27.家族の時間
アリナがソードエリアのアイル家の屋敷に帰宅して2日後、家族とメイルを集めてアリナは自分に何があったのかを説明した。全てでは無いが、どうして魔族側に行く事になったのか、魔族連合で自分が何をしたのかを話す。喋っていて苦しさもあったが横にスミナがいるので何とか喋り終える事が出来た。
「アリナ、辛かっただろうに、よく耐えてくれたな……」
「何も気付いてあげられなくてゴメンね、アリナ」
父ダグザと母ハーラは涙ぐみながら言う。敵側に付いたアリナを責めたり叱ったりする気はまるで無い。
「アリナ、すまなかった。僕に力が無いばっかりに2人に負担をかけ、その手助けも出来なかった……」
兄のライトは悔しそうに言う。
「パパもママもお兄ちゃんも無事にいてくれただけで十分だよ。それにあたしを待っていて、出迎えてくれて本当に嬉しかった……」
アリナは涙が流れそうになるのを我慢する。
「アリナお嬢様、お力になれずに不甲斐ないです。まさかお一人でずっと抱え込んでいらっしゃったとは」
「そんな事無い。あたしが王国に最初に襲撃した時に踏み止まれたのはメイルが居たからだよ。それにあたしを迎えに来た時は大活躍だったじゃん」
「そう言って貰えたことは素直に感謝いたします。ありがとうございます」
メイルも泣きそうになっていた。アリナはこんな温かい人達に囲まれて、本当に幸せだと思った。
「そうだ、アリナ、ライトお兄様に何かお願い事するんじゃないの?」
「うん、僕に出来る事ならなんでもするぞ」
「それは嬉しいけど、ちょっと待って貰えるかな。本当にやってもらいたい事を考えるから」
アリナはそう言いつつライトが無事に生きてるだけで十分だと思った。
「分かった。いつでも言ってくれ」
アリナの話は受け入れられ、家族関係が壊れる事も無かった。
それから少ししてアリナはライトと2人きりでリビングで話すタイミングが訪れた。
「お兄ちゃん、あの時大丈夫だった?何か身体に後遺症とか無い?」
「ああ大丈夫だったよ。確かに半日はまともに動けなくはなったけど、今は元通りだ。
だからあの事は気にしないで欲しい。僕があえて無防備に出て行ったんだから」
ライトは笑顔で言う。その優しさがアリナには痛く感じた。たまには怒って叱ってくれればその方がアリナには楽だった。
「でも、あたしのせいでお兄ちゃんの仲間の騎士や国の兵士が沢山死んじゃった。本当は許される事じゃないと思う……」
「その件は国王陛下がアリナだけの罪では無いと判断したんだ。僕もそう思う。それにアリナは鎧に操られていたし、誰もアリナのせいだなんて思って無いよ」
「でも騎士団はかなりの人が減って大変だって聞いたよ。今回の襲撃は市民への被害も多かったって」
アリナはどこまでも優しいライトの答えがどうしても肯定出来なかった。
「僕だって仲間や市民を殺されて悔しくないわけじゃ無いさ。魔族連合は許せない。でもその悔しさをアリナにぶつけても意味が無い事を知ってるんだ。
昔父さんが言ってたんだ。何か起こって仲間が殺されても恨みで戦っては駄目だって。そういう時こそ冷静に、何がいけなかったのか、どうすれば防げたのかを考えろ。同じ事を繰り返さないようにするんだって」
「パパがそんな事言ったんだ……」
アリナは父であるダグザが魔王を倒すのに活躍した英雄だと聞いていたが、実際に何をしたかを詳しく知らなかった。ただ、今よりずっと多くの人が死に、犠牲になりながら戦っていたのを考えれば重みのある言葉だった。騎士になると決めたライトにダグザが伝えたのはその経験からなのだろう。
「アリナはこれからも大変な事があるかもしれない。でも感情に囚われず冷静になる事は大事だと思うよ」
「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
アリナはライトに感謝すると共に父のダグザにも感謝した。
アリナとライトが会話していたのと同時刻にスミナは父ダグザの部屋に訪れていた。目的は黒騎士の話を聞く事だ。
「お父様、“流浪の黒騎士”ことシャドウの事を聞かせて貰えますか?」
「ああ、王都に戻る途中に黒騎士に襲われた話に関連してだな。
残念だがシャドウについては話すほどの情報は無いのだ。私はシャドウと会話したのも数回だし、シャドウの素性も私的な事も何も知らない。
ただ、共に戦った事は何度もあり、その時の彼の剣捌きに驚かされたのはよく覚えてる。あの時居た兵士ではもっとも強く、シャドウが魔王を倒した事についても納得してたよ」
ダグザは記憶を辿りながら話す。
「あの時のシャドウは味方に迷惑をかけたりはせず、軍の規律は守っていた。雰囲気は不気味ではあったが、皆に信頼されてはいたよ。
だから私はシャドウと襲って来た黒騎士は別人だと思う。黒い鎧の騎士など沢山いるしな」
「お父様もそう思いますか。
お父様の私物があればシャドウが戦っていたところが見れると思います。その頃の道具は何か持ってますか?」
スミナは道具の記憶を見る事で黒騎士が同一人物か確認出来ると思い聞いてみる。
「持ってはいるが、それは私の若い頃をスミナに見られるという事だな。
まあ、しょうがないか。昔の私を見て幻滅しないでくれよ」
ダグザが珍しく狼狽えながら鞄の中から何かを取り出す。それは小さな紐の付いた袋だった。
「これは昔私の母からもらったお守りだ。戦いに行く時は必ず身に着けていた。シャドウと居た時も付けてた筈だ。これで大丈夫かい?」
「はい、お借りします」
スミナはダグザからお守りを受け取る。道具としてはただの幸運の効果の付いた魔法のお守りだが、大事にされていたのがよく分かった。
(父様とシャドウの出会いの場面を)
スミナの記憶を読む精度は上がっていて、望む場面から記憶を再生させる事が出来るようになっていた。
野営地と思われる場所に多くの騎士や兵士や魔術師が雑多に集まっていた。その中でも一つだけ立派な天幕のテントに若き日のダグザはいた。赤茶の髪は今よりも鮮やかでアリナの髪色に近かった。顔つきも若く精悍で、ライトに似ているところと、スミナに似ている部分がある美青年だ。
「本日より西方の部隊と合流する。そこには例の“流浪の黒騎士”もいるという。ダグザ、お主も気にしていたな。一緒に見に行こうでは無いか」
「了解です、国王陛下」
ダグザが恭しく頭を下げたのは若き日の前国王であるマグラ・デイン王だった。現国王のロギラに比べるとマグラは屈強で力強かった。マグラはダグザと護衛の騎士1人だけを連れて黒騎士のいる野営地へと移動を始める。多人数で訪問するのも迷惑だという事を踏まえてだ。本来は立場が上の国王側に謁見する形で待つものだが、マグラはそういうしがらみを嫌う型破りな王だった。自ら魔王討伐に赴いているのもそういったマグラの性格が大きい。
「国王陛下、ご用事ですか?でしたら私もご一緒致します」
移動しているマグラ一行に声をかけたのは若き日のハーラだった。短く切った青い髪はスミナの髪色に近く、幼さの残る顔付はアリナに似ている部分が多かった。
「他国へのご挨拶だぞ。聖女様には荷が重いのでは?」
「ダグザさんこそ田舎臭くて国王陛下に恥をかかせるのでは?」
会うなりダグザとハーラは喧嘩腰になる。
「お主達はいつもぶつかってるな。
ハーラよ、お主の眼でも相手が信頼足り得るか確認して欲しい。付いて来てくれるか」
「勿論です、陛下」
ハーラは国王に答えた後、密かにダグザに侮蔑の表情を送るのだった。
西方の部隊に来たダグザ達は歓迎され、部隊の上官と談笑などするが、そこに黒騎士の姿は無かった。黒騎士の事をマグラが聞くと部隊には居るものの孤立し、他社を寄せ付けずに離れた場所に居ると困った顔をされる。マグラ王は強引に居場所を聞きダグザ達を連れて会いに行った。
「お主が噂の黒騎士殿かな?」
野営地から少し離れた焚火にあたる全身黒い鎧を着た騎士にマグラは語りかける。兜すら脱いでおらず、くつろいでいるようには見えない。マグラが話しかけても黒騎士は見向きもせず、無反応だった。
「貴様、国王陛下が直々にご挨拶に訪れたのだぞ。返事をせぬのは無礼だろう」
「ラバツ、構わん。押しかけたのは我々の方だからな。
少し話しをしてもいいかな?」
マグラは怒る護衛の騎士を宥め、黒騎士の正面に座る。ラバツと呼ばれた騎士は座らず立ったまま警戒の姿勢を取った。ダグザとハーラはマグラに進められて焚火の周りに座った。
「私は連合軍の代表をしているマグラ・デインだ。
以前から“流浪の黒騎士”という強い騎士の噂は聞いておった。魔王討伐といっても難航しており、今も一進一退を続けている。もし黒騎士殿が力を貸してくれるならこんなに嬉しい話は無いと思い、押しかけたのだ」
「……」
黒騎士は話を聞いているのか分からないほど無反応だった。
「黒騎士様、国王陛下がここまでおっしゃっているのですよ。返事ぐらいしてはいいのではないでしょうか?」
ここで怒り出したのはハーラだった。黒騎士の態度が気に入らなかったのだろう。
「聖女、ハーラ・モニス……。
すまない。オレは礼儀というモノを知らぬ。どう答えていいか分からないのだ……」
初めて黒騎士が返事をした。その声は鎧を通して出ているからか機械的で男女の区別もつかない。
「流石聖女様は有名だな」
「からかわないで下さい。
マグラ国王陛下は寛大なお方です。どのような態度でも怒ったりしませんよ」
「会話が出来るなら聞いてみたい事がある。
なぜ魔王討伐に参加したのだ?」
マグラが黒騎士に質問する。
「オレは戦いにしか興味が無い。ここに来れば強敵に出会えると聞き参加しただけだ」
「なるほど、だったら俺と戦ってみるか?」
話を聞いたダグザが黒騎士を挑発する。黒騎士がダグザの方を見る。
「お主は確かに強そうだ。だが、今は人間同士で戦っている場合では無いのだろう?」
「その通りです。ダグザさんもいい加減にして下さい」
ハーラがダグザを叱る。結局黒騎士が人を寄せ付けない雰囲気を出していたのでマグラ達は会話を終わり立ち去る事にした。
「では戦場ではよろしく頼むぞ」
「心得た……」
黒騎士は結局殆ど動かなかった。
「ハーラ、どう見えた?」
「正直分かりません。怪しいオーラはあるのですが、敵意や悪意は感じられませんでした。それに嘘もついていません。
恐らく今は共に戦ってくれると思います」
自分達の野営地への帰り道でハーラが答える。
「本当に強いんですか、あいつ」
「分からん。だが噂になるのには理由がある筈だ。
この戦、勝てるかもしれんぞ」
マグラはダグザにそう答えるのだった。
スミナは一旦記憶を見るのを止め、情報を整理する。黒騎士の見た目は似ている部分が多かった。声も同じに聞こえた。しかし鎧も声も真似が出来る部分で同一人物と決められない。
スミナは次に黒騎士が戦っている時の記憶を見る事にする。
「敵襲だーーー!!」
時間としてはダグザと黒騎士が出会ってから数週間後、進軍していた連合軍のところに敵の奇襲があった。隙を突かれた攻撃で巨大なモンスターが暴れており、部隊の足並みは揃っていない。
「皆狼狽えるな、1体ずつ協力して倒すのだ!!」
自ら前線に立つマグラ王が檄を飛ばすが、混乱が広がる方が大きい。結果として勢いがある魔王軍が連合軍を劣勢へと押し込んでいた。
「国王陛下、お守り致します!!」
若きハーラが国王のそばにやって来てシールドを展開する。しかし敵将の首を取りに来た魔族達がそれを粉砕し、逆にハーラ達を襲って来た。
「まずは自分の身の安全を考えろ」
ハーラを襲っていたデビル達が切り刻まれる。そこには魔導鎧を着込んだ若いダグザが立っていた。
「私だって自分の身ぐらい守れました!」
「言い合いは後だ、今は協力して乗り切るぞ」
反論するハーラにダグザは言い放つ。確かに周りにはデビルや強力な魔族が集中していて危険な状況だった。ダグザと国王マグラ、そして護衛の騎士のラバツが敵を倒していき、ハーラはそれを援護する。この場ではこの4人の能力がずば抜けて高かった。それでも敵の勢いの方が上であり、ダグザ達は防戦一方になる。しかも戦力は分断され、王の援護に周りの部隊が辿り着く事は出来ない。
「!?」
その異常な空気に周りの敵味方全ての動きが一瞬止まった。ダグザは押し寄せる衝撃を感じる。見えてきたのは次々と切り刻まれ死体となるモンスターや魔族。それは一種の災害のようだった。
「あれが黒騎士なのか……」
ダグザが黒騎士の異様な戦いぶりに圧倒される。剣を振る度に敵が倒れ、近付けるものはいない。歩くだけで周囲の敵が居なくなるのだ。派手な攻撃では無いが効果は見た目以上の威力を示している。黒騎士の参戦で戦況は一転した。敵の戦意は失われ、逃げ出す者すらいた。
「やはり噂通りだったな、黒騎士は」
「ですがあの戦い方は普通ではありません……」
国王にハーラが告げる。
敵の奇襲は一気に収束した。連合軍の中でも黒騎士が特異な存在なのは明らかだった。
記憶を見終わったスミナは不思議な気持ちになっていた。戦っている黒騎士は数日前に戦った黒騎士と同一人物だと思ったからだ。だが、その前に見た黒騎士はまるで別人だと思ってしまった。
(黒騎士に複数の人格があるのかも)
スミナが導き出した答えがそれだった。魔王討伐時の黒騎士とスミナが出会った黒騎士は別の人格の可能性があると。黒騎士がホムラの言っていた魔導人造超人であった場合、元となった転生者の人格が何かの拍子に出て来たのかもしれない。
「スミナ、何か分かったかい?」
「お父様、ありがとうございます、これはお返し致します。
まだ結論は出せませんが今現れた黒騎士とシャドウと呼ばれた黒騎士は同一人物の可能性が高いです。
ですが、あまりに様子が違うのには何か理由があるとわたしは思います。
あと、若い頃のお父様とお母様が衝突していたというのが本当だと分かって得した気分です。
昔のお父様カッコよかったですよ」
「ああ、そうか。役に立ったのなら良かった。
しかし昔の話をされるのは複雑な気分だな……」
ダグザは今の落ち着いている自分と血気盛んな頃を比べられるのが恥ずかしいようだった。スミナは分かった事をアリナに伝えに部屋へと戻るのだった。
アリナとスミナが屋敷の自室に戻ったのはほぼ同時だった。2人はお互いに何をしてたか自然と報告する。ちょうど父ダグザの話題が重なって2人は笑い合う。
「パパの若い頃の姿あたしも見たかったなあ。ママもだけど。
やっぱりお姉ちゃんの祝福は羨ましいよ」
「便利だとは思うけど、見たくない事や隠したい事も見えちゃうのはそんなにいいものじゃないよ。
で、黒騎士の件はどう思う?部下も連れて無いし、形式的とはいえ連合軍の味方をしてたから転生者の人格だったりしないかな」
「人間らしさがあるなら似た別人なんじゃないかなあ。それか、完全に壊れちゃって意味不明な行動してるとか」
「お主らの予想通りかもしれんな。
黒騎士は万全な状態じゃなくなり、壊れた事で転生者の頃の人格が出てくるタイミングがあるのじゃろう。
ただ記憶は消され、肉体も変貌したから自分が何者かも分からないじゃろうがな。それなら強敵を求める命令と人の味方をする本能が両立する筈じゃ」
今までぬいぐるみのようにエルの膝の上で大人しくしていた小竜の姿のホムラが喋り出す。
「それなら上手くその人格を呼び出せばまた仲間になって貰えるのでは?」
「ムリだと思うぞ。前回の戦いで魔導人造超人としてお主ら転生者に対抗出来る更新がされている筈じゃ。そうなればヤツはただの戦闘マシーンとなってるじゃろう」
「そんなのやってみないと分からないんじゃん。お姉ちゃんの道具を操る祝福なら上手く人格を戻せるかもしれないよ」
アリナは思い付きでとにかく反論する。
「そっか、その方法があるかもしれない。
アリナ、ありがとう。わたしはそこまで考えてなかった」
「???
何か良い事言った、あたし?」
「黒騎士は魔導遺跡で補給してた。恐らくどこかの魔導遺跡に黒騎士が眠りにつく場所がある。そこには黒騎士の機能を整備する魔導機械があるんだと思う。それが見つかればわたしはその魔導機械で黒騎士を転生者に戻せるかもしれない」
アリナはスミナが言っている事が正確には理解出来ないが、姉なら上手く出来るだろうという事は分かった。
「えーと、じゃああの魔導遺跡にお姉ちゃんを連れてけばいいのか。でも、あそこへ行くには魔導結界をまた抜けないと……」
「アリナ大丈夫?顔が赤いよ?」
「え?」
アリナは確かになんか顔が火照って頭がふらふらする感じがした。
「うそ、凄い熱。
メイル、来て!!」
「はい、お嬢様」
スミナが叫ぶとまるでドアの向こうで待機していたようにメイルが飛んで来た。アリナはすぐさま寝間着に着替えさせられベッドに寝かされるのだった。
「ただの魔法熱で良かったですね」
メイルが看病しながらベッドで寝ているアリナに言う。魔法熱は現実世界の風邪のような症状で、他人にうつったりする事は無い。体内の魔力バランスが崩れるとそれを修復しようとする状態で、成長中の子供に起きやすいが大人がかからないわけでも無い。アリナはダルアを長期間使った反動が遅れて出たのではないかという事だった。
この世界の病気は魔法で治せるものとそうで無いものがあり、魔法熱は魔法で治せない病気の一つだった。発熱と全身の怠さだけなので魔法で治せなくても大きな問題があるわけではない。
「メイル、ありがとね。今はもうメイドじゃないのに……」
「アリナお嬢様、メイドを辞めた訳ではありません。ただ、王国での仕事も兼業させてもらう形になっただけです。
お嬢様が戻って来たならメイドの仕事を優先致しますよ」
アリナはメイルがスミナが死に、アリナが居なくなった事に責任を感じていた事を申し訳ないと思っていた。そしてその後色々な動きをしてくれた事に本当に感謝していた。
「メイル、そう言えばオルトさんと話はしたの?」
「話って何のことでしょうか」
スミナに言われてメイルは慌てた様子で誤魔化す。アリナは熱で少しぼーっとした状態でスミナがオルトの元恋人のユキアからの伝言をメイルに伝えた件について考えていた。メイルはどこまでオルトに気があるのだろうかと。
「あんまりのんびりしてると誰かにオルト先生取られちゃうよ。女性騎士にも密かに人気みたいだし」
「別に私は師匠が誰と結婚しようと関係ありません。
アリナお嬢様も下らない事言ってないで大人しく寝てて下さい」
ついにはメイルは怒り出す。メイルは双子のメイドではあるが、アリナにとってはもう1人の姉のような存在だった。戦いで傷付けずに済んで本当に良かったと改めて感じる。オルトでつり合いが取れるかは置いておいて、いずれはメイルにも幸せになって欲しいなとアリナは思った。
「メイル、ずっと付きっ切りでしょ。あとは私がやるので休みなさい」
「奥様。
分かりました、お言葉に甘えます」
双子の母のハーラが部屋に入って来て、交代してメイルが出て行った。スミナはベッドの横でアリナの面倒を見ていて、エルはホムラを抱えて邪魔にならないように部屋の隅の椅子に静かに座っている。
「薬を作って来たわ。さあ、飲んで」
「えー、ママの薬苦くてやだなー」
アリナは小さかった頃もこんな感じでハーラが特製の薬を作ってくれた事を思い出す。あの頃はアリナが病気になると双子だからか一緒にスミナも病気で倒れていた。
「お母様、余分に量はあるんですよね。
ほら、わたしも飲むからアリナも飲みなさい」
アリナはそう言ってコップに注いだ薬をしかめっ面で飲み干す。昔も同じことをしていたのを思い出しアリナは懐かしく感じた。大体嫌がる事をスミナが率先してやってアリナに手本を見せるのだ。
「お姉ちゃんは病気じゃ無いでしょ。
あたしももう子供じゃ無いんだから飲むって」
アリナはコップを受け取ると薬を飲んだ。苦いが懐かしい味がした。薬の影響か、少し眠たくなってくる。
「ママ……」
「あら、急に甘えんぼになって。握ってるから安心して眠りなさい」
アリナはベッドの横に座るハーラに手を伸ばし、ハーラはその手を握ってくれた。反対側の手はスミナが握ってくれる。昔は2人のベッドの間にハーラが座り、それぞれの手を左右の手でハーラが握っていたなと思い出す。
ハーラに甘えなくなったのは10歳を過ぎ、転生前の記憶が蘇ってからだ。どこか気恥ずかしくなったのだろう。だが、今となってはもっと素直に甘えていれば良かったと思ってしまう。こんな生活がどれだけ続くか分からないのだから。
両手をハーラとスミナに握られてアリナは久しぶりに本当に安心していた。だからか、危険を察知する祝福の能力を完全に切る事が出来た。こんな事は子供の頃ぶりかもしれない。
「お母さんはね、2人が消えてしまって本当に後悔したの。聖女を辞めて、自分の幸せを求めた罰が当たったんだって」
アリナが夢か現か分からない状態の中、ハーラが静かに語る。
「でも、そうじゃなかった。あの人にも馬鹿な考えはよせ、最後まで希望を捨てるなって叱られたわ。
だから毎日一身に祈って、自分に出来る事を何でもやったわ。そうしたらちゃんと2人は戻って来てくれた。
私はお父さんと結婚して、貴方達を産んで、本当に良かった。私の生き方は間違ってなかったわ」
ハーラは涙ぐみながら言う。
「お母さんは思うの。2人は特別な子供なんだって。勿論心配はするけど、全力で貴方達を応援するわ。貴方達はどんな事があっても戻って来てくれるって信じてるからね」
アリナはハーラからの愛を感じながら深い眠りに落ちるのだった。