8.転生者vs転生者
「お姉ちゃん!大丈夫お姉ちゃん!!」
アリナに身体を揺すられてスミナは意識がはっきりしてくる。頭が重く、身体が怠くなり、アリナに支えられながらスミナは椅子に座った。
「ごめん、こんなに長時間記憶を見たのは初めてだから」
長く記憶を見ると魔力を消費する事は理解していたが、ここまで全身に負荷がかかるとはスミナは思っていなかった。
「アリナ、短剣をアスイさんに返してきてもらっていい?」
「うん、返すよ」
アリナは短剣を受け取り、アスイへと持って行く。
「どうですか?私の言う事を信じてくれるようになりましたか?」
アリナが椅子に戻るとアスイが確認してくる。ようやく身体が楽になってきたスミナは少しだけ考えてから答えた。
「はい、アスイさんが嘘をついていない事が分かりました。わたしも転生者で、物の記憶を読み取る祝福でアスイさんが魔導結界を張るところまで記憶を見させてもらいました」
「お姉ちゃん、どうして!?」
「アリナ、この人の言っている事は本当だった。そして、この人は14歳の時点で苦しい戦いを経験し、あんなにも巨大な魔導結界で人間を守ったんだ」
「理解して頂きありがとうございます。どこまで見て来たかは分かりませんが、私は魔導結界でこの国の人を守る事しか出来ませんでした。だからこそ貴方達に力を貸していただきたいとお越しいただいたのです」
スミナのアスイを見る目は変っていた。自分達が自由に暮らして来たのに対して、アスイの生き方があまりに大変なものだったからだ。
「このおばさんが言ってる事がホントだとしても、それはあたし達には関係ないでしょ!!その魔導結界が出来たのが16年前だとして、それから今まで何してたの?おばさんが転生者で凄い力があるなら、世界を救う方法だって見つけられたんじゃないの?」
「もちろん結界を張った以降も調査を続け、同時に国内の戦力増強に力を注いで来ました。騎士達の訓練や戦技学校の授業内容も大きく変え、魔法も魔導技術も数年前に比べて格段に進化しています。
魔導遺跡の調査も本格的に行い、多くの魔導具や魔導機械を発掘しました。私自身もあの頃よりずっと強くなっています。
ですが、それでも足りないのです。今魔導結界を解除したら2週間でこの国は亡びるでしょう。王都だけは守れたとしても、それは国が亡ぶ事と変わりありませんから。そしてその魔導結界はあと数年のうちに破壊される可能性があるのです」
「アリナ、この人が努力しているのは本当だから。
一つ聞いてもいいですか?昔巨大なゴーレムが複数眠る遺跡で引き返したところを見ました。あの遺跡は再度調べたのでしょうか?」
スミナが気になったのは巨大なゴーレムがエルの記憶で動かしていたゴーレムに似ていたからだ。
「あの遺跡は国外にある為、再調査する事は出来ませんでした。どちらにしろ魔族に占拠されているか、破壊されていると思います」
「お姉ちゃん、ホントにこのおばさんの言う事を聞くつもりなの?」
「まだ分からない。でも、わたし達が力になれる事があるとは思ってる」
スミナは記憶を見てしまった以上、何もせずにいる事は出来ないと思っていた。
「戦争なんて勝手にやってればいいじゃん。あたし達はこれから学校生活を送って、卒業したら家に戻って自由に暮らすの。使命なんて関係ないから!!」
「申し訳ないのですが、魔導結界が崩壊したら平穏な生活は送れません。これは人間という種族を守る為の戦いであり、貴方の平穏や家族を守る為の戦いでもあるんです」
「ああ、もううるさいな!!そうなったらあたし達が全部倒せばいいじゃん。あたし達はおばさんの指図は受けない。自由にやらせてもらうから」
アリナはブチ切れた。スミナはアリナの気持ちが分からない訳でも無かった。だから何も言えなかった。
「貴方達は転生前は何歳だったのですか?現実世界に恨みがあるからこの世界に来たんですよね。だったらこの世界を良くしたいと思わないのですか?」
「あたし達は死ぬ前もおばさんみたいに歳をとって無くて、16歳の女子高生だったの!!いいじゃん、転生したんだから自由にやっても。神様にでも言われたの?この世界を救ってって。あたしはそんなの聞いてない!!」
「スミナさん、アリナさんはいつもこんな何ですか?これでは駄々をこねる子供ですよ」
「ごめんなさい。でもアリナは実際に目にしていないので、しょうがないと思います。もう少し落ち着けば考え方も変わると思います」
ここに来てようやくスミナは理解した。アリナが城に感じていた危険は、アリナ達の日常を破壊するという変化に対してのものだったと。だからこそ今もそれに抵抗しているのだ。
「お姉ちゃん、あたしは冷静だよ。ゲームをやってる時も思ったの。世界を救う為の戦いを辞める分岐があってもいいのにって。勿論そういうゲームもあるけど、そうじゃなくて、突然投げ出して好きに生きれたら面白いのにって」
「好きに生きて後悔するのは貴方ですよ。あの時ああしていれば、と後悔しても時は戻せません。そこまで都合のいい魔法は存在しませんし、ゲームのようにセーブは出来ないと理解して下さい」
2人は険悪な雰囲気になる。スミナはどちらの味方もしたかったし、2人を納得させる意見が出せればと考える。しかし、どう考えてもいい案は浮かばなかった。
「ねえ。おばさんはホントに強いの?弱かったから結界で済ませたんじゃないの?」
「アリナ、アスイさんは本当に強いから。あなたが想像するよりずっと」
「申し訳ないですが、私は強いですよ。平和な空間で育ってきた貴方達よりは確実に」
「じゃあ、あたしが勝ったらあたし達の好きにしていい?」
「アリナ!!」
「大丈夫、絶対負けないから」
「そうですか。勝てたら勿論好きにしてもらって構いません。なんなら2人がかりでもいいですよ。勝てば言う事を聞いてくれるというならこちらも楽でいいです」
アリナとアスイは立ち上がった。スミナは止めたいが、止められない事を理解している。これが最良では無いが、この状況を変える為に必要な戦いだとスミナは諦めた。いざとなれば隠し持ってきたエルを使って戦いを止めようともスミナは思っていた。
「スミナさん、妹と戦ってもいいですか?」
アスイの言葉にスミナは頷いた。
「では、壁際に下がって下さい」
「お姉ちゃん、心配しなくていいから」
スミナは2人の身を案じながら広間の壁まで移動した。
「本気で行きます。後悔しても知りませんからね」
アスイは魔法の剣を構える。魔導鎧は装着せず、落ち着いたドレス姿のままだった。攻撃を受けないという自信の表れだろう。
「その言葉そっくり返すよ。痛い目に遭うのはそっちだからね」
アリナは魔導鎧を装着した。武器は何も持たない。これがアリナの最強の戦闘スタイルである事をスミナは知っている。今の全力のアリナにスミナは勝てないと思っていた。だが、それでも記憶の中で見たアスイはそれ以上に強いと思えた。そこから16年経って更に強くなっているのだ。アリナが有利な点は祝福の内容をアスイがまだ知らない事だけだった。
「武器はいいのですね。では参ります!!」
言葉を発した瞬間、アスイの姿が消えた。高速移動でアリナの背後に移動し、剣を振り下ろす。アリナは祝福で危険を察知し、それを魔力で作った盾で防いだ。と同時に、床から複数の刃が生えてくる。アスイの攻撃に合わせて魔力で罠を作り出したのだ。しかしアスイもそれを知っているかのように回避した。
「私と似た能力があるようですね」
言いながらアスイは左手から魔力の刃を連続で放つ。アリナはそれを魔力の塊を放って弾いた。
『危険察知と行動予測の祝福。このままではどちらの攻撃も当たらないんじゃ?』
スミナは2人の動きを見ながら思った。2人はお互いの隙を突こうと攻撃を繰り出し、それぞれ避けたり防いだりを繰り返した。アリナは次の攻撃が来る方向が分かり、アスイは相手の次の動きが分かる。そう考えるとアスイの方がやや有利なのではと思い始める。スミナの考えは当たっていた。
「ウザイ攻撃ばっかりするな!!」
アスイはアリナの攻撃に合わせて避けづらい方向から攻撃を繰り出し、アリナの防御に合わせて追加で攻撃を加えたりした。無傷のアスイに対してアリナの傷は軽傷だが増えていく。2人の魔力量の差は分からないが、アリナの方が無駄に魔力を消費している事をスミナは感じる。
そしてスミナは2人の決定的な差に気付いた。アスイが今まで色んな強敵と戦ってきたのに対して、アリナは自分より強い相手と戦った事が無い事だ。模擬戦でスミナやメイルにアリナが負けた事はあった。だが、それは成長途中の話で、危険察知が身に付いてからはアリナに敵う相手は居なかった。戦闘経験の差は2人の戦いを見てスミナも感じ取れる。このまま戦いを続ければどうなるかは分かっていた。
「アリナ、無理だよ、降参して」
「お姉ちゃんは黙ってて!!」
スミナの提案をアリナは一蹴する。アリナは何とか接近しようと魔力の壁を作り、アスイを追い詰めようとする。しかし、アスイはそれを見抜いてアリナに逆に接近して攻撃を加えてまた距離を取った。汗一つかいていないアスイに対してアリナの呼吸は荒くなっている。
「こんなものですか?思ってたより大したこと無いですね」
「うるさい!!」
アスイの挑発にアリナは完全に冷静さを欠いていた。だが、それがかえってアリナの迷いが捨て去られる結果になった。
「死んじゃえ!!」
「え!?」
アリナの攻撃にスミナも驚く。それは広間に縦横無尽に鋳薔薇のようなトゲのある魔法のワイヤーを実体化させて次々に生やしていくからだ。スミナも危険を感じ、魔導鎧を装着する。しかし、部屋中にワイヤーが現れてスミナの逃げ場も無くなってくる。
「マスター、お守りします」
スミナの持っていたカバンから危険を察知したエルが戦闘形態で現れた。スミナに近付くワイヤーをエルは攻撃で斬っていく。
「ありがとうエル」
スミナ自身も魔法の短剣で攻撃してワイヤーを斬る。その少しの時間で状況は変わっていた。
「そんな戦い方をしていたら身が持ちませんよ」
「それでもオマエを追い詰められた」
ワイヤーが張り巡らされた広間にアリナとアスイが近距離で剣を構えている空間があった。ただしアリナは傷だらけだ。アスイがワイヤーを処理している間にアリナが傷を負いながら無理矢理接近したのだろう。相手の行動が予測出来るアスイでもランダムに部屋中に発生するワイヤーを処理しながらアリナから逃げるのは不可能だったのだろう。
2人は剣を構えてお互いに次の相手の動きを待つ。このままではどちらかが傷を負うのは明白だった。
「やめて!!」
スミナが叫ぶが、止めに行くには遠く、ワイヤーを斬っていては時間が足りない。
「そこまで!!」
一触即発の空気の中、聞き慣れない男性の声が広間に響き渡った。若い男性の声のようだが真面目な時の双子の父のように声からある種の威厳が感じられた。先にアスイが構えた剣を収め、跪いた。流石のアリナも戦う意思の無い者に攻撃を加えたりはせず、魔力で実体化させた剣を消し去る。
「凄い能力だな」
広間の扉の一つが開き、誰かが入って来たのが分かる。
「陛下危険です。一旦お下がり下さい」
アスイはそう言うと左手を上に掲げる。すると、部屋中の実体化したワイヤーがどんどんとアスイの左手に吸い込まれていった。あっという間に広間は元の豪華な部屋に戻った。こういう技が使えたのなら、アスイは手を抜いていたのだろうとスミナは思った。
アスイは扉の方を向き再び跪く。扉から入って来たのは20代前半の立派な服を着た男性だった。流石にスミナでも知っている人物だ。
「エル、宝石に戻れ」
「了解しました」
スミナはエルを宝石形態に戻し、アリナの方へと急ぎ足で近付く。
「アリナ、国王陛下の御前よ。頭を下げて」
「分かった」
スミナが跪き、アリナも不満を噛み殺しながらそれに倣った。入って来たのはデイン王国の現国王であるロギラ・デインであった。2年前に前国王であるマグラから王位を継承し、今は賢王と呼ばれている。汚職貴族の地位をはく奪し、不正を正す賢い王様だとスミナは父親から聞かされていた。
「アスイもアイル家のご息女も、ここは正式な場では無い。頭を上げてくれ。アスイ、まずは傷の手当てを」
「はい、陛下」
「手当ならわたしがやります」
「いえ、私の方が早いですから」
スミナがアリナの傷の手当てをする前に、アスイが近寄って、魔法を使った。すると、アリナの傷は瞬時に癒え、汚れも消えていた。双子の母ハーラが使う回復魔法よりも速く強力な魔法だった。
「ありがとう」
アリナは素直に感謝を述べる。アリナの魔力がもう底を突いているのに対して、アスイはまだ魔力に余裕がありそうに見える。戦いが長引いてもアリナが負けていたとスミナは思った。
アスイが何かの魔法を使う。すると、国王用の立派な椅子と、その斜め右にアスイの椅子、対面に双子用の椅子が現れた。
「少し話をしよう。まずは座って欲しい」
ロギラは用意された席に座り、アスイが席に着いたので双子もそれに倣う。
「私はロギラ・デイン。少し前からデイン王国の国王をやらせてもらっている。それと同時に転生者を管理する組織の長もしている。なので今はアスイの上司と思って欲しい」
「お初にお目にかかります。わたしはアイル家のスミナ・アイルと申します」
「アリナ・アイルです」
スミナが目配せして、アリナも名前だけは名乗った。
「今回のやり取り、失礼ながら全て見させてもらった。突然聞かされても無茶な話だと私も思う。だが、このままでは埒が明かない。なので私から案を出させて欲しい」
「了解しました、聞かせて下さい」
「分かりました」
スミナに続きアリナもロギラに反抗せずに従った。
「では案を出させて貰おう。
貴方達は戦技学校に他の生徒と同じように通って貰って構わない。それと同時に不定期にこちらから依頼をさせて欲しい。依頼自体は学業に影響が出ない範囲とし、その依頼を受けるのも断るのも自由とする。それとは別に、貴方達が個人的に調査や資料や道具を希望するなら何でも受け付ける。
これでどうだろうか?」
今のロギラは国王というより、組織の人間として話をしているようにスミナは感じた。ロギラの提案についてスミナは内容を整理する。美味い話には裏があると疑いつつ考えるてみるが、こちらに不都合な部分が見当たらなかった。
「つまり、学生生活を普通に行って、依頼には拒否権がある。それに加えて欲しい物は何でも提供して貰える、という事ですか?」
「その認識で合っている」
「こちらにかなり有利な案ですが、アスイさんはそれで納得するんですか?」
スミナは不満があると思われるアスイに話を向ける。
「はい。どうするか決めるかは国王陛下ですので。ただ、私としては転生者としてこの世界に来た意味を考えてもらいたいとは思っています」
「分かりました」
アスイの考えがスミナには何となく分かった気がした。そしてそれはアリナには受け入れられないという事も分かっていた。
「今回の件とは別に、私は貴殿らとは仲良くしたいと思っている。貴殿らの父上と母上は私の父上と戦場で肩を並べた友人だと聞いているのでね。まあ、友人とはいかなくても、良き理解者でありたいとは思っているのだよ」
「はい、前国王陛下の話は両親からよく聞いておりました」
両親の件を出されるとスミナは少しだけ圧を感じてしまう。双子が両親には迷惑をかけたくないと思う気持ちは一緒だった。それらを踏まえてスミナは回答する事にする。
「アリナ、国王陛下の案をわたしは受け入れたいと思う。貴方はどうする?」
「あたしはお姉ちゃんに従うよ」
アリナは疲れた声で言った。半ば自暴自棄になっているようにも見える。
「ロギラ国王陛下。改めてわたし、スミナ・アイルと妹アリナ・アイルは国王陛下のご提案に従わせて頂きます」
「ありがとう。ただ、今回の話には正式な手続きは無いし、あくまでここだけの話になる。君達には普通に戦技学校に通ってもらい、何かあればアスイから連絡が届くだろう。逆に何か要望があればアスイに連絡すれば対応しよう。それでよろしいかな?」
「はい」
「話がまとまってよかった。
私はこれで失礼させてもらおう。これでも忙しい身でね」
アスイが頭を下げたので双子も頭を下げ、ロギラが去るのを待った。
「スミナさん、これを渡しておきます」
ロギラが去った後、アスイがスミナに何かを手渡す。
「古代の魔導具で、王都内ぐらいの距離なら連絡が出来る携帯電話みたいなものです。用がある時はそれを使って下さい。スミナさんなら使い方が分かると思いますので」
「携帯電話ですか」
アスイはスミナが道具を使える祝福を持っている事を知っているようだ。
「アリナさん、思う所はあるでしょうが、私は貴方達の味方でありたいと思っています。困った事があったら何でも言って下さい」
「分かった、考えとく」
アリナはアスイと眼を合わせずに答える。
「お互いに色々聞きたい事や言いたい事があるでしょう。ですが、今日は疲れたと思います。学生生活が始まれば時間も取れます。その時にまたお会いしましょう」
「分かりました」
「はい」
双子はアスイと別れ、通路を引き返す。通路の先にはミーザが待っていた。スミナのミーザを見る目も変わっていた。この人がアスイを支えなければ今の国は無かったかもしれないと。
ミーザにゲートまで送ってもらい、双子はゲートを通って帰宅した。スミナは頭がいっぱいになって疲れ、アリナも身体が限界だった。両親には不正をしていないかの確認があっただけと誤魔化し、休む準備をすると双子はすぐに深い眠りについたのだった。