11.ドワーフの王
アリナとハーフエルフのエリワは魔族連合の馬車で砦への帰路についていた。エルフ達から魔族連合への謝罪と今後は方針に従う旨の証書を貰ったので今回の仕事は成功にはなるだろう。ただ、あの黒い鎧の集団についてはきちんと説明しないといけない。
「アリナ、あの黒い鎧の騎士の部下達は人間じゃ無いよな。あれが何か分かるか?」
「エリワが矢で貫いた時、機械みたいなのが内部に見えた。多分古代魔導帝国のガーディアンに近い技術だと思う。似た動きをするものは見た事あるし。でも今まで戦った人型のガーディアンにあそこまで強いのはいなかったなあ」
アリナは魔宝石のエルの事は言わずに答える。
「なるほど、魔導帝国の遺産の可能性があるのか。あの黒騎士は人間だとしても異常だし、もう少し情報が欲しいところだな。
ところでアリナ、アンタ黒騎士と戦う時に手を抜いてたか?」
「え?抜いて無いよ。勿論余力を残して戦いはしたけど」
アリナは素直に答える。あの時は黒騎士の奇襲にムカついて本気で攻撃していたのは事実だ。
「そうか。じゃあなんで黒騎士を倒せなかったか分かるか?」
「えーと、思ってたより相手の動きがよかったから。でも、もう少し時間があれば確実に倒せてた筈」
確かに予想外の動きをする敵だったが、今のアリナに倒せない敵では無いと思っていた。
「やっぱり自覚してないのか。アンタ確かその闇術鎧を着て戦闘した経験は少ないんだよな」
「実戦だと2回目だけど。でも、使いこなせるように暇な時間に慣らしはしたよ」
アリナはダルアを既に手足のように使っているつもりだった。
「確かに動きは馴染んできてるだろう。でも、それは今までのアリナに対してだ。戦い易さを考えればそれが正解だろうな。でもな、もっと上の戦いを目指すならそれじゃダメだ。武器だってそれに合わせた戦い方をしないと意味が無い事は知ってるだろ」
「勿論そんな事は理解しているよ」
アリナはそう答えつつ、エリワが言いたい事が理解出来た。ここに来てまた自分と姉との違いを思い知らされるとはとアリナは思ってしまう。
「じゃあ言ってる事が分かるな。
ダルアはアンタのパワーも速度も魔力も全て大きく上昇させてる。大きな力にはそれに合った戦い方がある。今のアンタの戦い方は瞬間的に高速で動いて、強い力で攻撃してるだけだ。確かにそれで大抵の敵は倒せる。でもな、さっき戦った黒騎士みたいな熟練の相手にはそれが効かない。
それにアンタはそういう戦いを既に見てきたんじゃないか?」
エリワの言葉でアリナはスミナが神機を纏って竜神のホムラや魔導要塞で戦っていた姿を思い出す。自分が今あんな戦いが出来ているかと言えばNOである事をアリナは実感していた。
悔しいが、エリワは長年生きてきただけあって、こういう戦闘の知識と経験の差がアリナと違うのだと分かる。だからアリナは気持ちを抑えて言い返す事を止めた。
「分かった。あたしが今の力を使いこなせて無いって事をよく理解したよ。
ありがと。指摘してくれて助かったよ」
「アタイはアリナの事なんてどうだっていいんだけどな。まあ今回付き合ってくれたお礼だ」
エリワが恥ずかしそうに言う。言い辛い事をはっきり言ってくれるエリワは本当はいい人なのかもしれないとアリナは思うようになっていた。それと同時に自分の甘さにアリナは嫌気がさしていた。
アリナとエリワは午前中には砦に到着していた。エルフの集落で一泊はしたものの、翌日に帰ってきたので、2日間でスピード解決した事になる。
「早く帰れたけど、これじゃあまたディスジェネラルが集まるのを待たなきゃならなくない?」
「いいや、多分アタイ達の帰還に合わせて来れる奴等は来てる筈だよ。アリナの顔見せは終わったし、対応の結果はもう奴等に届いてるから」
エリワは当たり前のように言う。会話が筒抜けだと言っていたし、アリナの知らない伝達手段でエリワは既にディスジェネラルに報告していたのかもしれない。
砦に入ると給仕姿の女性のデビルがアリナとエリワを出迎えた。
「レオラ様とディスジェネラルの方達がお待ちです。部屋へご案内します」
女性のデビルが砦の中を先導して2人を案内する。
「な、言った通りだろ」
「そうだね」
2人が案内されたのは前回の部屋とは別の会議用の部屋だった。あえて毎回別の部屋を使ってるのかもしれない。部屋に入るとレオラとディスジェネラルの幹部が座っていたが、前回とは違い全員はいなかった。報告をする為か、エリワとアリナはレオラの真正面の席に並んで座る。
「ディスジェネラルの方々、忙しい中再び集まってくれた事感謝するわ。今回もアタシ、レオラがルブ様の代理人として場を仕切らせて貰うわ。あと、今日来れなかった4人からは連絡を貰っているから先にそれを話すわね」
レオラが仕切って会議を始める。来れていない4人はデビルのガズ、オーガのゾ・オ王、獣人のグラガフ、そして人間でサムライのマサズだ。以前の話し合いでアリナの受け入れに反対に近い意見をした4人だった。
「まずガズはどんな成果であろうと反対の意見は覆らない。ただし、会議での決定には従うそうよ。ゾ王も近い意見ね。グラガフとマサズに関しては両者ともアタシの決定には従うそうよ。なので、この場に来た者達で意見をまとめるわ」
とりあえず大きな反対意見が出なそうな流れになってきていてアリナは胸をなでおろす。
「連絡で伝えた通り、アリナはエリワと共にエルフの森へ行き、反抗的だった集団を説得して魔族連合に従うようにさせたわ。それも2日という速度でね。別の問題があったとはいえ、結果としては十分だとアタシは思うわ。
これにてアリナを魔族連合に加入させる事としたいのだけれど、異論があるなら言って頂戴」
レオラは一気にアリナの連合への加入させるべく言い切る。反対派が減った事で声を上げる者はいなかった。レオラが再び話始めようとした時にヴァンパイアのソルデューヌが手を挙げる。
「異論では無いのですが、少しだけ発言させて下さい。
今回の会議には前回アリナさんの加入に反対した方が来られておらず、その方々の意見無しに終わってしまうのは少し問題ではと思いました。
代弁では無いのですが、今回エルフの問題を解決できたのは実力というより運がよかったとも思えます。連絡にあった黒い鎧の集団も裏でアリナさんと繋がっていた可能性もあります。加入後もきちんと監視する必要があるのではないでしょうか。
というのがわたくしが反対だった場合の考えです。ご参考までに」
「ソルデューヌ、発言助かるわ。確かに何の異論も無いのでは今日来ていない面子にも申し訳が立たないとは思うわね。
今後もアリナの裏切り行為が無いか監視をするのは最初からその予定よ。
運がよかったというのは、まあトラブルに巻き込まれたのだからどちらとも取れるわね。アリナが居たからこそエルフの被害がここまで抑えられたのも事実なのだし。
それで、問題は黒い鎧の集団の事ね。これについてはきちんと話し合おうと思っていたのだけれど、アリナはこの集団の事を知らなかったのよね?」
ソルデューヌの話をまとめたレオラがアリナに質問する。これに関してはアリナは本当に知らなかった。
「はい、知りませんでしたし、背後で繋がってる事もあり得ません。黒騎士との戦いを見ていたエリワが本気で戦っていた事と、相手の反応も見ています」
「アタイの見た感じ、黒騎士の方もアリナの方もお互い初接触で演技してるようにはとても見えなかったぞ。そもそもアリナと繋がりがあったら結界の内側から来た事になるだろ。それこそあり得ないんでは?」
「なるほどね。まあ、アリナもエリワも初めて見た相手で間違い無さそうね。で、黒騎士は人間で、その部下の兵士が魔導帝国のガーディアンらしいと聞いてるけど、アリナは似たようなものを見た事があるの?」
「あそこまで人に模した人型は見た事ないよ。魔宝石が人間の姿になった場合はあんな動きにならないし、魔導帝国のガーディアンとは別のものかもしれない」
「人型の魔導兵器か。それは興味深いな」
アリナの話に反応したのはドワーフの王であるゴンボだった。
「この中にこの黒い鎧の集団に心当たりがある人はいないの?」
レオラの質問に答える者はいなかった。と思ったところでおずおずと1人手を挙げた人物がいた。
「あの、何分昔の話ですので、関係あるか分かりませんが、それらしき話を聞いた事があります。
私が王になる前、20数年以上前の話ですが、魔王討伐の部隊に“流浪の黒騎士”と呼ばれたとても強い騎士がいたと聞いています。私は直接見た事はありませんが、魔王討伐の功労者だと聞いておりました。
あ、その、あくまで当時の話で、今は魔族に敵意など抱いておりませんよ」
「気にしなくていいわ、ダブヌ。
確かに魔王と戦ったとても強い黒騎士がいたとは聞いた事があるわね。でも、20年以上前の話だと同一人物とも思えないわ。姿を真似ただけか、その騎士の弟子かもしれないわね。
とにかく、魔族連合に敵対しているのは確かだから今後も注意が必要ね。新たな情報が入ったら連絡するように」
黒騎士の情報を出したダブヌだった。アリナはそんな話を聞いた事は無く、魔王を倒したのは自分の両親やデイン王国の騎士達ぐらいの印象しかなかった。ただ、もし黒騎士が魔王討伐に参加していたとしたら、強さが他の王国の騎士達と桁違い過ぎるとアリナは思い、たまたま同じ黒い鎧を着た騎士なだけだと思うのだった。
「とりあえず今回の会議はこれで終わりね。アリナの今後だけれど、もし人手が足りないところがあるなら援護に向かわせるけど、アリナの力を借りたいところはある?」
「でしたらワシのところに来て貰っても宜しいか?今回の黒い鎧の人型ガーディアンの話も聞きたいし、王国にあった神機や魔導具の話も聞いておきたい。
そして何より、今うちの国で暴れてるヤツをどうにかして貰いたいのでな」
「ああ、あの件ね。確かにドワーフの開発が遅れてるのは聞いてるわ。ゴンボのところなら任せても問題無さそうね。
アリナ、悪いけど今度はゴンボのところで一仕事してきて貰えないかしら」
「あたしは構いません」
「じゃあよろしくね」
こうしてアリナは魔族連合に無事迎えられた。会議が終わり、皆が去っていく中、エリワがアリナに声をかける。
「ドワーフは気難しいヤツが多いから頑張れよ。じゃ、また機会があれば」
「エリワ、ありがとね」
エリワはアリナにウィンクして去っていった。レオラも忙しいのかいつの間にか立ち去り、残ったのはアリナとドワーフのゴンボだけになった。
「改めまして、あたしはアリナ・アイルです。何を手伝えばいいんですか?」
アリナはなるべく愛想よくしようと声をかける。
「ゴンボ・ドドヌじゃ。
お主は本気で魔族を信用しておるのか?」
全身機械を纏ったロボットのようなドワーフのゴンボは表情が見えない機械のゴーグルとマスク越しに質問してくる。それもここで答えるにはかなり危険な内容を。
「なんでそんな事聞くんですか?あたしは自分の居場所はここが相応しいと思って決心した。ここに居る為には信用するしかないでしょ」
「そうかな?ワシらドワーフは魔族を信用などしておらぬ。あくまで取引相手として対等の立場におり、取引を続ける為に魔族連合に加わった。
そもそもワシは王とは名ばかりで、ドワーフ族に王など今までおらんかった。ワシはドワーフ族の中で一番大きな工房の親方で、連合に参加するドワーフのまとめ役として王を名乗るようになったのじゃ。
だから信用などしないし、ドワーフは直接戦争にも参加しとらん」
ゴンボは自身の考えを堂々と語る。恐らくそれは魔族連合側も認識していて、容認している関係なのだろう。ただ、アリナはそういった集団の代表とかでは無いのではっきりと物申せる立場では無い事を自覚していた。
「まあお主がどう考えていようがちゃんと仕事をしてくれるなら構わんよ。これからワシの工房に案内するから付いて来てくれ」
「ドワーフの工房はここから近いの?」
「いや、かなり離れておる。馬車で行ったら4,5日はかかるな」
「じゃあ長旅になるんだね。ちょっと準備してからでもいい?」
「長旅?バカ言うんで無い。そんな時間をかけてワシがこの会議に参加したとでも思っておるのか?」
ゴンボが飽きれたような声を出す。確かにアリナがエルフの問題を解決したのは昨日で、もし行き来にそれだけ時間をかけてるならそもそも参加出来てないだろう。
「じゃあどうやって……あ、魔導馬車みたいな乗り物を持ってるとか」
「あれか。確かに魔導帝国の技術としては凄い物だが、あんな遅い乗り物では非効率的じゃ。ワシの高速飛行機械は1時間で工房まで飛べるのじゃぞ」
ゴンボが自信たっぷりに言う。それを聞いてドワーフはジェット機のような機械を既に作っているのかとアリナは想像する。アリナは部屋に一旦戻って着替えだけして砦の入り口でゴンボと合流した。
「何これ……」
「何とはなんじゃ。これがドワーフの技術を結集した高速飛行機械じゃぞ。空気抵抗も頑強さも数千回のテストを実施した完璧な安全性じゃ」
砦の外に置いてあったのは台に置かれた銀色の筒状の物体と、それを撃ち出す為のものと思われる金属製の巨大なハンマーを備えた機械だった。
「自力で飛行するんじゃなくて、これで撃ち出すんでしょ?飛んでる時に乗ってる人が酷い事にならない?それに着地する時はどうするの?」
「飛行体に推力を付けると重量が増し、燃料も積まねばならぬ。それでは重くて飛ぶのは不可能じゃ。
飛行体内の搭乗者の衝撃を気にしてるようだが、魔法である程度衝撃は抑えられとる。ドワーフならプロテクターを着ておれば怪我する事は無い。お主だってダルアという頑丈な鎧を着てるようだし問題無いじゃろう。
着地に関しては飛行体前方に特殊なスライムを積んでおり、着地数十秒前に展開して衝撃を吸収するから大丈夫じゃ」
「ホントかなあ……。あ、目的地にちゃんと着くの?別の場所に落下したりするんじゃない?」
「それも大丈夫じゃ。撃ち出す時に周囲の環境を計算し、方向と角度を決めておる。飛行体にも環境の影響を軽減する魔法がかけられており、落下地点のずれは最大でも500メートル内に収まっておる」
ゴンボは問題無さそうに説明する。アリナは今からこれに乗るのがとても嫌だった。だが、危険察知の祝福があるので、いざとなれば途中で逃げ出せばいいかと考えていた。
「一応言っておくが、飛行中に外に出るのは止めた方がいいぞ。飛行体の内部と外との環境の違いでどんな衝撃が来るか分かったものじゃないからな」
「分かりました……」
アリナはこうなったらゴンボに運命を託すしかないかと諦めるのだった。長さ5メートルほどの筒状の飛行体は上部の蓋を開くと座席が3つ縦に並んでいた。ゴンボが先頭の運転席に座り、アリナはその後ろの席に座る。座ると魔法でベルトが自動でアリナの身体に巻き付いた。椅子から身体が離れられなくなり、ほぼ拘束された状態になる。上部の蓋が閉まると薄い明りだけの狭い空間に閉じ込められた状態で、窓も無く、周囲の景色も見えない。
「ねえ、もしかして何も見えないの?」
「うるさい客じゃの。運転席と同じ映像を出してやるから黙っておれ」
ゴンボがそう言うと目の前の壁に飛行体の前方の景色と思われる魔法の映像が表示された。
「では発射するぞ。
5,4,3,2,1,発射っ!!」
ゴンボが言うと同時に背後から凄まじい衝撃を感じる。それと同時に身体がシートに思いっきり押し付けられた。ただ、衝撃は最初だけで飛行体の内部は徐々に安定してきていた。映像では飛行体が空に向かってかなりの速度で飛んでいる様子が映される。
(あ、昔乗ったジェットコースターみたいだ)
アリナは現実世界の子供の頃の記憶を思い出す。あれは小学生の頃、たまたま機嫌が良かった母親が遊園地に連れて行ってくれた時の記憶だった。璃奈は珍しく母親に我儘を言ってギリギリ身長制限をクリア出来たジェットコースターに一緒に乗って貰ったのだ。数少ない璃奈と母親との楽しかった思い出だった。
(なんであたし泣いてるんだろ……)
転生してから前世の記憶は殆ど忘れてこの世界を楽しんでいた。前世の事など巳那に関連した事以外は全て忘れていいと思っていた。両親や家族とはこの世界の人の事で前世の家族は居なかったとさえ考えていた。
そこでアリナは理解した。王国での生活をまた全部捨ててここに来たからだと。今の自分には何も無く、前世の記憶でさえ愛おしいと思ってしまっているのだと。それに気付いてしまったアリナはとても情けない気持ちになっていた。アリナは黙りながら必死に泣くのを止めたのだった。
「どうした?やけに大人しいのう」
「飛行中は黙ってないといけないんじゃないの?」
しばらくして落ち込んでいたアリナが何も言わないのが気になってかゴンボが前の席から話しかけて来た。
「着地前までは上空を飛んでるだけじゃから喋っても構わん。ここなら魔族からの盗聴もされんし、本音で話しても問題無いぞ」
偏屈そうなゴンボだが、この環境に慣れていないアリナには気を利かせてるようだった。アリナはゴンボに話しても無駄だと思うが、暇つぶしにと話し始める。
「どこまで知ってるから知らないけど、あたしは転生者で、この世界に転生した時に姉も双子として転生して来たんだ。あたしは転生する前の世界で失敗をして、前の世界では双子でも姉妹でも無かった姉に酷い事をしたんだ。
だからこの世界はあたしにやり直しのチャンスをくれたんだと思ったんだ。恵まれた環境に恵まれた能力、そして恵まれた家族。あたしは今度こそお姉ちゃんを守って幸せになってやろうと思った。その為には何だってするって決めて。
でもまたダメだった。お姉ちゃんはあたしを守って死んで、あたしもその復讐の為に魔族の力を使って仲間を裏切った。だから家族と会う事も出来ない。あたしの人生って何なのかな」
アリナは話すつもりも無かった事を話していた。それもよくも知らないドワーフの王に。もしかしたら自分と異なる、あまり親しくない人物だからここまで話せたのかもしれない。
「お主、人間の年齢はよく分からんがまだ若いのだろう?
ドワーフという種族は子沢山でな、ワシにも10人の子供と30人近い孫がおる。子育ては妻に任せっきりじゃったが、それでも親として子供と話し、衝突する事もよくあった。子供達の考える事はよく分からず、頑固じじいと言われたもんじゃ。
そんなワシにも言える事はある。諦めずに進めという事じゃ。その生き方が曲がっていようが、間違っていようが、進んだ先は必ずある。どんなことがあろうとうも、後から振り返ればこんなものかと納得する筈じゃ」
ゴンボは年寄りじみた事を言う。エルフほどでは無いがドワーフも長寿らしく、アリナの考える数倍は生きてるのかもしれない。
「ゴンボさんは後悔して無いの?」
「後悔してないわけ無かろう。死ぬほど悔やんでおるわ。色んな物と作って来た身としては失敗の繰り返しで、時間を無駄にした事は何度もあった。時が戻せるなら戻したいわい。
それでもな、今の結果は満足しなくても納得しとる。失敗を積み重ねた結果じゃからな。
ワシは自分が優秀では無いとは思うが、工房をここまで大きく出来たのは諦めなかったからじゃ。優秀な仲間もおったしな。つまり、そういう事じゃ。
お主は才能もあるし、まだ若い。この地で結果を残してもいいし、恥をかいてでも家族の元に戻ったっていいのじゃぞ。お主のような青二才ならまだどうとでもなるじゃろうて」
ゴンボの言葉はアリナを励ますには十分だった。アリナはゴンボに打ち明けて良かったと思うのだった。
「ありがとう、ゴンボさん」
「礼はいいからちゃんと仕事はこなしてくれよ」
顔は見えないがゴンボは照れ臭そうにしてそうな気がしていた。
それからしばらくはゴンボがどんな事をしてるのかを聞いて飛行時間を過ごした。ゴンボ達ドワーフは独自の機械技術の発展を模索し、かつて技術で敗北した古代魔導帝国の技術を超えるのが目標なのだそうだ。ただ、どうしてもエネルギー源は魔力になってしまい、そうなると魔導帝国に敵わないと。
魔族連合に加わったのは新しいエネルギー源の確保が目的だったそうだ。魔族はモンスターからエネルギーを取り出す技術を持っており、それを提供してもらう代わりに魔族連合で使う兵器の開発を行っているのだと。
そんな話を聞いていると飛行体が徐々に落下姿勢に変わり、着地が近いのがアリナにも分かった。が、突然“ビー!!ビー!!”と警告音のようなものが飛行体内で響く。
「何の音?」
「こりゃマズいな。トラブル発生じゃ」
ゴンボが必死に動いているのが後ろの席にいるアリナにも伝わってくる。
「トラブルって?」
「着地時にスライムを展開すると言ったじゃろ。それが機械の故障で展開しなくなったのじゃ」
「直せるの?」
「何とか展開させる方法を試してみたが、無理そうじゃ。直すには外に出る必要があるが、飛行中には無理じゃな」
「じゃあどうなるの?」
「90%の確率で落下時にバラバラになってワシらは死ぬな」
ゴンボが恐ろしい事を言う。
「ちょっと、死ぬのは困る!!さっき良い話したばっかりでしょ。ねえ、落下まであとどれぐらい?」
「3分後に地面に激突するな」
「3分!?」
残り時間の少なさにアリナは眩暈がする。修理とかそういう次元の話では無いだろう。アリナだけ飛び降りれば自分は怪我程度で済むかもしれない。が、ゴンボの話を聞いてしまった以上、ゴンボを見殺しにするのは避けたかった。
「落下地点が水だったら大丈夫だったりしない?」
「まあ着水なら衝撃をかなり抑えられるな」
「落下予定地の近くに川や湖はある?」
「1000メートル先に湖はあるな。じゃが、進路変更は出来んぞ?」
ゴンボの言葉を聞いてアリナは覚悟を決める。
「あたしが無理矢理進路変更する。ゴンボ爺さんは死ぬ気で衝撃に耐えてね」
「なんじゃと?お主、死ぬ気か?」
「大丈夫、今のあたしなら出来る筈だから。あたしの上の蓋を開けられる?」
「出来るが、衝撃が来るぞ」
「魔法で対処するからやって」
「しょうがない。任せたぞ!!」
ゴンボもやけくそのように言う。そしてアリナの座席のベルトが外れ、筒状の蓋のアリナの上部分が吹き飛んだ。その瞬間凄まじい風がアリナに向かってくる。アリナは魔法で風を吹き返してなるべく衝撃を抑えた。
ダルアの力を増してアリナは飛行体の上に出る。突風で髪が大きく乱れるがアリナは気にせず前方を見据えた。確かに落下地点の平原の先に湖が見える。落下地点をそこまでずらすには飛行体の角度を変え、飛行距離を伸ばさなければならない。
(あたしなら出来る!!)
アリナは想像して飛行体に魔力で翼を作り出し、それを動かして角度を調整する。何度も飛行体と翼が分離しそうになるのを魔力で補修して対応する。アリナの必死の対応で飛行体が少し浮かび上がり、落下地点が先に伸びたのが分かる。
「アリナ、いい感じじゃ。このまま機体を保てば湖に落下する」
「分かった」
飛行体の中からゴンボの声が聞こえ、アリナは飛行体の上に立って答える。どんどん地面が近くなり、湖に向かって飛行体は落ちていく。アリナはギリギリで飛び上がって飛行体と分かれ、それと同時に飛行体全体にシールドの魔法をかけた。
“バシャーーーッ!!”という水面への衝突音と共に、飛行体は湖面へ突っ込んでいった。水深は問題無さそうで、湖底に衝突する事は無かった。アリナは湖に飛び込み、水没した飛行体を水面へと持ち上げる。飛行体は水に浮くようで、水面まで持って行くとぷかぷかと湖面に浮いていた。
「ゴンボ爺さん、生きてる?」
「ああ、問題無い」
蓋が空き、ゴンボが顔を出す。ゴンボは機械のゴーグルとマスクを外していて、初めて素顔をアリナに見せる。ゴンボの顔は白い髭モジャでしわくちゃのいかにも頑固じじいといった顔だった。
「怪我は?」
「ドワーフは丈夫じゃと言っとるだろ。
アリナ、助けて頂き感謝する。やはりお主は只者では無いな」
ゴンボの笑顔に前世の祖父の面影をアリナは感じるのだった。