表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/111

29.勇者と黒騎士

 国王との会合の帰り道、屋敷に向かう魔導馬車の中でスミナは喉に骨が引っ掛かったような気分になっていた。これから自分達で王国の為に頑張ろうというところで思わぬ方向に流れていったからだ。


「お姉ちゃんはあのグイブって男の事知ってたの?」


「ああ、うん。

軍師として活躍してるって話は聞いた事あった。

でも、それより前、わたし達が戦技学校に入る前に縁談の話が出たのを覚えてる?」


「え、そんなのあったっけ?」


「お父様が即座に断ったから忘れててもしょうがないか。

あの時、サウラ地方の領主の息子とわたしかアリナのどちらかで縁談の話が来て、相手がそのグイブさんだったんだよ。あの時の写真と少し違ったけど、顔はその時覚えてたからすぐに分かった」


 あの時父のダグザは断るのをすぐに決めたが、ハーラが双子のどちらかが望むならお見合いだけでもどうかと写真を見せたのだ。アリナは興味無さそうだったし、スミナも正直学校に行くのが楽しみだったので丁重に断ったのを覚えている。


「そうなんだ。なんかあんまり性格良さそうじゃないし、断ってて良かったね。

で、お姉ちゃんはあの魔導具はどう思った?」


「あれはアリナが思ってるよりも凄い魔導具だよ。使う人に左右はされるけど、兵士の能力の底上げと連携が出来て、戦場の把握も出来るからかなり有効だと思う。ロギラ国王陛下が方針変更したのも間違ってるとは言えないね」


 スミナが煮え切らない気持ちになったのはあの魔導具の有効性が分かってしまったからだ。そして兵士の命を考えなければえげつない使い方が出来るのだ。


「でも、あれじゃディスジェネラルとか巨獣とかの相手は無理じゃない?」


「そうでも無いの。あの魔導具の恐ろしさはより強い敵と戦う時にこそ発揮される。敵わない敵を倒す為に犠牲を考えず、数で強引に押し切る方法が取れる。褒められる戦い方じゃないけど、そういう事が出来る魔導具なの」


「お姉ちゃんが言うならそうなんだね。じゃあ不敗っていうのも嘘じゃないって事か」


 アリナは納得したようだ。だがスミナは納得してない。戦争で理想を語るのは間違いだし、犠牲は付き物だと頭では分かっている。だが、犠牲ありきで作戦を立てるのは間違ってるとスミナは思ってしまう。グイブがやろうとしている事は犠牲を出してでも敵に勝利する事だ。国王が許可しようとそれを認めたくないのだ。


「そうだ、前にデビルのミボから騎士団に内通者が居るって聞いた話をしたのを覚えてる?あれって、銀騎士団の団長だったりしないかな」


「ラバツさん?流石にそれは無いと思うよ。

あの人はターンさんの信頼も厚いし、国防の要の人だよ。確かにさっきの会合では敵との話し合いを提案したけど、それだって騎士団の状況を考えて今後の被害を少しでも減らしたいからだと思う。

あと、お父様と黒騎士の記憶を見た話をしたでしょ。その時お父様と一緒に前国王陛下を守っていたのがラバツさんだよ。そんな人が魔族に手を貸すなんて事は考えられないよ」


「なんだ、パパの知り合いだったんだ。なら、別に内通者が居るのかー」


 アリナの言う内通者についてはスミナも気になっていた。だが、探っても見つからない気もしていた。ここまで大ごとになっても誰にも気付かれないという事はよほど騎士団に馴染んでいるか、下っ端で気にもされてないかのどちらかだ。そもそもミボが嘘をついてる可能性もあるので、そこを重要視してはいけないとスミナは思っている。


「内通者探しについては国王陛下の言う通り探してもきりが無いと思う。ただ、騎士団に内通者が居た場合も考えて行動は取った方がいいかもしれない。敵に知られたらいけない情報は流さないようにとか」


「だったら今日の国王陛下の話も敵にバレたんじゃない?」


「今日集まった人達は一応問題無いと思われた人達だから。でも、今後魔族連合に攻撃する準備を始めたら敵に情報は漏れるかもね。その条件でも上手く行く自信が国王陛下にはあるんだと思うよ」


 スミナは王都の被害を思い出し、反撃を考える国王の気持ちが少しだけ理解出来た。ただ、その方法は変えるべきだとスミナは強く思う。


「アリナ、わたし達も何が出来るかよく考えよう」


「そうだね、あたしもこのままじゃダメだと思ってたよ」


 双子は屋敷に戻ってからお互いに案を出し合うのだった。



 翌日、双子とエルとメイルはアスイに呼ばれてソードエリアにある特殊技能官用の施設に向かった。用件としては城での会合の件であるそうだ。初めて向かったその施設はちょっと大きめの1軒家のような普通の建物で、周りの塀だけは立派だった。到着後アスイが言うにはわざわざ城に集まるまでも無い多人数の会合等に使う施設で、今は殆ど使われてないとの事だった。


「急な呼び出しに対応して頂きありがとうございます」


 施設の大きな広間のテーブルでアスイが最初に挨拶する。集まったのは双子達4人とアスイとオルト、聖女のミアン、それにクラスメイトであるレモネとソシラと戦士科のゴマルの合計10名だった。いつものメンバーではあるが、城の会合の後だと考えるとレモネ達学生が混ざっているのにスミナは少し疑問を感じた。竜神のホムラはやはりアスイの前には姿を見せないつもりなのか今日も移動の途中で消えていた。


「まず、メイルやレモネさん達はお城でどんな話合いがあったか知らないと思います。その話についてここに居る人達には伝えて良いと国王陛下から許しは得ています。勿論ここ以外の人への口外は禁止なので気を付けて下さい。

では、私の方から簡単に説明します――」


 アスイが城の会合で国王から伝えられた事を話していく。スミナはアスイの意図も含まれると思い、一言一句きちんと話を聞いた。印象としては公平に話してはいたが、アスイが望ましくない方向へ進んでいる事が言葉の端から感じられた。


「以上が話合いの内容です。今日集まってもらったのはこの件についてと、今後について皆さんの意見を聞きたいからです。

まずは感想でもいいので意見を聞かせて下さい」


「じゃあみんなが話しやすいように自分から話す事にするよ。

国王陛下の考えも分からないでも無いが、騎士団で仕事をした俺としては急過ぎる方針の変更だと思う。何より魔族連合の強さを分かって無いと感じるな」


 最初に意見を出したのは最年長であるオルトだった。国王の決定は王国騎士団長でオルトの友人であるターンに対する不信そのものなのでオルトが怒るのも無理はない。ただ、スミナの考えは少し違っていた。


「わたしからも少しだけいいでしょうか。

オルト先生の発言はもっともだと思います。ただ、魔族連合の強さについては理解しての事だと私は考えます。

というのも、グイブさんが使ったあの魔導具はそれだけの力を持っているからです。人数さえいれば魔族連合のディスジェネラル相手でも勝利出来るでしょう。

ただし、それには問題があります。戦う人の犠牲を考えなければ勝てるという事です。あの魔導具は戦わせる人をあくまで道具として見る事で最大限の効果を発揮するんです」


 スミナは自分が知り得た情報を説明する。スミナのどんな道具でも使う祝福ギフトは直接触れなくてもその道具の真価が分かるようになっていた。


「オルトさんとスミナさん、発言ありがとうございます。

私も魔導結界を外しての進軍については反対です。ただ、国王陛下の反撃に出るという意見については防戦一方の現状を考えると間違いでは無いと思います。

私も悩みましたが、今のスミナさんの話を聞いて方向性が決まりました。私は国王陛下のグイブ氏を総司令官とした魔族連合への攻撃を支持します」


「待って下さい、魔導結界を解除してしまったらそれこそ取り返しのつかない事になります」


 アスイの話に即座に反対したのはミアンだった。


「ミアンさん、すみませんきちんと説明するので話を聞いて貰ってもいいでしょうか。

支持するとは言いましたが、今考えている方法でそのまま実施させるという意味ではありません。皆さんが気にしている魔導結界の解除は行わないつもりです。

そもそも魔族連合の情報が入ったとはいえ、その全容が分かったわけでは無いですよね。敵のいくつかの拠点が分かったからとそれに攻め込んでも無意味です。

だから、私は段階を持って攻撃をするべきと提案するつもりです」


 アスイがみんなの懸念を取り除いてから話を続ける。


「アリナさんの得た情報では魔族連合の結び付きは薄く、あくまでデビルの強さによって従っているものが多いとのこと。他にも利害関係で動いている勢力もいると。まずはそこにくさびを打ちます。これは国王陛下が言う反撃と同意です。

魔族連合への攻撃で敵を打ち倒し、出来ればデビルの幹部を倒せれば魔族連合内でのデビルの威厳が失われ、魔族連合の離反を考える勢力が出る筈です。

そこでアリナさんが得たディスジェネラルとの縁を利用し、王国側に付かなくとも中立の立場に各勢力を持って行く。その後は残った魔族連合の拠点を攻撃していき、王国の周囲の危険が無くなったところで魔導結界を解除します」


「確かに隷属されてる人間は当然として、エルフとドワーフはアリナの話だと魔族連合の考えに従っている訳じゃ無い。王国に魔族連合を圧倒する力があるのを見せたら魔族連合から離れるかもしれない」


「東の国のヤマトもメイルさんが王様を説得したら和解出来るんじゃない?」


「なんだ、その話は?メイルは東の国と縁があったのか?」


 レモネがメイルの話を出し、オルトが興味を示す。


「そんなんじゃ、ありません。私にそんな事は出来ませんから」


「メイルさんはヤマトの王様であるマサズさんにプロポーズされたんですよぉ。相手はメイルさんに一目惚れしたみたいですねぇ」


「ちょっとミアンさん、やめて下さい」


 ミアンにばらされてメイルは慌てる。


「なんだ、国王に求婚されるなんて凄いじゃないか。メイルにその気はないのか?」


「ありません!!

そもそも相手は戦を楽しむ国だと聞いてます。私はそんな考え方は認められません」


「メイルの考えは置いておいて、相手がメイルを気に入っているという事自体は悪い話じゃないわ。メイルの話なら素直に聞いてくれそうだし、ヤマトという国が戦を求めるのが条件なら相手を魔族連合に変えて貰えれば同盟を結べる」


 アスイは冷静にメイルの置かれた状況を分析する。確かにディスジェネラルの中でも異端であるヤマトの人間達は条件さえ整えば魔族連合を抜けてくれそうだ。


「まさかあのオニのサムライがメイルに惚れるなんてねえ。まあメイルは美人でスタイルもいいからしょうがないけど」


「アリナお嬢様もからかわないで下さい!!

ですが、アスイの言う事も分かります。結婚の話は置いておいて、ヤマトの国との交渉に私が役に立つのならその際は喜んで引き受けます」


「あのー、質問いいですか……?

今までの話だと魔導結界を解除せずに結界の外に攻め込んだり、交渉に行ったりするんだと思うんですが、それはどういう手段で行くんでしょうか……?」


 ソシラが手を挙げて一番重要な質問を投げる。スミナも気にはなっていたが、アスイに考えがあるのかもしれないとスルーしていた。


「分かっていたと思うけど、そこが問題です。スミナさんがこの間使ったゲートはもう使えないでしょう。それに王国までの間にあった転移用の呪具は既に破壊済みです。デビルのレオラの能力があれば行き来出来るのでしょうが、似た祝福ギフトを持っている者や魔導具は見つかっていません。

というわけで、今までの話はあくまで理想であり、その実行方法はまだ無いんです。つまり今のままでは国王陛下の言う魔導結界を解除する以外に敵に反撃する手段は無い状態です。

今日集まって貰ったのは何か方法が無いか案を出してもらうという意図もありました。エルさん、何か無いですか?」


「マスターの星界からの帰還とゲートでの魔導結界の突破を確認しましたが、今ある道具や技術での再現は不可能だと判断します。

可能性があるとしたら魔導要塞のような大型の魔導兵器かそれに近い魔導帝国時代の技術を発掘するコトです」


 アスイの質問にエルが答える。そしてスミナは気になっていた事をここで発言する事にした。


「その方法はあるかもしれません。

その根拠としては、黒騎士が魔導結界内に居た事です。彼は恐らく魔族が使ったゲートとは別の手段で魔導結界内に居ました。それとアリナが見たという黒騎士が補給に使った魔導遺跡の話です。わたしは黒騎士の使っている魔導遺跡を調べれば魔導結界を抜ける方法が見つかると思います」


「確かにその可能性は高いわね。

でも、黒騎士自身が魔導結界を抜ける方法を持っているとしたら?」


「それならそれで方法があると思います。というのもわたしが調査で黒騎士とシャドウが同一人物だという事が分かったからです」


 スミナはホムラから聞いた魔導人造超人という言葉は使わずに、転生者を元にした魔導帝国時代の人型の兵器である事を説明する。そして黒騎士には複数の人格があり、魔王討伐時には人間に近い人格が出ていた可能性が高いとも。


「黒騎士がまだこの国に居るのなら、黒騎士を調べる事が魔導結界を抜ける鍵だとわたしは思います」


「スミナさんの言う事がどこまで正しいかは分からないけど、魔導帝国と関係しているのは確かでしょうね。

そして黒騎士は過去に何度も現れてると。だったらスミナさんの祝福で調べられるんじゃないかしら?」


「黒騎士の持ち物や部品があれば、ですね。この間の戦いの時の残骸は残って無かったんですよね」


「残念ながらね。でも、そういった過去の伝承に詳しい人がいるわよね」


「そうでした。“神話と伝承の分析”のジゴダ先生なら確かに」


 こうして魔導結界と黒騎士の件についてはスミナが今後調査する事に決定したのだった。その後アスイを中心に今後の課題や魔族連合に攻撃する場合の問題点の洗い出しなどの話し合いを行い、集まりは解散になった。


 翌日、スミナは1人で戦技学校へと向かっていた。1人と言ってもエルは宝石形態で持っているし、ホムラも姿を現さないだけで付いて来てはいるだろう。今日の目的はジゴダ先生に会う事だったので、学校に顔出し辛いアリナは別の準備をする事にし、メイルもそちらに付き合う事になったのだった。

 補修中の学校に入る許可は取ってあり、スミナはスムーズに教員の部屋がある建物まで移動する。ジゴダの個室の前まで来て扉をノックすると「どうぞ」と言われたのでスミナは中に入った。


「ジゴダ先生、お忙しいところ急な訪問ですみません」


「いえいえ、スミナくんの活躍は聞いてます。僕にお手伝い出来る事は何でもしますよ。

あと、ガリサくんの件は本当に残念でした。僕もちゃんと彼女の変化に対応出来ていれば事件に巻き込まれる事も無かったかもしれないと後悔してます」


「ガリサの事はわたしも後悔してます……」


 ガリサが異界災害の中心にいた事は殆どの人が知らず、ジゴダも勿論巻き込まれて死んだとしか伝えられていない。スミナはガリサを救えなかった事がずっとトゲのように心に残っていた。だが、今はそれを後悔している場合では無い。


「とりあえず、座って。お茶は出せないけど寛いで話そう」


 ジゴダに薦められて本棚に囲まれた中におまけ程度にあるテーブルの椅子に座る。


「聞きたいのは黒騎士の話だとアスイ先生に聞いたよ。それで僕なりに調べてはおいたんだ。

で、どういった話が聞きたいんだい?」


「わたしの祝福についてはもう聞いてるんですよね。知りたいのは黒騎士が出てくる話で、その話に関係した実際に行ける場所や現存している道具がないかです。

信じられないかもしれませんが、過去に現れた黒騎士と魔王を倒した黒騎士、そして今活動してる黒騎士が同一人物なんです」


 スミナの道具の記憶を見る祝福については事前にアスイが伝えたと聞いている。


「スミナくんの祝福を聞いて心底羨ましいと感じたよ。

と、その話をすると横道に逸れてしまうので、今度時間がある時にしよう。

過去の黒騎士の話に関連する場所や道具ですか。黒騎士の話で残っているのは黒という印象の通り砂漠の国が一夜のうちに滅ぼされたとか、英雄が殺されたとか、そういった血生臭い話が多いんです。

砂漠の国の場所は分かりますが、遠くて現実的では無いですよね。道具が残っている話だと……」


 ジゴダが記憶を辿るように唸る。スミナはジゴダでも無理なら自分で図書館などで調べるしかないかと考えていた。


「そうだ、あの話なら子孫の貴族が残ってるので当時の道具があるかもしれません。

ええとですね、これは黒騎士が化け物になった領主を倒した話です。

詳しくはこの本を読んでもらえばいいんですが、領主は立派な騎士でもあって、側近の黒騎士と共に巨大な化け物を倒したそうです。ですが、化け物は死んでおらず、領主に憑りついて町で暴れ出したと。黒騎士は勇敢に化け物に立ち向かい刺し違えて化け物を倒したという話なんです。

この領主の子孫は貴族として生き残り、今も騎士として魔族と戦う事を家訓にしてるそうで。えーと、確か今も学校にその家の生徒がいた筈です――そうそう、ナンプ家のエレミさんです」


「エレミさんならよく知ってます。じゃあ彼女に聞けばよさそうですね」


「この本は持って行って下さい。僕はもう読み込んだので返却はいつでもいいので。あとはエレミさんの居場所を先生方に聞いてきますよ」


 そう言ってジゴダは早速動き出し、エレミが今はソードエリアにあるナンプ家の屋敷に居る事が分かった。場所が近いのでスミナは一旦アイル家の屋敷に食事に戻る事にした。エレミへの連絡は既に学校の方からしてくれている。スミナはソードエリアに向かう乗合の馬車に乗って、そこでジゴダに借りた本を読んでみた。大まかな話はジゴダに聞いた通りだが、本には更に物語仕立てに書いてあった。

 領主は付近の魔物退治に出かけ、そこで魔物と戦う黒騎士と出会い、黒騎士を仲間にした。黒騎士と共に戦い続けた事で、立派な領主として認められるようになる。そんな中、沢山の強者を倒した化け物の噂を聞いて領主達は討伐に向かう。何とか化け物を倒したが、領主は大怪我を負って倒れてしまった。怪我が治ったと思った領主は化け物に成り代わられ、屋敷や町を襲い始める。黒騎士は拾ってくれた領主に恩を返す為、自らの命と引き換えに化け物となった領主を倒す。領主の子供は今後こんな悲劇が起きないよう魔族と戦う決意をした、という話だ。

 スミナはこの話の黒騎士が今の黒騎士と同一人物だと確信していた。それは黒騎士が強いという事と、話の中で死んでしまった事だ。黒騎士が生き残り、その後も活躍したとあったら別人だろう。だが、黒騎士の死で終わった場合は今の黒騎士である魔導人造超人の一定期間だけ現れる条件に一致するからだ。死んだのでは無く眠りについた、もしくは消え去ったのを物語の都合で変化させたのではとスミナは思ったのだ。


「お姉ちゃん、何か分かった?」


 屋敷に帰るとスミナとメイルも帰って来ていて、早速ジゴダに聞いて分かった事を伝える。そのまま昼食に移り、双子とメイルは食事を取った後話を続けた。


「なんだ、そのエレミさんのところが黒騎士と縁があったんだね」


「ナンプ家については私も聞いた事があります。過去に因縁があって王国に仕える騎士になるのが当然の家柄だと。ですが黒騎士の話は知りませんでしたね」


「この本には書いて無かったし、ジゴダ先生だから他の資料から気付いたんだと思う。

問題は当時の道具が王都に残ってるかどうかだね。ナンプ家の本家はイスト地方にあるらしいし、そこまで行くとなると大変だから」


 物語の戦いが起こったのが本家の方なので、そこまで行けば確実に何かの道具は残っているだろう。ただ、魔導馬車で移動したとしても往復で2日は必要になる。それで無駄足だった場合を考えると王都で調査出来る範囲に絞りたかった。

 午後になりスミナはアリナと2人でエレミのいるナンプ家の屋敷へ向かった。魔導馬車を使うほどの距離では無く、アリナもエレミと会うだけならと付いて来る事になったのだ。屋敷に到着して魔法の呼び鈴を押すとエレミが直接門までやって来た。


「エレミさん、久しぶり。急に訪問してごめんなさい」


「スミナさん、お久しぶりです。私は暇にしてたので全然かまいませんよ。

それよりもお2人が無事で本当に良かったです。王都を救ったスミナさんも凄いですが、魔族に連れ去られて無事に戻って来たアリナさんも本当に凄いと兄や姉達にも話題になってますよ」


「ちゃんと挨拶するのは初めてだよね。スミナの妹のアリナです。エレミさんが姉とパーティーを組んでた事や、あたしの救出の為の特別部隊に参加してくれたって聞いてるよ。ありがとうね」


「いえ、レモネさん達やミアンさんみたいに私は活躍出来ませんでしたから……」


 エレミが悔しそうな顔をする。そもそもエレミは今までの事も詳しく知らず、アリナが魔族側に付いていた事も知らない。それでもメイル達をフォローしてくれたり、王都を守る戦いをしてくれた事はスミナにとってとてもありがたかった。


「エレミさんが頑張ってくれた事をわたしは聞いています。学校のみんなが居たからわたしもアリナも無事に戻って来れたんですよ」


「そう言って貰えるのは嬉しいです。

広い屋敷では無いですが、どうぞゆっくりしていって下さい」


 エレミに案内されてナンプ家の屋敷に入った。専属のメイドは雇っていないようで、屋敷に入ってもエレミ本人が応接間に案内する。広さはそこそこあったが、貴族らしい飾り気は無く、質素で少し物が多い館だった。


「知っての通りうちは騎士ばかりの家系なんで、兄も姉も基本的に宿舎や城に住んでいてここはたまにしか帰って来ない倉庫みたいな扱いなんです。だから私が掃除しに時々戻って来るだけなんで、散らかっててすみません」


「わたしはこれぐらい気にならないですよ」


「あたしも片付けはメイルがやってくれるからで、いなかったらもっと酷い部屋になってると思うよ」


 双子の部屋が綺麗なのは基本的にメイルの存在が大きかった。寮に入ってからは無駄遣いしなくなったのと、スミナも来客を考えて片付けるようになったので何とか保たれている。応接間のソファーに双子は座り、エレミに紅茶とお菓子を出してもらって本題に入る状況になった。


「それで、何か聞きたいという事ですが、どういったお話でしょうか?私が答えられる事なら何でもお話しますよ」


「それじゃあ、エレミさんのご先祖の話を聞きたいのですが、エレミさんは領主と黒騎士の話をご存知ですか?」


 スミナは早速質問する。


「勿論です。我が家では子供の頃本を読んで聞かされますから。

というか、よくあの話がうちの家系と関係ある事を知ってましたね」


「いえ、わたしも知らなかったんですが、黒騎士の調査をしていてジゴダ先生に聞いたところナンプ家の話だと教えてもらったんです」


「そうですか。自慢出来るような話では無いので我が家以外では話に出さず、一般的には知られてないので他人から黒騎士の話題が出たのはスミナさんが初めてでした。ジゴダ先生は博識なので知っていてもおかしく無いですね。

でも、黒騎士の話についてはわたしも本に書いてある内容程度で、ジゴダ先生の方が詳しいと思いますよ」


 エレミが当然の反応をする。過去に黒騎士と関わったからといって黒騎士に関する情報をナンプ家が集めているわけではない。それに普通は過去の黒騎士が全て同一人物だなんて考えない。ナンプ家が関係しているのは死んだ黒騎士なのだから。


「普通はそうなんですが、わたしが興味があるのはその先祖である領主と関係ある道具なんです。

話していなかったんですが、わたしは道具を鑑定する特殊な祝福を持っていて、当時の道具があれば見せてもらいたいと思って来たんです。

でも、そんな大昔の物が王都の屋敷に有ったりはしませんよね?」


「ありますよ。先祖代々受け継いで来た物が。

少しお待ち下さい、持ってきますんで」


 そう言ってエレミは部屋を出て行った。


「お姉ちゃん、祝福の事まで話していいの?」


「エレミさんは信用出来るから。それにエレミさんは戦闘技術も成長してるってメイルに聞いたし、彼女さえ良ければ今後も力を貸してもらおうと思ってる」


 スミナは今後の戦力を考えて中衛でフォローをしてくれるエレミの力は貴重だと思っていた。というのもスミナ達の殆どが近接で戦うアタッカーか近接で相手を惑わすトリッキーなタイプしかいないからだ。騎士団から人を借りるのは人材不足なので心苦しいし、エレミが協力してくれるならスミナとしてはとても助かると思っている。


「お待たせしました。これは私の先祖の領主が使っていたと言われる、魔導具の指輪です。古い物ですし、縁起も悪いので使う事は無いんですが、過去の過ちを忘れぬように常に飾っているんです。

まあ、本物かどうかは分かりませんが、これでよければ鑑定してもらっていいですよ」


「ありがとうございます、少しお借りしますね」


 スミナはエレミから古びた魔導具の指輪を受け取る。指輪自体は使うと簡単なシールドが張られる一般的な魔導具だとスミナにはすぐに分かった。そして確かにかなり昔の物である事も分かる。


(もし領主の指輪だったなら、黒騎士との出会いの記憶を)


 スミナは指輪の記憶を読もうとし、それが話で伝わる領主の指輪であると直ぐに判別出来た。そして記憶が浮かんでくる。



 その領主は若く、20代後半だった。銀色の鎧を身に纏い、立派な体格をしている。多くの部下を引き連れ、馬に乗って魔物退治に向かっている様子だった。


「ソレム様、あちらです!!」


 先行していたと思われる騎士がやって来て、領主達は馬を降りて魔物がいると思われる場所へと急ぐ。そこは村があった場所だが魔獣などの大型のモンスターが大量に暴れて酷い有様になっていた。


「皆の者、協力して戦うぞ!!」


 領主自ら剣を抜き、モンスター達に果敢に立ち向かう。領主は強さでその座に着いたようで、騎士達の中でも特に強く、1人で何体ものモンスターを倒していた。しかし、敵の数は多く、次々と部下の騎士達は倒れて行ってしまう。


「ソレム様だけでもお逃げ下さい!!」


「駄目だ、ここで逃したら被害がさらに広がってしまう。

ここは私が引き受ける、お前達は国の援軍を呼んで来るんだ!!」


 領主はそう言って負傷した部下を下がらせようとした。が、それも甘い考えだと思い知らされる。いつの間にか敵は増え、周囲を囲まれてしまったからだ。領主が観念し、決死の攻撃を仕掛けようとした時だった。


「なんだ、あれは……」


 領主の前方のモンスターが次々と吹き飛んでいく。激しい音は無く、ただ、ただ、敵が破壊されていた。ついにはモンスター達が恐れおののき逃げて行ってしまう。敵の死骸を超えて領主の前にやって来たのは全身を黒い鎧で包んだ騎士だった。


「お前が一番強いな。俺と戦え」


 黒騎士は鎧を通した機械的な声で領主に剣を向けて言う。しかし、領主は自らの剣を投げ捨てた。


「どうした、なぜ戦わない」


「私は勝てない勝負をするつもりは無い。

しかし、貴公はとても強いな。私はこの一帯の領主をしているソレム・ナンプという。殺される前に名を聞いてもいいか?」


「名だと?名……名前……。

俺は多分カノンという名だった気がする。

俺は強い者と戦うだけだ。戦う気が無いなら殺しはしない……」


 そう言って黒騎士は立ち去ろうとした。


「カノン殿、もしや貴公は記憶が無いのでは?そもそもどこから来たのだ?」


「俺は、あそこから来た。

記憶は……」


 黒騎士カノンが指差したのは遠くの山々の中で一際高くそびえる白い山だった。


「カノン殿、もし貴公さえ良ければうちに来ないか?このところ強大な魔物が増えて来て人手が足りなかったのだ。戦いならいくらでも出来るぞ。勿論報酬も衣食住も準備しよう」


「俺は……。

分かった、しばらくソレム様の下にいよう」


 カノンは少し悩んでそう答えた。ソレムは嬉しそうに笑うとカノンを屋敷へと連れて行った。カノンは屋敷の一室を与えられるとどんな誘いも断り、1人で過ごしていた。鎧も兜も人前で取る事は無く、食事も断った。だが、戦いに呼ばれればすぐについて行き、どんなモンスターも一瞬で倒してしまった。



 スミナはそこまで記憶を見て、黒騎士が魔物になったソレムを倒すところまで記憶を飛ばそうとした。黒騎士に関連する場所を見つけたからだ。だが、その時何かが引っ掛かり、その中間の記憶を見る事になった。そこにスミナが知っている人物が居たからだ。それは謎の勇者として以前も道具の記憶に出てきた勇者テクスだった。



「カノン、今日から一緒に戦って貰うテクスだ。若いが剣の腕はそこらの騎士の比じゃないぞ」


「ソレム様、戦力は俺と貴方で十分では?」


 ソレムはカノンの前に1人のまだ子供が抜けきれていないような青年を連れてくる。


「あんたが噂の黒騎士か。俺と勝負してもそんな事言えるかな」


「2人とも、争いは無しでお願いしたい。

カノン、確かに貴公は強いが1人では出来る事に限りがある。それにいつまでも貴公1人に頼るわけにもいかん。

テクスは今後この国を支える程の見込みがある。ただ、まだ若く経験が足りん。カノンの戦いを見る事は大きな意味がある。

だから2人には協力して戦って貰いたいのだ」


「ソレム様の頼みなら、言う事を聞こう」


「分かったよ、この辺りの魔物が居なくなったら直接勝負させてくれよな」


 こうしてソレムとカノンとテクスの3人は共に戦うようになった。圧倒的強者のカノンの戦いは若いテクスにはいい刺激となった。カノンもまた成長著しいテクスを見てその成長を心待ちにするようになっていった。周囲のモンスターの数は中々減らなかったが3人の活躍は周辺地域を平和に導いていた。

 テクスがやって来て半年経った頃、ソレムの耳に恐ろしい噂が流れて来た。大きな地震の後、強大な魔物が現れたと。その魔物は一つの町を一瞬で滅ぼした洞窟に住み着き、魔物退治に来た者達はどんな強者も倒されてしまったと。そこはソレムの治める領地から離れており、本来は関わる必要は無かった。だが、噂を話すとカノンが戦いたいと懇願してきたのだ。負け知らずの3人だったのでソレムはその魔物の討伐を国に申し出て正式に退治へと向かう事になった。


「ホントにそんなに強いのか、その魔物は。カノンが相手したら一瞬で終わるんじゃないか?」


「いや、世の中には俺よりも強い奴がいる。薄っすらとだが記憶の中で俺も負けた事があったと覚えている」


「そんな強敵でも我々3人なら倒せる筈だ。協力する事で格上の相手だろうと戦えるのだからな」


 半年で3人の仲は深まっていた。テクスはカノンに付き纏うようになり、カノンもテクスに対して人間らしさを見せるようになっていた。ただ、兜を脱いだり一緒に食事をしたりは絶対にしなかった。


「ここだな、その魔物がいるという洞窟は」


「確かに強大な気配を感じる」


「そうなのか?俺は何も感じないぜ」


 ソレム達は部下の騎士を洞窟の外に待たせ、3人で中へと入っていった。カノンは何かを感じ取っているのか、いつもより慎重に奥へと進んで行く。


「待っていたぞ。今度は少しは楽しませてくれるのか?」


 洞窟の広間の中央に石で出来た椅子に茶色ゴツゴツした肌の巨体の人型の存在が座っていた。今まで何も感じなかったテクスとソレムもその力に圧倒される。


「まずは俺が行く。2人は身を守れ」


「カノン、1人で行くのは――」


 ソレムの言葉も半ばで黒騎士カノンは魔物へと突っ込んでいった。斬った、と見ていた2人が思ったが、カノンが剣を振るった跡には切れた石の椅子しか残っていなかった。魔物はカノンの上に飛んでいて、上空からハンマーのように巨大な拳を振り下ろす。カノンはそれをギリギリで回避していた。


「ワシの攻撃をかわすとは見どころがあるな。

ワシはザシ。魔神ましんとも呼ばれている。オマエの名を聞きたい」


「俺はカノンだ!!」


 カノンはそう言うとともに再び切り込んだ。今度はザシの腕に当たったが、ザシは分厚い皮膚でカノンの剣を完全に防いでいた。ソレムもテクスもカノンの剣が防がれるのを見たのは初めてだった。


「その程度か、魔導の力を持つ者よ。オマエの本気はそんなモノではあるまい」


 ザシはそう言って連続で左右の拳を振るう。カノンは片方の拳は回避出来たが、高速で繰り出されたもう片方の拳に正面から当たり、洞窟の壁へと叩き付けられる。カノンはそれでもすぐに立ち上がるが、かなりダメージを受けてそうだった。


「テクス、このままではカノンが危ない。私達も助勢するぞ」


「でもソレム様、俺達が戦っても手も足も出ないんじゃ」


「勿論まともには戦えん。だが、敵の油断を作る事ぐらいは出来る」


 ソレムはそう言って魔導具の指輪を発動させてザシへと突っ込んだ。テクスも勢いでそれに続く。


「ザコに用は無いぞ」


 ザシは背後から来る2人を振り向きもせずに肘で攻撃する。ソレムは盾で防ごうとしたが、勢いで後ろへと吹っ飛んでいく。テクスは続く攻撃をギリギリで回避し、剣で背中に1撃を加えた。しかし鎧のようなザシの分厚い皮膚は軽く傷が付いたぐらいで大したダメージになっていない。


「そんなモノ痛くも痒くも無いわ」


「2人とも助かった」


 カノンはいつの間にかザシの目の前に居て、ザシの首を剣の一閃で吹き飛ばしていた。


「やったな」


「いや、まだだ」


 勝利を確信したソレムにカノンが警戒しながら言う。


「油断したが、それぐらいではワシは倒せんぞ」


 首を斬られた傷口から新しい頭が生えて来て言う。首を斬り落とすだけでは倒せないようだ。それを見てソレムもテクスも絶望的な気持ちになっていた。


「ソレム様、テクス、30秒だけ時間を稼いでくれ!!」


「承知した」


「分かった!!」


 カノンは何か策があるのか、2人に頼み、2人はザシの前に立ち塞がる。


「30秒待ってもいいが、その前に2人が死んでしまうぞ」


 ザシはそう言いながら2人に攻撃を始める。圧倒的にザシのパワーもスピードも2人を大きく上回っていたが、2人が距離を離す事でそれぞれ致命傷は避けられていた。ザシも馬鹿では無いので目標をテクスに絞り先に仕留めようとする。


「これ使いたく無かったんだけどな、しょうがないか」


 身の危険を感じてテクスはそう言うと剣を投げ捨てた。ザシは気にせずにそのままとどめを刺そうとする。


「光よ」


 テクスがそう言うと閃光が走った。テクスはザシの目の前から消え、背後に立っている。その手には短剣サイズの光の剣が握られていた。


「なんだと?」


 ザシは自分の脇腹が大きく抉られている事に驚いていた。そこへソレムも合わせて頭部へ剣を振り、ザシの頭蓋をかち割っていた。そこでカノンが言ってから30秒が経過した。


「2人とも助かった」


 カノンの剣が変形し、巨大な筒状になっていた。そこから強大な魔力が溢れ出す。


「どんな攻撃だろうとムダだ!!」


 ザシは両拳を身体の前に揃え、防御姿勢を取った。更にザシの周りには魔法の壁が作られる。


「消えろ」


 カノンが剣を突き出す。するとそこから巨大な黒い光の球が放たれた。それはザシの魔法の壁にぶつかるとそれを吸収始める。黒い光の球はザシの身体をどんどんと吸い込んでいく。ザシは抵抗して逃げようとするが、逆らえなかった。


「何だ、そのチカラは。そんなモノ知らんぞ……」


 ザシはそう言って球に吸い込まれ消えてしまった。黒い光の球はザシを吸い込むと小さくなり消滅する。


「カノン、その技は?」


「分からない……。だが魔神を相手にしたら自然と思い浮かんだ」


「うっ……」


 テクスが唸りながらしゃがみ込む。慌ててソレムが駆け寄った。


「テクス、その技は負担が大き過ぎる。まだ戦闘で使うべきじゃないな」


「でも俺、カノンの役に立っただろ……」


「ああ、勝てたのは2人のおかげだ。

それよりも椅子の下に隠し部屋があるようだ」


 カノンが先ほど斬った椅子の方を指差す。早速ソレムが調べてみると確かに椅子の下に隠し階段があった。テクスも自力で立ち上がり、カノンと2人でソレムに続いて階段を降りていく。そこには装飾された祭壇があり、中央に立派な宝箱があった。ソレムは罠を調べつつ、宝箱を開ける。


「これは……?」


 宝箱には黒く異様な力を放つ美しいガントレットが入っていた。それは魔導具とは違う特別な雰囲気を醸し出す。


神機しんき……」


「これがあの伝説の神機だと?本当なのかカノン」


「分からない。だが、俺の中の何かがそう告げた。とても強大で危険な物だと」


 カノンは恐る恐る神機と呼んだガントレットに近付く。


「なあ、神機って何だ?」


「ああお前は知らないだろうな。古い書物に書かれた神が作ったと言われる特別な道具だ。魔導帝国時代の魔導具よりも凄いと噂されてるな」


「これがそんなに凄い物なのか?なあ、触ってみてもいいか?」


 テクスは興味津々でガントレットに近付く。


「何でも特別な者にしか使えないと聞くぞ。使用者の魂を奪うともな」


「俺が見張ってるから触れてもいい。だが、危険を感じたらすぐに離れろ」


「大丈夫だって」


 テクスは気にせずにガントレットを手に取り、魔導鎧を解除して右腕に嵌めてみる。ガントレットは手を完全に覆う形で、テクスの右腕だけが巨大な状態になった。


「なんだ、これ。凄いぞ。これなら」


 テクスはそう言って右手で壁に向かってパンチを繰り出した。するとそこから凄まじい衝撃が放たれ、壁が轟音と共に激しく崩れた。


「ん?なんだ、これ……なんか……」


「それをすぐに脱ぎ捨てろ!!」


 カノンが叫び、テクスは本能でガントレットを外して地面に落とした。そのままテクスも崩れ落ちる。ソレムが駆け寄ってテクスを抱き起し、状態を確認する。


「大丈夫だ、息はしてる。命に別状は無い」


「やはりこれは危険な神機だ。このままにはしておけない」


 カノンは神機を拾い上げ、入っていた宝箱に戻す。


「カノン、それはお前が保管しろ。お前なら守れるだろう」


「いや、俺は無理だ。ソレム様が誰も手に取らないように持っているのがいい」


「そうか。分かった。私が大事に保管しよう」


 カノンがテクスを背負い、ガントレットが入った宝箱をソレムが持ち帰る事になった。


 魔神を倒した事でソレム達の評判も上がり、ソレムの領地も広がってその活動範囲も拡大した。ただ魔神退治以降ソレムは体調を崩し、戦場に出る事が減っていた。なのでカノンとテクスは2人で周辺の魔物退治に出かける事が増えるのだった。


 カノン達が魔神を倒してから1ヶ月が経っていた。その日もカノンとテクスは魔物討伐に出かけていて、ソレムは自室で仕事をしていた。持ち帰った神機は地下の特別な部屋に仕舞い、地下への入り口は鍵と見張りの騎士で厳重に管理されていた。


「ちょっと休憩に剣の稽古をしてくる」


 ソレムは部下にそう言って部屋を出た。それ自体は普段からしている事で、珍しい事ではない。ただ、ソレムは装備を整え、外では無く屋敷の地下へと向かった。ソレムは真っ直ぐに地下の入り口に到着する。


「中が気になるから鍵を開けてくれ」


「ソレム様お1人ですか?中に入るには必ず2人以上にするようにとソレム様ご自身でお決めになったと思うのですが」


 地下の見張りの騎士は言いつけ通り主人であろうと責務を果たした。


「そうだったな、ならお前も一緒に来ればいいだろう」


「いえ、私のような者はそんな大事な役目に相応しくありません」


「怪しい気配がするんだ、緊急事態だからお前も来い。命令だ」


「わ、分かりました」


 騎士はソレムの様子が普段と違う事に気付いてはいたが、緊急事態という言葉で納得してしまう。騎士が鍵を開けるとソレムは我先にと神機を仕舞ってある地下の奥へと向かった。神機を置いた地下の部屋にはソレムがかけた魔法と鍵が必要だった。ソレムは鍵を使い、魔法の暗号も使って神機を仕舞った部屋に入ろうとする。


「ソレム様、やはり誰かの入った形跡は無いですよ」


 騎士はソレムの様子のおかしさに入るの一旦止めようと発言した。


「うるさい」


 ソレムは騎士に拳を振るった。それで騎士の頭は壁にぶつかって潰れる。ソレム自身力は強いが、それでも殴るだけで頭を潰すほどではない。ソレムは死んだ騎士を気にもせず神機の部屋に入り、宝箱を開ける。そして神機を手にした。


「やはり、この身体なら使える。神機ボクスはついにワシの物になったのだ」


 ソレムは拳にガントレット型の神機を嵌めた。それはソレムの身体の一部のように右腕に絡みつく。


「ソレム様、何かあったのですか?」


 地下の見張りの騎士が居なくなった事に気付いた他の騎士が地下から出てきたソレムに確認する。ソレムが右手を振るうと騎士とその周りの廊下の壁が衝撃で吹き飛ばされた。その後の屋敷は地獄絵図と化していた。ソレムが歩く先は死と破壊で満ち、ソレムは逃げ惑う者にも容赦は無かった。結果として屋敷に居た物は女子供含めて皆死んでいた。殺戮はそれでも止まらず、屋敷のある町にソレムは現れ、町の建物と人を全て破壊し尽くしたのだった。

 その日の夜、町に戻って来たカノンとテクスは異変に気付く。屋敷の周りには人の気配が無く、静まりかえっていたからだ。カノンは早足でそこに元凶が居るのが分かっているかのようにソレムの自室へと向かった。ソレムはいつも通り自室のお気に入りの椅子でくつろいでいる。ただその姿は鎧を纏い、右腕は神機と一体化していた。


「お帰り、早かったじゃないか」


「誰だ、お前は」


 カノンはソレムに剣を向ける。


「ソレム様、なぜ神機を付けてるんだ?それに屋敷の惨状は」


「テクス、こいつはソレム様じゃない。

あの時の魔神だな。生きてたのか」


「黒騎士、オマエはやっぱり只者では無いな。今度は負けんぞ」


 ソレムの身体が変容していく。鎧は脱げ、魔導具の指輪もこの時抜け落ちた。みるみる内にソレムは魔神ザシの姿に変わっていく。ただ、以前より身体は大きくなり、右腕は神機が組み込まれより凶悪になっていた。


「ソレム様をどこにやったんだ!!」


「あの人間の身体は有効活用させて貰った。黒騎士、オマエが頭を斬り落としてくれたおかげでこうして人間の中で復活出来たんだ。感謝してるぞ」


「外道め。テクス、本気で行くぞ」


「分かった」


 カノンとテクスはザシに剣を構える。


「さらばだ」


 ザシが右手を放った。テクスも鍛えられていたが、避ける事も受ける事も出来なかった。テクスは瞬間死を覚悟していた。しかし、テクスは無傷だった。テクスの前には全身でテクスを庇うカノンが立っていた。その黒い鎧は剥がれ落ち、中の肉体と魔導機械が混ざった本体が剥き出しになっていた。


「カノン、なんで。

それにその身体……」


「テクス、オレはもうカノンではいられなくなる。魔神を倒した後、オレをお前が倒すんだ……」


 カノンが人の声で言った。


「ワシを倒すだと。寝言を言うんじゃない。もう終わりだぞ」


 ザシはそう言って再度カノンとテクスを消し去ろうと攻撃した。しかし攻撃は突如現れた黒い壁に阻まれてしまう。ザシは再度攻撃して黒い壁を破壊した。そこには黒い魔導機械がまとわりつき、一回り巨大な鎧になった黒騎士が立っていた。


「させるか」


 ザシが黒騎士に攻撃する。黒騎士の身体が衝撃で崩壊するかに見えたが、身体は地面から生えてくる魔導機械ですぐに再生していく。


「消し去る……」


 黒騎士は以前よりも巨大な筒型の剣を作り出していた。


「ここは退くしかないな」


 ザシは状況を判断し、壁に穴を開けて外へ逃げ出そうとした。


「無駄だ」


 飛び出したザシの身体には無数の機械の触手が地面から伸びて捕まえ動きを止める。そして前より巨大な黒い光の球が筒から放たれ、ザシの身体を吸収し始める。


「イヤだ、死にたくない」


 ザシが叫ぶ。しかしザシの身体は全て黒い球に包まれ、消滅した。


「同じ手段は取らせん」


 黒騎士は部屋の隅に巨大な刃に変えた腕を振り下ろした。そこにはいつの間にか切り離したザシの身体の一部が残っていたが、粉々に砕け散った。黒騎士の身体が崩れ落ち始め、急激に小さくなっていく。


「本当にカノンなのか?」


「早く、オレをコロセ……」


 兜の奥から機械音声のような声でカノンが小さく呟く。


「出来ないよ、俺……」


「もうオレは消える……。次に会う事があったら絶対にコロスんだぞ……」


 黒騎士は魔法で転移し、消えていった。残ったのは壊れた屋敷とソレムの私物の指輪だった。

 その後テクスは別の町にいたソレムの親族に経緯を話し、黒騎士がソレムを乗っ取った化け物と相打ちになったと伝え、指輪を渡して去っていったのだった。



 記憶を見終わったスミナは予想外の情報の多さに困惑していた。後の勇者テクスや魔神、そして神機まで出てきたからだ。そしてとにかく現地を調べる必要が出たと考える。


「お姉ちゃん、どうだったの?」


「これは紛れもなく黒騎士と関りがあった領主の指輪だった。

エレミさん、貴方の故郷の近くに一つだけ高い白い山があったりしない?」


「ええと、確かにホシニト山という白くて高い山はありますが」


「お願い、そこにわたし達を案内して」


 スミナはそうエレミに頼むのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ