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7.短剣の記憶

 スミナは祝福ギフトの力でアスイの短剣の記憶を動画を見るように最初から見ていった。


 短剣は普通の鍛冶屋で作られた、装飾の多い貴族用の物だった。作られた短剣は他の物と一緒に武器屋のケースに飾られ、そこでしばらく時を過ごしていた。見た目は豪華だが魔法が付与されておらず、値段もそこそこしたので手には取られても長い間売れなかった。

 武器屋でこの短剣を購入したのは若い夫婦だった。その服装から貴族である事が分かる。そのまま時間を進めるとその短剣は娘の為に夫婦が購入したのが分かった。


「アスイ、戦争は終わったけどまだ危険は残っている。いざという時はこれで身を守りなさい」


「分かった、お父さん」


「貴方は特別な才能を持って生まれたの。きっとこの国の平和に貢献出来ると思うわ」


「うん、頑張る」


 短剣を買ったのがアスイの両親であると分かった。この時のアスイは7歳で栗色の長髪の可愛らしい少女だった。だが可愛らしい見た目に反して魔法と祝福が使え、既にそれなりに戦える強さだった。アスイの両親はショーラ国という小国の貴族で、屋敷も双子の家ほど立派では無いがメイドもいて十分裕福だった。

 短剣を貰ったアスイは双子達と同じように友達とモンスター退治をしていた。しかしそれは双子達のように余裕のあるものでは無かった。アスイの住む町は戦争で被害を受けボロボロで、復興の為に常に人手不足だった。子供でも戦える者はモンスター退治に借り出され、日常的に誰かが死ぬ事があった。それというのも襲ってくるモンスターがオークやリザードマンのような知恵があり、集団で行動する厄介なものが多かったからだ。

 過酷な環境はアスイを急速に成長させていった。数年後のアスイは武器を魔法の長剣に変え、動きを予測する祝福でモンスターの大軍を1人で壊滅させるまでになっていた。町の人達はアスイを小さな勇者と讃えていた。過酷ではあったが、アスイにとって家族や友人と共にある幸せな日々だった。


 アスイが10歳になった時に大きな変化が訪れた。アスイも双子と同じように高熱で倒れ、転生前の記憶が蘇り新たな祝福に目覚めた。それと同時に事態は急変したのだ。


「隣の町は魔族に滅ぼされたそうだ。東の森のエルフも魔族と手を組んだと聞く。この町もそろそろ危ないかもしれない」


 終わった筈の魔族との戦争が再び始まっていた。


「お父さん、私が魔族を倒してくる」


「それは無茶だ。アスイ、確かにお前は強い。でも1人で出来る事は限られているんだ」


「そうよ、貴方はまだ若いのだから、こんなところで死んでは駄目」


 両親はアスイを止める。


「旦那様、お嬢様に会いたいとデイン王国の使者の方が参られました」


 メイドの1人がやってきて告げる。使者の申し出でアスイはその人と2人きりで話をする事になった。


「初めまして。わたくしはデイン王国の特殊技能官のミーザ・ドフォンと申します。これからはミーザとお呼び下さい」


「私はアスイ・ノルナです。それでミーザさん、私に何かご用でしょうか?」


 ミーザは20代前半の若い女性だった。


「アスイ様の噂は王国まで届いております。若くして才能に目覚めた勇者がいると。単刀直入に聞きます。アスイ様、貴方は転生者ですね?」


「え?」


 アスイは動揺している。転生者としての記憶が戻ってそれほど経たずにそんな事を聞かれれば誰でも驚くだろう。


「安心して下さい。秘密は他の者には決して漏らしませんから。

デイン王国には古くから転生者を探して保護する秘密の組織が存在しておりました。わたくしがその1人になります。転生者は小さな頃から魔法と祝福を使いこなし、常人とかけ離れた能力を持って生まれます。10歳になると前世の記憶を取り戻し、更に祝福が増えます。ですからアスイ様が10歳になった今、わたくしが派遣されたのです」


「ちょっと信じられない話です」


「疑って頂いて構いません。それでも一度王都にお出で頂き、国王様とお話しして貰えないでしょうか。知っての通り、この世界は再び危機に見舞われております。それを救えるのはアスイ様、貴方だけなのです」


 ミーザは真剣にアスイを見つめる。


「分かりました。ひとまずミーザさんの事を信用します。私は確かに転生者です。ですが、世界の危機を救うという話は少し信じられません。王都へ行くかは一晩考えさせてください」


「分かりました。それで構いません。明日の正午にもう一度こちらにお伺いしますので、それまでに回答を決めておいて下さい」


 ミーザはお辞儀をして屋敷を去っていった。アスイはその後両親に相談を持ち掛ける。転生者だという事は話さず、能力を認められてデイン王国の王都に呼ばれたという事で説明した。


「私はアスイは王都へ行った方がいいと思う。お前の能力はきっと役に立つし、ここで戦い続けるよりいい筈だ」


「私も同意見よ。私達にこんな立派な子が生まれた事が奇跡みたいなもの。アスイの力はもっと多くの人の為に使うべきよ」


「でも、私がここに残ればこの国や町を守れるかもしれない」


「お前が町の事を心配する必要は無いよ。私達だって頑張るし、無理だと思ったら皆を連れて逃げるさ」


「そうよ。アスイが王都に行く事で戦争が早く終わるかもしれないわ。そうすればこの国だって救われる筈」


 アスイが両親の言葉を素直に受け取れないのが見て取れる。アスイは一晩悩んで翌朝に両親に告げた。


「お父さん、お母さん、私は王都に行きます。行って、出来るだけ早く戻ってきます」


「分かった。無理だけはするんじゃないぞ」


「私達の事は心配しなくていいからね」


 両親は涙を流してアスイを送り出した。アスイも一通り泣いた後、旅立ちの準備をした。正午にミーザが時間通り迎えにやって来る。アスイは王都へ行く事をミーザに告げる。


「ありがとうございます、王都へ行く事を決意して頂いて」


「私は別に貴方達の為に王都へ行くわけじゃありません。色々な事を理解して、私達の町を、国を守る為に行くんです」


「その考えで問題ありません。それでは王都までご案内いたします」


 ミーザはアスイを連れて馬車で出発した。

 アスイが住んでいたのはデイン王国の東にある小国ショーラのパッタという町だった。馬車で移動といっても、国内は既に戦火が広がっていて安全に移動は出来なかった。ミーザも強い魔法騎士であり、アスイと共に戦って何とか進んでいった。

 デイン王国の領地に入るとモンスターとの戦いは少なくなった。大きな町に着き、そこからはゲートで王都へと移動していく。王都側のゲートは双子が通ったのと同じ、魔導研究所のゲートだった。そのままアスイは王城の地下へと連れていかれる。連れていかれた場所は双子達がアスイと会っている広間だった。違うのはやって来たのがアスイで、待っていたのが初老の男性だった事だ。


「ここまで来て貰い感謝する。私はこの国の王をしている、マグラ・デインだ。宜しく頼む」


「王様に直接お目通り出来るとは、有り難いです。私はショーラ国のノルナ家の長女、アスイ・ノルナです。よろしくお願いいたします」


「ここには私達以外誰もおらんし、この会合は記録に残らん。楽にしていいぞ」


「ありがとうございます」


 アスイは10歳とは思えないほど礼儀正しく跪いて王様に挨拶した。2人は向かい合わせの椅子に座り、会話を始める。王様が語ったのは転生者についての話と、今の戦況についてだった。王国も他国も魔族大戦で疲弊し、どこも劣勢だと聞かされる。以前は友好的だったエルフなどの亜人も敵に回り、各所で兵が不足しているという。


「思えば魔王討伐は一つの目的に対して力を合わせればそれで良かった。だが、今度は目標が定まらぬ。防戦続きではいずれどこかに綻びが出る。だから私はお主を呼んだのだ」


「マグラ王様、失礼ですが、私はまだ10歳のただの子供です。私に出来る事は限られています」


「そうじゃな。その通りだ。だが、転生者には世界を救うほどの力が秘められていると聞く。すぐに出来るとは私も思っておらん。知識も武器も道具も人も、王国で出せる物は全て与えよう。それらを使ってこの国を、いや、この世界を救って頂けないか。この通りだ」


 王様は10歳の子供に対して頭を下げた。


「マグラ王様、頭をお上げ下さい。分かりました。私にも救いたい家族、町、国があります。その為にここに来たのだと思います。どこまで出来るかは分かりませんが、私に出来る事をやろうと思います」


「アスイ殿、ありがとう。今後の事はミーザに聞いてくれ。何かあれば私に直接言いに来ても構わぬ」


「分かりました。頼らせて頂きます」


 王様との会話でアスイは転生者としての使命を担う事になった。


 それからのアスイは休む暇もない調査と訓練と戦いの毎日だった。戦況を知り、魔法を調べ、戦いの技術を磨き、遺跡で古代の技術を探しに行く。様々な場所に行き、様々な人に会い、様々な戦場に参加した。アスイの傍らには常にミーザの姿があった。アスイはミーザの事を信頼し、ミーザも親身になってアスイを支えた。

 アスイが自分の国を出て2年が経過した。アスイは12歳になっている。郊外のテントで焚火にあたりながらアスイはミーザと話をしていた。


「やっぱり戦いを終わらせるカギは私の能力を取り込む祝福だと思うの。これで古代の遺跡から強大な兵器を取り込めば今のひっ迫した戦況を覆せる」


「アスイ、そうかもしれないけど、それだと貴方の負担が大きいのでは?本来なら戦技学校で魔術と技術を磨いてもらいたかったのだけれど」


「今の状況ではそんな余裕はないでしょ」


「ごめんなさい」


「ミーザが謝る必要は無いわ。それに今度の遺跡は巨大だって聞いてる。そこなら何か凄い技術が眠ってるかもしれない」


 アスイ達は腕利きの騎士を仲間に加えて、目的地の遺跡の探索を始めた。入り口こそ狭く小さかったが、少し進むとそこには双子が見つけた遺跡とは比較にならない程の巨大な地下建造物があった。待ち受けるガーディアンを難無く倒し、魔導帝国の遺産が並ぶ回廊に一向は到着する。


「これは巨大なゴーレムだよね。もしこれが動かせれば戦況が変わるかもしれない」


「そうですね。奥に管理している部屋がありそうです。見に行きましょう」


 アスイは回廊に10体ほど並んでいる15メートルはありそうな金属のゴーレムを見つけ浮かれていた。しかしそれは続かなかった。突然一緒に探索していた騎士の数人が倒れたのだ。見ると、騎士を倒したのは残りの騎士だった。


「裏切り者?」


「アスイ、違います。魔族です」


 アスイとミーザは剣を構え、残った騎士達の方を見つめる。20人ほどいた騎士の半数が倒れ、残りは鋭い視線でアスイ達を睨んだ。


「やはりお前達は危険だ。ここで死んでもらう」


「逃げようとしても無駄だ。出口は仲間が固めてるからな」


 騎士達の姿が変わっていく。肌の色が紫色や緑色になり、頭から角が生え、牙が生える者もいた。背中には蝙蝠のような翼が生え、全員が宙に浮かぶ。魔族とは人間が定義した呼び方で、実際は人間と同等以上の知能があるデビル、ヴァンパイア、リッチーなどのモンスターを指す。ここにいるのはデビル達だった。


「すみません、入れ替わった事に気付きませんでした」


「それはお互いさま。来るよ!!」


 アスイ達とデビルの戦闘が始まる。が、アスイ達が圧倒的に不利だった。1対1ならアスイもミーザも対処出来る強さだ。だが、相手はが0人に対し、2人という人数差と、広い空間で自由に空を飛べるという有利な状況を敵が作っていた。アスイもミーザも最高級の魔導鎧と魔法の武器を持っているが、それでも遠距離から連続で攻撃を仕掛けるデビルに有効打を与えられない。デビルはある程度の傷なら時間で再生出来るので、傷を負った者を後列に交替する作戦を取っていた。


「ミーザ、時間を稼いでもらっていい?」


「お安い御用です」


 アスイは何とか打開する為に技の準備をする。ミーザは無理な注文に顔色一つ変えずに応えた。アスイが何か力を溜めている横で、それを守るミーザ。ミーザの身体に傷が増えていき、頭からも血が流れている。アスイは泣きそうになるのを我慢しながらその瞬間を待った。


「ミーザ!!」


「はいっ!!」


 アスイが合図をし、ミーザは身を屈める。アスイが両手を突き出すと、そこから光のビームが放たれた。広い回廊の半分をも埋め尽くす太さのビームは飛んでいたデビル達全てを包み込んだ。


「やった?」


 魔力を使い果たししゃがみ込むアスイ。過去にアスイが祝福で取り込んだ魔導具の力を使ったのだった。床に落下するデビルの破片達。


「アスイ、まだです!!」


 ミーザが叫び、上空から突進してきたデビルの攻撃を弾く。見るとまだ5体のデビルが空を飛んでいた。無傷では無いが、まだ戦えるようだ。


「そんな技も使えるとは。だが、今度こそ死ね!!」


 デビルの1人が叫びながら襲ってくる。アスイは立ち上がろうとするが、力が入らない。デビルは槍で確実にアスイにとどめを刺そうとした。


「ミーザ!?」


「アスイ、逃げて……」


 ミーザの腹にはデビルの赤い槍が貫通していた。そこから血が溢れて床に流れアスイの手に触れる。アスイは槍を刺したデビルを睨んだ。


「絶対に許さない!!」


 アスイの身体が怒りで震える。そして周囲からアスイに魔力が流れ込んでいく。死んだ騎士やデビルの魔力を取り込んでいるのだ。だが、残りのデビル達もそれをただ眺めていたりはしなかった。赤い槍のデビルが槍を抜く前に他のデビル達がアスイに襲い掛かる。


「何だと?」


 攻撃を食らわせた筈のアスイの姿が消えてデビルが戸惑う。次の瞬間、そのデビルの身体は縦に真っ二つになっていた。デビルの背後にいたのは蝙蝠の翼を生やし、角を生やしたアスイの姿だった。デビルの能力を取り込んで使っているのだ。そしてその形相もデビルのように怒りに満ちていた。


「こいつまだ動くぞ、連携して攻撃しろ!!」


 槍のデビルが叫ぶ。3体のデビルがアスイを囲み、連携して順々に攻撃していく。しかし、デビルの攻撃をアスイは軽々と避けていった。


「死ね!!」


 アスイはそう言うと両手に剣を持ち、瞬時に3体のデビルを細切れにした。


「化け物……」


 槍を持ったデビルが呟く。次の瞬間にデビルの目の前にアスイが現れ、手で触れるとデビルは爆散した。アスイは人間の姿に戻り急いでミーザに治癒の魔法をかける。


「アスイ、ご無事で……」


「喋らないで。出血が激しい。ここじゃ治療は無理だから地上に戻らないと」


「ですが、遺跡の調査がまだ……」


「そんなのはまたの機会でいい。外にも敵はいる。何とかしないと」


 アスイは魔法でミーザを眠らせる。そしてしばらく考え、デビルの変身能力を使い、先ほどの赤い槍のデビルの姿になった。ただし、身体に怪我を負った姿に化ける。ミーザは透明化の魔法で見えなくしてからアスイが背負った。仲間の振りをして出口から出る作戦だ。

 遺跡の出口にはデビルが言っていた通り他のデビルやモンスターが沢山待っていた。


「どうした、何かあったのか?」


 デビルに変身したアスイを見て、デビルの1人が呼び掛けてくる。


「あいつら思ったより手強い。数人援護に向かってくれ。傷を負い過ぎた」


 アスイは何とか誤魔化そうとする。デビルはアスイの姿をじろじろと眺める。


「オマエが手柄を譲るとは珍しい。まあそれなら喜んで横取りさせてもらうぜ。おら、まだ生きてるってさ。早い者勝ちだぞ!!」


 デビルがそう言うと何体ものデビルが遺跡に潜っていった。アスイは平静を保ちつつモンスター達の脇を通って身を隠せる森へ入って行く。

 アスイは無事にモンスターから逃れ、近くの町まで逃げる事が出来た。しかし、遺跡の周辺はそれ以降魔族に占拠され、アスイ自身も魔族に狙われるようになってしまった。


 大怪我を負ったミーザもしばらくすると普通に動けるまでに回復した。その日アスイ達は町の近くのモンスターを討伐し、難無く勝利を収めていた。


「ミーザ、怪我はもう大丈夫?」


「はい、すっかり完治いたしました。長い間ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「迷惑なんかじゃ無いよ。ミーザのおかげでデビルを倒せたんだから」


「いえ、本来なら遺跡調査も出来た筈ですから。それに凄いのはアスイです。傷もすぐに治りますし、敵の魔力も吸収しますし、負け知らずじゃないですか」


「でも他の人からは気持ち悪いって思われてるよ」


「そんな事ございません。まさに勇者のような能力だと思います」


 デビルの能力を取り込んでアスイは今まで以上に強くなっていた。


「勇者なら簡単に戦争を終わらせられるのかな」


「もし戦いが前回のように魔王を倒せば終わるのならアスイ1人で簡単に出来たでしょう。ですが、今回は魔王のような魔族を率いている存在がいるかさえ分かりません」


「色んな遺跡を魔族が押さえるようになったし、私の行き先に先回りして敵が居たりする。多分この前みたいに味方に化けて情報を盗んでいる魔族もいると思う」


「そうですね、厳しい戦いです。ですが、こちらにも良い知らせはあります。戦技学校から優秀な卒業生が何人も出て、その人達が魔族の侵攻を押し返したと聞きます。他の国でも力を合わせて魔族と拮抗しているところもあると。

あと、この間送られてきた魔導具や魔導書にも使える物が有ったのでしょう?」


「あれは確かに古代の魔導技術で、強力な物だったけど、どちらかというと身を守る為の物だった。あれだと世界は救えない。もっと探さないと」


「そうですね、多少無理をしてでも遺跡調査をして、勝利を掴みましょう」


 アスイとミーザは新たに決意を固める。だが、それは数日後に打ち砕かれた。


「アスイ様、ミーザ様、ウェルゴラ国が魔族連合に寝返りました。西側の守りが崩れこのままでは王都まで攻め込まれます」


 資料を調査していた2人の所に連絡係の騎士が飛び込んできた。ウェルゴラは王国の西にある大国で他の国と違い魔族との戦いが拮抗していた国だった。


「そんな、どうして」


「恐らく魔族が内部に入り込んで工作したのでしょう。デビルの変身を見破る魔法の連携も急がないと」


 前回の危機を踏まえ、アスイ達は王国内で変身を見破る魔法を多くの人が使えるよう対応していた。


「とにかく今は王国に入って来た魔族をどうにかしないと」


「そうでうね、急ぎましょう」


 アスイ達は戦場へと急行する。ゲートを使い半日ほどで辿り着けたが、2人はその光景を見て絶句した。


「なんで人間同士で争ってるの!?」


「敵に寝返るって事はこういう事なんです。アスイ、躊躇してはいけません」


「でも、敵味方が入り混じってどちらが仲間か分からない」


 一応国ごとの鎧や紋章でどちらの国か判別出来ない事はない。しかし今まではモンスターや魔族といった特徴で敵が簡単に見分ける事が出来た。それが乱戦で、モンスターと人間が敵に混ざり、判別し辛くなっている。そしてそれは敵も味方も同様のようだ。同士討ちが行われたり、仲間だと思ったら敵で不意打ちを食らう場面が見られる状況だった。


「一旦戦いを止めて敵味方が別れれば魔法で判別出来るようになるんですが」


「分かった、私がやってみる」


 アスイは進み出てその姿を変身させた。それはアニメや漫画の天使のような神々しい姿だった。輝く白い鎧を纏い、手には巨大な光の剣を持っている。実際にその姿になっている訳では無く、デビルの変身能力を応用した見た目だけの変身だった。アスイは戦場で大暴れしていた赤色の巨人のところに飛んで行き、1撃でそれを倒した。その姿は戦場で一気に注目を集める事になる。


「私はデイン王国の騎士、アスイ・ノルナです。ここは私が抑えます。王国の兵士は一旦引いて下さい。

そして、ウェルゴラ国の兵士に告げます。もし私と戦うのなら死を覚悟して下さい。見ての通り私は強いです。もし投降するなら命の保証はします。人間として誇りのある選択を望みます」


 アスイは魔法で声を拡大させ、戦場中に響かせた。そして、近くにいるモンスターを次々と倒し、その魔力を吸い込んでいった。


「「うぉおおお!!」」


 一騎当千のアスイの姿を見てデイン王国の兵士達が歓声を上げる。それで戦況は大きく変わった。最初はアスイに対して戦いを挑むウェルゴラの兵士もいた。だが、それが簡単にアスイに倒されるのを見て、人間の兵士達は動揺する。一部の兵士は武器を捨て投降し、一部の兵士は逃げ出した。やがて、戦場にはモンスターと王国の兵士だけになり、勢いのある王国軍が完全に勝利したのだった。


「アスイ、お見事でした」


「いえ、私は見せかけの勇者を演じただけです。すぐにミーザが判別の魔法を味方にかけてくれたので助かりました」


「アスイがあそこまでやらなければうまく行かなかったしょう。それで、初めての人間相手の戦闘でしたが、大丈夫でしたか?」


「相手がこちらに向かってきてくれたので、戸惑わず戦えました。以前に人間に化けた魔族を倒していたのが良かったかもしれません。

ただ、戦って気になった事があります。敵側を指揮していた筈の魔族の姿が見当たりませんでした」


「アスイが現れたのを見て逃げたのかもしれませんね」


 ミーザの予測は当たっていた。アスイが敵の能力を取り込むのを理解して、魔族はアスイの現れた戦場からは逃げるようになっていた。アスイに対しては罠や刺客で戦う事を徹底したのだ。

 それからの戦いは王国が疲弊していく一方だった。アスイが戦いに参加すれば確かに勝利する。だが、敵はアスイが居ない場所を重点的に攻め、アスイが訪れる頃には酷い有様になっていた。敵のスパイを発見して倒しても、情報漏れは防げず、戦いは常に王国側が後手に回っていた。


 そしてアスイが王都に来てから4年が経過した。次々に近隣の国々が魔族連合に降伏した知らせが届き、王国も4方を魔族連合に囲まれている状況だった。アスイは常に戦場を飛び回り、単騎としてはとてつもなく強くはなっていた。しかし遺跡調査の方は殆ど進まず、戦争を終わらせる手段は見つからなかった。

 アスイ達は大きな戦いを終え、一旦王城に戻っていた。


「魔族を率いているのがロスというデビルロードだという事は分かりました。ですが、その所在は分かりません。ロスを倒せれば少しは戦況も変わるのでしょうが」


「ミーザ、ロスを倒せたとしても他のデビルが上に立つだけだよ。そもそもロスの情報もわざと流しているのかもしれない」


「ですが、何らかの朗報が無ければ兵達の士気が持ちません」


 アスイもミーザも明らかに疲れた顔をしている。


「ミーザ、私はあの話をマグラ王に提案しようと思う」


「アスイ、それでは貴方の故郷が」


「連絡を取ってないから、もう滅んでいるかもしれない。これが最後のチャンスだと思う。人間を救うにはこの方法しかない」


「分かりました。

ごめんなさい、貴方のお役に立てなくて……」


「そんな事無い。ミーザが居たから私はここまで戦えたの」


 涙を流すミーザをアスイは優しく抱き締めた。アスイは涙を流さなかった。


「マグラ国王様、お話があります」


「おおよそ予想はついているよ。アスイ殿、ここまで戦ってくれて本当にありがとう」


 地下の部屋で再びアスイは国王と会った。アスイは国を守る為の魔導結界について説明する。それではデイン王国しか守れず、外との貿易は出来なくなる事。結界外に取り残された国民は中に入る事は出来ない事。そして結界は永遠に続くものでは無く、やがて破れる事を国王に告げた。


「アスイ殿がその結論に至ったのなら、それが最良の選択なのだろう。私はそれを受け入れる。そもそもアスイ殿が居なければ既にこの国は滅んでいただろう」


「ありがとうございます、マグラ国王様。これから魔導結界を張る準備をします。兵や民をなるべく結界の内側に移動する為のご協力をお願い致します」


 敵に知られずに魔導結界を張る準備が始まり、戦場や市民の移動の指示が国王からそれとなく出された。

 アスイは城の上部にある見晴らしのいいバルコニーに立ち、魔導結界を祝福の能力で作り始める。魔導結界には莫大な魔力が必要なようで、アスイは祝福の能力で戦場で死んだ者達の魔力を遠方からも集めていく。アスイ自身の身体の負担も大きいようで、アスイは全身汗まみれになりながら耐えている。


「アスイ、大丈夫?」


「うん、大丈夫。私は結界の中継みたいなものだから」


 そうは言うもののアスイは辛そうだった。ミーザは護衛をしつつ、アスイの汗を拭き、食事や飲み物を食べさせたりした。丸々2日間アスイは魔力を集め、ようやく必要な魔力が集まった。魔族の襲撃が無かったのだけは救いだった。


「ミーザ、魔導結界を張ります」


「はい」


 ミーザに声をかけた後、アスイは魔導結界を展開した。魔力が城から天に上り、そこからドーム状に国の周りに広がっていく。光の膜が天空を覆った。そうして魔導結界が完成した。


「やったよミーザ」


「お疲れ様です、アスイ」


 アスイはそのままミーザの腕の中に倒れ込んだ。ミーザはアスイを優しく腕に抱く。魔力を使い果たして意識を失うアスイ。寝ているその姿はただの14歳の少女だった。


 こうして戦争が終わり、デイン王国に平和が訪れた。

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