6.聖女復活
ミアン・ヤナトは聖教会の大神殿の祈りの間に籠り続けていた。周りの者に迷惑をかけないように食事や睡眠などの最低限の休息は取るものの、他の時間は常に祈りの間で祈りを捧げていた。それは親友であるスミナ・アイルを死なせてしまったという自責の念から来るものだった。
(ミアンが聖なる槍を使えていればこんな事にはならなかった)
他の人達が全力で異界災害に対処したのに対し、ミアンは封印兵器を使えなかった時点で覚悟が足りなかったと感じていた。事件後に慰めの言葉は色んな人から聞いたが、それでもミアン自身が自分を許せなかった。
(スミナさんはこの世界に必要な人だったのに。それにスミナさんを失ったせいでアリナさんもいなくなってしまった)
封印が完了した後、ルジイが魔神の本性を現した時にミアンは見ている事しか出来なかった。あの時のミアンは傷付いていたものの、魔力は残っていて魔法を使う事だって出来た筈だった。結局、異界災害の封印も出来ず、現れた魔神に抵抗する事も出来ず、周りの人を頼る事しかミアンには出来なかった。
(やはり私が聖女になんてならなければ良かったんだ)
ミアンの考えの行きつくところはそこだった。
幼少期、ミアンが物心ついた頃には既に両親を亡くしていた。詳しい話をミアンは聞いてないが、両親は人の為に動ける人で、災害の時に村人を助ける為に命を失ったそうだ。両親に親戚がいなかったのもあり、ミアンは聖教会が運営する王都の孤児院に入り幼少期を過ごしていた。
孤児院でのミアンはとにかく人助けをする子供だった。泣いてる子がいればあやしに行き、みんなが嫌がる仕事も率先してこなした。両親が遠い昔に『困ってる人がいたら助けてあげなさい』と言っていたからかもしれない。
ミアンは成長するに従って、年下の子供の面倒はミアンが見るようになっていた。ミアンは周りの子供達から姉のように慕われるようになっていた。ミアンにとって孤児院の人達は家族であり、実の両親がいない事を寂しいと思う事も無かった。
ミアンが回復魔法を使うようになったきっかけは孤児院の小さな子が階段から落ちて怪我をした時だった。その時周りに大人はおらず、魔法を使える子供もいなかった。ミアンはこのままではこの子は死んでしまうと思い、必死で傷口を手で押さえたのだ。すると、みるみる内に傷は癒え、怪我は治っていた。ミアンは魔法の理論や使い方を知らずに、才能で回復魔法が使えるようになっていたのだ。
ミアンが魔法を使えたことを知った聖教会の聖職者はミアンを神殿に呼んで魔法の訓練をさせてみる事にした。ミアンは才能があり、真面目で努力家だったのであっという間に大人顔負けの魔法が使えるようになった。ミアンの名は聖教会の聖職者の間に知れ渡り、大司教であるオーベが直接会いに来た。オーベはミアンを一目見て次の聖女になるべき人物だと見抜いたという。
オーベの推薦でミアンは聖女になるべく聖女候補の少女達と共に訓練して過ごすようになった。寝食も神殿でするようになり、孤児院にはたまに戻るだけとなった。孤児院のみんなと離れるのは寂しかったが、自分に出来る事があり、望まれているならと聖女になる特訓を素直に受け入れた。
ミアン達の特訓の先生は元聖女候補のマーゼだった。ハーラが聖女を辞退してから次の聖女が決まらず、今は空白期間になっていた。マーゼは実力はあったものの、一度不祥事を起こして聖女になる資格を取り上げられたらしい。マーゼは強く、優しく、訓練に関しては厳しかった。そんな特訓についていけず辞退する候補者達も多かった。
ミアンはどんな困難にも耐え、どんな難題も時間をかけてクリアしていった。訓練すると同時に聖女としての意識や振る舞いも身に付き、周囲から見てもミアンは輝いて見えるようになっていた。
ミアンが聖女として認められたのは戦技学校に入学する1年半前、13歳の時だった。ミアンは記録に残っている中で最年少の聖女としてその役目についた。
その後、ミアンが戦技学校に入学した理由は社会経験とその他の知識を学ぶ必要があったからだという。ただ聖教会としては若き騎士や魔術師に聖女を知らしめる広告塔としての意図もあったのかもしれない。
ミアンは今までの自分の人生に誤りは無かったと思っていた。しかし、戦技学校に入って、ドシンを目の前で死なせ、封印兵器も使えず、スミナさえも死なせてしまった事は自分の失態としか思えなかった。何より人々の為にいつでも自分の命を投げ出せるつもりだった自分が死ぬのを怖いと感じてしまった事が許せなかった。
(神よ、なぜ何もおっしゃっていただけないのですか)
以前のミアンは祈りの最中に神の声が聞こえた。実際に神の声かどうかは分からないし、その事を誰かに質問した事は無かった。
それは声というよりも、想いのようなふわっとした感覚だった。ミアンが迷った時にどちらの方がいいか導いてくれたり、誰かが話している時に重要な言葉を強く届けてくれたり、今後縁深くなる人物と出会うとその人が輝いて見えたりした。そういった感覚を補助してくれるものをミアンは神の声だと思っていた。
そんなミアンが人生で一番強く輝いて見えたのがスミナだった。それはスミナが封印兵器を使って封印を行うという予言だったのかもしれない。
幼い頃、聖女の修行をしている時にミアンは元聖女のハーラと出会い会話を交わしていた。ハーラは同い年の娘がいてミアンが会ったら友達になれるかもしれないと言われた。だからスミナと学校で出会った時は運命だと感じた。そしてスミナと一緒に過ごすうちに彼女が素晴らしい才能の持ち主だと実感した。ハーラの娘という事もあり、ミアンはスミナこそが本当の聖女なのではと心の中で思うようになっていた。
(スミナさん……)
結局スミナの死はミアンが聖女では無いという事をミアンの中で裏付けてしまった。異界災害を封印し、傷付いた身体で尚皆を救う為に犠牲になったその姿は聖女そのものだと。
聖教会に自己犠牲が正しいという教えは無いが、人々を救う為の究極の形が自己犠牲であるのは皆感じている事だった。スミナの中に聖女を感じたミアンは既に聖女としての矜持を失ってしまっていた。
ミアンは自問自答を繰り返し、どんどんと自分が矮小な存在だと感じ、祈りの間に囚われてしまっていた。
双子の母であるハーラ・アイルは久しぶりに王都にある聖教会の大神殿に訪れていた。元聖女とし異界災害の被害状況を確認すると共に、アリナの母として娘の為に出来る事をしようと考えての行動だった。
ハーラは私服や貴族のドレスでは無く、聖教会の聖職者のローブを久しぶりに着ていた。元聖女であるハーラは聖教会の正式な仕事から離れているものの、立場としては大司教のオーベと並ぶ最上位の地位にある。ただ、ハーラはそう扱われるのが嫌でローブを着る事は殆ど無くなっていた。
ハーラを出迎えた聖教会の聖職者はオーベなどの上位の者を呼んで来ようとしたが、今は皆忙しく動いているのを理解しているので大まかな災害の被害状況が分かる者と話せればいいと断った。結果として若い男性の聖職者が呼ばれて来たが、ローブに刻まれた印から十分上位の聖職者であるのが分かった。
若い聖職者は神殿の一室にハーラを案内し、異界災害の被害の詳細を説明してくれた。
王都の北東のカップエリアの東端に封印された地下遺跡から異界災害は発生し、カップエリアの約15%が異界災害によって消滅していた。発生地点の近くの住民は発生時点で異界に飲み込まれ眷属化し、その後の聖職者の対応は早かったものの、広がった異界災害から逃げ遅れた市民は眷属化してしまった。他にも王都に張ってあった東側の結界も破壊され、修復が必要になっている。
異界災害での犠牲者の総数はおよそ1000人で、その半数が一般市民の被害だった。ついで多かったのが聖教会の聖職者で200人以上の聖職者が亡くなっていた。残りの約300人が異界災害の拡大を抑えた兵士、騎士、魔術師の人々の合計である。それ以外にも異界災害と戦って後遺症が残り、治療している者もまだ多くいるという。
「教えてくれてありがとうね。やはり王都で発生したので大変な被害が出てしまったのね。私も近くにいれば何か手伝えたかもしれないのに、本当に申し訳ないわ」
「いえ、ハーラ様が今まで聖教会の為に尽くしてきてくれた話は私も聞いております。お気持ちだけで十分です。それにハーラ様はご息女の事で大変でしょうに、わざわざこちらまでお越しいただいただけで十分です」
ハーラに対して男性が答える。
「聖教会はここからが大変でしょう。私も出来る範囲で力になるとオーベ様にお伝えして下さい。
ところで、今日私が来た用件はもう一件あります。ミアンさんの様子はどうでしょうか」
「聖女様の事ですね。私も聖女様の事については詳しく知らないのです。今の時間ですとマーゼ様が戻ってらっしゃるかもしれません。よければ呼んできましょうか?」
「そうね、呼んできて貰えると助かるわ」
「分かりました」
男性はマーゼを呼びに部屋を出て行った。ハーラは今の話を聞いただけでもミアンの状況が好ましくない事が分かった。
「ハーラ様!!ご無沙汰しております」
「マーゼ、元気そうね」
ハーラは席を立ち、部屋に入ってきたマーゼと抱き合う。ハーラは自分の後継者としてマーゼに指導していた事もあり、その後も2人の交流は続いていた。
「お嬢様達の事、本当に申し訳ありませんでした。私が付いていながら、あんな結果になってしまい」
「いいのよ、これが運命なのでしょう。あの子達は常識の向こう側にいるようなものなのだから。
それに私はアリナの事はまだ諦めていないわ。だからここに来たのだから」
「では、やはりミアン様のお力が必要だという事ですね」
マーゼは真剣な顔で言う。2人は椅子に座るとミアンの話を始めた。
「ミアンさんは今どういう状況なの?」
「ミアン様は色々な事が起こり過ぎました。あの子は責任を感じ、後悔し、聖女としての自分が認められなくなっていると思います。一日の殆どを祈りの間で過ごし、我々の言葉にも耳を傾けてくれなくなりました」
マーゼが悲し気に言う。
「ミアンさんはまだ16歳ですものね、本来はこんな重圧に耐えさせるべきじゃなかったわ。でも、まだ祈りの間にいるという事はやり直せる可能性はあるわね」
「そうでしょうか?私はもうあの子を解き放ってあげた方がいいのではとも思うのです。人為的に起こされた異界災害とはいえ、今後すぐに発生する可能性は低いですし、ミアン様は別の道を進んでもいいのではないでしょうか?」
マーゼはミアンを救ってあげたいと思っていた。
「マーゼ、ミアンさんと話す事は可能ですか?」
「勿論ハーラ様なら問題ございません。
ですが、あの子が話を聞くとは思えません。それにハーラ様はスミナさんの母親、ミアン様が更に傷付くのではないでしょうか?」
「マーゼ、人はいつまでも逃げ続ける事は出来ないの。それに、聖女になった者はそう簡単に役目を放棄出来ない。
まあ、結婚して聖女を辞めた私が言うのもおかしな話よね」
ハーラは砕けた笑顔で言う。聖女に一生を費やす者も多く、ハーラのように結婚して途中で辞める者は珍しかった。
「分かりました。ミアンの事、ハーラ様に任せてみます。
お願いです、あの子を救ってあげて下さい」
「分かりました。元聖女としてミアンを救いましょう」
ハーラは真剣な顔で立ち上がり、祈りの間へと進んで行った。
“コンッコンッ”とハーラは祈りの間の扉をノックした。しばらく待つが何の反応も無い。
「ミアンさん、入ってもいいかしら?」
ハーラは呼び掛けてみる。しかし今度も反応が無い。ハーラは意を決して進む事にした。
「申し訳無いけど、入らせてもらうわね」
ハーラは祈りの間の扉を開けて中に入る。中には部屋の中心で跪き、神に祈りを捧げるミアンがいた。祈りに集中していたミアンも入ってきたハーラに流石に気付く。
「ハーラ様。私、わ、わたしスミナさんを……」
入ってきたのがハーラだとミアンは気付き、絶句してしまう。
「いいのよ、落ち着いてミアン」
ハーラはミアンに駆け寄り、抱き締めた。
「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。ごめんなさいね、あなたにこんな役目を与えてしまって」
「違います。そうじゃないんです。ミアンが弱かったから……」
ハーラの胸の中でミアンは泣きじゃくる。今のミアンは聖女ではなく、歳相応の少女でしかなかった。
「ミアン、私の娘たちはね、自分で考え、自分で為す事を為したの。あなたが責任を感じる事は無いわ。
それにね、ミアンが居たから災害の拡大が抑えられたのよ。戦った聖職者達はあなたを信じ、あなたの存在が力になった。スミナが聖なる槍を使って異界災害を封印出来たのもミアンが近くにいたからだと思うわ」
「でも、それは……」
「そうね、そうよね。私だったとしてもそう考えてしまうわね。
でもね、少しだけ落ち着いてみましょう。世の中全てが上手く行く事なんて無いの。自分の思い通りに行くなんて考えるのは思い上がりよ。みんな必死で最善策を探して、失敗して、後悔しているの。それを糧に前に進まなければいけないの」
ハーラは優しくミアンに語りかけた。
「少しの時間、お話をしてもいいかしら?」
「はい、構いません」
「じゃあ、温かい部屋で温かい飲み物を飲みながらお話ししましょう」
ハーラはミアンの涙を拭くとミアンを祈りの間から外へ出すのだった。
ハーラがミアンを連れて行ったのは大神殿の一室だった。ハーラは紅茶とお菓子を準備するとテーブルに向かい合って少し落ち着いたミアンに話し始めた。
「少しだけ私の昔話に付き合って頂戴ね。
私の故郷は本当に田舎の農村で、貧しく娯楽も少ない寂れた村だったの。でも、村人はみんな信心深くて、村の聖教会の神殿は周囲の町や村に劣らず立派だったわ。
私の両親も熱心な聖教会の信者で、私も子供の頃から通い続けていた。身体が丈夫なだけが取り柄だった私は両親の祈りが通じたのか、10代で魔法が使えるようになり、回復魔法の才能が開花したの。村の神殿長の推薦もあって私は聖女の修行の為に王都へ行く事が決まった。信心深い両親は村の誇りだと大喜びしたわ」
ハーラは故郷を思い出しながら語った。
「聖女の修行は厳しかったけど、私は負けず嫌いだったから諦めずに頑張ったの。私より頭が良かったり性格が良かった子もいたけれど、忍耐力だけは負けなかった。だから聖女に選ばれた時にはこれが運命なのだと理解したわ。
ただ、あの頃は丁度戦争が悪化して大変な時期だったの。聖教会は戦争にも被害にあった人々に救援をしていたけど人手が足りなくていっぱいいっぱいだった。聖女になりたての私は戦争は愚かな者のする事で、戦争に協力するよりも困っている人達を助けて回るべきだと言ったわ。
あの頃は若かったのよ。私には周りが見えていなかった」
「その後どうなったのですか?」
苦し気なハーラの顔を見てミアンが話を促す。
「私の意見は却下され、オーベ様の命令で私はデイン王国の国王の部隊を掩護するよう派遣された。勿論私は素直に命令を受け入れられず、半ば無理矢理連れていかれたわ。マグラ国王の部隊は精鋭で固められ、魔王を倒すべく進軍する部隊だった。
部隊に派遣された私はなるべく平静を保ち、怪我人を回復するのに務めたわ。ただ、前線で戦う事は断った。モンスターや魔族であろうと戦うのは自分の役目では無いと思っていたの。
丁度その頃だったわ、夫のダグザと出会ったのも。彼は傭兵として国王の部隊に入り活躍していた。戦いから戻って来て戦果を自慢する彼を見て私は最初軽蔑していたのよ」
ハーラは懐かし気に昔を思い浮かべる。
「戦いに加わって一か月後、私の認識を大きく変える出来事が起こったの。
私はいつものように戦場から離れた補給部隊と共に後方で待機していた。敵は裏をかいて補給を断つ為に補給部隊に奇襲をかけてきた。勿論補給部隊にも警護の騎士はいたし、私も戦闘訓練をしていてモンスターと戦った事はあった。
でも、敵は魔族だった。次々と騎士は殺され、私の守りの魔法も時間稼ぎにしかならなかったわ。ついには非戦闘員の者も殺され始めた。私も敵の数に対抗出来ず、死を覚悟したわ。その時、敵のおかしな動きに気付いて真っ先に助けに来てくれたのがダグザだった。あの人が来て被害は最小限で済んで、私も助かったの。
ダグザは自分の危険を顧みず戦っていた。それを見て私は自分の聖女としての覚悟が足りていない事を始めて知ったの。理想ばかり語っていても、行動で示さなければ意味が無いってね」
ハーラは昔のダグザを思い出して心をときめかせていた。
「それからは私もダグザと共に前線に出る事にしたの。あの人の事を本当に信頼出来るようになるにはそれでも時間がかかったわ。考え方の違いでぶつかり合う事も何度もあった。マグラ様は私達のやり取りを見てよく笑ってらしたのを思い出すわね。沢山の人が死んで、苦しい思いもしたけれど、それでも楽しい思い出も沢山あったわ。
そして私にとっての大きな試練が訪れた。人間の軍勢の勢いを止めたい魔王の軍勢が一気に押し返して来たの。その勢いはすさまじく、多くの国や町が被害にあった。その時、たまたま敵の進軍の方向にあったのが私の故郷の村だったの。
国王の部隊も、他の部隊も必死に魔王軍に抵抗したけれど、その勢いには勝てなかった。結果として進軍している魔王の軍勢は守備隊に任せて、国王の部隊は魔王城へ逆に攻め入る事になった。私の故郷がほぼ生き残りも無く滅ぼされたと知ったのは丁度その方針が決定されたのと同時にだった」
ハーラは苦しそうに言った。
「私は後悔して、何がいけなかったのか、何か出来たんじゃないかと自問自答したわ。そして結局自分1人ではどうにも出来なかったと思い知った。聖女だなんて言われているけど、単に魔法の能力が高いだけのどこにでもいる人間の1人だったんだとね。そして私は再び戦場に出られなくなったわ。
そんな私を立ち直らせてくれたのがダグザだったの。彼も幼い頃に故郷を失い、少しでも多くの人を助ける為に戦士になったってその時知ったの。それでも力不足で傭兵仲間を何人も失ったと。ダグザは失った家族や亡くなった仲間の為にも必死に戦い、必死に生きているんだって私に言ったわ。そして、聖女の私がいるから助かっている人も沢山いると。
私は悔しさを胸に、魔王討伐を全力で行う事に決めたわ。国王陛下もダグザも戻るのではなく、進む事で戦いを終わらせる覚悟を決めていた。それは他の国の兵士達も同様だった。だから私達は魔王に打ち勝つ事が出来たのよ」
「そうだったんですね。私も話は聞いております。マグラ前国王陛下やダグザ様、ハーラ様が魔王を討伐したと。凄い偉業だと思います」
「その事だけど、少しだけ違うのよね。ミアンには本当の話を伝えても問題無いわね」
「本当の話?」
ミアンは何があったのだろうかと気になってくる。
「魔王城に乗り込んだ時には国王陛下の部隊も他国の精鋭と混ざり合い、連合軍の形になっていたの。魔王との決戦の時、国王陛下も戦いには参加していた。ただ、主力部隊ではあっても、国王陛下は直接魔王と戦えるほど強くは無かった。それは国王陛下が一番理解していて、魔王のいる部屋に突撃する際は後ろに控える形になっていたのよ。私もダグザも国王陛下と同じ部隊に居て、魔王との直接対決には参加していなかったわ。
当時、最強の剣士と言われる“流浪の黒騎士”と呼ばれた騎士がいたの。彼もいつのまにか連合軍に参加していて、強さは間違いなく連合軍で一番だった。私も会ったけど、無口で、戦い以外に興味を示さず、どこか不気味な雰囲気があったわ。名前も年齢も性別も不明で、せめて呼び名が必要だという事になって“シャドウ”とみなで呼ぶようになった。
そのシャドウと精鋭9人の10人が先鋒として魔王と直接対決を行ったの。魔王を追い込んだら私達の部隊も呼ばれて一緒に戦う予定だったわ。私達は寄って来る他の魔王軍と戦いながら魔王との戦いがどうなったかの結果を待ち続けた」
「それで、どうなったのですか?」
「戻って来たのはシャドウだけだったわ。シャドウは魔王を倒したと言い、部屋に行ってみると確かに魔王の死体と他の魔族の死体、そして戦いで死んだ残り9名の死体もあった。激闘の末、残ったのはシャドウだけだったの。
本当はそのシャドウが英雄として名を残す筈だったのだけれど、いつの間にかシャドウは消えてしまった。なので、国王陛下は連合軍が魔王を打ち破ったと発表した。デイン王国では国王陛下やダグザや私が魔王を倒したと噂になっているけれど、正確には違うのよ。本当の事も言えないので、その噂も否定せずに今も広まっているというわけね。
私はもしかしたらそのシャドウも転生者だったのではと今では思うわ」
ハーラは子供達にすら秘密にしていた話をミアンに打ち明けた。
「おばさんの昔話を聞いてくれてありがとうね。
私が伝えたかったのは聖女だからといって完璧なんかじゃないという事よ。私がミアンの年齢の時にはまだ聖女見習いの状態で、右も左も分からなかったのよ。聖女になって数年経ってもミアンのように立派に務めを果たせていなかった。
私が自分で聖女だと認識出来たのは魔王軍との戦いで、いっぱい失敗して、それでも必死に1人でも多くの人を救おうと動いた時なの。困難を乗り越えた先にこそ聖女としての役割があるのよ」
「ハーラ様、ありがとうございます。ハーラ様はやっぱり素晴らしい人だと分かりました。
ですが、私はやっぱり自分がハーラ様と同じように人々を導けるとは思えません」
ミアンは再びうつむいてしまう。
「ミアン、お願いがあるの。あなたにアリナを救う手助けをして貰いたいの」
「アリナさんを、ですか?」
「そう。これはあなたにしか出来ない事。あなたもアリナもスミナを失った事で苦しんでいる。その気持ちをアリナに伝えてあげて欲しいの。あの子もきっと今は周りが見えていない。アリナを救えるのはミアンだけだと思うわ」
ハーラはミアンに懇願する。
「私にそんな事が出来るでしょうか。
それにアリナさんは今どこにいるかも分からない状況ですよね?」
「そうね、そこも何とかしないといけないわね。でもね、レモネさんもソシラさんもアリナを救う為にもう動いてくれているのよ」
「お2人が……」
ハーラはミアンの気持ちが変わり始めたのではと感じていた。ただ、もう少し切っ掛けがあればとも思っていた。そんな中、誰かが2人のいる部屋をノックした。
「どうぞ」
ハーラが返事をすると入ってきたのはミアンの恩師でもあるマーゼだった。
「マーゼ、どうかしましたか?」
「ハーラ様、ミアン様、モンスターの大群が王都の壊れた結界部分から侵入しています。兵士や騎士団も対抗していますが、数が多く市民に被害が出始めています。この辺りも危険になりますのでお2人も安全な場所に避難を」
マーゼが緊急とばかりに状況を伝えてくる。ハーラはそれを聞いて決意した。
「避難だなんて、私を誰だと思っているのですか?マーゼも戦いに行くのでしょう?私も行きます。
ミアン、付いて来て下さい」
「え?ですが、私は……」
「ミアン、現実を見なさい。直接あなたの目で見て、自分でどうしたいか決めるのです」
ハーラは今までと打って変わって厳しい口調で言った。
「分かりました」
ミアンもそれに応えるように言った。
外は夕暮れ時で、騒然としていた。神殿から出てきた聖職者達が市民をモンスターから守り、誘導していたが、各所からモンスターが湧き、逃げる場所も無い混乱した状況だ。モンスター自体は昆虫や動物型で知能は低く、それほど強い個体はいないものの、問題はその数にあった。このままでは市民を守るのは難しいように見えた。
「マーゼ、やりますよ」
「分かりました、ハーラ様」
ハーラとマーゼは聖教会のローブを戦闘形態に切り替え、混乱している市民達の方へ飛んで行く。そして襲ってくるモンスターを光の魔法で吹き飛ばしていった。
「皆さん、大神殿へ避難して下さい。大神殿が一番安全ですので」
マーゼが市民に訴える。大神殿の中は広く、近くの市民を受け容れるのには十分だった。ハーラとマーゼは動き回り、大神殿へ市民が避難する為の道を作っていく。2人とも熟練であり、その動きも魔法も圧倒的だった。他の聖職者達も2人を真似て、市民の避難を手伝った。ただ、それでも対応出来る人数が限られており、周りの全ての市民を救うのは無理に思えた。
(これでいいのでしょうか?)
1人だけ動けず周りの様子を見ていたミアンは自分に問いかける。神の声は聞こえず、どうするのが正しいのかミアンには分からなかった。
ただ、ミアンの目には逃げ惑う人々が映った。困っている人がいる。その時自分がどうすべきかは決まっていた。
「光よ!!」
ミアンが祈るとミアンを中心に眩い光が広がった。その光はモンスターの動きを封じる魔法だった。光は強く、どんどんとミアンを中心に円状に広がっていった。
『みなさん、聞いて下さい。私は聖教会の聖女、ミアンと申します。しばらくの間、モンスターの動きを封じました。今のうちに大神殿に避難して下さい。大神殿は光の柱の立っている場所にあります』
ミアンの声が祈りに乗って周囲の人々に届く。ミアンのいる大神殿の上には光の柱が天高く伸びていた。ハーラは神々しいミアンの慈愛の顔を見て微笑むのだった。