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6.異世界の真実

 試験が終わった後、双子は1日だけ王都の観光をしてから自分達の屋敷への帰路についた。試験が終わった安心感と疲れからか、双子とも落ち着いていて、大きな騒ぎや問題を起こさなかった。


「お帰り、怪我したりしなかったかい?」


「お帰りなさい。試験はどうだった?」


 屋敷に帰ると両親が出迎えた。


「お父様、お母様、ただいま戻りました。怪我も無く、試験も上手く行ったと思います」


「パパママただいま!!テストはあたしも多分受かったと思うよ」


「そうか、無事で何よりだ」


「それより、その子はだーれ?」


 母ハーラがスミナの横にぴったりくっ付いてる人間形態のエルを見て言う。


「この子は遺跡で拾った、魔宝石マジュエルの少女です。名前はアルドビジュエルで、長いのでエルと呼んでいます。ちょっとした経緯でわたしがこの子の主人という事になっています。エル、お父様達にご挨拶して」


「はい、マスター。初めまして。ワタシは魔宝石のアルドビジュエルです。スミナ様のしもべとして仕えております」


「魔宝石!!本当に存在したのか。というか、また遺跡に潜ったのか?」


「エルちゃん初めまして。スミナと仲良くしてあげてね」


 両親は異なった反応をする。


「お父様、約束を破ってごめんなさい。ただ、わたしは助けを求める声が聞こえて、それがエルの声だったんです。何百年も孤独に耐えて助けてくれる人を待ってたんです」


「そうなのか。まあ、もう過ぎた事だし、2人が無事ならよかろう」


「ダグザ様、私が付いていながら危険な目に合わせてしまい申し訳ございません」


「メイルはいいのよ。この子達に逆らえないんだから。大変だったでしょ、色々と」


「はい、大変でした。いえ、そうではなく、問題はありましたが、お嬢様達が難無くこなしていたので、大変ではありませんでした」


 メイルの複雑な心情をスミナは申し訳なさそうに思う。


「パパ、ママ、騙されちゃダメだよ。エルちゃんはお姉ちゃんに甘えてるだけの子供なんだから。色々我儘言ってお姉ちゃんを困らせてるんだよ」


「その発言は間違っています。ワタシはマスターの安全を守る為にマスターに提案しているだけです。マスターの判断に従いますし、マスターを困らせる事はありません」


「2人はずっとこんな感じで度々喧嘩するの。アリナはエルがわたしにべったりなのが嫌みたい」


「そうじゃないって。エルちゃんお姉ちゃんと一緒のベッドで寝たりしてるんだよ」


「いいじゃないの、小さな子なんだから」


 ハーラはエルの事を人間の子供のように思っているようだ。スミナはエルが問題無く屋敷で迎えられてひとまず安心していた。

 3週間ぐらいの試験の為の旅だったが、帰ってみると双子は凄い久しぶりに帰ってきた気がしていた。そして外の世界を見て来たからか、肉体的には成長していなくても、屋敷の色々な物が思ったより小さく見えた。


「久しぶりに2人きりだね、お姉ちゃん」


 帰宅から数日後、アリナが2人きりで話がしたいと言ってきたのでエルを部屋に置いて双子は散歩していた。町を散策した後、誰もいない昼間の平原をゆっくりと歩いている。


「なんか懐かしいね。思ったより町もここも狭く感じる」


「分かる。ここら辺をいつも駆けまわってて、世界は広いなって思ってた。でも、今思うとこの程度の広さで満足してたんだなって」


 双子は王都への旅を経て、世界の広さや様々な新しい物に触れ、今まで生きて来た世界の狭さを実感していた。


「本で読んで分かった気がしてたけど、実際に見て触れると違うのが分かった。だから、合格して、王都で生活出来るのが楽しみ」


「そうだよね。あたしも楽しみだよ」


 スミナはアリナの様子がおかしいとようやく気付く。


「アリナ、どうかしたの?2人きりで話がしたいって何か気になる事があるの?」


「うん……。

本当はもっと早くから気付いてたんだけど、入試に影響するかもって黙ってた。今も言うべきか悩んでる」


「2人だけの転生者なんだから、隠し事は無しにしよ。いいよ、どんな内容でも受け入れるから」


 スミナはアリナの様子から気を引き締める。


「お姉ちゃん、あたし達は王都へ行かない方がいいかもしれない。合格しても辞退した方が」


「どうして?あんなに2人で頑張ったのに?」


「あたしだって戦技学校にお姉ちゃんと通いたいと思ってた。でも、あそこには何か危険なものがある。近寄らなければ、関わらなければ大丈夫なの」


 アリナの危険を察知する祝福が何かを感じたのだとスミナは理解した。


「それって、あの学校に何か危険があるの?」


「ううん、感じたのは学校からじゃない。お城の方からだった。でも、テストの最中に得体のしれない何かも感じた。正体を隠してるのか、それがどこから感じられたのか分からなかったけど」


「わたしの為にそれを黙っていたんだ」


 スミナはテスト中に危険を感じたアリナに申し訳ない気持ちになる。


「でも、危険ならまた2人で対処すればいいんじゃない?今までだってそうして来たんだし」


「そうだけど、そうじゃないの。あたしにもよく分からない。でも凄い不安なの」


「大丈夫。絶対なんとかなるから」


 泣きそうな顔のアリナをスミナは優しく抱き締めた。王都には本当に危険な存在がいるのかもしれない。でも、それを理由に今までしてきたことを無駄にしたくなかった。


「合格したらそれが何か確かめよう。もし、本当に危険なものだったら、2人で逃げたっていい。わたし達にはその力があるでしょ」


「うん、そうだねお姉ちゃん。少しだけ安心した」


 アリナがいつもの可愛い笑顔を見せる。たった一人だけの同じ転生者で、双子の妹。この子は絶対に守るとスミナは決意した。


 合格発表が来るまでは双子は暇を持て余していた。今更冒険ごっこをする気にもなれず、日々の鍛錬は日課にしたものの、その他は比較的ダラダラと過ごしていた。今までは本を読んだり、道具の記憶を見たりして暇など無かったスミナだが、そうした気力も無くなり、エルを連れて日光浴を兼ねた散歩をしていた。エルにとってこれが食事なので、ペットの散歩みたいなものだなとスミナは思っている。


「これは何ですか?」


 今日はエルとスミナで屋敷の外にある牧場に来ていて、エルがその中の羊に興味を示した。牧場は領主のついででやっているような小さなもので、羊と牛と馬を数匹ずつ飼育している。


「これは羊だよ。可愛いでしょ」


「これが羊ですか。なるほど。それで、カワイイとはどういった感情なのでしょうか」


 エルは可愛いが分からないようだ。


「えーと、どう言えばいいんだろう。親が子供を守りたくなる気持ちとか、見ていて気持ちが安らぐとかかなあ。わたしはエルのことを可愛いと思ってるよ」


「ワタシはカワイイ。この羊もカワイイ」


 エルは考えながら羊を追って観察する。大人しい羊なので嫌がらずに自然体で草を食べていた。


「何となく分かりました。この羊は弱く、守られなければ死んでしまう。だから守りたくなる。カワイイ」


「うん、そんな感じでいいと思う。まあ、単純に容姿が整っているのを可愛いともいうけどね」


 スミナがそんな話をしていると、エルは何を思ったか右手を剣の形状に変化させた。


「ちょっと、エル!!何してるの!?」


「羊を処理しようと思いました。羊は毛が衣類などになり、肉は食料になると記録されています」


「駄目だよ殺したりしたら。可愛かったんじゃないの?」


「カワイイと思いました。あと、マスターの為に資源としての活用しようと思いました」


 エルは当たり前のように答える。スミナはエルに一般的な常識が無い事を思い出す。


「あのね、エル。動物はむやみに殺したら駄目なの。それに、可愛いと思うものは殺したら駄目」


「そうなのですか。では、この羊は観賞用に飼育しているという事でしょうか?」


「そうじゃないけど。必要に応じて毛を狩るし、最終的には食用にするかもしれない。でも、それは今じゃないし、きちんと考えて実行しないと駄目なの」


 スミナは言っていて、自分勝手な理屈だなと思った。あくまで人間が決めた常識であって、正しいものではないかもしれないと。


「難しいですね。ですが、マスターの言う通り理解出来るよう頑張ります。あと、先ほどカワイイものは殺したらダメと聞きました。もしカワイイと思うモンスターに出会ったら殺してはいけないのでしょうか?」


「それはモンスターだから殺さないと駄目だよ。うーん。わたしが言ったんだけど、見た目が可愛いかどうかは殺していいかの判断基準にしたら駄目かもしれない」


「そうですか。では、カワイイかどうかでは判断しないようにします」


 エルが理解したかどうか分からない回答をする。もう少し色々教えたら常識が身につくのかなあ、とスミナは悩む。後日、虫を可愛いと認識して連れて来たエルにアリナが叫ぶ事件が起こったのだった。


 そして受験から一ヶ月が経ち、結果発表の日となった。戦技学校の合格通知は魔法の封筒で各地の領主などに送られ、そこから町や村などへ郵便として送られる。双子は領主の娘なので、届いてすぐに確認出来る。父ダグザが双子の部屋に合格通知の封書を持って来て、双子は部屋で結果を確認する。


「やったー!!お姉ちゃん合格だよ!!」


 喜ぶアリナに対してスミナは複雑な表情をしていた。


「どうしたのお姉ちゃん?もしかしてダメだった?」


「ううん、わたしも合格だったよ。ただ……」


 スミナも当たり前のように合格の通知が入っていた。スミナが気になったのはその下の学科判定の欄だ。

 ギーン戦技学校には戦士科、魔法騎士科、魔法科、医療魔法科の4つの学科がある。双子は希望学科で2人とも魔法騎士科を選んでいた。合格通知の学科判定には各学科に対しての適応力の判定が記載され、最適が◎、適応有りが○、可能性有りが△、不向きが×で記載される。

 スミナの結果は戦士科:◎、魔法騎士科:○、魔法科:○、医療魔法科:◎だったのだ。スミナはアリナに判定を見せる。


「なんだ、魔法騎士科○貰ってるじゃん。あたしなんか◎は魔法騎士科だけで、戦士科なんて△だったよ」


 アリナの結果は戦士科:△、魔法騎士科:◎、魔法科:○、医療魔法科:〇だった。ちなみに◎と○に関しては希望すればその学科に入学出来て、△は人数的に余裕があれば入学可、という判定だ。


「でも、第1希望に魔法騎士科って書いたのに、○判定なのは……。アリナはちゃんと◎貰ってるのに」


「きっとお姉ちゃんが運動神経いいから戦士科に入って欲しかっただけだよ」


「そうかなあ」


 実際はアリナの言う通りなのだった。能力的には魔法騎士科も◎のスミナだが、戦士科は女性の希望者不足で困っていて、首席卒業のライトの妹であるスミナが入れば、女性人気が出る事を願ってこの結果を送っていた。医療魔法科に関しても全体的に人気が落ちていて、聖女であったハーラの娘であるスミナに入ってもらいたかったという理由があった。


「どうだった2人とも」


「勿論合格してたでしょ?」


 しばらくして両親も部屋に入ってくる。結果を見せると両親とも大喜びしてくれた。と同時にダグザは2人とも王都の寮生活になってしまうのを寂しがっていた。


「そうだ。2人には合格通知と共に校長からの緊急の手紙が届いていたんだ。2人とも何かしたんじゃないのか?」


 ダグザから手紙を渡され、スミナは色々と心当たりが思い浮かぶ。手紙の内容は緊急の呼び出しだった。それ以外は何も書いていない。


「お姉ちゃん、何が書いてあったの?」


「明後日魔法のゲートを通って王都に来てくれって。多分、アリナがやり過ぎたから色々聞かれるのかもしれない」


「えー、あたしのせい?」


「まあまあ、2人とも優秀だったから不正してないか確認したいのかもしれないわよ」


 ハーラはそう言うが、この間のアリナの話もあり、スミナは嫌な予感がしていた。


「しかし、ゲートを使うとは珍しい。よほど緊急でないと許可が出ないのだが」


 ダグザの言う通り、直接王都に移動出来るゲートは入り口と出口の両方で許可が無いと使えず、簡単に侵入される事から使用を禁止されていた。王の許可が下りて、その他魔法省関連の手続きが貰えてようやく使えるとスミナは記憶していた。


「とりあえず合格は貰えてるし、入学式の代表になって欲しいとか、そういう話かもしれない。お父様達の娘だし、お兄様も有名人だから」


「うん、そうだよね」


 スミナは適当に誤魔化し、アリナもそれに合わせた。両親が出ていった後、アリナが青い顔で言う。


「お姉ちゃん。やっぱり何かあるんだよ。行くのやめようよ」


「アリナ、確かにそうかもしれない。でも、何も知らずに断るのは違うと思う。ちゃんと確認して、それから決めよう」


「呼び出されたら戻れないかもしれないよ」


「大丈夫、わたしもアリナも強いから。でも、ちゃんと準備はしていこう」


 双子はただ学校から呼び出されたのとは違う覚悟で準備をするのだった。


 2日後の朝、魔法省の管理官という男の人が屋敷に来て、ゲートの入り口まで双子を案内する事になった。連れ添いは認められず、2人のみで来て欲しいという事だ。ゲート自体はアイル家の屋敷の中にあった。地下の閉ざされた扉の向こうにあり、鍵はダグザさえ持っておらず、魔法省が管理していた。が、双子は過去にスミナの祝福ギフトを使って扉の鍵を解除し、ゲートを見た事があった。ゲートの起動は流石にバレるのでしなかったが、そんなものが屋敷にあった事に驚いていた。


「ここから先はお2人以外の方はご遠慮下さい」


「2人とも、気を付けてな」


「何かあればライトを頼りなさい」


 両親が2人を見送る。特に荷物検査などは無く、双子は事前に準備した装備でゲートのある部屋へと移動した。


「10時になると対になるゲートが作動する筈です。それまでお待ちください」


 ゲートのある部屋で管理官が言う。ゲートは古代の技術らしく、複雑な紋様が彫られ、見知らぬ青色の材質で出来ていた。高さは3メートルぐらいで、アーチ状になっていて、中に扉は無く部屋の向こう側がそのまま見えた。某漫画のドアみたいにどこにでも移動出来る訳では無く、通じる先にゲートが必要だという。それでも王都まで馬車で1週間はかかるのでそれが一瞬で移動出来るのは凄い事だとスミナは思った。

 10時になったのか、管理官がゲートに対して何らかの魔力で操作をする。するとゲートが青く光り始め、やがてゲートの内側が白く光り始めた。


「ゲートが開通しました。順々にお通り下さい」


 管理官に言われてスミナが頷いて先にゲートを通る。白く光る部分に触れた瞬間、全身に魔力が走るのを感じた。そして次の瞬間には別の場所のゲートから出て来ていた。スミナのすぐ後にアリナもやって来る。本当に移動出来る事にスミナは少しだけ感動した。


「ようこそお出で下さいました。スミナ・アイル様とアリナ・アイル様で間違いないですね?」


「はい、そうです」


「うん」


 ゲートの先で待っていたのは双子の母ぐらいの年齢の管理官と思われる女性だった。


「わたくしは案内を担当します、ミーザ・ドフォンと申します。よろしくお願いします」


「はい、宜しくお願いします」


「よろしくー」


 アリナは相変わらず軽く受け答えする。どうやら案内する場所があるらしく、双子は素直にそれに従った。


「アリナ、どう?」


「まだよく分からない。この人は関係ないみたい」


 小声で確認したが、まだ危険は無いようだ。ゲートの部屋を出て階段を登るとそこは何かの研究施設のように見えた。魔導具や魔導機械が置かれた棚や机があり、資料が乱雑に置かれている。


「あの、ここはどこですか?」


「ここは魔導研究所の建物の一つです。王城にはゲートがありませんのでここに来て頂きました」


「王城?戦技学校に行くのではないんですか?」


「お2人をお連れするように言われたのは王城になります。そこである方がお待ちになっております。わたくしが話せるのはここまでです」


 ミーザは特に感情を見せずに話す。


「お姉ちゃん、嫌な予感がする」


「分かった。でも大丈夫だから」


 アリナは王城へ行く事に危険を感じているようだ。だが、スミナはここで止まるつもりは無かった。研究所の外に出ると、そこはワンドエリアのようで、近くに王城が見える場所だった。馬車に案内され、馬車でそのまま王城への道を進んでいく。アリナの表情はどんどん暗くなっていった。

 ワンドエリアと王城エリアを繋ぐ堀の上にある橋を渡り、王城エリアの周りを囲む高い塀にある門に差し掛かる。ここでも双子の取り調べは無く、そのまま王城エリアに入った。馬車は王城の正面には行かず、城の北西にある入り口の一つの前で止まった。


「ではお降り下さい。城の中を案内いたします」


「はい」


 ミーザに連れられ城の入り口に向かう。入り口には警備の騎士がいたが、ミーザが何かを話すと特に止められずそのまま中に入れた。荷物検査をされる事を考えていたが、武器も防具も道具も取り上げられずに城の中に入れてしまった。スミナは少し安心したが、アリナはそうでも無いようだった。

 大きく立派なお城だったが、双子は心配事があり、ゆっくりと眺める余裕は無かった。スミナは逃げる事も考え、なんとか帰り道を忘れないように景色を頭に入れながら進んでいた。ミーザに案内される方向は城の上部へではなく、どんどん下へと向かっていた。恐らく地下に目的の場所があるのだろう。城の地下通路はまるで迷路だった。スミナも途中で覚えるのを諦めた。上に上がれば逃げられるだろうと思ったのもある。


「こちらの扉の先にお進みください。わたくしはここまでになります」


「はい。ありがとうございました」


 地下の大きな扉の前でミーザと別れる。短い期間だったが、この人は悪い人じゃなさそうな気がスミナはしていた。扉を開けると、まだ廊下が続いていた。アリナがスミナの服の裾を掴む。


「お姉ちゃん、この先は危ない」


「じゃあ、ここがアリナが言ってた場所なんだね」


「まだ引き返せるよ」


「ううん、ここまで来たんだし引き返したら駄目だと思う。警戒はして進もう」


 スミナはアリナを引き連れて薄暗い廊下を進んだ。石壁で出来たジメジメとした長い廊下。魔法の灯りが灯っているが、それも心なしか暗く感じる。スミナも先にある重圧感のようなものを感じていた。そして、廊下は金の模様が入った扉で行き止まりになっていた。

 スミナはアリナの顔を見てお互い頷くと扉を開く。そこは予想していたのと違い、綺麗な絨毯が引いてあり、天井から豪華な灯りが吊るされている綺麗な広間だった。家具や机などが無いのでダンスホールのようにも見える。その広間の中央に3つだけ椅子があり、その1つの椅子に1人の女性が座っていた。女性は双子が入ってきたのに気付いて立ち上がり近付いて来た。


「遠方からお越しいただきありがとうございます。貴方達を呼んだのは私、アスイ・ノルナです。お話がありますので、まずは椅子に座って下さい」


 アスイと名乗った女性は20代後半ぐらいに見え、その口調は優しく感じられた。スミナはもっと化け物みたいなものが居ると思っていたので少し拍子抜けした。が、横のアリナの緊張が解けてないのを見て、この人物が危険なのだと思い直す。スミナはアスイをどこかで見た事がある気がしたが、すぐには思い出せなかった。

 案内されるままにアスイの椅子と向かい合わせになった椅子に座る双子。何を聞かされるのかと2人はアスイを見つめる。


「まず最初に言っておきます。私は嘘をつかないし、隠し事はしません。質問は答えられるものであれば全て答えますので気になる事があったらすぐに言って下さい。

まずはお互い自己紹介としましょう。先ほども名乗りましたが、私はアスイ・ノルナ。転生前の日本での名前は徳間翠とくますいでした。30年前に転生し、いわばあなた方の先輩にあたります」


 アスイが言った内容に双子は衝撃を受ける。しかし、嘘をついていて、こちらの情報を引き出そうとしている可能性を考え、スミナはアリナが喋る前に探りを入れる事にした。


「とりあえず名前だけは名乗っておきます。わたしはスミナ・アイルです。こちらは妹のアリナ。

それで、転生って何ですか?言っている事がよく分かりませんが」


「そんなに疑わなくても大丈夫ですよ。私は貴方達を騙そうとしている訳でも調査しようとしている訳でも無いですから。

では、まずはこの世界における転生者について私が知っている事を教えましょう。私達以前にもこの世界に転生者は存在していました。ですが、転生者が生まれるタイミングは様々で、短くて100年間隔で生まれたり、数百年生まれない事もあったと記録されています。まあ、転生者が全員そう名乗ったかは分からないのでこの記録も正しくない可能性もありますが。

ただ、転生者が生まれる条件というものはあります。転生者はこの世界が危機に陥った時に生まれるのです」


 アスイが話す内容に双子は聞き入る。自分達が知らない転生者の事を話すのでまるで本当の事のように思えてしまう。


「そして、この世界に転生してくるのは、地球の日本に住んでいた人だと思われます。転生者が名付けた武器や道具の名称が日本人のオタクになじみ深い物が多いので、私はそう結論付けました。貴方達も既に見つけたりしたんじゃないですか?」


 スミナは沈黙するが、魔導具のレーヴァテインはそれに該当していた。


「この世界に転生してくる人の条件があると私は考えています。一つは日本に住んでいてファンタジー世界の知識がある事、もう一つは現実世界に強い恨みを持って死んだ事。私も現実ではIT会社で働いていて、オタク趣味をしていましたが、仕事のストレスで病気になって20代で急死しました。

恐らくですが、死んだ時期とこの世界の時間は特にシンクロしておらず、どの時代に生まれるかは神のみぞ知るのだと思います」


 アスイの話す内容に嘘があるとしても、この世界に住む人が知らない知識が含まれているのは確かだった。スミナはまだ自分の事を明かさずに質問してみる事にする。


「仮に、わたし達がその転生者だとしましょう。でもそうだとしたら今アスイさんが話した内容と齟齬があるんじゃないですか?今の世界は平和だし、短くて100年間隔で生まれる筈が、アスイさんが生まれてから30年しか経ってない。しかもわたし達は双子ですし」


「その通りです。スミナさんの飲み込みが早くて助かります。それだけ今回は危険な状態だという事です。

30年前、私はこの世界を救う為に転生しました。10歳の時に現実世界の知識が戻り、私は世界の危機を回避出来るように努力しました。頑張って14歳の時に戦争を終わらせ見せかけの平和は取り戻せました。でも見せかけです。だから翌年に貴方達が生まれたのでしょう。

転生者にはこの世界の危機を救う使命があります。自分達が理想的な家庭に生まれたと感じませんか?他の人に比べて危険な目に遭って来ませんでしたか?他の人が見つけられなかった特別な武器や道具を見つけたりしませんでしたか?」


「お姉ちゃん、この人あたし達を騙そうとしてる。戦争はあたし達が生まれるもっと前に終わってるし、みんな平和に暮らしてるよ」


「うん。わたし達が生まれたのは魔導歴の1230年。お父様が活躍した魔族大戦が終わったのはその10年前の1220年。その時魔王が倒されて、この世界は平和になった筈」


 スミナは覚えている歴史について話す。スミナは今まで会った人達がその歴史と異なる事を話しているのを聞いた事は無かった。


「魔族大戦については歴史の通り合っています。私が子供の時はまだ戦争中で、大変な時代でした。戦争が終わり、そこから数年はこの国は復興の為にみんな努力をしていました。ですが、その裏で争いは起こっていたのです。

見てもらった方が理解が早いでしょう。これが、この国の本当の姿です」


 アスイが魔法を唱え、空中にモニターのように映像を出す。それはドローンで撮影するような空からこの王城を撮っている映像だった。映像はどんどん上空に上がり、城が小さくなり王都の他のエリアも入ってくる。王都の形が地図で見たのと同じ形になり、やがて街道沿いに他の町や村、山や森も映る。更に上空からの映像になり、自分達の住んでいるノーザ地方や、他の地方も地図のように映像に入った。と、王都からある程度離れた場所で不思議な境界が見える。それは王都を中心に円を描くように広がっていた。円の周りは薄汚れていて、映像だとぼやけて何があるか分からない。


「王都の周りを魔法城壁が張ってあるのは知っていますよね。私はそれと似た事をこの国にしました。魔法城壁では突破されてしまうので、古代の魔導技術を調べ、魔導結界という結界を王都を中心に張ったのです。空気や水のような自然物以外は通さない、どんな攻撃も魔法も防ぐ結界です。今度は拡大して結界の外がどうなっているか見せましょう」


 再び映像が地面へと近付いていく。今度は焦点を円の頂点である北の部分に合わせて拡大していく。地理的にはちょうど双子の家があるノーザ地方の更に北だった。そこには山岳地帯があり、その少し先が境界の部分だ。拡大されるにつれ、境界の周りのぼやけた部分が何か分かった。そこには砦のような建物や小さな小屋が集まり、投石機や大型の弓のような兵器が並んでいた。更に拡大されるとゴブリンやオーク、無数のモンスターの姿が見える。見た事のないモンスターばかりで、それらは武器や魔法で代わる代わる結界を攻撃していた。映像の通りなら結界がモンスターの進攻を防いでいるのは確かなようだ。


「今この国は魔導結界で守られているのです。モンスターが少ない平和な世界になっている理由がこれです。私が人間を守る為に出来たのはそこまででした」


 国を囲む円状の結界を自分が張ったとアスイは言った。


「流石に信じられません。そんな話誰にも聞いた事が無いし、それでは他国との貿易が出来てない事になります」


「出来ていませんよ、貿易は。他国の物を見たり、食べたりした事があるとしても、それは結界が出来る以前にこの国に入ったものや、王都で加工した食品などです。誰か別の国からの旅人に会った事はないですよね。

転生してきて不思議に思った事はありませんか?この世界にはエルフやドワーフのような亜人がいる筈なのに会った事が無いと。ゴブリンやオークのような知恵のある人型モンスターを見かけないと」


 アスイの言う事にスミナは心当たりがあった。が、自分の周りにいないだけで、世界のどこかにいるのだろう程度にとどめてしまっていた。


「知識マウント取って適当なこと言ってるんでしょ。そんな事言ったって騙されないんだから」


「質問なら何でも答えますよ。

では分かりやすく、まず魔族大戦後の世界について話ておきましょう。

魔王という名前が分かり辛い理由だと思います。魔王といっても魔族を纏めていた王という以上の意味は無いんです。確かに魔王が魔族を先導して人間達と戦争をしていましたが、魔王は魔族の中でカリスマがあっただけで、1人で大軍と戦える強さがあった訳ではありません。

だから、魔王を倒したというのは人間の王を倒したのと同意です。魔族は普通に残っていますし、混乱はしても彼らは彼らの生活をするでしょう。戦争は一時的に終わっても、それでハッピーエンドでは無かったんです」


 アスイの言う通りだとスミナは思ってしまった。ゲームだったら魔王を倒してその絶大な力が無くなって平和になる。だけど、本当は魔族を全て滅ぼしでもしなければ脅威は無くならないのだ。


「戦争後の魔族は狡猾でした。彼らはエルフやドワーフ、他の亜人や知恵のあるモンスターに近寄り、人間達が次に標的にするのはお前達だと言ったのです。そして、人間を滅ぼすなら弱っている今しかないと協力を仰ぎました。確かに人間に驕りが無かったとは言いません。ですが亜人やモンスターが魔族に騙されているのは確かです。

こうして人間対魔族だった戦争は人間対魔族連合に変わりました」


「そんな記録は見た事も聞いた事もありません」


「今生き残っている人達の殆どは知らないでしょう。一部の人の記憶に関しては魔法で記憶操作もしました。ですが、貴方達の両親は知っている筈です。勿論口外しないでしょうが。それに戦争について知っていても、結界について知っている人は更に限られます。あくまで戦争は終わり、平和になったということになっていますので」


 そんな事が本当に可能なのかとスミナは考える。そして今まで見て来た魔法や魔導技術を考えると不可能では無いとスミナは思ってしまった。


「貴方達が通ってきたゲートも以前は他国に跨り、使用制限ももっと緩やかでした。ですが、現在は魔導結界を張ったのでゲートは厳重に管理されています」


「そうだ、それなら他の国はどうなったの?地図で色んな国があるのを見たよ」


「分かりません。ですが、無事では無いでしょう。結界の外の人間が滅んでいるとは思いませんが、以前と同じ生活を出来ているとも思えません」


「じゃあ貴方は他国を切り捨てて、この国だけを守ったっていうのですか」


「その通りです。私にはその程度の力しかなかったのです。私がもっと強く、賢ければ違う結果になっていたかもしれません。

私の祝福ギフトについても話しておきましょう。知っていると思いますが、転生者には基本的な魔法と技術の他に二つ特別な祝福が与えられます。私の祝福は魔力を持った道具や倒した敵の能力を取り込める能力と、相手の次の動きを予測する能力です。強い能力だとは思っているのですが、戦争の時の私にはまだ使いこなせていませんでした」


 アスイは手の内を全て明かす。


「もしそれが本当だとしたら、なんでそこまでわたし達に話すんですか?貴方にとって得だとは思えませんが」


「本当の事を言わなければ信じて貰えないと思っているからです」


 ここまで言って嘘をついているとはスミナは思えなかった。だからスミナは覚悟を決める。


「貴方の事を信じられるか確かめさせて下さい。貴方が戦争の時に持っていた道具か武器は今持ってますか?」


「お姉ちゃん!!」


「大丈夫、わたしを信じて」


「戦争の時ですか。この短剣は両親からもらった物で、子供の時から肌身離さず持っています。これをどうすればいいですか?」


「少しの間貸して下さい」


「分かりました、どうぞ」


 アスイから短剣を受け取るスミナ。アリナはいつでも動けるように2人を見守っている。短剣を受け取り、立ったままその記憶をスミナは読み取った。その記憶の海にスミナは飲み込まれていった。


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