいと思うけど、世界を救うとかには興味無い。そういうのは勝手にやって欲しい。

でも、改めてやりたい事は出来た。あたしは強くなりたい。あの先輩転生者に勝てるぐらいに。その為の努力なら惜しむつもりは無いし、それが世界平和につながるならいいかな、って思ったんだ」


「うん、アリナはそれでいいと思う。わたしだと流されちゃう時にアリナが自然体でいてくれると助かる。わたしが間違った時もアリナに止めて欲しい」


 スミナは正直自分の考えが正しいか分からなくなる時がある。アリナの直感と行動力が羨ましいと思う事も多々あった。だからスミナはアリナには自分と違っていて欲しいと思った。


「お姉ちゃんが間違える事なんて無いと思うけど、りょーかいした。それよりもあたしが暴走した時はちゃんと止めてよね」


「それはいつもやってるでしょ」


「そんな事ないよ」


 スミナとアリナは2人して笑い合う。スミナは今後色んな困難が立ち塞がるかもしれないと思っている。それでもアリナが隣にいてくれれば乗り越えられると思った。


 数ヶ月があっという間に経ち、双子が入学する為に王都へ出発する日が訪れた。あの日以降学校側から連絡は無く、双子はつかの間の日常と訓練の日々を堪能して過ごした。


「お父様、必要な物は王都で買いますから、これは置いて行きますね」


「もう馬車に入らないから」


 双子は必死にダグザが詰め込もうとする道具や食料を屋敷に戻す。


「子供が出来てから心配性でしょうがないのよ、この人は」


「でも、何かあって困るかもしれないぞ。ライトは喜んで持って行ったじゃないか」


「部屋に入らずに戻って来た物がいっぱいありましたよね?」


 ハーラはダグザを睨む。母はこういう時父よりしっかりしてるなとスミナは思う。子供をとことん甘やかす父と放任主義の母。幸せな子供時代だったと改めて実感する。スミナは本当に2人に感謝していた。


「今回は私も王都に留まりお嬢様を支援するのでご心配なく」


「メイル、頼んだぞ。何かあればすぐに連絡してくれ」


「分かりました」


 寮生活だがメイドのメイルも王都に行く事になっていた。メイルは勿論寮には入れないし、学校へも許可を取らないと入れない。あくまで王都のアイル家の屋敷に常駐し、必要な物を送ったり、お金の管理をしたりする役目だ。学校に通う貴族で同じようにメイドを近くに置く者は多い。


「メイルに頼る事も少ないと思うし、王都で好きに過ごしていていいと思うよ」


「そんな事はございません。衣服の洗濯に食事の準備と身嗜みの確認もございます。毎日通いますのでご安心を」


「なんか見張られてるみたいじゃん」


 実際にダグザからはメイルに双子が無茶しないように見張る役目を与えられていた。ただ、洗濯や食事を気にしなくていい点は感謝しかないと双子は思っていた。

 準備が終わり、双子と人間形態のエル、メイルが馬車に乗り込んだ。


「それじゃあ、お父様、お母様、行ってまいります」


「夏休みには戻って来るからね」


「2人とも身体には気を付けるんだぞ。夜遊びとかするんじゃないぞ」


「元気でね。未来の旦那様見つけてもいいからね」


「何を言うんだ、結婚はまだ早い!!」


 騒がしい両親に見送られ、双子を乗せた馬車は王都を目指して出発した。

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