28.方針変更
魔法熱にかかった翌日、アリナはすっきりした気分で目を覚ました。
(身体が軽い。それになんか感じが違う……)
周囲の感じ方が違う気がしてアリナは寝間着のまま床に立って身体を動かしてみる。
「アリナ、おはよう。
で、いきなりどうしたの?見た感じ治ったようだけど」
「お姉ちゃんおはよう。なんか逆に調子が良過ぎて変なんだ」
横のベッドから起き上がってきたスミナに挨拶しつつアリナは色々試してみた。分かった事は身体能力の変化はあまり無いが、魔力が増え、祝福の力も強化された感じがする事だ。
「アリナ、とりあえず着替えて、それから確認すれば」
「うん、そうだね」
あんまりドタバタ動いていると家族やメイルが飛んで来そうなのでアリナは一旦落ち着き、私服へと着替えた。その後再度色々確認し、やっぱり変わっていると確信する。
「お姉ちゃん、これを剣で思いっきり切ってみて」
アリナは厚さ10センチで大きさが1メートルの魔力を物質化した正方形の壁を祝福の力で作り出す。スミナの力なら難無く切断出来る大きさだ。
「全力でいいんだよね」
「うん、お願い」
「はっ!」
スミナはレーヴァテインを通常の魔力の刃の長さで構え、壁を一刀両断すべく横に斬った。しかしスミナのレーヴァテインは壁を半分切り裂いた時点で止まってしまった。
「どういう事?何か細工したの?」
「細工はしてない。ただ、魔力の物質化の祝福がより精密に出来るようになったみたい。今のは出来るだけ硬くしたイメージで壁を作ったんだ」
「凄いじゃない。これを何層も重ねたら大抵の攻撃は防げるわよ」
スミナがアリナを褒める。アリナは褒められて悪い気はしない。
「でも何で急に能力が上がったのかな。魔力の量も増えてるし、成長途中って言ってもここまで一気に増えないでしょ普通」
「実を言うとわたしも生き返ってから祝福の能力が上がってるの。道具への干渉の範囲とか記憶の見方とか。
確かに成長期で上がった可能性もあるのかも」
「あれじゃない?少年漫画で言う死にかけて復活すると強くなるヤツ」
アリナは何となく思い浮かんだ理由を言ってみる。
「そんな単純な仕組みじゃ無いと思う。
でも、わたしは竜神の肉体再生の力に触れて、アリナはデビルの呪闇術や闇術鎧の力に触れた。そういう刺激で成長出来たのかもしれない」
「そういうものかなあ」
アリナはあまり腑に落ちない。当のホムラはこの話には口出ししなかった。だとすると竜神は関係無いのかもしれない。
アリナは念の為メイルやハーラに体調を確認して貰い、完治したと太鼓判を押された。だが、今日は大人しくしていろとも言われる。しょうがないのでアリナはスミナと学校の話などの一連の騒動が起こる前の話をして過ごした。
「アリナお嬢様、ご友人がお見舞いに来てくれましたよ」
そんなところにメイルに連れられてレモネとソシラとミアンの3人がやって来た。客間に移動してメイルは紅茶と茶菓子を置いてから立ち去る。アリナとスミナとホムラを抱えたエルが並んで座り、テーブルを挟んでレモネとソシラとミアンが座った。
「お見舞いに来てくれて嬉しいけどご覧の通り既に治っちゃった」
「それは良かったわ。
普通にみんなと話したかったし、集まれて良かったんじゃない?」
「そうだね」
レモネにスミナが相槌を打つ。そしてアリナはレモネに言わなくてはいけない事があった。
「みんなにもう一度ちゃんと言っておかないといけない事がある。
危険な目に遭わせてごめんなさい。あの時、迎えに来てくれてありがとう。
そして、レモネ、あなたのお父さんの事ずっと知らなかった。レモネのお父さんが亡くなった原因にはあたしも関わってる。本当にごめんなさい。許してもらえるなんて思ってないけど謝らせて」
アリナは一気に喋る。王都のペンタクルエリアへの魔族の襲撃でレモネの父が死んだのを知ったのはアリナが牢獄に居た時だった。友人の父が死んだ事でアリナは改めて自分がした事の重大さを思い知ったのだ。
「アリナ、私はこれからもアリナの友人で居たい。だから立って貰っていい?」
「いいよ」
アリナは席を立ちあがる。レモネも立ってはアリナの正面で向かい合う。“パンッ”という音が鳴り、レモネはアリナの頬に平手で引っ叩いた。威力は無かったが、それはアリナの心に激しい痛みとして響いた。
「これが魔族側でアリナがした事への罰。
もうお父さんの事でアリナを責めたりしないよ。改めてお帰り、アリナ」
「レモネ、ありがと……」
レモネに抱かれながらアリナは涙を流した。アリナが席に戻り落ち着くまで少しだけ沈黙の時間が流れる。
「ソシラとミアンもあたしに文句を言ってもいいんだよ」
「私は文句なんて無い……。むしろアリナが魔族に狙われてるのに気付けなかったのが悔しい……」
「ミアンもルジイさんが魔神に憑りつかれているのに気付けなかった事を後悔しています。その後お2人を助けられなかった事も。
後悔する事は色々ありますが、ハーラ様と話してミアンは後悔するより自分に出来る事を探すようになりましたぁ」
ミアンが微笑む。ソシラとミアンはそれぞれ後悔を抱えていた。みんなそうなんだなと分かりアリナは少しだけ救われた。
「この話はここまでにして、今日は折角集まれたんだから楽しい話をしよう」
「うん」
スミナが場を仕切り直し、辛い話題を避けての女子会になったのだった。
翌日、アリナの体調にも変化が無かったのでスミナとアリナは魔導馬車で王都の被害を見て回る事にした。最初は学校があるワンドエリアからだ。メイルが運転し、スミナとアリナとエルとホムラが乗ったが、ホムラはいつの間にか消えていた。町で誰に会うか分からないから姿を消したのかもしれない。
「こんなに町に被害が出てたんだ……」
「これでもわたしが来た時よりは復旧されてるよ。もっと被害は大きかったから」
車窓から流れる街並みを見ながらスミナが答える。ワンドエリアの襲撃に関してはアリナが撤退した後に起きた事なので状況は話に聞いただけで直接見るのは今が初めてだった。
魔導馬車は戦技学校に着くとその前で止まる。今日の目的の一つが学校の様子を確認する事だった。メイルは馬車で留守番し、双子と生徒の時の姿になったエルが学校に入る。
「校舎にも被害が出てる……」
「皆さんがシールドを張っていて、この周辺では被害を防げた方です」
エルが当時の状況を説明する。所々穴が空いた校舎を修理してる様子が見えていた。
「スミナさん、アリナさん!!」
2人が来たのを知らされたのか、担任のミミシャが走ってやって来た。
「ミミシャ先生、ご無沙汰してます」
「先生久しぶり」
「2人とも無事で何よりです。戻って来たのは聞いていたのですが忙しくて会いに行けませんでした」
ミミシャは涙ぐみながら言う。
「学校も大変だったって聞いたよ。先生、あの……」
「アリナさんの事は私と校長しか聞いていません。ですのでアリナさんは奇跡的に連れ戻されたという立場で振舞って下さい」
「分かった、先生、ありがとう」
「私は何も出来ませんでした。教師としてでは無く、大人として情けないと感じてます」
ミミシャも一連の騒動で後悔しているようだ。
「学校の被害がこの程度で済んで、市民の被害が少なかったのは先生方が備えてくれたからと聞いています」
「確かに私達も対処しましたが、上手く行ったのは生徒達が自発的に動いてくれたからです。
そして何よりスミナさんとエルさんが敵を一掃してくれたおかげです。お2人の力が無ければ大変な事になっていたでしょう。改めてありがとうと言わせて下さい」
「そんな、わたしはたまたまタイミングが合っただけです。皆さんが敵を引き留めていたからこそ出来た対応でした」
スミナは謙遜するが、アリナはスミナの活躍がワンドエリアを救ったと聞いていた。魔導具の力を使ったとはいえ、スミナで無ければそんな事は出来なかっただろうとアリナは思う。
「学校はいつから再開出来そうなの?」
「恐らく冬の間は無理だと思います。ただ、新入生の入試は行い、春には絶対に再開する予定です」
「新入生は取るんですね」
「はい。学校は国防にも関連するので生徒を減らすわけにはいかないんです。
ただ、王都の事件を聞いて受験の撤回をする人が増えてるとも聞いています」
戦技学校と言えば以前は憧れの学校だったが、王都が襲撃され、実際に学校絡みの事件も被害も増えたので敬遠されてもしょうがないだろう。アリナ達の同級生だってどれだけ残るかまだ分からない。
「じゃあわたし達は邪魔にならないようにもう行きます」
「はい、いつでも寄って下さいね」
「先生も頑張ってね」
双子はそう言って学校を立ち去った。双子はそのまま近くの寮まで移動する。学生寮は運良く被害は無く、今まで通り寮として機能していた。スミナはエルが居るとややこしくなるので一旦宝石形態でベルトに収納した。
「スミナさん、アリナさん、お帰り。無事だとは聞いたけど心配したのよ」
「ネギヌさん、ご心配をおかけしました。今日は少し立ち寄っただけでまだしばらくは屋敷に居ますので」
「ただいまー」
双子は寮長のネギヌに挨拶する。見たところ大半の生徒は寮から実家に戻っているようだ。そんな中レモネとソシラはまだ寮で生活を続けている。2人は外出中だったので、双子は久しぶりに自分の部屋に戻る。
「なんか凄い久しぶりに帰って来たって感じ」
「実際一ヶ月ぐらい戻って無かったし久しぶりだと思うよ。
部屋が綺麗なのは多分メイルがたまに掃除に来てくれたんだね」
確かに部屋は前のままで清潔で片付いていた。
「そっか、もうあの日からそんなに経つんだ」
「無事戻って来れて良かったね」
アリナはスミナに起こった事を考えたら無事では無いと思ったが口には出さなかった。あの状況からこうして2人とも戻ってこれたのは奇跡としか言えない。そして今後の事を考えればまだ安心出来ない。
「普通に学校に通える日が戻って来るといいね」
「そうだね、その為にはもう少し頑張らないとね」
2人とも今の状況が一時的な平和でしかないと十分理解していた。
双子は魔導馬車に戻ると今度はカップエリアへと向かう。異界災害で王都に最初に大きな被害が出たエリアだ。一般市民が多く住むエリアだけあって復興は早かったようで異界災害の中心地以外はかなりの建物が修復されていた。
中心部に来ると封印されて黒い物質化した地帯がまだ残っている。流石に塔は目立つので壊されたようだが、その基部までは完全に除去出来ていなかった。市民が近寄れないように柵で囲まれている。
「お姉ちゃんがあれをやったんだよ」
「わたし、というより封印兵器がね。
そういえば封印兵器は消えて行方不明なんだった。ホムラが拾ってくれたわたしの私物に入って無かったって」
「ああ、あの場には無かったぞ。そもそもアレも意思のある道具じゃ、消滅前にどこかに退避したのじゃろう」
いつの間にか小竜形態のホムラが現れて説明する。
「ほんとホムラは神出鬼没だよね。
聞きたかったんだけどホムラが直接魔神からお姉ちゃんを助ける事だって出来たよね。どうしてあの時やらなかったの?」
アリナは引っ掛かっていた事を質問する。結果的にスミナは助かったが、ホムラなら封印後に直接助ける事も出来た筈だと。
「スミナには少し話したが、この世の流れというのは決まっており、力の強い者が干渉してそれを変えたとしても、何かしらの揺り戻しがあり結果は変らぬのじゃ。例えばわらわが一つの戦に干渉し、本来負けるだろう勢力を勝たせたとする。するとその勢力は何らかの問題が起こって没落し、逆に負けた勢力はどこかで勝者になるのじゃ。
竜神が世界に大きく干渉しない理由はそれじゃ。わらわとて全能では無いという事じゃな」
「そうなんだ。ホムラも色々考えて行動してるんだね」
ホムラの行動に理由があった事を知り、アリナはホムラへの疑惑を一つ取り払った。やはりホムラを頼る事は不自然であり、スミナを守るのは自分なのだと思い直す。
「この異界災害も魔族が仕掛けた事なの?」
「分からない。でも、その前に発生した魔物の異形化は魔族連合が裏に居たのは確かだし、可能性はある。そしてどこかにガリサを罠に嵌めたヤツがいる」
アリナは今更ガリサが異界災害に興味を持った時に止められなかった事を思い出す。ドシンの死後にガリサの心が病み、その隙を誰かが利用した筈なのだ。
「そうだったね。色々あってガリサの件も放置してる事になってる。
今度魔導具屋のガリサの部屋を調べさせて貰おう」
「うん、お姉ちゃんなら何か分かるかもしれない」
双子は異界災害の調査の件も忘れてはいけないと心に決めたのだった。
最後に双子の乗った魔導馬車はペンタクルエリアに到着する。ここもワンドエリア同様被害が残ってるのが見て分かった。被害を受けた建物の中にはレモネの父が亡くなった場所も含まれる。アリナは自分の騎士団の足止めの結果がこの襲撃に繋がった事を心に刻む。
「ここまでの被害が出てるんだから相当前から準備してたんだろうね。そしてまだ敵の協力者が隠れてるかもしれない」
「うん。ただ、そういった情報はあたしの見れる場所には無かった。そもそもレオラが指揮してたんじゃなくて、ガズってデビルが王都攻略の責任者だった」
ガズはアリナに村人の虐殺を命じたデビルだ。アリナにとってはレオラ以上に許せない敵になっている。
「アリナが持って帰った情報はかなり重要だと思う。きっとアスイさん達が魔族連合に対する対策を考えてくれてる」
「そうだね、今度はあたし達が仕返ししてやる番だよね」
アリナはこのまま魔族連合の思い通りにさせてはならないと強く思う。相手が次の手を考える前に裏をかくぐらいしなくてはと。ただ、アリナ自身にはどうすればいいかの明確なビジョンは無かった。
(でも今はあたし1人じゃない。みんなと意見を出し合えばいい案が浮かぶ筈だ)
アリナは前向きな気持ちで屋敷へと戻るのだった。
アリナが屋敷に戻って3日後、王都から双子への呼び出しの書状が届く。以前の緊急招集のように話し合いの場が設けられるようだ。兄のライトは既に騎士団に戻っていて、両親とメイルは参加者に含まれていなかった。書状には追加で国王から双子に宛てた親書も同封されていた。親書にはこう書いてあった。
≪先のアリナ殿の一件に関しては我からの勅命による魔族連合への潜入、及びスミナ殿達の協力による回収という事で話を進める。次回の会合では上記の通りに話を合わせて頂ければと願う。≫
国王の印が入っており、本物の親書だろう。アリナは確かに王の命令での潜入なら鎧に操られていたのより印象は良くなり、自分に対する不平不満は無くなるだろうと納得した。
「お姉ちゃん、確かに国王様の命令なら詳しく知らない人は不満が出ないだろうね」
「うん、ロギラ国王陛下は流石賢王と言われるだけはある。
でも、勅命となるとアリナの行動もわたし達の行動も全て国王陛下の手柄って事にはなるね。
あたしとしてはアリナが必死に集めてくれた情報だからって気持ちはあるけど、アリナの王国での立場を考えれば国王陛下の案は正しいんだと思う」
アリナにはよく分からないが、スミナは少し不満があるようだった。書状には他にも極秘資料としてアリナとスミナが集めた魔族連合の情報がまとめられた物が含まれていた。アリナは一通り軽く目を通しただけだが、スミナは真面目に誤りが無いか確認したようだった。
翌日双子は王城の大広間に居た。既に国王以外の騎士や魔術師の団長などは座っている。以前の緊急招集に参加した王族のネーラは参加していなかった。名誉女性騎士団長を辞めたのでこういう場にはもう出てこないのかもしれない。
参加者は前回の緊急招集と似た面子だが、騎士団は騎士団長が数人参加するだけで明らかに数が減っていた。双子の兄のライトも参加していない。オルトは正式に王国で働いているので騎士団とは別に参加者に入っていた。以前と違うのは他にも聖教会の聖女であるミアンとその師である聖魔術長のマーゼ・トワンが参加している事だ。今回の話は聖教会にも関連しているのだろう。他にもアリナが知らない顔が数人会合の場に増えていた。
以前と同じく国王陛下の入場が告げられ、全員が起立し、国王ロギラが上座の席に座ると全員が着席する。
「此度は忙しいところ参加頂き感謝する。
話し合いをする前に伝えておきたい事がある。
アリナ・アイル、並びにスミナ・アイル。貴殿らに魔族連合への潜入調査、並びにその後の回収作業を秘密裏に依頼した事をここで明かす。結果、2人の作戦の成功により魔族連合の貴重な情報を入手する事が出来たのだ。
このような困難な任務を達成したこと、改めて感謝する。両名、並びに協力者には別途褒美を与える予定だ」
ロギラは最初に双子に対する感謝を伝えた。スミナが反応せず、アリナもここで返事をするべきでは無いと思い、静かにしていた。
「皆には事前に資料で入手した魔族連合の情報を送っており、確認済みであろう。
見ての通り、その内容にはかなり有意義な情報が含まれていた。これは我が国にとって好機である」
ロギラの言う資料はアリナも目を通したが、アリナが伝えた情報を整理しただけで、どこが有意義な部分なのか分からない。ただ、闇雲に魔族連合と戦う事を考えたら十分貴重な情報なのだろう。
「我がデイン王国はここ数ヶ月、魔族連合からの攻撃の対処をし、対策し、防衛に努めた。
しかし、結果として敵に王城までの襲撃を行わせてしまった。
私は皆の努力が足りなかったとは思っていない。むしろ、私の指示に誤りがあったとさせ感じている。
城内、並びに王都内に敵の内通者が居るのは確実で、調査部隊の力で数人は既に捕えている。しかしそれを探し尽くしてもきりが無いというのがここ数ヶ月で分かった事だ」
調査部隊とはこの場にもいる以前カジノで世話になった口髭の中年であるヤマリの事だろう。アリナの聞いた感じでも内通者は騙された者を含めて多数潜んでいて、確かにそれを全て捕まえるのは不可能だ。
「それに加え、各騎士団の被害も大きく、今の割り振りでは人員不足になるのは確実だろう。このままでは次の攻撃に耐えられる保証は無い。
そこで私は大きな方針変更を行う事にした」
ロギラは大きな声で言う。ロギラが何を言うかは事前に聞いていないので、アリナはただ耳を傾けるしかなかった。それは他の者も同じのようだ。
「デイン王国は魔族連合に対し反撃を行う。防戦では無く、討って出るのだ!!」
ロギラの発言は場を騒然とさせた。国王からこのような発言がされると予想していた者は少ないのだろう。
「恐れながら、国王陛下、それはどういった意味でしょうか」
最初に発言したのはこの場でも立場が上位の王国騎士団長であるターンだった。ターンの立場でさえ事前にそういった情報は貰ってないようだ。
「皆が驚くのは無理もない。誰だって荒唐無稽だと思うだろう。
だが、私は本気で魔族連合への攻撃を考えている。
この件に関してまず皆に紹介したい者がいる。
グイブ、自己紹介を」
「はい、デイン国王陛下。
この場には初めましての方も多いと思います。
僕はグイブ・デンシ、サウラ地方領主デンシ家の次男で軍師をしております。以後お見知りおきを」
デインに紹介されたのはグイブという20代半ばの立派な衣装を着た若者だった。国王に近い席に知らない人がいるなと思ったが、アリナと同じ領主の子だったようだ。
「私はこのグイブに魔族連合攻撃の総司令官になって貰おうと考えている。グイブの戦い方は今までの我々の戦い方と大きく異なっているのだ」
「陛下、軍師グイブ殿の活躍は確かに私も聞いております。サウラ地方の守りの要で、戦では負け知らずだと。しかし魔族連合相手では話が違うのではないでしょうか」
再びターンが口を挟む。アリナも魔族連合への攻撃自体は案としてありだが、今まで王都で戦っていない人物が出て来てもなぜとしか思えない。
「そう言う話になると考え、今日はあるものを見てもらいたい。グイブ、準備は出来ているな?」
「はい、準備は万全です。皆さまにはこちらの映像を見ていてもらいます」
グイブが会議室の壁に魔導具で映像を映し出す。見るとそれは王城の中庭の広場に見えた。そこには魔導具の檻に入った何かと多数の兵士が見える。
「あの檻の中には僕達が捕らえた魔獣キラーベアが入っています。僕はそれを今からあの場にいる兵士10名を使って倒します」
グイブが説明する。キラーベアはアリナも倒した事がある魔獣だ。アリナなら問題無いが王国の騎士なら10人でやっと倒せるぐらい凶暴な相手だろう。映像に映っている兵士はそこまで強そうに見えず、アリナにも無謀な話に見えた。
「陛下、王城に魔獣を放つのは流石に危険では」
「オルト、心配せずともよい。まあ見ておれ」
心配するオルトにデインは告げる。
「確かにあの場にいる兵士が普通に戦ってはキラーベアには敵わないでしょう。ですが、僕にはこれがあります。この魔導具を使って僕は兵士に指示を出して無傷で倒してみせましょう」
グイブはそう言うとヘッドマウントディスプレイみたいな魔導具を取り出して頭に被った。映像の中の10名の兵士も頭に特殊な形状の魔導具の兜を被る。すると兵士が綺麗に整列して剣を構えた。
「キラーベアを檻から出します」
グイブが言うと魔導具の檻が展開され、中から6メートルぐらいの巨体の熊の魔獣が現れる。10名の兵士以外の兵士は急いで遠くへ退避した。
キラーベアは早速近くに居る10名の兵士へと襲い掛かる。すると兵士達は予想外の動きをした。まず攻撃を受けそうになった兵士の横の兵士がキラーベアの腕を攻撃して爪の軌道を逸らす。次に他の兵士が爪が当たりそうな兵士を引っ張って攻撃を避けさせた。その後は別の兵士がキラーベアの腕を狙って順々に攻撃する。それが連続して次々と続いたのだ。1人1人の攻撃は軽いがリズムよく連携され、キラーベアの攻撃は止まり逆に腕が切り落とされていた。
(黒騎士の部下の機械の兵士みたい)
アリナは兵士が人では無く機械のような動きだと感じた。
怒り狂ったキラーベアは残った腕から鋭い爪で兵士達を一掃しようとする。しかし兵士達はそれを予知したかのようにジャンプして避け、今度はキラーベアの首目掛けて順々に攻撃をしていた。その動きは綺麗に同じ動作をし、無駄なくキラーベアの首を斬り落としてしまった。どう見てもキラーベアを倒せそうにない兵士が本当に無傷でキラーベアを倒したのだ。
「どうです、これが僕の戦い方です。あの場に居た兵士は事前に何をするか伝えていない寄せ集めの普通の兵士です。この魔導具は兵士に指示を出し、兵士の能力を上げ、的確な動きをさせる事が出来る物なのですよ。
今のは10名にしか指示を出していませんが、僕はこれを1000人まで同時に行える自信があります」
「皆の者、見ての通りグイブの戦い方は今までの騎士団の戦い方とは異なる。この力を使えば魔族連合を圧倒出来ると私は思っている。勿論その為の兵士を準備する必要があるが」
アリナは確かに凄いが、これで魔族連合が倒せるとはとても思えなかった。
「恐れながら陛下、敵は大量にいますし、魔獣とは比較にならない強力な敵もおります。
何より魔導結界をそれだけの人数を通すことは難しいのではないでしょうか」
「アスイ、懸念は承知している。ただ、グイブの力は今見た物だけではない。その説明は追々しよう。
そして魔導結界の件は問題無い。軍備が整ったら一気に攻勢に出るので魔導結界を解除するつもりだからだ」
その発言はもう一度場をざわつかせた。魔導結界が王国を守っている要なのだから当然だ。
「国王陛下、流石に今の発言は容認出来ませぬ。
私は魔族連合への攻撃には反対します。むしろ得た情報には魔族連合にも話が通じる者がいるとの事。
私はそういった者と先に会談をすべきではと思います」
そう発言したのは銀騎士団の団長だった。確か国防に関しては王国騎士団長のターンに次ぐ立場の騎士だとアリナは聞いていた。
「ラバツ、そなたは銀騎士団長の座にありながら魔族と和平を望むのか?」
「国王陛下、そうではありません。全面戦争に突入すれば前の戦いの二の舞になります。私は過去の経験と昨今の被害を考え、なるべく被害を減らしたいと思っているのです」
ラバツは必至に言う。老齢の騎士の発言には重みが感じられた。
「国王陛下、魔導結界の解除に関しては私も再考をお願いしたいと思います。国民の安全が確保出来ないのであれば魔導結界の解除を私は行えません」
アスイがラバツに続いて発言する。周囲の反応もアスイ達に同意するように思えた。
「皆の意見は分かった。
ただ、我々に迷っている時間は少ないと思っている。
グイブ、次回までに皆を納得させる案と軍備を用意するのだ」
「御意でございます」
グイブが頭を下げる。
「アスイ、それに他の者もだが別の案があるなら話を聞こう。グイブのより良い案ならそちらを私は取ろう。
それでいいかね?」
「はい」
アスイが代表して返事をする。会合は漠然としないまま解散したのだった。