34.奇襲
ボーブ砦への進軍は想像以上に困難だった。アリナ達は戦闘慣れしていたからいいが、グイブの50人の兵士は能力もバラバラで、人数が多く隠密に移動する事が出来ないからだ。なのでアリナとエルが先頭に立ち、周囲の敵を索敵しつつ、なるべく安全な道を進む事になっていた。グイブが魔導具“覇者の王冠”を使えばもっと速く進軍出来るのだが、グイブいわく、砦が近付くまでは無駄に使用したくないというので兵士達は素の状態で着いてきている。
「こんなんで上手く行くのかなあ」
アリナはスミナにだけ聞こえる小声で愚痴をこぼす。
「今のところ敵に気付かれた様子は無いし、力はなるべく温存した方がいいのは確かだよ。
奇襲に関してはわたし達は裏方なんだから我慢しよう」
「分かったよ」
アリナは自分が全力で突っ込んで行って砦を壊してしまえばいいんじゃないかという思いを何とか消し去る。今後もグイブの部隊が前線に立つ事を考えたらこの奇襲の成否が重要な事はアリナも承知している。それはそれとして、のろのろとした進軍は自分には合わないなとアリナは思い知らされていた。
そんな中でもアリナは自分の役目をきちんと果たしていた。
「前方に敵が居るよ。それもかなり強い。こっちにはまだ気付いてないけどどうする?」
アリナが祝福の力で感じたのは複数のデビルと思われる危険だった。戦って苦戦するほどでは無いが、敵の動き次第でこちらの情報を知られる恐れはある。
「戦いは避けよう。時間はかかるけど迂回して、安全な道を行って、どうしても無理そうなら一気に倒そう」
「分かった。じゃあこっちにルート変更で」
アリナは頭の中に叩き込んだ道を進んで行く。敵はどうやら砦に向かっていたみたいで、徐々に距離が離れていった。ただ、余計に時間はかかり、アリナは気が抜けない。この時ばかりは自分の危険を察知する祝福を誰かに譲りたい気分だった。
「ここが敵に気付かれないギリギリの距離だね」
部隊はようやく砦が見えるギリギリの距離まで移動していた。これ以上近付けば敵の監視に見つかる恐れがある。
「皆さん、ありがとうございます。もう十分です。ここからで僕は奇襲をかける事が出来ますので。
では準備の間の見張りだけお願いします」
やる気がありそうなグイブがそう言って兵士達に準備をさせ始めた。アリナは気を抜かず、周囲を警戒しつつ少しだけ休憩する。
「アリナ、砦の様子はどう?前と変わらない状態?」
「ここからで分かる範囲だと、前と同じぐらいの数は砦にいると思う。ただ、特別大きな危険は感じられないから、ディスジェネラルは居ないと思う。レオラが故意に敵意を消してるとかじゃなければだけど」
もしディスジェネラルやレオラがいそうならアリナは自分が出て行くつもりだった。グイブの部隊に戦わせるのが正しいのだが、アリナにも譲れない戦いがあるからだ。
「始まるんですね、戦いが」
「ミアン、ごめんなさい、ここまで連れ出してしまって。何かあった時に貴方の力が必要だと思ったので」
「スミナさん、いいんです。この戦いの行く末を見守る事も私の役目ですから」
ミアンはいつもと異なり聖女としてこの場に居るようだ。
「ソシラ、戦闘の準備して。これから出番があるかもしれないんだから」
「移動だけで疲れた……。何も起こらない事を祈る……」
レモネに言われて座り込んでいたソシラは渋々武器や防具の準備をする。
「あたしもお姉ちゃんもエルちゃんもいるし、レモネもソシラも多分戦闘にはならないと思うよ」
「そうですね、よほどのことが無ければレモネ達やミアンは待機で終わるでしょうね」
アリナもスミナもここまで来れば大きなトラブルは無いだろうと思っていた。勿論グイブが失敗しないという前提があればだが。
「準備が終わりました。皆さんは待機して頂いていて結構ですよ。あとは僕らがやりますので」
「グイブさん、宜しくお願いします」
覇者の王冠を装着したグイブが戻って来て、スミナが返事をした。グイブの部隊の兵達は全員魔導具の兜を被って整列していた。移動していた時より落ち着いていて妙な迫力が感じられた。アリナは前回の闇機兵を圧倒したという戦いを見ていないのでお手並み拝見と部隊を見つめていた。
グイブは直接戦闘しないからか、持ってきた小型の飛行用魔導具に乗る。これは半円に手すりが付いたような形をしていて、速度は出ないが安定して飛行する魔導具だそうだ。
「開始」
グイブがそう言うと部隊が一気に動き出した。最前線の盾を持った騎士も予想より速く魔法の効果で移動し、一気に砦に近付いて行く。砦側の魔族連合も勿論それに気付いて動き出した。砦というだけあって、分厚い壁に囲まれ、入り口の門も固く閉ざされている。上空から入るにも飛行型のモンスターが守りを固め、壁にも射撃を得意とするダロンが配置されていて鉄壁の守りに見える。
アリナならばそれでも上空から突撃するか、無理矢理扉を破壊して中に侵入するが、大部隊でそれをやるとなると難しい。まだ完全に敵が対策を取る前ではあるが、グイブの部隊がどうやって砦を制圧するか想像出来なかった。ただ、奇襲に対して上空のモンスターは連携が取れて無さそうなので、アリナは上から行くのがマシな気がしていた。
しかしグイブの指揮する部隊はそのまま地上を進み続けた。壁に配置されたダロンの射程に入れば一方的に攻撃されるだろう。速度を上げて近付いても壁がある限り砦には入れず、防戦一方になってしまう。アリナは本当に大丈夫だろうかと心配になっていた。
「あれは何かしら?」
それに気付いたのはレモネだった。動きが止まった盾を持った騎士の間を巨大な何かを持った騎士達が移動している。布で覆った何かの道具をグイブの部隊が持ち込んでいたのは知っていたが、それが何なのかを誰も知らなかった。
「あれは魔導兵器ですね。恐らく攻城用の」
スミナが出てきた道具を見て説明する。騎士達はそれを地面に設置すると綺麗に左右に分かれた。すると長い筒状のその道具は高速で壁へと飛んでいった。急な攻撃でダロン達も他のモンスターもそれに対応出来ず、魔導具はそのまま砦の外の壁に突っ込む。すると“ドンッ!!”という重低音と共に巨大な火柱が空に向かって伸びた。火柱は壁とそこに配置された数体のダロン、そして上空を飛んでいたモンスター数体を巻き込んで破壊していた。壁が崩れ、煙が辺りを包み、砦は大騒ぎとなる。
「凄い威力ですね。あんなものが王国にあったなんて」
「アスイさんが見つけた魔導具だと思います。国では攻城用の魔導具を使う事が殆ど無いので宝物庫に仕舞われていた物を国王陛下が渡したのでしょう」
ミアンにスミナが説明する。確かに守る戦いばかりで攻めるのに道具を使う事は今まで無かったなとアリナは思った。
慌てる魔族に対してグイブの部隊は冷静に、正確に砦へと侵入していく。狙ってくる上空のモンスターと壁に配置されたダロンを次々と複数の騎士達で連携して倒していく。
砦から出てきたモンスターやデビルは逆に迎え撃って相手には連携させないように徹底する。裏を取ろうと裏口から出てきた魔族もグイブは把握し、人を回して挟み撃ちにはさせない。砦の周囲は完全に把握され、次々と砦の中へと攻め入るターンに移っていた。
「わたし達ももう少し近くへ行きましょう」
スミナが不測の事態に備えて砦の近くまで皆で移動するようにする。空を飛んでいたグイブも周囲の安全が確保出来たのか同じように近くに移動していた。アリナは近付く事で砦の中に居る敵の危険を正確に察知出来るようになる。やはりディスジェネラル級の敵はいないようだが、デビルでそれなりに強い敵が残っているのが分かった。そしてその強いデビルは砦の建物から外へと出て来るのが分かる。
“ドガンッ!!”という破壊音と共に砦の壁が破壊され、そこから騎士が投げ出されていた。3メートルはある屈強な紫色のデビルが手に騎士を掴み壊れた壁の間から現れる。
「うっとおしいザコどもと指揮してるのはドコのどいつだ!!!」
デビルが叫んだ。デビルは体中に剣が刺さり、集中攻撃をされていたのが分かる。それでもまだまだ元気そうだ。アリナは自分達の出番かもと様子を見る。
「デビルという種族は下品ですね。戦いはまだ終わってませんよ」
「オマエか!!」
砦の近くの上空から喋るグイブに対しデビルは突っ込んでこようとする。グイブは移動せず、動揺もせず落ち着いていた。地上にいたグイブの部隊の魔術師達が魔法の壁を作ってデビルの動きを止めようとする。しかしデビルも普通のものより強く、魔法の壁を破壊しつつグイブへと迫った。そこへ上下から騎士達が斬りかかり、デビルの蝙蝠のような羽が切り落とされた。バランスを崩したデビルに対し力のありそうな騎士達がメイスで地面へと叩きつける。デビルはボロボロの身体だがそれでも地面で立ち上がった。
「卑怯者め!!直接勝負しろ!!」
「デビルがそれを言いますか。あなたが大将ですね。その首貰いましょう」
グイブがそう言うと同時に騎士達が次々と斬りかかった。デビルも暴れて反撃しようとしたが、騎士達は斬り、叩き、動きを封じ、分厚いデビルの首を数人で斬り落とした。デビルの大将は首だけでグイブを睨みつつ絶命したのだった。
残りのモンスターや魔族も倒され、降参した複数の人間と亜人だけが生き残っていた。
「皆さん、制圧は完了しました。あとは砦に爆弾を仕掛ければ今回の作戦は完了です」
グイブが近くで待機していたアリナ達の方に魔導具に乗って飛んできて報告する。まだ覇者の王冠は付けており、それで兵士達に指示を続けているようだ。流石に今回は死傷者無しとはならなかったが、それでも数人の被害で済んだのは圧勝と言えるだろう。
アリナが魔導具の爆弾を仕掛けている兵士達を見ていると、砦の中庭部分に縛られた人間や獣人などの降参した捕虜が連れられて行くのが見えた。彼らは並べられ、地面にしゃがみ込まされる。その背後には斧を持った騎士が並び始めた。
「グイブさん、待って下さい。捕虜の方に何をしようとしているのですか?」
その様子に気付いたミアンが声を上げる。
「ああ、処刑ですよ、勿論。逃げて我々の情報を知られるのは問題ですからね。全員の記憶を消していく時間も無いですし、魔族連合相手に捕虜の交渉など無駄ですから」
「やめて下さい。あの人たちは降参したんですよ。そんな人まで殺してはいけません」
「聖女様のお言葉とはいえ、これは最初から決まっていた方針です。
何かいい案があるのでしたら止めますが、方針を変えるとなると今後の問題の責任を取る必要が出ますよ?」
グイブの言っている事が正しいのは分かるが、アリナはそれに同意出来なかった。アリナが言葉を発しようとしたその前にスミナが前に出ていた。
「わたしが責任をもって遺跡に連れて行き、記憶の操作をします。それなら問題無いですね?」
「スミナさんが責任を持つという事でしたら、お任せします。元々作戦は貴方達の立案ですし、何かあった時は責任を取って貰えるなら僕は構いませんよ。
ただ、きちんと国王陛下に報告をして下さいね」
グイブはそれだけ言うと砦の方に戻って行った。捕虜の処刑は止まったようだ。
「スミナさん、ありがとうございます」
「最初から無駄な血は流さないって話だったし、捕虜の扱いについてグイブさんときちんと話し合わなかったわたしの責任でもある。
確かに情報が洩れるのは問題だから逃さないようにするのは正しいけど」
スミナはそう言いつつ捕虜たちの方へと向かう。これで一安心だと思ったところで、アリナは異常な危険を察知する。
「みんな、砦の人を守って。エルちゃん、シールド!!」
アリナはそう叫んで攻撃が来ると思われる方向に多重の壁を作りだした。アリナが作ったのとほぼ同時に光の速さと思われるほどの速度で何かが飛んで来る。その弾はアリナが作り出したもっとも硬いイメージの壁を次々と貫き、エルが瞬時に張ったシールドも破壊し、砦の壁に着弾した。流石に威力が落ちていたようで、壁に大きな凹みを作るだけで済んでいる。
それを撃ち出した人との距離は遠く、そんな芸当が出来る人物をアリナは1人しか知らなかった。
「エルちゃんとミアンは引き続きシールドを、お姉ちゃん達は伏兵が来るかもだからみんなを守って!!」
「アリナは?」
「説得しに行く!!」
アリナはそれだけ告げて高速で飛行した。そんなアリナに向けて正確な射撃が放たれる。それは魔法を宿した高速の矢だとアリナには分かっていた。アリナは今度は多重の壁ではなく、矢に対して斜めの角度の厚い壁を作る。矢は壁を削りつつも進路を変え、砦の斜め横に着弾した。着弾した矢は爆風を上げ地面に大きな穴を作っていた。こんな攻撃をまともに喰らったらアリナといえど1撃で死ぬだろう。
アリナはとにかく相手との距離を詰めないと不味いと高速で矢が飛んできた方へと飛行する。それに対して攻撃を防がれたり逸らされたりしたのを理解した相手はアリナに目標を定め、複数の矢を同時に放ってきた。先ほどの矢ほど速度はないが、5発同時に放たれたので全てを回避したり同時に防ぐのは不可能だ。
(こんな技も持ってるんだ!)
アリナは驚きつつも冷静に対処する。ここで立ち止まって矢を防ぐのは相手の思う壺だ。遠距離攻撃の相手に対しての正しい対応はどれだけ近付けるかだとアリナは理解している。だから、アリナは速度を落とさず、正確に正面の矢に対して槍を作って貫いた。魔力の乗った矢と魔力を込めた槍の先端同士がぶつかり合い、アリナの魔力で作った槍の穂先が破壊される。だが、矢の勢いを殺せたのでアリナは速度を落とさず避けられ、他の矢の間を突破出来た。
(見えた!!)
そしてアリナは木々の間に立つ1人の長い金髪のハーフエルフの女性を見つける。ディスジェネラルのエリワである。
「エリワ、あたし、アリナだよ!!あたし達はあんたと戦うつもりは無い!!」
アリナがそう叫んだが、即座にエリワから攻撃が来た。3本の矢が魔導具の弓から放たれ、その周りには竜巻が巻き起こる。3本の竜巻はアリナに向かって襲い掛かってきた。手加減してない、本気でアリナを殺しに来る攻撃だった。アリナは回避しようとしたが、竜巻はアリナを追尾して追って来る。シールドや魔導鎧で耐えられる威力では無い。
(クソっ!!)
アリナは全身の魔導鎧を魔力の装甲で強化し、自ら竜巻へと突っ込んだ。今のアリナには竜巻の中のどの部分の威力が弱いかが感知出来るので、針の穴を通すようにその部分を身体を縮めて突破する。それでも身体は無傷とはいかず、魔力で作った装甲はズタボロになっていた。
「攻撃を止めて話を聞いてよ!!
もうボーブ砦は占拠したの。あたし達には魔族連合と戦える力があるって事。それにお姉ちゃんも戻って来たんだから!!」
エリワに接近しつつアリナは叫ぶ。が、エリワは声には反応せず、連続して攻撃してきた。エリワは険しい表情をし、操られているようにも見えない。アリナは攻撃を避けるので手一杯だ。
(なんかおかしい!?)
アリナはそこで初めてエリワに違和感を覚える。以前のエリワなら裏切った事への文句か再会出来た嬉しさかどちらかの言葉を発したはずだ。だが、ここまで接近しても何も言わずに攻撃してくるのはおかしい。
(もしかして誰かに見られてる?)
アリナは周囲の危険を察知してみるが、エリワの他には野生の動物ぐらいしか感じられない。だが、魔法で偽装された何かがあった場合は魔法で細かく調べないと分からない。
「アリナ!!大丈夫?」
「お姉ちゃん!!」
そんな時スミナが凄いスピードで駆け付けて来た。スミナにもエリワは瞬時に攻撃したが、それをスミナはギリギリ回避する。
「ここまでだな。
アリナ、本当にそんな事が出来ると思ってるのか?」
「エリワ、話を――」
「今度は倒すから」
エリワはそう言って猛スピードで森へと消えていく。
「アリナ、追わなくていいの?」
「今はいい。それに森の中だと多分追い付けない」
アリナはエリワの行動がディスジェネラルとしてエルフの仲間達を守る為の苦肉の策だったのではと思った。
ボーブ砦はグイブの部隊が仕掛けた爆弾で破壊された。残骸は残ったが、簡単には再建出来ない状態になっていた。アリナがディスジェネラルと戦闘し、相手が逃走した事を話したのでアリナ達とグイブの部隊は全速力で遺跡へと引き返した。
追手がいない事を確認し、ようやく落ち着いて戦果の確認をする。
「皆さんのおかげでボーブ砦の奇襲作戦は無事成功しました。戦死者も4人と抑えられ、想定以上の被害で収まりました」
グイブの報告に口出ししたい者も勿論いたが、流石にこの場では余計な事は誰も言わなかった。
「計画通り行ったという事は今後の作戦も継続するんでいいんだな?」
「そうですね、はい、予定通り進めましょう」
オルトの質問にスミナは一瞬だけアリナの顔を見てから答える。エリワの件が想定外ではあったからだろう。だが、相手が説得する予定のエリワだったので予定を変える程では無いとスミナは即座に判断したのだ。
「じゃあ僕達は予定通り転移して城に戻りますね。
最後にアリナさん」
「はい?」
突然グイブに名前を呼ばれてアリナは変な声で答えてしまう。
「貴方が攻撃を防いでくれたおかげで作戦は成功しました。本当にありがとうございます。もしあの攻撃が爆弾を誘爆していたら被害が増え、下手をしたら部隊は壊滅していました。
以前から思っていたのですが、やはりアリナさんは素晴らしい人です。心の底から尊敬します。今後も共に戦えれば光栄です」
「は、はあ。ありがとうございます」
アリナは急にグイブに褒められたので気の抜けた声で返事した。今までグイブはスミナの事を評価していると思っていたのでそんな事を言われるとは思っていなかった。褒められるのは悪く無いが、その相手がグイブだというのがとても微妙だった。
「じゃあみんな、わたしとエルはグイブさん達を王国内に送って、代わりに魔導馬車を持ってくるから」
「了解。よろしくね」
アリナはスミナとグイブ達を見送った。
残されたアリナは今後の事についてエリワの件も含めて話合うつもりでいた。
「アリナ、グイブさんに惚れられたんじゃない?」
「え!?何言ってんの???」
レモネに茶化されてアリナは過剰に反応する。こんなところで恋愛話をするつもりも無かったし、グイブに対してそんな事を考えた事無かったからだ。
「確かにあの感じは惚れててもおかしくないな」
「オルト先生までそんな事言わないで下さい」
「グイブさんはお嬢様達の昔のお見合い相手でしたね。領主のご子息同士で悪い縁ではないですよね」
「メイルまでからかわないで!!」
アリナはメイルが完全にふざけているのが分かって起こった振りをする。ただ、それによってこれからの事で緊張した場が少し和んだ気がした。
「ところでアリナお嬢様、エリワさんと戦ったとは聞きましたが、実際に感触としてはどうだったんですか?」
「話は一切聞いてくれなかった。
というか、あえて会話を避けてたんだと思う。魔族連合の目があるからエルフの森じゃないと対話は出来ないと思う」
「そうか。ここでエルフが魔族連合から抜けてくれれば一気にやる事が減ったんだがな」
「それよりも捕虜の方達をどうにかしないといけません。記憶を操作出来るのはスミナさんだけでしょうか」
ミアンが連れてきた捕虜の心配をする。今は遺跡の入り口にある部屋に閉じ込めているのだ。
「あたしも出来るけど、お姉ちゃんほど早くないんだよね。
こんな事なら魔法科の生徒かお城の魔法使いを連れて来れば良かった」
敵地での移動を考えてたので魔法使いを連れて行くという案が出なかったのを今更悔やむ。
「亜人の人は別として、人間の捕虜は王国に連れて行くのはどうでしょうか?情報も聞き出せると思いますし……」
「ソシラさん、捕虜の人達にも家族がいるかもしれません。いつ戻って来れるか分からないのに連れて行くのは難しいでしょう」
ソシラの案をミアンが却下する。ミアンは聖女として敵味方関係無く多くの人を救いたいと動いていた。
「そうだね。お姉ちゃんが来るまでにあたしが少しずつ記憶を消して開放するよ」
「私も手伝います」
「では自分も」
アリナが動くと遺跡で待機していて手持無沙汰だったエレミとゴマルが付いてきた。みんなの協力もあり、アリナはスミナが戻って来る前に捕虜の解放を済ます事が出来た。捕虜達は別々の離れた場所にここ数時間の記憶を消された状態で解放したのだった。
「アリナ、任せちゃって悪かったね」
「いいよ、捕虜の人達を助けたいって気持ちは一緒だったから。
それより思ったより時間がかかったけど何かトラブル?」
数時間後に魔導馬車と共に戻って来たスミナに対してアリナは確認する。
「トラブル、ってほどじゃ無いんだけど、転移後にグイブさんの部隊の人達数人が急に倒れちゃって。転移の影響が人体にあったら不味いと思ってその確認して時間を取られたんだ」
「で、原因は分かったの?」
「うん、一応。どうも覇者の王冠の指示を受ける兜の魔導具が壊れてたみたい。
グイブさんの話であの兜も付いてきたって言ってたでしょ。ただ、数は全員分は無くて、魔導具を解析して複製したんだって。だけど、それが完全では無くて使用者に影響が出てた、っていうのが分かった事。あとはグイブさんの方でやるから心配するなって言われた」
「そうなんだ。まああっちの心配はしてないけど」
アリナはそう答えつつ、兜の数が足りなければ今後の魔族連合への攻撃も変わるなと思っていた。
「ねえアリナ、今後の割り振り変える?エリワさんと話すならアリナの方がやっぱりいいかなって」
「いいよ、予定通りで。あたしの言いたい事は伝えたし、お姉ちゃんの話ならちゃんと聞いてくれるかもしれないから」
「そう?アリナがそう言うなら予定通りやろう」
アリナはエリワともう一度話したい気持ちはあった。だが、そうすると予定が狂い、どこかでズレが出そうなのでスミナに任せる事にしたのだった。