21.光と闇
「以上がわたしが死んでから戻って来るまでの大まかな説明になります」
スミナは自分が死んだ後の話をみんなに説明した。
不思議な空間で魔術師のユキアに出会った事、その後、竜神ホムラがいる星界で肉体に戻って来た事を。勿論全てでは無く、分かり辛い魂と肉体の関係やホムラの両親の話などは話さず、ホムラが転生者から受け継いだ祝福の力で復活出来たといった大まかな説明になった。
今スミナがいるのは王都のソードエリアにあるアイル家の屋敷である。町の襲撃が収まった後、色々話し合いたいとスミナの親しい人物を集めたのだ。両親はまだ王都の屋敷におり、兄ライトも襲撃でダメージを負ったがスミナ生存の報を受け急いで駆け付けて来ていた。3人は戻って来たスミナを見て号泣して抱き合ったのだった。
家族水入らずでの再会の後、スミナは急いで自分の説明をして、今の国の状況を聞きたいので気持ちを切り替えて話し合いを始めたのだ。ワンドエリアの戦いで再会したエルとメイル、レモネとソシラとミアンはそのまま一緒に屋敷に来ていた。他に城からアスイとオルトにも来てもらっている。エルを除いて合計10名が屋敷の広間のテーブルに座っていた。
「にわかには信じられんが、スミナが嘘を言っているとは思えんな。確かに竜神様の奇跡であればこんな事も起こるのだろう。竜神様には感謝しかない」
「そうですね。どう見ても本物のスミナだし、元々この子には特別な縁があると思ってました。神と竜神様に本当に感謝します」
スミナの両親のダグザとハーラが感謝を述べる。ホムラに感謝しかないのはスミナも同じ気持ちだった。
「本当に身体は大丈夫なのかい?どこかおかしなところは無い?」
「大丈夫です、というか前より調子がいいぐらいです。それよりもわたしはお兄様の身体の方が心配です」
「僕は身体が怠いだけで、傷は無いから大丈夫だ。でも、アリナが……」
ライトが言い淀む。スミナはライトがアリナに力を奪われて倒れたという話だけは聞いていた。ただ、そうなった経緯はまだ聞いていない。
「とりあえずわたしの話は置いておいて、わたしが死んでから今まで何があったか聞きたいです」
「でしたら私が一通り説明するというのでいいでしょうか?足りない部分は後で補足してもらうという形で」
「私もアスイさんが一番詳しいと思うのでいいと思う」
アスイの提案にダグザが頷き、他の皆も同意した。早速アスイがスミナが死んだ直後から説明をしてくれた。
スミナの死後、アリナが闇術鎧と呼ぶ魔族のものと思われる鎧を身に纏い、魔神ドヅを一瞬で倒した事。その後、魔族の転生者レオラが現れアリナを連れ去った事。王都は異界災害の被害の復興が終わらぬうちに魔族の襲撃が続いた事。
それからしばらくしてラブネの町が魔族に滅ぼされ、アスイやレモネ達で作った新たな部隊で騎士団の援護に向かった事。そこで人をエネルギーに変える魔族の新兵器と戦った事。その場にレオラとアリナが現れ、レモネ達がアリナに追い詰められたが、アリナに異変があって何とか助かった事。同じタイミングで魔族の大群がペンタクルエリアを襲撃し、かなりの被害が出てしまった事。
襲撃されたペンタクルエリアをレモネ達が調査して、魔物由来の転移の呪具を発見した事。その対応が出来る前に王城がレオラ率いる魔族に襲撃された事。レオラをアスイが倒したが、そこへアリナと魔族の幹部と思われる敵が現れ、追い詰められた事。ギリギリのところでエルが起動して何とか王を守れた事。それと同時にアリナが崩れ落ちて逃げていった事。
「わたしが復活した後、指輪を付けたのがちょうどその時だと思います。多分アリナはわたしが生きているのに気付いて崩れ落ちたのでしょう」
「マスターの認識で合っています。ワタシがレモネに語りかけられたのはマスターの気配を微かに感じられたからです」
スミナは自分が映像を見た場面をアスイが話したところで口を挟んだ。エルもそれに同意する。
「エルがあの場に居てくれて本当に助かりました。わたしはあの時の映像をエルを通して見る事が出来たのである程度状況を把握出来ました。
レモネが持っていてくれたんだよね。本当にありがとう」
「いえ、私はメイルさん達にエルちゃんを預かっておくように言われただけで、あの場に持って行ったのも事前にアスイさんから貴重品を持っておくように言われたからです。私が持って無ければ別の人が持って来ていたでしょう」
「そうだとしても、あの時持っていたのはレモネだし、そのおかげでわたしはこんなに早く帰って来たんだよ」
スミナはたまたまだとしても、あの場にエルがいなければ早く帰れなかったし、戻ってきても連携してモンスターを止められなかったと思っていた。
「あとはスミナさんも大体予想がついてると思いますが、アリナさん達の撤退後、城内の混乱を抑えようと皆対応していました。ただ、敵はそれでも増援を出し、今まで無事だったワンドエリアを中心に大軍が現れ、同時に城内にも再び魔族が侵入してきたんです。
城内はかなり疲弊していて私も国王様を守るのに手一杯でしたが、ワンドエリアの戦いが収まったのに合わせて撤退してくれたので何とか耐えきる事が出来ました」
「アスイさんが無事で良かったです。
アリナに攻撃されたんですよね。本当にごめんなさい」
「スミナさんが謝る事は無いですよ。話した通り、アリナさんが敵になった原因は私達にもあるんですから」
スミナが謝るのをアスイが止める。魔族に色々やられているのは事実だが、一番の問題はやはりアリナなのだろう。
「わたしが感じた限りでは、アリナは操られてはいないと思います。勿論そのダルアという鎧の影響はあると思いますが、アリナの意思がちゃんとあったのは確かです。
だから、わたしがアリナをちゃんと叱って連れ戻して来ようと思います」
スミナは断言した。最初からそのつもりであったが、色々迷惑をかけた以上、自分が対応しなければとはっきり思ったのだ。
「スミナの気持ちは分かるが、そんな簡単に出来る事では無いだろう?」
父のダグザはスミナが焦ってそう言ってるのだろうと思い、宥めようとする。
「いえ、お父様、すぐに決行出来るんです。
ソシラ、魔族の呪具の破片を持ってるよね?見せてくれる?」
「これ……」
ソシラは言われてレモネの父の店の倉庫で拾った呪具の破片を取り出してスミナに渡した。スミナはそれに触り、簡単に記憶を見てみた。スミナの想像通りそれは魔族のデビルが魔物の素材から作り出した物で、魔族と繋がりがある王都の人間へ配られていた。そして壊れていてもそれがどうやって使う物かもスミナには分かった。
「やはりこれは転移のゲートの代わりに魔法で転移出来る拠点として設置していた物です。そして、魔法城壁も通り抜けられます。ただ、魔導結界を抜けるのは無理で、結界の方は別の方法で通り抜けています。
これを逆に辿っていけば魔族の拠点に行く事が出来るでしょう」
「敵の手段を逆に利用するのね。でも、魔導結界を抜けられなければ無理なのでは?魔導結界の一部を解除したり、一旦解除したり出来ないのは理解してますよね?」
「勿論です。だって、現にわたしがここにいるんですよ」
「そうだ、確かに空からスミナは来たんだった。でも、どうやって?」
レモネが気付いて疑問を口にする。
「アスイさん、もし魔導結界が一時的に解除されたら結界を張ったアスイさんは感知しますよね?」
「多分すると思うわ。結界全体への攻撃の監視も完全では無いけど行っていて、外から大規模な攻撃が合った時は気付いているわね。
でも、以前の魔導要塞の侵入は感知出来なかった。つまり、魔族もスミナさんも魔導要塞が侵入したのと同じ魔導帝国の魔導機械を持っているって事?」
「そうじゃ無いんです。魔導結界にも弱点があると分かったんです。
魔導結界は破る事は出来ないんですが、同質の結界であれば接触する事が出来るんです。そして、同質であれば置き換わる事が出来ます。攻撃を受けて傷付いた箇所を補修する機能の為ですが、同時に外部から干渉出来る弱点にもなってしまっています。ただ、同質の結界を作るのが難しいので普通は干渉出来ません。
わたしはこの天の羽衣の布部分が何でも吸収し、それを放出出来るおかげで結界の吸収と同時に結界を生成して結界内に潜って行く事が出来ました。
ただ、この方法で侵入するにも、もう一つ条件があります。それは結界内に1秒以上とどまっていると異物として圧し潰される事です。魔導結界は同質の結界で全てを包んでいるのが完全な状態なので、異物が入っているのが分かるとすぐに排除されます。それに結界の異常はアスイさんにも感知されるでしょう。
だから、同質の結界を使って侵入する場合は一瞬で結界を突破しなければなりません。魔導結界自体が5メートルぐらいの分厚さなのでこの方法で突破するのは普通は出来ません。
わたしの場合は天の羽衣で加速して突破出来たのでギリギリ抜ける事が出来ました」
スミナは魔導結界を突破した時の話を説明した。スミナがこの方法に気付けたのは魔導結界に外から触れ、その特性を読み取る事が出来たからだ。以前から道具を使う祝福にこんな使い方が出来たのかは分からないが、スミナは運が良かったと思っている。
「そうですか、そんな方法が……。
つまり、魔族も同じような手段で侵入してきているという事ですか」
「断定は出来ませんが、恐らくそうでしょう。ただ、あれだけの数のモンスターを同じ手段で通過させるのは難しいので、モンスターを格納する魔導具のような物を併用していると思います」
「なるほど、大型のモンスターも何かに封じた状態で運べば少数の魔族で運用出来るという事か。アリナと一緒にいた幹部と思われる奴等の部下がアンデッドだけだったのも、機械の兵器が城外にだけ現れたのもそれが理由っぽいな」
オルトがスミナの話を聞いて敵の配置に納得したようだ。新しく現れた機械の兵器は近くに転生者のレオラが必ずいる事から、レオラは以前と同じゲートを使った侵入方法で王国に入ってきてるのだろうとスミナは予想した。大型の物体は転送に魔力を使うので、城外に運ばせるので手一杯だったのだろう。
「敵の手段は分かりました。この話は持ち帰って検討しないといけないでしょう。
それで、スミナさんはどうやって魔導結界の外へ行くつもりなのですか?やはりその羽衣を使って1人で行くつもり?」
「いえ、この羽衣はもう限界が来ています。結構無理な使い方をしてしまったので。
なので、わたしは魔族の使っている方法を使うつもりです。魔族が撤退してるのを考えれば、王国から結界外へ出る手段もある筈ですので」
「スミナ、本当にそんな事出来るの?」
今まで黙って聞いていたスミナの母のハーラが心配そうに聞く。
「100%では無いですが、敵が何かしらの道具を使っていれば、出来る可能性は高いです。恐らく、この転移の呪具が魔導結界の近くまで点々と置かれていて、一番魔導結界に近い場所に結界を超える道具がある筈です。そこまで辿り着ければわたしの力で結界を超えられるでしょう」
「スミナさん、そこまでは私も出来るかもとは思います。ただ、結界を超えた後、アリナさんを連れて戻って来るのは難しいのでは無いですか?」
「難しいと思います。でも、わたしは諦める事は出来ません。それにアリナとさえ合流出来れば後は何とでもなるとわたしは思っています」
スミナは自分でも不思議なほど自信があった。生き返るほどの奇跡があったのだから不可能は無いのではと思えてしまうのかもしれない。
「分かりました。ただ、敵の真っ只中に行くのだから、1人で行くわけでは無いわよね?
私が責任持って着いて行きます」
「だったら俺もだ。自惚れじゃ無いが、まだこの中ならアスイに次いで強いのは俺の筈だ」
アスイとオルトがスミナに同行を申し出る。スミナは2人の言葉が本当に嬉しかった。
「お2人ともありがとうございます。
ですが、2人を連れて行くわけにはいきません。それこそ魔族の思う壺ですので。今、王都は襲撃の被害が残り、再度攻撃を受けると大変危険な状況です。そんな中、今まで王都を守って来た2人が抜けてしまったら、今度こそ取り返しがつかない事になると思います。
本当は連れて行く人数は多い方がいいんですが、転移の記憶を見たところ、6人ぐらいが一度に移動出来る限度でした。それに人数が増えれば敵に見つかる可能性が高くなります。
なので、アリナを連れ帰る1人に含め無いといけないので、わたしを除いて4名を連れて行こうと思っています。あと、エルは仕舞えるので人数に含んでいません」
スミナは2人の同行を断った。王都の守りを考えてというのも事実だが、本当の理由は別にある。アリナを迎えに行った時、アスイは直接戦った記憶と過去の経緯から拒絶してしまうと思われるからだ。オルトには悪いが、オルトもスミナが頼りにしている事がアリナに取ってプラスにならないと考えていた。そして、連れて行く4人はもうスミナの中で決まっていた。
「それで、誰を連れて行くつもりなんだい?全員ここにいるのか?」
「はい、お父様。わたしが連れて行く4人はここにいる人達の中で決まっています。
1人目はミアンです。彼女がいれば魔族に有効な魔法が使えますし、大怪我をした時も安心です。流石に簡単にはいかないとは思っているので。
ミアン、付いて来てくれる?」
「勿論ですよぉ。ミアンがスミナさんに恩返し出来る日が来るなんて本当に嬉しいです」
ミアンは即座に了承してくれた。本来は聖女という重要人物を敵地に連れて行くのはもっての外かもしれないが、ここは親友特権を使わせてもらう事にした。
「2人目と3人目はレモネとソシラにお願いしたいと思ってる。
危険な作戦だけど、付いて来てくれるかな?」
「私は構わないけど、本当に私達でいいの?もっと強い人が周りや騎士団にもいると思うよ?」
「そんな事無い。2人の能力は守りよりも潜入や破壊に特化してると思ってたの。
ソシラもいい?」
「勿論……。アリナを助けたいと私も思ってる……」
「ありがとう、2人とも」
スミナは実際2人は以前よりも強くなり、能力も使いこなしてきてると思っていた。そして何よりアリナを日常に引き戻す為に2人には一緒にいてもらいたかった。
「最後の1人はメイル、貴方に付いて来て欲しい。アリナを助けに行くにはメイルの力が必要なの」
「私ですか?ちょっと待って下さい」
名前を言われてメイルが焦る。今までスミナはメイルを積極的に戦闘に誘う事は無かった。それはメイルの力を過小評価しているからでは無く、メイルを危険に晒したく無かったからだった。
「本当はメイルを危険に晒すような事はしたくなかった。その気持ちは今も変わらない。でも、敵地に潜入して、アリナを連れ出すにはメイルの能力が必要なの」
「私にはスミナお嬢様のような能力は無いですし、ここに居る皆さまの中でも戦闘能力が低い事は自覚してます。確かに俊敏な動きが私の持ち味でしたが、それも昔の話です。
アリナお嬢様を助けに行きたい気持ちは誰よりもありますし、お役に立ちたいと思っています。ですが、足を引っ張る事が分かっていて同行は出来ません」
「メイル、そんな事無い。貴方の力はわたしが一番知ってるから。それに、今の装備のままで連れて行こうってわけじゃ無いの。
実は、星界の宝物庫に色々と使えそうな道具や装備があったの。その中にメイルが使うと活用出来る物があったから、それを身に着けて付いて来て貰いたいの。
メイル、お願い出来る?」
「分かりました。スミナお嬢様がそこまで言うのならお嬢様の言葉を信じます。私の命に替えてもアリナお嬢様を救出に協力致します」
「メイル、死ぬような事を考えては駄目よ。
スミナも、他のみんなも、行くのなら自分の命を大事にするって約束して欲しい」
スミナの母、ハーラが真面目な顔で言う。スミナは勿論全員で帰って来るつもりでいた。
「お母様、我儘な娘でごめんなさい。それでも、わたしはアリナを助けに行かないといけない。
自分の命も、みんなの命も絶対にわたしが守ってみせます。勿論アリナの命も」
「分かったわ。あなたの覚悟は本物ね。
ここまで色々乗り越えて来たのだから、今度も大丈夫だって信じてる。アリナの事、お願いね」
「はい」
ハーラは辛いのを我慢して言っているようだった。
「スミナ、本当は私が行きたいぐらいなのだが、もうそこまで実力が無いのは分かってる。
帰って来てすぐに送り出すのは本当に辛いが、アリナの事を考えたら止めるわけにもいかない。
スミナ、危険ならすぐに戻って来るんだぞ」
「分かりました、お父様」
ダグザも泣きそうな顔で言う。
「スミナ、僕は本当に自分が情けない。アリナとも直接会えたのに何も出来なかった。
2人が帰ってきたら何でも言う事を聞くよ。だから、2人で戻って来てくれて」
「ありがとう、ライトお兄様。多分お兄様の気持ちはアリナに届いていたと思います。
帰ってきたら凄い我儘を言うかもしれませんから覚悟していて下さいね」
スミナはライトの笑顔に救われていた。アリナはスミナ以上にライトの事が好きだったので城で対峙した時の苦悩は計り知れない。そんなアリナをスミナは一秒でも早く解放してあげたかった。
「スミナさん、折角戻って来れたのにお役に立てなくてごめんなさい。私がもっとしっかりしていればこんな事にならなかったと思います」
「そんな事無いですよ。アスイさんが居なければこの国の平和は保てなかったんですから。
今回の件はわたしとアリナの問題でもあります。アスイさんの力を借りるわけにはいかないんです」
「俺も色々と反省して、今は国の為に頑張ってるところだ。力になれないのは残念だが、国の事は俺達に任せておいてくれ」
「オルトさん、ありがとうございます。
あと、お伝えしたい事があるのでこの後少しお時間下さい」
「分かった」
スミナはオルトに伝えねばならない事があった。
「流石に今日出発というわけにはいかないので、明日のお昼頃に出発したいと思っています。ミアンとレモネとソシラはそれまでにちゃんと休んで、準備をしておいて下さい」
「「分かりました」」
スミナは出発を翌日の昼に決め、集まりを解散させた。
その後、スミナはオルトと2人きりで話したいので屋敷の個室に呼んだ。
「それで、自分に話って何だ?」
「先ほども簡単に話しましたが、ユキアさんの件でお伝えしたい事があります」
「やっぱりその話か。
すまないが、俺はスミナさんがユキアに会ったのは夢の中の話なんじゃないかと思ってる」
オルトは正直に言った。まあスミナもあの空間での出来事は夢だったと解釈するのが正しい気もしている。だが、あそこにいたユキアが偽物だったと思いたくは無かった。
「じゃあ、わたしがユキアさんから直接聞いた話をさせて下さい――」
スミナはユキアから聞いた他の人が知らないユキアとオルトのエピソードを話す。学生時代のバカ話や、オルトとターンとの3人で人知れず凶悪な魔族を倒した話などを。それを聞いて最初は不審げに思っていたオルトの顔色も段々と変わっていった。
「分かった、もういい。
確かにそれは俺達しか知らない記憶だ。例えスミナさんが何か俺達の私物に触ってたとしても、それらの記憶を全部見るのは難しいだろう。
信じるよ、別の空間でユキアと出会った事を」
「ありがとうございます。それでユキアさんに言われたんです。ユキアさんはもう生き返れないって。
人を生き返らせるには肉体と魂の両方が必要で、ユキアさんの肉体は消失してるし、魂ももう元の姿では無いと。それにあの時、ユキアさんの魂も消えてしまいました……」
スミナは胸が痛くなり、オルトを直視出来なくなった。オルトは何も言わない。
「ユキアさんはオルトさんに最後に伝言を残しました。彼女の言葉をお伝えします。
『もう私を生き返らせる必要は無い。これからはオルト自身の為に生きて欲しい』
これが彼女がオルトさんに伝えたかった言葉です……」
「そうか……。
ありがとう、伝えてくれて。悪かったな、辛い役目をさせて」
「いえ、そんな事無いです。わたしはあの場所でユキアさんに会えて、彼女の話を聞けて本当に良かったと思っています」
スミナは素直な気持ちで言った。オルトはしばらく無言でうつむいている。ユキアを生き返らせる事がオルトの生き甲斐でもあった筈だ。それをオルトが簡単に納得出来るとは思えなかった。
「俺は馬鹿だからすぐには納得出来そうに無い。だが、ユキアの気持ちは確かに受け取った。
だから、納得しなくても今は国の為に戦う事に専念しようと思う。
それが落ち着いたら自分の生き方をもう一度考えるよ。
明日の事もあるし、あまり長居はしない方がいいな。俺は帰る事にする」
「話を聞いてくれてありがとうございます。
あの、ユキアさんは最後までオルトさんの事を想っていたと思います」
「分かった。ありがとな」
オルトはスミナの顔を見ず、部屋を出て行った。スミナは複雑な気持ちになったが、これで良かったんだと思った。
「スミナお嬢様、大丈夫ですか?」
少しして個室に入って来たのはメイルだった。スミナはメイルにも伝えなければならない事があったので、このまま話す事にする。
「メイル、丁度よかった。メイルにも伝えたい事があるから、2人きりで少し話させて」
「私は構いませんが、その、オルトさんに何を話したのですか?
その、オルト師匠が帰る時の様子が少し変だったので……」
流石にメイルはオルトの心情に変化があったのに気付いたようだ。
「オルトさんにはユキアさんからの言伝をしたの。ユキアさんはオルトさんが過去に縛られて生きているのを救ってあげたい気持ちがあったからわたしにそれを託したの。
でも、メイルも信じられないよね、わたしがユキアさんに会った事」
「私はスミナお嬢様の言葉に偽りは無いと思います。今まであれだけ色んな事があったのだから、一度死んでユキアさんに会っていてもおかしく無いと思います。
でも、そうですか……。ユキアさんがオルト師匠に言葉を……」
メイルが何かを察して寂しそうな顔をする。メイルはオルトと共に戦っていたのだから勿論ユキアとも親しかった筈だ。
「それで、メイルにもユキアさんから言伝があるの。
オルトさんの事をメイルに任せるって。
やっぱりメイルもオルトさんの事、少なからず想ってるんだよね?」
「ユキアさん……。
オルト師匠とユキアさんは私にとって兄や姉のような存在でした。憧れは勿論ありましたが、手が届かないと分かっていました。
私もオルト師匠には幸せになってもらいたいと思いますし、任されたのであれば、そのお手伝いを全力でしたいと思います。
それでもし、師匠に貰い手がいないのであれば、私が責任もって引き取る事にします」
メイルの顔は晴れ晴れとしていた。スミナはメイル自身にも幸せになってもらいたいと思っている。
「じゃあ、やっぱりメイルは今回の戦いでは死ねないね。戻って来てオルトさんの面倒を見なくちゃいけないんだから」
「そうですね、命を投げ出す覚悟でしたが、下手に死ねなくなりました。
ですが、やっぱり私では皆さんの足を引っ張ってしまわないか心配です。せめて自分の身は自分で守れるようにはするつもりですが……」
「そうだ、明日渡そうと思ってたけど、今渡しておくわ。メイル自身は基本的な能力が高いから、良い道具があればもっと強くなると思ってたから」
スミナはそう言うと魔導具のベルトからいくつかの魔導具をテーブルに取り出した。テーブルの上には魔導鎧の腕輪と2本の短剣と小さな魔導具が何種類か置かれた。
「とりあえず魔導鎧と短剣を装備してみて」
「いいんですか?では、遠慮無く」
メイルは魔導鎧の腕輪を左腕に装着すると、早速起動して魔導鎧を身に着ける。するとメイルの姿はメイド服から変わり濃い緑色の忍者の装束のような鎧で全身を包まれていた。鎧と言っても厚みのある部分は胸や腰、腕や脛などの要所だけで、他は網タイツのような動きやすい素材で包まれていた。頭も髪が目立たないように全部覆われてはいるが、顔のマスク部分は開閉出来るようになっている。
両手に持つ短剣は逆手持ちで攻防に優れ、投げる事も出来て、魔導鎧に付いたワイヤーで投げた短剣を引き戻す事も出来る。元々魔導鎧とセットで作られた物なのだろう。リーチは短いが殺傷力は高い素晴らしい逸品だ。
スミナは宝物庫でこの魔導具を見つけた時、忍者の知識を持った転生者が作った物だろうとすぐに分かった。しかも創作で見るタイプの忍者だ。だから、鎧に付随する機能も色々あった。
「自由に動いてみて」
「はい!!」
メイルが狭い部屋の中で俊敏に動いてみせる。最初はメイルも探り探り動いていたが、やがて魔導鎧を使いこなし始めた。魔導鎧としては防御力は低めだが、完全に機動力、それも小回り重視の作りで、元々そういった動きをするメイルには打って付けだった。使いこなしていくうちに壁を走ったり天井に張り付いたり出来る事にメイル自身が気付いていた。
「凄いです、お嬢様。身体がとても軽いですし、魔法を使わずとも自在に動けます。
しかし、こんなに凄い物を私が使って本当にいいのでしょうか?」
「ホムラは要らないって言ってたし、ここにある物は全部メイルにあげるよ。
それにまだ使える機能は色々あるんだよ。音を消したりとか、姿を消したりとか、分身を出したりとか。ただ、魔力は使うし、連続では使えないから使いどころは限られるけど」
スミナは自分の能力で把握した魔導鎧の使い方をメイルに説明した。メイルの言う通り、この魔導鎧は凄い品で、店で売るならかなりの高額になるだろう。それより王国が貴重品として保管する為に買い取るかもしれない。そう言った品がゴロゴロと転がっていたのだからホムラの宝物庫はまさしく宝の山だった。
「あと、こっちは目くらましとか、敵を撹乱するのに使える魔導具。わたしも色々持ってるけど、メイルも上手く使って欲しい。侵入したり、逃げ出したりする時に役に立つから」
「分かりました。大事に使わせて貰います。
ありがとうございます、スミナお嬢様。確かにこれだけの装備があれば私でも役に立つと思います」
「装備の力も勿論あるけど、それはメイル自身が持ってた力を増幅しただけだよ。わたしじゃ今のメイルみたいに動くのは無理だと思う。道具にはやっぱり使う人が大事だって事」
「そんな……。ですが、お嬢様の言葉であれば、素直に喜びたいと思います。
正直、お嬢様達が居なくなって私は自分なりに頑張っていたのですが、他の皆さまほど活躍出来ませんでした。身体が鈍っていたのもあると思います。
だから嬉しいんです、お嬢様達の為に活躍出来る場を用意して頂いた事が」
メイルは涙ぐんでいた。スミナは自分の責任を感じていたメイルに申し訳無いと再度感じた。
「そんな事無いです。メイルはずっとわたし達の支えになってくれていた。
だから、わたし達でアリナを助けに行こう」
「はいっ!!」
メイルの力強い言葉がスミナの胸に染みこんでいった。
アリナ・アイルは魔族の砦の自室で必死に考えていた。国王の殺害に失敗し、部屋に戻って謎の声に励まされはしたが、根本的な問題は何も解決していない。
姉のスミナの居場所は指輪で近くなったと一瞬感じたが、それも分からなくなっていた。スミナを探しに行くべきか、ここに留まってこのまま魔族連合の仲間を続けるか、決断しないといけない。
(でも、今更お姉ちゃんに会わせる顔も無いか……)
アリナは一度王国やみんなと敵対してしまった以上、手の平を返すような事は出来ないと思っていた。それに魔族以外の魔族連合の人達はそこまで悪く無いとも思っていた。
(この間は失敗したけど、まだ魔族連合を中から良くする方法はあるかもしれない)
前より少し前向きになったアリナは自分が出来る事があるのではと思うようにはなった。だったらスミナを探しに行くのは悪手かもとアリナは考える。
(なんか騒がしいな……)
砦の部屋の外が少し前から騒がしく、アリナの気が散っていた。アリナには声がかかっておらず、様子を見に行く気にはならなかった。自分のミスが切っ掛けなら戻った時点で何かあっただろうし、その後に何かがあったのだろうとアリナは予想していた。
“コンコンッ”「入るわよ」ノックと同時にデビルの転生者であるレオラが部屋に入って来た。アリナはベッドからテーブルに移動し、用があるであろうレオラと向かい合って座る。
「怪我したって聞いたけど大丈夫?」
「アタシは問題無いわよ。アリナこそ大丈夫だったの?惜しいところまで行ったとは聞いてるけど」
「せっかくチャンスを譲ってもらったのに失敗した。ゴメン……」
アリナは素直に謝る。アリナが王の殺害が出来なかった件については完全に知られているだろう。
「まあその件を責めるつもりで来た訳じゃ無いのよ。
ガズはアリナが失敗するだろうと考えてて、その後も攻撃を続けた。最初からアタシもアリナも捨て駒扱いだったのよ。
でも、ガズの作戦も失敗した。スミナによってね」
「スミナ?スミナと戦ったの?どういう事!?」
アリナはスミナが生きている事は知っていたが、レオラには黙っているつもりだった。だが、レオラからその名が先に出たので驚いてしまう。
「その反応だとアリナはやっぱり知らなかったみたいね。
生きてたみたいなの、アナタのお姉さん。しかも、ほぼ1人で外の部隊を片付けたって話よ。
なんで生きてたのかアタシは見当もつかない。アリナは何か知ってるんじゃないの?」
「知らないわよ。あたしは今の今まで死んだと思ってたんだから」
アリナはなるべく平静を装って答える。驚いた事で生きてる事を知ってて黙ってた事がバレずにラッキーだったとアリナは内心思っていた。
「まあそうよね。今までのアリナの動きも反応も本当だったから、みんなスミナは死んだものと思ってた。アタシも死んだのを確認したしね。
で、今砦が大騒ぎになってるのはあれだけ戦力を割いた作戦が失敗したからよ。荒れてる魔族やモンスターもいるし、責任の所在をはっきりさせろって連中もいる。
だから、2時間後に緊急会議があるの。アリナにも参加してもらうわ。その時何か言われると思うけど、失敗したのはアンタだけじゃ無いからそこまで大ごとにはならないと思うわ。それよりもアタシはこれでガズの権力も少しは落ちると思う。ヤツの強引なやり方に反発してる者も多かったからね」
「分かった。準備しておく」
アリナは正直魔族連合内の争いがどうなろうがそこまで気にしていなかった。それよりも今はスミナがどんな様子だったかが気になってしまっていた。
「お姉さんが生きていて気になってるのよね?王国に戻ろうなんて考えない方がいいわよ。それが難しい事は十分分かってると思うけど。
それよりもアタシはスミナをこちら側に引き込んでもらいたいの。アリナが直接頼めばスミナもこちら側に付くと思うわ。そうすれば今度こそアタシとアリナ達で最強の部隊が作れる」
「そんな事出来るのかな。
でも、分かった。もしお姉ちゃんに会えたなら誘うよ」
「スミナだってアリナに会いたい筈。その機会は絶対訪れると思うわ」
レオラはそう言い切った。アリナはスミナが絶対にこちら側に寝返る事は無いと思っているが、口には出さなかった。
「じゃあ、また後で呼びに来るわ」
「分かった」
レオラはいそいそと出て行った。レオラもアスイに攻撃されてボロボロだった筈で、それでも元気に見えるのは彼女なりに努力してるのだろう。
(お姉ちゃん、元気に戻って来たんだ……)
スミナの活躍を聞いて、アリナは嬉しくもあり、複雑な気持ちになっていた。自分が王国側に居たなら、どれだけよかっただろうと思ってしまう。そして直前にした自分の行いを思い出し、再び嫌な気持ちが内側から溢れてきてしまった。
(このあと会議だし、なるべく休んで、元気に話せるようにしないと)
アリナはそう考えて一旦考える事を止め、少しだけベッドに横になった。
2時間後、アリナはレオラに連れられて砦の一室に来ていた。既に数名のディスジェネラルが集められている。レオラが当然のようにテーブルの短辺の上座の位置に座り、アリナはいつもの反対側の末席に案内された。
今テーブルに着いているのはデビルのガズにオーガのゾ王と獣人のグラガフ、反対側の席にサムライのマサズと人間のダブヌの5人で半分しかまだ来ていない。前回アリナの連合への参加を許可した時と正反対のようなメンバーだなとアリナは思った。
「今日の参加者はこれで全員だ。会議を始めるぞ」
「ちょっと待って、会議の進行はアタシの役目よ。それにこの人数で進めるとは聞いて無いわ」
「今回の会議は通常のディスジェネラルのものでは無い。あくまで今回の王都侵攻について話し合う為に集まってもらったのだ」
「だったらソルデューヌも必要でしょ。なんで呼んで無いのよ」
レオラとガズが対立する。ただ、王都侵攻についての話合いならソルデューヌがいないのは確かに問題だとアリナは思った。自分とグラガフだけ呼んでソルデューヌを呼ばない理由は無い筈だと。
「ソルデューヌには反意があるとの疑いがある。そうだな、グラガフ」
「はい、アイツが戦いで手を抜いてたのは確かだ。それにアリナが不調だったからといって、撤退を即決したのが正しいとも思えねえ。反意があるとまでは言わねえが、ヤツなりに色々企んでるのは確かだ」
「だったらソルデューヌを呼んで確認すればいいじゃない」
「ソルデューヌは口が上手い。今呼んでもはぐらかされるだけで時間のムダだ。
それに話し合いたいのはその事では無いので呼ばなかったのだ」
「分かったわ。いいわ、今回はガズ、アナタのやりたいように進めなさい。ただし、全てルブ様に報告させてもらうからね」
レオラはこれ以上言い合っても無駄と考えたようだ。この会議はどう見てもガズが話を進めやすいメンバーだけを集めたのだろう。
「今回の王都侵攻作戦はワシが何ヶ月も準備して実行したものだ。勿論魔族連合には手を借りたが、その代わりに国王抹殺のチャンスを与えた。
しかし、結果はどうだ。王都にはある程度被害は与えられたものの、国王の抹殺も転生者の抹殺も出来ず、逆に我が軍の被害は大きくなった。どうしてこうなったのか冷静に分析出来る者はいるか?」
「その前に俺に話させろ。
俺は王都の敵が疲弊した状態で、強敵は魔族が引き受けると聞いて仲間を連れ出した。
だが、王都の奴らは抵抗し、知らぬ兵器を使い、最後には転生者が仲間を蹂躙した。それなのにお前らは我先にと撤退し、結果として俺の仲間が一番被害を受けてる。どういう事だ!!」
オーガのゾ王が怒りを露わに叫ぶ。王国の者達の反撃を受け、最後にはスミナがモンスターを一掃したのだろう。使い捨ての駒にされたゾ王のモンスターの扱いが酷いのはその通りだとアリナも思う。勿論モンスターにそこまで肩入れ出来ないが。
「ゾ王の怒りも分からなくも無いが、ワシは多少の抵抗はあると伝えていたぞ。そんなヤツラ蹴散らすと息巻いていたのはゾ王、オヌシだろう。そもそも連れて行ったモンスターどもが弱かったのが問題だったではないか?」
「何だと!!」
「やめなさい!!」
立ち上がろうとするゾ王にレオラは殺意を向けて威嚇した。それはアリナにも感じられ、自分に向けられたくないなと思うほどだった。ゾ王は動きを止める。
「今は仲間内で争ってる場合じゃ無いでしょ。
問題はあの場に現れた転生者、スミナの事なんじゃないの?」
「そうだ。なぜアリナの姉が生きている?レオラも死んだのを確認したのではないのか?」
「勿論よ。あの時転移は確認出来ず、肉体が消滅したのを確認したわ。それはアリナも同じ認識よ。
スミナは空から現れたって言ったわよね。アタシは竜神が何かしたんじゃないかと踏んでる。スミナが竜神と懇意にしてたのは事実だしね」
「なるほど、竜神の力か。それなら可能性はあるな」
レオラの話にガズが納得する。アリナもそれを聞いて、確かに竜神のホムラがスミナの危機にも現れなかった事が気にはなっていた。そしてホムラなら最初からこうなる事を知っていて、あえて手を出さなかった可能性もあると思えてしまう。
(だったら普通に助けに来てくれればこんな事にならなかったじゃない)
アリナはホムラがスミナを助け、いい気になってる気がして怒りが湧いて来ていた。実際にホムラがスミナを生き残らせたのかは分からないのだが。
「今回の作戦が最終的に失敗したのはスミナが生きていたからよね。
でも、スミナが生きてると分かったのなら、アリナにこちらに付くように説得して貰えば魔族連合が有利になるわ」
「レオラ、オマエは更に転生者に頼ろうと言うのか?
そもそもそのアリナが信用出来るかが分からんじゃないか。成果が無いとは言わんが、王国に対しての対応で失敗が多いと聞くとな。
グラガフ、アリナがスミナが来るのを計算して手を抜いていたのではないのか?」
「いや、あの戦いにそんな仕込みはしてなかった。アスイに対して本気で戦っていたし、国王への攻撃もあと一歩のところまで来ていた。狙って手を抜いていたとはオレは思えないな」
グラガフはきちんとアリナを評価してくれていて、その点は助かったと思った。確かにグラガフの言う通り、あの攻撃は国王を殺そうと本気で行ったもので、防がれるとは思っていなかった。
「アタシもアリナは本気で戦っていると思うわ。少なくともスミナが生きてる事は知らなかったわよ」
「そうか。だが、ワシはまだ信用しておらぬ。が、レオラ達がそこまで言うならもう一度チャンスを与えようと思う。
最近ミボとシホンが人間達を甘やかし、人間の勢力が予想以上に大きくなっておる。人間には恐怖の象徴としての魔族の力を示す必要がある。
だからアリナ、シホンが復興している村の住人を半分に減らせて来い。ミボとシホンはワシの方で別の仕事を与えておく」
「ちょっと、そこまでする必要がある?
でもいいわ、確かにアリナの覚悟を示すチャンスよね。アタシも一緒に行くわ」
「ダメだ。レオラやソルデューヌはアリナを保護して誤魔化す可能性がある。
アリナ、オマエ1人でやって来い。見届けにはグラガフとマサズを付ける」
「またオレかよ。まあいいぜ」
「承知したでござる……」
「アリナ、それでいい?」
レオラも話をスムーズにさせたいのか、もう反論しなかった。そもそもアリナにここで断る事は出来ない。
「分かったわ。何百人でも何千人でも殺して来るわ」
「それが出来たらワシもオマエを認めよう。
ゾ王とダブヌ、異論はあるか?」
「俺はそもそも人間を信用していない。勝手に進めればいい」
「私はガズ様の考えはもっともだと思います」
ダブヌは人が死のうがどうでもいいようにガズに媚びを売っている。マサズは反論出来なかったからだろうが、ダブヌは同じ人間としてアリナは軽蔑するしかなかった。
そして会議は終わった。結局責任の所在は誤魔化され、アリナにだけよく分からない任務が与えられた。恐らくミボやシホンとアリナが手を組むのを妨害する意味もあるのだろう。そして王国外の人間からアリナが恨まれるようにもさせたいのだ。ガズはレオラのように甘くなく、そこまでしなければ仲間として認められないという事だ。
(やってやるわよ。もう後戻り出来ないんだから)
アリナは複雑な気持ちのまま部屋に戻ろうとする。
「良かったな、あの程度の事で認めて貰えるなら。どっちにしろあそこにいる人間は魔族の食料みたいなもんだ。気にする事も無い」
後ろから声をかけて来たのはグラガフだった。グラガフなりの言葉なのだろうが、やはり価値観がアリナと違う為、まともに受け取る事が出来ない。
「グラガフはソルデューヌが裏切り者だと思ってるの?」
「そこまでは思ってないさ。ただ、ヤツは自分に都合がいいように物事を裏で進めてると思うぜ。協力的に見えてもアイツは信用するなよ」
「分かってるわよ。
気にかけてくれてありがとう」
アリナは一応グラガフに礼を言っておく。
「オレはオマエを認めはしたが、気を許したわけじゃ無い。オマエもここに居たいならそれを心掛けろ。
じゃあな、また明日迎えに来る」
そう言ってグラガフは去っていった。部屋に戻ったアリナはベッドに倒れ込む。
(村人を殺せって、なによそれ……)
アリナは理不尽な命令を思い返して苛立ちを隠せない。襲って来た兵士に反撃して1人殺しただけでああなったのだ、もし虐殺なんてしたらどうなるか分からない。本気で逃げ出したい気分だった。
ここに頼れる者は誰もいない。レオラは同じ転生者ではあるが魔族中心の考えでしかない。もしさっきグラガフと話をしてなければ藁にも縋る気持ちでソルデューヌに連絡してしまったかもしれない。しかし、それが正解じゃ無い事はアリナも分かっている。結局ここでは自分は1人きりなのだ。
(スミナ、どうしてるのかな……)
王国に戻って来たスミナはきっと受け入れられて、喜ばれているだろう。それに比べて自分はなんて孤独なんだとアリナは思う。前に聞こえてきた少女の声も今は聞こえてこない。アリナは孤独なまま、明日が来なければいいなと思いながら眠るのだった。