16.王国崩壊の危機
「酷い……」
レモネは焼け野原と化した王都のペンタクルエリアを見て呟く。自分の父がこの中に混ざっているかもしれないという不安に胸が押し潰されそうになる。
「まだ混乱してるけど、退避出来た人も沢山いる……。指示通り私達は調査しよう……」
「そうだね。ありがとう、ソシラ」
ソシラはレモネの事を心配してくれている。今は自分の事だけを考えてはいけないとレモネは気持ちを入れ替えた。
レモネはアリナとの戦いの後、王都の惨状を聞いて騎士団の人達より先に王都に戻る事になった。ただ、レモネ達学生は直ぐに王都に入ると二次被害もあるという事で、各自寮などで待機を命じられた。レモネはその間にウェス地方の実家に父であるデンネが今どこにいるかを確認した。するとデンネは王都に商売の話で出向いていると言われたのだ。
その翌日、レモネはアスイと連絡を取り、父の安否を確認したいと伝えた。しかしアスイからは戦闘は終わったものの、町に混乱や危険が続いているのでしばらく待って欲しいと言われてしまった。
数日経った今、ようやくペンタクルエリアの危険も収まったのでレモネは現地に来る事が出来た。魔族がどうやって侵入したかの調査の名目で父親捜しもしていいとアスイに言われたのだ。その際、アスイから携帯して魔法の通話が出来る魔導具を渡された。あとワンドエリアが次に襲撃される事も考え貴重品は持ち出しておくよう言われた。なのでレモネは宝石の形のまま動かなくなった魔宝石のエルも常に持ち歩くようになっていた。
レモネは幼い頃に父と一緒にペンタクルエリアのササン商会の店によく来ていたので、ある程度地図は頭に入っている。しかし町が破壊された状態の今、父親の店を探すのも一苦労だった。
周囲には建物が崩れ、中に取り残された人を救出している人達や、逃げた後の自分の店の状態を確認しに戻って来た人達がいた。もう戦闘は起こらないだろうが、死んだ家族を見つけて泣いている人もいて悲惨な状況だった。この間の異界災害の被害よりも被害者は多いかもしれない。
アスイから聞いた話だと、襲撃して来た敵はレモネ達が戦ったガーディアンのような機械の兵器では無く、魔族やモンスターだったらしい。問題はその中に魔族が作ったと思われる特殊なモンスターがおり、それは自爆する事でかなりの範囲を破壊したという。町が焼けたり建物が崩れている原因の殆どがそのモンスターの仕業だろう。
「ソシラ、こっちだ!」
レモネは周囲を調査しながら景色を見ていて、見慣れた特徴的な建物の残骸を見つける。その建物との位置関係で自分の父がやっていた店の方向を理解したのだ。店の建物が残っていれば中にデンネが生き残っている可能性がある。レモネは一縷の望みを抱いてその方向へと走って向かった。
「嘘……」
レモネは目の前の瓦礫と化した建物を見て絶句した。レモネの父デンネがやっていたササン商会の店の建物は3階建てで広く、大きく立派だった。それが殆ど崩れていて、中に人がいたとしても生きている可能性は限りなく低い。周囲に救助をしている人もおらず、助けを求める声すら無かったのだろう。レモネは絶望を感じて倒れそうになる。
「レモネ、落ち着いて。お店には地下倉庫があるって言ってたよね。まだ生きてるかもしれない!」
「ソシラ、ごめん。そうだよね、地下への入り口は複数あるし、中は大丈夫かもしれない。調べてみよう」
レモネはソシラに励まされて頭を切り替える。建物の瓦礫の中にある地下への入り口を掘り出すのは大変そうなので建物の裏にある地下への搬入口へと回った。搬入口を見ると地下へ降りる階段は周りの建物が崩れた瓦礫で埋まっている。それでも隙間は見えるので、掘り出す事は出来そうだ。
「ソシラ、手伝って!!」
「分かった……」
レモネとソシラは魔法と魔導具の武器を使って瓦礫をどかしていく。数十分必死にやった結果、地下倉庫の扉がようやく見えた。ただ、瓦礫に押されて歪んでいて正常に開くとは思えない。
「誰かいますかー!!」
レモネは大声で扉の向こう側に向かって叫ぶ。しかし返事は返って来ない。
「私が開ける」
ソシラが魔導具の武器を細いのこぎりみたいな形に変えた。確かにレモネが力任せに破壊するよりソシラに任せた方が中に人がいた場合はいいかもしれない。
「お願い」
「うん」
ソシラは扉のどの部分を破壊すると開けられるか理解しているようで、魔道具の刃を扉と壁の隙間に入れて接合部を破壊していった。すると扉が奥へと倒れ、倉庫の中が見えてくる。扉の裏には人はおらず、レモネはとりあえずホッとした。
倉庫の中は暗く、レモネ達は魔法の灯りで中を調べて行く。上階の床が抜けて崩れている部分もあり、崩壊が広がらないよう注意して歩く必要があった。見たところ倉庫内に倒れている人はいない。
「ソシラ、こっちだ」
レモネは地下の奥に頑丈に作られた金庫部屋があった事を思い出してそちらへと向かう。頑丈な部屋なので何かあった時はそこに隠れているかもしれないと思ったのだ。
「ここも埋もれてる。でも、奥の部屋自体は大丈夫かもしれない」
レモネは上の階から流れ込んだ瓦礫を慎重にどかしていく。すると奥の空間が見え、金庫部屋の扉が残っている事が分かった。
「誰か生存者はいますかーーー!!」
レモネは必至に扉に向けて叫んだ。しばらく静寂が続く。
「その声、もしかしてレモネお嬢様では?」
「スガンさん?生きてて良かった。お父さんも一緒?」
「それが、デンネ様はここにはおらず……。
ともかく、他にも生存者がいますので、まずは扉を開けて頂けないでしょうか。その後、詳しくお話します」
「分かった、ちょっと扉から離れてて」
金庫部屋にはササン商会のデンネの部下の1人のスガンと数人の生存者がいるのが分かった。レモネは先ほどのソシラのように金庫部屋の扉を開けると時間がかかると思い、自分のやり方で開ける事にする。
レモネは魔導具の斧を変形させ、刃を出さずにハンマーのようにした。そして祝福の力の増加を使い、扉に向かって全力で斜め下へと振り下ろした。“ゴンッ!!”という重低音と共に扉はひしゃげて床にめり込んだ。反動で上階の瓦礫が流れ込みそうになるのをソシラが魔法で止めてくれる。2人の協力で頑丈な扉を瞬時に開ける事が出来た。
「大丈夫ですか?」
「レモネお嬢様、ありがとうございます」
「スガンさん、それで何があったの?お父さんは?」
「モンスターの襲撃があった時、私とデンネ様はお客様と交渉中でした。デンネ様が外に出るのは危険だと私や従業員、お客様達をここに避難させて下さったんです。
ただ、デンネ様はしばらくして外の様子や店の品が心配だと1人で出て行こうとしたんです。私達は止めたのですが、デンネ様は自分の身は守れると言い、すぐに戻ると出て行ってしまったのです。あと、気になる事があるのでどうしてもやらなければならないと言っておりました」
スガンが状況を説明する。確かにデンネ自身もレモネほどでは無いが戦闘経験もあり、危険な場面を何度も乗り越えてきた。ただ、レモネは父がいい年になっており、昔ほど動けない事も知っている。
「その後は?」
「しばらくして大きな爆発音があり、色んなものが崩れる音が聞こえました。私達は中からデンネ様を呼びましたが、反応はありませんでした。私は様子を見ようと扉を開けようとしたのですが、中からはどうしても開けられなくなっていたのです。
デンネ様が緊急用に水や食料をここに保管していたので何とか皆生き残れましたが、デンネ様がどうなったかは分かりません……」
スガンが悲痛な表情で言う。ただ、スガンの言う通りならデンネは瓦礫の下でまだ生きている可能性はある。
「分かりました。搬入口までの通路は狭いけど出来ています。スガンさんはみんなを外まで案内して。呼べば王国の救護の人が来てくれます。
私はソシラとお父さんを探します」
「でしたら私も手伝います。私もデンネ様の行動を止められなかった責任がありますので」
少しやつれた顔のスガンが言う。レモネをそれを止める事は出来ず、ソシラとスガンの3人で地下倉庫の瓦礫の下を見て回る事にした。従業員と客達は慎重に外へと出て行った。
「レモネ、スガンさん、来て下さい!」
しばらく瓦礫に注意しながら地下倉庫を調べているとソシラが声を上げる。レモネとスガンはソシラの元へと急ぐ。
「誰か瓦礫に埋まってる。ただ、もう死んでる……」
「とにかく周りの瓦礫をどけましょう」
スガンがそう言って3人で人が埋まっているように見える瓦礫を周囲に影響が出ないように慎重にどけていく。するとそこに埋まっていた人の手足が見えてきた。ただ、その上半身の殆どは大きな瓦礫に圧し潰されてしまっていた。見える範囲のズボンにレモネは見覚えがあった。
「これは……」
「残念ながらこの服は間違いなくデンネ様のものです……。デンネ様……」
スガンはそう言って崩れ落ちて泣き出す。レモネも同様に崩れ落ちそうになるが、まだこの遺体が父とは限らないと周囲を掘り出してよく観察する。すると、死体の左手が綺麗に残って出て来た。指には指輪があり、それはよく見た事のある指輪だった。
「この指輪はお父さんの結婚指輪……。それにこの手はよく覚えてる……。
あ、何か手に握ってる?」
レモネは泣きそうになるのを堪えてデンネが左手に握っていた物を確認した。それはモンスターの素材で作られた、禍々しい印象を受ける道具の一部だった。レモネはそれに見覚えは無い。
「ねえスガンさん、これお父さんが握ってたんだけど、何か分かる?」
「デンネ様が?
それですね、ええ、よく覚えています。少し前の話ですが、知り合いの商人の紹介で怪しい商人が今後高値になるからと売りに来たんです。うちの商会は裏のルートの物は扱わないのでデンネ様も最初は買うのを拒否したんです。
ですが、紹介された手前、今回だけと魔物素材のその呪具を買い取ったんですよ。見た目も雰囲気も悪かったのでデンネ様が倉庫の奥にしまっていた筈です。
しかしデンネ様はなぜそんな物を……」
スガンの説明を聞いて、デンネが命がけでこの道具を持っていた理由があるのではとレモネは考える。
「ソシラ、これが何か分かる?」
「少し見させて欲しい……」
ソシラはレモネからその道具の破片を受け取るとじっくり眺め回して観察する。せめて壊れる前だったら魔法で鑑定出来たかもしれない。
「多分だけど、これはワープワームっていうモンスターの身体の一部だと思う……」
「ワープワーム?聞いた事ないモンスターだけど」
「珍しいモンスターで、私も本でしか見た事無い……。体長5メートルぐらい芋虫みたいなモンスターだけど、あまり強くなくて、遅い移動速度を補うように10数メートルだけ瞬間移動が出来るらしい。主に逃げる時に使って、間に遮蔽物があっても移動出来るので捕まえるのが大変だって本に書いてあった……」
ソシラの説明を聞き、デンネが必死にこれを持っていた事についてレモネの中で何かが繋がる。
「スガンさん、この道具を買ったのがいつか正確に覚えてますか?」
「あれは確か、カップエリアの襲撃の後、復興が落ち着いて王都の結界が復活した翌日ですね。やっと商売が進むとデンネ様と喜んでいた直後なのでよく覚えています」
「じゃあやっぱり、この呪具が数日前の魔族襲撃を可能にした原因だと思います。カップエリアの襲撃で混乱している最中に王都に持ち込まれ、ペンタクルエリアの各所にこの呪具が置かれたんだと。
これは多分外部からの転移を可能にさせる道標みたいなもので、王都に散らばったこれを頼りに魔族は転移して襲撃をしたんじゃないかと。
ソシラ、アスイさんに伝えないと」
「そうだね」
レモネは父が命を懸けて教えてくれた事を伝える為に地上に出る。そしてアスイに魔導具で連絡した。レモネは店の地下で知った事をアスイに伝える。
『レモネさん、お父様の事は残念でした。ですが、凄い収穫です。魔族が侵入した方法が分かったなら、その対策が出来ます。急いでそれを持って王城まで来て下さい』
『分かりました』
アスイに言われてレモネとソシラは王城へと急いだ。
「遅かった……」
レモネが王城に到着した時、既に城では爆発音が響いていた。恐らくレモネが持っている呪具が城にも持ち込まれていて、敵が簡単に侵入出来たのだ。
レモネ達はとにかく城の城壁の中に入ると、中庭では以前戦った魔族の機械の兵器と騎士や兵士達が戦っていた。レモネは自分達もここで戦いに加わるか悩む。アスイに魔導具で連絡しても返事はない。城内で対応に追われているのだろう。
(敵の目的な何?アリナが来てるとしたら?)
レモネは自分の父の死を無駄にしない為に、必死に頭を働かせた。アリナが目的とするなら恐らくアスイだ。もしアスイが敵の襲撃を受けたらどこへ向かうだろうか。
「玉座の間だ。でも、どこにあるか分からない」
「レモネ、任せて……。私が案内する……」
レモネのつぶやきにソシラが即答する。レモネは王城に入った事はあるものの、玉座の間に行った事は無かった。一方ソシラは領主の娘なので玉座の間に行った事があるのだ。
レモネは戦っている人達に心の中で謝りつつ先を急いだ。王城の中は各所で戦いが繰り広げられ、爆発も起こっていた。気を付けるべきは自爆するモンスターだろう。当たり前だが王城の中央の通路や広間は激しい戦闘が繰り広げられ、扉は厳重に閉じられていた。流石にレモネ達でも扉を開けて最短距離を移動する事は出来ない。
「遠回りになるけどこっち……」
ソシラが狭い廊下を迷わず進んで行く。ソシラがなぜ城内の造りに詳しいのかレモネは今は聞かない事にした。途中で魔族と出会う事もあり、その時は戦いを避けられない。ただ、レモネもソシラも慣れてきたもので、ただのデビル相手なら数十秒で倒す事が出来た。
進んで行って分かった事は機械の兵器は屋外にしかおらず、城内にはデビルや魔族、モンスターしか見かけないという事だ。あの兵器は屋外でこそ能力を発揮出来るから外で騎士達を足止めする為に置いているのだろう。
「もう少し……」
ソシラの案内で階段を上り下りして、複雑な通路を進んでいた。流石に城の奥の方では爆発音もせず、転移出来たのは城の途中までなのだろうとレモネは考える。これならまだ玉座の方まで敵は侵入していないかもしれない。
「この先が玉座の間……」
ソシラがそう言ったと同時に周囲に怪しい気配をレモネは感じた。
「ソシラ!!」
「うん!」
そう言葉を交わした瞬間、レモネの身体は吹き飛んでいた。敵の攻撃が見えなかった。ただ、追い打ちが来ると感じ、本能で盾を広げる。“ガンッ!”と重たい音がして盾に衝撃が広がった。そこで初めてレモネは自分を襲って来た敵の姿を確認出来た。
(何こいつ!?)
初めて見る敵だった。顔の殆どを大きな一つ目が占め、黒い布の服で全身を覆っているが、手足が極端に長い。そして手の先は大きな一本の鉤爪になっているのだ。攻撃を防がれた単眼の敵は地面に溶け、姿を消す。その位置は魔法で探索しても分からない。
敵は一体ではないようで、ソシラは複数の虚像を作り出してその攻撃を避けようとしていた。しかし敵はどれが本物のソシラか分かるようで、本物のソシラの背後から現れ攻撃を当てた。ソシラはそれを魔導鎧の爆発で何とか耐える。レモネもソシラもこの敵の方が今の自分達より強いと自覚していた。2人はとにかく回避と防御に徹する事になってしまう。攻撃の威力が低く、1撃でこちらが致命傷にならないのだけが救いではあった。
(このままじゃ玉座に行けない。何とかしないと)
レモネは焦る。襲ってくる間隔から相手の数は3体だと把握は出来た。だが、すぐに消えてしまい、攻撃を当てるのは難しい。このままここで足止めされるのだけは避けたかった。となると無茶をしてでも打開策を出すしかない。
(ぶっつけ本番だけどやるしかないかも)
レモネはソシラと特訓で練習していた攻撃を試してみる事に決める。でなければ2人ともどこかでミスをしてやられる可能性があるからだ。
「ソシラ、あれをやるよ」
「分かった……」
2人の意思疎通は完璧で、すぐにソシラが乗ってくれた。小さな背中のレモネの上に長身のソシラが立つ。勿論それはソシラが作り出した虚像の一つでしかなく、敵も今までの戦いでそうだと理解している。レモネはソシラを乗せたまま高速で斧を振り回しながら移動した。攻撃を当てる意図は無く、目立つ的として逃げ回る形だ。
(来た!!)
2体の単眼の敵はレモネが廊下の壁で反転するタイミングを狙って攻撃してきた。勿論狙いはソシラの虚像では無くレモネ本体だった。レモネは2体のうちの1体は斧で攻撃を弾き、そのまま吹き飛ばす事が出来た。だが、もう1体はレモネの視界の外から攻撃を仕掛けて来て、対処出来ない。
「そこ!」
ソシラの声がして、武器を槍の形に変えたソシラが背後の敵を貫いていた。敵が攻撃したタイミングに合わせてソシラが虚像と入れ替わる祝福を使用して攻撃したのだ。更にレモネの斧での攻撃が貫かれた敵に当たり、1体を完全に破壊出来た。この方法なら残り2体も倒せる、そうレモネが確信した時だった。
(しまった!!)
攻撃が成功してレモネは油断してしまったのだ。3体目の単眼が現れ、その攻撃は確実にレモネの顔を狙っていた。盾も斧も回避も間に合わない事をレモネは理解している。ソシラは吹き飛ばしたもう1体を追撃していて助けてはくれない。
「レモネさん、油断は禁物ですよ」
レモネへの攻撃は華麗な剣捌きで弾かれていた。レモネを助けたのは金色の薔薇のような華やかな魔導鎧を着た老齢の騎士だった。
「ネーラ様!!」
「レモネさんもソシラさんもお城の危機に駆け付けてくれたのね。ありがとう。
ここは私が死守します。先に進んで下さい」
ネーラはそう言いながら剣で敵を圧倒していく。1人で城を守り切ったという伝説の“金薔薇の姫騎士”は歳を取っても健在だとレモネは感じる。
「ネーラ様、ありがとうございます。ここはお任せ致します」
「ネーラ様、お願いします……」
レモネとソシラはネーラにそう告げて玉座の間への扉へと向かった。巨大な大扉では無く、兵士用の小さな扉をくぐると広い玉座の間に出た。既に広間は戦闘の跡が広がり、立派な柱が爆発で破壊されているのが見える。床には騎士の死体とモンスターの死体が各所に散らばっていた。そして戦闘は玉座の近くで繰り広げられていた。
(アリナは……いない!)
レモネは戦っている敵の中にアリナの姿が無いのを確認して残念な気持ちと共に少し安堵していた。説得する機会は欲しいが、城の襲撃に加わっていて欲しくは無かったのだ。
玉座の間での戦いは被害は出たものの、王国側が有利に見えた。若き国王ロギラ・デインは玉座に堂々と座っていて、その周りを国王を守る精鋭騎士団である金騎士団と優秀な魔術師、聖職者が囲んで守り切っている。それと一緒に今は王国に使える騎士の1人であるオルトも襲ってくる魔族を次々と倒していた。
そして敵の指揮官と思われるデビルの転生者であるレオラと同じく転生者のアスイが激しく戦っていた。この2人の戦いがこの場の戦いの勝敗を決めると言っていいだろう。
恐らくレオラとここにいる魔族達が国王の命を狙った本命だったのだろう。ただ、レモネが敵の転移についての連絡をアスイにしたので国王の守備を固める事が出来、この程度の被害で済んだと思われる。レモネは自分の父の残した手がかりが役に立った事が嬉しかった。
「あら、アリナの元友達の子達じゃない。わざわざこの国が終わるところを見に来てくれたんだ」
「おしゃべりしてる場合じゃないでしょう」
レモネ達を見つけて話しかけてきたレオラに対し、アスイが激しく斬りかかる。レモネが2人の戦いを見ていて気付いたのはアスイの方が技量が上だが、他の人を守りながら戦う為、レオラに積極的に攻撃出来ない事だった。騎士団やオルトも殆どの敵を倒したものの、敵の隠している罠や増援を警戒してレオラに対して動けなかった。
「邪魔にならないようにしよう」
「分かった……」
レモネとソシラは今出来る事は無いので、邪魔にならないように距離を取ってアスイの戦いを見守るしかなかった。
「じゃあこんなのはどうかしら?」
空中に浮かぶレオラが玉座の方に向けて激しく輝く光の弾を放つ。手には何かの魔導具が握られていて、古代魔導帝国の兵器だと予想出来る。アスイは何の躊躇も無く光弾の前に移動し、自らの身体でその衝撃を受けた。アスイが触れた光弾は爆音と共に巨大な閃光が広がっていく。アスイをもってしても防ぎきれないエネルギーが広間に溢れ、玉座の周りの魔術師や聖職者が何重ものシールドを作り、騎士達が身を挺して玉座を守る。距離の離れたレモネ達でさえシールドの魔法を作り身を守る必要があった。
「あら、しぶといわね」
「このままじゃ埒が明かない」
レオラとアスイが激しく視線を交わす。アスイの銀色の魔導鎧は攻撃でボロボロになっていて、身体にも傷跡が見えた。こんな戦いを続けていてはアスイがもたないのではとレモネは思う。
「国王陛下の御前でこの姿にはなりたくなかったのだけれど、仕方ないわ」
アスイはそう言うと魔導鎧を解除し、下着姿になった。
「あら、とっておきの奥の手でもあるのかしら?」
レオラの問いには答えず、アスイの身体が変化していく。皮膚が硬質化していき、赤い金属のようになって全身を包む。アスイの身体を包んだ鎧は炎を纏い、激しく燃え上がった。レモネはその姿に見覚えがあった。
(砂漠の遺跡で戦った魔神の姿に似てる)
アスイが倒した敵の能力を祝福で取り込めることをレモネも知っているので、アスイが使っているのがその魔神の力ではないかと想像出来た。
「一気に決める」
アスイはそう言うと今までよりも更に速い速度でレオラに斬りかかった。レオラも油断していたわけでは無いが、アスイの攻撃に圧倒されている。あっという間にレオラの片腕と片足が切り落とされていた。
「とどめ!!」
レオラが距離を取ろうとレモネ達がいる広間の入り口側に移動するが、アスイは先回りしていた。そして剣はレオラの身体を縦に真っ二つに切り裂いていた。完全に勝負はついていた。
「まさかここまで強いとはね……。本当はアタシも結末を見届けたかったのだけど、ここで死ぬわけにはいかないの。
じゃあ、よい地獄を味わってね」
「逃がさない!!」
二つに別れながらもしゃべり続けるレオラをアスイは剣を投げて更に傷を負わせる。しかし次の瞬間にはレオラの身体は完全に消えていた。
逃げられはしたが、戦いは王国側の勝利で終わった。そうレモネが思った時、背後の玉座の間の大きな扉が音を立てて開き始めた。
「レオラ様の援護には間に合わなかったようですね」
若い男の声が広間に響く。扉が開くとそこには敵の大軍がいた。その先頭に立つのは3つの存在。声の主である細身で長身の豪華なスーツ姿の青年。巨体で禍々しい鎧を着た金色の毛並みを持つ虎の獣人。そして紅い禍々しい鎧で兜で顔を隠した小柄な少女が3人の中央に立っている。
「アリナ!!」
レモネは入って来た少女の名を呼んだ。しかし何の反応も無い。
「ネーラ様!!」
ソシラの悲痛な叫びでアリナの左手で引きずられたものがネーラである事にレモネも気付く。動かなくなったネーラが生きているのか死んでいるのかここからでは分からない。分かるのは扉の向こうで戦っていたネーラがアリナによって倒された事だ。
「アリナ聞いて!!この間の襲撃でお父さんが死んだの。もうこんな戦いはやめようよ。アリナだって家族が死ぬのは嫌でしょ!!」
「そうだ、アリナ。僕が悪かったんだ。2人に全てを押し付けてしまった。
でも、僕の話を聞いて欲しい。だから剣を収めてくれ」
レモネが叫ぶのに続いて玉座を守っていた金騎士団の騎士でアリナの兄であるライトも駆け出してきて言う。対するアリナの動きは速く、誰もそれを止められなかった。アリナはネーラから手を離して一瞬のうちにライトの背後に立っていた。そしてアリナがライトに片手で触れるとライトは力が抜けるように崩れ落ちて倒れた。一撃でライトを倒したのだ。
「邪魔はさせません。お嬢様達のお相手はわたくしがしますよ」
長身の青年がいつの間にかレモネとソシラの前に移動している。
「オマエの相手はオレだ」
ライトを助けようと動いたオルトの前には虎の獣人が立っていた。それと同時に配下の獣人やアンデッドモンスター達が玉座へと向かって流れ込んでいく。
「アリナさん、力ずくでいかないと話を聞かないみたいね」
「――」
アスイの声にアリナは反応せず、ただ、アスイに殺意を向けて近付いていく。そして戦いが始まった。
「女性を傷付ける趣味は無いんですよ。大人しくしていてくれればこちらも攻撃を止めますよ?」
「何なのよ、あなたは」
レモネとソシラはスーツ姿の青年に翻弄されていた。見た感じだけならゆったりと浮遊して移動しているだけなのだが、無視して移動しようとすると目の前に現れて衝撃波を放ってくる。ソシラの虚像にも惑わされず、ギリギリのところでこちらの攻撃は避ける。しかも相手は余裕そうに見えるのだ。
「多分ヴァンパイアロードだよ、こいつ……」
「おや、知っておられるようで恐縮ですね。
わたくしはヴァンパイアロードのソルデューヌ・パルザと申します。今後ともよろしくお願いしますね」
正体を当てたソシラにソルデューヌは笑顔で答える。レモネは余裕ぶったソルデューヌに苛立ちを感じていた。
「ソシラ!!」
「うん」
合図を出してレモネとソシラは再び協力してソルデューヌを倒そうとする。ソシラの虚像がレモネの上に乗り、レモネはソルデューヌに向かって突進した。ソルデューヌは動きを止め、レモネを迎撃しようとする。
「え!?」
しかしソルデューヌが攻撃をしたのはレモネでは無く、上にいるソシラの虚像だった。ソシラはその瞬間に祝福で入れ替わってしまい、衝撃波をもろに受けて広間の壁へと吹き飛ばされる。
「よくも!!」
レモネは怒りに任せてソルデューヌを攻撃するが、軽々と避けられてしまった。レモネは自分の未熟さに嫌気がさしてくる。だが、戦いを止めるわけにはいかない。ここでソルデューヌの足止めをする事にも意味はあると信じて戦うしかなかった。
「へー、王国にも強いヤツがいるんだな。
コロす前に名乗ってやろう。オレの名はグラガフだ」
「俺はオルト・ゴロフだ。
むしろ驚くのはこっちの方だぞ」
オルトはグラガフの鋭い爪を避けながら言う。スピードには自信があったオルトだが、グラガフが巨体ながら凄まじい反応速度で攻撃してくるのに対処するので精一杯だった。グラガフの鎧が特注性なのもあるのだろうが、オルトの攻撃は受け流され、鎧に浅い傷を付けるにとどまっていた。逆にオルトはグラガフからの攻撃を受けたら1撃で倒されるだろうと予測していた。
早く倒して味方の援護に行くつもりだったオルトだが、完全に足止めされていた。連戦で体力が減って無ければとオルトは自身の衰えを呪う。むしろ体力が尽きる前に倒さなければと必死になっていた。
今まで使わなかった魔神の力を使ってもなおアスイはアリナに押されていた。アリナは手を抜いている様子も、力に振り回されている様子も無く、的確にアスイの行動予測を潰すような戦い方をしている。そしてアスイのいかなる言葉もアリナには届かなかった。兄ライトを倒した以上、覚悟は決まっているという事だ。
それでもアスイは全力で周囲の様子を気にしつつ戦いを続けるしかない。指揮官である3人以外は強化された獣人とアンデッドの部隊なので玉座の護衛に付いている金騎士団や魔術師達で何とかなっている。しかし、数で押されており、指揮官3人の誰かが抜け出しでもしたら王の命の危機となる。アスイはそれだけは避けなければならない。
「アリナさん、戦いを止めなければ本気であなたを殺さないといけなくなる。
お願いですから剣を収めて!!」
アスイは最後の説得を試みる。しかし、アリナの返事は無い。レモネが言っていたように一部を操られている可能性もあるとアスイは考える。ただ、この状況で色々試している時間は無かった。
「しょうがないですね」
アスイはアリナが死なない事を願いつつ、対アリナ用の奥の手を使う。彼女の持つ危険予測と魔力の物質化、そして闇術鎧で得た圧倒的な力とエネルギーを吸収する能力。正攻法では絶対に敵わない。
アスイの全身から数百本の金属の鎖が蛇のように四方八方に伸びていく。鎖の蛇は鎌首をもたげるとアリナに向かって全方向から一気に襲い掛かった。アリナは最初それを剣で切り裂いたが、切り裂かれた鎖は別の鎖とすぐに結びついてしまう。なので次は高威力の魔法で消し飛ばそうとした。しかし鎖は綺麗に攻撃を避け、最低限の被害で再び他の鎖と繋がっていた。そしてあっという間にアリナの身体を縛っていき、毛糸玉のように金属の玉となって地面に落下した。
これは昔アスイが手に入れた魔導帝国の強力な敵を捕獲する為の魔導具の力だ。元は金属なのでエネルギーを吸収される事も無く、一度縛られたら切り裂く事は難しい。流石のアリナでも全方向から同時に攻撃されると逃げられないだろうとアスイが最終手段んとして考えていたのだ。問題は全力で縛りあげるので中のアリナの命の保証が無いという事だった。
アスイは金属の球となったアリナが動かないのを確認し、玉座を囲んでいる敵を一掃しようと動こうとする。が、次の瞬間に球が分解される事が予測され、急いでそれを阻止しようとした。
「そんな」
金属の球はアスイの予測よりも早く分解され、無数の金属の鎖が今度はアスイに襲い掛かってきた。同時に襲ってくる鎖はアスイの予測でも避けきれず、かつ鎖の先端は赤黒い鋭い刃になってアスイの身体を貫いた。
アリナは鎖の魔導具に襲われながらその仕組みを解明し、自分で操れるようにダルアの力で変化させていたのだ。再び形勢は逆転し、アスイの身体は壁に鎖で縫い付けれる形になっていた。自らの仕掛けた攻撃を逆に使われてしまったのだ。
ソルデューヌの相手をしていたレモネはアスイが身動き取れなくなったのを目撃していた。オルトも獣人に押されていて他人を助けるどころでは無い。そして王を守る味方と敵の戦いで、丁度玉座に座る王の守りが手薄になっているのがレモネにも分かった。
(この中で一番余裕があるのは私だ)
レモネはまだ致命傷を負っておらず、ソルデューヌも決定打が無いのか、一進一退の戦いになっている。ソシラの傷も新しい魔導鎧のおかげでまだ動ける状態だ。だからレモネは覚悟を決めた。
「ソシラ、しばらくこいつの相手をしてて!!」
「了解……」
「そんな事はさせませんよ」
レモネとソシラの会話を聞いてソルデューヌがレモネの前に立ちはだかる。だが、レモネにも隠していた物があった。
「何!?これは……」
レモネが取り出した魔導具が閃光を発し、ソルデューヌが動きを止める。これもレモネの父デンネがレモネの為にと送って来た魔導具だった。聖なる光を放つ魔導具で、下級のアンデッドならこれで滅び、上級アンデッドでも動きを封じる事が出来るのだ。レモネは本当は玉座を囲んでいるアンデッドに使いたかったが、ここを抜け出せない以上、今使うのがベストだと思っていた。
怯んだソルデューヌにソシラが攻撃を繰り出し、ようやく攻撃を当てる事が出来た。レモネはそれには続かず、猛スピードで玉座の方へと向かった。しかし、アリナが一足先に玉座に向けて巨大な槍を放とうとしていた。レモネは魔導具の斧を腰に仕舞い、右手で魔導具の盾を持つ。タイミングを外したら終わりだ。
(今だ!!)
アリナが槍を放つのとほぼ同時にレモネは全力で盾を巨大化させて投げた。レモネの全力の投擲はアリナの槍の速度に追い付き、盾は槍の軌道をわずかに逸らす。槍はそのままアンデッドを貫いて壁に刺さった。
(上手く行った!!)
レモネは喜ぶが、まだ終わりではない。アスイは必至に壁から離れようと自分の傷口を広げてまで藻掻いているが、まだ自由に動けない。アリナはこちらを見ようともせず、再び玉座を狙う。槍の本数が増えていて、盾を戻しても間に合わない。
「アリナ、止めて!!それをやったら全部が終わっちゃう!!」
レモネは叫ぶ事しか出来ない。斧を投げてもアリナには避けられるからだ。体当たりしようにもそれより槍を投げるのが早い。
(誰か、助けて!!)
レモネは心の中で助けを呼んだ。
『ワタシを玉座に投げて!!』
レモネの祈りに応えるように頭の中に声が聞こえる。それはスミナ達と一緒によく聞いた声だった。そして腰の荷物入れから何か力を感じる。レモネは迷わず魔宝石を荷物入れから取り出し、玉座に向かって投げた。
魔宝石はアリナが放った槍と同じ速度で玉座へと飛んで行く。そして玉座にぶつかる前に紫色の光が満ちて、玉座の周りにガラス状のシールドが張られた。槍はそれに触れた瞬間に溶けるように消える。
「エルちゃんなの?」
レモネはその様子を見て呟く。次にアリナの方を見ると、アリナが地面に膝をついているのが見えた。
「なんで、今頃になって……」
兜の奥から聞えた声は間違いなくアリナの声だった。レモネはアリナが正気に戻ったのかと思って近付こうとする。しかし、レモネの前に鋭い刃が複数降ってきて近付くのを止められた。
「残念ですがここまでのようですね。
グラガフさん、来て下さい」
「なんだ、問題でもあったか?
オルトとやら、決着はまた今度だ」
アリナの横にはいつの間にかソルデューヌが移動していて、そこにグラガフもやって来る。
「待ちなさい、アリナさんを返しなさい!!」
ようやく拘束を解いたアスイがソルデューヌに向かっていく。
「皆さん、またいつかお会いしましょう」
ソルデューヌはそう言うとアリナとグラガフと共に姿を消していた。アスイ達は消えた3人を追う事は出来ず、まずは玉座の周りに残った敵を排除するのだった。
戦いが終わり、レモネは床に落ちている宝石姿のエルを拾う。シールドはアリナ達が消えた後に直ぐに消えていて、エルの声はもう聞えなくなっていた。