31.死闘
巨大な筒状の転移装置が光り輝き、その中に巨大な人影が転移してくる。アリナ達は距離を取って転移が完了するのを見守った。そこに現れたのはアリナの予想通り黒い鎧を着た黒騎士だった。ただその姿は最後に見た時よりも全体的に巨大化していて、見た目も凶悪になっていた。恐らく前回の戦いを踏まえて自らを強化したのだろう。
「この施設に侵入者を感知したと思ったら、キサマ達だったか」
黒騎士はアリナ達を見つけると威圧しながら言った。アリナは危険の高まりを感じ、今すぐにでも攻撃してくるのが分かった。
「お姉ちゃん」
「ちょっとわたしに任せて」
アリナの警告をスミナが理解し、スミナが対応する事になった。
「黒騎士さん、わたし達は貴方と争うつもりはありません」
「そっちが無いとしてもワタシにはキサマ達を倒すという使命がある。話し合いをするつもりは無い」
黒騎士は即座に対話を打ち切ろうとする。
「わたしは貴方の過去を見させて貰いました。貴方の本当の名前はカノンですね。
貴方は昔ここでそこにいるエレミさんの先祖であるソレムさんと勇者テクスと共に戦いました。そして魔神ザシを倒してこの地を救った。そうですよね?」
スミナの言葉に反応して黒騎士の動きが止まる。
「確かに過去にこの付近で戦闘した記録は残っている。だが、それだけだ。ワタシは人助けの為に戦ったのではなく、戦いたいから戦っただけだ。
話はそれで終わりか。では戦いを始めようか」
「ちょっと待って下さい。わたしは貴方の中に複数の人格が眠っていると思うんです。わたしの父と共に戦ったシャドウさんの時の人格やその以前、本来の転生者カノンとしての人格が。貴方は壊れてしまっていてそれが出たり消えたりを繰り返している。
今すぐにとはいきませんが、わたしは貴方を治してそれを取り戻してあげたいんです」
「そうか、キサマは大きな勘違いをしているようだな。
確かにワタシの中には転生者の自我が残っていたかもしれない。だが、それが表に出た事自体が誤りなのだ。
今のワタシが壊れているのではなく、過去に大きく壊れたから想定外の動きをしただけだ。だがそれももう直った。キサマ達との戦いでワタシは本来想定されたワタシに戻れたのだ。
もう一つ良い事を教えてやろう。ワタシの中にあったという自我は既に死んでいる。二度と表に出て来る事は無い」
「そんな……」
スミナはショックを隠せない。しかしスミナは即座に立ち直り、さらに対話を続けた。
「わたしはこの施設の記憶を見ました。確かに貴方は強敵と戦う為に作られた人造超人かもしれません。ですが、貴方に指示を出した魔導帝国は既に滅んでいます。貴方に戦う理由は無い筈です!!」
「それこそ大きな誤りだ。ワタシを作った魔導士が最後にワタシにした命令が何か知っているか?待機だ。時が来るまで待っていろと言われたのだ。ワタシは長い間眠り続けさせられたのだ。その苦痛がキサマに分かるか?」
アリナはそれを聞いて黒騎士が魔導帝国に作られた兵器であっても自我を持つ生物なんだと思った。そしてとても可哀想に思えた。
「だったら良かったじゃないですか。貴方を縛る者はもう誰もおらず、貴方は自由なんです。強敵と戦う理由もありません。
このエルを見て下さい。この子は魔宝石ではありますが、今はわたしの友人として人間と対等の関係を築いています。貴方も人間と共に生きる事が出来る筈です!!」
「そうだ、ワタシはもう自由だ。だからこそ好きな事をして生きている。ワタシは戦うのが好きだ。特に自分が敵わないであろう強敵と。ワタシの生きる意味はそこにしかない」
「でしたらわたしが貴方に戦いの場を準備します。わたし達以外にも強い者は沢山います。その方が貴方にもわたし達にもお互いに利があるのではないでしょうか?」
スミナが力説する。再び黒騎士の動きが止まる。アリナはもしかしたら話を聞いてくれるのではと期待した。
「ハハハハっ。キサマは何も分かって無いんだな。自分の言ってる事の意味も。
キサマは魔導帝国の魔導士と何も変わらん。ワタシを自分の望む道具にしたいだけだ」
「そんな事無い。わたしは貴方が望まない事を無理強いしたりはしない。ただ無駄な争いを減らしたいだけです」
「話し合いは終わりだ。ワタシはキサマ達となれ合うつもりは無い。そしてワタシが望むのはキサマ達を倒す事だ。
では戦いを始めよう」
それが黒騎士の自我か魔導帝国に作られた縛りかは分からないが、スミナの望みは絶たれていた。アリナは戦いを覚悟する。
「これは使いたく無かったんですが、仕方ありません」
スミナがそう言った瞬間スミナの姿が消えた。スミナは一瞬で黒騎士に近付き、その鎧に手を触れていた。スミナは自らの道具を使いこなす祝福で黒騎士を制御しようとしたのだとアリナは理解した。
「う、ナニをした……」
「魔導帝国時代の制御を解除しました」
黒騎士が跪いた。アリナはスミナの行動によって黒騎士との戦いが回避されるのではと期待する。
「そうか、そういう事か。
転生者スミナといったな。感謝する。ようやくワタシは本当のワタシを取り戻す事が出来た。今のワタシは全てから解き放たれた。これでナニも気にせず戦う事が出来る!!」
黒騎士が立ち上がるとその危険度が一気に増した。黒騎士の戦う意欲は失われていないようだ。
「どうしてですか、もう貴方を縛る魔導帝国の命令は消えたんですよ」
「スミナ、無駄じゃ。こやつは元から戦う為だけに作られた。製作者の枷が外れても戦う事から逃れる事は出来ぬのじゃ」
「その声は竜神か。キサマとも再戦したいと思っていたところだ」
ホムラが口を挟むと黒騎士はかつて戦った事がある事を匂わせる。
「わらわはもう戦わんぞ。
魔導人造超人に元の人格があると分かり、あの時わらわはトドメを刺さなかった。だが、その事がスミナ達に嫌な役目を押し付ける結果になってしまった。すまんな」
「本当に戦うしかないんですか」
「問答無用だ!!」
黒騎士が攻撃を放った。スミナはそれを避け、アリナはメイル達を守る壁を作りつつ回避する。黒騎士の斬撃は指令室のガラス張りの壁を破壊し、実験体がいた広い保管庫まで巨大な穴を開けていた。
「お姉ちゃん、やるしかないよ」
「――分かった」
アリナに続いてスミナも覚悟を決める。
「やはり今の攻撃をしのいだか。もう1人の転生者がいないのは残念だが、魔宝石とそこそこの腕の2人の騎士なら相手に不足は無い。
さあ、全力でかかって来い!!」
黒騎士はアリナ達が逃げた保管庫まで来ると大声で言う。アリナは黒騎士が以前よりも人間らしくなった気がしていた。
「アリナ、行くよ。3人は援護をお願い」
「「はいっ!!」」
スミナとアリナが黒騎士に向かって攻撃に行き、残りの3人は援護の姿勢で状況を見守る。
(来る!!)
アリナは凄まじい危険を感じ、攻撃を止めて回避に専念する。直後に巨大化した黒騎士の剣が横に薙ぎ払われ、刃が届かない範囲も衝撃で壁が破壊されていた。アリナは低姿勢になって回避、防御し、スミナは跳躍してそれを避けていた。メイル達はエルが張ったシールドで衝撃を防いでいる。
黒騎士の1撃は速く、重く、その動きを見てから避けるのでは間に合わない。危険察知があるアリナはまだ何とかなるが、スミナは近寄れなくなっていた。遠距離からの攻撃は効果が殆ど無い為、猛威を振るう黒騎士に対抗する為にはアリナが突破口を開く必要があった。時間がかかればアリナ達が追い詰められるので、アリナは覚悟を決めるしかない。
「お姉ちゃん、ちょっとだけ時間を稼いで」
「分かった」
アリナはスミナに頼んで少し黒騎士から距離を取る。スミナは魔導具を駆使して黒騎士の行動を妨害して時間を稼いでくれていた。
(イメージするんだ)
アリナは最強の自分をイメージし、魔力を物質化する祝福を使う。アリナが着ている赤色の魔導鎧に強固な装甲が追加され、魔導具の剣にも赤く長い刃が付与された。まだ長い髪を切っていないアリナのその姿は闇術鎧を着ていた時と対になるような華麗な姿になっていた。
「お姉ちゃん、ありがと。あとは任せて!!」
黒騎士の攻撃を必死に避けていたスミナの横を猛スピードのアリナが駆け抜けていく。その速度はダルアを着ていた時のアリナに匹敵していた。普通の魔導鎧ではその速度に対応出来ず、装着者にダメージが来る。しかし今アリナは自らへの衝撃を抑えるイメージの装甲を魔導鎧に付与したので衝撃を抑えられるようになっている。
とアリナは認識しているが、本当はアリナの天才的な魔力の制御で自らを守っていた。魔力の制御は祝福のイメージと合わさり、本人の認識に沿うようになっていたのだ。
黒騎士を上回る速度で懐に飛び込んだアリナはその速度のままに剣を振るって黒騎士の腹部を完全に切断する。しかし再生能力が高い黒騎士はそれを気にもせず、背後に抜けたアリナへ振り向いて剣を振るう。アリナは急停止も旋回も出来ず、それを盾を作って防いだ。何重もの装甲で作った盾だが剣はそれを全て破壊し、アリナの鎧にもダメージを与える。アリナは鎧を即座に再生し、何とか無傷を保った。
(上手く行ったけど、やっぱり魔力の消費が激しい……)
鋭い剣や硬い装甲を作るのには相応の魔力が必要で、さらに高速で移動するのにも魔力を使うので長期戦は出来ない。切断した黒騎士の腹も再生を初めている。だが、アリナは1人で戦っている訳では無かった。
「ぐっ!!」
不意の衝撃に黒騎士が声を漏らす。アリナに集中していた黒騎士に対しスミナがレーヴァテインで塞ぎかけた傷口を開き、そこへ戦闘形態のエルが光線を放ち、メイルが短剣を投げ、エレミが槍で貫いた。即座に黒騎士が反撃を仕掛けるが、それはエルのシールドで逸らされ、回避される。逆に背後からアリナが追撃し、黒騎士は完全に振り回される形になっていた。
しかし、黒騎士の再生能力が高いのと硬い事には変わりは無く、アリナ達は勝負を決めきらない。魔神の実験体の時のように内部から破壊する隙も黒騎士には無かった。逆に魔力で何とかしていたアリナやエルの魔力量が少なくなってきている。
(ヤバいのが来る!!)
「みんな防御!!」
アリナは黒騎士を中心としたとてつもない危険を察知し、距離を取ってメイル達の近くに移動して多重の壁を作りだした。アリナの予想通り黒騎士は自ら爆発した。アリナの壁は何とかアリナとメイルとエレミを守り、スミナとエルは協力してシールドを作って何とか耐えしのいだ。黒騎士は自ら爆発させた事で鎧の一部がボロボロになり、それを外して一回り小さくなっていた。
「なかなか楽しかったぞ。だが負ける気は無い。これで終わりだ!!」
黒騎士は剣を筒状に変化させ、そこに魔力を集中させる。アリナはとてつもない危険を感じ、それがスミナから聞いた次元の扉を応用した攻撃だと理解する。
「お姉ちゃん!!」
「大丈夫、わたしに任せて」
スミナはレーヴァテインをベルトに仕舞い、両手を前に出して構える。
「さらばだ!!」
黒騎士の剣から黒い球体が発射された。それは全てを吸い込む勢いでアリナ達の方へと飛んでいく。スミナは自ら進んでその球へと近付いた。
「世の理を正しい姿に」
スミナが透き通るような声で唱える。すると黒い球体は毛糸がほどけるように空中で分解していき、消えてしまった。スミナの言った通り次元の扉の解除の方法を会得していてやっぱり凄いなとアリナは感じてしまう。
「素晴らしい。まさか魔導帝国の技術を理解するモノがいるとは。キサマ達と出会えたことに感謝する」
攻撃が防がれたのに黒騎士は喜びの声を上げていた。
「ではこちらもホンキで行かせてもらう!!」
黒騎士がそう言うといつの間にか複数の黒い鎧の兵士が転移していた。恐らく先程見たこの遺跡のケースに入っていた兵士達だろう。集団行動で精密に動くとはいえ、大した脅威では無いとアリナは思った。それよりも黒騎士が取り込んで強くなるのが問題だとも。
「黒騎士に取り込まれる前に完全に破壊しましょう」
スミナもアリナと同様の考えだったようで、皆に破壊を提案する。アリナは即座に行動に移そうとしたが、スミナの言葉に兜で顔が見えない黒騎士がほくそ笑んだ気がして、考え直した。
黒騎士の危険度は変らず、兵士達も以前と危険度は変らない。その時アリナの脳裏にスミナとこの前戦った時の事が思い浮かんだ。アリナの危険察知を想定して罠を仕組んだ戦い方の事を。
「みんな、罠だ!!攻撃しちゃダメ!!」
アリナは叫んだ。しかし、兵士から攻撃を受けていたエルは既に1体の黒い鎧の兵士を剣にした手で貫いていた。瞬間兵士が爆発し、木端微塵に吹き飛ぶ。その威力はすさまじく、アリナ達にも衝撃が伝わった。
「エル!!」
スミナが即座にエルに近付いて周りの敵からの攻撃を防ぐシールドを張る。アリナもスミナ達を守るように行動した。
「大丈夫です、マスター。時間さえあれば回復出来ます。
マスターに被害が出る前で良かったです……」
「エルは休んでて!!」
エルは宝石状の全身がボロボロにひび割れ、欠損していた。それでも人型は保っており、何とか大丈夫そうだ。
「よそ見をしている場合じゃ無いぞ!!」
エル達を心配していたアリナのところに黒騎士が高速で攻撃を仕掛けて来る。前より体が小さくなった分、速度が上がっている。アリナはそれをギリギリで避ける。しかし、そこには近寄って来た黒い鎧の兵士が立っていた。
「しまった……」
兵士はアリナが近付いた瞬間に自爆した。アリナはシールドを張る間も無く吹き飛ばされる。爆発と少し距離があり、魔導鎧を強化したおかげで何とか深手にはならなかったが、アリナはこの戦いで初めて大きなダメージを負った。
「アリナっ!!」
「大丈夫、自分の身を守って!!」
アリナを心配するスミナに対して今度は黒騎士が攻撃する。スミナは状況を理解して空中に飛ぶが、今度は兵士達が協力して光線をスミナに放っていく。スミナは身を守るのに手一杯になっていた。そこへ黒騎士が攻撃を加え、スミナも壁に叩き付けられる。
(ヤバい、何とかしないと)
アリナは状況的に爆弾だらけの場所で戦わされているのだと理解する。しかもその爆弾は動くのだ。黒騎士は自由に動き回れるが、アリナ達は兵士を攻撃出来ず、それを避けつつ黒騎士と戦わないといけない。しかも黒騎士の速度は増しているのだ。時間が経てば防御しながら回復しているエルも危ないし、逃げ回っているメイルやエレミも追い詰められる。遠距離攻撃で誰もいない場所の兵士を破壊出来るか試してみたが、威力が足りずに不可能だった。高威力の遠距離攻撃が出来るエルが最初にやられたのがかなり痛手だとアリナは感じていた。
「アリナさんは黒騎士の相手をお願いします」
「私達で何とかしてみます、お嬢様!!」
そんな時声を上げたのはエレミとメイルだった。最初にエレミが勇猛果敢に黒い兵士に槍で攻撃をする。勿論兵士はそれを待っていたかのように攻撃を受け、自爆した。エレミがやられた、と思った時、爆発は反射し、別の兵士を破壊していた。離れた場所で破壊された兵士は自爆せずに壊れている。エレミがタイミングと方向を定め、見事に魔導鎧の反射の能力を使ったのだ。これにより黒い兵士達の間に隙間が開いてきた。
メイルは空いた隙間を縫って兵士に近付くと短剣で斬り付ける。するとその兵士は勿論爆発した。しかしメイルの姿はそこには無く、本体は離れた場所に姿を現した。魔導具の身代わりと短剣のワイヤーを使っての攻撃だ。黒騎士ならそれを見分けられるが、自動で動く兵士達は本物か偽物かを見抜く事が出来ないのだ。
「反撃の時間だよ!!」
アリナは黒騎士がエレミ達の方へ関心を移したので反撃に転じる。さっきは不意打ちで兵士に接触してしまったが、今はきちんと危険を感じ取り、安全な場所から黒騎士へ攻撃した。
「いい攻撃だ」
黒騎士はアリナの攻撃に気付き、剣でアリナの剣を防ぐ。速度が増してるだけあって隙が無い。だがアリナも黒騎士の攻撃を見切る事が出来るようになってきた。黒騎士は人間のように戦うようになっていて、突飛な攻撃をしてきたりはしないからだ。そこも以前の黒騎士と違う気がしていた。
アリナと黒騎士の速度は互角だが、兵士を気にする分アリナが遅れを取っていた。アリナの攻撃を黒騎士は即座に回復するが、攻撃を受けたアリナは魔力で作った鎧の装甲を張り直す事が出来なくなっている。時間がかかればかかるほどアリナが不利になる。アリナは何とか打開したいが、激しい剣撃で考える時間が無い。
「アリナ、もう大丈夫だよ」
そんな時スミナの声が聞こえた。それと同時に激しい爆発が各所で起こり始める。見ると黒い鎧の兵士同士が戦い、爆発して次々と粉々になっていた。
「まさか素体のコントロールを奪ったのか」
「本当はこんな事したく無かったけど、みんなを危険に晒せないからね」
スミナは一部の兵士達を自分の支配下に書き換え、兵士同士を戦わせたのだ。そのおかげでエルも無事だし、1体ずつ倒していたエレミとメイルも無事に生き残れていた。
「黒騎士さん、もう終わりです。降参して下さい」
スミナがレーヴァテインを構えて黒騎士に言う。
「本当にキサマ達には感謝しかない。こんなにも全力で戦えるのだからな」
黒騎士がそう言うと全身の鎧がはじけ飛んだ。そこには人間の肉体と魔導機械が混ざったグロテスクな裸体が現れていた。顔は半分が人の顔で、半分が機械で出来ていた。その裸体の胸の黒い球体から黒い液体が流れ出し、全身を覆っていく。液体は金属のように硬化し、皮膚を覆う鎧と化した。その姿は黒い蝙蝠にも似ていた。手には骨を繋ぎ合わせたような黒い剣が握られている。
「行くぞ」
危険度がさらに増した黒騎士は一瞬でスミナとの距離を詰め、剣で斬りかかった。
「危ない!!」
アリナは剣を伸ばして黒騎士の剣にぶつけて速度を落とし、スミナは何とか防御が間に合い致命傷は避けられた。黒騎士の危険は一気に跳ね上がり、今までの黒騎士とは大きく異なる。
「お姉ちゃん、力を合わせなければ無理だ」
「分かった。メイルとエレミはエルを守って!!」
「はい」「分かりました」
スミナの命令でメイル達が修理中のエルと共に遠くに離れる。
「来る!!」
黒騎士の姿が消え、どこから攻撃してくるかアリナにさえ分からない。ただ、攻撃をまともに喰らったらただでは済まないのは確かだ。
「アリナ!!」
姉の叫びが聞こえ、アリナは反射的に上空に逃げる。アリナの背後に現れていた黒騎士の斬撃は回避したアリナの脚をかすっていた。直接当たってはいないが、それでも足に激しい痛みがし、左足の魔導鎧がほぼ壊れていた。守ってばかりでは勝てない。だがこの速度の敵を捉えるのは難しい。
『アリナ、指輪に集中して』
そんな時スミナの声が脳内に響く。魔法で会話しているのだろうが今はその方法を気にしている場合ではない。アリナは言われた通り左手の指輪に集中する。すると部屋を高速で移動する光の軌跡のようなものが見えた。これが黒騎士の動きで、スミナが何かの魔導具でそれを捉えているのだと理解する。
「そこだ!!」
アリナは黒騎士が移動してくる場所を予測してそこに剣を振り下ろした。
「やるな、予想以上だ!!」
アリナの剣は黒騎士に受け止められ、即座に反撃される。それをアリナは伏せてギリギリ避けた。今度はスミナが攻撃した直後の黒騎士に剣を当てる。しかし黒騎士はそれを左手で受け、傷は負ったものの攻撃は止められる。
「このまま押し切る!!」
アリナは態勢を立て直して攻撃を繰り出す。再び走り出したらそれを止めるのが難しいと感じていた。だから双子は連続して攻撃を繰り出し、黒騎士をその場に足止めしたかった。
激しい攻防が続き、一見双子が押してるように見えた。しかし、黒騎士は傷が即座に治るのに対して双子は細かい傷が増えていき、回復が追い付かない。まともに攻撃を喰らったら終わりなので双子の方がギリギリの戦いをしていた。
「楽しいな、こんなに楽しい戦いは初めてだ」
命のやり取りをしてるのに関わらず、黒騎士は歓喜の声を上げていた。アリナはそこで異変に気付く。黒騎士の危険の度合いが減っているのだ。それが何を表してるのかをアリナは理解した。黒騎士の鎧が変化し、全方位に向けてのトゲを作って飛ばす。双子は避ける為に一旦距離を取らされた。
「もう戦うのは止めようよ。それじゃ死んじゃうよ」
「構わない。ホンキで戦わねば死ぬのはキサマだ!!」
黒騎士がアリナに向かって突進してくる。スミナが魔導具を使って巨大な檻を作って黒騎士を止めようとしたが、それを無理矢理破壊し、黒騎士はアリナの目前に迫った。アリナは全力の盾を作ってそれを防ぎ、反撃しようとする。しかし盾は剣によってチーズのように溶け、アリナは命の危機を感じた。
(負けられない!!)
アリナは魔導鎧を解除して衝撃を逃がして黒騎士の背後に回る。そして全力の1撃で黒騎士の背中を斬り付けた。背中の鎧と肉が斬られ、黒騎士の心臓というべきコアが背中から剥き出しになった。
「とどめっ!!」
スミナがレーヴァテインを構えてコアに向かって突っ込んでくる。
「ダメっ!!」
アリナの叫びがスミナに届き、スミナのレーヴァテインの刃が解除された。
「もう黒騎士は動かないよ……。
なんでそんな戦い方したの……」
アリナが悲し気に呟く。黒騎士の皮膚に張り付いた鎧も溶け、ボロボロの身体が剥き出しになって動かなくなっていた。
「こやつはスミナに魔導帝国の制御を解除された時点で死ぬ気だったのじゃ。魔導帝国に制御されていた為に目的である戦闘データの蓄積を最優先にされ、死ぬ事も施設を壊す事も出来ず、今まで本気では戦えなかったのじゃろう」
「じゃあこうなったのはわたしのせいで……」
今まで姿を消していた小竜姿のホムラが現れ、その説明にスミナがショックを受ける。そんな中、膝をついて動かなくなった黒騎士が語り出した。
「嘆く事は無いぞ、少女達よ。ワタシはここまで破壊された事でようやく過去のジブンと完全に一体化するコトが出来た。
だからこそ分かるコトがある。
ワタシは一度全力で戦ってみたかったのだ。制限の無い戦いを。最後にこんな戦いが出来て本当に感謝している。
そもそもワタシは魔導帝国が滅んだ時点で死ぬべきだった。命令するモノもおらず、ただ植え付けられた本能で戦う日々は虚無だったのだ」
「黒騎士さん、いやカノンさん。やっぱり人格が残って」
「そうではない。先程言った通りカノンの自我はかなり前に死んだ。だが、ワタシの中にそれは溶け込み、故障した時にそれが表層に出る事もあった。今では全ての記憶がはっきりと思い出せる。
ソレム・ナンプの子孫よ。そなたの先祖であるソレム殿は立派な人間だった。魔神に肉体を奪われた事はワタシの過ちだ。その血を継いだことを誇って良いぞ」
「黒騎士さん、教えて頂きありがとうございます」
エレミがそれを聞いて感謝を述べる。
「ただ、あの件はテクスの運命を狂わせてしまった。それだけが心残りだ。
双子の転生者よ、そなた達の力は本物だ。今まで戦ったどんな相手よりも力強く、その絆を感じた。今後何があろうともそなた達なら打ち倒せるだろう」
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい、本当は貴方を救いたかった」
「お姉ちゃん、この人はこれでいいんだと思う。お姉ちゃんが解放してあげたんだよ」
「その通りだ。魔導人造超人として作られた呪いはそなた達によって解かれたのだ」
黒騎士の声が段々と小さくなる。
「最後に魔宝石をここに呼んでくれ……」
「お姉ちゃんどうする?」
「大丈夫。エル、こっちに来て」
ほぼ修理が終わり戦闘形態が取り戻せたエルがスミナに呼ばれて黒騎士の前まで来る。
「良い主を持ったようだな。ワタシもそなたのように新たな主に出会えたなら違った運命になったかもしれん。
これを受け取ってくれ。ワタシの戦闘記録と魔導人造超人としての認識コードが入っている。これを使えば他にある魔導人造超人用の施設も自由に使える筈だ……」
黒騎士がコアと思われる黒い球体を開き、中から小さなカードのような物を取り出す。エルがスミナの顔を見て、スミナが頷き、エルはそれを黒騎士から受け取った。
「確かに受け取りました」
「縁のある者達に囲まれて死ねるとは兵器として幸せだったかもしれん。
さらばだ……」
それが黒騎士の最後の言葉となった。殺されかけた相手の筈なのにアリナ達の瞳からは涙がこぼれていた。