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24.2人の聖女

 アリナ達は10メートル四方ぐらいの窓も扉も無い壁に覆われた空間に居た。空気はあり、魔法の灯りで明るさは保たれている。


「お姉ちゃん、ここは?」


「ここはさっきの場所のかなり地下の空間だよ。ここなら誰にも気付かれないし、見つからない。

ただ、空気も食料も限られてるし、あくまで一時的な避難場所よ」


 スミナが撤退して移動した場所の説明をする。確かに通路の無い地下なら発見されないだろう。


「それで、最初に言っておくけど今は謝罪もお礼も言わない事。ちゃんとした話は王国に戻ってからにしましょ。

あと、1つだけ言いたい事がある。

アリナ、やっぱり長髪似合ってるよ。綺麗な髪なんだし長い方がいいよ」


「言いたい事がそれ?

褒められるのは嬉しいけど、あたしはやっぱりここまで長いのは鬱陶しいかな。

で、お姉ちゃん達ここまで来れたのは凄いけど、帰りはどうするつもりなの?」


 アリナの紅い髪は闇術鎧ダルアを身に着けた時に急成長し、ダルアを破壊した今も元の長さには戻っていない。伸びた理由はよく分からないが、アリナはそれほど気にはしていなかった。長いままにしていたのは切るタイミングが無かったからだけである。


「アリナ、その事なんだけど、帰りの事はあまり考えて無かったの。とにかく急いで行く事だけを考えてて。

来る時は魔族の転移装置を使ったけど、もう使えないだろうし……」


「それホント?お姉ちゃんにしては無計画過ぎない?」


「アリナとさえ合流出来ればあとは何とかなると思ったから……。

でも、タイミング的にはばっちりだったんじゃない?」


「それはそうだけど……」


 アリナはスミナが帰りの事を考えずに魔導結界を突破して来るとは思っていなかった。


「お嬢様、ここは一旦お互いの情報を出し合って、いい案が無いか考えてみてはいかがでしょうか?」


「そうね、アリナがわたし達が知らない情報も持ってるだろうし、それが一番ね。

じゃあ、先にわたしがここまで来た簡単な説明をするから――」


 メイルの提案でスミナは自分がここに来るまでの事を簡潔に説明し始めた。死んでから復活し地上に戻ってくるまでの話は本当に手短に説明する。アリナには後でちゃんと説明するつもりだからだろう。レモネが魔族の転移に使っている呪具を発見していた事でスミナはすぐに魔導結界を超える事を決めたそうだ。魔族が使っていた転移の呪具をスミナは逆に辿って魔導結界付近のゲートまでは順調に来れたそうだ。


「ただ、ここからが結構大変だったの。魔導結界を超えるゲートは内と外、両方のゲートが許可を出さないと開かないから」


 アリナは自分が通った時も魔導結界を超える時はゲートが厳重に管理されていたのを思い出す。いくらスミナでもそれを動かすのは無理だし、通ったりすればすぐにバレるだろう。


「それで、どうやって通ったの?大騒ぎになってなかったから通ったのもバレなかったんだよね?」


「ちょうど運良く魔族がゲートを使ってこっち側に来たの。で、その魔族が何か道具を運んでたから記憶を弄って魔族の砦側に戻ってもらうよう仕向けたの。わたし達は道具の箱に忍び込んで砦まで運んでもらったわけ」


「お姉ちゃんそんな事も出来たんだ」


「星界にあった魔導具に便利なものがいくつかあって、それがたまたま活用出来たってだけだよ」


 敵の記憶を弄れるなら確かに怪しまれずにゲートをくぐれるなとアリナは納得した。それと同時に結構無茶な事をしてきたなとも。


「あとはアリナの居場所は分かるから敵に気付かれないように後を追ったわけ」


「だったら同じように王国に向かってる魔族の記憶を弄って運んでもらえないかな?」


「残念だけどその魔道具は一度しか使えない物なの。それに今は王国に逃げられるのを警戒してゲートは厳重に管理されてると思う」


「そりゃそうか。

じゃあ、あたしも何か役に立つ情報があるかもしれないし、こっちに来てからの簡単な話をするね」


 アリナは今度は自分の話を簡潔にし始めた。自分が連れて来られた砦の情報や出会ったディスジェネラル(十魔将軍)の説明をしていく。その後、行った事があるエルフの森やドワーフの工房などの場所やそこでの人々の生活についても説明した。

 次にアリナは魔族連合で仕事をする際の移動方法や知ってる範囲での戦力なども説明する。アリナ自身はこの辺りの地理については曖昧で、基本的に連れられて移動していたとも。ゲートがどこからどこに繋がってるかも分からないし、アリナ1人だったらまず魔導結界を超える方法は思い付かないだろう。


「ごめん、やっぱりあたしの知ってる情報じゃ役に立たないかも……」


「そんな事無いよ。魔族連合の状況も分かったし、敵も一枚岩じゃ無くて隙がありそうなのが分かったのは大きい。ただ、王国に帰るのはやっぱり難しそうだね。

とりあえず敵に見つからないように警戒しながら結界の近くまで移動して様子を見よう。時間がかかればかかるだけ身動き出来なくなるだろうし」


 スミナが決断する。それに異論を唱える者はいないようだ。アリナ達は魔導具を使ってしばらくは地下を移動し、周りに誰もいない場所で地上に出た。アリナは周囲の危険を警戒し、エルが周りの生き物の反応をチェックしつつ、なるべく速く移動していく。敵もアリナ達が逃亡しているのを探しているようで、移動途中で敵が接近して身を隠す事が何度もあった。この辺りは王国の森林地帯に似て土地が広く、隠れる場所が多い事が唯一の救いだった。



「あの村の人達は大丈夫でしょうか……」


 隠れて敵をやり過ごしている時、ミアンがアリナ達と戦った時にいた村人達の心配をしていた。


「助けてあげたいけど、ここは敵地だし今は祈る事しか出来たいと思う」


「多分大丈夫だと思うよ。確かにあたしは村人を殺す命令を受けてたけど、元々あそこの村の人達はディスジェネラルのシホンさんが管理している場所だから。

今頃はあたしが独断で殺害しようとしてたって話で収められてる筈」


 アリナはその後の流れを想像し、下手に魔族連合内に波が立たないようにするだろうと考える。


「あと、信用出来るかは置いておいて、同じくディスジェネラルでデビルのミボも表面上人間の味方をしてるから、情報が流れたら村人達を庇う筈だよ」


「アリナの説明にあった、聖教会を信じてる女性のデビルね。アリナは直接話してどう感じたの?」


「あたしは、うーん、嘘は言ってないけど、底が見えない感じかな。信じない方がいいとは思う」


 アリナはミボの事を思い出しながら言う。会った時にはダルアを身に着けてたし、その時の感覚も全て正しいかアリナは怪しく思っている。


「デビルが聖教会の教えを信じるなどあり得ません。その方は人を騙す為に人間の味方をしているのです」


 珍しくミアンが強い口調で言う。


「そのミボというデビルは聖女を名乗っているのですよね。デビルと聖女はもっとも遠い場所に位置する存在です。明らかに聖教会の事を侮蔑しているのだと私は感じます」


「嘘はついてるかもしれないけど、そこまで人をバカにしてる感じは無かったかなあ。変人で、聖教会の聖女になりきってるだけかもしれないし」


「そうだとしても、それは私達に対する挑発と同じです。私はミボというデビルを認めるわけにはいきません」


 ミアンはデビルが聖教会の信徒を名乗るのを絶対に許せないようだった。今までの聖教会の歴史を考えれば当然なのかもしれない。


「敵は遠くへ移動しました」


「よし、出発しましょう。長居してたらまた誰か来るかもしれないし」


 エルが周囲の情報を伝えると、スミナがすぐに判断する。アリナ達は再び王国の魔導結界に向けて移動を開始した。



「これ以上近付くのは無理みたいね」


「明らかにあたし達の事を逃さないように警戒されてるよ」


 丸2日ほど移動し、王国のある魔導結界があと少しの距離まで移動したところでアリナ達の歩みが止まった。敵は魔導結界に沿って等間隔で見張りを置き、その周囲を偵察させていたからだ。そもそも魔導結界に接触したところで抜けられるわけでは無く、アリナ達は安全な位置で次の対策を取る必要があった。なので今は敵に感知されにくい廃墟の建物に身を潜めていた。


「砦なら転移のゲートがあるだろうし、砦を急襲して敵を脅して無理矢理帰れないかな?」


「ゲートが内と外、両方の許可が無いと使えない以上、王国側に連絡取れないと無理よ。それに、そんな事したらゲートを破壊する指示が出ると思う」


 アリナの案をスミナはすぐに却下する。


「恐らく我々が捕まるまではゲートの移動も中止させていると思います。罠を張っている可能性も高いでしょう」


「なんか便利な魔導具とか持ってたりしない?」


 メイルが敵の動きを予想し、レモネが期待の眼差しでスミナの方を見る。


「残念ながら、魔導結界を抜けるような道具は持って無いわ。アスイさんの話だと王国を中心に球状の結界が張られてるから、空からは勿論、地下からも結界を抜ける事は出来ないって。

そもそも魔導結界を通り抜けられるゲートがあるのが驚きなの」


「そうだ、魔導要塞は確か魔導結界をすり抜けられるんだよね。同じような魔導機械があれば抜けられるんじゃない?」


 アリナは魔導要塞が魔導結界を超えて来た事を思い出す。


「そういう物があるなら魔族連合が使ってる筈。ドワーフの工房に魔導機械がいくつかあるとは言ってたけど恐らく魔導結界を超えられる物は無いと思う。

エルは魔導結界を超えられる物を何か知ってる?」


「あの結界は厚みがあり、特殊なパターンで出来ているので魔導要塞サイズの巨大な機械で無いと安全に突破出来ないと考えられます。ワタシはそういった類の機械を記憶して無いです」


「エルがそう言うなら多分魔導要塞を探してこないと無理だと思う。で、現存する魔導要塞があるとは思えない」


「八方塞がり……」


 連日の移動で疲れた顔のソシラが呟く。


「あの、ホムラさんの居る星界に行ってみるのは駄目なのでしょうかぁ?ホムラさんに頼めば王国まで連れて行ってもらえるのではないですかねぇ」


 ミアンが竜神のホムラに助けてもらう案を出す。確かにホムラなら魔導結界など関係無く王国に行き来していただろう。


「それは出来ない。ホムラは人間に手を貸すつもりは無いって言ってたし、わたしもこれ以上ホムラに頼りたく無い。

これはわたしが我儘で始めた事だからわたしが何とかする」


「だったらあたしの方が責任があるよ。

そうだ、1つだけ方法があるかもしれない。お姉ちゃん、これを調べてもらってもいい?ディスジェネラルのヴァンパイアのソルデューヌが何かあったら連絡してくれって渡してきた魔族の道具なんだけど」


 アリナはそう言って以前ソルデューヌに渡された石のような呪具をアンクレットから取り出してスミナに手渡す。


「分かった、調べてみる……」


 スミナは道具に触れて集中する。道具の使い方と記憶を見ているのだろう。


「これは対になってる連絡装置で、盗聴や位置を知られたりはされない。ただ、そのソルデューヌというヴァンパイアも慎重みたいで普段は記憶が読めない場所に仕舞っていて持ち出した時とアリナに手渡した時の記憶しか残ってない」


「罠じゃ無いって事ね。ソルデューヌは信用は出来ないけどレモネ達相手に手を抜いてくれたし、一応あたしが失敗した時も庇ってくれた。賭けになるけど王国まで逃げる手伝いをしてくれるかもしれない」


「ミアンは反対です。魔族を頼っていい結果になるとは思えません」


「私も同意見です。それを使用するのは最終手段にした方がいいと思います」


 ミアンとメイルがソルデューヌに連絡するのを反対する。


「確かにそうかもしれない。これは仕舞っておくよ」


「わたしとアリナで周囲を調査するようにしよう。ここはエルがいれば敵が来たら分かるし、いざとなればメイルの魔導具で隠れられるだろうから」


「そうですね、人が多いと見つかりやすいでしょうし、お嬢様達なら何とか出来るでしょう」


 スミナもアリナも大分体力も魔力も戻って来たので2人で調査に出かける事に決まった。アリナは危険を察知出来るし、スミナは神機しんきのような特別な道具が近くにあれば感知出来るからだ。

 しかし、半日ほど周囲を調査したが敵の監視がかなり強化されているのが分かったぐらいでアリナ達には何も成果は無かった。


「暗くなって来たし今日は帰ろう」


「そうだね」


 アリナがそう答えた時だった。アリナは危険は察知しなかったが何者かの気配が近くにある事に気付いた。


「お姉ちゃん」

「うん」


 スミナも誰かが近くにいる事に気付いているようだ。アリナはそれが誰であろうと騒がれる前に倒してしまおうかと武器を構えていた。近くに敵の気配は無いのでそれが一番安全だと。


「アリナさん、やっと見つけましたー」


 アリナが動くより先に相手が声を出した。その声にアリナは聞き覚えがあった。アリナは武器を納め、スミナに警戒は解かないようにと目配せする。


「ミボ、なんでこんなところに居るの?」


 夕闇の中アリナ達に近付いて来たのはデビルでディスジェネラルであるミボだった。ピンク色の肌のデビルだが、以前と同じく聖教会のローブを着ていた。人間との和平を望んでいると本人は言っているが、魔族連合の命令でアリナ達を探している可能性がある。


「安心して下さいねー。ミボは誰かの命令で来たのでは無くて、アリナさん達を助けたくて内緒で来たんですよー」


「あたし達を助けるってなんで?そんな事したら魔族連合を裏切ってるって事でしょ」


 アリナはミボにこちらの考えを見透かされてるようで、気を付けながら喋る。


「前にも言った通り、ミボは人間と魔族が平和に暮らせる世界を望んでるんですよー。アリナさんやお姉さんのスミナさん達はそうした未来に必要な人物だと考えているんですー。たとえ魔族連合に逆らっても助けたいと思ったんですよー」


「そんな事言っても信じられないよ。ミボが誰かにつけられてる可能性もあるし」


「大丈夫ですよー。ミボは影武者を置いて来ていますし、誰にも気付かれていない自信があるんですー」


 アリナはミボの言う事がどうしても信じられない。ここでミボを殺してしまった方が安全なのではと考えてしまう。


「アリナ、一応話だけでも聞いてあげようよ。

ミボさん、ですね。わたしの事は知ってるみたいですので自己紹介は省きます。

それで、助けてくれると言っていましたが、具体的にどういった事をしてくれるんですか?」


 不審がるアリナを宥めスミナが質問する。


「流石スミナさん、ミボが思った通り頭の回転が速いんですねー。

今、魔導結界を突破出来るゲートは全てデビルのガズ様の監視下にあるんですよー。ですが、ミボ以外のディスジェネラルに知られていないゲートが一つだけ存在してるんですー。ミボはそこにアリナさん達を案内してあげるつもりですー」


「ゲートは王国側で許可しないと使えない筈。誰か王国側に協力者がいるの?」


「いえ、そのゲートはあくまで一方通行で王国側の許可は必要無いんですよー。その代わり戻っては来れませんけどねー」


「お姉ちゃん、この話やっぱり怪しいよ」


 魔導結界を超えるゲートだと言って騙せばアリナ達を一箇所に捕らえる事が出来る。一方通行というのがまさにそれらしい理由にアリナには聞こえた。以前ソルデューヌにミボが人を支配する為に協力してる振りをしているという話を聞いたのを思い出す。ソルデューヌ自体も怪しいが、ミボが怪しいのは確かだ。ただ、ミボから危険は相変わらず感じられない。


「アリナの言う通りわたしも貴方の言う事を信じる事は出来ません。わたしは魔族に対して信頼関係が抱けるとは考えていませんので。勿論魔族の中に人間に好意を持つ存在がいないとも断言出来ませんが」


「魔族と人間の歴史を考えれば当然かもしれませんねー。それでもミボは共に歩む道を探したいと思ってるんですー。

そこで、ミボにいい考えがあります。今近くに聖女のミアン様がいるんですよね。ミアン様なら嘘を見抜く魔法を使えると思うんです。それでミボが嘘をついていないか確認して貰えばいいんじゃないですかー?」


 ミボはあくまでペースを崩さず話す。聖教会の魔法には嘘や悪意を見抜く魔法があるとアリナも聞いた事があった。確かにミアンならミボが本当の事を言ってるか判別出来るかもしれない。ただ、ミボをミアン達のところに連れて行けばみんなの居場所がバレ、全員を危険に晒す事になる。


「お姉ちゃん、どうする?」


「ミボさんがそこまで言うならわたしは連れて行ってもいいと思う。例え裏に何らかの思惑があるとしても、王国に戻れるのが事実なら利用させて貰った方がいい」


「その通りですよー。例えミボが狂ってるだけだとしても、嘘をついていないなら王国に戻れるわけですからねー」


「分かった。

でもミボが少しでも変な行動を取ったら迷わず攻撃するから」


「それでいいですよー。ミボは決して戦ったりしないですからねー」


 優しく微笑むミボは本当に不気味に感じる。だが、どちらに転ぶにせよ何かしらの進展があるのは確かだ。もしミボが嘘をついていたならディスジェネラルを1人倒せる事になるのだから。

 アリナ達は周囲を警戒しつつミアン達が待っている廃墟へと戻ってきた。廃墟では既にアリナ達が戻って来たのに加えて誰かを連れて来ている事に気付き、臨戦態勢のエルやメイル達が待っていた。


「お嬢様、一緒に居るのはどなたですか?見たところデビルに見えるのですが……」


「敵意は無いから安心して。彼女は前に話したディスジェネラルの1人でミボっていうデビルよ。あたし達を助けてくれるって言うからそれが信じられるか判断する為に連れて来たの」


 警戒するメイルにアリナが答える。それを聞いた皆の警戒心が更に上がったのが感じられた。


「ミボさん、なぜデビルの貴方が聖教会のローブを着ているのですか?それはどこで奪ったんです?」


「奪ったなんてとんでもないですー。これはミボが聖教会の方が着ている服を参考に自分で作ったんですよー。聖教会の方達もよく出来ているって褒めてくれましたー」


「そんな事はあり得ません。それはミボさんがこの地を支配しているデビルだから恐れで言っているだけです」


 ミアンはミボを絶対に認めないようだ。


「聖女のミアン様ですよねー。お会い出来て嬉しいですー!!」


 ミボが喜んでミアンに抱き付こうとしたのでアリナは咄嗟に手を出してそれを止める。ミアンが戦い始めてもおかしくないからだ。


「ミアンもミボさんも落ち着いて下さい。

ミアンが許せないのは承知の上で、それでもミボさんが助けてくれるという話が本当か判断したいの。もしミボさんが言う通り王国へ戻れるなら、わたしはそれを使って戻りたいと思う。

ミアン、貴方なら相手がデビルだろうと言っている事の真偽を判断する魔法が使えるんだよね?」


「確かに私の魔法なら言っている事の真偽が分かります。もし抵抗したり、嘘をついていたらデビルだろうと誤魔化せません。

ですが、もし助けてくれるのが本当だとしても、魔族の援助を受けていいのでしょうか?」


 ミアンは絶対に魔族の助けは受けたくないようだ。


「今のところ他に方法が無いし、わたし達の使命は生きて帰る事。その為ならどんな手段だろうと使うべきだとわたしは思う」


「あたしも借りを作ろうが、なりふり構ってる場合じゃないと思う。今みんなが生きてるのだって奇跡みたいな状況なんだし」


 スミナとアリナはミボの助けを借りるべきだと判断した。流石に双子がそう言ってしまうと反論は出来ないが、皆は魔族の力を借りる事にいい顔をしていなかった。


「皆さん、この辺りに魔族はいないようですし、少しだけミボの話を聞いて貰ってもいいですかー?」


「時間がかからなければいいですよ」


「変なことをしたら攻撃するからね」


 アリナはミボが人を誘惑していると聞いた事を思い出し、警戒心を高めた。彼女の言葉には人を惹き付ける力があると。それがデビルの呪闇術カダルの効果ならばアリナにも判断は出来る。


「ミボはデビルの中でも浮いた存在でしたー。どうしてデビルと人間が争う必要があるのか子供の頃から不思議に思ってたからですー。それには何か理由があるのではとミボは人間を研究する事にしましたー。するとどうでしょう、多くの人間は争いなど望んで無かったんですー。一部の権力者や欲深い人間が争いを起こしているのが分かりましたー。

そして研究してミボが感動したのが聖教会の教えでしたー。そこには愛と平和の願いが込められ、身を挺して争いを止める事の尊さがありましたー」


 ミボは慈愛に満ちた表情で言う。ミボは特に魔法もカダルも使用しておらず、普通の言葉で喋っていた。しかしその声と言葉にはどこか話を聞いていたいと思わせる何かがあった。


「だからミボは最初は形だけのマネですが、聖教会の教えに沿って行動をしてみたんですー。丁度魔王様が討伐されて、人間も魔族も出会えば殺し合いを始める時期でしたー。ミボは魔族に襲われそうになった市民を助けて逃がしたり、魔族が来る前に情報を教えたりしましたー。でも、人間には信じて貰えず、魔族からは裏切り者と責められましたー。

ミボはそんな中で力の弱い魔族や人間に敵意を抱いていない魔族を集め、共存を望む集団を作る事にしましたー。ミボ1人では出来る事が限られますからねー。ミボ達は迫害され、嫌われても自分達の信じる聖教会の教えに従って行動を続けたんですー」


 もしミボが言っている事が事実なら、それはデビルとしては狂人の行動だ。だが、人間側の視点から見れば立派な行いに感じられた。


「結局ミボ達が認められたのは王国が魔導結界を張った後でしたー。魔族連合に人間も加わるようになり、魔族と人間の間を取り持つ魔族が必要になったからですー。ミボはそこで聖教会の教えを守る事で大役を任されたのだと実感したんですー。

それからミボは貧窮した人間を助けるのを頑張りましたー。最初はデビルや魔族だからと白い目で見られましたが、聖教会の教えを実行していくうちにミボ達を迎え入れてくれる人間が現れましたー。ミボはそこで聖教会の服を着るようになったんですー。やがて聖教会の人がミボをデビルの聖女だなんて呼ぶようになりましたが、本物の聖女様を前にしたら恐れ多いですよねー」


 ミボはミアンに微笑みかける。ミアンは冷たい視線でミボを見つめていた。


「その後の事はアリナさんも知っての通りですー。ミボはディスジェネラルに加えられ、同じくディスジェネラルで人間のシホンさんと共に魔族連合の人間達の生活の向上の為に頑張ってるんですー。ルブ様もミボの行動を許可して下さってるんですよー。

そうだ、アリナさんは処刑を依頼された村がどうなったか気になってますよねー。大丈夫ですよ、ミボとシホンさんがあの後村へ戻ってきちんと保護しましたから―。

しかしガズ様も酷い事を命令しますよねー。しかも村人を襲ったのはアリナさんが希望したからなんて話にすり替えてるんですからー」


 アリナの予想した通り、村人は無事だが問題はアリナが起こした事になっていた。


「一つ質問してもいい?

今の話が本当だったとしたらソルデューヌから聞いたミボが接触していた人間が魔族に対して反旗を翻した話が嘘になる。そういう事があったのは事実なんでしょ?」


 アリナはミボの話を聞いて納得出来なかった事を質問する。


「ええ、それ自体は事実ですー。でも、ミボはその人達をそそのかしたりなんてしてませんよー。恐らくミボの活動を気に食わない誰かがミボを貶める為にその人達を使ったんだと思いますよー」


 確かにそれならミボの言う事は正しいかもしれない。人間が魔族に反旗を翻すことはミボに悪名を着せる事になるので、本人がやる意味は確かに無いのだ。


「ミアン様、ミボの言葉に嘘が合ったら分かりますよねー?ミボは嘘をついてましたかー?」


「――ミボさんの今まで喋った内容に嘘はありませんでした……」


 ミアンは苦し気に言う。既に魔法を使ってミボの言葉の真偽を確認していたようだ。


「ですが、聖教会の教えに魔族の言葉に耳を傾けるなとあります。ミボさんの存在自体が矛盾してるんです。

喋った内容も上手く都合の悪い事だけ語っていない可能性があります。流石に隠し事があるかまでは魔法では分かりませんから。私はミボさんを信用してはいけないと感じます」


「ミアン、気持ちは分かるよ。でも、今までの話に嘘が無いならミボさんは人間に味方したいという考えで動いてる。疑ってもきりが無い。

ミボさん、もう一度聞きますが、わたし達を騙さず王国に帰すゲートまで案内してくれるのですか?」


「はい、ミボは嘘偽り無く皆さんを王国に行ける安全なゲートまで案内しますよー。

ゲートは一方通行で王国側に魔族が潜んでいたりもしないですー」


「――今の言葉にも嘘は無いです……」


 ミアンがミボの言う事が信用出来ると判断した。アリナも疑わしいが、ここまでに魔法などの反応は無く、ミボが罠にはめようとしてるわけじゃ無いと感じる。


「ミボさん、これだけは言っておきます。ここで貴方に借りを作ったとしてもわたし達は恩義を感じて今後敵対した時に貴方を助けたり、逃がしたりはしません。貴方は一方的にわたし達を助けただけになります。それでもいいんですか?」


「勿論ですよー。ミボはアリナさんやミアン様を助けられただけで大満足ですー。皆さんが平和な世界には必要な人達だとミボは思ってるんですよー」


 ミボの言葉にミアンは頷くだけで嘘が無い事を示した。もしミボが人間だったならば聖教会の人間としてこれほど立派な人物はいない事になるだろう。ミアンはそれを認めたくないのだろう。


「それじゃあ早速出発しましょうかー。

と、その前に、ミアン様、お近づきの印に握手をして貰えないでしょうかー」


 ミボがミアンに向かって手を差し出す。ミアンはどうするか考え動きが止まってしまう。アリナはミボが何か術をかけるかと警戒したが、その様子は無く敵意も当然無い。結果としてミアンの聖女としての行動を試される形となってしまった。

 少しだけ悩んだミアンは顔を上げ、決意を固めた表情で言う。


「分かりました、ミボさん、握手をしましょう。

ただし、これは聖女としての行動でも、聖教会の信徒としての行動でもありません。

あくまで今回助けて頂く事にミアンという1人の人間が感謝を示す為の握手です」


「ありがとうございますー。流石ミアン様は立派ですー」


 ミボは笑顔で、ミアンは張り付いた表情で右手で握手を交わす。何か起こるのではとアリナは警戒を続けたが、2人の手は何の問題も起こらず離れていった。


「ではご案内致しますねー」


 ミボは浮き浮きの表情でアリナ達の案内を開始したのだった。

 日が暮れて来たがミボの足取りに迷いは無く、周囲には魔族やモンスターは勿論、野生動物すら襲って来なかった。まるでミボが完全に安全なルートを準備していたかのようだ。


「この建物に隠した地下があり、そこにゲートがありますよー」


 夜は更けて既に深夜になっていた。場所としては遠かったが敵と出会わなかったのは幸運だった。丁度魔導結界付近の山と山の間の谷にその建物はあり、山の上からは見え辛く、見えてもただのボロ家にしか見えないだろう。


「ゲートはスミナさんが使えますよねー。ミボはここで見張りをしてますのでここでお別れですー」


「危険は感じないし、大丈夫だと思う」


 アリナは建物の中を確認して言う。


「ミボさん、今回の事に関しては感謝します。ありがとう」


「いえいえ、当然の事をしたまでですよー」


 スミナがミボにお礼を言う。


「ミボさん、私は魔族を許す事は出来ません。

ですが、貴方の今回の行動には敬意を表します」


「ミボこそミアン様に会えた事に感謝していますよー。またお会い出来る日を楽しみにしてますねー」


 ミアンもミボに出来る範囲の礼を伝える。その後メイルやレモネもお礼を言って建物に入っていった。最後に残ったのはアリナだ。


「ミボ、あたしはまだあんたを信用出来ない。だけど魔族連合の人間達を助けたり、あたし達をここに連れて来てくれた事は感謝してる。

また会う事が合ったら仲良く出来たらいいね」


「ミボは近いうちに再会出来ると信じてますよー。

あとアリナさん、1つだけミボからお伝えしたい事がありますー。

王国の騎士団の高い地位の人に魔族連合と通じてる人がいるみたいですー」


「分かった、頭には入れておく。じゃあね」


「はい、お元気で―」


 アリナはミボと別れ建物の中に入る。ミボの言っている事が本当なら重要な情報だが、ミボが混乱を起こす為にわざと言っている可能性もある。後で姉にだけ話そうとアリナは思うのだった。

 建物は古びた木の小屋だがテーブルの下に隠された地下への通路があった。地下に降りると厳重な鍵のかかった部屋がある。スミナはそれを難無く開け、中に入った。そこには確かに異様な形状のゲートがあった。スミナはそれに手を触れて調べる。


「どう?」


「うん、これはミボが言った通り魔導結界を超えられる王国への一方通行のゲートだ。罠も無い。しかも今まで誰も使って無い。ミボしか知らないというのは本当だと思う」


 スミナはそう言いながらゲートを起動させる。


「それじゃあ、みんな、王国に戻ろう」

「「はい!!」」


 スミナが起動したゲートに全員で飛び込むのだった。

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