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7.最後の言葉

 アリナは魔族連合の幹部と会う日になり、その前に思い出したくない最後の記憶を胸に刻んでおく事にした。



 野外訓練の後、アリナにとってドシンの死は辛くはあったが、それよりもレオラの罠や竜神に手も足も出なかった事が辛かった。自分が姉のスミナと比べて取るに足らない存在なのかと思い始めていた。

 アリナはそれでもスミナがショックを受けているのを感じ取り、スミナの為に自分の辛さを隠し続けた。アリナにとってスミナだけが心の支えであり、それを失う事は耐えられない。


 ドシンの葬儀の為に実家に戻り、その道中で双子はガリサとレモネとソシラに転生者である事を打ち明けた。もしかしたらこの事がドシンを失ったガリサを暴走させる決定打だったのかもしれない。しかし、これだけの事があると親友に隠しておくのはもう限界だった。

 双子達の屋敷に泊まったレモネとソシラは双子と共に竜神と戦う為の作戦を立てたりもした。勿論現実はそんなに甘く無く、その後の再戦時に無駄な足掻きだと思い知らされる事になる。ただ、この時のアリナは竜神に勝てるなら何でもしたい気持ちだった。


 そして野外訓練の事件も冷めやらぬうちに、スミナが神機しんきと思われる反応を察知する。双子達はアスイと、仲間となる強力なメンバーを集めて挑む事になった。この時アリナが訓練で同じパーティーだったゴマルを紹介したように、スミナは同じパーティーだったルジイを連れてくる。


 アリナはルジイの事を勿論知っていたが、夏休み前までは少し魔法が出来る生徒の内の1人でしかなかった。それが夏休み後に凄いと噂になり、アリナは少し不思議に思っていた。

 アリナは実際にルジイに会ってみて、普通の大人しそうな少年にしか見えなかった。この年齢で急成長する生徒も珍しくないので、ルジイもその1人なのだと納得してしまった。

 もしアリナが夏休み前にルジイと接触していたならその変化に気付いたかもしれない。しかしそうはならず、ルジイが正体を現すまでその危険を察知する事は出来なかったのだ。


 大人数での神機の探索はアリナにとって久しぶりに自由に戦える戦闘だったし、周りのみんなの強さを再確認出来るいい機会だった。魔神ましんを見るのも戦うのも初めてで、その強さは確かに脅威だったが、竜神ほどでは無かった。


 遺跡を調査し、みんなの協力でスミナは神機を手に入れる。が、ここに来て竜神ホムラにその神機を奪われたのだ。

 双子はエルとレモネとソシラの5人でホムラに対して考えた作戦で戦う。しかし竜神の弱点はとっくに克服されていて、アリナは再び敗北した。竜神の速度では危険察知の祝福ギフトも意味は無い事を思い知らされたのだ。

 アスイもオルトもホムラには手も足も出ず、普通の転生者や人間では相手にならなかった。


 最終的に何とかなったのはスミナと神機の力だった。それもホムラの飴玉を貰っての事なので、格が違うのは当たり前だった。ホムラとスミナの本気の戦いはアリナにとって絶望でしかなかった。自分が戦いだと思っていたものは子供の喧嘩だと言われたも同然だからだ。アリナは井の中の蛙だったとようやく理解した。



 そしてホムラはスミナを気に入り、学校にまで通うようになってしまった。アリナにとって地獄の日々が始まった。エルもホムラの監視役として生徒として学校に通うようになり、アリナはどんどんと置いて行かれる気がしていた。


 アリナにとって最悪だったのが、ホムラは人間では無いとしても、その性格が嫌いになれない事だった。好き勝手振る舞い、感情のままに行動し、かといって注意すれば純粋な子供のように反省したりする。学校でも人気者になり、全ての能力において敵う者はいなかった。


 アリナも好き勝手やっているつもりではあったが、前世から染み付いた処世術がブレーキになっていた。そんな中で見せられるホムラの行動は羨ましさしか感じられなかった。


 そんなある日、アリナはミアンと学校で2人で話す機会があった。


「アリナさん、ホムラさんが来てから大変じゃないですかぁ?」


「大変というか、もう何がなんだか分からないよ、もう。ミアンちゃんはホムラにお姉ちゃん取られて寂しいんじゃない?」


「ミアンは竜神様相手ではと諦めてます。それに竜神様もずっとここにはいないと思いますので、それまで待つつもりですよぉ」


 ミアンは笑顔でそう答える。


「そうかなあ。お姉ちゃんがお気に入りだからずっといるんじゃない?」


「ミアンはそうは思いません。竜神様も最初は人間社会での生活が面白いと感じているでしょうが、それも長く続かないでしょう。それに加えてスミナさんが竜神様を選ばないと思うので、その時が来たら去ってしまうと思います」


 アリナはミアンのその言葉が本当なのではと思ってしまった。そして自分がミアンほどスミナの事を信じられていないと気付き恥ずかしくなったのだった。


 ホムラが学校に通うようになって様々な問題も起きたが、それも落ち着いてきた。そんな頃に発生したのが魔導要塞対策だった。海に沈んだと思われた魔導要塞が発見され、魔導要塞が王都へ向かって進んでいる事が分かったのだ。


 最初はアスイ達王国の騎士だけで対策してもらおうと双子は考えていた。だが、ホムラから魔導要塞に魔導炉が積んである事を聞き、スミナなら魔導要塞を止める事が出来ると双子も志願する事になった。


 結果として魔導要塞の奪取は失敗したが、魔導炉の爆発に王都が巻き込まれるのを避ける事が出来た。ただ、それはアスイの昔からの仲間であるミーザの犠牲があってのものだった。アリナは罠の回避と戦闘でしか活躍出来ず、魔導要塞を止められたのはスミナの頑張りが殆どだった。それでもスミナはミーザが死んだ事に深く責任を感じていた。


 王都に戻った後、スミナは1人で強くなる為に学校をしばらく休む事を決意していた。アリナは自分がスミナの力になれない事が悔しかった。そしてアリナにも決断の時が来ていた。

 スミナは学校を休んでいる間になりふり構わずに強くなる方法を探り、実際に強くなるだろうとアリナは思っていた。既にスミナには神機という最終手段もあり、スミナは自分の犠牲をいとわず必要なら神機を使うだろう。


 アリナはスミナにばかり無理をさせてはいけないと思うが、自分が強くなるのには限界が来ていた。日々の鍛錬や戦い方の模索はしていても、大幅に強くなったりはしない。オルトに再び指導して貰ったとしても、同様だろう。

 アリナはゲームでいうところのレベル上げで強くなれる限界に来ていると思っていた。このままどう頑張ろうとホムラには絶対に届かない。


 アリナには神機は無く、神機を使いこなせるとも思えなかった。新しい魔導具を手に入れたとしても強化出来る部分はそれほどない。そんなアリナに残された最後の手段がレオラから貰った闇術鎧ダルア闇術書ダルブだった。

 レオラは生きているかどうかすら今は分からず、ダルアとダルブを使う事がどれだけ危険かも分からない。レオラが言っていたのが出まかせで、単に呪われた道具かもしれない。


 アリナはスミナが居なくなった寮の部屋で悩み続けた。それがただの魔導書や魔導具だったら躊躇せずにアリナは使っていただろう。しかし魔族が作った物だと考えれば絶対に使うべきではない。


 そんな時、“ドンドンッ”と寮の部屋の扉が叩かれた。


「どうぞ。開いてるよ」


 アリナは扉を開けに行く気力も無く答える。部屋に来るとしたらレモネかソシラぐらいなので適当な返事でも問題無い。


「邪魔するぞ」


 しかし入ってきたのは予想外のホムラだった。


「お姉ちゃんもいないのにホムラが来るなんて珍しいね」


「お主が最近悩んでるのを見かけてな。スミナもいない事だし少し話し相手になってやろうと思ったのじゃ」


 ホムラから出た言葉は意外なものだった。アリナは追い返そうかとも思ったが、何となく話してみる事にした。


「ホムラにとってあたしはどう見える?あ、お姉ちゃんの妹っていうのは無しで」


「アリナがどう見えるかか?そうじゃな、負けず嫌いの転生者ってところか。まあわらわにとってはみな若造じゃがな」


「じゃあ、今まで見てきた人間の中での強い方?」


 アリナはホムラに質問を続ける。今のアリナは自分の存在価値が分からなくなっていた。


「自分の強さが気になるのか?まあ、確かに人間としては強い方じゃな。じゃが、アスイに比べたらまだまだじゃ。あやつはお主が思っているよりもずっと強いぞ。

もしや、わらわや神機を使ったスミナに並びたいとでも思っておるのか?やめておけ。人の枠組みを出ても碌な事にはならんからな」


「でもホムラはお姉ちゃんを認めてるし、心配してるじゃん。ホムラならお姉ちゃんの神機を取り上げる事だって出来るのに」


「わらわとてスミナに神機を使って欲しく無いとは思っておる。じゃが、スミナが必要と感じた時にスミナなら使いこなせるとも思っとる。スミナは我欲の為に神機を使ったり、暴走したりはせぬ。だからこそスミナの好きにさせるのが一番だと思っておるのじゃ」


 アリナはホムラの言っている事はホムラの身勝手だと思った。そして自分が力を持ったらスミナのようには使いこなせないと言われている気もした。


「アリナが悩んでおるのはその隠し持っておる魔族の力か?悩むのなら実際に使ってみればよいではないか。力自体には善も悪も無く、肝心なのは使う者の覚悟だけじゃ。

まあ、わらわは今のアリナではその力を上手く使いこなせるとは思えんがな。そんなものより今までの経験を活かした方がいいぞ」


「な、なんで知ってるの?やっぱり竜神だから全て分かるの?」


 アリナは自分が持っている魔族の道具のことをホムラに指摘されて動揺する。


「わらわは全能では無いし、それがどういう経緯でお主の元に渡ったかは知らん。まあ下らん魔族のする事じゃ、大方の予想は出来るがな。

わらわにしてみれば道具の中に隠そうともそれぐらいは感知出来るのじゃ。普通の人間には分からぬから安心してよいぞ」


 ホムラが種明かしをする。アリナはこのおかげで道具自体が罠では無い事が分かったのは進展ではあった。


「人間の人生はわらわにしてみれば短いが、お主にとってはまだ先は長いじゃろ。何事も経験じゃ、色々試してみるのもいいとは思うぞ。失敗も糧に出来る者が真の勝利者になるのじゃからな」


「多分ホムラなりに励ましてくれてるんだよね。ありがと。一応感謝はしておく。まああたしはあたしなりにやってみるよ」


「それでよい。流石はスミナの妹じゃな」


 アリナは少しだけホムラの事を認めてもいいと思うようになった。



 ホムラから話を聞いた数日後の放課後、アリナは王都を抜け出し人目の無い森の中に来ていた。周囲には人も強力なモンスターもいない事を確認している。アリナはそこで初めてレオラから貰ったダルアとダルブをテーブルのような切り株の上に取り出した。やはり道具自体が邪悪な気配を出していて、見ていて気持ちいい物では無かった。


「確認するだけだから」


 アリナは自分にそう言い聞かせて比較的危険度が低い魔導書型のダルブを開いてみる。そこには大量の見た事の無い文字が書かれていた。恐らくデビルが使う文字なのだろう。文字は蛇のように鎌首をもたげアリナの瞳に飛び込んでくる。実際には文字が目に入っただけなのだが、危険を察知出来るアリナにはそのように見えていた。

 目から脳へと情報が入り、そのページに書かれていた呪闇術カダルの内容が頭に浮かぶ。それは人間を苦しめる為だけに生まれた術だった。アリナは吐き気を催し、急いでダルブを閉じる。転生者の力なのか、今見たページのカダルをアリナは使えるようになっていた。内容を理解すれば魔法を使用出来る魔導書と仕組み的には一緒なのだろう。


「どうしよう……」


 アリナは不快感と共に、今まで持っていなかった力が自分の中に宿った力強さも感じていた。ホムラの言う通り力は使うもの次第で、使わなければ問題無いのかもしれない。アリナは力への渇望と好奇心に負け、再びダルブを開いてページをめくっていった。


 ダルブに載っているカダルはあくまで人間が使える物だけで、デビルの身体が無ければ使えない物は載っていなかった。それでもその種類は多岐に渡り、デビルの人間に対する憎悪のようなものがひしひしと感じられた。

 カダルの内容は人の肉体を腐敗させる技や人の精神を支配する技、人や動物を異形化させる技に人の病気の進行を早める技など呪いに近い技が多かった。魔力が豊富なアリナであれば、これらを使いこなし、人間相手なら無双出来るかもしれない。


(やっぱりあたしが使うべきものじゃない)


 ダルブを一通り確認したアリナはその結論に至った。人間以外相手に使える物は少なく、その技もアリナが普段の戦いで行っている攻撃と大差無いからだ。ただ、ダルブを読んだ事は無駄では無かった。デビルがダルブを使って来た時に記憶を頼りにある程度対処出来るようになったからだ。


(ホムラの言う通りだったかも)


 レオラは貴重なダルブを渡す事でアリナが自分側になびくと思ったかもしれないが、アリナはあくまで人間側でその情報を役立てようと思った。レオラが生きているならきっと後悔するだろう。


「あとはこれかあ」


 アリナは腕輪型のダルアを眺める。ダルブを読んだ事でダルアの危険度がより増して感じられるようになった。力自体に善悪は無いとホムラは言ったが、このダルアは明らかに悪であるとアリナは断言出来た。

 ただ、もしかしたら今後スミナを救う為に力が必要になる時が来るかもしれない。その為には本当にダルアが使える物なのか確認はしておきたかった。


「やるしかないか」


 アリナは覚悟を決め、いつもの魔導鎧の腕輪を外し、ダルアの腕輪を身に着ける。その瞬間、全身に寒気がして、体内に流れる血が全て凍ったような気持ちになった。そして腕輪を着けた箇所から根っこのようなものが身体に根を張っていくのが分かる。


(マズい!!)


 アリナは急いでダルアを外して投げ捨てた。すると全身の力が抜け、地面に座り込んでしまう。アリナは恐ろしかった。自分の心が二つあったからだ。一つはとても汚らわしい物に全身を乗っ取られる感覚だ。そしてもう一つは身に着ければ凄まじい力が手に入るという魅力的な誘惑だった。

 ダルブを読んだからこそダルアの力の凄まじさが理解出来た。ダルアは神機と同等か、それ以上の力を秘め、周囲のエネルギーを吸い取る事が出来るので神機のように自分にリスクは無い。うまく戦えば竜神とすら互角に戦えるだろう。


(リスクが無いなんて嘘だ。この力を使ったら絶対に後悔する!!)


 アリナのもう一つの心が叫んでいた。魔族が何の考えも無くこんな強大な力を渡す筈が無いと。事実、アリナの危険察知の祝福はダルアを危険として認識していた。アリナは急いで魔導具のアンクレットにダルアとダルブを仕舞い込み、王都へ戻るのだった。二度とダルアを身に着けないと心に決めて。



(結局影響無かったのかな)


 砦の部屋にいるアリナは下着姿になり自分の身体を鏡に映してみる。最初にダルアを身に着けた時、ショートだった髪が長髪になり、全身に力が漲った感じがした。この部屋に来てからダルアは解除出来るし、腕輪を外しても違和感は無かった。髪だけは長くなったが、他の部分に変化は無いように見える。


(どうせだったら巨乳にでも変化すればよかったのに)


 アリナは相変わらず起伏の少ない自分の胸を見て思う。身長も低いままだし、身体に異物が出来たりはしていなかった。


(まだ何が隠されてるか分からないよね。そうじゃなかったらあたしは一生後悔する)


 アリナは忘れがたいスミナの死までの記憶を引き続き思い出していく。



 結局アリナはダルブで覚えたカダルもダルアも使わない事にした。スミナが帰って来るまで自分で出来る方法で鍛え、強敵との戦い方を考え、必死に強くなろうとした。

 戻って来たスミナは一回り大きくなったようにアリナは感じた。アリナは姉を誇らしく思うと共に自分のどうしようもなさを強く感じてしまった。ただ、魔族の力に頼らなくて良かったとは思った。


 アリナはスミナがガリサのお見舞いに行ってから元気が無いのもあってみんなで牧場に行く事を提案した。これは本当にたまたまで、まさか牧場で事件に巻き込まれるとは思っていなかった。


 牧場でモンスターの大群に襲われたアリナはそのモンスターがカダルによって変化させられた動物だと気付く。だが、その事を指摘すると知識の元を怪しまれるのでアリナは通常のモンスターとして対応した。

 ホムラがカダルによるものだと指摘し、ようやく異形化した動物を解呪する方向で話が進む。ただ、解呪についても術者を的確に狙うとアリナは怪しまれると思い、スミナに任せてしまった。

 その結果、変化した人間を倒そうとしたスミナを止めたのはホムラで、またもやホムラの株が上がる結果になってしまった。アリナは折角知識を得たのにそれを有効に使えなかった。


 騒動の後、牧場でトミヤと出会った時、アリナはトミヤに微かな危険を察知していた。しかし、トミヤは正常で、カダルで魔族に操られている訳では無かった。もし操られていたならその後の問題はアリナによって阻止出来ていただろう。なのでこの時のアリナはトミヤがホムラを見て警戒しているという結論を出していた。


 牧場の事件から数日後に今度はアスイからの連絡が来る。アスイの依頼で王都での襲撃を企てている犯人を捕まえる作戦に双子達は参加する事になった。アリナはカダルの知識から近くに魔族が潜んでいるのは確実だと分かっていたが、それは伝えずにアスイの計画に乗る事にした。どちらにしろ自分で対応すれば問題無いと思っていた。

 部隊分けでアリナはルジイとゴマルと組まされて少し不満を感じた。だが、この2人なら後を任せて自由に動けるとも思っていた。


 アリナはスミナの部隊とアスイの部隊と分かれ、裏町を倉庫へと進んで行った。ルジイもゴマルも優秀で、3人は怪しまれる事も無く倉庫の近くまで来る。


「アリナさん、何か変です。倉庫までの道に怪しい人物が誰もいませんでした。罠じゃないでしょうか?」


 ルジイがアリナに罠では無いかと告げてくる。アリナとしては確実に倉庫の危険度が低く、あえて招き入れているのは分かっていた。


「そうかもしれないね。ルジイ君、敵に見つからないように魔法で周囲の調査とか出来る?」


「任せて下さい」


 ルジイが魔法を唱え始める。その技術はアリナから見ても異常で、天才魔術師と呼ばれているのが良く分かった。アリナはルジイを疑い始めてはいたが、ルジイに危険を察知した事は一度も感じた事は無く、問題無いと思ってしまっていた。


「アリナさん、何か来ます!!」


 ルジイが探知の魔法で敵を捉える。それと同時にアリナは周囲に敵が急に現れ、更に危険な存在が裏町から離れたホテルの方にいるのが分かった。


「ゴマルも注意して」


「了解した」


 アリナとゴマルとルジイは戦闘態勢に入る。するとそこにはどこから現れたのかデビルと異形化した動物のモンスターが出て来ていた。アリナは瞬時にデビルとの戦闘に移る。


「ゴマルはルジイ君を守って。ルジイ君は動物の解呪を」


「了解」


「分かりました」


 アリナはデビルを倒しつつ2人に指示を出す。ルジイの魔法は効果的で、一気に周囲の動物達を解呪していた。


「ルジイ君、異形化の術者はどっちに居る?」


「恐らくあのホテルに居ると思います」


「うん、あたしの察知と一緒だ。悪いけどあたしは敵のボスを倒してくる。2人は倉庫には入らず周囲の異形化した動物を解呪しつつ町の人を守ってもらっていい?」


「了解です、任せて下さい」


「分かりました。アリナさん、お気を付けて」


 アリナはこうして2人を置いてカダルを使っているデビルのボスを倒しに向かった。


 アリナがホテルの方を目指して移動すると、同じ方向にスミナも進んでいるのが感覚で分かる。アリナは進路を少し変えてスミナと合流する事にした。お互いに調整したのか、2人はすぐに合流する。

 スミナも敵の罠に気付いており、アリナは2人でデビルを倒して終わりになるかと思っていた。だが、スミナは何かに気付いたようで、アリナにボスを任せて倉庫へと向かってしまった。アリナは倉庫の様子が気になるので急いでホテルにいるであろうデビルのボスを倒しに行く。


「そこまでだよ。観念しなさい」


 アリナはホテルの屋上に近い階の窓を破壊し、デビルがいる部屋へと侵入した。そこに居たデビルは緑色をした痩せて背の高い蛇のようなデビルだった。


「もう嗅ぎ付けられたか。だが、ここに来たには失敗だったな」


 デビルの周りには沢山の容器があり、その中には爬虫類や両生類などの動物が入っていた。そしてそれらはデビルのカダルでどんどんと巨大化して異形の形に変化していく。しかしアリナはそれを止める術を知っていた。アリナは魔法でデビルのカダルの流れを遮断して変化を止める。これはカダルの仕組みを理解していないと出来ない技術だった。


「なんだと?まさか、キサマがレオラがナカマにしようとした転生者か。

待ってくれ、だったら話は変わる。これからの事を話そうじゃないか」


 緑のデビルは戦闘が苦手なのか、急にアリナに友好的な態度を取る。


「残念だけどあたしは魔族の敵だよ。倒す前に一つだけ聞かせて。レオラは生きてるの?」


「なんだ、レオラからの刺客じゃ無かったのか。ああ、ヤツは生きている。が、今は前回の失敗から前線から外されたがな。

なあ、オレはいい情報を持ってる。取引をしようじゃないか」


「ごめんね、そんな時間は無いの。死んで」


 アリナは必要な情報を得たので相手の言葉に惑わされずに1撃でトドメを刺した。そして急いで倉庫へと向かう。



 もしここでこのデビルの話を聞いていたら異界災害は起こらなかった可能性もある。しかしその場合は倉庫での顛末も変わる可能性もあり、そんな事を考えても無意味だとアリナは思った。



 アリナが倉庫に到着した時、メイルとナナルがトミヤの人質に取られていた。アリナが乱入した事で隙が生まれ、人質を助けてトミヤを倒す事が出来た。トミヤが最後に使ったのはデビルの作ったダルグだった。

 アリナはそれを見て自分もダルアを使っていたらトミヤと同じく元に戻れなくなったかもしれないと思った。だからアリナはダルアを使う事をこれまで以上に拒絶するようになっていた。



 そして裏町での事件の翌日に異界災害が発生してしまう。あの大騒ぎの裏で失踪事件が起こり、ガリサが生贄を用いて異界災害を発生させたのだ。アリナもスミナもガリサの兆候を発見する事が出来なかった。特にアリナはガリサが異界災害の本に手を伸ばした事を知っていたので、お見舞いに行くべきだったと今になって後悔する事になった。


 もしミアンが聖女としての役割を務め、封印兵器こと聖なる槍を使えていたのならあの結末にはならなかっただろう。だが、それも覆らないし、アリナはミアンを責める気持ちは無かった。なぜなら自分もミアンと同じく持たざる者だと分かってしまったからだ。だからこそアリナは聖なる槍さえも使えるスミナを誇りに思い、自分が死んでも守ってやるつもりだった。



 だが、アリナは選ばれたメンバーで異界災害に突入した時、思ったように行動出来なかった。そもそも異界災害を見るのが初めてで、知識も無く、危険察知も周囲全てが危険に思えてしまっていた。それでも必死にスミナを守る為にアリナは周囲を警戒し、戦闘で活躍しようと努力した。

 結局、スミナの活躍無くしては封印は出来なかった。ホムラから飴玉を貰ったとはいえ、神機を使いこなして地下深くまで穴を開けたのもスミナで、実際に封印兵器を使って封印したのもスミナなのだから。



 アリナはアスイやミアンが身を挺して地下へ送り出してくれた先で、自分がけじめを付けなくてはならない事に対面する。それは封印災害を引き起こしたガリサだった。そしてガリサがこうなった理由の半分は自分にあるとアリナは思っていた。


 ガリサから話を聞いた後、スミナとエルを先へと進ませる為にアリナはガリサだった異界の存在の相手を引き受ける。


「アンタの相手はあたしだって言ってるでしょ!!」


 アリナは魔導具を槍の形状に変え、魔法で炎の槍としてガリサの妨害を防いだ。


「なんでいつも私の邪魔をするの?」


 ドロドロに溶けた異界の存在に残ったガリサの顔が語りかけてくる。


「ガリサがいつもお姉ちゃんをあたしから取ろうとするからでしょ。素直にドシンと仲良くすればいいのに」


「それが出来ないって知ってる癖に。

アリナ、あなたは今の状態で満足してるの?周りのみんながスミナを好きになって、竜神さえスミナに一目置いてる。スミナは私達の手の届かない存在になってきてるのに」


「そんな事無い!!確かにお姉ちゃんは凄いけど、お姉ちゃんは今までと変わらないお姉ちゃんだよ。あたしはずっとお姉ちゃんと一緒に居られる」


 アリナは痛いところを突かれて必死に反論する。


「封印兵器を使ったらスミナは死んじゃうかもしれないのよ。今ならまだ止められる。異界に呑まれればアリナの願いも叶うのよ」


「違う!!そんな姿になってまで一緒に居たくない。あたしは自分の力で自分の願いを叶える!!ガリサ、お別れだよ」


 アリナは槍を構えた。まだ魔力も残っているし、この大きさの異界の存在なら倒せる筈だ。


「そう。後悔してもしらないから。それに、私はあなたに負けないから」


 ガリサと一体化した異界の存在は周囲の壁を吸収して更に巨大化する。それでもなお眼鏡をかけたガリサの顔だけは悪趣味に残っていた。この顔さえなければ戦いやすいのにとアリナは思った。

 アリナの危険察知の祝福がスミナの近くにあると思われる異界災害の中心で急速に拡大する。アリナはスミナを助けに行く為にもこの異界の存在を倒さねばと思った。


「これが今のあたしの最強の攻撃。ガリサ、これで眠って!!」


 アリナは槍の形に変形させた魔導具の両端に消滅の魔法を刃として付与し、それを振り回す。巨大な車輪のようになった攻撃は異界の存在の身体を削り取っていった。敵からの攻撃も刃で消え去り、アリナはガリサの顔の部分だけを残して異界の存在を完全に消滅させた。


「アリナ、ありがとう……」


 最後に残ったガリサの顔は笑顔でそう言うと消えていき、残ったのは眼鏡だけだった。アリナは急いでスミナを追いかけようとする。しかし、周囲の壁が再び変形し、異界の存在は更に大きな形で復活したのだった。


「やっぱりあたしじゃダメか」


 アリナは自分に出来る事はここで異界の存在の相手をし続けてエルやスミナの負担を軽くする事ぐらいだと理解した。必死に何度も再生する異界の存在と戦い続けたアリナだが、そこで大きな変化が起きる。周囲の色が一気に消え去り、異界の存在も岩のように動きを止めたのだ。

 あっという間に周りの異常な景色が黒色の泥のような固い壁に変わり、硬化してしまった。アリナはスミナの封印が終わったのだと理解する。そして、スミナの反応が以前ナシュリから貰った指輪を通してはっきりと生きていると分かった。それだけでアリナは喜びが溢れてくる。


「急がないと」


 周りが壁で埋まってしまったのでスミナが窒息してしまうかもと考え、アリナは必死にスミナのいる方向を掘り進んで行った。

 やがて私服のスミナと猫の姿になったエルとアリナは合流出来た。スミナは怪我も無く、ホムラから貰った飴玉の消費だけで封印を完了出来たようだ。アリナは後でホムラにお礼を言わなければと思う。


 地上へ向けて穴を掘り進んで行き、ミアンと合流したところで4人は一旦休憩をした。そこへ上階から掘り進んで来たアスイとルジイが合流する。アリナはこの時、微妙な違和感を覚えていた。しかし危険察知の祝福では反応が無く、それを無視してしまった。


 魔力を殆ど失ったスミナに対してルジイが魔力を分け与える事を提案する。それはアリナには出来ない技で、行動自体に誰も問題を感じなかった。だが、ルジイがスミナに手を伸ばした瞬間、アリナの危険察知の祝福が危険を感知する。アリナは叫ぶがスミナは銃型の神機をルジイ奪われてしまったに

 ルジイがスミナの神機を奪った時、アリナはアスイのように即座に動けなかった。魔神の脅威に加えて神機の力が合わさり、危険察知の祝福が一気に増加したからだ。あれだけスミナを守ると決めていながらいざという時に動けたのがアスイだったのがアリナにとって許せない事実となった。

 そのアスイすら神機の攻撃は避けられず、あっさりとやられてしまう。アリナもルジイに牽制されて動けず、魔神ましんドヅが正体を現した時にそれを見破れなかった自分を悔いた。


 状況は絶望的だが、敵が勝利を確信したからこそ隙が生まれるかもしれないとアリナは考えた。だからアリナはドヅを挑発し、神機を使わない戦いを提案した。

 アリナは結局ドヅに対して逃げ回って時間稼ぎをする事しか出来なかった。それどころか神機を持った半身が途中で分かれた事すら気付けなかった。


 スミナの機転でアリナとスミナの協力攻撃でドヅを倒せたかと思ったが、半身が神機を持って現れた事で全てが失敗だったと気付かされた。だからアリナは最後の力を振り絞り、スミナだけでも助けようとスミナを魔力の壁で包んだのだ。

 その判断すら失敗だったのはスミナが自分の命を燃やして神機を装着し、アリナを守ったからだ。スミナは神機ライガに撃たれ、完全に消失した。それはアリナが持っている双子の感覚が指輪で強化された状態でも完全に消えていた。エルもスミナが消えた事を認識しいていた。


 アリナは崩れ落ち、この世の全てが終わった感覚を味わっていた。胸の奥から色んな後悔の念が溢れ出ていた。

 そんな中生きていたアスイや地上の方から来たオルト達が集まってきた。だが、神機に対抗する手段は無く、このままだと全滅するだろう。アリナはそれでもいいと思った。しかしアリナの脳裏に最後のスミナの言葉が蘇った。


『アリナ、あとをお願いね』


 なんて無責任でズルい言葉だろう。最後の瞬間でさえ、スミナは仲間の事を想い、妹に後を託したのだから。アリナの心は張り裂けそうになりながらも、全員が助かる為の最後の手段を選択していた。


「バカみたい。必死に頑張って、取り繕って、我慢して。スミナだけは何としても守ろうとしたのに、逆にあたしが守られた。

ガリサの方が正しかったなんて知りたくもなかった」


「どうした?姉を殺されて妹の方は頭が壊れたのか?

狂言で時間稼ぎは出来んぞ」


「いいよもう。あたしも全部終わらせるから」


 ドヅにそう答えるとアリナは立ち上がり、アンクレットの魔導具から黒いダルアの腕輪を取り出し、左腕の魔導鎧の腕輪と交換した。その瞬間黒い力がアリナの全身を這い上がっていく。だがアリナはもう抵抗せずに力を受け入れた。もう失うものなんて無いのだから。


「俺が何かするのを見逃すと思うか?姉を追って今すぐ死ね!!」


 ドヅが神機ライガの閃光を放つ。だがその前にアリナとダルアの同調が完了していた。アリナはダルアの力を腕輪の状態で使用し、閃光の魔力全てをダルアに取り込んだ。それによってダルアの力は大きく増し、神機を上回る鎧へと変わった。


「お前何をした?」


闇術鎧ダルア開放」


 アリナの全身を漆黒の闇が包み込む。アリナの内から黒い欲望が溢れ出し、全身を満たしていった。それはとてつもない快楽で、一瞬だけスミナを失った喪失感すら塗り潰していた。このまま力のままに暴走しそうだったアリナだが、胸の奥にあるスミナへの想いと後悔の念が蘇り、アリナは平静を取り戻した。

 ダルアを纏ったアリナは紅い髪が伸び、黒と紅の妖艶な鎧と相まって美しく見えた。


「なんだ、それは」


「うるさい。死ね」


 ダルアの力は圧倒的だった。あれほど苦戦したドヅが幼児のようにか弱く見えた。アリナは誰にも負けない気がした。

 ドヅを肉片の一片も残さす破壊した後、アリナはこの後どうすれば皆が助かるかを考えた。ダルアの装着は魔族に伝わり、この後レオラが来ると本能で理解したからだ。

 だからアリナはアスイを抵抗しないように弱らせ、自分が魔族側に付く事で手を出させないようにした。レオラもここでアリナの決意が変わるのは本望では無かったようで、人間に手を出さずにアリナだけを連れ帰ってくれた。



 アリナは全ての記憶を思い返し、自分の行動は失敗だらけだった事を再認識させられた。そして結局自分が弱いという事も。強ければここから魔族と戦う事だって出来るが、今のアリナに味方はおらず、無理だろう。それに既にスミナはおらず、必死に人間を助ける意味も無い。


『アリナ、あとをお願いね』


 それでもアリナの脳裏にはスミナの最後の言葉が呪いのように刻み付けられていた。


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