14.戦狂いの集団
アリナとレオラは2回の転移を繰り返し魔族連合の砦に戻ってきていた。砦の中の部屋に入り、アリナは全身を縛り付けるような闇術鎧を解除する。かなりの圧迫感があったので、ようやく息を吹き返した気がした。
アリナは落ち着いて来た事で自分が騙されたという感情が胸の内から溢れてきた。
「レオラ、どういう事?あたし達の戦いが陽動と時間稼ぎの為のものだったなんて聞いてないんだけど」
「だってそれを言ったらアナタ本気で戦わなかったでしょ?
そもそも今回1人も殺せて無いのは知ってる顔を見て手を抜いてたんじゃないの?」
「そんなわけ無いでしょ!!あたしはもうあいつらの仲間なんかじゃ無いんだから。
それに、このダルアが急に言う事を聞かなくなって、あたしの心臓を締め付けるみたいになったんだけど、なんなの、これ」
アリナは戦いの最中に感じた違和感に不満を漏らす。アリナがレモネにトドメを刺そうとした時、急にダルアが言う事を聞かなくなったのは事実だった。そしてその時アリナは自分の心臓を何者かに掴まれたような感覚があった。それ以降ずっとダルアを纏っているのが苦しくなったのだ。
「ああ、アリナはまだダルアと完全に同調出来て無いのね。
ダルアが動くのに莫大なエネルギーが必要な事は分かるわよね。アリナはそれを魔神と神機が放った攻撃から吸収した。あれはかなり膨大な量だけど、それが尽きたって事よ。
だからアナタ自身の魔力からエネルギーを取り出そうとしたのよ。でもダメよ、そんな事させたら。あの調子で動いたらアナタの魔力が吸い尽くされて空っぽになっちゃうわよ。
闇機兵と一緒で外部からエネルギーを吸収しないとね。ダルアと同調出来てるなら渇きを感じる筈なんだけど」
レオラが言うダロンとはドワーフが作った改良型機械兵の魔族内での呼び名だ。アリナは思い出してみると確かに何かを欲する感覚が胸の内に芽生えていた事に気付いた。ただ、その感覚に身を任せてはいけないと本能で拒絶していたのだ。
「それって呪闇術を使って相手から奪うって事?最初にやった時は必死で自分でもどうやったかあんまり覚えてないんだ」
「そんな難しい事じゃ無いわ。ダルアには触れた相手から力を奪う能力があるのよ。勿論相手に抵抗される事もあるけれど、あそこで戦っていた人間なら誰からでも奪えた筈よ。
そうね、ダルアの力の吸収を兼ねてちょっと休んだら一仕事してきてもらおうかしら。今回はダルアの不調という事で問題にならないけれど、今後もあの調子だと裏切りを疑われるわよ。
まあアタシもアスイを倒せなかったから人の事は言えないけどね。アイツ以前より強くなっていてちゃんと策を練らないとダメみたい。まあその辺はまた考えておくわ」
レオラはそう言って部屋を出て行った。誰も居なくなった事でアリナはようやくここ数日間のストレスを解放出来た。
「あああああーーーーっ!!!!」
部屋に防音の魔法をかけてからアリナは大声で叫ぶ。アリナの中には想像していた何倍もの色んな感情が渦巻いていた。
アリナはドワーフの工場を解放した後の一連の行動の記憶を整理する。
アリナはレオラに、王国の騎士達との戦闘を命令された。アリナとレオラはドワーフの工場から完成したダロンと共に魔導結界内にゲートで移動する。レオラはアリナが王国内で逃げ出さないように監視をしていたようだが、逃げ出すつもりなど無かった。ただ、もう王国の人と戦うのかと感じてはいた。
レオラいわく、今回の作戦の目的は新兵器であるダロンの運用テストだという事だ。まず一つの町をダロンだけで制圧出来るかの確認し、次に制圧した町で補給物資として市民をきちんと確保出来るかの確認をする。そして王都へ向かって進攻し、迎撃に出て来た騎士団を倒し、どこまで王都に迫れるか試すという事だ。基本的にはダロンだけで実施し、レオラやアリナや同行するデビルはダロンが倒されそうになった時、騎士団を殲滅して王国にダメージを与えるのが役目だと。
ゲートの魔導具をレオラが特殊な使い方をして魔導結界を超えて王国の外れに数十機のダロンとアリナ達は転送されてきていた。そのまま目標のラブネの町にダロンは侵攻していく。ダロンの調子の確認はデビル達が行い、レオラもアリナも一歩引いた場所から状況を確認していた。
ダロンの破壊力は予想以上で、簡単に町の防壁を破壊し、侵入し、歯向かう者は殺し、逃げる者は次々と捕まえていった。ラブネの町の守備騎士ではダロンに敵う者は無く、町は一方的に蹂躙されていく。アリナはその様子を遠くから眺める事しか出来なかった。そしてこの惨劇を止めなかった時点で自分も魔族連合と同罪だと感じていた。もう王国の者と戦う事に戸惑いは無くなっていった。
ただ、王国も敵襲を警戒していたようで、襲撃が始まってしばらくすると巡回していた王国騎士団がやって来る。アリナは鎧が灰色なので黒金騎士団である事が分かった。知り合いはいないが、見た事ある騎士は何人か居た。最初、騎士達は協力してダロンを倒していた。強力な騎士も多く、高速で射出される針も見事に避ける事が出来ていた。
しかし、しばらくして形勢は逆転する。黒金騎士団が勝てなかった原因の一つはダロンのしぶとさだ。半壊して壊したと思った程度では再生してしまう。しかも、油断した騎士はその際に取り込まれていた。今までの魔族と同様に考えて戦ってはいけないのだ。
そしてもう一つの敗因が補給源でもあり人質にもなる市民の存在だった。ダロンは捕まえた市民を胴体に縛り付けていたので、それに気付いた騎士達が狼狽えたのだ。完全にトドメを刺すなら胴体を破壊する必要があり、人質を助けつつそれをするのは難しいのだ。その対策が出来ていなかった黒金騎士団はほぼ壊滅状態になり、生き残りの騎士が何とか助けを呼びに逃げのびたぐらいだった。。
レオラはダロンの成果を満足そうに眺めていた。一方アリナは夜空を赤く染めて燃え上がる町と人々の絶叫を感情を殺しながら見つめるしかなかった。ドワーフのギンナが言っていた通り魔族の技術は醜悪で、吐き気を催すものだと感じた。喜んでこれを見られるレオラは同じ転生者であっても、人間とデビルという大きな違いがある事をアリナは実感していた。
ほぼ町の住民を狩り尽くしたところでレオラは王都へ向かっての侵攻の指示を出した。ダロンは数機壊されただけで、殆ど健在だった。平原を進んでいたところで救助に来た王国の騎士団との戦いが再び始まる。ダロンの情報を得てからの戦いなので、一方的な魔族有利の戦いでは無くなっていた。それでも王国側が救助に寄越した騎士団の数を制限した為か、徐々に騎士団側が崩壊していくのが見て取れた。
救助に来た騎士団にはアリナもよく知っている薔薇騎士団が含まれており、レオラの命令で戦う事になったらと考え、アリナはダルアの兜を顔も隠す状態に変えた。知っている人物に表情を見られたく無いと思ったのだ。レオラはそんなアリナの様子を特に気にしていなかった。
そろそろ騎士団側の連携が崩壊しそうになった時、援護が到着した事にアリナは気付く。そして、そのメンバーがよく知った人物である事も。
「ようやくご登場ね。アリナも準備しておいてね」
レオラは最初からアスイがやって来るのを分かっていたかのように言った。そのメンバーはアスイとオルトを筆頭に、レモネとソシラ、ミアンなどの戦闘経験が豊富な知り合いだった。アリナはついにこの時が来たのだなと覚悟を決めた。
やはりアスイもオルトも戦い方が別格だった。ダロンが再生しないように完全に破壊し、ダロンの攻撃は2人には効かなかった。人命救助も完璧にこなし、市民への被害も一気に減っていた。2人の登場によって騎士団の士気も上がり、騎士団側の戦い方も変わっていく。そしてレモネやソシラ達も被害を出さずにダロンを破壊していった。
「今日は特別に持ってきたモノがあるの。アリナの出番はその後だから、それまでは我慢してね」
レオラは遠くから楽しそうに戦場の様子を眺めていた。レオラの手には見た事の無い魔導具と思われる物が握られている。恐らくアスイを倒す為の道具なのだろう。
「じゃあ行くわよ!」
かなりのダロンが破壊されたところでレオラが戦場へと飛び出した。他のデビル達もそれに続き、アリナもそこに混ざる。アリナは何が起こるかきちんと自分の目で見なければと思っていた。
レオラの持っていた魔導具は20平方メートルぐらいの範囲の空気を巨大な重力に変えて圧し潰すものだった。その範囲のアスイを含めた人間達が目標だが、そこにはダロンやデビルも混ざっている。レオラはそれらを犠牲にするのに躊躇せず即座に魔導具と使った。
流石にアスイはそれに気付き、周囲の者達に「逃げて!!」と呼び掛ける。が、それに対応出来たのはオルトを含めた数人の騎士だけで、みな出来る範囲で市民を抱えてその場から逃げようとした。
次の瞬間には魔導具の範囲に居た人々は地面に圧し潰されて全滅していた。ギリギリ範囲から逃れられた者も距離が近い者は潰された空気の衝撃を受けて吹き飛ばされていく。一度きりしか使えない魔導具だが、恐ろしい威力だとアリナは感じていた。
レオラはその後堂々とアスイの前に姿を現す。アスイの始末はレオラ自身がするという事だろう。アリナと他のデビルは他の生き残りの相手をするようレオラに目で指示される。そこに居たのはオルトやレモネ達学友だった。今のアリナなら複数人だろうが余裕で勝てる。レオラはアリナに過去の知り合いを殺せるのか確認したいのだろう。
(いいわ、やってやるわよ)
アリナは覚悟を決めた。ただ、油断はせず、先に他のデビル達を戦わせてオルト達が新しい魔導具などを使ってないか確認する。オルトは相変わらず白銀の魔導鎧を着ているが、レモネとソシラは新しい魔導鎧に変えていた。2人の戦いぶりも以前よりいい動きになってはいるが、過去のアリナと比べても脅威では無かった。
アリナは手練れのオルトは後にして、逃げられるとめんどくさいソシラから仕留める事にする。彼女に恨みなど無いが、ここまで来た以上、やらなければならない。アリナはソシラに感知出来ない程の速さで距離を詰め、ソシラの頭から大剣状にした魔導具で一気に叩き割ろうとする。その時アリナは少しだけ危険を祝福で察知したが動きを止めなかった。するとソシラの紫色の魔導鎧が爆発を起こし、ソシラ自身を後方へと吹き飛ばす。こちらの攻撃に合わせて爆発して回避する仕組みが組み込まれていたのだろう。アリナ自身には爆発の影響は殆ど無く、すぐに追撃に向かう。
吹き飛んだソシラはレモネにキャッチされていた。アリナは動きを止めずに2人ごと剣で叩き斬ろうとした。ソシラの魔導鎧も連続で爆発出来ないだろうと思ったからだ。しかしアリナの剣は2人に届かなかった。オルトが割って入ったのだ。オルトとレモネが何か言っているが、アリナはその言葉を聞こえないように兜の防音性能を上げ、攻撃を続ける。
アリナは分かっていた。彼らの言葉を聞いてしまったら自分に影響が出る事を。そして動きを止めたらいけないと。アリナはとにかく力任せにオルトを倒そうと剣を振るう。昔の自分ならオルトにもっと簡単にあしらわれたが、今のアリナはオルトを追い詰めていた。それでも経験の差なのか、オルトはギリギリのところで致命傷を避けて戦っていた。
「アリナお嬢様、メイルです。みんなお嬢様を待っています。戻ってきて下さい!!」
どうしてなのか。他のみんなの声は防音で聞き取れなかったのに、その言葉だけははっきりとアリナの頭に届いて理解してしまった。別れてから少しの時間しか経ってないのに、その声は懐かしく、胸に届いてしまった。当たり前なのかもしれない。メイルとは10年以上も一緒に過ごした、家族のような存在だったのだから。
(ダメだ、ダメだ、ダメだ!!!!)
アリナは自らの感情を押し殺す。ここで止まったらアリナの中の何かが壊れてしまう。もう昔には戻れないのだ。そう考えると同時にアリナは身体の奥から黒い感情が沸き起こっていた。『コワセ、コロセ、ハカイシロ。スベテヲトキハナテ』そんな言葉が頭の中に浮かぶ。すると昂っていた感情が一気に納まった。メイルが何か言っているが、もうアリナには聞こえなかった。目の前にいるのはただの敵にしか見えなかった。
アリナはうるさく喋る敵を静かにさせようと攻撃を始める。しかし聖職者が邪魔をしたり、白銀の騎士が邪魔をして攻撃が当たらない。周りの雑魚が何かうるさく喚いて煩わしい。とにかくしぶとい白銀の騎士にアリナはイラつく。敵は連携してこちらの攻撃を防ぎ、チョロチョロと逃げ回る。とにかく一匹でも倒して静かにさせたかった。
そんな中、背の低い紫髪の騎士が盾をこちらに投げて突っ込んでくる。黒髪の騎士がそれに合わせてちょっかいを出してきて鬱陶しい。アリナにとってそんな単純な攻撃は避けるのは簡単だった。今度こそ紫髪の騎士を殺してやろうと罠を張る。相手は気付いておらず、背後から盾を戻して攻撃しようとするが勿論アリナは簡単に防ぐ。それが紫髪の騎士の秘策だったのだろうが、アリナが仕掛けた罠の魔力で実体化した巨大な手が紫髪の騎士を掴んだ。もう逃げられないし、他のヤツにも邪魔出来ない。アリナは大剣を振り上げた。
(痛い!!何これ!?)
アリナは急に心臓を握り潰すような痛みを感じ、動きを止めてしまう。全身から力が抜けて行くのを感じる。今まで朦朧としていた意識が急にはっきりした。目の前には自分が作った魔力の手に掴まれたレモネが居た。
「アリナ?」
その声を聞いた時、一気に感情が渦巻き、様々な思いが流れ込んでくる。だが、なぜか身体は勝手に動いて剣を振り下ろしていた。オルトが魔力の手を砕き、ソシラがレモネを引っ張った事でアリナの剣は空振りに終わる。アリナに戦意は無くなったが、身体はまだ戦おうと勝手に動いていた。それと同時に身体の苦しさは増し、どんどん力が抜けて行く。
レオラが撤退を指示した事でここで戦いが終わった。もし続けていたらアリナはダルアに全てを吸い尽くされていたのかもしれない。
(ギンナの言った通り、ダルアを使い続けたらヤバいんじゃ……)
アリナは初めてダルアに危険を感じていた。勿論魔族から貰った時点で疑っていたが、身に着けてしばらく問題無かったので大丈夫だと思ってしまっていたのだ。
最初は完全に自分の意志で戦っていた。ソシラやレモネやオルトを斬ろうとした時は躊躇せずに殺すつもりで。問題はメイルの声を聞いた後だ。あの後の戦いは記憶にはあるが、周りで何を言っているかまるで聞き取れなかった。そして、周りに居たのが過去の仲間などでは無く、ただの敵にしか見えていなかった。
ただ、それよりも問題なのはその後だ。心臓を潰されそうな感覚はレオラが言っていたエネルギー切れによる現象なのは分かる。問題は身体が勝手に動いていた事だ。あれは身体が動いていたのではなく、ダルア自身が自分の意志で動いていたのではないのだろうか。アリナはその事をレオラに知られてはいけない気がした。自分が戦闘放棄したと受け取られかねないのもある。それよりもその事を自分が知ってしまった事を気付かせてはいけないと。
(これ、あたし知ってる)
アリナはダルアに近い存在について知っていた事を思い出した。スミナが言っていた最強の剣の話だ。あれはもっと自分の意志を持っていたようだが、持ち主に力を与え、その後持ち主を乗っ取るのだ。このダルアも使い続けたらいずれ自分の身体を乗っ取り、意思の主体はダルアの方になるのではないか。それこそ生きた生物を取り込んでエネルギーにするダロンと同じように。
アリナは自室のテーブルに置いたダルアの腕輪を汚らわしい物のように見つめる。だが、魔族連合にいる限りアリナはダルアを外す事は出来ない。そもそもダルアの力の無いアリナではここで生き延びる事は出来ない。
(そもそもあたしはメイルを殺せるの?)
アリナは自分の手の平を見つめる。レモネやソシラを殺す事は出来るかもしれない。その後、後悔する事になっても。だが、長年一緒にいたメイルを本当に殺せるのだろうか。殺した後も平気な顔で生きていられるのだろうか。
今更レオラに昔の仲間や家族だけは生かしておいて欲しいなどと頼めないとアリナは思っていた。目的はアスイと王家だけと言っても、立ち向かってくる敵を選別して生かすなんて事は都合が良すぎる話だ。そして彼らはアリナが勧誘しても魔族連合側に来る事は無いだろう。先ほどの戦いを見て、王国と魔族連合のどちらが正しいかは明白なのだから。
(でもあたしは今更戻る事なんて出来ない)
ここに来てアリナはエルフやドワーフの一部が魔族連合に反発している意味を理解してしまった。そもそも人間と魔族で価値観が違うのだ。魔族連合は決して平等な立場では無い。
アリナは自分がどうするべきか必死に考える。自分が納得しなければ上手く立ち回る事など出来ないのだから。まず、レオラの言っていたダルアとの同調はなるべくしないようにするべきだ。例えその方が強くなるのだとしても、同調が高まれば乗っ取られてしまう。それがアリナにダルアという強力な装備を与えた理由なのだから。
(あいつらの思い通りになんてならない。あたしはあたしとしてこの世界で生き抜いてやる!!)
アリナの決意が固まっていく。アリナはダルアを使いこなしつつ、自分自身がもっと強くなる事を決意する。そして魔族連合内で味方を増やし、いっそ乗っ取るぐらいの気概で生き抜いてみせると。
ただ、嘘はバレるし、怪しい立ち回りは出来ない。なるべく魔族連合の利になる事をし、活躍して頭角を現すしかない。その為だったら昔の仲間や人間だって倒してみせる。それしか生き抜く術は無いだろう。
(とにかくもっとあたし自身が強くならないとどうにもならないんだ)
ダルアを着ても尚オルトを倒せなかったのは黒騎士の時と同じく動きが増加した力に合ってないからだ。ハーフエルフのエリワが言っていた通り戦い方を変える必要がある。その為にはダルアを着ての実戦経験がもっと必要だとアリナは思うのだった。
砦に戻って来た翌日、アリナが朝食を食べ終わるとレオラが部屋にやって来た。
「アリナ、言っていた新しい仕事をお願いするわ。今度はマサズと共にモンスター討伐をしてきて」
「モンスター討伐?なんでモンスターを?」
アリナはレオラの言う事が理解出来ない。モンスターは魔族連合の配下で戦力だからだ。裏切った人間の討伐ならアリナも納得しただろう。
ディスジェネラルの1人であるマサズは人間で東の国のサムライの王だ。だが平和主義者では無く、魔族寄りの人物だと聞く。だとしたら猶更モンスター討伐の理由が分からなかった。
「言ってなかったかしら。魔族連合は対王国戦の為にモンスターを支配してるけど、アイツらはほっとくとどんどん増えるの。増え過ぎると人間や弱いモンスターを襲うし、食料の動物も略奪する。下手するとモンスター同士で殺し合いも始めるのよ、知能が低いからね。
だから、それぞれのモンスターの数が増え過ぎないよう、大まかに管理してるの。それでも、不満を抱いて暴れ出すモンスターがいる。そう言った反乱分子を討伐する仕事が魔族連合にもあるってわけ。
まあ、これも必要な事なのよ。モンスターには暴れたらどうなるかの見せしめになるし、人間にはモンスターへの恐怖が薄れないようにする意味もある。
あとは、戦闘狂のマサズ達を連合に繋ぎ留める為にこういう仕事を与えないといけないのよ。アリナには彼らの戦いを見ておいて貰った方がいいと思うわ。魔族連合が望む人間はああいうタイプだから」
「何となく分かったよ。で、どこに行けばいいの?」
「丁度こことマサズのいる東の国の中間あたりが今回の目的地よ。数は多いけどモンスター自体は弱い奴等だからダルアの補給には丁度いいんじゃないかしら」
アリナはダルアのエネルギーを補給の対象がモンスターなのか、と少し嫌な気分になるのだった。
アリナはレオラに連れられてゲートに案内され、大陸の東の方にある熱帯雨林と思われる沼地や湿地の多い土地に移動していた。そこには王国内では見た事の無い景色が広がっていた。ぬかるんだ地面が多くて歩き辛く、奇妙に曲がりくねった木が生い茂っていて見通しも悪い。人間が寄り付かず、モンスターが住み着いている土地だとよく分かる。攻め込むにしても厄介な土地だろう。
マサズとその配下であるサムライ達はこの辺りでは高さがある丘の上に陣取っていた。サムライ達は赤い鎧のマサズとは異なりこげ茶色の意匠の少ない鎧を着ている。素肌は見せず、顔も面で覆われているので一目では人間かどうか判別出来ない。
それでも人間では無かった黒騎士の部下とは異なり、よく見ると各々が人間らしい仕草を少ししているのが分かる。規律は厳しそうだが、本当にこの部隊が強いのかアリナは怪しんでいた。王国の騎士団だろうと部隊としては魔法の援護で成り立っているのに対し、この部隊には魔術師の存在が確認出来ない。
「マサズ、伝えた通り今回はアリナと共に対処してもらうわ。いいわね?」
「レオラ殿、承知したでござる」
「アリナ、あたしは忙しいからもう戻るから。作戦が終わったらマサズに従って別の砦で待機してて。話は通してあるから」
「分かった」
「じゃあ2人ともよろしくね」
レオラはそう言い残して颯爽と去っていた。アリナはこの日本の鬼のような面で顔を隠したサムライの大将であるマサズとどう接するべきなのか迷う。同じ人間だから話は魔族よりは通じる筈だと考え、なるべく親し気に接してみる事にする。
「マサズさん、改めましてアリナ・アイルと言います。これからよろしくお願いします」
「それがしはマサズ・ヨシバだ。我らは他の者と手を組んで戦う事は無い。我らの邪魔にならぬよう距離を置いて戦って貰うのなら好きにして構わんでござる」
語尾は変だが、マサズは完全にアリナを拒絶していた。戦闘にしか興味が無い集団と聞いたが、ここまで非協力的とは思わなかった。マサズはそのままアリナを置いて自分達の仲間のところに行き、何か喋っている。レオラにはああ答えておいてこの対応はと流石にアリナもマサズに怒りが込み上げて来ていた。が、頼れる存在が誰もいない以上、マサズと形だけでも仲良くしておかなければならない。
「あのー、今回の敵はどんなモンスターなんですか?」
サムライ達の会話が一区切りついたのを見計らってアリナはマサズに近付いて聞いてみる。
「ゴブリンだ。だが、別のモンスターを使役する少し厄介な連中だ。手こずるようなら休んでいても構わぬでござる」
「いえ、あたしも討伐に来たので戦いますよ」
アリナはマサズに馬鹿にされたように感じ、はっきりと答える。魔導結界の中にはゴブリンがいなかった為、アリナは戦った事が無い。ただモンスターの中でも最弱ランクにいるゴブリンに手こずるような事など無いだろう。
「好きにしろ。先ほども言った通り我らの戦いには手出しせぬようにでござる」
「分かりましたよ」
アリナはとりあえずのコミュニケーションを取って、体裁だけは整えるのだった。
マサズ達の部隊は準備が出来たのかすぐに進軍を開始する。部下の数は多く、200人以上いるだろう。陣地には数十人だけ残し、他は全員マサズについて行く。アリナもそれに少し離れてついて行くのだった。
全員徒歩で、魔法や馬を使う様子も無く、みな重たそうな全身鎧を身に着けている。湿地なので馬は足を取られるし、歩いて行くのは正解かもしれないが、それでも歩き辛い地形を魔法も無しに進む為、移動は遅くなっている。アリナは魔法で地面の上を浮かぶように歩いているので汚れもしなければ速度が遅くもならなかった。
(本当にこんな奴等が強いのかな。まあ、ゴブリン相手なら十分だろうけど)
アリナは魔法を使わないマサズ達を少しバカにして見ていた。周囲はどんどん背の高い折れ曲がった木に囲まれ、見通しが悪くなっていく。敵が待ち伏せするならかなり適した場所だろう。
そんなアリナの考えは的中し、周囲に敵の反応が増すのをアリナの危険察知の祝福は感知していた。アリナは黙っていようかとも思ったが、ここは貸しを作ろうとマサズに教える事にする。
「マサズさん、周囲に敵の待ち伏せが潜んでるよ」
「別に敵が潜んでいようが不意打ちしようが問題無い。我らは突き進むのみでござる」
マサズはアリナの助言を聞き捨ててそのまま進む。よくこんな軍隊が生き残っていたなとアリナは思ってしまう。案の定、敵の奇襲が始まっていた。アリナはここまで言われた以上、しばらく手出しせずにどうなるか見守る事にする。
襲って来た敵を見て、ゴブリン達が何故ここに住み着いて生き残っていたかの理由が分かった。彼らはアーミークラブやジャイアントトードのような湿地に適した巨大な動物型のモンスターの上に乗り、それを操っていたからだ。ゴブリンと動物型のモンスターは共生関係にあるようで、力は無いが知能はそこそこあるゴブリンが知能が低いモンスターを操る事で狩りや戦闘に勝利出来るようになっているのだ。
湿地に適したゴブリン付きのモンスター達はほぼ一方的にサムライ達を攻撃する。素早さと連携に圧倒されてサムライ達はなすすべも無く次々と倒されていった。アリナは止まっていたマサズの近くでそれを見ていた。が、流石にこれ以上虐殺されるのを見守るつもりは無く、手助けしようとした。
「アリナ殿、助太刀無用と申したぞ!!」
いつの間にかマサズがアリナの前に移動し、鞘に入った刀でアリナの行く手を止めていた。
「でも!!」
「まあ見ておれ。
者ども、攻撃開始でござるっ!!」
マサズがよく通る声で叫ぶ。するとサムライ達の赤茶色の鎧が光り出した。それが魔力の力である事がアリナにも分かる。そしてサムライ達の動きが変わった。武器は刀だけだが、動き辛い地形を駆け回り、敵に突撃し、切り捨てる。そこに障害物の木があれば木ごと敵を斬っていた。敵の奇襲で倒れていたサムライも起き上がり、傷が修復していく。形勢はあっという間に逆転し、今度は敵が逃げ回るようになっていた。
「あれって魔導鎧?」
「そうでは無い。我らが着ている鎧こそ我がヤマトの国が誇る最強の鎧、武魂鎧だ。ヤマトの国のサムライは魔法を使わず、代わりに武魂鎧に魔力を捧げる事で究極の強さを手に入れる。かつての魔導帝国もヤマトの国を恐れ、近寄らなかったのだ。
ヤマトの国の祖である転生者ムサシ様が武魂鎧を拵えてから我が国は一度も攻め込まれておらぬのでござる」
マサズが珍しく長々と話す。マサズ達の東にあるヤマトの国が転生者によってかなり昔に作られたであろう事がアリナにも理解出来た。確かに強力な武器を持った強い国なのだろうとは思った。
しかし、アリナはサムライ達の戦いを見て異様な事に気付く。彼らは仲間と協力せず、仲間を助けないのだ。敵を倒すと次の敵をわれ先にと向かっていく。敵に囲まれて危険に陥った仲間がいようが、傷付いて倒れた仲間がいようが関係無いのだ。
そして武魂鎧は魔力を使うと言っていた通りで、魔力が切れると光を失い、動きが鈍くなる。そうなると今度は敵の恰好の的になってしまう。そうなった味方がいても助けたりはしないのだ。
もしアリナがこの部隊を運用するなら、数十人単位で鎧を発動させて、魔力が尽きた者と交替して兵士を出すだろう。だが、サムライ達は一斉に全力で戦っている。数が多いから何とかなっているものの、長期戦になったらおしまいだろう。
「倒れてる人達がいるけど助けなくていいの?」
「弱き者から死ぬ、それが戦場の習わしだ。他人の助けを求める者などサムライの恥でござる。
それよりアリナ殿こそ戦いに来たのでは無かったのか?」
「それでいいならいいけど。
じゃあ、あたしは邪魔しない範囲で戦うから」
アリナはマサズ達とは価値観が違うのだと分かり、もう相手をせず自分の戦いをする事に決めた。
アリナはサムライ達から少し離れた場所に移動する。そこに敵の伏兵が隠れている事を知っているからだ。アリナが近付いた事で敵は姿を現しアリナを集団で襲おうとする。
(ダルアになるべく同調せず、かつ敵のエネルギーは吸収しないと)
アリナはゴブリンが乗ったイグアナのようなモンスターの攻撃を避けつつ、ダルアに集中する。今ダルアはアリナからエネルギーを吸収して動いているので、あまり派手な動きは出来ない。
触れて吸収すると言っていたので、手の平で巨大イグアナに触れてみる。するとまるで布に水が染みこむように全身にエネルギーが吸い込まれて行くのが分かる。敵を見ると巨大イグアナは衰弱し、それに乗っているゴブリンすら水分が吸われたように縮んでいた。
(確かに吸収出来たけど、全然足りないな)
以前神機ライガの攻撃を吸収した時は物凄い力が満ちた事を思い出す。こんな雑魚モンスターではその千分の一にも満たないという事だ。敵はアリナの行動を見て怯えはしたが、攻撃の手は緩めなかった。敵が逃げないでくれたおかげでアリナは楽にエネルギーを回収していく。
数十体のモンスターとゴブリンからエネルギーを吸収すると、もう周囲に敵はいなくなっていた。サムライ達も戦いに勝ったようで、「うぉおおおお!!」という勝どきの声を上げていた。
「流石にアリナ殿の相手になるような敵では無かったようでござるな」
サムライ達の方へ戻るとマサズはアリナの戦いを見ていたようだ。マサズ自身は今回は戦っておらず、余裕そうに感じた。周りを見るとサムライ達は倒したモンスターを切り刻んでいた。
「あれ、何してるの?」
「見ての通り食事の支度だが。勝者が敗者から奪うのは当然の事でござる」
「食べるの?あれ」
カニ型のモンスターはまだ分かるが、カエルやトカゲなども身体の部位を切り取って運んでいるのを見てアリナは嫌そうな顔をする。
「戦では体力も魔力も使う。きちんと食べて回復せねば次の戦いに勝てぬぞ。アリナ殿とて敵から力を取っていたでござらぬか」
「あたしのは違うよ。あれはダルアのエネルギーだし」
アリナはサムライ達と一緒にされたくなかった。
その後、陣地まで戻り、そこに張ったテントに今夜は泊まる事になった。サムライ達は全員男だったので、アリナは小型のテントを借りて少し離れた場所で1人で過ごす事にした。食事を分け与えると言ってきたが、アリナは流石に遠慮した。携帯食は持って来ていたので、とりあえず食事に困る事は無い。
サムライ達はモンスターを鍋にしたり焼いたりして、酒と一緒に食べていた。鎧は脱がないが兜は外していて、みな普通の人間であると分かる。そんな中、マサズだけは兜も面も外さず、中央に座っていた。人前では食事をしないのかもしれない。
アリナは日が暮れてする事も無く、薄汚い毛布と枕で何とかテントの中で寝ようとした。周囲に警戒用の魔法も張ったので、誰か近付くものがあれば反応するだろう。まあ周囲にアリナより強い者などいないし、サムライ達に集団で襲われようが負ける気はしない。一先ず無理矢理眠りにつくようにアリナはした。
深夜になりアリナは寝苦しくて起きてしまう。熱帯雨林だからか湿度が高く冬が近いのに蒸し暑いのもあるかもしれない。何となく外の気配を探ると人が動いているのをアリナは感知する。集団では無く単独行動のようだ。その人物は1人で湿地の森の奥の方へと向かっていく。アリナは気になって外に出る事にした。
アリナは闇夜を進む人物に気付かれないように距離を離しつつ後を追う。魔法を使って夜目を強化し、遠方も見れるようにしてようやくその人物がマサズであるのが分かった。
(1人でこんな夜中に抜け出して何してるんだろ)
アリナの好奇心は増していく。もしかしたらまた今回の作戦にもアリナが知らない裏の目的があるのかもしれない。ただ、こんな湿地に重要な何かがあるとは思えなかった。
追跡を開始してから十分ほど経ち、ようやくマサズの動きが止まる。どうやらマサズに気付いた野生のモンスターが集まって来たようだ。アリナはマサズが戦うところがようやく見られると思い、感付かれないギリギリの距離まで近付いてその様子を観察する。
マサズの周囲を囲んでいるのは虎と狼を混ぜたような、灰色の巨大なモンスターだった。鋭い牙と爪を持ち、動きは素早い。8体のモンスターと1人で戦うのはマサズでも苦戦するのではとアリナは感じる。地形的にも敵のテリトリーだからだ。マサズは魔法も使わないだろうし、刀だけでどう戦えるのかとアリナは戦いの行方を見守る。
先に動いたのは猛獣の方だった。マサズの背後にいた猛獣が鋭い爪で切り裂こうとする。マサズは即座にそれに気付き、反応した。
(え!?刀を使わないの!?)
アリナはマサズの攻撃を見て流石に驚く。マサズは腰の刀を抜かず、手刀で猛獣の喉を貫いていた。よく見ると鎧の手の先の部分が変形し、黒光りする鋭い爪が伸びていた。猛獣は隙を与えず、2匹が同時にマサズの左右斜め後ろから攻撃してくる。今度はマサズが回し蹴りで2匹を同時に蹴り飛ばしていた。よく見ると足のつま先部分にも黒い爪が生え、凶器と化していた。
その後もマサズは刀は使わず、掴みかかって喉元を握り潰したり、膝蹴りで倒して踏みつけたりと部下のサムライ達とは全く異なる、獣のような戦いでモンスターを倒していった。
確かにマサズは速度も力も他のサムライ達とは比べようも無いほど強かったが、その戦い方には知性を感じなかった。もう一つアリナが気になったのはマサズの鎧は光っておらず、武魂鎧の力を使って無いように見えた事だ。マサズの鎧から魔力の動きは感じなかったので鎧が特注品で機能が違ったからだとも思えない。黒い爪も生えているし、そもそも武魂鎧では無い可能性もある。
(ん?)
そんな事をアリナが考えていたらマサズが初めて鬼のような面を外していた。声や立ち振る舞いから中年かと思っていたが、思ったよりも顔は若く見える。目つきは鋭いが、精悍な顔付で先ほどの暴力的な戦い方とはかけ離れた印象だ。
(ちょっと、何してんの!?)
そんなマサズが倒した獣の死体に獣のようにかぶりついたのでアリナは激しく驚く。マサズは爪の生えた手で皮を剥ぎ、中の血肉を凄い勢いで食べていた。サムライ達が倒したモンスターを食べるのに拒否感はあったが、彼らはまだ調理して食べていたので人間らしさは感じた。しかし今のマサズはまさしく獣で、知能の低いモンスターの食事と同レベルになっている。
(マサズは魔族だった?)
2メートルを超える高身長で先程の戦い方を見ても、そう考えるのが現実的だ。魔族が王なら魔族連合に入る事も、戦いに明け暮れる事も納得出来る。ただ気になるのはレオラがそれを把握して無さそうな事だ。単にアリナには隠しておきたかったのかもしれないが、それだっていずれバレるだろうとアリナは思う。
(しまった!!)
急に殺気が向けられた事にアリナは気付く。考え事をして油断してしまっていたのだ。モンスターがいなくなった事でアリナの気配にマサズが気付いたのだろう。
「何者だ?」
血まみれの顔で口から血を滴らせながらマサズがアリナが居る方を向いて言う。このまま全速力で逃げれば逃げ切れるかもしれない。ただ、状況的にアリナは疑われるだろう。だったら諦めて姿を現す事にアリナはする。何よりアリナはマサズに興味を抱いていた。
「ごめん、夜中に抜け出したのが気になって……」
「お主か。確かに気配を消して近付けるのはお主ぐらいだな」
マサズは手ぬぐいを取り出して顔の血を拭った。
「やっぱり見ちゃいけないものを見ちゃった感じ?」
「隠れて行動しているのは確かだ。が、それがしの行いについては皆知っておる。魔族の連中が知っているかは分からんがな」
「そうなんだ。
ところで、なんで刀を使って戦わなかったの?」
アリナはマサズに近寄りながら質問する。マサズの殺意は消えていて、戦うつもりが無さそうに感じたからだ。
面を外したマサズの声は若々しい。改めて近くで顔を見ると、アリナより5歳ぐらい年上で、兄ライトと同年齢ぐらいの青年に見える。アリナは兄ほどでは無いがモテそうな顔だなと感じる。
「今の戦いは正式な戦闘では無い。あくまでそれがしの捕食衝動から来る食事のようなものだ。サムライの戦いで無ければ刀は抜かぬし武魂鎧も使わぬ」
「てことは、やっぱりマサズさんは魔族だったの?」
「そうでは無い。それがしは人間だ。まあ、人間以外の血が混じっているのはあるな。それゆえ、一定間隔でこのような衝動が抑えれなくなる。
何かの縁だ、アリナ殿、お主にはそれがしの先祖の話をしてやろう。まあ御伽噺のようなものだ」
マサズは話が長くなるのか、倒したモンスターの上に胡坐をかいて座った。アリナも少し離れた倒木の上に座る。
「ヤマトの国を転生者ムサシ様が作ったのは話したな。そもそもムサシ様は人間の転生者では無く、オニという今は滅んだ種族の転生者であったのだ。
ヤマトの国は東の果ての島にあり、大昔はオニが支配する島だった。まあオニと言っても見た目は人と殆ど変わらず、力と魔力が人より優れた種族だったそうだ。
島には人間も住んでいたが、オニより地位は低く、オニの支配下にあった。やがて大陸側の文明が進み、海の海賊行為で財宝を奪っていたオニが問題となった。大陸の人間達は島に攻め入り、オニを退治して土地を奪った。オニの財宝も共存していた人間も奴隷となった」
マサズの話は桃太郎のような話かとも思えたが、オニを退治して終わり、みたいなハッピーエンドでは無いようだ。
「オニの支配下にあった我らの先祖の人間達もオニが排除された後の方が酷い生活になるとは思っていなかった。島への潜入の手引きをしたり、オニの情報を流した人間達も後悔する事となった。
そんな中、誕生したのが最後のオニの子であり、サムライの祖であるムサシ様だった。ムサシ様は無双の強さを誇り、島の統治者達を皆殺しにし、新たな国、ヤマトを作り上げた。そして二度と敵の侵略を許さぬよう、サムライの世と武魂鎧を作り上げたのだ」
「もしかしてマサズさんはその転生者の子孫?」
「確かにそうだが、それはヤマトの国の者全員そうだとも言える。最後のオニとなったムサシ様と人間との間の子は特別な力を引き継いでいた。なので皆その血筋に加わっていき、最終的には国の国民全てがその子孫となったそうだ。武魂鎧の力を最も引き出す為にも必要な力なのでな。
だが、今はその血も薄れ、数万人に1人、オニの真の力が出ればいいぐらいだ。そしてそれがしが久しぶりに真の力が目覚めた為、国の王となったのだ。これがその証だ」
マサズはそう言って兜を脱ぐ。すると頭頂部に一本の黒い角が伸びていた。黒い爪もまたオニの証なのだろう。
「ヤマトの国については何となく分かったけど、なんで魔族連合に入ったの?」
「先ほど話した通り、オニの血は薄れても、我ら民族にはオニの闘争心が少なからず残っている。鎖国したままだと内乱が起こる事は歴史が証明している。
なのでヤマトの国は海賊や隣国との戦いを続けていた。モンスターとの戦いもな。そんな中、常に戦場を与えてくれる魔族連合の提案は都合がよかった。人間の他国との関係は良好では無かったのでな。国内には反対する者も多かったが、何かあれば魔族連合を裏切り敵対すればいい。我らは戦う事でしか生きられぬのだからな」
アリナはマサズがたまたまオニの力に目覚め、若くして王になった悲しい存在に見えた。本当は王などやりたく無さそうな。
「新入りのあたしにそこまで話して大丈夫なの?」
「魔族連合と我らの関係など表面上の友好関係だとお互い分かっておる。
それにアリナ殿は他人に情報を漏らすような軽薄な人間には見えん。それがしはこれでも人を見る目はあると言われているのだ」
「あたしはそんな人間じゃないよ。まあ、いいけど」
アリナは今の自分はそんな褒められるような人間では無いと思っている。
「それより気になってるんだけど、なんで今は『ござる』って変な語尾してないの?」
「変なとは失敬な!!
まあ、あれはヤマトの国の王に伝わる伝統の喋り方だ。今は王として喋っておらぬので使って無いだけだ」
マサズは少し恥ずかしそうに言う。アリナはヤマトの国が変な伝統だけ残ったんだなと笑うのをこらえるのだった。