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32.王都での攻防

「ふぅー。生き返るねー」


 アリナは露天の温泉に浸かって完全に脱力する。ここはエレミの実家であるナンプ家の屋敷の温泉で今はアリナ達に貸し切り状態になっている。双子とメイルとエレミに加え、人間の女生徒姿のエルも一緒に温泉に浸かっていた。それに加え小竜姿のホムラも同行し、エルに身体を洗って貰って一緒に温泉に入っていた。仮の姿だが一応肉体は生物なのだろう。


「私までこんな場所をお貸し頂きありがとうございます」


「いえ、この辺りは田舎で、自慢出来る事は温泉ぐらいしか無いんですよ」


 遠慮しながら入るメイルにエレミが答える。温泉を拒否したメイルも一緒に入るよう双子に説得され入った経緯もある。既に時間としては深夜を回り、空には満点の星が輝いていた。


「でも、みんな無事にここまで来れて良かったよ。結構ギリギリの戦いだったし。エレミちゃんを巻き込んで申し訳ない気持ちだよ」


「アリナさん、そんな事無いです。それに目の前であんな凄い戦いが見れた事は素晴らしい経験だったと思います」


 アリナはエレミの方が背は高いが、なんだか新しい妹が出来た気分になっていた。エレミが実際に沢山の兄や姉がいる末っ子なのでそう感じるのかもしれない。エレミの兄弟達は皆王都にいるので屋敷にはエレミの両親と少しのメイドしかいない。エレミは可愛がられているようで帰ると両親に大歓迎されていた。


「でもここまで来て大正解だったね。あの遺跡は使えないけど、多分他の遺跡なら使えそうだから」


「黒騎士の記憶はワタシが引き継いだので大丈夫です」


 黒騎士との戦いの後、遺体を柱のような装置に埋葬し、エルが受け取った媒体を取り込んで確認した。その中には黒騎士が言った通り過去の戦闘記録と黒騎士として認識される為のコードが入っていた。エルが実際に遺跡の装置を確認すると確かに権限を持った者として認識された。

 だが、黒騎士との戦いで施設は大破し、まともに使える物は残っていなかった。別の残っている遺跡の場所をエルが認識したので今度はそれを確認しに行く事に決まったのだった。


「そういえばお姉ちゃん、戦いの時に直接頭に話しかけて来たよね。あれってどうやったの?」


「ああ、あれはエルの魔法での会話の機能を使ったの。言わなかったけどアリナにはエルのサブマスターとして認識してもらって、わたしがいない時はアリナの指示を聞くようにしてもらったんだ。

エル、試しに魔法で会話してみて」


『マスター、アリナ、聞こえますね』


「聞こえるけど、話す時はどうするの?」


『アリナ、わたし達に話しかけるみたいに声に出さずに喋ってみて』


『こんな感じ?』


『そう、これはわたしとエルにしか聞こえてない』


「なるほどね、お姉ちゃんが使ってるってのは聞いてたけど、こんな感じなんだ」


 アリナは改めてエルの便利な機能に感心する。


魔宝石マジュエルのエルさんの事は凄いと思ってましたが、生徒としても普通に振舞ってましたし、この間の戦闘も凄かったですし、本当に魔導帝国の技術は凄かったんですね。

それで、その小さな竜の使い魔が竜神様というのは本当なのでしょうか。しかもホムラさんという名前を聞くと、転入生のホムラさんと同じ名前なんですが……」


「黙っていてごめんね。説明しても良かったんだけど、言うと隠し事を頼まないといけなくなるから。

この小さな竜は竜神のホムラなのは本当なの。ただ、これは本体じゃなくて、あくまで地上を見聞きする為の分身みたいなものだからあまり気負わなくていいよ」


「これが竜神様……」


「スミナの言う通りこの姿のわらわは戦闘力も魔力も無い、ただの飾りみたいなものじゃ。うやまう必要はないぞ」


「このホムラはペットみたいなモノです」


 エルが温泉の中で抱いているホムラを撫でる。ホムラは抵抗せずに大人しくしていた。それを見てエレミは納得したようだった。


「それよりアリナの最後の攻撃は凄かった。あの時アリナがやられたと思って焦ったんだから。あれ、どうやったの?」


「正直言うと自分でもよく分かってないんだ。火事場の馬鹿力というか、何とか避けようと魔導鎧を解除して、一番素早いイメージで動いたら背後を取れてたんだ」


 アリナは必死だった瞬間を思い出しながら言う。


「それにお姉ちゃんの方が凄かったよ。次元の扉を解除したり、敵の動きを把握したり」


「お嬢様達はどちらも凄かったですよ。私にはお2人が協力する事で黒騎士を倒せたのだと思いました」


「それを言ったらここに居る全員がでしょ。エルは勿論のこと、メイルとエレミさんが援護してくれたからこそ勝つ事が出来た。それは今後の事を考えれば大きな前進だと思う」


「今後の事かあ……」


 アリナは問題がまだ山積みなのを思い出し、少し憂欝な気分になるのだった。



 双子達がイスト地方に黒騎士の調査に向かっている裏で、王都では別の事件が起こっていた。


 聖女ミアン・ヤナトはスミナ達の協力が出来なかった事を悔しく思いつつ、議論が絶えない話し合いを聞いていた。聖教会の大神殿の大広間では口論が続いている。論点となっているのは国王の魔族連合への攻撃についてである。


「やはり我々は王国への支援を止めるべきです。復興もままならない状態で魔導結界を解除するなど以ての外です!!」


 若いがかなり立場が高い聖教会の聖職者の男性が興奮気味に言う。王国への反対意見を代表しているのがこの男性である。比較的若めの聖職者達は彼を支持していた。


「だからといってこのまま防戦をしていれば状況が悪化するのは国王陛下のおっしゃる通りでは無いでしょうか。我々にとっても魔族は相容れない存在、先を考えなければなりません」


 ふくよかな女性の聖魔術長であるマーゼが穏やかに反論する。だが、場の空気は王国への不信の方に流れてしまっていた。


「ミアン様、聖女としての意見をお聞かせ下さい」


 ミアンは今まで黙って話を聞いていたが、大司教であるオーベに意見を求められてしまった。ミアンの中には感情的な意見と聖女としての意見がない交ぜになっている。が、今この場で言うべき事は決まっていた。


「国王陛下のお考えに反対するつもりはありません。支援を求められたのなら、それには応えるべきです。

ですが、我々聖教会としては今起こっている復興を優先し、市民の安全を守る事を考えましょう。もし本当に魔導結界の解除を行う事になった際は、結界付近の都市を重点的に対応する必要があると考えています」


「ミアン様、ありがとうございます。私もミアン様の案に賛成です。

国王陛下の案もまだ決まったわけでは無いと聞いています。我々は今後の行方を慎重に見守り、それに伴った対応を行うべきではないでしょうか。

何か意見のある者はおりますか?」


 ミアンに続いて最年長のオーベが話をまとめると、反論する者はいなくなっていた。ミアンはオーベのやり方は今も変わらないなと内心笑ってしまう。そして自分が飾りであってもこの場を収める役に立つなら十分だと感じていた。

 話し合いは終わり、聖職者達はそれぞれの仕事があるので退出していく。


「ミアン、ごめんなさい。私では話をまとめられませんでした」


「マーゼ様が謝る事じゃないですよぉ。それにミアンも魔導結界を解除する事に関しては反対ですしぃ。

ただ、それもスミナさん達が何とかしてくれる気がしてるんです」


「スミナさんとアリナさんに関しては我々は助けられてばかりですな。まだきちんとしたお礼も言ってないので申し訳ない」


 広間から皆が去ったあと、ミアンとマーゼとオーベの3人だけが残り、話を続けていた。


「ミアン、すまなかったな、今日の会合が無ければ着いていけただろうに。

ミアンにはあの2人の支援を最優先でやってもらいたいと私は考えているのだ」


「大丈夫ですよ、聖女としての仕事も大事です。

ですが、ミアンもあの2人を守る事が今後重要だと感じています」


「聖教会の仕事は私に任せて下さい。他の者も聖女様の力になれればとフォローして下さってますから」


「その事には本当に感謝しています。オーベ様もマーゼ様もいつも本当にありがとうございます」


 ミアンは他の聖教会の人達全員に感謝の言葉を送りたいと思っていた。その後雑談が続き、和やかな雰囲気になってきたが、それは急な報せに断ち切られた。


「大変です!!魔族の兵器と思われる集団がカップエリアの外に迫っています!!」


 ノックの後に入って来た聖職者の女性が大きな声で告げる。カップエリアは異界災害が起こった場所で、その名残もまだ残っている。一般市民が多く住み、復興がやっと一段落ついたところだ。王都で再度攻撃されるのが一番痛い場所である。


「私達も向かいましょう。オーベ様、後のことは任せます」


「分かった、無理はせぬようにな」


 ミアンはマーゼと戦闘に強い聖職者数人を連れ、馬車で王都の東の門へとすぐに向かった。大神殿はペンタクルエリアにあるが、カップエリアに近い場所なので時間はかからずに門へ到着する。緊急事態で門は厳重に閉じられていたが、聖教会のローブを衛兵が確認すると馬車は無理だが徒歩で外へ出る事が出来た。その際、魔族が攻めて来た場所の説明も聞き、ミアン達は魔法で速度を上げてその場所へと向かう。

 戦場は騎士団の馬や馬車が集まっているのですぐに分かった。だが、戦いはまだ始まっていないようで、辺りは静かだった。ミアンは到着すると共に戦闘せずに立って待機しているアスイやオルトを見つけ話を聞きに行く。


「ミアンさん、もう到着したんですね。助かります」


「魔族の兵器が来たと聞いて急いで来ました。ですが、戦闘は始まってないようですね。どういう状況なんですか?」


「ミアンさん達も含めて、国王陛下の御命令で今回の戦闘への参加は控えるよう言われているんです。

ですので騎士団の方達もやきもきしているんです」


 アスイに言われて周囲を見ると、武装はしているものの、手持無沙汰になっている騎士団の面々が少し離れた場所にいた。ミアンはまだ状況が飲み込めない。


「敵は近付いているんですよね。どういう事でしょうか」


「魔法で拡大してあの辺りを見て下さい。

あそこに控えているのがグイブさんがここ数日で準備した部隊です。国王陛下はその実用性を示す為に彼に単独で今回の戦いの防衛を任せたのです」


「見たところ人数的には30人ぐらいですよね。魔族の兵器が以前戦ったものと同一なら難しいのではないでしょうか」


 ミアンは拡大して見た部隊の人数を確認して言う。グイブが一歩引いた位置に立ち、その前に整然と特殊な兜を被った兵士達が並んでいた。グイブへの印象は置いておいて戦いで大きな被害が出るのは見過ごせないとミアンは思っている。


「敵の規模を確認して、グイブさんは問題無いと言っています。勿論状況を見て我々もいつでも参戦するつもりです」


「そうですか。国王陛下の御命令では仕方ないですね」


 ミアンは一旦聖教会の仲間達に状況を伝え、いつでも怪我人の回復が出来るように準備させておく。ミアンはマーゼと2人でアスイ達と共に戦況を見守る事にした。


「オルト先生はどうお考えなんですか?」


「俺にもまだ分からん。グイブさんの訓練の様子は極秘で、俺も騎士団のみんなも知らないんだ。今は国王陛下の指示に従うしかない」


「前回と比べて援護魔法や回復魔法の使い手も部隊に入っていますね。集団戦としてはバランスは良さそうです。普通の敵に対してならばですが」


 マーゼがグイブの部隊を確認して感想を言う。確かに王城で見た戦闘と比べると兵士の種類や質が変わっているのが分かった。だが、皆の不安は変らない。ミアンはグイブの戦闘が成功して欲しいが、上手く行ったことで魔族連合への攻撃の話が前進する事を考えると複雑な気持ちになっていた。


「戦闘が始まりました」


 アスイがグイブの部隊が敵の4脚の兵器である闇機兵ダロンの部隊と接触したのを報告する。ダロンは以前ミアンも戦った事のある兵器で、騎士団を壊滅させた事もある恐ろしい強さだった。敵の数はダロン20体とそれを指揮するデビルが5人ほどで、数としてはそこまで多くは無い。だが、相手を吸収して回復するダロンは数体だけでも町を破壊する力を持っている。

 ダロンは得意とする高速で針を射出する射撃で特殊な兜を被ったグイブの部隊を攻撃した。その速度は普通に目視出来る速さでは無い。だが、部隊の先頭に立つ盾を持った騎士達がそれを盾で防いだ。盾は特殊な角度をしていて、それに後方の魔術師の魔法で強化されていたので弾けたようだ。相手がダロンだと知っていて、かつダロンの情報も既に広まっているので遠距離での対処法は考えられていたのだろう。

 射撃を全て防がれ、接近する相手に対してダロンは戦闘方法を切り替える。射撃が得意ではあるが、ダロンは遠近どちらの戦いでも対処出来るように作られている。ダロンはそれぞれ接近戦用の腕を生やし、そこに槍や剣などの武器を付ける。人間と異なり複数の腕を生やせるのでダロンに死角は無い。


「直接敵にぶつかるが、本当にあれで対抗出来るのか?」


 オルトがグイブの部隊を見て呟く。確かにグイブの部隊は規則正しい動きをしているが、アスイやオルトのような単体での強さや騎士団のような長年の連携があるようには感じられない。だが、部隊は敵に恐れをなして怯む様子は無かった。

 先頭を走っていた盾を持った騎士達が最初にダロンに接近する。ダロンは複数の腕を使って騎士達に攻撃した。騎士は魔法のかかった盾でそれを防ぐ。そしてその脇から主戦力であるマジックナイト達が攻撃を始め、盾で防がれた腕を斬り落とした。ここまでは綺麗に連携の取れた行動に見える。

 しかし、ダロンはその程度では倒せるものでは無かった。斬られた腕とは別の腕で再度攻撃をし、数では上回る敵を押し込める。更に斬られた腕も触手が伸びてすぐにくっ付いて再生してしまう。数では多い筈のグイブの部隊も手数ではダロンが圧倒的に上なのだ。マジックナイト達も攻撃を受けたり避けたりする必要になり、盾を持った騎士達も防ぐのに限界が来ていた。

 そして、1人のマジックナイトが激しく身体を斬られる。それで戦線は崩壊した。盾を持った騎士達も次々と倒れていき、マジックナイト達も攻撃を喰らっていく。弱った騎士は既にダロンに取り込まれる寸前だ。


(やっぱりあの兵器相手に普通の兵士が戦うのは無理だったんです)


 ミアンは援護に向かう覚悟を決める。周りのアスイもオルトも同様で、騎士達もすぐに助けに行く準備を始めていた。


「え!?」


 その瞬間戦場が閃光に包まれた。遠視の魔法を使っていた者は一旦視力を失い、何が起こったか分からない。ミアンは他の人よりも早く視力が回復し、すぐに戦場の様子を確認した。


「状況が一転してる?何があったんです?」


 ミアンは状況の変化に戸惑った。重症だったマジックナイトと思われる騎士の傷は既に癒えてダロンに斬りかかっていた。ダロンの攻撃に押し込まれて潰されそうだった盾持ちの騎士はダロンに盾で体当たりし、ダロンを横倒しに倒していた。取り込まれそうだった騎士はダロンの核となる部分を切り裂いて倒していた。ミアンが見てもその剣技はオルト達に匹敵するように見えた。

 援護をする魔法使いや回復する魔法使い達も強力な魔法でシールドを張ったり怪我を治したりしている。いくらミアンでも戦いの最中にあんな重傷を一瞬で治すのは難しい。ミアンが出来ない事をあの集団に居る魔法使いが出来るとはとても思えなかった。しかし現実にそれは行われている。


「全員の動きが今までとは別人ですね。何かの特殊な術がかかっているのではと思います」


 アスイが一転した状況を見て言う。これがグイブの奥の手なのだろうかとミアンは考える。

 兵士達の動きが変わり、その行動も大きく変わっていた。敵の動きを読み、集団で流れるように1体を集中攻撃して再生も兵士の取り込みも行わせない。邪魔しようとしてくる敵は魔法使いが足止めし、次の標的にされる。ミアンにはその動きが人間ではなく、虫の捕食行動のように見えてしまった。それほどまでに統率の取れた的確な動きだったからだ。


「デビル達も動き出すぞ」


 オルトが奥で指揮を執っていたデビルの動きに気付いて言う。流石に自分達が不利になったのを不味いと考え動き出したのだろう。

 しかしデビルが戦闘に加わろうと、結果は変らなかった。デビルの特殊な術である呪闇術カダルも兵士達には効かなかった。魔法耐性も高くなっているようだ。そして逆に普通は効かない筈の魔術師の魔法もデビルには影響があり、動きが鈍ったところを騎士達が次々と仕留めていた。

 不利かと思ったグイブの部隊は気が付けば圧勝であった。何より凄いのは死者はおろか、怪我人すら出なかったという事だ。一方、敵は逃げる事も出来ず、全滅していた。ミアンもこの結果に驚くと共に、グイブや国王ロギラの言う事も信じる必要があると感じたのだった。


 戦いを終えたグイブとその部隊の兵士達がアスイ達の元へとやって来た。アスイがそれを出迎える。勝利の笑みを浮かべているかと思ったグイブの表情は想像とは違い、疲弊して苦笑いをしていた。


「グイブさん、お見事です。流石国王陛下がお認めになっただけはありますね」


「アスイ様、お褒めの言葉ありがとうございます。

しかし、想像以上に苦戦しました。本当はあの力を使わずに勝利するつもりだったのですが、無理でしたね。

勝利出来たのはアスイ様達が敵の情報を事前に研究してくれていたおかげです」


 グイブは以前の自信たっぷりの雰囲気ではなく、自らの失敗を悔いているようだった。


「いや、1人も怪我人を出さずに勝ったのは立派な事だ。少なくとも自分はグイブさんを見直したよ」


「オルト様にそう言って頂けるとは。

今回の戦いはいい経験になりました。今後の課題も見えてきましたし、国王陛下の期待に応える為にやる事は山積みです。

騎士団の皆さんも見守ってい頂きありがとうございました。皆さんが後ろに控えていてくれたおかげでこうして戦う事が出来ました」


 グイブが素直に感謝を伝えて来たのでずっと怒りを抱えていた騎士団の者達も怒りの気持ちがどこかへ行ってしまった。グイブは兵士達の疲労もあるのですぐに帰還すると言い、そのまま王都へと戻って行った。


 ミアンも聖職者を引き連れ戦場を離れる。怪我人もいないので残っても邪魔になるだけだからだ。ミアンは結果的には良かったのだがどうも気持ちが晴れなかった。その原因が何なのかよく分からない。


「ミアン、あの回復は本当に大丈夫なのでしょうか?」


 そう聞いてきたのは真剣に戦場を見ていたマーゼだった。


「傷はきちんと完治しているように見えました。回復魔法も見たところおかしな使い方はしていません。

ですが、ミアンでもあそこまで早く正確に戦場で傷を治すのは難しいです」


「そうですよね。今日見た事はオーベ様に伝えておきます。聖教会の誰かがグイブさんの部隊に入ってないかも確認します」


「マーゼ、お願いします」


 ミアンは今後もグイブの事をきちんと見極めないとと思うのだった。



 双子達はエレミの実家を出発し、一旦王都に戻って来ていた。黒騎士から情報を得た遺跡の一つは王都に近いからだ。王都が敵に攻められた情報も聞いたのもあった。早速アスイに連絡を取ったスミナは襲撃は無事防衛出来たと聞き、お互いの状況を確認する為に話し合いの場を作る事に決まった。

 双子達は魔導馬車をそのまま以前も会合で使った特殊技能官の施設に向かわせる。施設にはアスイとオルトとミアンとゴマルが既におり、レモネとソシラはまだ王都に戻って来ていなかった。直ぐに話し合いが始まり、それぞれ何があったかの報告をした。


「スミナさんにアリナさん、それにエレミさんもですがお手柄です。本当に黒騎士を追って魔導結界を超えられる方法に辿り付けたのは幸運でした」


「ありがとうございます。ただ、まだ実際に施設が使えるかはこれからです。

王都の方も無事で良かったです」


「ホントにグイブの部隊だけでダロンを倒したの?それも死傷者無しでって」


 アリナは喜びよりも驚きの方が大きかった。ダロンの強さも恐ろしさもアリナはよく分かっている。知り合いになったドワーフが作ったものだというのもあり、そう簡単に倒せないと思っていた。


「俺も直接戦いを見なければ信じられなかったさ。あれはインチキ無しに戦って完勝してたよ」


「魔法での援護や回復態勢も完璧でした。正直恐ろしいぐらいに」


 オルトとミアンが付け加える。


「気になっているのはその閃光の後に能力が向上した話です。わたしも犠牲無しには戦いに勝てないと思っていましたので」


「お姉ちゃんはあのグイブの魔導具にそういった能力があるの知ってたんじゃ無いの?」


「ううん、直接触れて無いから全ての能力は把握出来てない。能力の向上があの指揮する魔導具によるものか、それともグイブさんの祝福ギフトや全く別の力なのかは分からない」


 スミナも能力が向上した理由は分からないようだ。直接戦いを見ていれば判明したかもしれないとアリナは思う。


「グイブさんの事を探るのはそこまでにしましょう。事実としてグイブさんの部隊で魔族連合を攻撃出来る事が分かったのですから。

それよりも黒騎士を倒し、その施設も把握出来た事の方が重要です。魔導結界を超えられるなら国内に被害を出さずに魔族連合を解体出来るかもしれません」


「そうですね。明日には再度調査に向かおうと思ってました」


「だったらその調査は俺も連れて行ってくれ。確認したい事があるんだ」


 オルトが黒騎士の魔導遺跡の調査に同行を申し出る。アスイやゴマルは忙しく、エレミも実家から頼まれた仕事があるという事で、次の調査は双子達とオルトで向かう事に決まった。



「こんな所に魔導遺跡があったのか。そりゃ海から入る必要があるなら誰も気付かないわけだ……」


「そういえばオルト先生は昔は神機しんきを探して魔導遺跡を調査してたんでしたね。

黒騎士とエレミさんの先祖の話にも神機ボクスというガントレット型の神機が存在してました。あの神機は黒騎士の攻撃で異界の門に消えたので多分この世界から消えたと思います」


 王都から南西に1時間ほど魔導馬車で移動した場所にその遺跡は存在していた。見た目はただの海岸にある岸壁で、海の中から潜って行かないと見つからないように隠されていたのだ。双子とエルとメイルとオルトは魔導馬車を降りて魔法で水中を移動出来るようにしてからその洞窟へと入ったのだ。


「それはどうかのう?神機は己を守るという機能が仕組まれておる。消滅したかに見えてどこかに移動した可能性はあるぞ」


「ん?なんだこのちっちゃいのは」


 王都に戻って来てから姿を消していた小竜姿のホムラが突如現れる。初めて見るオルトは少し驚いたようだ。


「ええと、細かい説明すると長くなるので省きますが、こちらは竜神のホムラです。

といっても分身なので、あまり気にしないで貰えると助かります」


「これがあの竜神なのか」


「スミナの言った通りわらわは気分次第で覗きに来てるだけだから気にせんでいい」


 ホムラがいつもの調子で言う。王都では出てこないという事はやはりアスイや王族には地上に居る事を知られたくないのではとアリナは考えた。


「見たところ、ここしばらく侵入者は居なそうですね。施設が稼働するか確認しましょう」


 スミナはそう言ってどんどん先へと進んで行く。スミナの知識欲が高まっているようだ。エルもスミナに続き暗い洞窟の先へと進んで行く。するとそこには岩に擬態した扉があった。扉はスミナが触る前に動き出す。


「ケンゲンヲカクニン。ドウゾナカヘ」


 戦闘形態のエルに壁の上部から光が放たれ、機械音声が聞こえ、扉が自動で開く。エルが黒騎士から施設の権利を引き継いだのは本当のようだ。


「マスター、ここからはワタシが先導します」


「うん、エルお願い」


 エルが扉の中に入ると、中は魔導遺跡になっており、魔法の灯りが一斉に点灯した。


「管理室はコチラです。行きましょう」


 エルが内部構造を理解したのか、奥の部屋へと進んで行く。エルが権利を持っているからか、ガーディアンも出てこなかった。施設はホシニト山にあったものに似ていたが、それよりも保存状態がよく、通路も広く感じた。奥にあった管理室に進み、その制御盤にエルが手を触れる。


「施設は生きています。ただ、魔導人造超人関連の装置は魔力が不足して使えません。転移装置も生きていますが特殊なようです。マスター、起動しますか?」


「エル、お願い」


「分かりました。一部システムを起動します」


 エルがそう言うと魔導遺跡が轟音を立てて揺れ出す。アリナは危険を感じず、大丈夫だと認識する。


「皆さん、これは正常な動作なので安心して下さい」


 エルもそう告げる。どうやら魔導遺跡自体が動いているようだ。気が付くとガラス張りの管理室が急に明るくなる。見ると太陽光が部屋に入っているのが分かる。つまり、魔導遺跡の一部が地上に移動したのだ。


「あれが転移装置です」


 エルが指差すガラスの外の斜め下には巨大な四角い箱のような空間が広がっていた。黒騎士がここの転移装置を使わなかった理由は地上での運用を考えて作られた施設だったからのようだ。


「エル、あのサイズの転移が可能なの?」


「はい、この施設は太陽光からの魔力で1日に1回の転移が可能です。ただ、その量を受け容れられる施設は限られます。

これとは別に以前の施設にあったのと同サイズの転移装置mpあります」


「あれなら大部隊を一気に魔導結界外へと運べるな。

エルさん、敵があれを使ってこちらに来る事は無いのか?」


「ありません。使用権利は現在ワタシ1人にのみあります」


「これで新しい作戦が考えられるね」


 スミナは嬉しそうに言う。アリナは喜びと共に少しの不安を感じていた。


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