5.アリナの話③
アリナは魔族の砦の中で今の惨状を引き起こした切っ掛けになるあの日の事を思い出していた。
カジノ潜入の後、アリナはアスイの事を少し信用してみる事にして、スミナと共にアスイの家へ魔族と関係ある人物のリストを届けに行った。スミナが見た記憶ではレオラが人間の貴族と取引をしている事が分かり、アリナのレオラへの警戒度は増す事になった。
渡したリストにソシラの名前が載っていた理由は裏町での活動があるのでアリナは当然だと思えた。なので、アスイにもソシラは問題無いと伝えたのだった。
リストを渡したタイミングでアスイは双子に新しく見つかった遺跡調査を頼めないかと依頼してきた。この時のアスイには遺跡の中身は分からなかっただろうし、双子に頼んだのは本当にたまたまだったのだろう。
アリナもスミナもそれを了承し、アスイは頼れる学生を伴って行って欲しいと言ってきた。その結果、ガリサとドシン、レモネとソシラの4人が付いて来てくれる事になった。この4人になったのは能力の高さと双子の交友関係を考えれば当然の結果だろう。
遺跡調査はアスイの部下で痩せ男であるヘガレが案内役をしてくれた。遺跡自体は魔導馬車で2時間ほどで着く距離で、王都からさほど離れた場所では無かった。
遺跡の見つかった洞窟のモンスターは大したことは無かったが、遺跡は地下深くにあり、遺跡の形も魔導帝国時代の遺跡にしては珍しい形をしていた。結果としてこの遺跡は魔導帝国時代の聖教会によって作られた神殿で、異界災害を封じる封印兵器や異界災害に関する資料を保管する為のものだった。
遺跡を守護するガーディアンはモンスターと異なり手強かった。聖教会の者しか通さない仕組みになっており、強さはそこそこだが数と、修理されて無限に湧いてくるのが厄介だった。なので双子で管理している部屋を見つけ、ガーディアンを停止させる事になった。
スミナの祝福の力でガーディアンを停止させられたのは良かったが、その部屋や中に厳重に保管されていた封印兵器の記憶を見てしまった。これがスミナが封印兵器を使う事になった原因の一つだろう。
その後、二手に分かれて遺跡の調査をしたのもアリナにとって誤りだった。スミナはレモネとソシラと組み、アリナはガリサとドシンと組んで調査する事になった。スミナとガリサが本に詳しいのでこの別れ方が正しいのだが、アリナはここでの行動を後々後悔する。
アリナ達は通路の右側の部屋を一つずつ調べて回っていった。一番手前の扉を危険が無い事を把握してからアリナが開ける。
「ここは、研究用の部屋だね」
「これ、魔導帝国時代の実験用魔導具だ。持って帰れば高値で売れると思う」
ガリサは物珍しそうに机の上に乗っている道具を見て回る。アリナはお金にそれほど困ってないのであまり興味が無かった。それはドシンも同様のようで、何がなんだか分からない顔をしていた。
「下手に触れると壊れるかもしれないからやたらと触ったらダメだよ。あと、あくまで目的は貴重な品が無いか確認する事だからね。お金は調査が終わったら貰えるだろうし」
「分かってますよ。でも、動くならどれもそれなりに貴重そう。特に珍しそうな道具はメモっておいてヘガレさんに伝えるわね。
こういう時スミナがいると凄い楽なんだよね」
ガリサがメモを取りながら言う。
「はいはい、あたしは物の価値が分からなくて悪かったですね」
「それを言ったら俺もだよ。こんな道具に価値があるとは思えないな」
「あっ」
ドシンが魔導具の一つを持ち上げるとそれは簡単に壊れてしまった。
「保存状態はあまりよく無さそうね。まともに動くのは数点だけかも。この部屋は後から来る調査の人に任せた方がいいかもしれない」
「あたしもそう思う。次の部屋に行こう」
やらかした顔のドシンを置いておいて、ガリサもアリナも次の部屋へと向かっていった。慌ててドシンも2人の後を付いていく。
二つ目の部屋はまるで図書館のように本棚がずらっと並んだ部屋だった。アリナはそれを見ただけでクラっとする。
「ここはあたしはパス。というか、これ全部見るのは無理だし、次の部屋へ行こ」
「えー。ねえ、ちょっとだけ見せてよ。絶対凄い本や魔導書もあるって」
「俺もここには興味ないな」
見事にガリサ以外は全く興味を示さない部屋だった。
「じゃあ、10分。10分でいいから待っててくれない?」
「分かったよ。あたしも念の為ぐるっと確認する」
「俺はいいや、ここで座って待ってるよ」
ドシンは諦めて部屋の入口近くにある椅子に座ってしまった。
ガリサは本棚の本をざっと眺め、一冊手に取り、内容を確認すると次の本棚に移動するという手順を繰り返していた。きっとその本棚がどういった系統の本が並んでるか確認しているのだろう。アリナも試しに本を手に取って開いてみたが、挿絵も無く、文字がづらっと並び、文章も古臭くてとても読む気になれなかった。
アリナは本を手に取るのを止め、とにかく部屋の中を見て回った。本はどれも装丁が違っていてどんな内容かは想像出来なかった。ただ、部屋の奥に行くにしたがって嫌な気分になってきた。危険察知で危険は感じず、罠も敵も無いのは確認済みだ。どうやらそれは一番奥にあった黒めの装丁の本が多く入った本棚から感じていた。試しにアリナが一冊手に取った本の1ページ目にはこんな文字が書かれていた。
『二度とこの悲劇が繰り返されないよう、ここに何が起こったかを記す』
アリナはそれだけ見て、先を読む気になれなかった。本のタイトルも既に薄汚れて読み取れなかった。何となくアリナはこの場所に居たく無くなり、入り口の方に戻ってドシンと最近の話をして時間を潰した。
「ガリサのヤツ遅いな。もう10分は経ったよな」
「そうだね、あたしが連れて来るよ」
アリナはそう言って部屋の奥へと進む。
「ガリサ、もう行くよ!」
「ちょっと待ってて。あと少しで一通り見終わるから」
ガリサは焦った様子で返事を返す。アリナはもう待てないとばかりにガリサの様子を見に行った。
「あとは調査の人に任せればいいって」
アリナがガリサを見つけたのは例の本棚の前だった。その時ガリサが読んでいた本を自分のカバンに急いでしまったのがギリギリ見えた。
「えー、この本棚は凄い珍しい本だよ」
「ガリサはどれが貴重な物か分かるの?」
「いや、そこまでは分からないけど」
「ドシンも待ってるし、アリナ達だってもう調査終わってるかもしれないよ」
「分かったよ」
ガリサはそう言って床に置いてあった複数の本を手に持つ。
「それは?」
「魔導書だよ。図書館でも見た事無い珍しい物なの。申請が通れば持って帰ってもいいってヘガレさんが言ってたし」
「なるほどね。まあガリサにとって貴重だと他の魔術師も欲しがるものだから貰えないかもね」
「いいの、試してみるから」
ガリサは満足そうだった。アリナはガリサがカバンにしまった本も同様に申請するんだろうな、ぐらいの気持ちでその事を確認しなかった。それを指摘していたらガリサが異界災害を起こす事は無かったかもしれない。
残りの部屋も本があったり、聖教会の道具があったりしたが、本の部屋に時間をかけ過ぎたのでさっと見て回るだけになった。結局アリナが興味を惹くようなものは何も無かったのだった。
その後、礼拝堂の部屋でスミナ達と合流し、貴重品だけ魔導馬車に運んで遺跡調査は完了したのだった。
(もしかしたらあのタイミングであの遺跡が発見された事自体が魔族かそれ以外の何者かの仕業だったのかもしれない)
アリナは遺跡調査の事を思い出して、そんな事を思った。そして、たとえ自分達が調査に行かなかったり、ガリサが参加しなかった場合でも誰かが本を手にして異界災害を引き起こしたかもしれないと。
とにかくアリナはあそこでスミナに封印兵器を触らせた事と、ガリサに異界災害の事が書いてあると思われる本を読ませた事が自分の失敗だったと振り返った。勿論それだけでは大した問題では無かったかもしれないが。
そして封印兵器が見つかった事と繋がってか、遺跡調査の数日後にスミナが聖女であるミアンと出会う事になってしまう。
アリナはミアンの事は以前から医療魔法科に聖女がいると話題だったので知っていた。一応知り合いになっておこうと声をかけてみたが、既に他の生徒に人気があってちゃんと話す事すら出来なかった。
アリナはミアンは可愛くて、優しく、人助けに積極的で凄い子だとは思っていた。が、まさかあそこまで姉のスミナに付き纏うようになるとは思っていなかった。それに加えて、ミアンの言動は鋭く、危険は感じなくても要注意人物だとアリナはスミナに釘を刺すのだった。
結局、スミナは付き纏われたり、自分の秘密を悟られたりしたことを嫌がり、ミアンと少し距離を取るようになった。それでアリナも一安心したのだが、スミナとミアンの縁はそれで終わったりしなかったのだった。
(あの頃からあたしよりお姉ちゃんが色んな人からモテるようになったよなあ……)
アリナは振り返りながら自分の人望の低さが嫌になっていた。アリナは学校では顔が広く、友人はスミナよりずっと多い。だが、アリナはプライベートな部分までは友人に立ち入らせず、腹を割って話せる人物はいなかった。逆にスミナは関わる人物は少ないものの、関わった人達からは皆好かれていた。それはアリナには真似出来ない性格の違いからなのだろう。
(それで夏休みが始まって、あの事件が起きたんだ)
アリナは聖教会の遺跡が見つかったのに続いて、火山のリゾートでの出来事を思い出す。
久しぶりに実家に戻っての休日も楽しかったが、長い休みを訓練だけにしたくは無く、泳ぎに行きたいとアリナは言い出した。近場で丁度いいリゾート地としてメイルが火山地帯の温泉リゾートを提案し、双子はそこに行く事に決める。
が、丁度リゾート地では異変が起きていて、温泉リゾートは休止していた。双子達は原因を突き止め、対処してリゾートのオーナーから恩人として歓迎された。
温泉リゾートは初日と二日目は普通に満喫出来た。が、ここに来てまた問題が発生する。その問題が起こった原因の一つはアリナにあった。
温泉リゾートで楽しんだ双子達は火山が噴火したのもあって、ホテルに戻る事にした。戻ってみると、ホテルはリゾート再開を知って客が戻っており、従業員もみな忙しそうだった。そんな中、アリナは明らかな敵意をホテルの中で感じる。
(あいつらは……)
それはガラの悪そうな恰好をした男達だった。そんな中にアリナは見覚えのある顔があるのを発見した。顔を隠しているがその男は戦技学校の3年生で、以前アリナがぶちのめした先輩だった。トミヤからもらったリストにも名前が載っていて、学校を辞めたと聞いていた。という事は周りにいる男達も裏社会の人間の可能性が高い。
ただ、アリナが感じる危険度は低く、今すぐに何かしてくる様子は無かった。スミナも離れていく仕草をしていたのでアリナも同じように距離を取って離れるようにした。
(喧嘩売られないように気を付けないと)
アリナはここに男達が来たのがたまたまの可能性もあると思い、近寄らなければ問題無いと考えていた。
しかし、そんなアリナの考えはすぐに否定される事になった。
双子達は疲れるまで遊び倒してその夜は早めにホテルの部屋で眠りについた。深夜になり、アリナは祝福の危険察知能力で危険を感じて目を醒ます。どうやら部屋の外からアリナ達を襲おうとしている者がいるようだ。隣のベッドを見るとスミナはまだ熟睡しているが、エルは敵の接近に気付いたようで扉の方を見ていた。アリナは敵に悟られないように静かにベッドから起き上がる。
部屋には就寝用の小さな魔法の灯りしか点いておらず、アリナはゆっくりと扉の方へと向かう。すると離れた所にあるメイルのベッドからも人の動きを感じた。見るとメイルも敵の気配に気付いて短剣を手に置き上がっていた。アリナとメイルは視線を合わせ、お互いに頷いて合図する。2人はそのまま扉の横に移動すると左右に分かれて敵の動きを待ち構えた。
(来る!!)
部屋の鍵が魔法か何かで開錠され、扉がゆっくりと開いていく。アリナは最初に入ってきた方はメイルに任せる事にした。入ってきたのは痩せ型の男で黒いフードを被って目立たない恰好をしていた。男が警戒しながら部屋の中に一歩踏み込む。その瞬間メイルは音も無く男に近寄り腹に蹴りを叩き込んだ。男が苦痛でむせたところをメイルは武器を奪って布で手を縛り上げる。
アリナはメイルの動きに合わせて扉の外に飛び出した。そこには黒いフードを被った大男がおり、アリナは相手が動く前に魔力でロープを作って一瞬で縛り上げる。そして布を顔に巻いて叫ばないようにした。
「うまく行きましたね」
会話出来るように寝室から離れた洗面室に男達を運び込んでからメイルが言う。アリナもメイルもスミナに迷惑をかけたくないのは一緒のようだ。エルもいつの間にかやって来ていた。
「多分昼に見かけたガラの悪い連中の仲間だと思う。原因は多分あたしだ。前にボコボコにした学校の先輩が混ざってて、あいつは裏町の奴らとつるんでたから」
「やはりそういった人達でしたか。するとこの2人が帰って来ないとまた来ますね」
男達に殺意があったかは分からないが、そうで無くても拉致や暴力が目的の侵入なのは確かだろう。
「ねえ、あんた達に指示出したヤツのところまで案内してよ。まだ近くに居るんでしょ?」
アリナは自分で後始末を付けるつもりで縛られて口も塞がれて喋れない男達に言う。このまま国の兵隊に突き出してもいいが、そうなると指示した親玉に逃げられる可能性が高い。そうなれば今後もこういった行為は続くだろうし、アリナは今すぐ問題を片を付けたかった
男達は2人とも反応しない。素直に言う事を聞く気は無さそうだ。
「アリナお嬢様、こういう事は私にお任せ下さい」
メイルはそう言うと、痩せ型の男の耳元に顔を寄せる。そして男だけが聞こえるように何かをメイルが囁いた。すると男の顔色が青ざめていく。
「じゃあ、私達を案内してくれますね?」
メイルが再び言うと痩せた男はコクンコクンと頷くのだった。アリナは後でメイルに何を話したのか聞いてみようと思った。
「エルちゃん、再び敵が来たらエルちゃんが対処してくれる?それで、お姉ちゃんがもし起きたら、あたしとメイルは遊びに出かけたから心配ないって伝えておいて」
「了解しました。任せて下さい」
アリナはエルにスミナの事を任せて親玉のところに行く事にした。アリナもメイルも戦闘出来る装備を整え、縛った男達に道案内させる。途中で従業員や一般の客に会わないようにアリナが危険察知の能力で道を変えたりして進んで行った。男達の案内で進んで行った先はホテルの外だった。恐らく双子達を拉致して連れて来るつもりだったのだろう。昼間はカラフルだった温泉レジャーの施設も深夜はライトアップもされていないのでどこか不気味な雰囲気だ。
アリナは前方に複数の危険を察知する。恐らく待ち構えていて取り囲むつもりなのだろう。
「メイル、敵は待ち伏せしてる。気を付けて」
「了解です」
アリナとメイルは2人にだけ聞こえるように話す。男達はホテルから少し離れた広場に双子達を連れて行った。
「ちゃんと案内して来れたか。ご苦労だったな」
広場に出たところで奥の木が茂っている辺りから男性の声が聞こえた。それと同時に20人ぐらいの男達が2人を取り囲む。
「何が目的なの?あたしが領主の娘だと知っててやってるの?」
アリナは声を出した男の方を向いて質問する。男はアリナと同世代か少し上ぐらいの若さに見えた。
「当たり前だろ。お前達が僕達を破滅させた元凶だからな」
男は恨みたらしく言う。周りにいる学校を辞めた先輩に恨まれるのは分かるが、アリナがこの男に恨まれる記憶は無かった。
「お嬢様、この男は魔族と交流を持っていたオビザの息子のエビゾ・ドンゾです。オビザは逮捕されましたが、彼は証拠が無く貴族の地位のはく奪だけで済んだと聞いています」
「流石アイル家のメイド、よくご存知だ。
お前達が余計な調査をしたおかげで、我が家はただの平民に落とされた。今まで必死に築いた交友関係も台無しにされ、下手な動きは出来なくなった。
だがな、お前達に恨みを持っている者は沢山いる。呼びかけに応じてこんなに集まったんだからな」
エビゾは自信満々に言う。要は父親が捕まった逆恨みで、同じく捕まらなかったものの今回の騒動で仕事や学校が上手く行かなくなった人達が集まったのだろう。まあ、裏社会に関連している人物の集まりだ。
「人数集めただけであたし達に勝てると思ったわけ?」
「まさか。僕だって馬鹿じゃない。お前達の強さについてはよく調べてるよ。こちらには素晴らしい協力者がいてね、倒せる作戦を立てているんだよ。
そもそも娘の方は正義の味方ぶって盗賊退治しても捕らえて引き渡す、人を殺した事の無い腰抜けだそうだな。メイドの方も過去のトラウマで生き物を殺す事すら出来ないって聞いてる。そんな奴らにこいつらが倒せるかな」
エビゾがそう言うと周りを囲む男達の背後から更に巨大な何かが現れる。それは茶色と緑色の混ざった植物みたいな身体をした5メートルのゴーレムのような人型モンスターだった。ただ、大きく目立つのはその胴体の真ん中に球状の巨大なガラス玉のようなものがはまっていて、その中は液体で満たされていて水着の女性が入っている事だ。アリナはそんなモンスターを見るのは初めてだった。
「こいつは魔族が戦闘用に作ったダームというモンスターだ。契約者の命令を聞き、中の人間をエネルギーにして動く。何より素晴らしいのはダームに与えたダメージは中の人間に連動する事だ。下手に傷付けると中の人間が死んでしまうぞ」
「すごいね、こんな下品なモンスターを堂々と使うなんて」
「何とでも言え。今すぐ降参すればお前らもダームの餌として使ってやるぞ」
「降参?冗談はほどほどにしてね」
アリナはそう言うものの、20体のダームを中の人を傷付けずに倒すのは難しいと考えていた。一番簡単なのは命令している人間を殺す事だ。
(メイルが戦いを避けているのは事実だ。だったらあたしがやるしかない)
アリナは覚悟を決めた。
「メイル、しばらく囮になって敵の攻撃を引き付けて。その間にあたしが男達を殺すから」
「駄目です。お嬢様にそんな事はさせられません。
私は今まで甘えてきたんだと思います。ですが、お嬢様達のメイドとして、このような狼藉は見逃せません。汚い仕事はメイドの役目、お嬢様はダームから人質を解放する方法を探して下さい」
メイルが決意を込めて言う。確かに全ての囚われた女性を助けるにはダームから中の人を傷付けずに解放する方法を見つけなければならない。アリナが考えている間にも敵は動き出していた。
「分かった、男達はメイルに任せる。あたしはダームをどうにかする」
「了解しました、お嬢様」
メイルは物凄いスピードで駆け出した。ダームの腕を振り下ろす攻撃を避け、その背後に隠れた男の前まで移動した。そして短剣で男を斬り付けようとした。が、メイルは本能的に一瞬躊躇してしまう。その隙を男もダームも見逃さず、メイルを前後から攻撃する。メイルはそれをギリギリで避ける。
「私はもう後悔したくない!!」
メイルは叫ぶと男の背後に回った。そして短剣で男の首を一閃する。男の首から血が噴き出し、男が操っていたダームが動きを止めた。やはり命令者を殺す事がダームの無力化にもっとも効果的なようだ。
「何をしている、そのメイドを集中的に攻撃しろ!!」
エビゾが叫ぶ。ダーム達はメイルを積極的に攻撃しようとしてアリナの方が比較的手薄になってきた。
(メイルが狙われているうちにダームを何とかしないと)
アリナはメイルの負担を減らす為にダームを分析する。確かに普通のモンスターより動きは速く、力も強い。だが、デビルや遺跡で戦ったガーディアンに比べると技も少なく、動きも単調だった。攻撃を避けたり、当てるだけならアリナにとっては楽勝だ。問題は攻撃が中の女性に連動するという事だ。嘘か本当か分からない話だが、試すわけにもいかない。
アリナがダームの攻撃を避け続けて観察していると、別のダームの攻撃がもう一体のダームに当たった。攻撃はダームの左腕に当たり、そのダームはよろける。すると中の女性が左腕を抑えて顔を苦痛に歪ませているのが分かった。液体に満たされていて声は聞こえないが、実際は叫んでいるに違いない。
(言ってる事は本当だった。下手に避けて同士討ちさせるのもマズいな)
アリナは急いで何とかしないとと考える。こういう時スミナは冷静に分析し、自分の知識と合わせて解決していたなと今は寝ている姉の事を思い出した。
(あたし1人でも何とか出来るようにしないと)
アリナは同士討ちにならないように大きく動いて敵の攻撃を避け続ける。
「なるほど、中の女を傷付けたくないんだな。だったらこういうのはどうだ?」
アリナの行動を見て下卑た笑みを浮かべた男が言う。それはアリナが以前ボコボコにした学校の元先輩だった。
「何てことするのよ!!」
男の近くのダームがアリナでは無く隣のダームを攻撃しようとしたのでアリナは必死に割り込んで魔力の盾を作って攻撃を防ぐ。
「そこだ、やれ!!」
男はダームに命令して対象をアリナに戻して攻撃させる。アリナは危険察知で攻撃を避けられたが、今度は敵が同士討ちさせるのも見る必要が出来てしまった。
(このままじゃマズイ。何とかしないと)
アリナは今まで見た情報を整理する。ダームは契約した者が命令し、1人につき1体しか操れない。命令の内容は大雑把な攻撃対象の指定ぐらいしか出来ない。人へのダメージは攻撃を受けた箇所を球の中の液体を通して女性の該当箇所に連動させているようだ。魔法は効き辛く、精神系の魔法で動きを止めるなどは出来ない。
対策として考えらるのはやはり女性を閉じ込めているガラス状の球体をどうにかする事だろう。球体を割ってしまうのが手っ取り早いがその際に中の人間がどうなるか分からない。球体の中の液体をどうにか出来ればいいが、魔法が効き辛いので割る以外の方法が思いつかない。
「どうした?手も足も出ないか?」
元先輩の男が楽しそうに言う。アリナは無視して集中して避け、同士討ちを防ぐ。それと同時に何か方法が無いか探し続ける。
アリナがようやく見つけたのが、球体の下の部分だった。そこには穴が空いていて、球体の外側にそれを覆うような吸盤のような物体が張り付いている。球体の中と外を繋いでいるのはその1点で、そこから液体を通じてエネルギーを取り出したり、ダメージを連動したりしているのだろう。
(ダメージが伝わる前に完全に分離出来れば!)
アリナはそれにかける事にした。ダームの攻撃を避けたり受けたりしつつ、球体の下部を綺麗に斬り取る形を頭の中で想像する。それはスプーンのような曲線のある刃を球に沿って滑り込ませる必要があった。
(今だ!!)
アリナは敵の攻撃を避けると同時に魔力で刃を作り出し、それを一気にダームの球の下部分に突き刺した。するとダームの動きが止まり、球体が溶けるように消えていく。中の女性は液体が消えるとせき込むように液体を吐き出した。
(よかった、生きてる!!)
「メイル、ダームから分離する方法を見つけた。男達は殺さず捕まえるように変更で!!」
「了解しました!」
素早く動き回って男達を少しずつ倒していたメイルが答える。元々男達も連携が取れていた訳では無く、人質としてのダームも使えなくなると手も足も出なかった。アリナがダームから女性を次々と解放していき、メイルは残りの男達を殺さず、叩きのめして、縛り上げていった。
「僕達を生かしておくと後悔するぞ」
「死刑にするかは国の判断に任せるよ。もし生き延びて復讐しようとしても返り討ちにするから安心して」
アリナはエビゾに言い返すのだった。
アリナ達はここからが大変だった。ホテルのオーナーに男達を突き出し、助かった女性達も保護して連れて行った。何があったかを説明し、近くに駐留する国の兵士が男達を連れて行くまで見張る必要があった。メイルは先に部屋に戻って下さいと言ったが、アリナは自分が起こした騒動なので最後まで責任もって対応せねばと頑張った。
結局アリナ達が部屋に戻れたのは明け方近くになってからだった。アリナはオーナーと娘のルノエにスミナには心配かけたくないからこの事を黙っておいて欲しいと伝えたのだった。
「アリナお嬢様、お疲れさまでした」
ホテルの部屋への帰り道でメイルが労う。
「メイルこそ付き合わせちゃってゴメン。その、人と戦うの大丈夫だった?」
「はい、昔はもっと酷かったので。お嬢様の為ならこれぐらい大丈夫です。むしろ、アリナお嬢様のおかげで吹っ切れました」
「そっか。本当にありがとうね、メイル」
アリナ1人では被害を出さずに対応は出来なかったと思い、本当にメイルに感謝していた。部屋に戻るとスミナは眠っており、その顔を見てアリナはホッとした。
アリナとメイルが眠りに落ちて1時間後ぐらいにスミナは目を醒ます。この時スミナは神機グレンの事を感知し、それに導かれていた。アリナはそんな事はつゆ知らず、ただの魔導具探しだと認識してしまった。だから、あとから追いかけるという無責任な対応を寝ぼけ半分でしてしまったのだ。スミナはエルを連れて2人で神機を探してホテルを出て行った。
スミナとエルが出て行って数時間後、アリナはとてつもない危険を察知して目を醒ます。それはスミナが魔神の封印を解いた結果だった。
「メイル起きて!!スミナがやばい場所に行ってる!!」
アリナはメイルを起こすと共に着替えて出かける準備をする。メイルもアリナの雰囲気から理解をし、急いで身支度を整えた。
アリナとメイルは魔法を使って全速力で危険を感じる方向へと進む。しかしその反応は山の向こう側で、どうしても迂回する必要があり時間がかかってしまう。
(あたしはバカだ。子供の時もスミナを1人にして危険に晒したのに!!)
アリナは疲れていたとはいえ、判断ミスした事を悔やむ。
結局アリナとメイルがスミナのところに辿り着いた時には危険は去っていた。危険を感じたと思った洞窟からは危険が消え、洞窟の入り口から出てきたのは倒れたスミナを抱えた白銀の騎士だった。
「お姉ちゃんを放して!!」
スミナは危険は感じないものの、姉を連れ去られるかもと思い叫ぶ。
「待ってくれ、俺だ」
「え?オルトさん?」
メイルが兜を脱いだ白銀の騎士の顔を見て驚く。アリナも名前を聞いて以前学校に剣の講師で来たオルトであると理解した。
「お姉ちゃんは大丈夫なの?」
「ああ、魔力切れを起こしているが、命に別状は無い。が、どこか休める場所に運ばないと」
「オルトさん、スミナお嬢様をお渡し下さい」
メイルがオルトからスミナを受け取って抱き抱える。
「一体何があったんですか?」
「それはワタシが説明します」
オルトの鞄からエルが人間形態で出て来た。
「貴重な宝石かと思ったら、魔宝石か。凄い物を持ってるな」
「オルトさん、その話はまた後で。エルさん、話を聞かせて下さい」
メイルが話を促し、エルが朝から今までスミナが何をしていたかを説明してくれた。アリナはそれを聞いて自分のミスを後悔した。スミナを助けるつもりで人間の小悪党を倒したら、本当の問題はその後だったのだから間抜けとしか言いようがないとアリナは思っていた。
アリナは火山での対応を思い出し、この時に魔神ドヅのトドメが刺せて無かった事が一番の問題だったと理解した。もしアリナがスミナと共に神機を探しに行っていたのならドヅの破片が残っていた事も察知出来たかもしれないからだ。
その後、夏休みはオルトのところで特訓する事になったのだが、それ自体はアリナにとっても価値があったと思っていた。ただ、その強化がそれ以降の敵に対応出来ないとは思ってもいなかったのだが。
(結局あたしの夏休みは空回りだったんだな)
アリナは自分の情けなさを実感するしかなかった。