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18.アリナ・アイル

 話はアリナがヴァンパイアロードのソルデューヌと黒騎士のいた遺跡を調査した後まで進む。


 遺跡にやって来た来訪者と会うため、アリナとソルデューヌは入り口側へと向かう。

 ソルデューヌが遺跡の事を2人だけの秘密にしようと話した事はあまり信用しないようにとアリナは思っていた。ただ、そういった話をされたとレオラに告げ口する気も無かった。アリナはまだ魔族連合の誰を味方に付ければいいのか分からないからだ。そもそも味方にしようと考えること自体が間違ってるのかもしれない。ミボやソルデューヌに色々言われて既にアリナの頭はパンクしそうだった。


「ソルデューヌ様、アリナ様のお2人ですね。

自分はガズ様の使いの者です」


「おや、ガズ様のお使いの方でしたか。わざわざこんな場所まで来て頂き申し訳ございません」


 遺跡に入ってきていたのは漆黒の肌の珍しく礼儀正しいデビルだった。アリナは今まで見た事は無い。


「いえ、緊急で極秘のご連絡でしたので直接伺わせて貰いました。こちらこそお取込み中に割り込む形になり申し訳ありません」


「大丈夫ですよ、こちらの調査は終わったところなので。早速ですがお話を聞かせて貰ってもいいですか?」


「自分はメッセージを持ってきただけなので、その内容を聞く事は出来ません。こちらを受け取って頂ければ自分は退散致します」


「分かりました。きちんと受け取りました」


 ソルデューヌはデビルから小さな蝙蝠のような魔族の作った生物を受け取る。レオラの使う伝言用の魔導具では無く、デビルは別の伝言用の生物を使うようだ。


「では失礼致します」


 デビルは転移魔法で消えていなくなる。移動に特化したデビルなのだろう。


「さて、ガズ様が急ぎでわたくし達に伝えたい事とは何なのか早速聞いてみましょう」


 ソルデューヌは伝言用の生物を見つめる。するとその生物がソルデューヌを見つめ返した。受け取ったのが対象の人物かどうか確認してるようだ。“ピコンッ”と正解のような音を鳴らし、続いてその生物から声が聞こえてきた。


『ソルデューヌ・パルザ、アリナ・アイル、両名にデイン王国攻略責任者としてガズが命ずる。

グラガフと合流し、死霊部隊を作りガダザ砦に急行せよ。

そして砦の案内に従い、デイン王城急襲作戦に参加し、国王ロギラ・デインの抹殺を命ずる。

手段は問わぬが、もしアリナ・アイルが国王を殺した際にはディスジェネラルに迎える事を約束する。

以上だ』


 ガズが偉そうな口調で2人に命令を下す内容が伝言として届けられた。アリナはあまりにも急な話で少し驚く。


「アリナさん、これはチャンスですよ。確かに国王抹殺が成功すればガズ様の手柄にはなりますが、それよりも成功したアリナさんの功績の方が大きくなります。

そしてディスジェネラルになれたのなら貴方の意見に耳を傾ける者も増え、アリナさんの望むように魔族連合を変える事だって出来ます」


「ちょっと待って、ディスジェネラルは10人だからディスって付いてるんでしょ。あたしが入ったら11人になっちゃうんじゃない?」


「勿論10人で無ければいけません。恐らくアリナさんが入った場合、成果の少ないエリワさんか、ただの飾りになっているシホンさんが抜ける事になるでしょう。その役目はアリナさんが引き受ければいいですしね」


「それはちょっと可哀想じゃ……」


 アリナは生き残る為に魔族連合で活躍しなければと思っていた。だが、最初に助けてくれたハーフエルフのエリワや人間を助ける為に必死になっているシホンを追い出してまでディスジェネラルに入りたいとは思わない。しかもアリナが想像するに、その2人はアリナが代わりに入ると言われたら素直に受け入れそうなのが嫌だった。


「アリナさん、厳しい事を言いますが、そんなに甘い考えでは魔族連合に使い潰されるだけですよ。時には非情にならなければここでは生き残れません。

前にも話しましたが、皆がアリナさんを仲間にしようとしています。ですが、レオラさんはアリナさんを自分の手駒だと認識し、ミボさんも使い勝手のいい奴隷にしようと考えています。今回のガズ様もレオラさんからアリナさんを上手く奪えないかと画策して作戦を立てたのでしょう。

と、あまり長話をしていると怒られてしまいますね。行きましょう。

ただ、色々とアリナさんには気を付けてもらいたいとは思います」


「分かった、一応忠告として受け取っておく」


「ありがとうございます」


 アリナはそう答えはしたが、ソルデューヌの言っている事は納得していなかった。連続して色んな情報が入って来ているのも問題なのかもしれない。それに加えて国王の抹殺を自分がするかもしれないという話がずっと気になっているのもあった。


 アリナはソルデューヌに連れられ一旦グラガフがいた雪原へと転移する。そこには獣人の王であるグラガフが待っていた。前の毛並みがよく見える姿では無く禍々しい灰色の鎧を着ている。闇術鎧ダルアでは無いが、魔族製の鎧だろう。


「指令は聞いたみたいだな。オマエと一緒に行くって事はアレをやるんだろ?」


「グラガフさん、お待たせして申し訳ございません。

お察しの通り、転移で軍隊を連れていく為にご遺体を使わせて頂きます」


「一応葬ってやろうと思っていたが、しょうがない。弱かったコイツらが悪いんだからな。

やっていいぞ」


「では、秘術を使わせて頂きます」


 アリナはグラガフとソルデューヌのやり取りを黙って見ているしかなかった。どうやら片付けられていない獣人の死体にソルデューヌが何かするようだ。


「死者の肉体よ、そなたらに再び戦う機会を与えよう」


 ソルデューヌがそう言って両手を前に突き出すと、手から赤黒い光が触手のように出て、倒れている獣人の死体を包み込んでいく。獣人達の肉体は再生すると共にグラガフが着ている鎧に似た灰色の禍々しい鎧を身に纏った。よく見ると復活した獣人の目は死んでいて、顔も生気は感じられない。恐らくアンデッドモンスターとして再生させられたのだろう。獣人のアンデッドモンスターは4,50体はいるようだ。


「これでわたくしが自由に持ち運べるようになりました。戦闘時の指揮権はグラガフさんに渡しておきます」


「オレはどちらでもいいが、まあ単身で行くよりはマシか」


「残りはわたくしの部下で数は足りるでしょう。

それで、グラガフさんは国王を抹殺する話は聞いてますか?」


「ああ。で、どうするんだ?この嬢ちゃんにやらせるのか?」


 グラガフがアリナを睨む。国王の首を取るのが今回の作戦の目的なら、その役目はもっとも重要という事になる。野心のある者なら他人に譲る事は無いだろう。


「グラガフさんならガズ様の意図に気付いていますよね。我ら3人に任せるのは失敗しても責任を押し付けられるからだという事に。更にアリナさんに報酬の案を出したのは失敗しても、アリナさんが命を落としてくれればガズ様にとって得になると考えての事です」


「ソルデューヌ、オマエは相変わらずだな。で、オレにとってはコイツに国王抹殺を任せれば、失敗してもそこまで信用は落ちないって言いたいんだろ。

分かった。今回はオマエの下で動く。だが、オマエらが下手しても助けないからな」


「流石グラガフさんです。理解が早くて助かります。今回の戦いの責任はわたくしが全て持ちましょう。

アリナさんもそれでいいですね?」


「分かりました」


 アリナは反射的に答える。正直勝手に話が進んでいて、ソルデューヌの望む方向に向かっているように感じる。だが、どこに問題があるかがアリナには判断する事が出来なかった。結局魔族連合の今のアリナの立ち位置では歯向かう事は出来ないし、命令された通りに動くしかないだろう。

 ソルデューヌが服のポケットから小さなガラス状の球を取り出すと、そこに獣人のアンデッド達は吸い込まれていく。持ち運べるようになったというのはこういう事なのだろう。アリナは今までソルデューヌだけと行動していたつもりだが、実はあの時も大量の仲間を連れている状態だったのかもしれない。


 アリナとグラガフはソルデューヌに連れられて砦に転移していく。そこからゲートを使って転移し、指定されたガダザ砦まで移動する。するとそこで待っていたガズの部下のデビルが状況を説明するためソルデューヌとグラガフの2人を部屋に案内した。アリナは取り残され、小さな部屋で簡単な食事を出されて待たされる事になる。アリナにとってはいつもの事なので、素直に食事を取って休んでいた。


(でも、あたしが国王陛下を殺すのか……)


 アリナは出された命令の内容を思い出し、やる気が無くなる。今のデイン王国の国王であるロギラとは面識はあるものの、正直どんな人物か把握出来ていない。死ねば国が大変になるのは分かるが、死んだとしても感情は動かないだろうとアリナは思う。

 だが、自分が殺すとなると話は別で、それをしたら多くの国民に恨まれる事になるだろう。例え歴史的に正しい行いだった場合でも。そして自分を恨む人物の中には知り合いが含まれるのだ。それを考えてしまうと本当に自分に出来るかどうか不安になってしまう。


(ダメだ、そんなんじゃ。あたしはここで生きる為に出来る事は何でもやるんだ!!)


 アリナは弱気になっている自分に喝を入れる。既に一度王国に敵対する行動は取っている。今更止まる事など出来ないのだと。

 複雑な感情の中、“コンコンッ”とドアがノックされアリナが「どうぞ」と答えるとドアが開いた。


「アリナさん、お待たせいたしました。今の状況を簡単に説明します」


 ソルデューヌがアリナが待機していた部屋に訪れ、王国の状況を説明した。


 まず前回のレオラとアリナの王国襲撃の裏で別部隊が王都に仕掛けた仕組みが王城にまで通じたそうだ。それによって転移で運べる数は制限されるが、一気に王城に部隊を送る事が出来るようになったと。

 ガズは王都のペンタクルエリアの復旧が終わる前の今が攻め時と考え、レオラを中心とした第一部隊を既に王城に送り込んだそうだ。レオラがロギラ国王を抹殺出来ればそれで作戦は完了だが、国王の居場所が確定していないので阻止される可能性が高いと考えている。

 そこで今からアリナ達第二部隊が転移を繰り返して王城に侵入し、折を見て第一部隊の後に続いて欲しいという事だ。ただし、状況により作戦内容は変る可能性が高いとも説明される。


「レオラさんが失敗している場合は恐らく転生者アスイが邪魔をしたからでしょう。そして、その際は国王の周りの守りもかなり固められていると思います。

残念ながら、わたくしやグラガフでは転生者アスイの相手は出来ないでしょう。なので、アリナさんにはアスイの相手をして貰い、どうにかアスイの動きを止め、その隙に国王を狙って下さい。国王を攻撃出来る隙は我々が作りますので」


「作戦は分かったけど、それならアスイを倒した方が手っ取り早いんじゃない?」


 アリナは今度こそアスイに勝てる気がしていた。もう驕りも無いし、かといって前回みたいにダルアに操られたりするつもりも無い。アスイ対策は何度も考えたし、今の自分の強さは確実にアスイを上回っている。邪魔が入らなければ絶対に倒せる筈だ。


「可能ならそうしたいところですが、レオラさんからの情報だと、アスイはそう簡単には死にません。神機しんきの攻撃を受けても死ななかったのはアリナさんも知っての通りですよね。

なので、一瞬でも動きを止められればいいと思います。アリナさんならそれで国王を殺すのは容易い筈です」


「分かった。アスイを倒す事に執着しないようにするよ」


「それでいいんです。それさえ出来れば、アリナさんの望みは叶いますよ」


 ソルデューヌは悪意の無い笑顔で言う。アリナはやはりこの男を信用出来ないと思うのだった。


 魔導結界外から魔導結界の中へ移動するゲートは王国側に気付かれないように、数人を移動させる一瞬だけ繋ぐように出来ていた。恐らくレオラが無理矢理魔導結界を超えた後、王国の人が寄り付かない洞窟の奥底にゲートを作り、そこだけ何らかの方法で通れるようにしたのだ。逆に言えばこのゲートさえ壊せれば、今後の王国への侵攻は防げるかもしれない。

 洞窟のゲートに出たアリナ達3人は再びソルデューヌの転移で、次々と細かく転移していった。流石に王国内に複数ゲートを作るのは気付かれるので、こうして個人が転移していくしかない。転移の魔法はそれなりに魔力を使う筈なので、ソルデューヌの魔力量は馬鹿に出来ないのかもしれない。基本的に転移する先は洞窟の中や、使われてない民家の地下などだった。既に王国内にはこうした転移の為の場所が蜘蛛の巣のように張り巡らされているのだろう。


「ここから先は王都の中に転移します。もし誰かに見つかった場合は戦闘になるので準備しておいて下さい」


「分かったぜ」


「分かった」


 アリナは念の為、表情が見えないようにダルアの兜の面の部分も覆った。最初は王都のどこかの市街の地下と思われる場所を転々と転移していく。まだ転移する為の仕掛けは壊されていないようで、敵と遭遇する事は無かった。


「王城の中の転移先はいくつか壊されているようです。予定より遠回りになりますし、戦闘も発生するでしょう。少数の方が行動しやすいですし、部隊を展開するのは目的の玉座の間の前にします。

アリナさん、敵と遭遇したら躊躇なく攻撃して下さいね」


「分かってる」


 ソルデューヌに念を押されてアリナは強気で答える。いまだに人を殺した事が無いアリナにとって、その最初の一歩を踏み出さないといけないのだ。それが出来なければ魔族連合では生きられない。何度も心の中で決めた事だとアリナは自分に念を押す。

 転移した先は王城の中の薄暗い部屋だった。そこには危険が無い事がアリナの危険察知の祝福ギフトで分かる。そして部屋の外も近くには危険を感じない。


「この辺りに敵はいないみたい」


「アリナさん、ありがとうございます。先へ進みましょう」


 ソルデューヌが先頭に立って部屋を出る。外は城の中の廊下で、周囲には人と魔族の両方の死体が重なり合っていた。ここでもかなりの戦闘があったと思われる。ソルデューヌは少し宙に浮かんで死体の上を通っていき、グラガフは何も感じないように死体を踏み潰して進んで行く。アリナはソルデューヌと同じように浮いて死体に触れないように移動した。


「その廊下の角の先に敵が居る」


「でしたらわたくしが気付かれないように倒してきましょう」


 ソルデューヌがそう言って先行して姿を消して敵を倒しに行った。グラガフは立ち止まり周囲を警戒している。アリナはグラガフから少し距離を置いて同じく警戒する事にした。


(王城がこんな事になるなんて……)


 アリナは周囲の惨状を見て嫌な気分になる。直接関与していないとはいえ、アリナの前回の襲撃がこの状況を生み出した一因であるのは間違いない。アリナは城を守っているだろう兄ライトの事を心配しそうになり、必死に頭から追い出そうとする。もはや親族も親友も敵なのだから。


(敵!?)


 それは一瞬の判断だった。アリナは突然現れた小さな危険を察知した。それは自分の背後で、すぐ近くだった。今までの戦闘経験がそれに反応せずにはいられなかった。

 アリナは持っていた魔道具の剣をその危険に向かって突き刺していた。突き刺した後に、それが死体の山に埋もれていた、瀕死の王国の兵士だった事に気付く。危険は消滅していた。

 アリナは自分が反射的にとった自分の行動に衝撃を受けて動けなくなっていた。放っておけば死んでいたのかもしれない。だが、とどめを刺したのは自分なのだ。その感触はあまりにもあっさりしていて、いつも戦っていたモンスターの方がずっと攻撃した感触があった。だが、そのあっさりとした感触が逆に取り返しのつかない事をしたようにアリナは思えてしまった。人はこんなに簡単に殺せるのだと。


「おい、どうかしたか?」


 アリナの異様な様子に気付いたのか、グラガフが声をかける。


「死体の中に生き残りがいただけよ」


「そうか、よくある事だが気を付けろよ」


 グラガフは当たり前の事のように言ってソルデューヌの方へと向かった。丁度ソルデューヌも敵を倒したようで戻ってきている。アリナも動揺を隠してそちらへ向かう。


「少し先の敵も倒しておきました。これで気付かれずに進めそうです。

アリナさん、何かありましたか?」


「大丈夫、確かに周りに危険は感じない」


「そうですか。アリナさんにはこれから大事な役割があります。不調なら予定を変えなければいけませんので言って下さい」


「大丈夫だから」


 ソルデューヌがアリナの変化に気付いてか色々言ってくる。思ったより目ざとい男だとアリナは思う。ただ、その苛立ちでアリナの気分が少し落ち着いたのも事実だった。

 それから玉座の間までの移動も先行するソルデューヌが敵を次々と排除し、アリナ自身が手を下す事は無かった。上手く行けばあとは国王さえ自分の手で殺せばそれで作戦は終わるかもしれないとアリナは考える。

 しかし、アリナのそんな考えは甘かったと直ぐに思い知らされる。


「止まって、この先に凄いヤツがいる」


 アリナは危険を察知して忠告した。


「この先というと玉座の間の前の通路ですね。そこにはレオラさんが強力な魔族を置いて敵の増援を防いでる予定でした。という事は、その魔族も倒されてしまったようですね」


「だとしたら急いだ方がいいんじゃねえか?」


「いえ、レオラさんからまだ連絡が無いので、玉座の間でまだレオラさんが戦ってるようです。ですが、通路の敵は倒しておいた方がいいでしょう」


「だったらあたしがやる」


 アリナは察知した危険の数が一つで、その一つが強大なのを感じている。ただ、アスイやオルトとは異なる感じで、騎士団にはここまで強い存在はいない。そうなると1人の人物に絞り込まれた。アリナはその人には生き残って欲しいと思ってしまったのだ。


「アリナさん、出来ますか?」


「これぐらい出来なければ国王を倒すのも無理だよ」


「そうですか、ではアリナさんに任せましょう。わたくし達はここで敵の増援が来ないか見張っておきます」


「ありがと」


 アリナはソルデューヌが全て見抜いているのかとも思ったが、自分の気持ちに従う事にする。アリナはなるべく気配を消して玉座の間の前の通路へと近付く。

 遠くから魔法で通路を盗み見すると、そこには想像通りの人物が仁王立ちしていた。マジックナイトの祖と呼ばれ、1人で王都を守ったと語られる“金薔薇の姫騎士”ネーラ・デインだ。敵対して初めて彼女が年老いてなお並の騎士より強い事が分かる。肉体は衰えていようと、楽に勝てる相手ではない。


(どうすればネーラ様を殺さずに済ませられる?)


 アリナにとってネーラは落ち込んでいた姉を救ってくれた、恩人のような人だ。そして何より老人を殺したくなかった。かといって手を抜けばソルデューヌやグラガフに気付かれ、裏切りを疑われる。


(卑怯な手だろうと、何だって使ってやる!!)


 アリナは自分の我儘を通す為には何でもやる気になった。アリナはダルアの兜を完全に解除し、顔が見える状態にした。そして堂々と通路に現れる。


「あなたは、アリナさん?良かった、無事だったのね。もしかして魔族から逃げて来たのですか?」


 ネーラがアリナに気付き、優しい言葉をかけてくる。アリナは敵意を消し、なるべく無の気持ちでネーラに無言で近付く。ネーラもアリナの事情を知っているのか、言葉は優しくても剣はしっかりと握られ、油断はしていない。アリナは歩きながらネーラの横に呪闇術カダルを使って人型のダームを作り出す。なるべく恐ろしい凶悪な見た目のダームを。


「いつの間に!!」


 ネーラはそれに気付いて、ダームを攻撃しようとした。今のアリナにはその一瞬の隙さえあれば十分だった。


「死なないで」


 アリナは言うつもりは無かった言葉が口から漏れ出てしまっていた。アリナは高速でネーラに近付き、ネーラの肩を右手で触れていた。ネーラ相手ならそれで十分だった。


「どういう……」


 ネーラは喋っている途中で意識を失う。ネーラのエネルギーは右手からアリナのダルアへと吸い込まれていた。もう十分だとアリナはまだ力を吸いたがっている右手を無理矢理ネーラから離す。これでネーラの力は残った状態だろう。ただ、年老いた彼女が生き残れるかは運次第だとアリナは思っていた。アリナは感情が表に出そうで、兜を再び被って表情を隠す。


「流石アリナさん、伝説の姫騎士をあっさり倒したようですね」


「余裕よ、これぐらい」


 ソルデューヌがいつの間にか現れ、グラガフも通路にやって来た。アリナはネーラの身体を調べられると嫌なので、左手で倒れているネーラを掴み、引きずるようにした。


「確かに彼女の遺体を見れば、中の騎士達も動揺するでしょう。いいアイデアですね」


 ソルデューヌがアリナの意思に気付いているのか分からないが、アリナの行動に意味を持たせた。


「では、わたくし達はここでレオラさんの指示を待ちましょう。中に入る時はアリナさんが先頭で、そのまま王を狙って下さい。わたくしが左、グラガフさんが右から援護しましょう」


「今回はそれに従うよ。ただ不完全燃焼だから、好きに暴れさせて貰おうぜ」


 グラガフはやる気を見せる。アリナは黙って頷いた。扉の先の玉座の間では恐らくレオラとアスイが死闘を繰り広げている。そして、知っている顔も何人かいる筈だとアリナは感じていた。


「レオラさんから連絡が来ました。レオラさんは怪我を負って撤退したと。あと、転生者アスイは魔神ましんの力を使って強くなっているとも。それでも、我々3人と死者の部隊で何とかなるぐらいの強さだと言っています。

では、行きましょうか」


 ソルデューヌがそう言うと球を取り出して通路に大量のアンデッド部隊を出現させる。左のソルデューヌの後ろには強力なアンデッド達が、右のグラガフの後ろには先ほど作った獣人のアンデッドが並んでいた。そしてソルデューヌの指示で屈強なスケルトン2体がゆっくりと玉座の間の扉を開いていく。

 アリナは玉座の間にいた人達を見て、一気に気持ちが揺らいでしまう。アスイやオルトがいる事は覚悟していたが、それに加え親友だったレモネとソシラ、そして兄である金騎士団のライトの姿を見つけたからだ。そのせいでアリナは中へ踏み出す事を躊躇してしまう。


「レオラ様の援護には間に合わなかったようですね」


 そんなアリナの様子に気付いてか、ソルデューヌがわざと悪役らしい台詞で自分達がレオラの仲間である事を強調する。これで倒れたネーラを手に持ったアリナは完全に王を狙う魔族連合の一員であると誰からも思われるだろう。


「アリナ!!」


 比較的近くにいるレモネがアリナを見て叫ぶ。アリナはレモネに攻撃するか一瞬躊躇してしまう。


「ネーラ様!!」


 レモネの隣にいたソシラがアリナが引きずるネーラを見つけて叫んだ。ネーラを守る為とはいえ、持ってくるべきでは無かったとアリナは少し後悔する。


「アリナ聞いて!!この間の襲撃でお父さんが死んだの。もうこんな戦いはやめようよ。アリナだって家族が死ぬのは嫌でしょ!!」


「そうだ、アリナ。僕が悪かったんだ。2人に全てを押し付けてしまった。

でも、僕の話を聞いて欲しい。だから剣を収めてくれ」


 レモネの言葉だけならどれだけよかっただろうか。しかし、ライトは王を守るのも忘れ、こちらに近付いて説得してきたのだ。


(お兄ちゃんには死んで欲しくない)


 アリナは必至に兄が死なない方法を考え、ネーラから手を離し、ライトの背後へと回り込んだ。まだアスイもオルトもアリナの行動を邪魔出来ない。

 今は自分1人では無く、みんなに見られている状況なので手加減など出来なかった。ライトの背中に手を触れ、そこから一気にエネルギーを吸収する。ネーラとは違い若いライトは抵抗するとアリナは思っていたからだ。しかし、触れたライトはまるで抵抗せず、すんなりとエネルギーが吸収出来てしまった。ライトはアリナと戦うつもりなどまるで無かったのだ。


(そんな……)


 ダルアにライトのエネルギーが吸い込まれていく。相手が抵抗しないのでライトのエネルギーは一気にダルアに吸収されてしまった。ライトが倒れた事で手が離れエネルギーの吸収が終わる。これではライトの生死は分からない。アリナは感情が溢れそうになるのを必死にこらえた。すると、ダルアがまたアリナを飲み込もうと力を増してきたのを感じる。


(駄目だ、それだけはさせない!!)


 歯を食いしばり、アリナは胸の中に渦巻く黒い感情を必死に抑え込んだ。


(王さえ殺せば終わりだから)


 アリナはライトの事を頭から追いやり、ロギラ王が鎮座する玉座へと向かう。


「邪魔はさせません。お嬢様達のお相手はわたくしがしますよ」


「オマエの相手はオレだ」


 アリナの動きを邪魔しようとするレモネとソシラの前にソルデューヌが、オルトの前にはグラガフが立ちはだかる。そしてアリナの目の前には玉座を守るようにアスイが立っていた。


「アリナさん、力ずくでいかないと話を聞かないみたいね」


「――」


 アリナはまずはアスイをどうにかしないとと考え、戦闘を開始した。周りの戦いも気にはなるが、アスイは他を気にしながら戦える相手ではない。アスイの姿はソルデューヌがレオラから聞いていた通り、魔神グユと同じく炎を纏う形になっていた。魔神を倒した時にアスイが取り込んだのだろうが、その時のアリナは気付かなかった。抜け目が無い女だとアリナは改めて感じる。全力で戦わなければアリナが負けるのは確実だろう。


(でも、この日を思って訓練してきたんだ!)


 アリナはいつかアスイと戦う事を考え、訓練を積み重ねてきた。だからアスイの弱点も分かっている。自分と似た能力だが、危険を感じ無いと反応出来ないアリナと違い、アスイは相手の次の行動を予測出来る祝福ギフトだ。部屋中に罠を仕掛ける方法は以前失敗し、同じ手は使えない。


(どんな卑怯な手を使ってでも勝つ!)


 アリナはアスイに予測に対応するだけで手一杯になるほど様々な攻撃を連続で繰り出す。そしてそれに混ぜて、玉座に向けた攻撃も行った。それもアスイに防がれるが、アスイは自分への攻撃に加えて玉座への攻撃も警戒が必要になってくる。

 魔神の力で強化されたアスイであっても守る味方がいる分、アスイの方が不利となっていた。あとはアスイが疲弊してきたところで攻撃を増やせばアリナの勝ちだ。ネーラとライトからエネルギーを奪ったので、アリナのダルアにはまだ余裕がある。


「アリナさん、戦いを止めなければ本気であなたを殺さないといけなくなる。

お願いですから剣を収めて!!」


 それでもアスイはアリナを説得してくる。アリナはイラつくと共に、アスイにはまだ隠した何かがあると気付く事が出来た。アリナはアスイにそれを使われる前にと攻撃の速度を上げる。しかし、アリナの攻撃は焦りがあったのかアスイにあっさり避けられていた。


「しょうがないですね」


 アスイが祝福の力で取り込んだ技を使ってくる。見たところ全身から何百本もの金属の鎖を伸ばし、鎖がこちらを狙ってくる。恐らく拘束用の技だろう。ここに来てまだアスイはアリナを捕まえる事を諦めていない。アリナはそれが屈辱的に思えた。アスイに自分の気持ちなんて分からないのだと。

 複数の鎖は全方向からアリナを襲ってくる。こうなると危険察知の能力は意味を持たない。アリナは剣を高速で振るって近寄る鎖を全て断ち切っていく。しかし、鎖は斬れても別の鎖とすぐに結びつき再生する。切るのは無駄だと悟ったアリナは今度は魔法で消し飛ばそうと四方八方に魔法を撃つ。しかしアスイはそれを予測し、魔法が放たれる場所から鎖をなるべく遠ざけて回避した。アリナのやる事は想定済みなのだ。


(だったら)


 アリナはあえてアスイに捕らえられる事に切り替える。ただし、全身に薄い魔力の膜を纏って隙間を確保しておく。みるみるアリナは鎖に包まれ、金属の玉になって地面に落下した。もう鎖とアスイは繋がっていない。捕獲が完了したのでアスイのコントロールから離れたのだ。アリナはこの時を待っていた。アリナは隙間から魔力を実体化した糸を伸ばし、纏わり付いた金属の鎖に糸を絡めていく。それと同時に身に着けた呪闇術カダルの力で魔導具の支配を自分のものへと変えた。アリナを縛っていた鎖は糸とカダルの力でアリナの武器へと変化する。アリナは鎖を一気に分解し、アスイへと襲い掛からせた。


「そんな」


 アスイもそんなあっさりと解除されるとは思って無かったのだろう。アスイの行動予測もアリナ同様全方向からの鎖には対処出来ない。そしてアリナはアスイとは異なり、アスイを包み込もうとはせず、鎖の先端を刃にし、それで肉体を貫いて壁に縫い付けるようにした。これならそう簡単には解除出来ない筈だ。


(あたしの勝ちだ!)


 アリナは勝利を確信した。アスイのトドメは刺さず、このまま王を殺せば作戦は終わるのだから。アリナの背後で閃光が走るが、それに気を取られずにアリナは巨大な槍を玉座に座る王目掛けて投げる。王を守っている者達もアンデッド達の相手でそれを防ぐ事など出来ない。

 しかし、アリナの槍は背後から飛んで来た巨大な盾で軌道が逸れて外れてしまった。盾の使い手はレモネだろう。


(どうしてあたしの邪魔をするの!!)


 アリナは苛立ちを隠せない。ここに居る皆がアリナの決意を鈍らせようと邪魔してくるのだから。だが、盾を使ってしまった以上、もう次は無い。武器を投げようが大量の槍は妨害出来ない。オルトも戦い続けているし、アスイもまだ藻掻いている。


「アリナ、止めて!!それをやったら全部が終わっちゃう!!」


 レモネの叫びが背後から聞える。だが、アリナは止まれない。


(これで、終わり!!)


 アリナは作り出した大量の槍を玉座へと放った。

 その直後だった。アリナの左手の中指に激しい痛みを感じる。そして全身に衝撃が走り、懐かしいあの感覚が蘇ってきた。それは自分と対になる存在を感じ取る、自分達にしかない特別な感覚だ。以前それを失った事で絶望を覚えたのだ。


(ウソでしょ……)


 アリナの中に喜びと絶望が入り混じった感情が渦巻いていく。中指の指輪はアクセサリー屋のナシュリに貰った、双子の絆を深める特別な指輪だ。指輪の力でスミナの存在がとても離れているが、この世界にある事を感じ取る事が出来る。勘違いなどでは決して無いのだ。


 アリナが一瞬目を離した隙に、玉座でも信じられない事が起きていた。玉座の周りには紫色に光るシールドが張られ、アリナの槍は全て掻き消えていたのだ。そして、そのシールドを放つのは紫色の宝石である魔宝石マジュエルのエルだ。アリナはそれでエルもマスターであるスミナの復活に気付いたのだと理解する。


「エルちゃんなの?」


 背後でレモネが呟く。アリナは自分を支える信念を失い、いつの間にか膝をついていた。もうどうしていいか分からない。


「なんで、今頃になって……」


 アリナの口からは本音が零れていた。奇跡が起こるには遅過ぎたのだ。


「残念ですがここまでのようですね。

グラガフさん、来て下さい」


 アリナの変化に気付いたソルデューヌが周囲を牽制しつつアリナに近付く。


「なんだ、問題でもあったか?

オルトとやら、決着はまた今度だ」


 グラガフも素早く2人の元に駆け付ける。


「待ちなさい、アリナさんを返しなさい!!」


「皆さん、またいつかお会いしましょう」


 拘束から逃れたアスイがソルデューヌを狙ったが、それより早くソルデューヌの転移が完了した。



 ソルデューヌは転移を繰り返し、なるべく王都から離れた安全な場所まで移動する。


「とりあえずここまで来れば安全でしょう。

ところでアリナさん、様子が変でしたが何かありましたか?」


「そうだ、王の殺害まであと一歩だったじゃねーか。あのまま攻め続ければ行けたんじゃないのか?」


 ソルデューヌもグラガフもアリナの行動について当然の疑問をぶつけて来た。アリナは移動中に少しだけ落ち着き、何とか言い訳を考えるぐらいは頭が回るようになっていた。アリナはスミナが生きていた事だけは言ってはいけないと感じ、それを匂わせない理由を必死に考える。


「あれは、突然王国の奴らが魔宝石マジュエルを使ったから、普通の攻撃じゃ当たらなくなって。それにアスイもあたしの拘束を解いて、その反動が来て一瞬動けなくなったんだ」


 アリナはそれらしい反論を述べる。実際にアスイにはあのタイミングで拘束していた鎖を切られ、その衝撃が伝わっていたのは事実だった。だが、アリナが本気を出せばアスイを抑えつつエルのシールドを貫いて攻撃が可能だったかもしれない。


「ああ、あの特殊なシールドは魔宝石だったのですね。なるほど、アリナさんのお姉さんが使っていたのは知っていましたが、他に使える者がいたと。そう考えると厄介ですね」


 アリナはソルデューヌが姉の事を言ったので、気付かれたのではと内心焦る。


「あれがそんなに凄いモノなのか?まあ、オレも遊び過ぎたのは確かだ、人の事は言えんな。

隙を作ったソルデューヌ、オマエもな」


「そうでした、わたくしも魔導具で一瞬動きを止められましたね。まあ、今回はわたくし達の敗北でしょう。言っていた通り責任はわたくしが取ります。

それに、ガズ様はもう次の作戦に移している頃でしょう。今頃王都のワンドエリアがガズ様直属の部隊とゾ王の精鋭部隊によって蹂躙されている筈です」


 ソルデューヌは何食わぬ顔で言う。まるでこうなる事が分かっていたかのようだ。ただ、失敗し、頭が混乱しているアリナは何も言う事は出来ない。


「そんな話は聞いてないぜ。それもオマエ独自の情報網から得てるのか?」


「そんなところです。ガズ様は今回の襲撃で王都を陥落させる為に何重もの策を練っているようです。結局戦争は数だというのがガズ様の考えのようですから。レオラさんも我々も魔族連合全体で戦っていると見せかける為の前座だったのでしょう」


「嫌なヤツらだな、デビル達も、オマエも。

アリナ、聞いた通りだからあまり落ち込むなよ。オマエの力が凄いのはオレも理解した」


「ありがとう……」


 なぜか嫌われている筈のグラガフに慰められ、アリナはとりあえず礼を言う。


「では、ボーブ砦まで戻りましょう」


 ソルデューヌはアリナにそれ以上何も言わず、アリナの部屋があるボーブ砦まで転移を繰り返して移動した。


「じゃあオレは自分のシマに戻るぜ。じゃあな」


 ボーブ砦に着くとグラガフは自分の陣地に戻る為、ゲートに向かって去っていった。砦の通路でアリナはソルデューヌと再び2人きりになる。


「アリナさん、前にも言った通りわたくしは何が起ころうとアリナさんの味方です。もしどうしようも無くなった時はこれを使ってわたくしを呼んで下さい」


 ソルデューヌはそう言って魔族の呪具のような小さな石をアリナに手渡した。アリナは拒否する事も出来ず、素直にそれを受け取る。


「では、わたくしも仕事があるのでここでお別れです。

アリナさん、己の欲望にもっと正直になるといいのではないでしょうか。

では」


 ソルデューヌはアリナの返事を待たずに言葉を残して一瞬で姿を消した。ただ、アリナの頭の中は既にいっぱいで、ソルデューヌの言葉はアリナの中には殆ど残らなかった。



 アリナは部屋に戻り、ダルアを解除し、ベッドに倒れ込む。そして今一度何が起きているのか頭の中で整理する。


 成り行きで3人で王都を攻める事になり、転移で王城まで移動した。玉座の間までの移動中に生き残りの兵士がいて、アリナは思わずとどめを刺してしまった。その事で混乱し、冷静に物事を考えられなくなってしまった。

 玉座の間の前には老騎士のネーラがおり、アリナはネーラを殺したく無い為、エネルギーを奪う事で倒す。ただ、それを兄や親友に見られた事で更に心が乱れた。

 アリナは兄も殺したく無かったので同じくエネルギーを奪う事で生き残らせようとした。しかし、兄ライトが抵抗しなかった為、一気にエネルギーが吸収されてしまう。ライトはあれで死んでいてもおかしくない。


 そこまで考えただけでアリナの心が張り裂けそうになっていく。だが、重要なのはその先なのだと思考を進める。


 アスイを倒そうとする事だけを考え、必死に戦い、ようやくアスイを倒す事が出来た。そして目的である国王を殺そうとした。最初の1撃はレモネに防がれたが、2撃目は誰にも邪魔されない筈だった。アリナが魔族としての目的を達成しようとしたその時、指輪を通して姉スミナの存在を感じてしまったのだ。

 アリナの攻撃はエルによって防がれ、戦意を失い作戦は失敗した。


(やっぱり生きてる……)


 アリナは左手の中指にはめた指輪に右手で触れ、そこから姉の温かさを感じる事が出来た。ただ、どこにいるか分かる筈の姉の場所は遠く、位置までは感知出来ない。遠すぎる為か、方向は斜め上の星空を刺してるとさえ思えた。


(今までどうしてたの……)


 アリナの疑問はそこに集約する。スミナが急に生き返るなんて事はあり得ない。ただ、魔神の攻撃が直撃し、スミナが消滅したと感じたのは事実だ。アリナの指輪もエルもそう感じたのだから。指輪ですら感知出来ない遠くに転移したのだろうか。スミナからオルトの恋人だった魔術師が次元の扉で魔神と共に別次元に移動した話を思い出す。高エネルギーで次元の扉が開いて転移する、なんていう創作が現実世界ではあったがそういう事なのだろうか。


(分かんないな……)


 アリナは色々考えるが、結局なんでスミナが生きていて、急に存在が復活したかの理由は思い付かなかった。ただ、今は生きているという事実だけがある。


(あたしどうすればいいんだろ……)


 スミナが生きていたから王国に戻ります、なんて美味い話は無い。そもそもアリナだけでは魔導結界を超えて王国側に戻る事すら出来ない。それに王国に戻ったとしてもアリナの罪が許されるわけでは無い。自分は王都への攻撃に加わり、多くの被害を引き起こしたのだから。それに兵士の命も奪っている。戻れるわけが無い。


(でも、魔族連合にだってあたしの居場所は無い……)


 アリナは今回2度目の失敗をしてしまった。1度目はまだダルアを使い慣れて無かったのが原因で、故意に失敗したわけでは無い。だが、今回はまだ動けるのにも関わらず戦闘放棄してしまったのだ。例えソルデューヌが庇ってくれたとしても、失敗した事実は変らない。ディスジェネラルになるのはかなり厳しくなってしまった。アリナを手駒として欲しい勢力はあるだろうが、それもアリナの立場が下である場合だけだ。


(だったらスミナが生きていた事をレオラに教えたらどうだろう)


 魔族連合で立場が弱くなってきたレオラに情報を渡す事で自分の地位が上がるかアリナは考える。情報は力なのでレオラは盛り返すかもしれない。ただ、アリナの立場がそれで上がるとも思えない。むしろ姉に寝返るのではと警戒される可能性が高い。それに加え、姉を魔族連合に売るような事になるのだ。そもそもそんな事は論外だった。


(結局あたしはどこにいても失敗しかしないんだ……)


 アリナはどうにもならない自らに絶望する。スミナにこんな自分は見て欲しくない。今すぐどこかに逃げだしたい気分だった。


『大丈夫だよ』


 そんなアリナの脳内に声が聞こえた。聞いた事の無い、子供のように可愛らしい女の子の声だ。アリナは魔族がからかっているのではと周囲を見回す。しかし、部屋の景色に変化は無く、危険も魔力も感じない。この世界に転生した時も何か声を聞いたが、その声はもっと大人の声でまるで違っている。


(幻聴?)


『幻聴なんかじゃ無いよ。ボクの声はアリナにだけ届くように喋ってるんだ』


 アリナの思考に声が反応する。聞こえているのは本当のようだ。ただ、魔族が探りを入れる為に魔法を使っている可能性もある。アリナは慎重に探りを入れる。


『あたしの考えている事が分かるの?あなたは誰なの?』


『うん、アリナの思考は今みたいに喋ってくれるとよく分かるよ。

ボクが誰か、っていうのは難しい話だね。実はヒミツなんだ。しいて言えばアリナの味方かな』


 声は楽しそうに答える。どうも悪ふざけにしか思えない。だが、落ち込んでいる自分にとってはいい暇つぶしになるかもしれないとアリナは思った。


『で、あたしの味方さんは何が大丈夫だって言うの?どう見てもあたしの状況は最低最悪でしょ』


『そんな事無いよ。色々気にしてるみたいだけど、ネーラもライトも無事生きてるよ。刺しちゃった兵士は可哀想だったけど、どのみち長くは生きられなかったと思うし。

それにアリナが来てくれたからソルデューヌはレモネ達に手加減して殺さなかったんだし、オルトとグラガフだって戦いを楽しんでた。結果として上手く行ってるんだよ』


 声はまるで見てきたかのようにアリナが気にしていた事を話す。アリナはこの声が自分が正常でいられるように自分で生み出した空想の存在なのではと疑い出した。そうならどこかで綻びが出る筈だ。


『でも、あたしが襲撃に参加したせいで王都はあんな状態になったんだよ。あたしがいなければあそこまで酷くならなかった。今だってワンドエリアが大変な事になってる筈よ』


『それはどうかなあ。確かにアリナのせいで足止めされた部分が無いとは言わないよ。でも、アリナが居なければ代わりの誰かが入っただけで、状況はそれほど変わらなかったんじゃ無いかな。どうしても悲劇のヒロインになりたいんならボクは止めないけど』


 声にそう言われてアリナは腹が立ってくる。自分が真面目に考えているのに茶化された気分になったからだ。


『さっきから、本当に何なの、あんた。好き勝手言って。あたしは必死に考えて、動いて、後悔して、それでも何とかしようとしてきたの!!今日だってアスイを倒して、あと一歩ってところで邪魔されて。

でも、邪魔されてよかったって思ってる自分もいる……』


『そうだよね。ボクはアリナが頑張ってるのは知ってるよ。剣だけじゃスミナに敵わないって気付いて、学校で色んな武器の研究をした事もね。今回アスイを上回ったのはダルアの力じゃなくて、アリナの努力の成果だと思うよ』


 声がアリナしか知らない事を話すのでアリナは少し怖くなってしまった。ただ、アリナは自分が素直に褒められた気もして、それは悪い気分じゃ無かった。


『ねえ、あたしの事知ってるのなら教えて。この後あたしはどうしたらいいの?どうすれば上手く行くの?』


『残念ながらそれをボクが答える事は出来ないんだ。これからも今まで通り、アリナが自分で考えて、自分で動くしかない。だって、それがアリナが選んだ道なんだからね』


『あたしが選んだ道……』


 その後しばらく待ったが、その声は聞こえなくなっていた。ただ、アリナの荒んだ心はすっかり落ち着いていた。

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