30.負の遺産
魔導馬車はイスト地方のホシニト山へ向かって移動していた。エレミに黒騎士の話を聞いた双子は遺跡を調査する為に共に行ける人を集めようとした。しかしアスイとオルトとゴマルは国の仕事で忙しく、レモネとソシラはレモネの父の葬儀の為にウェス地方に帰っていた。聖女のミアンも今は長期間王都を離れられない事情があり、結局双子とメイルとエルとエレミの5人での旅立ちとなった。ちなみに双子の両親も既に王都の屋敷を離れてノーザ地方に帰っているところである。
双子は移動しながらエレミに自分達が転生者である事や、これまであった事を説明する。きちんと知っていないと今後何かあった時に正常に判断出来ないからだ。
「お2人が普通では無いとは知っていたつもりですが、そんな事になっていたとは知りませんでした……」
エレミが率直な感想を述べる。
「本来は特別部隊に入って貰った時点である程度説明した方がよかったのかもしれないですが、出来るだけ一般の生徒の方は巻き込みたくなかったのです。ですので詳細まで説明する方は限定させて貰っていたんです」
メイルが済まなそうに言う。魔導馬車の運転は人間姿のエルが行っているので、メイルも魔導馬車の座席で話に参加していた。竜神ホムラも小竜の姿でエルの横で景色を見ている。ホムラはスミナの喋る使い魔と説明して竜神である事はエレミには隠していた。それを明かしてしまうと今後色々面倒になりそうだからだ。
「エレミさん、これから起こるであろう戦いは今までよりも厳しくなります。それでも一緒に戦ってくれますか?」
「勿論です。最初は私も自信が無かったのですがスミナさんのおかげで自分にも出来る事があると分かったんです。
そしてメイルさんと一緒に活動して、自分には出来る事が少なくて悔しく思っていたところでした」
「ありがとうございます。これはある場所で見つけた魔導鎧と魔導具の槍ですが、エレミさんなら使いこなせると思います。差し上げますので使って下さい」
スミナは星界の宝物庫で見つけた魔導鎧の腕輪と折り畳まれた魔導具の槍をベルトから取り出してエレミに手渡す。
「いいんですか、こんな高価な物を……」
「エレミさんが強くなる事はわたし達全員のプラスになるんです。気にせず使って下さい」
「分かりました、期待に応えられるように頑張ります」
エレミは笑顔で答えた。
続いてスミナは指輪で見た領主の記憶について皆に説明する。黒騎士が過去にカノンと自分から名乗っていて、協力的だった事と、経歴が謎だった勇者テクスの若い頃に一緒に戦っていた事が衝撃だったと伝えた。更にその後に戦ったのが魔神ザシで、そこで神機ボクスも見つけた事は昔話には書いてない重要な情報だったと説明する。その時の黒騎士は神機を吸収した魔神さえも倒すほど強かった事も驚くべき事実だったとスミナは語った。
「でもこれで勇者テクスが魔神を探していて、神機を壊そうとしてた理由が分かったじゃん。勇者テクスの謎は大体解けたんじゃない?」
「うーん、本当にそうなのかな。最強の剣の時に見た歳を取ったテクスはもっと大変な状況を乗り越えて来てた気がした。魔神や神機との関りは分かったけどまだ隠している大事な何かがある気がする」
スミナはテクスが勇者と呼ばれるにはまだ何か足りない気がしていた。それは神機の情報を調べて行けば何か見つかるかもしれないとも。だが、今重要なのは黒騎士の事なので、他の調査は後回しだなとスミナは考える。
「しかし、黒騎士と戦う事になった場合、その敵を吸収したという攻撃に対応出来るのでしょうか?」
メイルが当然の疑問を口にする。あれほど苦戦した魔神を1撃で倒した攻撃なのだからそう簡単に対処出来るとはアリナも思えなかった。
「多分何とかなると思う」
スミナがあっさりとそう答えたのでアリナも流石に驚く。
「どういう事?あたし達の知ってる魔法じゃ無さそうだよ」
「あれは以前ユキアさんが魔神に使った次元の扉の魔法だと思う。ユキアさんは完全に制御出来なかったから自分も飲み込まれちゃったけど。
わたしはその魔法は使えないけど、対処法は知ってるの」
スミナはアリナの知らない事を当然のように言う。
「スミナお嬢様、それは本当でしょうか?しかし、なぜそんな事を?」
「古代魔導帝国の魔法の多くは消滅し、残ってる文献もわずか。ユキアさんはそれに何とか辿り着いたけど、そういった文献は今は王国の魔導研究所の奥に厳重に管理されていて普通は読めない。
でも、わたしはなぜかその記載の内容を知ってる。そこに次元の扉の対処方法が書いてあった。
これは憶測だけど、わたしが一時的に死んだ時にユキアさんの魂と触れ合い、その情報がわたしの中に残ったんだと思う。勿論ユキアさんの記憶とかは残って無いけど、知識だけは記憶として引き継いだみたい」
「お姉ちゃん、それってもしかして凄い事じゃない?」
アリナはスミナがあっさり言った事がとてつもなく重要に感じていた。
「そうでも無いの。記憶って何かの紐づきが無いと思い出せなかったりするよね。古代魔導帝国の件もわたしの記憶にあってもすぐに思い出せない。次元の扉の件も今回記憶を見た事で急に文献の言葉が浮かんで来たの。だから、何か切っ掛けが無いと今後も出てこないと思うよ」
「ですが、それでも今後魔導帝国関連の魔法や技術と対峙した時にかなり有利な状況になると思いますよ」
「そうだといいんだけど、完全にわたしの記憶じゃないからどこまで知っていてどこから知らないのか分からない。不確定な情報はあまりあてにならないと思う」
スミナは残念そうに言う。アリナはそれでもスミナが以前よりも知識面でも強化された気がしていた。
「それで改めて今回の目的だけど、あくまで黒騎士が出てきたと思われる遺跡を調査する事だから。その中に魔導結界を行き来出来る技術か道具が見つかればそれで目的は達成です。
黒騎士自身の調査はまた別と考えてる。勿論重要な機械や道具があったら少し考えるけど」
「お姉ちゃんは黒騎士を治して転生者として戻したいんだよね」
「出来ればね。ただ、黒騎士がどこにいるか分からないし、本当にそんな事が出来るかも分からない。だからあまりそれに拘り過ぎて他の事が遅れるのもよくないと思ってるの」
国が戦争の準備を始めた以上、時間が無いのは確かだとアリナも思った。だが、アリナは黒騎士が過去の自分と同じように望んで無い戦いをしているなら止めてあげたいと思うのだった。
魔導馬車が東へと進むはやがて景色が変わり雪道を進むようになる。周囲は完全に冬になり、山間を抜けるには雪は避けられない。普通の馬車だったら通行不可能だが、魔導馬車はどんな悪路や雪道でも車輪に魔法が働いて進めるという。車内は温度が保たれるし、燃料となるモンスターの素材も余分に積んでいるので何の心配も無いのが幸いだった。
「うわー、綺麗」
山間を抜けて広がった白銀の世界を見てアリナが声を上げる。人は勿論、動物もモンスターも出歩かなくなっているんので、静かで真っ平な雪原がずっと続いている。魔導馬車が通った跡だけが後方に出来ていった。魔導結界を抜けての帰り道も雪に阻まれたが、あの時とは気分も状態も全然違っている。アリナは久しぶりに観光気分を味わうのだった。
一同は朝に出発し、昼食を魔導馬車の中で取って既に午後を数時間過ぎていた。
「一旦ここで止めて下さい」
エレミが指示して魔導馬車が雪原の中で止まる。
「ここから南東に進むと私の実家があるスノメルの町があります。
そして北東に見えるのがホシニト山です。
まだ遺跡がある場所が分かりませんし、もうすぐ日が暮れると思います。どうしますか、町へ向かいますか?うちの屋敷には温泉がありますので疲れを取れますよ」
「温泉!!」
アリナはその誘惑に即座に飛びつく。
「魔導遺跡があればすぐに分かると思います。一晩泊るとしてもある程度調査の目途がついてからにしたいのでホシニト山に向かいましょう」
「分かりました、でしたら行きやすいルートを地図でお教えします」
「温泉は後回しかー」
アリナは少しがっかりするが、スミナの意見に逆らうつもりは無い。何よりずっと馬車での移動だったので身体を動かしたいのもあった。
魔導馬車は再び山間の道に入り、くねくねと進んで行く。ホシニト山は近くに見えたが、山が高いだけで思ったより距離があった。遺跡がそもそもホシニト山にあるのかも分からないので、道中もスミナはたまに馬車を止めて周囲の気配を確認した。
結局魔導馬車はホシニト山の麓まで来ていた。既に日は沈み始め、山々が夕日に照らされて赤く染まっている。双子達は魔法でも防寒出来るが、無駄に魔力を使わないように防寒の魔法がかかったコートを全員に配ってそれを着て馬車の外に出た。
「外はやっぱり寒いねー」
「これでも今は晴れてるので良かったですよ」
エレミはこの辺りに詳しいので天気がもっと酷い状況を知ってるのだろう。アリナは馬車の周囲の雪を魔法で溶かして、少し走り回って身体を中から温める。それと同時に周囲に危険が無いか確認した。
「お姉ちゃん、どう?何かありそう?」
「うーん、まだはっきりとは分からないけど、山の上の方は特に関係無さそう。それより麓の左の方に何か魔力を感じる」
「ならあたしと同じか。近くに大きな危険は無いけど、そっちの方の深い所に危険を感じるから」
双子がそれぞれ違う見地で同じ方向を感じ取ったので一行はそちらへ向かう事にした。魔導馬車は置いていき、雪に埋もれた木々の間を一行は除雪しながら徒歩で進んで行く。戦闘形態になったエルが効率的な雪を溶かしながらの除雪をしてくれたので移動はスムーズに行えた。
「あそこに洞窟の入り口があります」
先頭を進むエルが山の側面に雪で隠された入り口を発見した。アリナは以前見つけた黒騎士の使っていた魔導遺跡も似たような場所だったのを思い出す。ここなら確かに遠くからは見えないし、普通の人も近寄らないから気付かないだろう。洞窟の奥から微かな危険をアリナは感じた。
「お姉ちゃんもここから感じる?」
「うん、ここで間違いないと思う」
「あたしが先頭に立つから行こう」
アリナが先頭になって洞窟を進んで行く。アリナは危険察知の祝福があるので罠も敵も気付ける。周囲は自然の洞窟にしか見えず、今はモンスターも野生動物も住んでいなかった。しばらく進むと行き止まりにぶつかる。
「わたしの出番だね」
スミナが当然のように壁の一部に手をかざすとそこに魔導機械のパネルが現れた。普通の魔力の検知では引っ掛からないのでスミナが居なければ探すのに時間がかかっただろう。スミナが祝福の力でパネルを操作すると床が開いて地下への階段が現れた。普通に気付かなかったので魔導帝国時代の技術の高さに今更ながら驚かされる。再びアリナが先頭に立ち、階段を下へと降りて行った。辺りは薄っすらと魔法の灯りが灯り、自分で魔法を使わずとも周囲が確認出来た。洞窟内はまだ寒かったが、魔導遺跡内は寒さが収まってきている。
「ガーディアンが来るよ」
アリナは複数の危険が動き始めたのに気付いて言う。階段を下りきって広い通路に出ると早速複数の4足歩行のガーディアンが出て来る。大きさ的には人の身長ぐらいでそれほど危険ではない。
「わたしが処理しようか?」
「身体を動かしたいし、普通に戦わせて」
「私も経験を積みたいです」
「じゃあ2人に任せるから」
スミナなら的確にガーディアンを倒せるのだろうが、アリナは最近まともに戦って無かったので自分で戦いたくなった。エレミもこのレベルの敵なら良い経験になるだろう。アリナが前に出て、エレミが槍で援護する形でガーディアンに対峙する。アリナはエレミの事を考え、正攻法で剣で戦う事にした。
「行くよ!!」
「はいっ!!」
アリナは可変する魔導具の剣に鋭さをイメージした刃を魔力で作って付け、先頭のガーディアンに斬り付ける。ガーディアンは綺麗に一刀両断され、アリナは祝福の力が増してる事を実感する。エレミも横のガーディアンを魔導具の槍で貫く。1撃では倒せなかったが、エレミは敵の反撃を避け、2撃目で的確にガーディアンのコアを貫いて倒していた。メイルの言う通りエレミの戦闘センスはかなりいいようだ。
戦闘はあっという間に終わった。アリナは8体のガーディアンを剣だけで撃破し、エレミは3体を攻撃を受けずに倒していた。戦闘を見ていたスミナ達も手助けする必要が無いと感じ、その通りだった。
「エレミさん、凄く強くなったね。結構訓練したでしょ」
「ありがとうございます。メイルさんやオルトさんにも見てもらい、どういった戦い方が自分に最も合ってるか分かった気がするんです」
「敵の動きもちゃんと見えてるよね。度胸合っていいと思うよ」
スミナもアリナもエレミを褒める。修羅場をくぐって来たレモネ達には及ばなくとも、今後エレミはもっと強くなるだろうとアリナも感じるのだった。
魔導遺跡の中は以前魔族連合にアリナが居た時にソルデューヌと発見した物によく似ていた。違うとしたらここは長い期間誰も立ち入って無かったと思われる事だ。
「お姉ちゃん、多分こっちだと思う」
アリナは記憶を頼りに黒騎士に関係しそうな部屋へと通路を進む。
「ここだ」
アリナは危険は感じないものの、魔導機械がありそうな部屋を見つけ、その扉を開こうとする。が、アリナではやっぱり開けられなかった。
「わたしが開けるよ」
スミナが扉の横のパネルを触って扉を開錠した。そこは大きな広間になっていて、ガラス状のケースの中に大量の黒い鎧の兵士が並んでいた。
「やっぱり。これが前に他の魔導遺跡で見た、黒い鎧の兵士の生産工場だよ。黒騎士は別の施設で壊れた兵士をこれで直そうとしてた。
お姉ちゃん、これで黒騎士を治せたりしないかな?」
「ちょっと待って、機械を調べてみる」
スミナは魔導機械の操作用と思われる部分に手を触れて調べた。するとスミナの表情が一気に険しくなったのが分かる。
「やっぱり使えそうに無かった?」
「そうだけど、そうじゃ無いの。
アリナ、わたし達は勘違いしてたみたい。これは黒騎士の部下の兵士を作る為の機械なんかじゃ無い」
スミナは苦しそうに言う。
「どういう事ですか、スミナお嬢様」
「確かにこの兵士は黒騎士の部下として動かす事も出来るようですが、それは本来想定した使い方では無いんです。ホムラが説明した話で魔導人造超人が1人しか作られなかったと聞きましたが、それもあくまで完成した時点で研究が終了し複数作らなかっただけでした。
これは魔導人造超人を作る為の魔導機械です。ここにある素体に優秀な人間を融合させて、超人を作り出すんです。
魔族が作っている闇機兵と呼ばれる知能を持った兵器やグイブさんの使う魔導具での集団を連携する戦術の完成形を魔導帝国は既に魔導人造超人で完成させていたんです」
スミナの言う通りなら黒騎士には及ばなくてもここに並んだ兵士分の魔導人造超人が作り出せるという事だ。見回すだけでも数十体は素体があり、全てが黒騎士のようになったらとてつもない脅威になるだろう。
「じゃあなんで黒騎士はただの機械の部下みたいな使い方をしてるの?」
「それはこの機械を動かすのに莫大な魔力を使うからだと思う。本来は魔導炉からの魔力の供給があって動く魔導機械だったから」
「スミナお嬢様、この機械を使って黒騎士を治す事は可能なんでしょうか?」
メイルが改めて確認する。
「残念ながらこのままじゃそういう事は出来ないみたい。まあ、そもそも動かす魔力も無いけど。
ただ、この機械を研究解明すれば黒騎士を元の転生者に戻せるかもしれない」
「あの、1ついいでしょうか。
話を聞く限り、これは凄く恐ろしい兵器だと感じます。それを研究する事はとても危険ではないでしょうか」
今まで黙っていたエレミが怯えた表情で言う。エレミは特に強敵との戦いの経験も無いので恐ろしく感じるのだろう。
「そうだね。エレミさんは先祖の話をよく覚えてるだろうし、強大な力の危険性を理解してるんだよね。
これが悪意を持った人間や魔族の手に渡ったらとても危険だとわたしも思う。
ただ、魔導帝国の技術自体は凄いと思うし、黒騎士を治せるなら治したいとは思う。だから帰ってアスイさんと相談してどうするか決めようと思う」
「今回の目的は魔導結界を超える方法だしね。
この遺跡に他にも危険を感じる場所があるし、そっちに何かあるかもしれない。行ってみようよ」
スミナが対応を保留したところでアリナは別の気になる場所へと向かう事にした。
「ここは……」
更に遺跡の地下を降りると、大きな扉が開いていた部屋があった。そこには異様な機械の木のような柱のような物体が中央に生えていた。その柱には大きな窪みがあり、そこは空になっている。
「ちょっと確認するからみんなは警戒をよろしく」
「分かった」
スミナがその柱に触りに行ったのでアリナは危険が無いか警戒した。アリナが危険を感じるのはこの部屋では無く更に奥で、すぐにその危険が起こる感じはしなかった。スミナが柱に触り、確認する。しばらくして、スミナが喋り始めた。
「これは黒騎士、魔導人造超人が長期間状態を保持する為の装置です。黒騎士は何度かここで目覚め、戦いに出向き、帰って来てここに眠りにつきました。
ただ、最後にここに眠りに来た時は大きく傷付き、その後の目覚めで領主と黒騎士の話の状態、転生者カノンの意識を持った状態になって出て行きました。それ以降ここには帰って来ていません」
「じゃあここで待ってれば黒騎士は来るのかな」
「それは分からない。ここを出て行って以降戻って来ないのは何か理由があるのかもしれない」
スミナが調査し、記憶を見た結果を報告する。
「あとはここに転移する方法があるかの調査だけど、さっきの魔導機械の周りにも、この柱の周囲にもそれらしい物は無かった。記憶を見た限り黒騎士も自身の力だけで転移してくるんじゃ無いみたい。
アリナ、他にどこか怪しい場所は無い?」
「それだと、奥の扉の向こうに危険を感じてる。ただ、開けなければ襲ってこないみたいで、閉じ込められてるのかも。どうする?それでも行く?」
「相手の強さは?」
「黒騎士ほどじゃないけど、それでも結構手強そう。それに複数いる気がする」
アリナは自分が感じた通りに伝える。この感じたとアリナ1人でも頑張ればどうにか出来る気はしていた。流石に1人では大変過ぎるのでやりたいとは思わないが。
「エル、魔力の残量は?」
「今日は無駄な消費をしていないのでほぼフルです、マスター」
「分かった、それじゃあみんなで戦おう。
エル、限界突破」
スミナがエルに手を触れ魔力を流し込むとエルの姿が変化して光輝く姿に変わる。
「そういえばお姉ちゃん、そのエルちゃんの変化って前は無かったよね。どうしたの、それ」
「これはわたしの祝福の力が増したのと前に話したユキアさんの魔導帝国の知識が相まってエルの隠された機能が判明したの。
ただ、この強化モードは魔力の消費が激しいから長くても10分ぐらいしか連続で使えない」
「お姉ちゃんが魔力をエルちゃんに与えてるんだよね。お姉ちゃんの魔力は大丈夫なの?」
「わたしの魔力量も増えたし、今渡したのは少量だからわたしが戦う分には問題無いよ」
スミナはそう言うがアリナはスミナが皆を守る為に無理してるのではと感じていた。魔力量なら自分の方が有り余ってるのでそれを分け与えられればとアリナは思う。ただ今はそれは伝えずアリナは自分に出来る事を全力でやろうと思った。
「じゃあお姉ちゃん、あの扉をまた開けてくれる」
「分かった」
スミナが扉のパネルを操作し、アリナは警戒したまま扉の前で待つ。スミナの操作はすぐ終わり、扉はゆっくりと開いた。部屋は薄暗く、とても臭かった。アリナは灯りとなる魔法を飛ばし、部屋の中を照らす。そこには魔導具の檻に閉じ込められた黒い生き物が沢山並んでいた。
「これってもしかして」
「魔導人造超人の実験体の失敗作じゃな。こんな所に残っておったのか。わらわも初めて見たぞ」
今まで黙って浮いていた小竜姿のホムラが口を開く。ホムラは竜神だからかどうやら生き物の改造のような研究に強い嫌悪を抱いているようだ。アリナが危険を感じたのはこの実験体達だった。よく見ると魔導機械の部品と人間の他にも亜人やモンスター、魔族までもが融合した形の個体がいて様々な非人道的な実験が行われていたのがよく分かる。デビルが作ったダロンも吐き気を催したが魔導帝国の研究者も大して変わらないとアリナは思ってしまう。
「ここはあくまで実験体の保管庫みたいで機械は見当たらない。檻の中も殆ど死んでたり、瀕死だったりで戦闘にはならなそうだね。
この先に管理用の部屋っぽいのが見えるし、そこへ行こうか」
スミナが檻を超えた先にガラス張りの部屋を見つけて言う。確かにスミナの言う通り、実験体の殆どは既にエネルギー源である魔力が尽きたのか死んでると思われる物が多かった。入って来たアリナ達に対して反応するものは殆ど無い。ただ、アリナはまだ危険を感じ続けている。それは正面の管理室ではなく、保管庫の右側の壁から感じた。そこにはシャッターのような扉で硬く閉ざされている。その危険が一気に増すのをアリナは察知した。
「お姉ちゃん待って、一番ヤバいのが来る」
アリナが言うのと同時に右側の壁が壊れ、他の失敗作より一回り大きい魔導人造超人の実験体が現れた。その姿は黒騎士を巨大化した姿に見えるが、よく見ると緑に光る刺々しい部分が見え、過去に戦った魔神と似ているのに気付く。
「あれ、魔神を素体にした実験体だ!!」
実験体はすぐに近くの檻を壊し、その中に入っていた実験体を取り込む。するとその魔力で力が増したのが分かった。破壊の衝撃で他の檻ももろくなったのか、生きていた他の実験体が檻を出て死んだ実験体を取り込んでいった。それぞれの生存本能によるものだろうか、最終的に魔神の実験体と魔族の実験体数体が他の実験体を取り込んで残っていた。
「お姉ちゃん、魔神のヤツが一番強くて、他はそこそこだと思う」
「魔神はわたしとアリナでやろう。エルは残りの敵を、メイルとエレミは身を守りつつ倒せる相手が居たら戦って」
「「了解」」
スミナの指示で戦闘が始まった。スミナとアリナは一番大きい魔神の実験体に突っ込んでいく。すると実験体は体から巨大なトゲを飛ばしてきた。流石に魔神が素体なだけあってその速度は凄まじく、2人は回避に徹するしかなかった。実験体はスミナを目標に定め、回避先を目指して槍状にした手で貫こうとする。スミナは魔導具で無理矢理別方向へダッシュしてそれを避ける。アリナは伸びた実験体の腕を剣で斬り落とした。しかし実験体は再生能力が高く、近くの死体と融合して腕を即座に元に戻した。アリナは素体の魔神部分を完全破壊しないと倒せないなと長期戦を覚悟した。
強化形態のエルは空中に飛び、弱そうな実験体から虹色の光線を放って完全破壊していく。数を減らしなるべく早くスミナ達の援護に回りたいからだ。しかし魔宝石より後に開発された魔導人造超人だけあって、失敗作でもエルよりスペックが上の個体がいた。その実験体達は目障りなエル目掛けて攻撃を開始した。
エルは強化モードで一時的に強くなってるとはいえ、多数の敵相手では防戦に回るしかなくなった。敵を引き受けるだけでエルの役目は果たしていたが、それでも反撃の切っ掛けが欲しい所だった。
メイルは近付く敵の相手をしながらどうするべきか考えていた。魔導鎧などで強化された今のメイルならもっと積極的に攻める事も出来る。ただ、そうなると失敗した時に周りに迷惑がかかるし、何よりこういった強敵との経験が無いエレミを危険に晒す事になる。メイルは自分が傷付くならいいが、エレミに被害を出るのは避けたかった。エレミも懸命に戦ってくれているが、そのフォローをいつでも出来るようにしておきたい。結果としてメイルはあまり大きく動けずにいた。
「メイルさんは撹乱が得意ですよね」
「確かに普段はそういった役目が多いですけど、今は普通の敵じゃ無いし周りに迷惑がかかると思います」
「スミナさん達も手こずってますし、エルさんも囲まれてます。状況を変えられるのは私達だけじゃないでしょうか」
「ですが、エレミさんが危険では……」
「私は大丈夫です。これぐらい乗り切れなければ今後私は皆さんのお役に立てません。
フォローしますのでメイルさんが出来る事をやって下さい」
「分かりました。ありがとうございます!!」
メイルは自分が考え過ぎていた事を反省する。そしてエレミの能力を信じ切れなかった事を。それこそ彼女に失礼だと思い直し、メイルは自分が出来る事を全力でやる事に決めた。
「では行きます」
「はい!!」
メイルは忍者装束のような魔導鎧のマスク部分も付け、両手に短剣を持って駆け出した。早速メイルの動きを邪魔しようとする実験体をエレミが貫いてフォローしてくれる。メイルはまずエルを攻撃している実験体の1体の脚を斬り付けた。攻撃を邪魔された実験体は再生しつつメイルを狙う。しかしメイルは高速で移動し、他の実験体を攻撃していた。
次々と実験体を攻撃し、敵のヘイトを稼ぐメイル。勿論メイルも狙われるが、そこは身の軽さと魔導具の身代わり術などで華麗に躱していく。これこそがメイルの本領発揮だった。
エレミはメイルをフォローしつつ、自分に迫る敵をどうにかする必要があった。エレミは自分の攻撃では実験体を完全に破壊出来ない事を理解し、身を守りつつ援護に徹しようとする。スミナからもらった魔導具の槍は伸縮自在であり、攻撃して敵と距離を離すのに適している。とはいえ倒しきれないのだから敵は再生しつつエレミに近付いてくる。誰かが助けに来るのを待つわけにもいかず、エレミ自身がどうにかする必要があった。
1体の実験体がエレミに急接近し、剣と化した腕でエレミを斬ろうとした。エレミの速度ではそれを避ける事は出来ない。槍での反撃も間に合わなかった。エレミが斬られた、と思われた時、それは発動した。直後に斬られていたのは実験体の方だった。その実験体は自分が何をされたか理解出来ずに機能を停止する。それはエレミがスミナに貰った灰色の魔導鎧が発動した効果だった。
エレミの魔導鎧には攻撃を反射して相手に返す効果が付与されていた。勿論全ての攻撃とはいかず、攻撃の種類や威力に制限はあり、威力もそのままでは無く減少する。それに加え常時発動ではなく、発動タイミングは装着者によるものなのでタイミングがずれると失敗する。使用には魔力を消費するし、連続使用は出来ない。そんな扱いが難しい魔導鎧をエレミは既に使えるようになってきていた。中距離での援護が役目のエレミがこの能力を使いこなせればかなり効果的だとスミナは考えていたのだろう。
エルはメイルが囮をしてくれたおかげで攻撃のチャンスが出来ていた。実験体は再生能力が高く、素体となった生物の生命力が高いほどすぐに再生してしまう。なのでやるなら1撃必殺が必要だった。強化形態になったエルは攻撃の手段を考える。光線は強力だが強い実験体相手に出力を上げれば魔力切れがすぐに来てしまう。ならばとエルが選択したのは両手両足を魔力の剣に変えた四刀流だった。
「メイル、ありがとうございます」
エルはメイルに感謝を述べると敵の中へと飛び込んで行く。エルは見た目こそ人型だが、その動きは本来の人を模倣する必要は無い。エルは回転して4つの剣で敵を切り刻んでいく。縦横無尽に動く4本の剣は実験体であろうと見切る事は出来ず、1撃喰らったら最後、連続で斬り付けられる。エルは吹き荒れる竜巻のように次々と実験体を切り刻んで破壊していった。
だが、デビルを素体とした実験体は流石に能力が違い、エルの攻撃を避け、逆にエルへ反撃してきた。デビルの実験体からの攻撃を何とか両手の剣で防ぐエル。この相手には回転して斬り付けるのは無理だと判断し、動きを変える。実験体は勿論猶予を与えず攻撃を繰り出して来る。エルは速度もパワーも上の相手に再び防戦に持ち込まれた。
エルにトドメを刺そうと近付く実験体。それをエルは待っていた。次の瞬間実験体の両腕と両足は剣で斬り落とされた。更に身体も切り刻まれる。能力が上だろうとエルには相手を上回る力があった。それこそはスミナと共に居る事で得た実戦経験だ。作られて時に戦闘方法を組み込まれた実験体も本当の実戦経験が無ければその能力を使いこなせない。エルは本人も知らぬうちに魔宝石としても格段の成長をしているのだった。
エルが大半の実験体を破壊し、メイルとエレミも残りを協力して完全破壊していた。残ったのは双子が相手をしている魔神の実験体だけになった。だがその戦いは激しく3人はそれを見守るしかなくなっていた。エルも既に強化形態の時間が解け、普通の戦闘形態になっており、下手に手出し出来ないと判断したのだ。
「お姉ちゃん、コイツヤバいね」
「再生能力が人造超人と魔神の能力が合わさって他と段違いになってる。やるなら一気に決めるしかない」
アリナとスミナはコンビネーションで巨大な実験体を攻撃したが、すぐに再生してしまいその反撃を避けたり防いだりするので手一杯になっていた。神機や闇術鎧を持って無い2人は以前のような圧倒的な1撃での攻撃手段は無い。だが、2人に絶望の色は見えなかった。
「お姉ちゃん、やってみたい事があるの。あたしに任せてくれないかな。ヤツの腹にでっかい穴を開けてくれる?」
「本当に出来るの?」
「分かんない。でも出来そうな気がする」
「分かった」
スミナはアリナを信用し、敵の攻撃を避けつつレーヴァテインを構える。そしてレーヴァテインの出力を上げて実験体の腹に巨大な穴が空くように斬り付けた。レーヴァテインの刃は黒い巨大な実験体の腹を貫通し、人1人が余裕で通れるほどの風穴が空いた。
「ありがと!!」
アリナはその空いた穴の中へと突進する。実験体の再生能力は高く、穴は即座に閉じ、アリナは中に閉じ込められる形になった。普通に考えれば圧縮死の可能性もあるだろう。しかし、アリナは恐れず危険を承知であえて敵の身体の中に入った。
「え!?」
スミナは実験体の身体がどんどん膨らんでいくのを見て驚く。実験体はジタバタと無意味に暴れまわり、スミナやメイル達はそれに当たらないようにとにかく距離を取った。実験体は風船のように膨らみ、3倍ぐらいの大きさになったあと“パーーン!!”という炸裂音と共に破裂した。中からは無傷のアリナが出て来た。
「最後のトドメ!!」
破裂した残骸の中にある黒い小さな箱状の魔導機械目掛けてアリナはハンマーの形に変えた魔導具で叩き潰す。それで実験体は再生しなくなった。
「何したの、アリナ」
「中に入る時に空気を入れる細い管を作っておいて、中に風船みたいな丈夫で膨らむ物体を作って中から膨らませたんだよ。実験体も内部を攻撃する手段は無かったみたいで上手くいったよ」
「凄いじゃない、アリナ!!」
スミナに褒められアリナは悪い気はしなかった。アリナは昔の自分ではここまで上手く魔力の物質化を出来なかったので、自分の成長を改めて確認出来たと感じていた。
「じゃあ調査を再開しよう」
スミナが倉庫の部屋の奥の指令室のような部屋目指して進む。スミナが操作して扉を開けると、そこには様々な機械が並んでいた。その中に巨大なガラス張りの筒状の機械をスミナが見つけ、手を触れてみる。
「これです、これが転移ゲートの機能がある装置です」
スミナが喜びの声を上げる。
「じゃあこれを使えば魔導結界の外に行けるって事?」
「そうだけど、そんなに上手く行かないみたい。
これは黒騎士が移動に使う為だけの装置で、黒騎士が乗ってれば他の人も転移出来るけど、黒騎士が居なければ動作出来ない。わたしの祝福でも動作出来ないみたい」
喜んでいたスミナの表情が一気に曇る。
「となるとやっぱり黒騎士を仲間にするしかないかもね」
「ちょっと待って、みんな装置から離れて」
スミナがそう言うと筒状の魔導機械が光って動き出した。そしてアリナはそこからとてつもない危険を察知する。
「アリナ」
「うん、黒騎士が来る!!」
アリナはその危険の感じから黒騎士が転移して来る事を感じ取ったのだった。