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38.獣王の咆哮

「あのさぁ、これから一緒に戦うんだからもう少し仲良くしようよ」


 アリナは重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうと笑顔で訴える。

 東のサムライの国であるヤマトと王国の同盟は無事締結出来た。次の目的地が獣人の里だと伝えると片道だが特別な飛行する船まで貸してくれた。問題は同行させて欲しいと頼まれたオニの力を持つ姫、キサハだった。


「私は仲良くするつもりです、アリナお嬢様。ですが、キサハさんが……」


「余に問題があると申すのですか?余は召使いなら召使いらしく振る舞うべきと申しただけぞ」


 天上船てんじょうせんというこの船でアリナ達は一晩休みながら移動したのだが、その間事あるごとにキサハはメイルに口出ししていた。王であり許嫁であるマサズの命令だから付いて来る事を了承したが、キサハ本人は不本意のようだ。

 なぜマサズがキサハを同行させたかというと、1つはキサハがヤマトの国にある獣人の集落と仲が良かったからだ。獣人の集落はグラガフが長をしている獣人の里が中心ではあるが、各地に集落がありそこに様々な獣人が住んでいる。ヤマトはオニが先祖という事もあって、獣人の差別も少なく、比較的交流が多かったのだとアリナはマサズから聞いていた。なのでキサハが同行する事で人間と獣人の同盟がしやすくなるのではというマサズの考えがあった。

 もう一つの理由はキサハにはもっと世間を知る必要があると今回の騒動でマサズが思ったからだそうだ。マサズの許嫁という肩書は身分としては高く、今回のような暴挙も起こせてしまう。このままではキサハはヤマトの国の他の権力者の手駒としていいように使われる恐れがあるとマサズは言っていた。なのでアリナ達と同行し、世界を知り、強さと責任をしっかりと身に着けてもらいたいというマサズの想いがあるそうだ。


「マサズさんからキサハとは身分とか関係無く、ただの仲間として接するように頼まれたんだよ。

確かにメイルはメイドだけど、今は一緒に戦う仲間でしかないの」


「それはそうですが……」


 アリナに言われてキサハは大人しくなる。今まで姫として扱われていたので急に見知らぬ者達と平等に接しろと言われても難しいのだろう。オルトやゴマルといった男性陣は女性の口喧嘩には一切関わろうとせず、エルは観察してるだけなので仲裁はアリナがするしかなかった。

 キサハを連れて行く理由は更にもう一つあった。マサズ達ヤマトとの連絡役である。詳しくは秘密という事だが、キサハにはマサズと連絡を取り合う手段があり、こちらからの連絡も、向こうからの連絡もキサハを通して行えるという話になっていた。流石に魔導結界越しには連絡は取れないが、魔導結界の外にお互いいるなら連絡は取れるだろうとアリナは聞いていた。そういう意味でキサハは重要な人物ではあり、彼女を守る必要もあった。


(メイルが絡まなけれないい子なんだけどなあ)


 キサハ自身は話してみると普通の少し高貴な自覚があるだけの女性で、アリナに対しては親し気に話してくれる。だが、メイルがどれだけ気を使っても仲良くしようとはしなかった。メイルがマサズに気に入られているという一点だけで完全に拒絶反応が出ているようだ。とにかくアリナは別の話をして言い争いが起こらないようにしようと考えた。


「そういえばこの天上船はどんな動力で動いてるの?」


「王国にはこのような船は無いのですね。天上船はキリンと呼ばれるモンスターを捕まえ、その力で浮上させています。キリンの餌さえ与えればしばらくの間は空中移動が可能だと聞いています」


「キリンがこの世界にもいるんだ」


 アリナは動物のキリンを思い浮かべてそう言ったが、多分モンスターのキリンは別の姿で、空想上のキリンに似たモンスターなのではと考え直した。

 天上船は船とは名付けられているが、見た目は6角形の円柱に少し尖った屋根の付いたサーカスのテントみたいな形の木製の小屋のような物体だ。大きさも長さが10メートルぐらいで中は運転室と広間と簡易ベッドがある寝室が2部屋あるだけだ。本来は戦場への輸送や権力者の護送に使う物だとマサズから聞いている。なので運転室は覗かないようにとも言われていた。


「失礼ですが、アリナさんに質問してもいいでしょうか?」


「全然いいよ、何でも聞いて」


「メイル、さんはアリナさんの召使いなのですよね。なぜこのように親しく自由にさせているのでしょうか?」


 キサハの質問でアリナはようやくキサハの勘違いに気付いた。キサハの言う召使いとメイドの扱いが違うのもそうなのだが、そもそもアイル家のメイドの扱いが異なるのも大きいのだ。アリナの両親は貴族出身では無いので他の貴族のメイドの扱いとアイル家のメイドの扱いは違うとアリナは理解している。それに加えてメイルは双子にとってただのメイドではない。


「メイルはあたしやお姉ちゃんのお世話はしてくれるけど、正確には普通のメイドや召使いとは違う存在なんだ。

あたしの子供の頃から仲良くしてくれる、歳の離れたお姉ちゃんみたいな感じなの。

それに今はメイドよりも戦闘要員として動いてるし、メイドになる前はオルト先生と同じ傭兵をしてたから召使いと思わないで欲しいかな」


「そうでしたか。

メイルさん、失礼な物言いをして申し訳ございません」


「いえ、いいですよ。それにメイドとしての礼儀がなってないとはよく言われましたから」


 キサハとメイルは表面上は仲直りする事が出来たようだった。


 夜が明けてしばらくすると運転室からサムライが出て来て、船で近付ける限界まで来たと報告された。地上に降りたアリナ達はまた馬車を作り獣人の里に向けて移動を開始した。比較的移動が容易だったデマジ砦への道中と比べ、獣人の里の周辺は大陸の北に位置する為か雪が積もり、移動し辛い。アリナの横に座ったエルが熱線で雪を溶かしてくれるので進めはするが、見通しも悪く馬代わりのモンスターのドーバも寒さで動きが鈍くなっていた。


「こっちも魔導馬車があればなあ」


「今後転移装置を使うなら魔導馬車以外の移動手段も考えるべきでしょう」


 エルが提案する通り何か持ち運び出来る機械があると便利だなとアリナは思うのだった。



「もうすぐ獣人の里です」


「みんなそろそろだけど準備は出来てる?」


 アリナ達はエルが記憶した地図で目的地に近付いた事が分かる。馬車の客車側をアリナが覗くと魔法で寒くは無い筈だが、アリナが居なかったのでメイルとキサハの気まずい関係で冷えているのが分かった。キサハは慣れない旅で見知らぬ人達と行動を共にする事でストレスが溜まっているようにも見える。


「キサハさん、もうちょっとだから」


「余は問題無いぞ」


 キサハは強がってみせる。今度キサハが暴れ出したら誰か止められるだろうかとアリナは心配になってきた。

 キサハは同行する事が決まって今まで来ていた着物では無く、ヤマトのサムライが着るような武魂鎧ぶこんがいと呼ばれる朱色の鎧を着てきている。本来女性用の鎧は無いが、姫のような立場の者には特注で作られるそうだ。キサハはオニの力を解放すれば鎧は不要なのだが、それは緊急時で普段はこの鎧で戦うように言われていた。

 ヤマトの国では戦は男性のみで女性は戦場に出ないとマサズに聞いている。女性は男性に比べてオニの血が出にくく、戦いで本能を出さずとも生活出来るからだと。それでもキサハのようにオニの力が出たり、闘争本能が強く出る女性もいる。そうした女性達は専用の闘技場が用意されていて、そこに弱いモンスターを捕らえて戦っているそうだ。男子禁制なので中がどうなってるかマサズも知らないが、倒されたモンスターの死体は無残な状態になっているとアリナは聞いたのだった。


「!?」


 そんな事をアリナが考えていると、アリナは特別な危険を祝福ギフトで感知する。それは獣人の里へ向かう道から外れた方向だった。アリナは一旦馬車を止める。


「みんな、殺気を放ってあたし達をおびき寄せようとしているヤツがいる。

多分、グラガフだと思う。罠の可能性が高いけどどうする?」


 アリナはグラガフがアリナ達の動きを掴み、アリナの力を理解して誘っていると思った。交渉するつもりがあるなら獣人の里で待っている筈なので、戦うつもりなのはほぼ確実だろう。


「相手は俺が戦ったあの獣人だな?奴が獣人の長だというし、話合える余地があるなら行くしかないだろう」


「余もグラガフ殿の事は知っている。力で獣人族を取りまとめたが頭が切れて無駄な戦いはしないと聞く。

そんな者が待ち構えてるなら勝算がある罠を仕掛けてるに違いない。わざわざ行かずとも獣人の里で来るのを待つのが良かろう」


 オルトとキサハはそれぞれ意見を出す。キサハの言う事はもっともだろう。


「でも、あたしは罠があってもそれに気付ける。だからグラガフがわざわざ里を離れたのは里に被害が出ないようにじゃないかな。待ってるとしても多くの部下が待ち構えてるとかかな。

あたしは行って、直接会って話をしようと思う」


「アリナさんが言うなら余は反対すまい。アリナさんの強さは目の当たりにしたし、ここに居る者は皆強い。余も含めてな。戦うのは不本意だが、相手がその気ならしょうがあるまい」


「ヤマトの国とドワーフが魔族連合を抜けた話をすれば相手も考えると思います」


 ゴマルが言う通り、状況が変わったならグラガフも考えてくれるとアリナは期待していた。


「じゃあみんな、戦闘出来る準備はして行こう」


 アリナの決断で馬車を置いてアリナ達はグラガフが待っていると思われる山の方へと登っていった。アリナが予想した通り、グラガフは山道に罠を仕掛けたりはしていなかった。山の中腹の少し開けた雪の平原にグラガフは焚火を焚いて待っていた。見たところ他の獣人の姿は見えず、周りに他の危険は察知されない。


「1人で待ってるなんて行儀がいいじゃん」


「来たのはやっぱりオマエだったか。他にも見た顔が揃ってるな」


 虎の獣人であるグラガフはニヤリと笑う。


「あたし達は戦うつもりは無いよ。デイン王国は獣人族と同盟を結びたいって。

もう既にドワーフとヤマトの国とは同盟を結んで、魔族連合からは脱退して貰ってる。だから話し合いをしたい」


「なるほどな。そこまで情報は入って無かったが、おおよそ予想通りだ。

獣人族も長であるオレが承諾すれば決まるだろう。

だが、オレは話し合いで決めるつもりは無いぞ」


 グラガフは話を聞いてはくれたが、簡単には行かなそうだ。


「グラガフ殿、余の話も聞いて下さい。

余はヤマトのマサズの代理としてこの場に参りました。キサハ・スズミと申します。

余はヤマトの国の獣人の集落の近くで生まれ、獣人の方達とは良き友として生活してきました。今後のヤマトとの関係も考え、同盟の話を聞いて頂けないでしょうか?」


「ヤマトのキサハ姫だな、聞いた事はある。

残念だがヤマトとの関係と今回の件は別の問題だ。オレはまだ魔族連合のディスジェネラルだからな」


 必死のキサハの言葉でもグラガフは折れなかった。


「グラガフさん、また会ったな。城では世話になった。

王国を攻められた恨みはあるが、それはそれ、今後を見据えて戦いは避けたいと俺は思っている。

何が希望なのか?」


「オマエは確か、オルトとかいう腕の立つ騎士だったな。

まあ獣人が力を合わせようとオマエらに勝てるとは思ってないさ。だからここにはオレしかいない。

折角だから少しだけ獣人族の話をしてやろう」


 グラガフがそう言うと放っていた殺気が消えた。


「オマエらは若いから知らないと思うが、獣人ってのはなずっと差別されてきた。魔族やモンスターには半端モノと罵られ、人間や亜人からは臭いとか汚いとか嫌われてな。確かにヤマトの国のような獣人と共存していた場所が無いわけじゃない。だが、種族としては受け入れられているとはいえなかった。

魔族と人間の大きな戦いが始まり、人間達は敵を減らす為に獣人とは不戦の協定を結んだ。今まで不公平な差別をしておいて勝手な話だ。それでも当時の獣人の長は魔族の尖兵になるより安全に隠れて生き延びる事を選んだ。その選択は魔王が討伐された事を考えれば正解だったんだろう」


 グラガフがアリナの知らない話をする。アリナは魔族連合に入るまで獣人を見た事が無かったので話の信憑性は分からなかった。この中でそれが分かるのは魔王討伐前に生まれていたオルトと獣人の近くで暮らしていたキサハぐらいだろう。


「だが、その後が酷かった。人間達は魔族に奪われた領土を取り返すと共に、獣人が住んでいた土地も勢いにのって奪っていった。獣人との協定はすぐに破棄されたからだ。オレだって全ての人間が悪いとは思っちゃいない。だが、多くの獣人が苦しんでいるのをこの目で見てきたんだ。

モンスターの他にも獣人や他の亜人の不満も溜まり、魔族が暗躍して魔族連合が出来始めたのがその頃だ。だが獣人の長は魔族の勧誘を断った。戦争を再開させる事を嫌がったんだ。オレや他の獣人達はそれが我慢ならなかった。だから獣人で最強だったオレが力で長の座を奪ってやったんだ」


 アリナはグラガフの言葉に怒りより悲しみをなぜか感じていた。グラガフはこの選択を後悔しているのではないかと。


「オレは獣人達を力で取りまとめ、魔族連合へ参加した。オレの地位も保障して貰ってな。人間という共通の敵が居たからか魔族からの獣人への差別は無く、戦果を上げれば褒美も貰えた。獣人の土地も取り返す事が出来た。

王国が魔導結界を張った事で魔族連合の勝利が確定し、その後ディスジェネラルが出来た時もオレはその中に入る事が出来た。だからオレは魔族連合には感謝しているし、裏切る事は出来ない」


 アリナはグラガフの過去は理解出来た。だが言っている事に全て賛同は出来なかった。


「確かに獣人を酷い扱いした人間がいたかもしれない。でも、あたしは過去の事じゃ無く、これからの事を話したい。土地や身分の条件は今の王国ならちゃんと聞いてくれるし、今後はあたしが裏切られせない。だから、きちんと話し合おうよ」


「ムリだな。確かにオレはオマエなら信用してる。だが、これは個人の話でも国同士の話でも無い。人間と獣人という種族の関係なんだ。今更どうにかなるものじゃない。

だがな、オレもバカじゃない。今のオレじゃオマエらには敵わないし、力ずくで攻められたら獣人の里も実力で支配出来るだろう。それをやられちゃオレは困る。だからといって魔族連合のオレが降参するワケにもいかない。

ものは相談だが、条件を決めて戦わないか?」


「条件?」


 グラガフには何か考えがあるようだ。正直グラガフの立場だったら騙して徹底抗戦するか、素直に魔族連合を抜けるかの二択なのではとアリナは思う。


「オレじゃひっくり返ったってアリナには勝てない。どんな罠や策を講じてもオマエには通じないだろうしな。

だからオレは自分といい勝負出来そうな相手と戦いたい。オルト、オマエだ。オレとオルトが1対1で戦い、オレが勝ったら獣人族との同盟は諦めて帰れ。逆にオレが負けたら獣人族はオマエらの条件で同盟に応じよう。どうだ、分かりやすいだろ?」


 グラガフの案は奇しくもヤマトのマサズと似たような一騎討ちの提案だった。ただ、相手はアリナでは無くオルトだったが。アリナとしてこの条件は悪いものでは無い気がした。オルトならグラガフに勝てる確率が高いと思ったからだ。


「一つ言っておくが、殺さないように手加減なんてするなよ。こっちは殺すつもりで行くからな。

オレが死んでも獣人達には文句を言わないように言ってある。オレのクビを見せたら言う事を聞くようにな。

どうだ?悪い条件じゃ無いだろう?」


「オルト先生、任せてもいい?」


「俺は構わないが。今回は全力で戦えるからな」


「話は決まったな。じゃあ早速始めるぜ」


 グラガフが殺気をみなぎらせる。正直、闇術鎧ダルアが無くなった自分ではグラガフと戦うのは一苦労だっただろうとアリナは思う。

 グラガフは巨大な爪の付いた灰色の魔族製と思われる鎧姿で、既に力を解放したのか、身体も一回り大きくなっていた。対するオルトは全身を白銀の魔導鎧で包み、青く輝く魔導具の剣を手にしている。


「行くぜ!!」


「来い」


 グラガフが本気でオルトに飛び掛かった。オルトは高速移動の祝福でそれを回避する。そして避けながら剣で反撃するが、それをグラガフは超人的な運動能力で飛び退けた。力も速度もグラガフが上だが、オルトは技量と祝福でそれに対応する。体力勝負ではオルトが劣るので、オルトはいかに早く決着をつけるかが焦点になるだろう。


「お嬢様、本当にこれで良かったのでしょうか?」


「グラガフは多分これが一番獣人にとっていいと思ったんだよきっと。

それに先生なら多分大丈夫だから」


 アリナの言う通り、戦いは徐々にオルト優勢になっていた。グラガフは確かに強いが、得意とするのは集団戦や森や自然の中での戦いだ。今戦っている平原は障害物も無く、隠れる場所も無い。純粋に自分の身体だけで戦わなければならないのだ。

 一方オルトは過去に何度も死線を潜り抜け、1人で戦う事も慣れていた。一騎討ちは目の前の相手だけを気にすればいいので集中して戦えるのも有利に働いた。結果、オルトの攻撃が何度もグラガフに当たっているのに対してグラガフの攻撃は一度もオルトに命中しなかった。


「やっぱり強いな、オマエ。

だが、オレは負けるわけにはいかないんだ!!」


 “グォオオオオオオオ!!”という獣の雄叫びが響き、グラガフの鎧が飛び散った。グラガフの全身の毛が金色に輝き、赤黒い首輪以外全裸の獣人の姿になっていた。これがグラガフの本気の姿なのだろう。目は紅く輝き、口からは“グルルル”という低い響きが漏れてくる。その顔からは知性は感じられなくなっていた。


「気を付けて!!」


 アリナはグラガフの危険が一気に増えたのを感じてオルトに叫ぶ。次の瞬間グラガフは目に見えない速さでオルトに自らの爪を振るっていた。オルトはそれをギリギリ回避したが、それでも鎧の胸当てには大きな傷が出来ていた。グラガフは休む間も無く次々と攻撃を繰り出す。攻撃は単調になったが、速度と威力は増し、オルトも避けきれずに攻撃を受ける回数が増えていた。

 オルトもやられてばかりでは無く攻撃をカウンターで当ててはいるが、それでも動きは止まらず、グラガフの傷口は再生能力で塞がっていく。このままだとオルトが圧倒されて倒されるだろう。


(どうしよう、ルール無視で助けに行った方がいいかな?)


 アリナはここでオルトに死なれては困ると割り込む事を考える。


「俺は大丈夫だ!!」


 そんなアリナの考えを読んでか、オルトは蹴りでグラガフと距離を離して叫んだ。オルトは両手で剣を持ち、切っ先を地面に落として脱力した姿勢になった。アリナから見ても隙だらけの姿だ。野生の獣のように動いているグラガフは勿論オルトへと突っ込んでいった。


(凄い!!)


 オルトはグラガフが攻撃をする瞬間に合わせて剣を振り上げ、斬ると同時に攻撃の隙間をすり抜けた。そして振り返りざまに背後から更に斬り付ける。胸と背中を大きく斬られ、グラガフも流石に痛みに吠える。オルトは気を抜かずそのままグラガフの首へと剣を振り下ろした。

 “キーン”という金属音と共にオルトの剣は逸らされ、地面へと振り下ろされていた。オルトの剣を弾いたのはキサハの鎖鎌だった。


「なぜ攻撃を止めた?」


 グラガフがキサハに聞く。グラガフの輝きは消え、普段の虎の獣人に戻っていた。


「勝負は決まりました。貴殿が死ぬ必要は無いでしょう」


「ホント甘いな、オマエ達は。

確かにオレの負けだ。だがな、殺さなかった事を後悔するぜ。

そろそろ限界だ……」


 キサハにそう言ったグラガフの表情が苦悶に歪む。次の瞬間アリナはドス黒い感覚と、今までと違う危険をグラガフに感じたのだった。


「グラガフ、何なの、それ?」


「オマエのダルアと一緒だよ。オレはディスジェネラルになる代わりに“コレ”を付けられたんだよ」


 グラガフはそう言って自分の首輪を指差す。アリナはそれを聞いてとても嫌な予感がした。


「だったらすぐにそれを外しなよ!!」


「それが出来れば苦労はないさ。

ザンネンだがオレの意識があるのはここまでだ。オマエら頑張って戦えよ」


 グラガフがそう言うと同時に首輪から黒い触手が全身を這っていく。


「エル、あの首輪だけ破壊出来ない?」


「残念ながら首輪は首と結合していてムリです」


「グォオオオオオオオオオオオ!!」


 全身を黒い物体に包まれたグラガフが叫んだ。グラガフは魔族に闇術具ダルグを付けられ、ついにそれに支配されたのだ。


「みんな来るよ、気を付けて!!」


 グラガフの身体から複数の黒い物体が周囲に飛び散る。それらは黒い色をしたグラガフに似た姿に変形した。複製体を作ったのだ。そしてグラガフ自身は全身にトゲの付いた、赤黒い禍々しい姿に変わっていた。その目には意識が感じられない。


「本体はあたしがやる!!みんなは分身を!!」


「「はい!!」」


 アリナが指示を出し、戦闘が始まった。グラガフの分身は光り輝く前のグラガフと同等ぐらいの強さに見えた。エルやオルトは1対1なら戦えるが、キサハやメイルやゴマルはその動きに翻弄されている。

 問題は変化したグラガフ本体だった。速さは先ほどよりも遅いが、全身からトゲの生えた触手が飛び出し、攻撃の手数が圧倒的に増えている。それに加え傷口は黒い物体ですぐに修復されてしまう。心臓を突くか、首を落とさないと倒せないだろうとアリナは理解した。


(グラガフには悪いけどこうなったらやるしかない!!)


 アリナは決意を固めてグラガフに反撃を始める。ダルグの力で強化されたグラガフは確かに強いが、アリナにとっては先ほどオルトと戦っていた時の方が脅威だった。なぜならダルグの禍々しいオーラと危険察知が合わさり、アリナは攻撃が読みやすくなったからだ。アリナは魔導具を剣にして触手を斬り落とし、攻撃の隙を作った。


(今だ!!)


 大きく振り下ろされた爪を避けたアリナはグラガフの心臓目掛けて剣を突き刺す。剣は胸を貫き背中まで貫通した。アリナは刃を魔導具から分離させて暴れるグラガフから離れる。これでトドメになった筈だ。

 しかし心臓を貫かれようとグラガフの動きは止まらなかった。それどころか、攻撃の激しさが増す。他のみんなはまだ分身の相手をしていてアリナの援護には来れない。


(グラガフはもう別の生物で魔神ましんみたいにバラバラにしないと倒せないって事?)


 アリナは避けながらどうすればいいか考える。今のアリナは全体的に能力が上がり攻撃の威力も上がってはいるが、それでもダルアがあった時のような圧倒的な威力は出せなくなった。一方グラガフの攻撃は激しさを増し、アリナの作った魔導鎧の上に作った魔力の鎧に傷が付いてくる。アリナはいつの間にか防戦に回っていた。


(弱気じゃダメだ。今後もっと強い敵と戦うんだから!!)


 アリナは自分を奮い立たせ、どうにかしようと本能で動く。


『エル、ちょっとだけ手伝える?』


『出来ます』


『じゃあ、お願い――』


 アリナはエルに魔法の通話でタイミングとやって欲しい事を伝える。


『分かりました』


『ちょっと待ってて』


 アリナはエルに準備させつつ、上手くいくように調整に入る。タイミングは一度きりで、失敗したら敵に警戒される。アリナは傷付きながらその一瞬を見計らった。


(ここだ!!)


 アリナはエルとグラガフの間に誰もいない状態を作り、グラガフの足元の大地を魔力で隆起させた。


『エル!!』


『はい!!』


 一段高い所に持ち上げられたグラガフに向けてエルが大出力のビームを放つ。エルのビームは見事にグラガフの胴体に大きな穴を開けた。だが、グラガフの周りを包む黒い物体はそれを修復しようとする。


「させない!!」


 アリナは高く飛び上がり、刀に変えた魔導具でグラガフの太い首を1撃で斬り落とした。グラガフは首を斬り落とされても再生を続けていた。アリナは更に上昇し、武器の魔導具を巨大なハンマーに変える。ハンマー部分はなるべく硬く、重いイメージで作り上げられた。


「トドメ!!」


 アリナは重力で落下するハンマーに更に魔法で加速して再生中のグラガフの身体に叩き付けた。グラガフの身体は隆起した地面ごと叩き潰され砕け散った。

 グラガフを支配していたダルグの首輪が破壊されたからか、オルト達が戦っていた黒い分身達も崩れ落ちて溶けていった。最後に残ったのは斬り落とされたグラガフの首で、それを包み込んでいた黒い膜が溶け、グラガフの頭が地面に残った。


「ごめん、助けられなかった……」


「そんな顔するんじゃねえ。

妹に伝えてくれ、すまなかったと……」


 グラガフの頭は最期の力を振り絞ってそれだけ言うと動かなくなった。アリナは必死に泣くのを我慢したのだった。



 アリナ達は街道に戻り、獣人の里があると思われる付近まで来ていた。グラガフの頭は氷の魔法で腐敗しないようにして布で包み、責任もって届けたいと言ったキサハが持っていく事になった。キサハが一番身体が大きく、力もあるので反対する者はいなかった。

 アリナが進んで行くと急に危険な反応が増えてくる。恐らく獣人達の反応だろう。アリナ達は襲撃に備えつつ馬車を置いて徒歩で危険を察知した方へと歩いていった。


「止まれ!!オマエ達はナニモノだ?」


 男の声が聞こえ、あっという間にアリナ達は獣人に囲まれていた。よく見ると獣人達は皆子供で、声をかけてきたライオンの獣人だけ少し年上の青年のように見えた。


「あたしはアリナ・アイルです。デイン王国と獣人の里との同盟の話合いに来ました」


「帰れ!!

グラガフのアニキに誰も通すなって言われれる!!」


 獣人達は子供のようだが、里を守っているようだ。


「そのグラガフに同盟を結んでいいって言われたから来たの。話の分かる大人は居ないの?」


「アニキがそんなこと言う筈無い!!そうやってオレ達を騙そうってんだな!!」


 獣人の子供達は人間を軽蔑しているのか、話を聞いてくれそうにない。


「アリナさん、余が話をつけよう。

我らはグラガフ殿とあそこの山で対話し、戦いで決着をつける事になったのだ。

戦いに勝てば獣人族は同盟に加わるという話でな。

我らはグラガフ殿に勝利したのでその報告に来たのだ」


「アニキが負けた?ウソをつくな!!だったらその証拠を見せてみろ!!」


「しょうがないな。見て後悔するのでないぞ」


 キサハが包みを開き、氷漬けになったグラガフの頭を見せる。すると周りにいた獣人の子供達が一気に青ざめていった。ただ、ライオンの獣人の子だけは違った。


「よくも、よくもアニキを!!どんな卑怯な手を使った!!オレ達は絶対に許さない!!」


 そう言ってその子はキサハに向かって突っ込んでいった。しかしキサハはそれが分かっていたかのように軽く回避した。それと同時にキサハの周りから熱気が溢れ出る。


「ここの獣人の子はしつけがなっとらんな。戦いの結果をしかと受け止めよ!!」


 キサハの角が髪からはみ出して伸び、両手両足の爪も黒く伸びていく。ヤマトの国の戦いを神聖視する考えがキサハにも染み付いているのだろう。だが、ここで獣人との戦いは避けたい。アリナは双方を治めようと動こうとした。


「オマエ達、何をしてる!!」


 怒声が響き、皆の動きが止まった。現れたのは白い毛並みが美しい虎の獣人の女性だった。


「アナタはアリナね。それにそっちはヤマトの国のキサハ姫でしょ。

里の子供達が失礼したな。ウチはグラガフの妹のグリゼヌという。兄は負けたんだな……」


「グリゼヌさん、初めまして。アリナ・アイルといいます。

グラガフとは戦いで決着をつける事になり、魔族のダルグがグラガフを支配したので止める為にあたし達が殺しました。

ごめんなさい……」


「謝らなくていいよ。兄はこうなる事を分かってたから。

とにかく里に入って。そこで話を聞かせて」


 グラガフの妹のグリゼヌが乱入した事で騒ぎは収まり、アリナ達は獣人の里へと入れてもらえた。

 獣人の里は素朴な作りだが家や様々な建物があり、それなりに栄えているように見えた。だが、そこに住む人達を見て違和感を感じた。それはアリナがディスジェネラルのミボと共に人間の町へ行った時と同じ感覚だ。老人や女性や子供はいるが、男性がいない事にアリナは気付く。


「男の人を子供以外見かけないけど、みんな出かけてるとか?」


「あとできちんと話すけど、ここに働けるようなオトコは居ないよ。みんな戦いに借り出されたんだ」


 グリゼヌの表情は硬かった。アリナはそれ以上聞くのは止める事にした。アリナ達は里の中でも一番立派な家に案内され、その中の応接間のようは部屋で待たされた。


「先に食事にして、それから話は聞くよ。

あと、この子も関係するから同席させてくれ。

ほら、自己紹介しろ!!」


「分かったよ、アネキ。

オレはここの守備隊長をしてるガレオフだ。これでもここではグリゼヌの次に強いからな」


 アリナ達も簡単に自己紹介をして、その後運ばれた食事をグリゼヌとガレオフと一緒に食べ始めた。獣人好みの食事の為か、肉が多く、味付けもシンプルだった。だが、食材が新鮮なのか、戦いの後なのもあってとても美味しく感じた。

 食事の最中もガレオフはアリナ達をたまに睨みつけていた。長を殺されたのだから恨まれてもしょうがないだろう。


「それじゃあ、あたし達が何があったか説明する」


 食事が終わり、アリナは早速グラガフとのやり取りを説明した。そしてどうして殺さなければならなくなったかも。


「話してくれて感謝する。兄の頭を持ってきてくれた事もな。

兄は分かってたんだよ、こうなる事を。だからウチはオマエ達を恨んでなんか無い。

少しだけ聞いてくれるか、獣人が今どうなってるかを」


「勿論聞くよ」


 アリナ達はグリゼヌの話を静かに聞いた。


「兄が話したかもしれないが、獣人はずっと差別されてきた。ウチは獣人が劣ってるとは思わないが、実際他の種族には馴染めなかったんだ。

獣人達は魔族やモンスターのように無闇に人を襲ったり侵略したりしない。だが、人やエルフのように魔法や道具を使いこなしたり、ドワーフのように物作りが出来るわけじゃない。力や運動能力は優れてると自負するが、それだけでは勝者にはなれなかった。だから他の種族から見下されてきた。

兄のグラガフはそれが許せなかった。戦争に巻き込まれないようにコソコソとしてる獣人族を変えたかったんだ」


 グリゼヌが力説する。その様子をガレオフは真剣なまなざしで見つめていた。


「魔族連合に入る事は賭けだった。獣人はモンスターよりは知恵があるとはいえ、魔族には相手を騙して上手い事利用する者達がいる。いいように利用されるのだけは避けたいと兄は考えていた。

兄は獣人族の穏健派を力ずくで倒して長になり、魔族に取り入った。魔王が倒された後の魔族達は戦力を欲していて獣人にも好条件を出した。結果として獣人は人間に奪われた土地を取り戻し、魔族連合でも上位の地位を手に入れた。そこまでは良かったんだよ……」


 グリゼヌはとても悲しそうに見えた。


「兄は魔族連合のディスジェネラルに入れなければ今後の獣人の立場は終わりだと考えてたんだ。だから必死に交渉し、その地位を勝ち取った。

だが、魔族達は兄にディスジェネラルになる為の条件を付けた。覇者の首輪というデビルが作った首輪を付ける事だ。あれは特別な力が使えるようになるのと引き換えに、魔族連合への絶対の忠誠を誓わせるモノだったんだ。あれでグラガフは結局魔族連合のいいなりになるしかなかった」


「どうしてそんな事に……」


 アリナはそれを理不尽だと感じてしまう。


「魔族達も獣人の力を恐れたのさ。もし獣人が裏切ったら魔族連合は崩壊し、人間や他の亜人も独立する可能性があるからだ。兄は頑張り過ぎたんだよ。

結果として獣人達はいいように使われるようになり、魔族の鎧を着せられ完全な手駒にされた。裏切りが起こらないように戦える男達は全て借り出され、見ての通りさ」


「グラガフはそれに対して何かしなかったの?」


「勿論訴えたさ。獣人の扱いが悪いんじゃないかって。だが、不満があるなら土地を差し出せと魔族連合は言ってきた。兄は獣人の将来を考え、それは出来ないと相手に従うしかなかった。

結局自分のした事は失敗だったとグラガフは後悔した。だからこそアリナ、アンタの存在を兄は希望に思ったんだ」


「あたしが?」


 アリナは名前を言われて不思議に思う。


「兄はアリナが他の人間と比べて信頼出来ると感じた。そしてレオラに勝利したと聞いた時、アンタ達なら獣人を救えるんじゃないかとね。

どのみちこのままじゃ獣人の里は終わりだ。兄は自分の命と引き換えに獣人の未来をアンタ達に託そうと考えたんだ。アンタ達は予想通り兄を倒し、獣人と同盟を結びに来てくれた」


「グラガフはそんなつもりで戦ってたんだ。

ごめん、あたしにもっと力があればグラガフを救えたかもしれない」


「いいんだよ、覇者の首輪は絶対に外せないし、破壊したら兄も死ぬと言われてたから。

その代わり、アンタ達に頼みがある。ウチを連れて行って欲しい」


「え?」


 突然のグリゼヌの頼みにアリナは困惑する。


「残念ながら獣人との同盟は長が死んだのですぐに結ぶのは難しい。

というより、結んだとしても獣人族の戦士の殆どは魔族連合で今も兵士として囚われているんだ。しかも魔族の鎧を着せられて簡単には裏切れない。それを助けて欲しいんだ」


「それは分かったけど、それだと獣人の戦士を助けるのは難しくない?」


「兄に聞いたんだ。オマエ達の仲間に聖女がいるって。ソイツなら獣人達を解放出来る」


「ああ、確かにミアンなら出来るかもしれない」


 グリゼヌの言っている事がようやくアリナも分かってきた。グラガフはミアンなら魔族連合の兵士にされてる獣人を魔法で解放出来ると考えたのだろう。


「だが、鎧の束縛が解けても、獣人達は人間の味方になるとは限らない。その為にウチがオマエ達について行くんだ」


「グリゼヌの言ってる事は分かったよ。

あたしはいいけど、みんなはどう?」


「俺はグラガフの頼みならやりたいと思う」


「アリナお嬢様の望むままにして下さい」


「自分も獣人族を救いたいです」


 オルトとメイルとゴマルはグリゼヌの願いを了承した。


「余は獣人の問題は獣人で解決すべきだと思うぞ。

だが、それが難しい事は承知している。我が主マサズ様は獣人族を助けろと申している。ならば余が反対する事は無い」


「ありがとう。その言葉で兄グラガフも救われるだろう。

その代わりウチが出来る事は何でもするから言ってくれ」


「待ってくれ、アネキ。そうしたら獣人の里はどうするんだ。アニキもアネキもいなくなったらおしまいだよ」


「ガレオフ、オマエがそんな弱気でどうする。

グラガフが言ってたぞ。ガレオフが次の獣人の長だと。ウチもそう思ってる。

心配するな、やがてみんな帰ってくる。それまでオマエ達がこの里を守るんだ」


「うん、分かったよ。任せてくれ!!」


 ガレオフの顔には強い意思が宿っていた。その時“ピコッ”という音と共にアリナの持っていた連絡用の魔導具が光った。その色は同盟失敗でトラブルありを知らせるオレンジ色だった。


「みんな、お姉ちゃんのエルフとの交渉が失敗して何か問題が起こったみたい」


 アリナはそう言いつつ、とても嫌な予感がしたのだった。



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