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15.様々な思惑

 マサズの秘密を聞いた翌日、アリナは案内されてゲートがある近くの砦に来ていた。少しはマサズと仲良くなれたかと思ったが、マサズの態度は以前と変わらぬそっけないものだった。部下がいる手前、昨夜のように話せないのかもしれないが。


「我らは別のゲートで国に帰る。アリナ殿はそちらのゲートを通れば目的の砦に着くであろう。

まあ今後また共に戦う時があればその時はよろしくでござる」


「分かった。色々ありがとね」


「礼を言われる事などしてないでござる」


 マサズは面を付けたままで別れを告げる。アリナは彼なりに少しだけ砕けた言葉だった気がした。


 ゲートをくぐるとまた別の砦に到着する。ゲートの近くにいた小柄な女性のデビルはアリナを砦の一室に案内し、「ここでしばらくお待ち下さい」と言って出て行った。レオラが来るまでアリナは待っている必要がありそうだ。

 部屋について数十分経つとアリナは誰か部屋に来る気配を感じる。アリナはようやくレオラが迎えに来たと思った。


「アリナさ~ん!!」


 しかし部屋を訪れたのはレオラでは無かった。入って来たのは聖教会の聖職者の恰好をしたデビルの聖女を自称するミボだった。アリナはこのデビルが少し苦手で、嫌な顔をするのを何とか我慢した。


「ここに居るって聞いて―、飛んで来たんですよー」


「そうなんだ」


 アリナはミボが抱き付きそうな勢いだったので、その前に部屋のソファーに座らせ、自分も対面に座る。


「それで、何か用があったの?あたしは今レオラが来るのを待ってるんだけど」


「いえ、たまたま近くにいたのもので、是非ご挨拶したかったんですよー。

でも、レオラさんはまだ来ないようですし、少しお出かけしませんかー?」


 ミボが満面の笑みで誘ってくる。清楚な恰好をしている筈なのに、ピンク色の肌と大きな瞳はとても妖艶で、アリナは不思議な気持ちになってくる。ミボに敵意は無く、祝福ギフトで危険も察知しない。だが、ミボの誘いはとても危険だとアリナの本能が告げていた。


「いや、勝手にいなくなったらレオらに怒られるし。あたしはまだそこまで信用されてないから」


「それなら大丈夫ですよー。ミボが勝手に連れ出したってなれば責められるのはミボだけですしー。ディスジェネラルにはそれが出来る権限があるんで、逆らえなかったって言えばいいだけですよー。

それにアリナさんも外の世界の人間がどんな生活をしているか知りたいんじゃないですかー?」


「それは、そうだけど……」


 ミボが連れ出してくれれば今まで見れて無かった外の世界の様子が分かる。王国外の世界の人間が幸せに暮らせているならそれに越した事は無い。その事実があれば王国内の家族を説得出来るかもしれない。

 そんな考えが浮かぶが、アリナはこれもミボの思惑通りなのではと思ってしまう。彼女の誘惑に流されてはいけない。


「あとー、王国が今大変な事になってるじゃないですかー。誰がその指示を出してるかミボ知ってますよー。今後の事を考えたら聞いておいて損は無いですよー」


 アリナはこの前に騙されたのが誰の命令だったかどうしても知りたくなる。その情報があれば今後先手を取られる事を避けられるかもしれない。悔しいが今のアリナに足りないのは魔族連合内の情報だった。


「そんな事あたしに話していいの?バレたら問題になるんじゃない?」


「大丈夫ですよー。情報収集も漏らすのも漏らされるのも全て各自の責任なんですー。魔族なんだしそんな事で問題になってたらみんな処罰されちゃいますよー」


 確かに魔族自体にそんな真面目な規律があるわけも無く、裏で情報が飛び交っているのだろう。レオラがいつ来るか分からない以上、ミボに連れ出されたという事で話を聞くのは有りな気がしてきた。


「分かったよ。ミボさんに付いて行く。でも、さっき言った通り、ミボさんが連れ出した事にしてね」


「嬉しいですー。あと、ミボの事はミボって呼び捨てにして下さいー。その方がいいですー」


「分かった。ミボ、よろしくね」


「はい、アリナさんとお友達になれそうで嬉しいですー」


 ミボが再び笑顔で答える。アリナは本当にこの笑顔が本心なのかどうしても疑ってしまう。


 ミボの言う通りミボがアリナを連れ出す事に口を出す者は砦にはおらず、砦の外にあっさりと出る事が出来た。外には農地が広がっていて、ここが元々どこかの国の町の近くである事が分かる。砦は元々その国のもので、大きな街道を封じる形で作られたようだ。


「町まで少し歩きますので、歩きながらお話しましょうねー」


 ミボは馬車などは用意せず、街道を徒歩で移動を始めた。


「何の話が聞きたいですかー?やっぱり王国の件が気になりますよねー」


「まあ、この間隠し事されたし、ちゃんと聞いておきたいかな」


「素直でいいですねー。じゃあ、お話しますねー」


 ミボは嬉しそうに言う。アリナはミボのペースに載せられてる気がしたので、話す事も疑ってかからないとと思った。


「まず、レオラさんの話をしておきますねー。

レオラさんは魔導結界内に入る手段を持っていたので、王国侵攻の責任者だったんですー。王国内での活動は大体知っていると思うので省きますねー。

それで、魔導要塞を使った作戦は結構な手間と準備がかかった、レオラさんにとっての切り札みたいな作戦だったんですー。でも竜神に邪魔されて失敗して、かつ遠方に飛ばされて責任者の座を奪われちゃったんですー。可哀想ですねー」


 ミボは本心でそんな事は思って無さそうだとアリナは感じる。が、口を挟まずに話を聞き続けた。


「そこで今までルブ様やレオラさんのやり方が気に食わなかったガズ様が王国侵攻の責任者の座を奪ったんですー。レオラさんが築いた王国の人間との繋がりを引き継ぎ、かつ自分自身でも色々仕組んだと聞いていますー。アリナさんがこちらに来る前の色々な襲撃にも関連してたと思いますよー。

それでー、レオラさんも再び責任者に戻りたいみたいでー、ガズ様に協力して王国侵攻の手助けをしつつ、美味しいところは自分が奪おうと考えてるみたいですー。だからー、この間はアリナさんと一緒に頑張ってましたねー。結局裏でガズ様が計画してた王都襲撃の方が上手くいっちゃいましたけどー」


「その襲撃ってどれぐらい上手く行ったの?」


「流石に細かい話は知りませんが―、王都の1/4ぐらい破壊出来たみたいですねー。勿論これも全力では無くてー、今後の作戦の布石みたいですー」


 ミボが言う事が正しいなら、魔族連合の代表者であるルブと部下のレオラが仕切ってた王国侵攻だったが、ディスジェネラルのデビル代表のガズが主導権を奪った事になる。呪闇術カダルを使った人間や動物の異形化による襲撃や、情報屋のトミヤの裏切りもガズが仕組んだ事かもしれない。そしてその後の異界災害の発生も。そうなるとスミナの死の原因はデビルのガズにあるとも言える。アリナは内なる怒りの気持ちを何とか鎮める。今怒って魔族連合に反発しても何か出来るわけでは無いのだから。


「酷いですよねー、ガズ様のやり方はー。ミボは話し合いで王国とも和解出来ると思うんですよー。悪いのは転生者のアスイだけで―、アスイを捕えれば戦争も終わりになるんですからねー」


「それ、本気で言ってるの?今更魔族と人間が和解出来るの?」


「ミボは本気ですよー。ミボだって全ての争いを無くすのは無理だと思ってますー。でも、大きな戦に関しては指導者同士の話し合いで解決出来る筈なんですよー」


 ミボの言い分は正しいようで、魔族と人間の過去の争いを考えると冗談を言っているようにしか聞こえない。レオラにすら狂人と思われているミボの言う事を信じてはいけないだろう。


「あー、ミボの事信じて無いって顔してますねー。じゃあ普段のミボの活動を見せてあげましょうねー」


「別にそんな事無いよ。でも、ミボの事知らないのは事実だから見せてもらうよ」


 アリナは偽善であろうと活動自体は善だと思っているので、ミボがどんな事をしているのかは気になった。


「では働いてる人がいる場所を見回りましょー」


 ミボは街道から外れて農地の方へと歩いていく。すると畑で野菜を収穫する人達の姿が見えてきた。アリナにとって初めて遭遇した王国外の人間の一般市民になる。


「ミボ様!!いつもありがとうございます!!」


 働いていた人達はミボを見つけると駆け寄ってくる。アリナは邪魔にならないように少し距離を取ってその様子を眺めた。人々はミボと収穫できた野菜の出来や近頃の出来事を話し、ミボはそれに対して嬉しそうに答える。ミボの態度は人間の聖教会の聖職者達と変わらないように見えた。


「ミボ様、今呼んできますから少し待っていて下さい」


「急がなくても大丈夫ですよー」


 ミボが笑顔で答える。走り出した若い女性が何をするかと思ったら、怪我をしたと思える腕に包帯を巻いた老人を連れてきた。


「動かないで下さいねー」


 老人に近付いたミボが何をするかと思うと、ミボは回復魔法で老人の怪我を治していた。魔法は人間が使うものと同じで、アリナから見てもミボの回復魔法の能力は高かった。


「ミボ様、ありがとうございますじゃ」


 老人は拝むようにミボに頭を下げる。ミボが人々とこうやって接し、怪我を治したりしているのは本当のようだった。


「ミボ様、来ていらしたなら言って下さい」


 そんなミボ達のところに1人の鎧を着た女性がやって来る。ディスジェネラルの1人で人間の騎士であるシホンだった。


「シホン様、お仕事ご苦労様です。お邪魔にならないよう我々も仕事に戻ります」


「はい、頑張って下さい」


 シホンが来た事で周りの人々が仕事に戻っていく。シホンが市民の取りまとめをしているからだろう。シホンが普段はこの辺りにいる事が多いのだろうとアリナは理解した。


「あら、そこに居るのはアリナさんではないですか。こんにちは。こんな場所で会うなんて。ミボ様と何かお仕事中でしたか?」


「こんにちは、シホンさん。仕事では無くて、ミボに辺りを見させてもらっていたの」


「シホンさん、アリナさんはこちらに来てまだ日が浅いので人間の方達がどういった生活をしているか見てもらっていたんですー。ミボよりシホンさんがご説明した方がより正確だと思うので、お願いしてもいいですかー?」


「勿論です、ミボ様」


 相変わらずシホンはミボの事をかなり信用しているようだった。騙しているにしても、こうやって市民に慕われたり怪我を治したりしているなら有り難い存在なのかもしれない。


「アリナさん、少し移動して貰ってもいいですか?ここら辺は大分整っていますが、現状を見てもらうなら他の部分も見て貰いたいので」


「あたしは大丈夫だよ。ミボは付いてくる?」


「はい、ミボはアリナさんを連れ出した責任がありますのでー」


 ミボはアリナとシホンを2人きりにさせる気は無いようだ。アリナは別に現状が見られるならどちらでもいいと思った。


 畑から少し移動して、町と思われる場所に近付くと、段々と景色が荒れ果てて行った。恐らく魔族と人間の戦争が行われた跡で、修復されないままだからだろう。家は崩れているままのものもあれば、それなりに住めるように直っているものもあった。町に活気は無く、店はやっていなそうだった。


「これでも以前よりは大分綺麗になったんですよ。飢え死にする人もいなくなりましたし。

ただ、見てもらう通り人間の食料は少なく、みなギリギリの生活をしています」


 シホンが辺りを回りながら説明する。昼間なので町に残っているのは働けなくなった老人と幼い子供達だけだった。子供は更に小さい子供の世話をし、働ける子供は家事をしていた。みな痩せ細っていて、笑顔は無かった。町の人々のシホンを見る目は冷たかったが、ミボを見つけると近付く子供や老人がいた。ミボはやはりここでも話を聞いたり、怪我を治したりしている。


「見ての通り私は市民の味方と言いつつも、魔族に寝返った裏切り者だと思われています。魔族とのやり取りもしていますし、見張りもしているのでしょうがないとは思いますが。

でも、ミボ様は違います。子供にはお菓子を持ってきたり、老人の怪我を治したり、出来る範囲で要望を聞いてあげたりもしています。ミボ様が訪れた町は活気を取り戻しつつあるんです。私には出来ませんでした……」


 シホンが悲しそうに言う。シホンは所謂敗戦の将でしかなく、それでも魔族に人間の命を助けてもらう為に嫌われ物をしているのだ。アリナにとってはデビルという権限を持って人々を甘やかせるミボより、生き残る為に必死に嫌われ役を演じるシホンの方が偉いと思った。口には出来ないが。


「シホンさんも十分頑張ってるとあたしは思うよ。あたしだって新入りで、何が出来るか分からない状態だし」


「アリナさんは違います。あのレオラ様に特別扱いされているのですから、私なんかよりずっと重要な存在です。

アリナさん、ここの人間達も必死に生きているんです。そして魔族にもミボ様のような人間達の味方がいます。アリナさんも私達と共に人間と魔族の共存の道を探す事に力添えいただけないでしょうか?」


 シホンは必至に訴える。シホンは恐らく年齢的にはアスイより少し上のオルトと同年代だろう。魔族連合で生きる道を選んだ彼女は戦う事を捨て、共存の道を探すしかなかったようだ。

 だが、アリナはそんな道は無いと思っている。ここに暮らす人間達は家畜と一緒だ。死なないように管理はされるが、自由は無い。ミボがやってる事は家畜の世話のようなものだ。愛情はあったとしても、同等の存在などではない。


 もしアリナが魔族連合の幹部クラスになったなら、人間の扱いを変えられるのだろうか。アリナは考えるが、そんな未来は今のところ見えなかった。


「アリナさん、こんなところにいらっしゃったのですね」


 アリナは背後に急に人の気配がして振り返る。そこは昼間なのに薄暗い影に覆われた空間があり、その中に青年のような魔族が立っていた。それはディスジェネラルの魔族側の代表であるヴァンパイアロードのソルデューヌだった。今まで周囲にそんな気配は全く無かったので完全に音も無くどこかから現れたようだった。


「ソルデューヌさん、どうも」


「あ、ソルデューヌ様……。こんなところまでいらしてるとは珍しいですね」


 ソルデューヌを見たシホンはミボの時とは異なり、怯えたように話す。自分がアリナを誘った事がバレたと思っているからかもしれない。


「そうですね、わたくしは昼間は基本出歩かないですし、人間の集落には訪れないように気を付けてますからね。

アリナさん、レオラさんは急用で来られなくなりました。あと、問題が発生したようで、わたくしが急遽引き受けて連れ戻しに来た次第です。

こちら、レオラさんからのメッセージです」


 ソルデューヌはそう言うと伝言用の魔導具を取り出す。


『アリナ、行けなくなってゴメンなさいね。

で、例の黒騎士が現れたという情報が入ったの。悪いけどソルデューヌと一緒にそこに急行して貰える?』


 立体映像の伝言でレオラが説明した。流石にこれが嘘の映像という事は無いだろう。アリナは黒騎士とは再戦したいと思っていたのでちょうどいいと感じていた。


「分かった。それでソルデューヌさん、場所はどこ?」


「わたくしが連れて行きますのでご心配無く。シホンさん、アリナさんとのお話はもう大丈夫でしょうか?」


「え、はい。お仕事でしょうし、私は問題ありません」


「あらー、ソルデューヌさんじゃないですかー。連絡して下さったらミボが連れて行きましたのに―」


 ミボはいつの間にか近くにいて会話に入ってくる。アリナはミボの笑顔がいつもより硬い気がした。


「いえいえ、お気になさらず。勝手に連れ出していた事も黙っておきますのでご安心を」


「ありがとうございますー。アリナさんもお身体にお気を付けて下さいねー」


「ありがとう。

じゃあ、ソルデューヌさん案内お願いします」


 アリナはこの場の空気が急に変わったのを感じて、急いで離れたいと思った。どう見てもミボとソルデューヌの関係は良好では無かった。


「アリナさん、転送しますので抵抗しないで下さい」


「分かった」


 ソルデューヌがアリナに近付き、ミボとシホンは距離を取る。周囲に魔力を感じソルデューヌがアリナごと転移魔法を使おうとしているのが分かった。


「アリナさん、貴方が思った通りに行動して下さいねー」


 転送される直前、ミボは笑顔で意味深な事を伝えるのだった。

 アリナとソルデューヌが転送されたのは砦の中と思われる部屋で、前には転移のゲートがあった。


「このゲートで黒騎士が確認された場所に転移出来ます」


「砦には色んなゲートがあるみたいだけど、みんな把握してるものなの?これだけ多いと悪用されない?」


 アリナは気になっていた事を聞いてみる。転移のゲートは便利だが、敵に利用されたら一気に拠点を攻められる事になる。


「いえ、ゲートがどうやって繋がっているかは極一部の者しか把握していません。アリナさんが懸念している通り使い方を誤ると問題が起こりますからね。

それに、ゲートの場所や転移先は一定期間で変更されています。なので、今回もそうですが移動して欲しい場所や行きたい場所はどれを使うかゲートを教えてもらう必要があります」


 ソルデューヌが説明してくれる。王国の厳重に管理されたゲートとも少し異なり、魔族達はゲートを活用しつつ、悪用されないようにしているようだ。ただ、スミナだったらこのゲートを上手く活用して使えただろうな、とアリナは姉の事を思い出してしまった。


「では、急ぎましょうか」


 ソルデューヌに急かされてアリナはゲートをくぐる。ゲートの先はまた別の砦のようだった。北に近いのか、一気に寒さを感じる。アリナは腕輪から闇術鎧ダルアを発動させて寒さに耐えられるようにする。


「準備は宜しいみたいですね。また現地まで転送します」


 ソルデューヌは場所を知っているようで、再びアリナと一緒に魔法で転移をした。景色は雪に覆われた針葉樹林のような場所に変わる。周囲には無数の死体と血の跡が広がっていた。ただ、戦闘の音はせず、風の音だけが響いている。


「来たのはお前らか。遅かったな、黒騎士はもうどこかへ去った後だ。オレもついさっき到着したところだが、周囲には影も形も無かったぜ」


「グラガフさん、来て頂いていたんですね。

我々も急いだのですが、申し訳ございません」


 現地にいたのは金色の毛並みの虎型の獣人であるディスジェネラルの1人、グラガフだった。よく見ると周りに倒れている死体はみな獣人のようで、この辺りはグラガフ達獣人の縄張りだったのだろう。


「まあ時間稼ぎも出来なかったコイツらの方が問題だ。一応黒騎士の話は聞いていて戦える準備はさせてたが、このザマだ。1体も敵を倒せてないみたいだし、オレも何か考えておかないといけねえな」


「善戦はしたのではないでしょうか。この通り、敵の破片は残っておりますし」


 ソルデューヌは目がいいのか、雪の中に散らばっていた、黒い鎧の兵士の機械片と思われる小さな金属を手に取った。

 アリナは周囲を魔法と危険察知の祝福ギフトで確認したが、黒騎士の気配は見つからなかった。獣人達とたまたま出会って戦闘に入り、すぐ別の目的地に移動したのだろう。そこでアリナは疑問を抱く。


「黒騎士の目的って何なのかな。わざわざこんな雪道を移動する必要ある?もしかしてこの近くにあいつの拠点とかあるんじゃない?」


「アリナと言ったな。オレはまだオマエを認めてないぞ。

が、目の付け所はいい。確かに獣人の里付近のココには何も無いし、近くに連合の重要拠点も無い。里自体が襲われたとの連絡も無い。となると、ここはたまたま通過点で、何か理由があってここを通ったと考えられるな。

オレもそう思って、奴らの向かった方向をさっき調べたところだ」


「グラガフさん、何か分かりましたか?」


 グラガフは見た目の粗暴そうな雰囲気とは異なり、きちんと論理立てて物事を考えていた。


「ヤツらの向かった先は更に北の山岳方面だった。そこでオレも思い出した。北の山の中に古代魔導帝国のものと思われる遺跡があるって話をな。黒騎士が持っている技術が魔導帝国のものならヤツの目的地はそこかもしれねえ」


「なるほどですね。じゃあ我々で見て来ますよ。場所を教えて下さい」


「オレでもあそこに行くのは一苦労なんだぞ。そんな簡単に行けるのか?」


「わたくしは空を飛べますし、この程度の気候なら問題ありません。アリナさんもそうですよね?」


「え?あ、大丈夫だよ」


 アリナはそんな簡単に敵の拠点かもしれない場所へ行く事になるとは思っておらず、反応が遅れてしまった。


「分かった、そっちはオマエらに任せる。オレは状況の報告と中継役に徹する。何かあれば増援を向かわせるから連絡しろ」


「グラガフさん、ありがとうございます。

では、アリナさん、急ぎましょう」


「分かった」


 アリナは既に飛行を始めたソルデューヌの後を追って空へと舞い上がった。空は雪に覆われ、視界が悪い。それでもソルデューヌがアリナに分かるように魔法の灯りを残してくれたので後を付いていく事が出来た。


(グラガフは魔族側だけど仕事は真面目にしてるんだな)


 アリナはグラガフが素直に残った事に感心した。魔族連合のディスジェネラルの中ではまともな方なのかもしれないと。


 アリナはソルデューヌの少し後方を飛び続け、豪雪の山を越え、少し天気が良くなった雪山が並ぶ上空に差し掛かっていた。そこでソルデューヌが移動を止めたのでアリナも近くの空中で停止する。


「グラガフさんから教えて頂いたのはこの辺りですね。

アリナさん、何か感じますか?」


「えーと、黒騎士かは分からないけど、敵らしき反応はあるよ」


 アリナは下の山の一箇所からそれなりの危険を察知したのでソルデューヌに報告する。恐らく雪山の中に洞窟があるのだろう。


「そうですか。わたくしでは分からないので流石アリナさんですね。案内して貰えますか?」


「了解です」


 アリナはソルデューヌを信用はしていないが、今は仲良くしていようと素直に対応する。


 そこは雪でカモフラージュされた小さな入り口で、近寄らなければ見つける事は難しそうだった。入り口を進むと暗い洞窟が続いている。


「新しい足跡がありますね。ここで正解のようです。進みましょう」


「はい」


 ソルデューヌの目には足跡が見えるらしい。アリナは魔法を使わないとそこまでは判別出来ない。

 危険を感じるのはもっと先なのでアリナは辺りを警戒しつつ先へと進む。すると奥の方から魔法の灯りが灯っているのが見えてきた。魔導遺跡があるという情報は合っていたのだろう。


「ガーディアンに気付かれました。破壊してきますね」


「え?」


 アリナが遺跡の入り口に何か動くものがいるなと気付いた時にはソルデューヌが瞬間転移していた。アリナが猛スピードで遺跡の入り口に行くと、ソルデューヌがガーディアンを破壊し終えていた。


「中にいる敵に気付かれたと思います。何か動きに変化とかありますか?」


「いいえ、前と反応は変らない。でも、ここまで来て大きな反応だと思ったのは何個もの反応の集まりだって分かる。多分黒騎士はもういない」


「なるほどですね。とにかく中も調べてみましょう」


 ソルデューヌは恐れず魔導遺跡の中へと足を踏み入れた。どうやらソルデューヌは魔導遺跡を調査するのは初めてでは無いようで、扉の開錠などを魔法で簡単にこなしていく。魔導遺跡は荒らされておらず、綺麗な状態で残っていた。ただ、周囲に目ぼしい物は無く、前に発見した人が貴重な物などは取っていった後に見えた。


「見た感じここを拠点にしていたとも思えないですね。

アリナさん、敵の反応はどちらから感じますか?」


「下の階だと思う」


「じゃあそちらを先に確認しましょう。案内お願いします」


 再びアリナが先頭に立って魔導遺跡を下へと降りて行く。周囲には生産工場と思われる魔導機械が見え、ここは何かを作っていた工場跡なのではとアリナは思った。


「来る!!全部壊しちゃっていい?」


「複数なら1体は残しておきたいですね」


「分かった」


 下の階に降りたアリナは危険な反応と機械音が響いたのでソルデューヌに確認した。周囲の扉が開いて出て来たのは半壊して内部の機械が見える人型の黒い鎧の兵士だった。アリナはその姿から黒騎士が連れ帰った黒い鎧の兵士がここに収納されていたのだろうと推測する。


「ソルデューヌさん、行けそう?」


「わたくしの事は心配ご無用です。アリナさんも好きに戦って下さい」


「分かった」


 アリナはまだ闇術鎧ダルアのエネルギーが少ないので、黒い兵士から奪えるか試してみる。素早く正確に動く兵士の背後を取り、背中に手をかざす。すると予想以上のエネルギーが手に入った事が分かった。エネルギーを吸収された兵士は人形のように崩れ落ちる。アリナはこれなら壊さずに戦えると思い、次々とエネルギーを吸収していった。

 一方ソルデューヌは貴族のような豪華な服のまま戦っていた。翼が生えているわけでもないのに、地面から少し浮いた状態で最小限の動きで敵の攻撃を避ける。そして敵の懐に入り込むと、片手の手の平を兵士の胸の前で広げる。すると“ゴンッ”と鈍い音が響き、兵士は動かなくなった。


(あれ、鎧の中に衝撃波を送ってるんだ)


 アリナはソルデューヌが何をしたのか理解する。相手が機械なので内部から破壊しているという事だ。ディスジェネラルが強さで決まっている集団では無いと理解しているが、代表になるという事は他の魔族より強いという事なのだろう。


 アリナの吸収とソルデューヌの破壊で10体ほどいた黒い鎧の兵士は全て破壊された。


「アリナさん、気が付きましたか?」


「こいつらが壊れたパーツを繋ぎ合わせた修理中の兵士だったって事?」


「その通りです。流石アリナさんです」


 ソルデューヌに褒められたが、別に嬉しくは無い。ここに居た機械の兵士達は強くはあったが、どれも万全の状態では無かった。恐らく前にエリワに壊されたり、今日獣人との戦いで傷付いた兵士の壊れた部品を繋ぎ合わせた物だろうとアリナでも想像がつく。


「ここがこの黒い鎧達の製造工場で、黒騎士はここに壊れた兵士のパーツを取りに戻っていたのでしょう。そして、重要部品が壊れた物はここに自己再生させる為に残していったと思われますね」


「結構大発見なんじゃない?やっぱり魔導帝国製だったって証明されるし」


「アリナさん、ご相談したい事があります」


 ソルデューヌが真面目な顔でアリナに言う。アリナは少し嫌な予感がしていた。


「何?」


「ここの事はわたくしと貴方の2人だけの秘密という事にしませんか?」


「どうして?」


 アリナには提案の意味が分からない。


「そうですね、ここでなら聞かれないでしょうし、少しお話しましょう。ちょうどこの先に座って話せる場所がありますし」


 ソルデューヌは質問には答えず、つかつかと遺跡の一室に入る。そこにはソファーが向かい合わせに置いてあり、ソルデューヌは奥のソファーをアリナに薦めた。アリナは警戒したままソファーに腰を下ろす。ソルデューヌはアリナが座ったのを確認すると自分もテーブル越しのソファーに腰を下ろした。


「こんなものしか出せませんが、紅茶とお菓子です。毒など入ってませんのでご安心を」


 ソルデューヌが魔導具を取り出すと、そこから熱々の紅茶の入ったティーカップとお菓子の入った皿がテーブルの上に出された。ソルデューヌは率先して紅茶を飲み、お菓子を食べてみせる。アリナも気を付けつつ紅茶とお菓子に手を伸ばした。ソルデューヌに敵意は無く、紅茶もお菓子も人間の世界の高級品と同じぐらい美味しかった。


「では、わたくしが勝手に話しますね。勿論話した内容が受け入れられないなら拒否して貰って構いませんよ。

まずは、そう、ミボさんの事から話した方がいいですよね。

アリナさん、ミボさんの言う事を信じてはいけませんよ。あの方の魅了の力が危険なのはアリナさんも感じたのでは?」


 ソルデューヌが切り出したのはミボの事だった。アリナもミボを疑っていたのは事実だ。だが、ソルデューヌに頭から否定されると流石に同意したく無くなる。


「確かにミボは怪しいとは思う。でも、シホンさんや他の人達には好かれてるし、その人達の為に協力している事は本心では無いとしても悪い事じゃないんじゃない?」


「それが危険だと言っているのです。アリナさんはミボさんからガズ様が王国を攻めていると聞かされたんじゃないですか?」


「そうだけど。彼女が嘘をついてたって事?」


「嘘ではありません。ガズ様が王国侵攻の責任者になって動いているのは事実です。ですが、ミボさんはアリナさんがガズ様に嫌悪感を持つように誘導した筈です。ミボさんはそうやって真実にほんの少しの嘘を混ぜたりして、人々の思考を自分の望む方へと誘導するのが得意なのです」


「もしそうだとしても、そんな事して彼女に何の得があるの?」


 アリナは話を聞きつつ、ソルデューヌの言っていたガズの件はその通りだと納得してしまった。ただ、ミボの思惑は何も分からない。


「ミボさんが望んでいるのは恐らくガズ様の失脚です。少し昔の話をしましょう。

ミボさんは元々は地位も実力も無い無名の女性のデビルでした。ですが魔王様が討伐された後、魔族連合が出来る直前に急に勢力が出来上がったのです。後ろ盾にルブ様がいるとは言われていますが、それも事実かどうか不明です。

ミボさんは女性のデビルを中心とした勢力を作り、他にも誘惑の能力に特化したサキュバスのような女性魔族を仲間として力を増しました。そしてアリナさんもご存知の通り、彼女は不戦を願い、人間との共存を掲げました。

わたくしも最初ミボさんと協力していくつもりでした。人間の存在はヴァンパイアにとって必要不可欠ですからね。ですが、ミボさんと会話する度に彼女の不自然な言動に気付きました。ミボさんは言葉巧みに他者を操ろうとするのです」


「それって本当なの?ガズさんの件にしてもそんな事して意味があるとは思えないけど」


 アリナはソルデューヌの言ってる事を信じてしまいそうで、どうしても疑おうとして懸命に言う。


「恐らくミボさんは最終的には魔族連合全てを自分の支配下に置こうと考えていると思われます。

証拠はありませんが、ミボさんが親しくしていた人間が魔族に対して反乱を起こす小規模な事件が何度もありました。恐らくミボさんが言葉巧みに反乱を起こさせたのだとわたくしは思っています。

あくまで今までの事件は実験で、ミボさんは人間全てを手中に収めるつもりなのだとわたくしは考えているのです」


「なるほどね。

まあ、ミボにそういう野望があるかも、っていうのは分かった。

ただ、それとここの事を秘密にするのはなんか関係あるの?」


 アリナは話を本題に戻そうとする。


「関係あります。アリナさんに知って欲しかったのは魔族連合に色々な思惑が渦巻いている事と、アリナさんを自分の側に引き入れようとする者達が多くいる事です。

わたくしもそのうちの1人で、アリナさんと密接な協力関係を結びたいのです。ここの情報は今後大きな意味を持ち、それをわたくし達で独占出来るのならアリナさんにとっても悪い話では無いと考えています」


「あたしをみんなが狙ってるって事?それは流石にあたしを買い被り過ぎじゃない?」


「そんな事はございません。アリナさんが魔族連合に来てから裏での動きが一気に活発化しました。それはアリナさんの強さだけでは無く、影響力があるという事なんです」


 ソルデューヌは力説する。アリナは自分がまだ下っ端の使いっぱしりぐらいのつもりだったので、いまいち納得出来なかった。


「――アリナさん、残念ですが、時間切れです。グラガフさんは思ったより慎重だったようで、こちらに誰か寄越してしまいました。

ここの情報については魔族連合にきちんと報告しましょう。

ただ、忘れないで下さい。わたくしはアリナさんの味方で、協力者でありたいと思っていると」


「一応覚えておく」


 アリナはそう答えたが、誰の話を信じればいいのか正直分からなくなっていた。



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