19.決死の防衛戦
アリナ達が消えた後も王城の玉座の間は騒然としていた。
「ネーラ様の脈はまだあるぞ!!医療部隊はネーラ様の治療を最優先にしろ!!」
「油断するな、まだ魔族の生き残りが隠れている。転移の呪具は見つけ次第破壊しろ!!」
「ライトはまだ息をしている!!誰か、魔力の供給が出来る魔術師を寄越してくれ!!」
人々の声が交差する中、レモネはソシラと共に立ち尽くすしかなかった。レモネの手には先ほど玉座に向かって投げた魔宝石のエルの宝石形態が握られていた。声は聞こえなくなったが、以前と異なり微かに光の点滅を繰り返していた。日光で魔力を補給すると聞いていたので日が昇ったら外で魔力を補給してみようとレモネは考える。
怪我をしていたアスイは魔神の姿から元の魔導鎧の姿に戻り、大きな傷は見えなくなっていた。今は念の為玉座の横で王の護衛を続けている。比較的元気なオルトは騎士団の騎士と共に城内の残りの魔族を退治に出て行った。
「これで襲撃は終わったのかな?」
「分からない……。でも、大きな危機は乗り切ったと思う……」
レモネに寄りかかりながらソシラが疲れた声で言う。レモネも疲労しているが、無理な役目を振ってしまったのでソシラは疲労も限界だろう。
ただ、それを言ったらアスイ達や騎士団の人達は数日間対応していた最中の襲撃なのでもっと疲労している筈だ。改めて異界災害から始まった王都への襲撃はその傷跡をずっと引きずっているなとレモネは思う。そして自分達は役に立っているのだろうかと思ってしまう。
(お父さん……)
レモネは落ち着いた所で父の死を思い出し悲しくなる。丁度王都に来ていたのは運が悪かったとしか言いようが無い。だが、父デンネが見つけた魔族の呪具のおかげで今回の襲撃を乗り切ったとも言える。デンネは人々の為にやるべき事をやったのだとレモネは思う事にした。
「レモネさん、少しいいですか?」
玉座の間の隅でそんな事を考えていたレモネのところにアスイがやって来た。とりあえず周囲の安全は確保出来たのだろう。
「はい、何でしょうか?」
「先ほどアリナさんの攻撃を防いだのはエルさんの魔宝石よね?詳しく説明してもらってもいい?」
「はい、分かりました」
アスイに言われてレモネはアリナが2度目の攻撃を玉座にしようとした時にエルのものと思える声が自分にだけ聞こえた事を伝える。そして投げたエルが反応してシールドを張ったと。ただ、その後は再び声が聞こえなくなったと説明した。
「そうですか……。レモネさんが新たな主人になったわけでは無さそうね。となると、何か切っ掛けがあったかしら。もしかしたらエルさんには私達では分からない秘密があるのかもしれないわね」
「アリナの様子も変だった……。あの瞬間何かの力が働いた可能性がある……」
ソシラがエルが攻撃を防いだ後のアリナの様子について言及する。確かにあそこで敵があっさり引き上げた理由も不明ではあった。エルのシールドが問題なのはそうだが、まだ魔族側が有利な印象はあったのだから。
「そうですね、アリナさんは前の戦いの時も様子がおかしくなった時があったのよね。あの闇術鎧という鎧にまだ問題があるのかもしれない。
まあそういった話は落ち着いてから話し合いましょう。レモネさん、ソシラさん、来てくれてありがとうございます。あとは城の者がやるので今日は寮に戻って下さい」
「分かりました、アスイさんもちゃんと休んで下さいね」
「お疲れ様でした……」
レモネとソシラは邪魔にならないように安全な通路を通って城から出て行く事にする。手伝いたい気持ちはあるが、かなり無理をしたので休みたい気持ちの方が強かった。こういう時はちゃんと休んでから手伝った方が邪魔にならないとレモネは思っている。
王城の門を抜け、ようやくワンドエリアにレモネ達は入った。ただ、寮まではそれなりに距離があり、ソシラは疲れ切った顔をしていた。馬車や移動用の魔導具を借りるという手もあるが、そういった店がこの辺りにあるかレモネは知らない。なので2人はとりあえず寮に向かって徒歩で向かう事にした。
「レモネさん、それにソシラさんも。無事だったのですね」
急にレモネとソシラは目の前に魔導馬車が止まり、声をかけられた。声をかけてきた相手は特別部隊の管理役であるメイルだった。メイルは馬車から降り、他にも乗っていた者も降りて来た。乗っていたのは同じく特別部隊の聖女のミアンと戦士科のゴマル、魔法騎士科でスミナの友人であるエレミの3人だった。おそらく襲撃を聞いて城に向かっていたのだろう。
「メイルさん達も城まで来ていたんですね」
「はい、丁度学校の方まで皆さんと話し合う事がありまして。その時お城への襲撃の知らせを聞き、急いで向かって来たのです。
レモネさん達はお城で何があったか知っていますか?」
メイルに聞かれてレモネは城で起こった出来事について説明する。あまり心配をかけたく無かったのでペンタクルエリアでの事や父の死については話さなかった。
「またアリナお嬢様が現れたのですね。そしてネーラ様とライト様が重体ですか。気にはなりますが、まだ大変な状況でしょうね。
あと、エルさんの話も気になります」
「簡単にですが手当しますねぇ」
ミアンが話を聞きつつレモネとソシラに回復魔法をかけてくれた。レモネは傷自体は少なかったが、疲労も少し回復し、調子がよくなっていた。
「敵はいなくなったと思いますが、お城はまだ慌ただしいと思いますよ」
「そうですね。お2人は移動手段が無いようですし、今日は一旦引き返しましょうか」
メイルがそう提案した時だった。「キャー!」「うわーー!」という悲鳴や叫びが周囲から聞えてきた。そして喧騒と同時に魔法や金属音などの明らかな戦闘の音も響いている。
「敵襲!?このタイミングで?」
レモネは思いっきり油断していたので本気で驚いてしまう。
「あれは、巨獣です。住宅街に向かってますので止めましょう!!」
巨大な敵が道路に現れ、メイルが即座に判断する。6人は戦闘態勢を整え、即座にザリガニのような巨獣へと向かった。全身濃い緑色の甲殻類のような巨獣は巨大なハサミを振り回して建物を破壊しながら前進している。町を巡回していたと思われる数人の騎士が必死に食い止めようとしているが、人の身長の数十倍大きく、殻も硬く分厚いため苦戦していた。
「補助魔法かけましたぁ。ミアンは皆さんを援護します」
「連続で申し訳ないけど、レモネさんとソシラさんは巨獣本体への攻撃をお願いします。私とゴマルさんとエレミさんは敵の攻撃を引き付けます」
「了解です」
「分かった……」
メイルの指示で攻撃役と囮役で分かれる。巨大な敵への攻撃力を考えれば正しい割り振りだ。
最初に素早い動きでメイルが巨獣の前に飛び出し、攻撃を誘う。巨獣は戦っていた騎士から目障りなメイルに対象を変え、攻撃を仕掛けて来る。そこにゴマルが割り込み、硬化した身体で攻撃を受けた。更にエレミが槍でハサミの隙間に槍を突き刺し、巨獣のターゲットを完全に3人に移す事が出来た。
ソシラは虚像を巨獣の上に作り、そこに祝福で入れ替わって巨獣の上に乗る。レモネも祝福の力を足に集中させ、上空に飛び上がった。
「弱点は首の隙間……」
「分かった!!」
ソシラが巨獣の弱点をレモネに示し、レモネはそこへ向かって斧を構えて魔法で加速して突っ込む。巨獣は2人に気付いたが、即座に反応は出来ない。
(もう私達はあの頃とは違う!!)
レモネは以前巨獣との戦いで双子に助けて貰った事を思い出し、それよりずっと強くなった事を示すかのように勢いをつけた。
「どりゃああ!!」
レモネは自ら縦に回転しながら斧を分厚い殻の上から巨獣の首の付け根に叩き込んだ。最大パワーのレモネの一撃は巨獣の殻を割り、首の肉を一気に切り裂いた。それで巨獣の核となる臓器が剥き出しになった。
「トドメ……」
ソシラは切り裂かれた肉の中に虚像を作って移動し、鎌で臓器を切り裂いた。すると液体が噴水のように上空に吹き上がる。ソシラはそれが身にかかる前に地上に虚像を作って移動した。レモネは逃げ切る事が出来ず、それを頭からかぶる事になってしまう。
「何これ、臭い……」
レモネは文句を言いつつも、崩れ落ちる巨獣を見て一先ず喜んだ。しかし、その喜びも続かなかった。
「皆さん、敵は周り中に居ます!!」
ミアンが叫んだ。見ると遠くに複数の巨獣が見え、近くには中型のモンスターが大量に現れていた。機械のような敵は見当たらないので巨獣以外の強さはそれほどでも無いが、町中でこれだけいるとどう見ても対応しきれない。国の騎士団などの援護が欲しいが、騎士団が大変な状況なのをレモネは知っていた。
「このままでは大変な事になります。アスイに連絡してみます」
メイルが携帯用の通話の魔導具を取り出す。レモネはメイルに任せた方がいいだろうとその様子を見守った。
「アスイ、すみません。ワンドエリアの町中に大量の敵が現れて混乱しています」
『そっちも?ごめん、城内にも再び敵が現れて私もオルトさんもすぐには援護に行けそうにないわ。
戦技学校になるべく人を集めて耐えてもらってもいいかしら?』
「分かりました。ここにはレモネさん達特別部隊のメンバーもいるので一緒に向かいます」
『お願いね。みんなに伝えて。自分の命を大事にしてって』
「はい」
アスイも緊急事態のようで、通話は一瞬で終わった。メイルは簡潔に内容を説明し、みんなを魔導馬車に乗せる。
「この辺りのモンスターを退治してから移動した方がいいのでは無いですかぁ?」
「勿論そうしたい気持ちもありますが、状況を考えるなら戦技学校へ急いだ方がいいでしょう」
ミアンの問いに対しメイルはそう言いながら魔導馬車を発車させた。走る馬車から外を見ると町にいた兵士や戦える市民達が必死にモンスターと戦っていた。
「戦技学校に行くのに何か理由があるんでしょうか?」
レモネはその理由が思いつかず、アスイとメイルの判断について確認する。
「いくつもの襲撃事件があって、学校も狙われる事が多かったですよね。なので国と学校が協力して、敵の襲撃時に戦技学校を避難場所兼防衛用の砦として使えるように秘密裏に改修していたんです。勿論この事実は一部の者以外には秘密になっていました。今頃学校には周辺の人達が避難出来るように誘導されている筈です」
「そうだったんですか」
レモネは前にアスイから寮の貴重品を持っておくように言われた事を思い出す。アスイはこの事を言っていたのだと納得がいった。町全てを守るのは大変だが、学校だけなら人数が少なくても守れるかもしれない。それに巨獣を除けば町の建物への被害もそこまで酷くはならないだろう。
“ビーーーー―!!”という警告音のようなものが魔導馬車内に鳴り響き、走行中の魔導馬車が緊急停止した。その衝撃で乗っていた人達は椅子に身体をぶつける。
「何があったの?」
「すみません、魔導馬車が突然止まってしまいました。緊急事態だとは思うのですが、機械の表示が何を表しているのか私には分かりません。エルさんだったら分かると思うのですが」
メイルが必死に答える。魔導馬車は魔導帝国時代の物なので使い方を理解せず使っている部分も多いらしい。同じく魔導帝国で作られたエルや機械の使い方が完全に分かるスミナなら止まった理由も分かったかもしれない。レモネはエルの魔宝石を見るが、薄っすら光っているだけで、反応は無かった。
「何でしょう、あれは?」
魔導馬車の左側に座っていたエレミが外の景色を見ていて何かに気付く。乗っていた他の人もエレミが指差す方を見てみた。ワンドエリアの西側には塔のような魔導研究所の建物が多く建っていて、その塔の一つが眩しく光っているようだ。見ているうちにその光が一本の線のように町中に向かって伸びる。次の瞬間、“ズドドドドドッ!!”という轟音と共に町に伸びた線の先から火柱が空に向かって伸びた。それはそのまま甲虫のような巨獣がいる方に向かい、巨獣の身体を焼き払った。
「魔導研究所には魔導帝国時代の魔導兵器があると聞いています。恐らく今のがそれで、その射線に魔導馬車が入りそうだったので察知して止まったのでしょう」
「なるほど、そういう事でしたか。しかし、今の兵器があるなら巨獣も何とかなりそうですね」
「どうでしょう?そんなに有用な兵器なら国で採用された筈です。恐らく、今の1撃で終わりか、再発射に相当な時間か魔力が必要なのではと自分は思います」
ゴマルが魔導研究所の兵器と思われる物について説明した。ゴマルの言う通り、そんな凄い兵器なら今までの巨獣対策の時に使われてもおかしくない筈だとレモネも思った。
「とにかく魔導馬車の警告も止まったので今のうちに学校へ急ぎましょう」
メイルは頭を即座に切り替え、急ぎ学校へと向かった。魔導馬車は頑丈で、多少の火の中でも問題無く走る。兵器による町自体への被害もあったが、それよりも大量の敵を倒すのには有用だったようで魔導馬車は敵を避けながら走る事も少なくなった。
しかししばらく魔導馬車で進むと敵の数が増え、戦っている人もいて馬車での移動が困難になる。
「大分学校に近付きましたし、ここからは敵を倒しつつ徒歩で学校に向かいましょう」
「「了解です」」
メイルの指示で馬車を降り、6人は徒歩で学校を目指す。ワンドエリアは魔術師が多い地域なので魔法で何とかモンスターを倒す人達を見かける。しかし、中型以上のモンスターは魔法が効き辛いので苦戦している人達が多かった。メイル達はそういう人達を助けつつ、一緒に移動して学校まで案内する事にした。
とにかく数が多い小型のモンスターは王国周辺で見かけるものが多かった。逆に1割程度混ざっている強力なモンスターは王国では見かけない凶暴なモンスターで、明らかに魔族連合が連れてきたモンスターだと分かる。それでもメイル達は戦闘経験があり、苦戦するほどでは無かった。
「キリが無いですね。これじゃあなかなか学校に辿り着けないです」
「ですが、町中にこれ以上いると守り切れません」
メイルの言う通りで、助けた人数が増えるにつれ6人で守るのが困難になってくる。戦争を経験していないレモネは大量の敵と戦う事の困難さがようやく分かって来たのだった。戦力で勝っていても疲労は溜まり、集中力も落ちてくる。何より人を守りながら戦う事がこれほど労力を使うとは思っていなかった。
「しまった!!」
レモネは正面の敵に気を取られ、味方がいない右側の敵を見逃してしまった。そのせいで子供連れの親子のそばに大きな剣を持ったオーガが近付いてしまう。が、そのオーガはあっという間に首を切られて倒れていた。
「何をのんびりしていますの?市民の誘導はもっと優雅に行うものですわ」
オーガの首を斬ったのはクラスメイトで貴族のお嬢様であるマミスだった。いつの間にかレモネ達の周囲にはマミスの他にもクラスメイトのジオノやマミスのそばにいつもいる友人の女子達も来ていた。
「マミスさん、来てくれたんだ」
「市民の危機を救うのが貴族の務めですわ。
わたくし達だけではありませんよ。戦える生徒は皆避難誘導に動いておりますわ。それにほら、先生方も戦っていますのよ」
「マミスは今まで活躍出来なかったのを気にしてんだぜ。僕だって折角特別部隊に誘ってもらったのに危険だからって参加出来ないのはイヤだと思ってたのさ」
マミスやジオノもレモネ達と同じく特別部隊には入っていたが、調査以外の危険な仕事は割り振られていなかった。勿論生徒の安全を考えての判断だが、本人達は気にしていたようだ。
「余計な事を言わずにジオノさんは口より手を動かすのですわ。ここはわたくし達が何とかしますから、早く市民を學校へ」
「分かりました。ありがとう、みんな」
レモネ達は救援に駆け付けてくれた生徒や教師達のおかげで何とか道中で助けた人達を学校まで連れて行く事が出来た。
「レモネさん達も学校まで来られたようですね」
「ミミシャ先生。学校の状況はどうなんですか?」
レモネ達の担任であるミミシャは魔導鎧を身に着け、いつもと違う戦える姿になっていた。
「王国の協力もあって、今は学校にモンスターを寄せ付けません。ですが、巨獣に関しては襲われる前に倒す必要があります。あと、怪我人も多いので救護の人が足りていません」
「でしたら、私が行きます」
話を聞いてミアンが名乗り出る。
「それには及びません、ミアン様。ここは我々聖教会の者が対応致します。ミアン様はミアン様にしか出来ない事を為して下さい」
するといつの間にか聖教会の信徒でもある生徒達が集まって来てミアンの代わりを申し出て来た。
「確かにミアンさんがいて下されば巨獣との戦いも楽になります。ミアンさん、お願い出来ますか?」
「分かりました。私は戦いに身を投じます」
こうしてレモネ達は再び学校の外からの脅威を排除すべく外に出た。外からは次々と避難してきた市民が兵士や戦える生徒達によって連れて来られていた。
「イニスさん、それにポッツさんにペンリさん、ノノグさんまで。皆さん協力して頂いてたのですね」
「ゴマル、久しぶりっす。俺達もこんな事態じゃじっとしてられなくてね。ノノグも色々あって今は付いて来るぐらいになったっす」
「私も一応特別部隊のメンバーなの。今出来るのは生徒の安全を守りつつ、市民を助ける事。アリナさんが居なくなったって聞いて、みんなやる気になってるのよ」
ゴマルが以前アリナと野外訓練でパーティーを組んでいたイニス達を見つけて声をかけた。ポッツとイニスは自分達が戦闘に参加して市民を助けている理由を答えた。元々実力があるメンバーだと聞いていたのでレモネは色んな生徒が努力してくれて本当に助かると思っていた。
「訓練用のゴーレムが戦闘してる……」
「ほんとだ。あんな事も出来るんだ」
ソシラが生徒達に混じってゴーレムが戦っているのに気付く。敵の数が多いので戦力が増えるのは確かに助かる。
「あれは僕が調整したんです。僕自身は戦闘は出来ませんが、ゴーレムの調整は出来ますからね」
「ジゴダ先生。助かります」
レモネは直接授業は受けていないが、学者タイプのジゴダまで協力してくれてるのだと驚いた。戦技学校の先生は総出で何らかの手助けをしているのだろう。
レモネ達は人の手が足りていない場所へと積極的に動き、火の手が上がっている商店街の方まで来ていた。そこでは屈強な男達がか弱い市民を助けたり、魔法の得意な者は被害が広がらないように消火や逃げ道を作り助け合っていた。
「ナシュリさんも避難の援護をしてくれていたのですね。ありがとうございます」
「いえ、私は魔法で援護してるだけで大したことはしていません。裏町の人達が協力してくれなければ私もここまで逃げて来れませんでした」
裏町でアクセサリー屋をしているナシュリを見つけたメイルが話しかけた。ナシュリの言う通り普段は嫌われ者である裏町のならず者達も危険が迫った時は助け合いが出来るのだとレモネは感心した。レモネ達も市民と協力して周囲のモンスターを倒して避難する道を確保する。
予想以上の人達が戦闘に参加し、市民の避難に力を貸してくれていた。このまま学校を守れれば人の被害はかなり防げるのではとレモネも目の前が明るくなった気がしてきた。そして戦う気力も湧いてきた。それは他の人達も同様のようだった。
レモネ達は必死に戦い、学校近くの人達の避難はほぼ完了したと報告を受けていた。敵の数はまだまだ多いが、学校の周りは強化された壁に囲まれているので、入り口を守って巨獣を近寄らなければ安全を確保出来るようになっていた。
「周囲の巨獣は減ってきましたね。もう少し耐えれば騎士団の助けも来る筈です」
メイルが状況を確認して告げる。レモネはとっくに体力は限界を迎えていたが、何とか気力で戦い続ける事が出来た。色んな襲撃が重なって王都の市民達の危険に対する意識も変わり、皆が協力してくれたから戦えたとレモネ達は感じていた。
「ヤバい……」
最初に危険を感じたのはソシラだった。
「魔法城壁が破壊されました。上空に気を付けて下さい」
ミアンも周囲の変化に気付き、注意を促す。魔法城壁は王都全体を覆っており、出入り口以外は敵の侵入を防ぐ役目を果たしていた。特殊な転移で王都内に敵は侵入していたが、それでも空からの攻撃は魔法城壁があるので気にする必要は無かったのだ。王都に対空の備えが無いわけでは無いが、あくまで緊急用ですぐに使えるものは無いと思われる。なので、もし敵が空から攻めて来たなら成す術が無いと言っていいだろう。
「何あれ……」
闇夜を覆う複数の巨大な影に外に出ていた人達が気付き始める。それらは遥か上空を飛んでいて、魔法で拡大してみて鳥型や飛竜型の巨獣達だと分かった。その数は数十体おり、高さ的に飛行魔法で簡単に届く距離では無い。
「これは危険です。建物に避難しましょう!!」
メイルが咄嗟の判断をするが、それすらも既に遅かった。巨獣から沢山の何かが投下されていたからだ。そしてその落下の速度は想像をはるかに超えていた。
「上空にシールドを張ります。魔法が得意な方は補強して下さい!!」
ミアンが自分を中心に空に攻撃を防ぐ為のシールドの魔法を急遽展開する。魔法科のポッツやペンリなどはその下に補強するように魔法のシールドを作った。ミアンのシールドは他の人に比べて強力だが、それでも半径30メートルぐらいの大きさにしかならず、外からでは学校の校舎までは守れない。ただ、校舎自体には既に防御用のシールドが張られていた。
「来ます!!」
ミアンが叫ぶ。レモネ達は下手に動く事も出来ず、状況を見守るしかなかった。降って来たのは巨大な金属の球で、シールドが張られていない町に落ちた球は建物を破壊して地面に激突し、振動を起こした。球は場所を指定して落としている訳では無いようで、敵味方問わず周囲に次々と降り注いでいた。
ミアンが張ったシールド上にも球は降り、一つ目の球はシールドで衝撃を吸収出来たが、二つ目の球が当たった時点でシールドが弱まり貫通していた。それでも他の魔術師がシールドを張っていたのもあり、ミアンがシールドを張っていた範囲でけが人は出なかった。
「学校が!!」
エレミが叫ぶ。見ると学校の校舎に張られていたシールドは球が貫通し、校舎の天井に穴が空いていた。更に学校近辺は狙われていたようで、正確で無いにしろ次々と球が落ちてきて校舎に被害が増えていく。これではせっかく避難させた人にも被害が出ているかもしれない。
「このままでは学校がもたないでしょう。ですが、流石に私達ではどうにも出来ないのでは……」
メイルが更に降って来る球を見て絶望する。ミアンは再びシールドを張ろうとするが、次々と降って来る球に干渉され、きちんと張り直す事が出来なかった。
攻撃を止めるには遥か上空にいる巨獣を倒すしかない。しかし、闇夜に降って来る攻撃を避けながらそこまで魔法で飛んで行くのは困難だ。上空を攻撃出来る兵器もすぐに準備出来ないだろうし、先ほど魔導研究所が使った兵器なら届いたかもしれないが、既に使ってしまったあとだ。
「私は諦めない!!」
レモネは武器の魔導具の斧の刃部分を変形させて平面の鈍器のような形に変える。そして球を打ち返そうと空中に飛び上がった。
(アスイさんやスミナやアリナならこんな時でも何とかしてた筈。私だって出来る!!)
レモネは自分の身長ぐらいある巨大な球を空中で祝福の力でパワーを増して打ち返した。球は上空に戻っていったが、球を落とした敵に当たる前に減速して再び落下してしまった。そして打った時の反動でレモネの身体は地面に叩き付けらそうになり、それをソシラが身体を張って何とか和らげてくれた。
(終わりだ……)
王城にもシールドが張られているが、それも時間の問題だろう。敵は最初からこれを狙っていたのだ。数度の襲撃も王城への攻撃も隙を突いて魔法城壁を取り去り、空から王都を壊滅させる為の布石でしかなかったのだ。レモネは気力も体力も底を突いていた。ソシラも今はレモネを守るだけしか出来ず、他のみんなも徐々に諦めた表情になっていく。
(やっぱり私じゃスミナ達の代わりにならなかった……)
レモネは自分に出来る事を必死にやり、少しは人の役に立てたのではと思えてきていた。だが、それもスミナ達がやって来た事に比べたら大した事では無かったのだと思い知らされてしまった。
周囲を見るといつの間にか複数の巨獣やモンスターがレモネ達を囲むように寄ってきていた。どうやら地上の巨獣は降って来る金属の球が当たらない何らかの仕組みがあるようだ。巨獣を止めたいが、球が降り注いでいるので下手に動けば自分達がやられてしまう。レモネ達は完全に動きを封じられ絶望するしかなかった。
「諦めないで下さい」
レモネは自分の近くから声がして驚く。声の元を辿ると、腰のポーチから紫色の光が溢れているのに気付く。魔宝石が光っているのだと気付き、それを取り出すと光は更に増して天へと伸びていった。
「エルちゃん?」
レモネは宝石形態のエルに話しかけるが、声は聞こえない。だが、エルが放った光が伸びていった夜空から輝く何かが降りて来るのが分かった。
それは七色に激しく輝き、物凄い速度で地上へと降下している。その姿がレモネ達でも目視出来るところまで降りて来ると、人だと分かった。美しく輝くその人が両手を伸ばすと空一面を淡い光が包んだ。そしてその光は降って来る球を受け止め、一瞬にして全ての球を消し去ってしまった。その人物はそのままレモネ達の目の前に降りてくる。
「スミナなの?」
「スミナお嬢様!!」
「スミナさん!!」
その人物がスミナである事が分かると皆口々にその名を呼ぶ。スミナは魔導鎧でも神機でも無く、東の国の民族衣装の着物に似た華やかな輝く服を着ていた。そして身体の周りには七色に輝く布のようなものを神秘的に纏わせている。
「スミナ、生きてたの?それにその恰好は何?」
「レモネ、話は後で。今は敵を倒しましょう。空中の敵はわたしが何とかする。
エル、地上の防御とみんなの援護をお願い。出来るでしょ?」
「マスター、お待ちしておりました。お任せ下さい!!」
スミナの呼びかけに答えて魔宝石はレモネの手を離れ、紫色に輝く戦闘形態へと変わっていた。それに加え、スミナが七色に光る布でエルを触れるとエルの姿が華麗な形状に変わっていく。
「マスター、これは?」
「短時間だけど特別な力を付与したから。いつもの数倍の力が出せる筈」
「分かりました」
エルは輝き、全身から魔力を迸らせた。
「行きます!!」
スミナはそう言って再び上空へ高速で飛び去った。
「空からの攻撃はワタシが防ぎますので、皆さんは地上の敵をお願いします」
エルもそう言うと上空に浮かび上がる。そして降って来る球を両手から光線を出して次々と消し去っていった。
「やりましょう、皆さん」
メイルの呼びかけでレモネ達は再び周囲を囲うモンスターや巨獣と戦いを始めた。レモネは疲労も忘れ、身体は軽く、今までよりも余裕を持って戦えていた。敵も予想外の事態に混乱し、風向きは完全にこちらの有利に変わっていた。
「凄い……」
レモネが敵を倒して手が空いた時に上空を見上げると、スミナの凄まじい活躍が目に入った。スミナは単独で空の敵を相手にし、華麗に飛行して全ての攻撃を回避していた。そしてスミナが巨獣に取りつくとその力を操って、他の巨獣にぶつけたり、巨獣が落とす球を地上の巨獣に落としたりしていた。スミナの光る布は武器にもなるようで、敵をそれで切り裂く姿はまるで華麗に空を舞っているようだった。
空の敵はスミナの活躍で潰し合い、次々と数を減らしていく。地上の敵も味方が倒したり、空からスミナやエルが倒したりして数を減らしていった。空中からの攻撃はスミナとエルのおかげで完全に止まっていた。
スミナが現れて10数分経つと敵の撤退が始まった。不利を悟った魔族などの指揮官となる敵が先に逃げ出してしまったようだ。そうなると敵は統率を失い、総崩れになるのは時間の問題だった。
学校の校舎は少し潰れたり崩れたりしたが、中の人達の被害は少なかったようだ。今は避難した人達は校庭に集まり、そこにシールドを集中して張って守られていた。
やがて敵の数が減り、先に空の敵が一掃されていた。地上の敵も力を合わせた人々の手でついに居なくなった。
戦いが終わり、スミナが地上に降りて来る。スミナの周りには知り合いの人達が集まる。
「遅くなってごめんなさい。
みんな、ただいま」
「「おかえりなさい」」
メイル達の目からは涙が零れ落ちていた。