23.アリナ対ダークアリナ
アリナとスミナは追い詰められていた。万全な状態の魔宝石のエルは居るものの、アリナは魔力も体力も限界で、スミナに至っては満身創痍ですぐにでも回復が必要な状態だからだ。一方対するは無傷の魔族の転生者であるレオラと大量の闇機兵を吸収した闇術鎧から産まれたダークアリナが居るのだ。どう見ても勝ち目は無かった。
「お姉ちゃん、あたしが時間稼ぎをするから、その間にエルちゃんと逃げて」
「無理だよ、アリナ」
「今度こそお姉ちゃんを守りたいの」
アリナは魔神ドヅとの戦いでスミナが自分を守って死んだ事をずっと後悔していた。だから今度は自分が死んでも姉を救いたいと思っていた。この事態は自分が招いたものだからというのも大きい。
「ムリよ。今のアリナじゃアタシ1人だって数秒も足止め出来ないわ」
「やってみなきゃ分かんないじゃん」
アリナは余裕ぶったレオラの言う通りだと内心思っていた。だが、虚勢でも出来ると言わなければならなかった。ダークアリナはレオラの指示を待っているのか、動かず止まっている。だが、アリナが感じる危険の度合いはレオラを大きく超えていた。
「弱った相手をいたぶるのは趣味じゃないけど、こうなったのはアナタ達の自業自得よ。全員ここで死んで貰うわ」
「させない!!」
アリナは赤い魔導鎧を身に着け、剣を構えてスミナを守るように一歩前へ出た。魔力が尽きかけてるので魔力を物質化する祝福は使えない。危険察知の祝福だけで避けて戦うしかないだろう。レオラとダークアリナの2人を相手にするのはかなり無茶な話だった。
「間に合ったみたいですね」
「メイル!?」
アリナは背後からメイルの声が聞こえたので驚く。見るとメイルの他にもレモネとソシラとミアンもどこからともなく現れていた。
「今回復しますね、スミナさん」
「ありがとう。4人とも無事で良かった……」
スミナはミアンに魔法で傷を癒されながら言う。4人に転移の魔法が使える者はいない筈なので、何かの魔導具を使ってここまで来たのだろうとアリナは思う。
「みんな、ごめんなさい」
「話は後にしましょう。今は敵に集中して」
アリナの謝罪をレモネが止めてくれる。確かに敵を目の前にしてする話では無い。
「どういう事だ?なぜオマエ等がここに居る?」
レオラも流石に予想外だったようで意外な顔をしている。アリナもディスジェネラルの2人に勝ってここに来ることは無いと思っていた。
「もしかして2人とも倒して来たの?」
「いえ、そうではありません。想定外の事態が起こったんです。やはりお2人と一緒だと奇跡が起きるのだと思います」
「その話は後できちんと説明しますんで。
時間がかかれば他の敵が来ます。早くこの場を何とかしましょう」
ミアンの言葉にメイルが少し恥ずかしそうに言う。メイルが何かをしたのだろうが、それが何かアリナには想像がつかなかった。結果として4人がここに居る事実が全てだとアリナは今はそれを考えない事にした。
アリナとスミナの戦いの決着が付く少し前まで少し話を遡る。
聖女ミアンは戦いを援護しながら歯がゆい思いをしていた。メイルと剣士マサズの戦いは凄まじい速度の攻防が続いている。メイルは傷だらけになっており、魔導鎧の顔を覆う部分は既に破壊され素顔が晒されていた。傷自体はミアンの再生の魔法で何とか重症にならず、倒れず戦えている状態だ。
レモネとソシラと獣人のグラガフとの戦いは2対1で数で有利でもグラガフに圧倒されていた。2人は何とか致命傷は避けていたが、こちらからの攻撃がグラガフの凄まじい再生能力のせいでほぼ無傷となり、その差は歴然だった。獣人という種族が人間やモンスターとは別の独自の進化を遂げ、魔法が使えない代わりに運動能力と再生能力に特化しているのだ。それに加えてグラガフの鎧も特殊な効果があるのが問題だった。
(ミアンにも何か出来ればいいのですが……)
敵地に乗り込むにあたり、ミアンも直接戦闘する覚悟をしていた。普段はあまり戦闘を行わないが、武器や魔法での戦闘訓練はミアンも行っており、いざという時は直に戦うつもりだった。また、双子の母である前聖女のハーラから昔ハーラが使っていた魔導鎧を渡され、今着ているこの白と青のその鎧は直接戦闘でこそ効果を発揮するものだった。
しかし、それは相手が魔族やモンスターの時の話で、ミアンの魔法は人間や獣人相手には使い辛いものばかりである。なのでいつもの通り仲間を回復や援護する為の魔法しか使えず、あとは自分の身を守る事に専念するほか無かったのだ。聖女用の魔導具の剣も持っているが、マサズやグラガフ相手に剣を使えるほどの技量はミアンには無い。仲間に迷惑をかけないように遠くに居るのが一番大事だとミアン本人が分かっていた。
それに、ミアンにはここでやるべき役目があった。それまでは力を温存しておく必要があるのだ。
『ミアン、もうすぐ決着が付く。急いでこっちに来て』
すると早速その時がやって来る。ミアンの役目はスミナからの魔法の連絡を受け、この場を収拾して皆をスミナの居る場所まで連れて行く事だ。だが、他の3人はまだ戦闘中で、敵から逃げるのも難しい。
(とにかく一旦仕切り直さないと)
ミアンはみんなに伝える意味も込めて聖なる波動の魔法を周囲に放った。これなら魔族に与してる心が少しでもある者には多少の影響が出る。神聖な光が周囲に広がり、戦っているメイルやレモネの元にも届いた。グラガフもマサズも危険を感じて防御態勢を取る。その隙にメイル達はミアンの元へと集まった。
「お嬢様達の戦いが終わったんですか?」
「もうすぐ終わると連絡が来ました。ただ、どうやってこの場を離れるか考え無いといけません。
せめてあの2人が油断してくれたのなら方法はあるのですが」
逃げるだけならその手段は既にあるのだが、そうすると敵に追われてより危険な状況になってしまう。ミアン達に任されたのは敵を倒すかその場に留まらせてから合流する事だ。スミナはアリナを救出する為にはそれが絶対条件だと救出前の計画で言っていた。
「分かりました、お嬢様達の為に無理をしましょう」
「私達もまだやれるよね、ソシラ」
「疲れたけど頑張る……」
ミアンは3人の言葉を聞いて心苦しくなる。傷の回復は出来ているが、肉体と精神の疲労は溜まっている筈だ。ミアンの魔法ではそれを完全に回復させる事は出来ない。
聖なる波動は邪な心を持つ者に精神的なダメージを与える魔法だが、マサズもグラガフもすぐに回復していた。魔族連合に居るものの、そこまで悪に染まっていないか、単純に精神力が高いのかもしれない。2人は再び戦う為にこちらに向かってくる。が、そこでマサズがグラガフの前に刀を出して動きを止めた。
「何だ、マサズ。1人で戦いたくなったのか?」
「そうではない。あの者達と少し会話がしたい。しばし待っていて欲しいでござる」
「同情でもしたのか?まあいい、オマエの好きにしろ」
グラガフは殺意を消して立ち止まる。マサズは兜を脱ぎ、刀も鞘に収めてミアン達の方へと向かって来た。
「それがしはヤマトの国の王、マサズ・ヨシバと申す。
そちらの緑髪の娘、名を聞いてもよろしいでござるか?」
「私ですか?いいですよ。
私の名前はメイル・ハバモと言います。
それで、どういうつもりですか?」
名前を聞かれてメイルは答える。メイルとしては相手が戦う意思を無くしたので交渉のチャンスだと考えたのだろう。兜を脱いだマサズは20代中頃の青年に見えたが、黒髪の頭の真ん中に一本の黒い角が生えており、ただの人間では無いのが分かる。ただ、邪悪な気配は感じず、ミアンはマサズが魔族では無いのが分かった。
「メイル殿、それがしの嫁になってくれぬか?」
「はぁっ!?」
突然の求婚にメイルは突飛な声を上げる。もちろんミアン達もこの申し出には驚いた。以前竜神ホムラにスミナが求婚された事があるが、明らかに敵対していたマサズがいきなり同じことをしてくるとは思わなかったからだ。
「マサズ、オマエ正気か?」
敵のグラガフもこの行動は予想外だったようだ。
「正気だ。それがしは王の身、既に婚姻の話が多く上がっている。だが、昔親に勝手に決められた許嫁も縁談に上がる娘もオニの血が濃く出た巨人の如きおなごばかりなのだ。
勿論力強いおなごは子孫繁栄には重要だとは分かっておる。しかしそれがしの好みはメイル殿のような細身のおなごなのだ。メイル殿は強く、美しく、しなやかで、まさにそれがしの理想のおなごの姿だ。
メイル殿の力量なら国の者も認めてくれるだろう。メイル殿、是非ヨシバ家の正妻になってくれぬでござるか?」
「ちょっと待って下さい。さっきまで敵対して殺し合いしてましたよね。そんな相手と結婚出来ると思いますか?」
メイルは動揺しながら答える。ミアンは王の正妻なら悪く無い話なのではと思ってしまっていた。また、敵対していた相手に求婚されるのも物語みたいでロマンチックだとも。マサズは強く、顔も良い。貴族では無い人間にとってはまたと無い縁談話だろう。
「ヤマトの国では敵対者と和解の証として身内を縁談させるのはよくある話だ。
もしやメイル殿は既婚者でござったか?」
「結婚してませんし、付き合ってる人もいません!!
見たところ私の方が年上ですし、冗談で言ってるとしか思えません」
「冗談などでは無い。本気で惚れたのだ。
まさかメイル殿には想い人がおるのか?ならばその者と戦い、どちらが強いか決めるでござる」
「想い人なんていませんし、私は強さで相手を決めたりしませんから」
メイルは必至に否定する。その様子からメイルにもそういう人がいるのだろうとミアンは思った。ここで2人の会話を聞いていたい気持ちもあるが、ミアンは急がなければいけなかった。そして、マサズもグラガフも結婚話で完全に油断していた。
「すみません、話はここまでです!!」
ミアンはマサズとグラガフに向けて聖教会の秘術の封印魔法を放つ。これは人間相手でも効果があり、数時間その場に封印する事が出来るのだ。マサズもグラガフも精神力は高いが、油断したタイミングだったので見事に動きを封じる事が出来た。封印は中からも外からも解除するのはかなり難しい。
「急ぎましょう。マサズさん、不意打ちする形ですみません」
「ぬかった。
メイル殿、それがしは返事を待ってるでござる」
「私は貴方と結婚するつもりは無いですから。
ですが、好意で戦いを止めてくれた事は感謝してます。それでは」
ミアンはマサズに謝罪し、メイルも一応礼だけ言う。
「今度会う時は絶対倒すから」
「クソ、こりゃまた怒られるな。
オマエら生き残りたければもっと強くなるんだな。
アリナによろしく言っといてくれ」
レモネに対しグラガフは悔しそうに言う。ソシラはグラガフにお辞儀して踵を返した。こうしてミアン達は何とか戦いを終えてスミナ達の元へと向かったのだった。
話は再びアリナ達と合流したところまで進む。
レオラは忌々しそうに合流してきたメイル達を睨んだ。
「まあいい、ザコどもがいくら増えようが結果は変らないわ。アナタ達はここで死ぬ運命なのよ」
「そんな事ありません。わたし達はこの状況を切り抜けてみせます」
余裕ぶったレオラに対して傷が治ったスミナが言い放つ。しかし、スミナが限界の状態なのは変わらず、人数が増えてもこちらが不利だとアリナは考える。だからアリナは覚悟を決めた。
「お姉ちゃん、ダークアリナはあたしが何とかする。だから他のみんなでレオラの相手をして」
「アリナ、出来るの?」
「分からないけど、一対一なら出来る気がする」
「分かったわ。エル、アリナに力を」
「分かりました、マスター」
スミナに言われてエルはアリナに近寄り手を触れる。するとアリナの身体に魔力が流れ込んできた。一方エルの姿は煌びやかな姿から以前と同じ戦闘形態へと戻っていった。
「今出来る範囲で回復します」
ミアンもアリナに魔法をかける。すると疲労と体力が回復していくのが分かった。
「2人ともありがとう。
レオラ、悪いけど負けないよ」
「粋がっていられるのも今の内よ。ダークアリナは強くなった時のアナタの分身、勝てる可能性は無いわ」
「言っちゃ悪いけど、今のあたしは前とは違うから」
アリナは自分がスミナと和解してどこか強くなった気がしていた。多分それは勘違いなどでは無い。
(みんなに迷惑かけた分、あたしがやらないと)
アリナは過去の自分を恥じ、その穴埋めをするのが今の使命だと思っていた。
「いいわ、希望通りダークアリナと戦わせてあげる。何分もつかしらね。
ダークアリナ、やりなさい!!」
「!!」
レオラに命令されたダークアリナはアリナに向かって一直線に突っ込んでくる。アリナは他のみんなに被害が出ないように飛行して場所を移動した。
「さて、アナタ達はどれだけ楽しませてくれるのかしら?」
レオラは残ったスミナ達に怪しく微笑むのだった。
(分かっていたけど、速い!!)
アリナはダークアリナの攻撃をギリギリでかわした。危険察知の祝福と自分自身の癖を考えて対応出来たが、これが続くとなればかなり厳しい。先程までこれの相手をスミナがしていたのだと思うと本当に姉を尊敬する。
(でも、負けるわけにはいかない!!)
アリナは反転したダークアリナに対して魔力で複数の刃を作り出して攻撃する。エルに魔力を回復して貰えたので手数が増えたのは本当に助かったと思っていた。
飛んで来る刃に対してダークアリナは最小限の動きで全て回避する。アリナの危険察知の祝福をコピーしているのなら造作もない事だろう。だが、アリナは回避した直後を狙って魔導具の武器を伸ばして攻撃した。これもダークアリナは軽々と避ける。自分自身と戦う機会なんてあると思わなかったが、やはり危険察知はチート能力だなと実感した。
「あんたあたしなんでしょ。なんか面白い技見せてよ」
「……」
ダークアリナは喋れないようで、無言でアリナの前後左右にトゲの付いた壁を作りだす。これで逃げ道を塞いだのだろう。だが、アリナは自分がやる事の弱点を知っている。アリナは即座に鉄球の付いたこん棒の形状に武器を変え、それで壁を一点突破で破壊した。壁は相手を心理的に追い詰め、動いた所を狙う作戦だ。即座に対応するのが一番の攻略法になる。
ダークアリナは壁を破壊したアリナを狙ってきたが、それもアリナは予測していたので攻撃を防ぐ事が出来た。ただ、パワーの違いは明確で、防ぐだけでもアリナは吹っ飛ばされていた。
(でも、近接でやり合うより距離を取った方が対策を取れる)
アリナは状況を自分が有利になるように考え、次の事を考えた。自分ならどうするか、自分なら何が嫌かを。魔力量が多いダークアリナは魔族のゴーレムであるダームを自分と同じ姿で5体作って一緒に攻撃してきた。魔力量が多いからこそ出来る作戦だ。アリナはスミナのようにダームの支配を奪う事は出来ない。となると一体ずつ破壊する必要がある。
(あたしにお姉ちゃんと同じ事は出来ない。あたし流でやるしかない!!)
アリナは魔力で槍を作り、次々とダームを破壊する。そこを狙ってダークアリナは複数の剣をアリナの上下から放って攻撃してきた。アリナは魔力で壁を作って剣の速度を落としてその間に回避する。そこにダークアリナが現れ、両手を刃にしてアリナを挟むように攻撃した。アリナは何とか急降下して避けたが、その際に髪が少し切られていた。一瞬遅ければ首が飛んでいただろう。
(何とか避けれた。
でも、あたしと戦ってるにしては何かおかしい気がする。それさえ分かれば勝てるかもしれない)
アリナは戦いに違和感を感じており、それが勝利の鍵である気がしていた。
スミナ達は数では圧倒している筈なのにレオラに追い詰められていた。エル以外が今までの戦闘で疲弊し、エルも動力源である魔力をかなりアリナに譲った事で本来の強さでは無くなっている。それに加えスミナは戦闘の要である魔道具の数々をアリナ戦でかなり使ってしまったのが大きかった。
そんな中、比較的余力があるのがミアンだ。ただ、直接的な戦闘には参加出来ず、仲間の援護に徹していた。
(このままではどんどんこちらが消耗してしまいます。今度はミアンがスミナさんを助ける番です!!)
ミアンはレオラが自分を戦闘要員と見ていない今がチャンスだと考えた。スミナ達5人は協力してレオラに攻撃を仕掛けているが、レオラはそれらを防いで、かつ反撃をしている。レオラは余裕があり、戦闘を楽しんでいるようにも見えた。
(今です!!)
ミアンは自身に身体能力向上の魔法をかけ、剣を片手にレオラへと駆け出した。レオラはミアンの動きに気付くが、他の5人の相手を優先してミアンが近付く事を妨害しない。攻撃を仕掛けられてから対処すればいいと考えているのだろう。ミアンは上手く行ったと思うと共に、この攻撃だけは外せないと気合を込めた。
「聖なる印!!」
ミアンは力強く剣を地面に叩き付けた。レオラはミアンの行動でしばらく何も起きないのを怪しく感じたが、スミナ達との戦いに集中し、その場から逃げる事はしなかった。するとレオラの真下から凄まじい魔力が沸き上がる。攻撃が来たと感じてレオラは回避しようとするが、既に遅かった。地面には巨大な聖教会の印の魔法陣が描かれ、そこから真上に向かって光の柱が伸びたのだ。スミナ達も含めてみな光の柱の中に入っていた。ただ、魔法の影響を受けたのはレオラだけだ。
「何だ、これは……」
レオラの強化された皮膚がどんどんと溶けていき、身体が小さくなっていく。レオラの動きは鈍くなり、魔力も少なくなっていた。これこそ聖教会の聖女にしか使えない秘儀で、魔族の力を消し去る技だ。弱い魔族ならこれだけで死に至る。強力な技だが一日に一度しか使えず、魔力の消費も激しく、柱の光の中でだけ効果が発揮されるという限定的な技である。
「皆さん、今ならいけます!!」
「ミアン、ありがとう」
スミナ達はミアンに礼を言って一気に反撃を行うのだった。
アリナは全身傷だらけになりつつもダークアリナの猛攻をしのいでいた。パワーも速度も魔力も自分より上のダークアリナの攻撃を受け切れたのは相手が自分のコピーであり、どの攻撃も自分が使った技だったのが大きい。アリナの攻撃もいくつか当てる事は出来たが再生能力が高いダークアリナにとってはかすり傷のようなものだ。
(予想外の攻撃が来ないだけいいけど、これじゃ埒が明かない)
アリナの体力はスミナとの戦いで限界が近付き、エルに貰った魔力も大分消費してしまった。本来焦るべき場面なのだが、なぜかアリナは追い詰められた気がしなかった。姉との戦いを経験し、集中力が増し、前よりかなり強くなったのかもとすら思っていた。
(って、そんな簡単に強くなれるわけないか。
でもなんか変だ、段々対応するのが楽になってる気がする)
アリナは戦っているうちにどこか懐かしい気持ちになった。転生する前にゲームをやっていたのを思い出す。ゲームでどうしても倒せない敵を何度もリトライしているうちに攻略法を見つける感覚だ。そこでようやくアリナは違和感の正体に気付いた。
(分かった!!これは対人戦じゃなくてCPU戦なんだ!!)
アリナはゲームでいうところの人と対戦する時とコンピューターと対戦する時の違いを思い出して納得する。相手がコンピューターの場合は確かに反応速度やこちらの行動に対する的確な対応は速いが、同じ行動しかしなかったり、どこかに隙があるのだ。対人の場合だと毎回同じ行動をするわけでは無く、人特有のムラはあるが、想定外の行動もあるからこその緊迫感があった。
ダークアリナの行動はアリナがやっていた事の真似でしかなく、攻撃も防御もアリナがダルアを身に着けていた時に行ったパターンでしかない。確かにスピードとパワーと反応速度は脅威だが、パターンが限られてるからこそ対応が可能になって来ているのだ。
(それに、多分あたしの祝福も真似してるだけだ)
アリナはダークアリナの危険察知や魔力の物質化もあくまで表面上真似してるだけだと判断した。そうでなければアリナの行動をもっと早く対処出来るし、莫大な魔力を魔力量を抑えて適切な形に変えている筈だからだ。
ダルア自体に知能は有ったようだが、それはアリナと同等の知能では無い。アリナの模倣をしている時点でアリナがダルアを着ていた時に使った攻撃しか使えないのだ。祝福を使った行動も無理矢理模倣しているだけ。ダークアリナはアリナの知識や経験までは備えてない、というのがアリナが導いた結論だった。
(なんだ、だったら方法はいくらでもあるじゃん!!)
アリナは一気に気が楽になっていた。相手が力が強いだけのCPUならいくらでも対処法はあると。
「あんたじゃこんな事出来ないでしょ」
アリナは七色に光る光線を全方位に飛ばし、周囲に作り出した無数の鏡に反射させる。見た目は派手だがこれはただの綺麗な光だ。当たってもダメージも魔法の効果も無い。だが、偽の危険察知能力を持つダークアリナにとってそれらは避けるか防ぐかの対応が迫られる。ダークアリナは光線を律儀に全部避けようとした。アリナは避けたタイミングを見計らって高速の攻撃を入れる。ダークアリナはそれを避ける事は出来ず、何とか防御で致命傷を避けた。やはり光線に対処するのに能力を割いたことで追撃にまで手が回らないのだ。
カラクリさえ分かればあとはアリナのターンだった。ダークアリナの攻撃に対して適切な対応を取り、その際に生まれる隙に攻撃を加えるのだ。そして、ダークアリナが苦手とする大量の攻撃を繰り返し、アリナのペースに持ち込む。戦っていくうちにダークアリナが避け辛い攻撃や動きの隙も見つかり、戦闘は一方的になっていた。
(ダルアを使いこなせていない自分もこんなだったんだろうなあ)
圧倒的な力を持つダークアリナを追い詰めながらアリナは過去の自分をその姿に重ねていた。力任せやスピードだけの攻撃は真の強さでは無いと改めて感じる。アリナはダルアを失った事で自分が更に強くなれたのだと分かった。
「ありがとう。やっぱりあたしに必要なのはそんな力じゃ無かったって分かったよ」
アリナはダークアリナに大振りの攻撃を当てながら言う。しかしダークアリナの魔力は莫大で再生能力が高く、まだまだ倒せそうに無い。アリナは自分の体力と魔力の限界に危機感を持つようになっていた。
(これ以上長引かせるのはヤバいな。何か決め手がある筈)
アリナはダークアリナの攻撃を避けながら考える。アリナはダークアリナの頭や胴体に攻撃を加えたが、そこはすぐに再生してしまった。そもそも肉体を再現してるだけで、脳や臓器が同じようにあるわけでは無い。そこでようやくアリナはダークアリナの弱点に気付いた。
(そっか、本体はダルアの部分だ。ってなると、腕輪を壊せば倒せる筈!!)
アリナは狙いをダークアリナの左腕にある腕輪に定める。しかし、相手に気付かれれば守りを固めてしまうかもしれない。あくまで普通に戦い、隙を突いて腕輪を攻撃する必要がある。そして、やるなら1撃で決めなければいけない。
「っと、危ない」
アリナは考え過ぎて動きが遅れ、ダークアリナの攻撃が太ももを切り裂いた。一瞬遅れたら足が斬られていたかもしれない。パターンが読めたといっても油断は禁物だ。アリナは痛みを我慢しつつ集中する。
(じゃあ、この作戦でいく!!)
アリナは誰が見ても分かる巨大な大剣を作り、それを両手で構える。それと同時に無数の刃を周囲に展開した。ダークアリナはそれを見て攻撃を止め、回避と防御の準備をする。
「行っけーーー!!」
アリナはそう言って無数の刃を縦横無尽にダークアリナの周りに乱舞させた。ダークアリナは慎重に刃を破壊し、回避し、防御した。アリナはその隙を大剣で突っ込む。ダークアリナは大剣を簡単に避け、空振りで隙が出来たアリナへと攻撃しようとした。
(今だ!!)
アリナの狙いはこの瞬間だった。刃も大剣も全て囮でしかない。アリナは魔力で作った見た目だけの大剣から短剣に武器を持ち換えていた。隠し持った武器の魔導具を短剣の形にし、その先端に魔力を集中して鋭さを増していたのだ。アリナはダルアの本体である腕輪部分に狙いを定める。
「これでトドメだ!!」
ダークアリナは攻撃に気付き、本体である腕輪を守ろうと左腕に急いで盾を作り出す。しかし盾の生成が間に合わず、短剣は盾ごと腕輪を貫いた。アリナの全力を込めた攻撃はダルアの腕輪を完全に砕いていた。腕輪が砕けると共にダークアリナの姿も崩れ落ちていく。
「やっぱりあたしは明るい色の方が好きなんだよね」
アリナは消え去るダークアリナに言い放った。
「お姉ちゃん大丈夫?」
アリナがスミナ達の元に戻って来ると、既に勝敗は決していた。レオラは傷だらけで鎧化した皮膚もボロボロだった。
「まさか、ダークアリナがやられたというのか?」
「あれ、未完成品でしょ。ほんとはあたしごと取り込んで、あたしの知識も含まれてるのが完成形だったんじゃない?あれはお姉ちゃんに途中で解除されたからあんな中途半端な姿になったんでしょ」
アリナは勝利して気付いた事をレオラに伝える。
「確かにそうだが、既に十分力を蓄えていた筈だ。弱ったアリナに勝てる筈がない!!」
「残念ながら、勝っちゃいました。
お姉ちゃん、レオラは逃がさないでここでトドメを刺そう。そうすれば魔族連合も弱くなる」
「分かってる、逃がすつもりはないよ」
スミナが何かの魔導具を構えて言う。恐らく転移を阻害する道具だろう。アリナは抜け目ないスミナを見てやっぱり敵には回したくないなと思ってしまう。
「アタシはキサマら人間なんかに負けたりしない!!
そっちだってそろそろ限界の筈だ!!」
レオラがそう言うとどこからともなく魔族の呪具である瓶の形の闇術具を取り出し地面に投げ付けた。割れたダルグから10体ぐらいの兵器であるダロンが飛び出した。レオラが追い詰められて隠し持っていた戦力を出したのだろう。
「兵器の相手は私達がやります。お嬢様達はレオラにトドメを!!」
「お願い、みんな!!」
「りょーかい!!」
双子はメイル達にダルグの相手を任せ、レオラと対峙する。
「お姉ちゃん、行くよ!!」
「うん!!」
2人は一気にレオラに距離を詰めた。レオラは両手を剣の形に変え、双子の攻撃を防ごうとする。スミナはそのままレオラの剣に攻撃を当てたが、アリナはフェイントをかけて姿を消す。レオラは頭上から複数の槍が降って来るのい気付いて急いで回避するが、そこに下からのアリナの短剣での攻撃が迫っていた。
「くっ!!」
レオラは両足を斬られて悶絶する。スミナはその瞬間を見逃さず、レーヴァテインでレオラの身体を貫いた。
「アリナっ!!」
「うんっ!!」
双子は息を合わせ、全力でレオラを切り刻んだ。レオラの腕が飛び、羽根が落とされ、首と胴体が分離する。アリナは短剣でレオラの心臓部分を完全に貫いていた。レオラだったものは地面に落下し、ピクピクと動いていたが、それも収まっていく。
「アリナ、アスイさんに聞いたけどレオラは真っ二つに斬っても生きていたって。もしかしたらこれでも倒せてないかもしれない」
「あたしもレオラの生命力には何か秘密があると思ってる。多分祝福の力だ。
――分かった。あっちに何かいる!!」
アリナは戦っていた場所から少し離れた山の方にレオラに似た存在を感知した。これは呪闇術の一つで近くに居るデビルを探す術だ。アリナが長い時間レオラと共に居たのでレオラの存在を判断出来るようになっていたようだ。
(まさかレオラに貰ったカダルの力がレオラを追い詰める事になるなんてね)
アリナはその存在が山に隠された洞窟の中から感じられるのが分かった。
「お姉ちゃん、あの中にいると思う」
「行こう」
2人は警戒しつつ洞窟に入った。アリナは中から危険は感じられず、ただレオラに似たデビルの存在だけが感知出来た。魔法の灯りで中を照らしつつ進むと、何かが物陰に隠れるのが分かる。
「レオラなんでしょ、居るのはバレてるよ。しかし、どんな技を使ってさっきの状況から逃げたんだか」
「よく見つけたわね。それだけは褒めてあげる」
洞窟の物陰から声が聞こえ、誰かが現れた。その声はレオラには似ているが、少し違った。そして見た目も。
「何、その姿。ホントにレオラなの?」
「しょうがないでしょ、元の姿に戻るには時間がかかるのよ」
出て来たのはアリナより小さい青い肌のデビルの子供だった。よく見ると顔はレオラにかなり似ているが背も胸も小さく、生意気そうなガキにしかアリナには見えなかった。
「まあ、アンタ達にしては頑張ったんじゃない?
じゃあ、また会いましょうね……あれ!?」
「逃がしません。転移は出来ないようにしてあります」
スミナは輝く魔導具を手にしていた。
「子供の姿であろうと、レオラ、貴方がしてきた事は許されるものじゃありません。
ここで死んで貰います」
「ちょ、ちょっと待って。アタシはここで死ぬわけにはいかないの。
ねえ、アリナ、アナタを助けてあげたのはアタシよ。今回だけでいい、見逃して」
子供姿のレオラが懇願する。子供の姿でここに居たのは何かの祝福の力だと思うが、この慌てぶりだと連続しては使えないようだ。アリナはレオラに少しだけ愛着を持っていた。だが、魔族連合を抜けるならケジメを付ける必要がある。
「ごめん、それは出来ない。レオラには悪いけど、あたしがあんたを倒さないといけないの」
アリナは剣を構えた。
「クソっ!!」
レオラは命乞いが効かないと分かると侮蔑の言葉を吐くと同時に何かのカダルを使った。すると洞窟内にピンク色の煙が充満し、レオラの姿が見えなくなる。
「お姉ちゃん、吸わないようにして!!」
アリナは叫びつつ逃げただろうレオラを追う。魅惑の効果があるカダルだろうが、カダルの知識を得たアリナには効かない。レオラは洞窟の外へ逃げようとしているようだ。レオラが洞窟の天井を破壊しつつ逃げているが、アリナは降って来る残骸を華麗に避け、外に出た直後のレオラに追い付いた。
「逃がさないよ!!」
アリナは壁を作りだし、それにレオラを磔にする。レオラはまだ力が戻っていないようで、磔から逃れる事が出来ない。
「アリナ、捕まえられたのね。わたしがトドメを刺すわ」
「ううん、あたしがやる。あたしがやらないといけないの」
追って来たスミナにアリナは言う。ここでレオラを倒せば自分の罪も少しは薄れる気がしたのだ。
「さよなら、レオラ!!」
「助けてぇ!!」
悲痛な叫びを上げるレオラにアリナは頭から剣を振り下ろそうとした。
(え!?)
アリナは突然の危険の察知に反射的に飛び退く。直後、天から稲妻がレオラを張り付けた壁に落ち、“ゴロゴロゴロッドンッ!!”という轟音が一瞬遅れて聞こえた。雷に打たれたレオラの周りには黒いシールドが張られていて無傷のようだ。あのまま攻撃していたらアリナも無事では無かっただろう。
いつの間にか晴れていた空は暗雲に覆われ、辺りを一気に暗くしていた。雲はまだ雷を帯びて所々光っている。
「悪いがこの子にはまだやるべき仕事が残ってるんだ」
暗雲の空から何者かが降りてくる。その声は幼く、男の子のように聞えた。アリナは全身に寒気を感じる。その存在にとてつもない危険を察知したのだ。それは魔神や竜神ホムラを前にした時に感じた強大さだが、本能が感じる恐怖はそれらを上回っている。
「お姉ちゃん、ヤバい。魔神より強いヤツだ」
レオラはシールドが張られた時に気を失ったようで、横向きに浮遊した状態で空から降りて来る何者かの方へと引き寄せられていった。やがてその姿がはっきりと見えた。
「ウソっ!?」
「子供?」
アリナもスミナもその姿を見て驚いた。見た目は貴族の子供が着るような立派な服を着ていて、顔も肌色で、茶色の髪も綺麗に整えられていたからだ。誰が見ても人間の貴族のような高貴な男の子にしか見えない。ただ、その頭には立派な赤い角が2本伸びており、ミスマッチな角の存在が子供の異様さを強調していた。
「――魔王?」
アリナの口からは思わずそんな言葉が漏れ出ていた。今まで見たデビルとの違いとその強さを呼称するのにそれがもっとも相応しいと思えてしまったのだ。
「僕は魔王なんかじゃ無いよ。そんな肩書は余計だしね。
以前の魔王バン君は魔王という立場に固執し過ぎたから狙われて、滅ぼされたんだよ。出る杭は打たれるってね。
僕はそうなりたくないから裏方に徹する事にしてるんだ」
子供の見た目のデビルはとても楽しそうに言う。アリナはこの存在が油断も隙も無いのがよく分かっていた。逆にいつ攻撃してきてもおかしくないと。
「そうだ、僕は2人の事をよく知ってるけど、初めましてだったね。
僕の名前はルブ。一応魔族連合の代表をやってる。アリナ君は知ってるよね」
「あんたがレオラの上司ってわけね。部下をこき使ってようやくのご登場って?」
アリナはルブを睨む。その実力はディスジェネラルの誰よりも強いのは確かだ。結局代表も力が強い者が選ばれるという事なのだろう。
「僕が直接出て行っても上手く行かない事が多くてね。
レオラに2人の勧誘を頼んだんだけど、失敗しちゃったようだ。
それで後始末をしに出て来たんだよ」
「それだけの力を持ちながら、部下が死ぬ直前までいかないと動かないんですね」
スミナがアリナの横に移動してきて言う。スミナも相手の強さを十分理解しているようだ。
「僕はあんまり動き回るのが好きじゃ無いんでね。
それで、今更なお願いがあるんだけど、今からでも僕の仲間にならないかい?
2人ならレオラよりもディスジェネラルよりも上の立場にしてあげるよ。勿論仲間の安全も保障するよ。
僕の強さが分かる2人になら悪い話じゃないと思うけど、どうかな?」
「お断りします。わたしは最初から魔族の話を聞くつもりはありません」
「あたしももう魔族連合から抜けるって決めたし、それを取りやめるつもりも無いよ」
双子は悩まず即答した。そもそもルブの言葉を信じられるほどルブの事を知らないのもある。
「ほらね、やっぱり僕は直接交渉するのが不得意なんだ。
色々2人の事は買ってたんだけど、やっぱりここで死んで貰うのがよさそうだ」
ルブはそう言って近くに浮いていたレオラをどこかに消した。戦闘を始めるつもりなのだろう。双子は顔を見合わせ、どうにかして撤退しようという認識を確認し合う。問題は相手が簡単に逃がしてくれそうに無い事だ。
(こりゃ、ダークアリナ相手の数十倍ヤバいな……)
アリナはスミナの体力も考え、逃げ出せる方法が絶望的だと感じていた。自分が囮になろうが、数分も時間稼ぎ出来ないだろうと。ただ、可能性はまだあると思っていた。
「それじゃあ、さよならだね」
ルブが手を前にかざすと空が激しく光った。
「エルっ!!」
「はい!!」
スミナがそう叫ぶと同時にエルが姿を現し、双子の頭上に巨大なシールドを張った。天から降り注ぐ無数の落雷がシールドにより防がれた。
「遅くなって申し訳ありません、お嬢様!!」
メイル達も姿を現し、ミアンがエルのシールドを魔法で補強した。
「撤退します!!」
「了解しました!!」
スミナの声に従いメイルが魔導具で煙幕を張る。
「逃がさないよ」
ルブがエル達のシールドも破壊する威力の槍を煙幕へ向けて無数に放ってくる。アリナはそれを魔力で作り出した複数の盾で何とか減速させた。
「みんな、手を握って!!」
「「はい!!」」
スミナに言われてアリナも手を握り、7人は円状に繋がった。作った盾が壊されて槍が来る、とアリナが思った瞬間アリナ達は別の場所に移動していた。
「逃げられちゃったか……。
でも今はまだいいかな」
誰も居なくなったのを見てルブは子供のようににっこりと笑うのだった。