20.再生
話はスミナが王国に救助に到着する少し前まで遡る。
スミナは死後、不思議な空間で目覚め、オルトの仲間だった魔術師ユキアと出会った。そして彼女と色々と会話した後、ユキアは消えてしまった。スミナ自身もその後、意識を失ったのだった。
(ここはどこだろう……)
スミナはぼんやりとした意識の中、目の前の景色が変わっているのに気付く。周りが何となくぼやけて見えて、身体の感覚も前にいた空間とは異なる。全体的にどこか穏やかな感じがした。
意識がはっきりするにつれ、自分が立った状態のまま身体が動かない事に気付いた。口も開かないし首も回らない。眼球だけは動くが、それで見れる範囲は限られている。周囲が薄ピンクにぼやけて見えるのは、自分がガラス状の鉱石のようなものに入ってるからだとようやく理解した。自分がいるのはどこかの部屋のようだが、見える範囲では全貌が掴めなかった。
そこでようやく自分が呼吸もしていない事に気付いた。だが息苦しさは感じず、自然体でいられた。むしろ何かに包まれている事で自分の力が漲ってくるのが分かる。スミナはその感覚に覚えがあった。
(ホムラに貰った飴玉を舐めてた時と似てる)
スミナがそれを思い出した瞬間、周りを包んでいた物体が瞬時にして消え去った。スミナは少し宙に浮いた状態になり、バランスを崩し床に尻餅をつくように倒れる。ただ、床は柔らかいクッション状のベッドのような物が置いてあり、痛みは無かった。スミナはベッドに落ちた事で自分が何も着ていない全裸の状態だとようやく気付く。
「嘘!?」
周りに人がいるわけでは無いが、スミナは恥ずかしくなり、周囲を見回す。するとスミナがいるベッドの横にサイドテーブルのような物があり、その上に白い布が置いてあった。よく見ると女性用の下着とローブのような服で、スミナはとりあえずそれを着る事にする。すると下着もローブもスミナのサイズにぴったりだった。
「わたし、生きてるって事?」
スミナは身体の感覚が以前と同じようにあり、呼吸もするし痛みも感じていた。改めてここが死後の世界などでは無いと思ってしまう。ユキアも自分が死んでいないと言っていたのでそれを信じたのもあった。
「でもここはどこなんだろう。なんでわたしは生きてるの?」
スミナは自分がいる部屋を観察する。そこはほぼ白一色の部屋で、天井には魔導具の灯りが吊るされている。床は石のような物質だが、壁はベッドと同じく柔らかい不思議な物質で出来ている。家具は殆ど無いが、部屋の中央に木製と思われるテーブルと椅子があり、テーブルには水差しとコップ、パンがのった皿が置いてあった。それを見て喉の渇きと食欲が蘇り、スミナはテーブルまで移動しようとした。
「え!?」
スミナは立ち上がろうとしてバランスを崩す。身体は動くのだが、まだ思ったように動かないようだ。スミナはベッドの上で手足を動かしてみて、問題無いか確認する。そして再びゆっくりと立ち上がってみた。今度は上手く立ち上がれ、歩く事も出来た。ただ、まだ少しふらつく感じがする。スミナは慎重にベッドから降り、床を素足で歩いた。石状の床だが、冷たさは無く、むしろ少し暖かさを感じる。椅子まで何とか歩き、椅子に座る事が出来た。
「身体が馴染んで無い?どういう事なんだろう」
疑問は尽きないが、まずは喉の渇きが酷い。コップに水を注ぎ、それをゆっくりと飲んだ。
(美味しい!!)
ただの水の筈だが、身体に染みわたるようでとても美味しく感じた。一杯では足りず、お代わりしてもう一杯水を飲む。スミナはその勢いで皿にあるパンにも手を出した。パンは焼き立てでは無いが柔らかく、少し前に焼けた物に感じた。一口大にちぎるととてもいい匂いがする。スミナは堪らず口に入れる。
(凄い美味しい!!)
食べ始めると手が止まらず、次々と皿にあったパンを食べ、全て平らげてしまった。久しぶりの満腹感を得たスミナはこれが生きているって事かと改めて生を実感していた。
“コンコンッ”とスミナが食べ終わったタイミングでドアをノックする音が聞こえた。スミナはなぜかドアの向こうにいる人物が誰か分かった。
「どうぞ」
「入るぞ」
扉を開けて入って来たのはスミナの友人でもあり、竜神であるホムラ・クイーンドラゴだった。ホムラは人間の少女の姿で、身に着けているのは学生服では無く華麗なピンク色のドレスだった。その特徴的なツインテールにはスミナが以前プレゼントであげた青色の髪留めが付けられていた。ホムラはそのままスミナの正面の席に座る。
「見たところ問題無さそうじゃな。
色々聞きたい事もあるじゃろう。わらわが何でも答えてやるぞ」
「そうですね、色々聞きたいけど一番聞きたいのはわたしが本当に生きているかって事かな?」
「生きておるぞ。スミナ・アイルとして何の問題も無くな。
そうじゃ、姿見がここには無かったな。ほれ、見てみろ」
ホムラが壁に手をかざすとそこに大きな鏡が現れる。スミナは改めて鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。そこには青い長髪の自分自身がちゃんと映っていた。顔の形も手足の長さも何の変化も無い。
「確かにこれはわたしの身体で間違い無いです。でも、どうして生きてるかが分かりません。あの時わたしは魔神ドヅに神機ライガで撃たれて消滅した筈。もしかしてあの時ホムラが助けてくれたの?」
「いや、わらわはあの戦いには手出ししておらん。スミナの認識通りあの時スミナの肉体が消滅したのは確かじゃ」
「じゃあなんででしょうか?」
「そうじゃな、その話をするにはまずはわらわの父様と母様の話をきちんとしておいた方がいいな」
ホムラは少し考えてそう言った。スミナは席に戻ってホムラの話を聞く事にする。ホムラの両親は昔話の竜神退治の勇者と暴れて退治された竜神だとは聞いている。その両親とスミナが生きている理由が直接関係あるとは思えなかった。
「母様が地上で強い者を求めて戦っていたのは伴侶を求めてと伝えたな。あれは半分は本当で、半分は別の理由があったのじゃ。母様が地上に降りた時代は魔導帝国の崩壊後、再び人間が勢いを増した時期じゃった。母様は魔導帝国に自分の能力を研究させた事を後悔してたそうじゃ。だから再び人間が魔導帝国の遺産や神機を使って他の種族を圧倒して支配するのを世界の為にならぬと判断したのじゃ。
母様は人間から神機を奪い、魔導兵器を破壊し、増長した人間の国の城を破壊して回った。当時、母様に敵う人間も魔族も存在せんかった。ただ、その時母様は少しやり過ぎたと後悔しておったな」
ホムラは自分の母親の竜神について語った。やはり竜神の強さは人間と比較出来るものでは無いとスミナは感じた。それと、この時人間が使った神機はグレンでもライガでも無い別の物だろうと予測出来た。
「母様が地上を蹂躙し尽くし星界へ戻ろうとした時、竜神を倒すべく現れたのが父様じゃった。父様と母様は長い死闘を演じ、最終的に勝ったのが父様じゃった。父様は転生者で、人間として破格の強さを持っていたのは確かじゃが、それでも本来は竜神に勝てる強さでは無かった。父様が勝てたのは持っていた祝福の一つが竜神にかなり有効だった事と、戦っている最中に母様が父様に惚れてしまった為じゃ。
勝敗が決した時、2人とも生きておった。その時には母様は父様に惚れ、父様も母様を美しく信頼出来る存在だと認識しておった。だが、母様が地上を破壊し尽くした以上、父様は母様を生きて返すわけにはいかなかったのじゃ。
そこで父様は母様を殺し、伝説として名を残した。本来人間に竜神を殺す事はほぼ不可能じゃが、母様が自ら望んだので殺されてしまったのじゃ」
「ちょっと待って下さい。ホムラのお母様ってまだ生きてはいた筈だと思うのですが?」
ホムラの話が知ってる内容と異なったのでスミナは口を挟む。ホムラの母親の竜神は永劫の眠りについたが、最近一度目覚めてホムラと話をしたと聞いていた。
「そうじゃ。本来は母様は死に、わらわは生まれず、別の竜神が世界竜により作り出される筈じゃった。
だが、父様は母様の遺体を持って人前から姿を消したのじゃ。その時父様はもう一つの祝福、“魂の再生”を行った。本来あり得ない死者の復活は父様だけは使う事が出来たのじゃ。
ただ、魂の再生には条件があり、それに加えて一生に一度しか使えない特別な祝福なのじゃ。母様が竜神で、魂が巨大だったから成功したとわらわは聞いておる。
こうして復活した母様は父様に正式にプロポーズしたと。父様も人間社会での争いに嫌気がさしていたのですんなり了承したそうじゃ」
「という事は私が生き返ったのもその魂の再生の祝福を使われたから?でも誰がそれを使ったの?」
ホムラが竜神が復活した話を先にしたのだから、流れとしてはそういう事になるだろうとスミナは考える。
「まあ大まかにはそうなんだが、スミナの場合は少し違うのじゃ。
まず死んだ人の復活というのはとても難しい事なのじゃ。人とはその意識である魂と肉体が一体にある状態を指し、どちらか片方が無くなったらそれでおしまいなのじゃ。普通の人は肉体が朽ちてしばらくすると魂が消え去り、死ぬ。
一度消えた魂は決して戻らない為、死後肉体を魔法で修復しても復活しないのじゃ。不死者は死んだ肉体に別の彷徨っている魂が入った状態で、生者には決して戻れない。不可逆ゆえにいくら人が研究しようと死者の復活はなりえなかったのじゃ」
「でも、ホムラのお父様の“魂の再生”の能力なら人間の復活も出来たということ?」
「そこが先ほど言った魂の再生の条件に関わる部分でもある。魂の再生は相手が死ぬ前に実行しておく必要があるのじゃ。魂が消えてしまったら終わりなので、魂が消えないように前もって死後の世界の手前で留まらせる必要があるのじゃ。
そしてもう一つ、重要なのは魂が戻って来れる肉体がこの世界に存在している事が条件なのじゃ。魂を留まらせてもこの世界に繋ぎとめる肉体が無ければすぐに消えてしまうからじゃ。
父様は母様を殺す前に魂の再生を実行し、母様の肉体は竜神ゆえに生命力に溢れ、死後もすぐに朽ちずに魂を繋ぎとめられたのじゃ。だから再生を願った父様の前で母様は復活出来たのじゃ」
ホムラの言っている事はユキアに聞いた話に近い部分もあり、何とかスミナは理解出来た。が、聞けば聞くほど自分の復活とまるで違う気がしていた。
「ホムラのお母様が事前に準備していたおかげで復活出来たのは分かりました。でも、それだとわたしはどう考えても復活出来ない筈です?
わたしの認識だとわたしの肉体は完全にこの世から消えていました。そして事前の魂の再生も行われた記憶は無いし、魂が留まらなかった筈です。
でも、わたしは確かに転生前にいた空間にしばらく滞在してました。その理由は何なのでしょう?」
「スミナは理解が早くて助かるな。
まず、事前の魂の再生は行われておったのじゃ。スミナが異界災害の対応に行く前におまじないと言ってキスしたじゃろ。あの時に魂の再生を行っておったのじゃ」
「それってホムラはお父様から魂の再生の祝福を引き継いだって事ですか?」
「結果としてはそうなるな。父様の子供だからなのか、母様が一度魂の再生を受けたからかは分からぬが、わらわにも魂の再生の力が備わって産まれたのじゃ。
もしかしたら父様が魂の再生を行ったのが人では無い竜神だったから一度使われたという事にならずにわらわに能力が移ったのかもしれぬ」
「ホムラがわたしを生き返らせてくれたのは理解しました。この場所は多分星界ですよね。でも、もう一つの疑問が残っています。わたしの肉体は消滅したって言いましたよね。それが何でここにあるのでしょうか?どうしてわたしは肉体を失っても魂が消えなかったのでしょうか?」
スミナは自分が一番疑問に思っていた事を聞く。先程確認したように自分の肉体に間違いなく、身体にある特徴的なほくろも同じ場所にあった。
「それはわらわがスミナの肉体の予備をここに作っておいたからだ。あの時キスしたのはスミナの肉体の情報を読み取るうえで必要な行為だったからじゃ。
といっても、完全に人として作ってしまうと魂が宿ってしまう。なので完全に人になる前のスミナの肉体を準備しておき、スミナの死を感知して再生させるよう仕組んでおいたのじゃ。
この方法なら魂は消滅せぬからな。ただ、スミナがこの世に戻って来るのに時間がかかってしまった。それは完全に同じ姿まで再生させるのに時間がかかったからなのじゃ」
「そんな事が出来るの?それなら他の人も肉体の準備をしておけば死んでも生き返る方法があるって事になる?」
スミナはホムラが説明した事に驚く。ホムラの言っているのは現実世界で言うクローン技術みたいなものだ。ホムラが出来るのなら魔法で再現出来てもおかしくはない。
「言ったであろう、魂と肉体、両方の対応が必要じゃと。スミナが戻って来れたのは魂の再生で魂が留まっていたからじゃ。いくら肉体だけ作っておこうと、そこには普通は戻って来れぬのじゃ。
そもそも肉体の予備を作るのも竜神の世代交代の能力を転用したからで、普通には出来ぬ。
まあ、母様が能力の研究をさせた魔導帝国では似た技術までは再現出来た。だが、同じ肉体を作っても別の人間になってしまい、魂の転移や死者の再生は不可能じゃったと。死者の復活だけは転生者の特別な祝福でのみ可能な技だということじゃ」
「話は理解しました。
一つ質問があります。ホムラはわたしが死ぬ事を分かってから準備してたんですよね?わたしが封印兵器を使って、弱ったところを魔神に殺されるって知っていたんですか?」
スミナは凄い準備をして自分を生き返らせてくれた事は理解したが、そもそも自分の死を分かっていたなら死自体を回避出来たのではと思ってしまう。
「いや、わらわとて全知全能では無い。ああいう結末になるとは分かっておらんかった。
だが、スミナが死ぬ可能性が高いとは思っておった。ミアンが封印兵器を使えないだろうとは予想しておったし、ルジイというガキに魔神が隠れてるのも知っておった。スミナが自分を犠牲にしても封印兵器を使おうとする事もな。
確かにわらわが助言したり直接手を下せば流れが変わったかもしれぬ。だが、それによって変わった流れが必ずともよい方向へ流れるわけでは無い。わらわは竜神の知恵としてそれを知っておるから手出しも口出しもせんかった。
まあ、神機と竜の涙をスミナに渡しはしたがな。あれはあくまでスミナの所有物だという事と、わらわからの好意の現れじゃ。だが、それらはスミナを助けもしたが、スミナが死ぬ原因にもなった。その可能性があったから、わらわはスミナに魂の再生を施したのじゃ」
「疑ってしまってごめんなさい。
ありがとう。ホムラの助けが無ければ異界災害も抑えられなかったと思うし、今ここにいなかった。
でも、魂の再生って凄い貴重な技なんですよね。どうしてわたしなんかに使ったの?」
スミナは人間の自分なんかにどうしてホムラがここまでしてくれるのか理解出来ない。スミナとしてはやれる事をやって死んだつもりだったのもある。それにホムラが言った話だと魂の再生は1度しか使えない祝福だった筈だ。
「惚れた女の為に尽くす事はおかしなことじゃ無いじゃろ?
というのも本気ではあるのじゃが、わらわは今の世界で気になっている事があるのじゃ。
この世界の今までの歴史で、同時代に複数の転生者がいた事はあった。だが、それはその転生者が産まれた時代のずれがあり、たまたま重なっただけの場合が多かった。長命種族の転生者が死んで無かっただけとかな。
だが、今は4人も転生者が存在しておる。しかもそのうち2人は双子の転生者じゃ。今までの歴史上に双子の転生者は存在しておらんかった。わらわはこれは普通の事では無いと考えた。地上に降りたのもその為じゃ。
そして、神機を肉体を犠牲にせずに使うスミナと出会った。しかも妹のアリナは魔力を具現化する能力持ちじゃ。わらわはお主らが特別な存在だと認識したのじゃ」
ホムラはスミナを凄い転生者だと認識しているようだが、スミナは自分がそこまで特別な存在だと思っていない。どちらかといえば妹のアリナの方が能力的にも才能的にも優れていると思っているし、転生者としての凄さならアスイの方が上だと感じている。好かれる事は嬉しいが、ここまでしてもらうのはやはりおかしいと考えてしまう。
「ホムラの気持ちも、してくれた事も凄く嬉しいけど、やっぱりわたしはそこまでしてもらう存在じゃないと思う。アスイさんやアリナの方がわたしよりも凄い能力の持ち主だと思うし」
「確かにその2人も能力は高いかもしれぬ。ただ、アスイはダメじゃ。あの者の心の迷いが世界を平和へと導かなかった。まあ、王国という存在にも問題があるし、アスイだけを責めるわけにもいかぬだがな。
しかしスミナ、相変わらずお主は自己評価が低いのう。戦うだけが能力では無い。知識、考え、観察眼。そして優しさ。確かにわらわが惚れたのは神機を使った時のスミナの強さであったが、その後スミナと過ごし、わらわの判断は誤って無かったと感じておる。もっと自分に自信を持ってもいいのじゃぞ」
スミナはそれを聞いて納得は出来なかったが、ホムラの気持ちは伝わった。スミナはアリナにもっと素直に褒められたら喜べばとよく言われていたのを思い出す。そこでようやくアリナ達がどうしているか気になっている方に気持ちが切り替わった。
「そうだ、自分の状態は理解出来たけど、それよりみんなの事が心配です。今ってわたしが死んだ時からどれくらい時間が経ってますか?」
「丁度3週間過ぎたところじゃな。
で、地上の心配をするのはいいのじゃが、その前に確認しておきたい事がある。
スミナ、改めて言うぞ。わらわの伴侶となって、この星界でともに暮らさぬか?ここには争いも心配事も無い。無益な戦いも無いし、飢餓も災害も無い。死ぬまで穏やかに暮らせるぞ。
ああ、勿論1人でいろとは言わぬ。妹のアリナと魔宝石のエルぐらいなら連れて来ても構わぬ。それに地上に降りるのも年に数度なら許可しよう。その時地上の心配事があるなら解決してきてもよいぞ。必要ならわらわも手を貸そう」
ホムラは身を乗り出し、スミナの目を真っ直ぐに見て言う。それは本来ならとても魅力的な誘いなのだろう。それに加えてスミナはホムラに助けてもらったり、生き返らせて貰った恩義もある。断れる筈は無かった。
「すみません、少しだけ返事の時間をくれませんか?」
「そうじゃな、起きてすぐだし落ちついてから答えてもらった方がいいな。
それと、これを渡しておこう。服はわらわが記憶から作り出した物だが、私物は地上から持ってきた物じゃ。神機が自らを腕輪に戻して破壊を逃れた際にスミナの魔導具も同時に転移させていたようじゃ」
ホムラがテーブルに置いたのはスミナの衣服とミーザの形見の魔導具である物を仕舞えるベルト、そしてアクセサリー屋のナシュリに貰った指輪だった。
「よかった。ベルトも指輪も消滅したと思ってたから」
「じゃあわらわは少し席を外す。呼べばそぐに来るから用事があれば呼んでくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
スミナが改めて礼を言うとホムラは扉から出て行った。とりあえず着慣れない白いローブからホムラが作ってくれた自分の私服に似た服に着替える。服のサイズはこちらもぴったりだった。魔導具のベルトも装着し、どこか日常に戻った安心感があった。そしてスミナはテーブルに置かれた赤い石のはまった指輪を見つめる。
(アリナ、どうしてるのかな……)
ホムラの口ぶりからアリナが生きているのは確かだと分かる。ただ、スミナが死んだあと何が起き、今どうなっているかは分かっていない。
スミナは指輪を手に取り、ゆっくりと左手の中指にはめた。その瞬間、スミナはとてつもない胸の痛みを感じる。一瞬にして遠方にいるアリナと繋がり、その溢れんばかりの感情が流れ込んで来たのだ。
(場所は、王城の玉座の間?)
スミナの知覚はそこまで把握出来て、アリナの近くに魔宝石のエルがいる事が分かった。それによってエルとも連絡は出来なくとも薄っすらと繋がった事が分かる。場所は分かったが、何が起きているのかは理解出来ない。ただ、少ししてエルから一瞬の映像がスミナに送られてきた。
(これが、アリナ!?)
その映像に映っていたのは赤黒い禍々しい鎧を全身に身に纏ったアリナが国王の座る玉座に向けて攻撃をしているところだった。近くにはレモネとソシラがおり、ソシラは魔族と思われる敵と戦っていた。少し離れた場所には巨体の獣人と戦うオルトの姿も確認出来る。玉座の周りにはアンデッドが取り囲んでおり、王国の騎士や魔術師が国王を守っている。さらに、映像の端の方に壁に縫い付けられた燃える特殊な姿のアスイと床に倒れている兄のライトも確認出来た。
スミナは自分がいなくなった後に魔族が攻め込んできていて、玉座まで追い詰められた事を理解した。そして、アリナがなぜか敵側にいる事も。ただ、アリナは望んで戦っているのでは無い事も先ほどの胸の痛みから理解する。
(多分アリナはわたしが死んだ責任を感じ、他に方法が無くて魔族側に付いたんだ)
スミナは大まかな予想をする。どういう手段を取ったかは分からないが、スミナが死んだあとアリナは魔族の力を借りて魔神ドヅを倒したのだろう。その代償として自分は魔族側に寝返ったのだ。もしかしたら自分が死んだので自暴自棄になっているのかもしれないともスミナは考える。結局アリナを追い込んでしまったのは自分なのだろうと。
(やっぱりわたしはここにはいられない!!)
スミナは決断した。スミナはすぐにホムラに話そうと、部屋の扉を開ける。そこには廊下があるのだろうとスミナは考えていたが、目の前に広がった景色は大きく異なっていた。
「ここは、宇宙?」
地面に辛うじて道はあるものの、周囲は荒野が広がっていて、星空が物凄く近く感じる。そして何より頭上に青い星が大きく浮かんでいる事に驚いた。星界とは聞いていたが、実際に自分がいた星とは別の星にいるとはスミナは思っていなかった。自分がいた白い部屋の小さな建物はそんな荒野にポツンと建っていたのだ。
(綺麗……)
スミナはしばらくの間周囲の景色を眺めていた。太陽や星との距離が近く感じ、太陽に照らされる岩山と地面だけの荒涼とした大地もまた幻想的で美しく感じてしまう。そして何より空に輝く地球にも似た青い星がとても綺麗だった。
「もう出て来たのか。景色を見て驚いたようじゃな。
星界とはお主らが言う金月の事を指しておるのじゃ。竜神はこの地で世界竜ワワヴォが作り出した星クォラを見守っておる」
「ここは月だったんですね」
いつの間か背後からホムラが現れていた。スミナは自分が月に立っていた事に驚きを隠せない。ただ、ここには空気があるし、現実世界の月とは環境が異なるようだ。
ちなみにこの世界には月が3つあり、スミナ達が月と通常呼ぶのが一番大きい金月で、次に大きい銀月は獣人が信仰の対象にしていると書物に書かれていた。一番小さい月はぼんやりとしか見えない灰月で滅多にはっきりと見えず、灰月が赤く光るのは不吉の象徴と言われている。
スミナはここで初めて自分達がいた星がクォラという名だと知った。そして世界竜の名前も。こうやって外から観測しない限り、自分の住む星の事を意識しないから名前も広まっていないのかもしれない。
「どうじゃ、ここからの地上の眺めは。といってもスミナの眼では見える範囲が限られておるな。興味があるなら人間用の展望台へ案内するぞ?」
ホムラにそう言われて、スミナは自分が言わなければいけない事があった事を思い出す。
「ホムラ、先程のお誘いの答えが決まりました。
ごめんなさい。今は無理です。わたしには地上でやらなければいけない事があるから。
地上が落ち着いたら改めて考えさせて下さい。でも、その頃にはホムラのわたしへの興味は無くなってるかもしれないけど」
「そうか。まあ、スミナならそう答えるだろうとは予想しておった。妹のアリナの事もあるしな。
で、どうするんじゃ?今すぐ地上に戻るのか?」
「はい。この指輪をして、少しだけ地上の様子が伝わってきました。そしてアリナが無茶をしている事も。わたしはそれを止めないといけない」
スミナはホムラが少し寂し気な表情をしたのを見逃さなかった。見たところ、ここには他に誰もおらず、所々に建物は見えても1人で暮らすには寂し過ぎると感じる。だからスミナはすぐにでは無くともホムラにも何かしてあげなければいけないと思うのだった。
「分かった。が、わらわはもう地上へは戻らぬ。スミナがやる事は止めぬが、手伝いもせぬ。地上に降りて少々やり過ぎた気もしたのでな。
勿論スミナが手助けして欲しいと言うのなら手を貸すが」
「それは大丈夫です。でも、学校にはもう通わなくていいんですか?」
「ああ、あれは元々スミナの答えを聞くまでのつもりじゃったからな。
ただあの時間は楽しかったな。わらわも人間だったらあんな生活をしていたかもしれんな」
スミナはホムラの言葉からやはり寂しさを感じてしまう。
「ホムラさえ良ければ地上へ来ませんか?手助けはしなくていいので、あくまで友人として。わたしの家なら自由に使っていいと思いますし」
「誘いは嬉しいが、わらわの目的はあくまで伴侶を探すことじゃ。竜神が地上にいればバランスが崩れ、予想外の事が起こる。それはスミナも実感したじゃろ。
なに、心配せんでいい。わらわは何百年もこうやって1人で暮らしておったのじゃ。人間のような寂しさを感じる心も無い。それにスミナの事はここからでも見ていられるからな」
スミナにはホムラの言葉が強がりのようにも聞こえた。ただ、ホムラにはこれ以上何を言っても流されるだろう事は分かった。
「分かりました。
それで、地上に戻りたいのですが、どうすればいいんでしょうか?」
流石にここからどうやれば地上に戻れるかスミナには見当つかなかった。
「わらわが竜神の姿で乗せて帰るのが一番楽なのだが、地上へ戻らないと言った以上スミナ1人で帰ってもらうのがいいな。
まあ神機を使えば楽に帰れるじゃろう。この竜の涙も余分に渡しておこう」
ホムラはそう言うと何も無かった空間に小さなテーブルを作り出し、その上に神機グレンの腕輪と銃型の神機ライガ、スミナが特殊な飴玉と思っていた竜の涙を5つ置いた。
「そうだ、ホムラに聞きたい事があります。この竜の涙ってどうやって作ったんですか?わたしの肉体を再生させた時に入っていたガラス状の物体も似たような物に感じました」
「竜の涙については説明してなかったな。これは竜神の状態のわらわの生命力を絞り出して作った物じゃ。作るのに少々時間がかかるので一気に大量に出すことは出来ん。スミナの再生した肉体を包み込んでいたのも似たものではあるが、あれはまた別の能力なので気軽に出来るものでは無い」
「やっぱり貴重な物だったんですね。だったらわたしはこれを受け取れません。そして神機も」
スミナは何となく貴重な品だと思っていたが、竜の涙はやはりホムラの生命から作られた物だった。それを聞いては今のスミナは受け取る事は出来ない。
「どうしてじゃ?確かに竜の涙を作る事でわらわの寿命は減った。だが、ほんの少しじゃ。永遠とも思われる竜神の身体の一生を考えれば瞬きするぐらいの時間にしか過ぎぬ」
「それでもです。一度頼ってしまったら、また必要になってしまう。そうなったら何度もホムラにお願いする事になるじゃないですか。
神機もそうです。本来のわたしの生命力や魔力では使いこなせないものでした。多分手元にあったらまた使ってしまい、死ぬことになってしまう。だからホムラが持っていて下さい」
「魔神やそれ以上の敵がまた現れるかもしれんのだぞ。それでも要らぬのか?」
「はい。魔神は神機の力無しでも協力して倒せましたし、神機があるとそれに頼らざる得なくなります。
もし、神機の力が無ければどうしようも無い敵が現れた時はホムラに返してもらうようお願いしに行きます」
神機の力も竜の涙の力も最終手段として手元に置いておくことはとても魅力的ではある。だが、それでは悲劇を繰り返すか、ホムラの庇護下にある状態にしかならないとスミナは判断した。前に見た勇者テクスの記憶で神機を破壊しなければと言っていたのもそういう意味だったのかもしれない。人には過ぎた力なのだと。
「スミナがそう望むならわらわが預かっておこう。
だが、それだと1人で地上に帰れぬぞ」
「あっ……」
スミナはすっかり大元の問題の事を忘れていた。
「ここには人間が行き来していた事もあるんですよね。その時はどうしてたんですか?」
「基本的に星界へは竜神が連れて来るのが決まりで、帰りも乗せて帰るものじゃった。
ただ、毎回送られるのが恐れ多いと大昔に専用の魔導具を作った者がおったな。それの残りが確か宝物庫にあった筈じゃ。案内しよう」
ホムラはそう言うと星界に作られた道を歩き出す。スミナも素直にそれに従った。
「ここにはホムラ以外誰もいないんですよね?」
「ああ、母様が眠りについた墓所はあるが、母様は基本的に眠り続けるのでわらわ1人じゃ。
大昔に会話相手にと魔導帝国からもらった魔導人形を召使いとして起動させた事もあったがあれは適当な返事しかせんかったから宝物庫に戻してしまったわ。それを考えるとエルは口答えして凄いと思うのじゃ」
「そうですね、エルは確かに人間と同じ意思があるんじゃないかと思う事があります」
スミナはエルが褒められたようで少し嬉しかった。ただ、ホムラはやっぱり1人ぼっちなんだと改めて実感してしまった。
「あれが宝物庫じゃ。色々人間に贈られた物が納められてるが、わらわは魔導具は使わぬし貴金属もわざわざ身に着けたりせんので物置みたいなものじゃ」
ホムラの指差す先に荒涼とした大地と対照的な煌びやかな装飾のされた立派な宮殿のような建物が建っていた。その時点でスミナには宝物庫の中に凄い品々が納められている事を物の価値が分かる祝福の力で感じ取っていた。建物に近付くと、建物自体も白を基調とした素晴らしい建築造形をしていて過去の名のある建築家が作ったのでは無いかと思われた。
「ずっと手付かずだったから探すのに手間取るかもしれぬな」
ホムラが宝物庫の大きな扉を開ける。すると中には彫刻や絵画、豪華な魔導具のシャンデリアなどが飾られ目を奪われた。建物の中は2階に渡って沢山の扉が並び、収納している部屋が多いのだと分かる。
「そういえばスミナは鑑定が出来るのじゃったな。衣服と布のセットの魔導具なのじゃが、どの部屋にあるか分からぬか?多分1階の部屋だったと思うのじゃが……」
「ええと、わたしの能力は正確には鑑定では無いです。似たような事は出来ますが、真贋とか分かりませんし、物の価値に関してはあくまで自分基準なので。
それで、衣服の魔導具ですか。地上に降りられるなら結構貴重な魔導具ですよね。それだとこっちの部屋が凄い魔導具が集まってそうです」
スミナは自分の感覚で右側の手前から二つ目の部屋を指差す。
「ああ、確か魔導具類は右手に仕舞ってたのは確かじゃ。見てみるか」
ホムラが素直にスミナが指した部屋の扉を開ける。扉に鍵など無く、特に防犯は考えて作られていなそうだ。まあそもそも星界に盗みに来る者がいないだろうが。
部屋の中は沢山の棚やテーブルが並び、あまり整理されずに物が詰められるだけ詰め込んであった。棚の上の方は綺麗に並んでいるので、恐らく最初はきちんと整理して置いていたが、物が増えるにつれ適当に置いていったのだろう。ホムラはガサゴソと魔導具を漁っていく。スミナは勝手に手を付けるわけにもいかず、ホムラの様子を見守っていた。
「あったあった。流石スミナじゃ。この部屋で正解じゃったぞ。これは確か“天の羽衣”と名付けられた魔導具じゃ。使えるかの?」
「ちょっと見てみます」
スミナは衣服と布を畳んだと思われる物をホムラから受け取る。触れた瞬間、天の羽衣がどういった道具か理解出来た。この着物に似た煌びやかな衣服は高速飛行出来てその衝撃を着用者にかからない魔法が組み込まれており、布の方は熱や障害物を吸収し星界から地上への落下の摩擦を防ぐ役目を果たす。また、空気が無い場所でも呼吸出来る仕組みも付いていた。
天の羽衣は現実世界の天女の羽衣を思い浮かべるネーミングなので製作者かその関係者に転生者がいたのだろうとスミナは思った。ただ、今は記憶を読んで魔力を無駄に使うわけにはいかないので物の記憶を読むのは止めておいた。
「これ、わたしでも使えると思います」
「服のサイズはどうじゃ?」
「ちょっと着替えて来ます。化粧室はありますか?」
スミナは流石にホムラの目の前で着替えるのは恥ずかしかったので宝物庫にある化粧室の場所を教えてもらった。スミナは今着ている服をベルトに収納し、天の羽衣を着てみる。着るのが着物のように難しいかと思ったが、この世界で作られた似た衣服なので思ったより簡単に着る事が出来た。サイズ的にも女子として身体が大き目なスミナでもやや大きく感じる程度で問題無かった。着た姿を鏡で見てみると思ったより派手な恰好で少し恥ずかしくなる。
ただ、機能的には高速飛行や布を自在に動かせる等、神機ほどでは無いにしても高性能な魔導具だと感じた。気を付けるべきは服の方は機動力に全振りで、防御力が皆無に等しい事だ。攻撃を防ぐのは七色に輝く布の方を駆使するしかない。スミナはベルトを着物の上に巻いてホムラの元に戻る。
「おお、似合っとるではないか。使いこなせそうか?」
「ありがとう。大丈夫だと思います」
「スミナ、ここにある物は好きなだけ持って行っていいぞ。わらわは使わぬし、大事に取っておいたわけでも無いからな。危険な物も神機のように飛び抜けて凄い品も無い。遠慮せず持っていけ」
ホムラが周りにある無数の魔導具について言う。スミナはどうしようか少しだけ迷った。ホムラの言う通り、確かに神機のような格別な道具は無い。それでも地上にある魔導具に比べると凄い物が点在していた。
(わたしにはやるべき事がある。それには力が必要だ)
スミナの脳裏に浮かんだのは異様な鎧を着たアリナの姿だった。神機を使わないと言った以上、それ以外の武器が必要なのは確かだ。
「ホムラ、ありがとう。折角なのでお言葉に甘える事にします。ただ、急ぎたいので最低限の選別で決めます」
「スミナの好きなようにするといい。わらわは外で待っておるので好きなだけ選べ」
ホムラはそう言って部屋を出て行った。スミナは本当にホムラには感謝しかなかった。星界から地上までどれぐらいかかるかも正直分からない。その間に取り返しのつかない事になる可能性もある。だから、スミナは急いで地上に戻りたかった。
(焦るな、わたし。ここで間違えないように)
ここにある魔導具を全て持って行く事は出来ないし、数が増えれば的確に必要な道具を使えない。本当に必要な道具を漏れなく持って行くのが重要だ。自分より強い相手を倒す為の手段を。
スミナは数十分かけて特に貴重そうな道具を確認し、自分が使えそうな物などをベルトの魔導具に仕舞い込んだ。そこには想定外の凄い品も入っており、スミナは結果に満足だった。
「もういいのか、スミナ」
「はい、本当に色々とありがとうございました」
宝物庫を出たスミナは外でソファーに座ってくつろいでいたホムラに感謝を述べる。
「あと、これを渡しておく。本当にどうしようもないと思った時、これでわらわを呼べ。
まあ、わらわの伴侶になるのを決めた時も使っていいからな」
ホムラがそう言って渡して来たのは小さなピンク色の雫型の石の付いたシンプルなネックレスだった。
「分かりました。大事にします」
スミナはネックレスを身に着け、石の部分が壊れないよう衣服の中に仕舞う。触れて分かった道具としての使い方は念じて語りかけるとホムラに通じる物だった。そして石からはホムラの温もりが感じられる気がした。
「もう行くのじゃろ?」
「はい。
また会いに必ず戻ってきますので。では、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
ホムラは笑顔で見送る。スミナは天の羽衣で宙へと浮かび上がった。
スミナは星空の中を七色に輝く布を翼のように広げて飛んでいた。真っ暗な宇宙の中を飛ぶのはとても不思議な感覚だった。スミナは初めて真の自由を手にしたような気がした。急いでさえいなければこのまま好きに宇宙を飛び回りたいと考えてしまう。だが、今はその時では無い。
星界から離れるにつれ、自分がいた場所が本当に月だったのが分かった。逆に青い星、クォラが段々大きく見えてきて、魔導具の力で拡大して見るとちゃんと王国がある大陸があるのが分かった。
(待ってて、アリナ!!)
スミナは速度を上げ、流星になり大地へと急降下するのだった。