6.アリナの話④
魔族の砦の一室に軟禁されているアリナは明日には魔族連合の幹部との顔合わせが出来ると伝えられ、ようやく自由になれると少しだけ気分が良くなった。
その前にやらなければと、アリナは自分が犯したミスを更に思い出してみる。
夏休みが終わった学校はどこかおかしく、登校していない生徒が沢山いた。その中には双子の友人で寮の隣室であるレモネとソシラも含まれていた。
問題は王国全土で起こっているモンスターの大量発生だと分かり、双子は早速レモネ達を助けに行こうという話になった。アリナは特訓の成果やスミナと2人で行う必殺技を試してみたかったのもあった。
薔薇騎士団のフルアに案内してもらい、道中のモンスターも駆除しつつ双子達はレモネ達がいるウェス地方へ向かった。双子達が辿り着いた時には巨獣をレモネとソシラが食い止めようとしており、まさに危機一髪だった。必殺技で巨獣を仕留める事が出来、レモネ達も助けられたのでアリナは満足だった。
双子達はソシラの屋敷に泊めてもらう事になり、ソシラのモンスター好きの理由などを聞いて更に仲を深める事が出来た。ただ、泊まった日の夜に事件が起こった。
部屋を用意して貰って就寝した双子とエルだが、深夜になってアリナは危険を察知する。危険自体の大きさは小さく、すぐに自分達に危機が無いのが分かった。それから少しして部屋の外で足音が多く聞こえ、屋敷中騒がしくなっているのが分かる。それでスミナも目が覚め、その後ノックと共に隣室に居たメイルも心配してやってきた。
とりあえず双子は動けるような格好にはなったが、アリナはそこまで危機感を覚えていなかった。なので心配するスミナに
首を振って答えて安全を伝える。その後、館の主人のドレド自らやって来てこう言った。
「夜分お騒がせして申し訳ございません。この騒ぎはモンスターなどでは無く、あくまで屋敷の問題です。お客様にご迷惑をおかけする事はございませんので、安心してお休みください」
アリナはこのドレドの言葉は嘘では無いが、問題は外部からの侵入者だという事を隠しているのが分かった。
「部屋の外に警備の者を立たせておきますので、何かありましたら遠慮なくお声がけして下さい」
続くドレドのこの言葉から警備の者とは言うものの、自分達が勝手に動かないように釘を刺しているようにアリナには思えた。アリナはモット家が裏の仕事もしているのを知っているので、それ関連の騒ぎなのだと理解する。
スミナが何か出来る事が無いかと聞いたので、アリナはスミナを関わらせるわけにもいかず、何もしないよう伝えた。メイルも自分の部屋に戻り、スミナもやがて眠りに落ちていった。
(さて、どうしよっか)
アリナは周囲の危険が消えていない事を察して考える。このタイミングでモット家を襲うという事は、モンスターの襲撃を知って行動している可能性が高い。そこで思い出すのが温泉リゾートで戦ったならず者共だった。
あの時はアリナ達を狙って、一般客まで巻き込んで襲って来た。しかも魔族と取引して得た道具も持っていた。今襲ってきているのも同じような輩なのではないかとアリナは予想する。
アリナはソシラに以前助けられた事もあり、今回助けには来たものの、食事や宿泊も提供して貰っている。アリナは魔族と取引した相手と戦った経験があり、アリナを狙って来た可能性もある。何より難しい事で悩むよりアリナは行動に移してしまうのがいいと思った。
(見つからないように行かないとね)
アリナはベッドから起き上がり、こちらに気付いたエルに口に指を当てて静かにしていてもらう。窓の方に移動し、窓からアリナは外へ出るのだった。
外に出ると戦いは屋敷の外で行われている事が分かる。屋敷自体には侵入者対策がされていて、侵入した敵は既に排除されたのだろう。アリナは敵に気付かれないように気配を消して戦場へと近付いて行く。
「そろそろ降参したらどうだ?人数差は一目瞭然だし、俺達は魔族からもらった薬で強化されてる。お前らに勝ち目なんか無いぞ」
顔が歪に変形した巨体の男が話しているのがアリナにも見えた。見るとソシラとその父のドレド、その他警備の騎士など10名ぐらいが数十人の男達に囲まれていた。囲んでいる男達は皆顔が変形し、身体の一部が巨大化したり、武器になったりしていて人間離れしている。自分から魔族と繋がりがある事を喋ってしまうのは愚かだな、とアリナは思った。
「ここは私の屋敷で、この土地は私の領地だ。降参する訳無かろう」
「じゃあ、無残に死ぬんだな。粘っても無駄だぞ。お前の息子達は当分帰って来ないし、町に戻った兵士達が来てもみな怪我と疲労で俺達の相手では無い」
リーダーと思われる男の言葉から、目的は最初からドレドだったのが分かった。アリナは少し安心したと共に、助けに行かないと不味いな、と感じて動き出した。
(念の為殺さないように……)
アリナは魔力の出力を絞った針を作り、それを前方の4,5人の男達に向けて放った。針は相手に気付かれずに刺さり、痛みで男達は悶え苦しむ。
「ドレドさん、ソシラ、助けに来たよ。お邪魔じゃないよね?」
「アリナさん、どうして」
「お父様、大丈夫よ。アリナはこっちの顔も知ってるから」
アリナは堂々と敵の攻撃をかわしつつソシラ達のところへ移動した。ソシラは普段のでは無い裏の時の口調で話していた。
「お前のことは知ってるぞ。エビゾを捕まえた貴族の娘だな。あいつは油断したかもしれんが、俺達は違う。小娘1人増えたところで戦況は変らんぞ」
「アリナさん、ご厚意は感謝いたします。ですが、貴方はお客様です。申し訳ないのですが、安全な場所で待っていて貰えないでしょうか?」
ドレドは男の言葉を無視してアリナに話しかけた。アリナはドレドが無理して言っているのではと考える。
「でも、こいつら結構強いよ。あたしは全然負けないから心配しないでいい」
「アリナ、そうじゃないわ。貴方に余計な事に関わらせないようにとお父様は言っている」
「アリナさん、私はね、本当はソシラにも関わらせるつもりは無かったんです。ですが、この子は真面目で、少しでも私の負担を軽くしようとこちらの世界に関わってしまった。それに才能もあったのも良くなかった。
アリナさん、貴方がご心配する気持ちもよく分かります。ですが、これは私達の戦い。負ける気など毛頭ありません。どうか見守っていて貰えないでしょうか」
ドレドの口調は真剣で、負ける気が無いというのも嘘が無いように思えた。アリナはドレドとソシラの気持ちを優先する事にした。
「分かりました。あたしは手出ししません。ただ、近くで見てるので必要ならいつでも言って下さい。それと、自己防衛は勝手にしますので」
「アリナさん、ありがとう。流石はダグザ氏のご令嬢だ」
「アリナ、ありがとう。あとは任せて」
「おいおい、何勝手に話進めてんだよ。お前らが俺達に勝てるわけないだろ。そっちの嬢ちゃんも自分は大丈夫みたいな顔してんじゃねえ。
お前ら、やっちまえ!!」
無視して話を続けられた男がキレ、他の男達も動き始めた。アリナは邪魔にならないように敵の攻撃を避けつつ、少し離れた高所に移動する。
(ここなら何かあったらすぐに手助け出来る。でも、本当に大丈夫かな?)
アリナは始まった戦闘を眺める。ドレド達は囲まれ、防戦一方になっていた。唯一ソシラが作った虚像と入れ替わる祝福の力で敵の背後に移動して1人ずつ敵を魔導具の鎌で仕留めていく。ただ、数が多く、生命力も普通の人間からかけ離れているようで、なかなか数が減らない。結局囲んでいる男達が有利で、リーダーの男は余裕の笑みを浮かべていた。
「時間切れですな。残念ですが我々の勝ちのようです」
「何を言っている?死を目前にして頭がおかしくなったのか?」
「お館様、お嬢様、遅れて申し訳ありませんでした」
ドレドの勝利宣言にリーダーが疑問を抱くと同時に、町の方から老人の声が聞こえた。見ると町から老人や女性、子供達が武器を手に大人数で押し寄せていた。
「老体に無理をさせて済まないな」
「何を申しますか。この地はドレド様の先代から守り抜いた土地。一命を賭けて戦う所存ですぞ。皆も同じ気持ちです」
「町民がどれだけ増えようが意味など無いぞ」
「それはどうかな?モンスターとの戦いは無理でも、人間との戦いなら心得があるぞ。それに私も自由に動けるようになる」
ドレドがリーダーの男に言う。押し寄せた町民たちは多対一の形で敵に挑み、少しずつ敵を倒していく。それに加えて敵は挟み撃ちの形に変わり、ドレドの部下達も攻撃に転じられた。みるみるうちに形勢は入れ替わり、敵は翻弄されていく。
(少し位なら手伝ってもいいよね)
アリナは子供や年寄りで危なっかしい戦いをしているところを観察し、敵の攻撃を魔力の壁を作って防いでやってあげた。集団戦なので犠牲が出るのは当たり前なのだが、それを減らしてやることは出来る。これぐらいなら誰も気付かないだろう。とアリナは思った。
人数が増えた事で明らかに動きが変わったのはドレドとソシラだった。ドレドは中年太りした見た目に反して素早く動き回り、敵の急所を短剣で刺していった。それに加えて短剣を投げて味方を助ける事も同時にこなしている。
ソシラも同様に味方を守りつつ次々と敵を攻撃していった。多数の虚像を味方のいる場所にも配置し、どこへでもすぐに駆け付けて動けるようにして被害を防いでいる。
戦いは一気に終結した。リーダーや一部の傷付いた敵は縛られ、国の警備の兵士に引きわたされた。脅威が去ったので寝ようと思ったアリナのところにドレドとソシラがやって来る。
「アリナ、来てくれてありがとう。あなたが来てくれたおかげで時間が稼げたわ」
ソシラが普段と違う口調でお礼を言う。
「あたしは何もして無いわよ。それに2人の強さを考えれば何とかなったみたいに見えたよ」
「アリナさん、そうではありません。2人で戦っていたら怪我を負っていたかもしれないし、周囲にも大きな被害が出ていたと思います。アリナさんが来てくれたタイミングで敵の調子が崩れたのは確かですし、大変助かりました」
ドレドが深々と頭を下げる。
「ドレドさん、顔を上げて下さい。あたしは自分の我儘でここ来ただけだから」
「アリナさん、年寄りから一つアドバイスをして差し上げましょう。貴方は強く、出来ない事など無いと思っているかもしれません。ですが、油断は禁物です。
裏社会に近付く事で痛い目に遭う事がきっとあります。強さだけではどうにもならない事もあります。そんな時は逃げて下さい。逃げて他人を頼って下さい。
逃げる事は恥ではありません。生き残る事が何より重要です。貴方を大事に思っている人が沢山いるのですから」
ドレドが真面目な顔で言う。ドレドは裏社会に長く関わり、痛い目に何度もあっているのかもしれないとアリナは思った。今のアリナにドレドの言葉はしっくりこないが、アドバイスは有難く聞いておこうと思った。
「ドレドさん、ありがとうございます。肝に銘じます。あたしも、お姉ちゃんやパパ達も何かあれば力になりますので言って下さい」
「分かりました。こちらこそ裏社会に関わるトラブルがありましたら何でも言って下さい。王都も最近怪しい雲行きですのでお気をつけて。
今後とも娘と仲良くしてやって下さい」
「勿論です」
アリナは笑顔で返した。
結局アリナはこの後ドレドを信じたり頼ったりする事が出来なかった。それは自分の実力を過信していたからでもあった。
それは双子達が王都に戻り、緊急招集を受けてから野外訓練が始まる少し前の出来事だった。アリナは授業後に自主訓練をして、1人で帰宅していた。その時小腹が空いたのと、たまには姉にお土産でも買っていこうと思い、裏町に近い商店街の菓子店へと寄り道をした。ちょっとしたお菓子を買い、野外で自分の分を食べていると、アリナは知っている殺意を感じ取る。それはアリナにとっても待ち侘びたものだった。
アリナは殺意の元を追って路地裏に飛び込み、一気に距離を詰めてそいつに魔力で剣を作って斬りかかる。“ギンッ”と音がして剣撃は硬化した相手の腕に防がれた。
「こんな街中で戦うつもり?アタシは構わないけれど、周囲を気にするアナタの方が不利よ」
「一瞬で片を付けるから問題無いよ」
アリナはフードの奥にあるレオラの顔を見つめて言う。殺意をアリナに送っていたのは以前と同じく魔族の転生者でレジーナと呼ばれるレオラだった。
「久しぶりの再会なんだし、少しだけお話しましょうよ。その後は戦いでも何でもしてあげるから」
「いいわよ、何か罠があってもあたしには効かないから」
「よかった。じゃあ行きましょうか」
殺意を消したレオラはまるで友達と歩くかのようにアリナを案内した。そこは裏町の端の方の元貧民街だった。最近は整備され、好んでここに住む者もおらず、建物の殆どが半壊していた。
レオラはその壊れた建物の一つに入っていく。アリナも警戒しつつ中に入ると、そこは以前ほどでは無いが、そこそこ綺麗に片付けられた応接間になっていた。アリナは案内されるままにソファーに座る。レオラも正面の椅子に腰かけた。
「最近の巨獣とかの手引きはあんたがしてるって分かってるよ。あたしはあんたを許さないから」
「ああ、あれね。もうアタシの能力の事バレ始めてるかあ。まあそれも想定済みだけど。
ゴメンね、あれは魔族連合全体の決定で、アタシの一存ではどうにもならないのよ。一つだけ止める方法があるんだけど、それは後で話すわ。
それより、アリナはまだアタシのプレゼントを使ってないのね。強くはなったみたいだけど、それじゃあお姉さんに敵わないんじゃない?」
レオラの言葉にアリナの胸が痛む。アリナはスミナと同じ武装での戦いなら負けないだろう。が、スミナが神機や、色々な魔導具を使うとなると勝てない可能性の方が高い。夏休みの特訓でも元々強かったアリナの成長よりスミナの成長の方が遥かに大きかった。魔力では勿論アリナが圧倒的に高いが、それ以外ではスミナの方が有利な部分が増えているのだ。
「お姉ちゃんは関係無いでしょ。あたしは十分強くなった。あんたからもらった物なんて使うつもり無いから。
話はそれだけ?じゃあこの場で強さを証明してあげる」
「相変わらずケンカっ早いのね。
ねえ、そろそろ分かって来たんじゃ無いの?アタシ1人殺したところで問題は解決しないって。言っとくけど魔族は人間と取引してるけど、取引を持ち掛けて来たのは人間からよ。平和な筈の王国でさえこんなだもの、魔族が滅んだら今度は人間同士で戦うようになるわよ。それがアナタの望み?」
「なんかうまく言いくるめようとしてるみたいだけど、別にあたしは人間に期待なんてしてないし、小悪党がどれだけ暴れようと問題無いから。魔族だろうと、人間だろうと、悪い奴は倒す、それだけだから」
アリナはレオラの言葉を聞き入れないように言い放つ。
「相変わらず強情ね。まあ、そういうところのアタシは惹かれたんだけどね。
じゃあいい事を教えてあげる。これからアタシ達はアナタ達を襲う計画をしている。流石に細かい事は秘密だけど、転生者3人を何としても始末しようとしてるわ。
ただ、魔族連合としての目的はあくまで王族とアスイなの。アリナがこちらに来てくれればお姉さんも一緒に助けてあげるし、家族や友人も傷付けないと約束する。計画を止められるのは今だけなの。アタシを信じて」
レオラは見せた事の無い必死な表情で言う。ただ、アリナはレオラを信じる気はとっくに無かった。アリナは無数の針を魔力で作るとそれをレオラに放った。レオラの肉体は無数の針で粉々に砕け散る。
「あたしは騙されないって言ったでしょ。さよなら」
「ざ~んねん。せっかくイイ話だったのに勿体ないな~。
アタシもむざむざ殺されるワケにいかないから、替え玉を使わせて貰ったわ。探してもムダよ。本体は遠くにいるから。
じゃあ、今度は戦場で会いましょうね」
アリナ以外誰もいなくなった室内にレオラの声だけが響いた。アリナの顔は悔しさに歪んでいた。すっかり騙されたのだ。
アリナはこの事をスミナや王国、裏に詳しいダグザなどの誰かに話すか迷った。話すとなるとレオラとの接触が2回目で、1回目の時に秘密にしていた事も言う必要が出てくる。スミナは軽蔑するかもしれないし、王国からは魔族と通じていると危険視されるかもしれない。ダグザだってどこまで信じていいか分からない。
結局アリナはこの事を誰にも伝えなかった。どうするのが正しかったかは全てが終わった後のアリナにも分からなかった。
そんな事があってしばらくして野外訓練が始まる事になった。パーティー分けでは知り合い達と離れ離れになり、アリナは自分のパーティーが自分が強いせいでハズレのメンバーになったと思っていた。
強かったり優れている生徒を事前にチェックしていたアリナはパーティーメンバーの人達の事は既に知ってはいた。魔法騎士科の別のクラスの女子のイニスはバランス型で戦闘経験はあるが特化した能力の無い普通の優秀なマジックナイトだ。戦士科のゴマルがメンバーの中で一番優秀ではあるが、生真面目で面白みが無いとアリナは思っていた。
魔法科は2人いて男子のポッツは攻撃魔法が得意な特殊な魔術師だが、魔族相手を考えると役に立たない。女子のペンリは防御魔法のエキスパートだが、防御特化のゴマルや自分で身を守れるアリナにとってはありがたみが薄い。
一番不要だと思ったのが医療魔法科の男子のノノグで、貴族出身で臆病で、血を見るだけで倒れるという。回復魔法の技量だけはあるが、戦場に一番連れて行きたくないタイプだった。
そしてパーティーの引率となる先生はアリナの担任のミミシャである。アリナは自分が暴走せず、実力はあるが伸び悩んでいる生徒を強化させる為の組み合わせだと理解する。アリナとゴマルが他の生徒を守りつつ、戦い方を学ばせる為の人選としかアリナは思えなかった。
顔合わせでの話合いの末、リーダーはアリナに決まり、アリナは自由に戦えなくなった。顔合わせ後にスミナ達の話を聞いて、他のパーティーの方がいいなとアリナは思っていた。
野外訓練の日になり、アリナはリーダーとして厳しめにする事に決めた。予想通り遭遇する敵はそれほど強く無く、死に直結するようなものでは無い。ゴマルは盾役に徹しさせ、アリナもあくまでフォローに回り、他の4人になるべく戦わせるようにした。
イニスはそれなりに戦えるようになり、ポッツも魔法が効きにくい敵に対して間接的に攻撃させる方法を覚えていった。ペンリも補助魔法を的確に使えるようになって、戦力的には十分になってきた。
結局問題なのはノノグで、モンスターから逃げ惑い、戦闘でも眼を瞑り、回復魔法も時間がかかっていた。アリナも最初は色々と励ましたりアドバイスしたりしたが、それも無駄だと思うようになってしまった。ミミシャも流石に酷いと思ったのか、アリナに対し済まなそうな顔をしていた。
そんな事があり、アリナのパーティーが予定の野営地に到着したのは日が暮れてからだった。急いでテントを設置したり、食事の準備をしたりしたが、そのせいで食事も粗末なものになったのだった。
夜中に見張りを立てる必要があり、2人一組で夜から深夜までと、深夜から明け方前、明け方前から夜明けまでで分ける事になった。
一組目をゴマルとノノグ、二組目をアリナとポッツ、三組目をイニスとペンリで決まる。防御と戦闘力のバランスを考えてだ。男女の組が問題になるだろうと思い、気にしないアリナが二組目で担当する事にした。どちらにしろアリナは危険察知の能力があるので寝てても問題があれば目が覚める。だったら真夜中担当でも問題無かった。
アリナは女子用のテントで深夜に起きられるように魔導具の時計の目覚ましをセットして眠りにつく。あまりやらない人への指示に疲れたのか、アリナはすぐに眠りに落ちた。深夜になり、アリナの頭に魔法のアラームが鳴り響く。魔道具を止め、眠い目を擦ってアリナは起き上がった。男子に女子のテントを開けさせるのは問題なので、アリナは着替え、少し早めの時間に見張りのところへ向かった。
「お疲れさま。どう?問題無かった?」
「アリナさん、お疲れ様です。特に問題はありませんでした」
「よかったー。もう寝てもいいですか?」
真面目に答えるゴマルと対照的にノノグは今すぐにでも見張りを止めたそうだった。
「いいよ。ゴマル、ポッツを起こしてきてもらっていい?」
「分かりました。アリナさんも気を付けて下さい」
「ありがとう」
ゴマルは相変わらず礼儀正しいなとアリナは思う。しばらくの間アリナは1人で焚火の前で見張りをしていた。周囲の危険は野生動物やモンスター程度で、その距離も問題無さそうだ。先生達が安全な場所を野営地に選んでいて、周りも騎士達が巡回しているのが大きい。アリナはこのまま何事も無く野外訓練が終われば楽なのにと思っていた。
「アリナ、お疲れー。まだ眠いよな」
ポッツがやって来て焚火を挟んで向かい側に座る。ポッツはノリが軽く、魔法科なのに深く考えないタイプで、仲間としては不安だが友人としてならアリナは嫌いじゃ無いタイプだった。
「睡眠時間が分割される2番目にしてゴメンね」
「いいっすよ。頼られてるんだと思うし、正直ゴマルもノノグもあんなだからアリナと一緒の見張りなのは当たりだと思うっす」
ポッツが下心無さそうな気軽な感じて言う。魔法科の生徒は研究好きや読書好きが多く、ポッツのようなタイプは珍しい。アリナは少しだけポッツに興味が湧いていた。
「ポッツはなんで魔法科に入ったの?」
「俺っすか?俺はこんなだけど運動神経がからっきしで、魔法だけでもと思ったら意外と才能があったんすよ。で、親父は王都で働いていて、折角だから戦技学校に入れって。まあ将来を考えたら学校卒業してると有利だし、入っとこうかなって」
「じゃあ卒業後は国の魔術師団か研究所にでも行く予定とか?」
「いや、分かんないっす。多分研究は合ってないから、魔術師団かもしれないっすよ」
そうポッツは話すが、国の魔術師団は礼儀正しいイメージなのでポッツが入るのが思い浮かばなかった。人付き合いは良さそうなので冒険者として自由に戦う方がポッツには合ってるかもしれない。
しばらくアリナとポッツは下らない雑談をして見張りの時間を過ごしていた。そこで急にアリナは異変を感じる。今まで無かった危険が周囲に多数、瞬間的に察知したのだ。そして、その危険は普通のモンスターのものでは無い。
「ポッツ、敵襲だ。ゴマルとノノグに伝えて、その足でミミシャ先生のテントに向かって。あたしは女子を起こす」
「ほんとっすか?俺には何も分からないけど、了解っす」
ポッツは素直にアリナの言葉を受けて男子のテントに向かった。アリナは急いで女子のテントに入る。
「みんな起きて。敵襲だよ。着替えて戦闘準備」
「敵襲?ほんと?」
ペンリが寝ぼけながら答える。
「敵襲ですね、了解です」
イニスは起き上がると急いで準備を始めた。
「あたしは周囲を見てくる。外に出てミミシャ先生のところに集まってて」
アリナは2人にそう伝えるとテントの外に出た。周囲は深夜で暗く、周りが見えづらい。アリナは夜空に浮かぶと魔法で暗視出来るようにして周囲を確認した。
(近くの敵はもうすぐここに来る。この数だと他の生徒も襲われてるな)
アリナは見える範囲だけでもかなりのモンスターや魔族が移動しているのを確認出来た。アリナの位置を知ってか、こちらに来る敵の数は多く感じた。
アリナは地上に降りると起きてきたミミシャのところに行く。既にパーティーのメンバーは戦闘態勢で集まっていた。
「アリナさん敵襲は本当なのですか?」
「はい、今確認したけど、魔族や大型のモンスターがかなりの数現れてる。ここにもすぐに来ると思う。
って、もう来た。先生はゴマルと一緒にみんなを守ってて。あたしが何とかする」
「ちょっと、アリナさん!!」
ミミシャが何かを言う前にアリナは動き出した。敵はデビルに大型のモンスターが複数いた。ミミシャとゴマルなら何とかなるかもだが、他4人に戦わせるのは無理だ。なのでアリナがみんなに近付く前に叩きに行った。今のアリナにとってこの程度の敵なら大した魔力の消費も無く、難無く倒して行けた。
一先ず近くの敵を一掃するとアリナはミミシャの元に戻る。ミミシャは引率者が持ってきた魔法の信号弾を撃ちあげていた。ほぼ同じタイミングで周囲からも信号弾が上がっていた。同時にみな襲われているようだ。
「アリナさん、大丈夫ですか?」
「勿論、これぐらい楽勝よ。ただ、もっと強い敵が近寄ってきてる。先生悪いんだけど、リーダーの役目はここまででいい?多分狙いはあたし達だから」
アリナはミミシャにだけ伝わるように言う。狙いが転生者である事はミミシャも十分分かっている。
「そうなんですね。分かりました。私はアリナさんを信じてます。無理せず、他の人と合流して対応して下さい」
「ありがと、先生」
アリナはそれだけ言うと意味が分からなそうなパーティーメンバーを置いて飛び出していった。残ったメンバーは防御に特化しているし、ミミシャもいるから自分が離れてもやられはしないだろうとアリナは思っていた。
アリナは本当はどこかに居るであろうレオラを探したかった。だが、レオラのような存在は感じられない。
スミナの位置もアリナからは遠く、それよりも気になるレオラと異なる危険な反応が近くにあった。確実にアリナを仕留める為に来た敵だとアリナは理解している。恐らく騎士団などでは敵わない相手で、他の生徒が相手をしたら大変なことになるだろう。流石にそれを無視してスミナと合流する訳にはいかなかった。
アリナは空を飛ぶ魔族を排除しながら、危険な反応へと近付く。相手もアリナを補足しているようで、アリナに近付いて来ていた。
「まさか1人で戦いに来るとはな。それで仲間を守ったつもりか?オレを舐めてかかると痛い目に遭うぞ」
「違うよ。周りに人がいると足手まといになるから置いてきただけ。そもそもあんたがそんなに強いとは思えないし」
アリナは本当の事を言う。現れたのは5メートルぐらいの鼠色の巨体の禍々しい斧を持ったデビルだった。相手のデビルは今まで出会ったデビルの中では飛び抜けて強そうだが、恐らくレオラの方が強いとアリナは感じていた。そしてアリナの想定するレオラの強さでも今のアリナなら倒せると思っている。
「勇ましいのはいいが、こちらはどんな手を使ってでもキサマを倒すぞ。レオラのヤツはキサマがお気に入りのようだが、オレはヤツの部下では無い。一気にやらせてもらうぞ」
デビルがそう言うと周囲の地上から2メートルぐらいの無機物な三角錐の物体が数十体現れた。前に戦った魔族が使うゴーレムのような兵器、ダームの一種だろう。アリナは警戒しつつデビルに攻撃を仕掛ける。
「今だ、やれ!!」
デビルが身を守りつつ叫ぶ。すると三角錐型のダームの頂点が開いて、そこから高速で液体が射出された。アリナは触れたら不味いと感じ、それを綺麗に避ける。が、複数のダームが時間差で攻撃してくるので避けるのに手一杯になってしまう。
「どうした、そんなものか?」
デビルはアリナが避けたタイミングで斧を振るって襲ってくる。確かにパワーもスピードもある攻撃だが、アリナにとっては分かりやす過ぎた。が、デビルの攻撃を避けた瞬間背後に危険を察知して無理な態勢で何とか避ける。何かと思ったら、射出された液体が空中で静止して浮かんでいた。
(なるほど、あたしのこと研究してるんだな)
アリナは自分の弱点だった多方向からの攻撃を、液体の射撃とその液体を空中に罠として設置させる方法で行っていて感心した。攻撃を止めようと地上のダームに魔力の針を飛ばしてみたが、遠距離からでは避けられ致命打にはならなかった。
敵のデビル自身はその液体に触れても問題無いようで、自由に空中を逃げ回る。アリナは逆に次々と増える液体に翻弄されて、攻撃に移れなかった。
「そろそろ逃げるのも難しくなったんじゃないか?」
「そうだね、逃げるのはもうやめだ」
敵の挑発にアリナは答える。アリナはこんな所で油を売ってる場合では無いと思い、狙うのはダームでは無く操っているデビルに決めた。そしてアリナは空中で静止する。
「死ね!!」
デビルが叫ぶとダームが一斉に止まったアリナに液体を放った。アリナはまだ止まったまま動かない。デビルも斧を振り被って液体の後から攻撃をしてきた。
(今だ!!)
アリナは飛んでくる液体に向けて同じ大きさの魔力の壁を放ち、液体全てをアリナに届く前に止めた。そして接近したデビルには直接剣で斬り付けた。デビルはアリナの速度に追い付けず、その身体は左右に真っ二つに分かれて落ちていくのだった。
デビルが死んだ事で予想通りダームの動きは止まったので、アリナはスミナの元へと急ぐのだった。
(思ったより時間を取られたな)
その時のアリナはそれでも大した問題は無いと思っていた。しかし、結果としてこの時の時間のロスのせいで幼馴染のドシンが死ぬ事になり、それがガリサの暴走に繋がったとも言えた。
結局アリナがスミナのところに辿り着いた時にはドシンが死んでいて、兄のライトよりも遅い到着になっていた。
アリナはレオラに戦いを挑んで有利に戦闘を進めていたが、レオラは本気を出していない事がその後の竜神の登場で分かった。
アリナはこの後、魔族の罠であるグスタフや魔導要塞に対して決定打が無い事を思い知らされる。が、それよりも問題なのはその後だったのだ。竜神が突如として現れたのだから。
アリナはスミナと2人で竜神ホムラと戦ったが、まともに傷を負わせることは出来ず、スミナを庇うのがやっとだった。結局スミナが神機を纏った事で、ホムラが退散し、助かったのだ。
アリナはアスイに続く敗北の記憶を思い出し、悔しさがにじみ出ていた。結局の問題は竜神ホムラに行きつくのだ。
(ホムラの奴、肝心な時は何もしない癖に)
アリナは結局スミナの死に際にさえ現れなかったホムラを恨むしかなかった。