3.アリナの話②
「大丈夫?何か生活するのに困ってる事は無い?」
砦の部屋でアリナがレオラとの出会いを思い出そうとした丁度その時、レオラが部屋にやって来た。長時間部屋に軟禁している事をレオラは気にはしているようだ。
「大丈夫だよ。暇だけど特に困っては無いよ」
「そう、それは良かったわ。ゴメンね、アタシもこんな狭い所にいつまでもアリナを閉じ込めておきたくはないの。でも、アナタが仲間になったというきちんとした証明をみんなの前でしないと何が起こるか分かったものじゃないから」
レオラが言うには砦に魔族連合の各代表者を集め、アリナの事を認めてもらう必要があるらしい。アリナは本当にそんな事が出来るのかと疑問に思っている。
「あたしはあんたの同類を何人も殺してる。恨んだり憎まれたりしてるだろうし、本当に仲間になれるの?」
「まあ確かにデイン王国の人間を憎んでるヤツは多いけど、アリナは結界が張られた後の人間だし、アスイなんかとは違う。今の時点でこちらに移って貰えるならみんな大歓迎よ。
そもそも魔族連合なんて言ってるけど要は力が強いヤツの寄せ集め集団でしかない。味方殺しや仲間殺しはよくあるし、同類が殺されたからってずっと根に持つヤツはいないわ」
レオラの事はまだ信じていないし、仲間とは認識していない。嘘を言っている可能性もあるが、今は本音で喋っているのではとアリナは思っていた。
「明後日にはディスジェネラル(十魔将軍)が揃うと思うからもう少しだけ待っててね」
「分かったわ」
レオラはウィンクして部屋を出て行った。敵として見なけれは、この青い肌のセクシーなデビルの転生者は可愛らしいとさえ思えてしまう。彼女の言葉は他のデビルと比べれば人間味を感じ、転生者と言っているのは本当なのだとアリナは思っていた。
(でも、あの日彼女に出会わなければこんな事にならなかった)
アリナは過去を振り返り、レオラと出会ったあの日がターニングポイントだったのではと思っていた。
その日の午後、アリナはスミナとは別の授業を受けていて、放課後はまた強い先輩と模擬戦をするつもりでいた。ただ、この間の裏町の事件もあったので対戦相手はよく吟味するようにアリナもなっていた。
廊下を歩いていたアリナは突然強い危険を複数の箇所で察知した。その時点でアリナは学校に不審者が侵入したと分かる。ただ、その感覚が今まで人間やモンスターに感じたものと異なっていたのが気になっていた。
(とにかくお姉ちゃんの所に行かないと。でも、その前に敵が何なのか把握しなくちゃ)
アリナは一番近くの反応へと向かった。
(何?こいつら)
アリナは生徒を攻撃している初めて見る人型で巨体のモンスターに驚く。頭に長い角を生やし、背中からはコウモリのような翼が生え、肌は爬虫類のように硬質化し、皮膚と鎧の境界が曖昧だ。手に武器を持って生徒を襲っているのでその灰色のモンスターを敵だと認識し、アリナは攻撃する事にする。
「なんだ、キサマは」
接近するアリナに気付き、長い剣を持ったそのモンスターはアリナを攻撃の対象に切り替えた。アリナは敵の攻撃を簡単に避けると、すれ違い様に作り出した剣で相手の腹を切り裂いた。それでアリナは相手を倒せたと思ったが、胴体の中心部まで達した筈の傷はみるみる再生してしまう。
「まさかオレ様に傷を付けられる人間がいるとはな。だが、今度は殺す」
巨体のモンスターはそう言うとさっきよりも速度を上げてアリナに襲い掛かった。アリナはようやく敵が授業で聞いたり、スミナから話を聞いた魔族の強力なモンスターであるデビルだと理解する。
(再生力が高いなら!!)
アリナは襲ってくるデビルの剣をギリギリで避けて、魔力で斧を作り出して今度は胴体を完全に切断した。
「このオレが負けるだと……」
デビルはそう言いながら死んでいった。
「ありがとうございます」
「なるべく他の人と固まって学校の外に逃げて」
アリナはそれだけ言ってその場を離れた。スミナのところにはエルがいるのでデビルにやられるとは思えない。だが、スミナは武器を持って無いし、ギリギリまでエルを戦わせないだろう。そう予想したアリナは急いでスミナのいる方向へと向かう。スミナだったら近くの生徒を救う為にデビルを全て倒して回るだろうが、アリナはそこまでするつもりは無かった。
「お姉ちゃん!!」
アリナの予想通りスミナは素手で2体のデビルに追われている状態だった。
「お願い!!」
スミナがそう言ったのでアリナは理解して1体のデビルを槍で貫き、魔力で作った剣をスミナに手渡した。そして2人で2体のデビルを仕留める。スミナはすぐにアスイに魔導具で連絡し、双子はアスイが来るまでにデビルの大元を叩く事にした。
大元がいると思われる教室には3体のデビルがおり、アリナはスミナと協力して3体とも簡単に撃破した。その中の黄色の身体が一回り大きいデビルが首謀者かと思いきや、実際は倒れた女生徒の振りをしていたレオラが襲撃の首謀者だった。アリナとエルがスミナに女生徒が襲い掛かろうとしているのに気付き、レオラの不意打ちに対処する事が出来た。
正体を明かしたレオラは魔法のゲートを使って仲間のデビルを呼び出しつつ、衝撃的な発言をした。
「ゲート?でも結界の外からは繋がらない筈じゃ」
「普通のゲートは無理ね。これはアタシだから出来る芸当よ。
そうそう、言うのを忘れてたけどアタシも転生者なの。転生前の名前は倉木玲於奈。転生者が生まれるのが人間だけだなんて思わない事ね」
「え!?」
アリナもスミナも流石にレオラの言っている事は信じ難かった。アリナはスミナとエルと共にゲートからわらわらと現れるデビルと戦う。この時、レオラが完全に敵意を出さず、危険を感じなかった事をアリナは心の中で憤慨していた。仲間を使って自分達の実力を測る為に見ているだけなのだと分かったからだ。アスイが到着するとレオラがあっさり退散したのも気に食わなかった。
(今度会ったら絶対に殺す!!)
その時アリナはそう誓ったのだった。そしてアリナがレオラと再会するのは思ったよりも早かった。
アリナ達は襲撃後に休校中の学校に呼び出され、アスイや校長達と今後の対応について話合った。学校側は結果として警備を増やし、生徒の自衛の為の武器の持ち込みを可能にして学校を再開する事に決めた。
学校が再開してから数日が経ち、特に学校で問題は発生しなかった。その日の放課後、アリナは1人で寮へ向かって歩いていた。状況的に他の生徒との模擬戦もやり辛くなり、町へ遊びに行く生徒も減っていた。なのでアリナも授業が終わると真っ直ぐ寮に帰るしかなかった。
帰宅の途中でアリナは強烈な殺意が自分に向けられているのに気付く。周りには下校中の生徒がまばらにいるが、それに気付いている人は他にはいなかった。殺意は商店街の方から感じられた。
(これはあたしを誘ってるな)
アリナは1人で向かうか一瞬悩む。もしこれが魔族が仕掛けた罠ならスミナを呼ぶか、今強化している警備の騎士に伝えるのが正しいのだろう。だが、そうすると逃げられるのではないかとも思った。何よりアリナはレオラに馬鹿にされた事を根に持っており、デビルが罠を仕掛けたなら喜んで飛び込んでやろうと思っていた。アリナには危険を察知する能力があるのだから。
アリナは殺意を感じた商店街の通りの方へ向かうと、それらしいフードを被った人影が、こちらの姿を見て路地へと逃げて行った。その時点で相手からの殺意は消え、あからさまに路地へ誘ってるのが確定する。アリナが路地に飛び込むと、その人影は更に奥の方へと進んで行く。しばらく怪しい人物との追いかけっこが続き、最後にその人物は人の気配が無い寂れた通りの薄汚れた建物の扉の中に入っていった。
(多分罠は無い)
アリナは危険を察知しないので、扉を開けても罠が無い事が分かった。だが、最初に殺意を向けて来た相手だ。中に入ったら何をされるかは分からない。
(お姉ちゃんゴメン。あたしは我慢出来ない)
アリナはそう思いつつ扉を開けて建物の中に入った。中を見たアリナは外見と中の違いに驚く。外から見た時はボロい建物だったのに、中は貴族の屋敷のような豪華な部屋になっていた。立派なテーブルに紅茶が並べられ、奥の椅子にはフードを被った人物が座っていた。その人物はアリナが入ってきたのに気付き、フードを下ろす。
「ようこそいらっしゃい、アリナ。アナタが来るのを待ってたわ」
フードの中には微笑むレオラの顔があった。アリナは剣を魔力で作り出すとレオラに向かって斬りかかる。相変わらずレオラからは危険を感じない。アリナは剣の刃がレオラの首に軽く傷を付けたところで動きを止めた。
「どういうつもりだ、お前は」
「アタシはアナタと話がしたかったのよ、アリナ。アナタとアタシはとても似てると思うから」
顔色一つ変えずにレオラは言う。魔族の、特にデビルの言う事を聞いてはいけないとアリナはよく聞かされていた。奴らは人間を騙し、嘘をつき、誘惑すると。レオラの言動はまさにそれだった。だが、アリナはレオラがどんな事を言ってくるのか興味を持ってしまった。アリナは自然と剣をレオラの首から離す。
「ありがとう。まずは座って、少し話を聞いて貰えると嬉しいわ。
まあ、アタシの言う事を簡単に信じるなんて思ってないけど。でも、アナタにとって有用な情報もあると思うわよ」
「分かった、少しだけ話を聞いてあげるわ。でも、下らない内容だったら即座にあんたを殺す」
「いいわよ、それで」
レオラは自信があるのか、まったく動揺しない。その様子がアリナは気に食わなかった。アリナはそれでも席に座ってレオラの話を少しだけ聞いてみる事にした。こちらにとって重要な情報が引き出せる可能性もあるからだ。テーブルの上にある紅茶もお菓子も危険は感じなかったが、流石にそれを手に取るほどアリナは甘く無かった。
「アリナ、アナタはこの世界の真実とか、人間を救って欲しいとか言われて困惑してるわね。アナタはこの世界の平和になんて興味は無いし、どうなってもいいと思っている。アナタが望むのは姉であるスミナとの平穏な日々。当たってるでしょ?」
「そんな事は無いよ。わざわざそんな事を言ってあたしが仲間になると思ってたの?」
アリナは図星だったが、こんな情報は少し調べれば分かる内容だ。裏切りそうだからと声をかけられたのなら勘違いも甚だしい。不満がある事と敵対する事は同じでは無いのだ。
「いえ、少し確認したかっただけよ。
アナタにまだ知らない事を教えてあげるわ。転生者は人間しかいないと聞いていたでしょ。それはウソよ。まあ、アタシ自信が証明でもあるし、デビル以外にも過去にはエルフやドワーフ、獣人にも転生者はいたのよ。
この国の王家であるデイン王家はその事を知っていて、隠している。アスイがどこまで知っているかは分からないけど、アナタ達はそれを知らされず、デイン王家の駒として使われようとしてるの」
「別にそんな事は必要無いから伝えないだけじゃない?余計な情報は混乱するし、転生者という協力な力を王家が制御したがる理由はあたしにだって分かるわよ」
アリナは確かに人間以外の転生者がいた事は驚いたが、過去に転生者が多く居た世界だと考えれば大して変な話では無い。
「じゃあ逆に聞くけど、どうして転生者はこの世界に来たと思う?」
レオラは真面目な顔でアリナに質問してきた。アリナはどう答えていいか悩む。
「分からないけど、聞いた感じだと世界を救う救世主みたいな扱いなんじゃないの?神様に能力を認められて選ばれたとか」
「なるほどね。アタシが聞いた話だと、窮地に立たされた種族に転生者が産まれるらしいわ。アタシも魔族が追い詰められ、かなり弱体化した時に転生して、魔族の女王レジーナとまで言われて崇められたわ。まあ、そのあと仲間の罠に嵌められて数百年も封印させられたんだけどね。
そんな事はどうでもよくて、転生者として選ばれる人の条件を教えてあげる。みんな日本人で、世界を呪いながら死んだ人が選ばれてる。アナタがどうかは知らないけど、アタシは学校で酷いイジメに遭い、半ば殺されたみたいに事故死したのよ。
多分、それだけ執念を残して死んだ人ならこの世界でも必死に生きるだろうと思われてるんじゃないかしら」
レオラの言う事はもっともらしかった。アリナにもいじめられた経験があり、小中学生の時に死んで、デビルの転生者になっていたら喜んで暴れていたかもしれいないと思ってしまった。
(駄目だ、相手のペースに乗せられてる)
アリナはレオラに気を許してしまいそうになり、改めて気を引き締める。
「別にそんな転生者の真相なんてどうでもいいよ。あんたは学校に乗り込んできてあたし達を殺そうとした。それだけが事実。情報を出して気を引こうとしても無駄だから。もう話はいいでしょ、殺し合おうよ」
アリナは席を立ち、身構える。
「だからアタシはアリナと戦う気は無いって。それに殺そうとしてもムダよ。アタシは瞬時に転移出来る。殺される前に逃げるから」
「じゃあ用件は何?それだけ聞いたら帰るから」
アリナは席に座り直し、用件だけは聞く事にする。レオラが言うようにいつでも逃げられるのは本当だと感じていた。今のアリナの実力ではレオラにトドメを刺す前に逃げる事が出来るのは事実だ。
「アリナに仲間になって貰いたいのもあるのだけれど、それは難しいと思ってるわ。
だからアタシのお願いは一つだけ。アリナにアスイを殺して貰いたい」
レオラは妖艶に微笑んで言う。アリナの中にもアスイがいなくなればいいのではという思いはわずかにあった。だが、そんな事をしても状況がよくなるとは思えなかった。
「なんであたしがそんな事をしないといけないの?あんた達が得するだけで、あたしにはなんのメリットも無いじゃん」
「そうでも無いのよ。これはアナタ達が生き残るのに必要な事なの。転生者は次々と災厄を引き寄せる性質を持っている。アスイが王国の為に動かなければこんな事態になっていなかった。
アタシ達デビルは人間を憎んではいるけど、皆殺しにしようだなんて思っていない。転生者という脅威があるからここまで必死に攻撃をしているのよ。アスイがいなくなり、アナタ達双子が王国から離れれば戦争は終わるわ」
「そんな分かりやすい嘘をあたしが信じるとでも?」
アリナはアスイの言う事を完全には信じていないが、それでもレオラが言う事よりは信じられた。アスイや双子がいなくなれば魔族は喜んで王国を侵略するだろう。
「そもそも、魔王が倒された後、どうして魔族連合が人間達を襲ったか知ってる?」
「そりゃやられたからやり返しただけでしょ」
「違うわ。魔王を倒して増長した人間達が今までが踏み込まなかった土地にまで領土を広げたからよ。だから亜人達も反発して敵対していた魔族と手を組む事にしたの。侵略を先導したのがデイン王家。なのにそのデイン王国だけが転生者によって平和が保たれている。魔導結界の外では人間でも魔導連合側に付いた国があるほどよ」
「あたしは難しい話は分からないけど、そもそも魔王が人間達の国を襲ったのが先でしょ。あたしはあんたの言う事は絶対に信用出来ない」
アリナはゲームやアニメでも立場が違えば捉え方が変わる事を思い出していた。そしてアリナは人間として転生した以上、人間側から世界を認識するしかない。
「まあ、アタシも最初から説得出来るなんて思ってないわ。でも、これからアリナは絶対にこの国に疑問を持つようになる。アスイを殺すのはそれからでいいわ。逆にアスイを殺さなければアナタは絶対後悔する事になる」
「勝手に言ってればいいよ。それに、悔しいけどあたしじゃアスイ先輩には勝てない。あんたも自分が勝てないからこんな話してるんでしょ」
当たり前の話だが、レオラがアスイを倒せるなら自分で倒しに行かないわけが無い。デビルの転生者だろうとアスイには敵わない事を理解しているのだ。
「悔しいけどその通りよ。でもね、アリナ。アナタならアスイを倒す事が出来るのよ。今日はその為の道具を渡す為に来たのだから」
「道具?」
アリナは話を聞いてはいけないと分かっていたが、どうしても聞いてみたくなってしまった。
「これがその為の道具よ」
レオラが手をかざすとテーブルの上に黒い禍々しい腕輪と赤黒い色をした大きな古い本と魔導具らしいアクセサリーが置かれた。アリナは本能的にアクセサリー以外は邪悪なものだと理解する。
「何これ?こんなのでアスイ先輩に勝てるの?」
「ええ。この腕輪は呪闇術の力を込められた闇術鎧よ。魔導鎧と同じように人間が装着出来て、魔導鎧とは比較出来ない程の力が出せるの。ただ、それだけではダルアを使いこなす事は出来ない。この本はカダルを転生者が習得する為の闇術書。まあ魔導書と同じような物と考えて頂戴。元々転生者にはどんな術も習得出来る素養があるの。本来デビルしか使えないカダルもダルブを読む事で習得出来るわ。
最後のこれは物を収納出来るアンクレットの魔導具よ。流石にダルアとダルブを持ち歩いてたら怪しまれるし、魔族に通じているとして捕まるから、収納出来るように持ってきたの。このアンクレットは最初に収納した本人しかアイテムを取り出せないからアンクレットを調べられても問題無いわ」
レオラが色々説明するが、専門用語が多く、凄い物だという事しかアリナには伝わらなかった。
「なんか凄そうなのは分かったけど、だったらそれをあんたが使えばいいんじゃないの?」
「それが出来ないからアリナにお願いしに来たのよ。このダルアがどういう経緯で作られたかは知らないけど、これは人間にしか使えない。アタシは試したけど装着出来なかった。カダルに関してはアタシは使えるけど、それだけではアスイは倒せない。
アナタのお姉さんのスミナにお願いしようかとも思ったけど、調べた感じムリそうよね。既にアスイを信奉してるみたいだし。それにダルアはアリナの豊富な魔力があってこそ威力を発揮する。アリナにダルアとカダルの力が加わればアタシやアスイが束になってもアナタには勝てなくなるわ」
「そんな強力な物を敵に送ろうなんて正気とは思えないね。何か罠が仕掛けてあるんでしょ?」
アリナはレオラが言っている事が信用出来ない。
「怪しいと思うなら鑑定魔法で調べたり、お姉さんに見て貰っても構わないわ。そうすればアタシが嘘を言ってないのは証明出来る。
カダルもダルアも強力だけど、アリナに渡せるのには勿論理由があるわ。カダルはデビル相手では効果が半減する。まあデビルが使う能力だから同類相手に効果が出ないのは当然よね。ダルアも同様に純粋な運動能力は効果があっても、デビル相手の時は攻撃の威力が落ちる。つまりその二つが効果が出る相手はデビル以外と考えてもらえばいい。
どう?これで力を貸せる理由が分かったでしょ?」
「それが本当だとしても、あたしは自分の為にしか使わないかもよ」
「それでもいいわ。アナタが自分の為に使っていれば、いずれアスイと戦う事になる筈。後悔したく無かったら、早めにアスイと戦って殺した方がいいわよ」
アリナはレオラがやりたい事をようやく理解した。デビルの力をアリナに使わせてアスイが殺せるなら貴重な道具だろうと安い物だろう。そして、それを使ってしまえばアリナはデビル側の人間という事になってしまう。例え一方的な接触だとしてもデビルと通じていた事が知られても問題になる。
「あたしが今聞いた話を全部国に話して、道具も国に渡すかもしれないよ」
「それでも構わないわ。この場所を調べられてもアタシ達は捕まらないし、道具を失うのは惜しいけど、それは交渉の為だから諦められる。
それにアリナはそんな事しないと思うわよ。だってアナタはお姉さんを助けたいと思っているから。お姉さんを助けられるのはアスイや他の人なんかじゃない。ダルアを使ったアリナでなければ助けられないわよ」
アリナは悪魔の誘惑とはこういうものなのだと実感していた。少しでも強くなりたいアリナにとって目の前の道具はとても魅力的だった。
「ダルブを読むだけなら呪われたりしないからまずは読んでみるといいわ。カダルがどれだけ素晴らしいか理解出来るから。
これからアリナは多分壁にぶつかるわ。そしてもっと強くなりたいと願う。その時デビルの力がアナタを助けてあげられる筈よ」
「分かった。
あたしはあんたを信用しないし、アスイさんも殺さないし、これらの物も使わない。
だけどあたしはレアアイテムを捨てて後悔するほどバカじゃない。とりあえずもらっておいて、何かの役には立てるわ。その時後悔するのはあんた達だからね」
「いいわよ、それで。もしアタシを呼び出したければカダルの伝達術を使うといいわ。仲間に加わりたいならすぐに駆け付けてあげるから」
「それは絶対ないから安心して。
今度会う時は強くなって、1撃であんたを殺すから覚悟しておいてね」
アリナは魔導具のアンクレットにダルアとダルブを収納し、それを足に付けた。
「じゃあね」
「アリナ、また会いましょう」
アリナは建物を出て行った。アリナの頭の中で色々な情報が絡まり合い、混乱していた。
アリナは寮への帰り道、誰かに見られたり、つけられたりしていないか用心しながら帰宅した。尾行も怪しい人影も無く、アリナはあっさりと寮へ辿り着いた。
アリナはスミナに今日あった事を全部話そうかと思っていた。スミナならきちんと話を聞いて、整理して、正しい回答を出してくれるだろう。だがアリナの中で一つだけ引っ掛かっていたのはアスイの事だった。もしアスイがアリナ達を騙していて、自分達を都合のいいように使おうとしていたのなら、スミナにも話してはいけない気がした。
スミナはアリナに隠し事をしなかった。アスイと2人で会った時はどんな話をしたか全部説明したし、道具の記憶を見た時もその内容を話してくれた。勿論アリナもスミナが全部を話しているとは思っていないが、後ろめたいような隠し事はしていないと思っていた。
アリナは既にソシラの秘密をスミナには黙っていたし、他の生徒とのトラブルの事とかもスミナには黙っていた。それはスミナを心配させたくないからだ。そういう経緯もあって、結局アリナはスミナにレオラの事を話すのを先延ばしにすると決めた。それはアスイを疑う気持ちもあるし、レオラが近いうちに何か動き出すかとも思ったからだ。話すのは何かあってからでもいいとアリナは思っていた。
(あの時に全部スミナに話していたらこんな事にならなかったかもしれない)
アリナはレオラに誘惑された日の事を思い出し、後悔していた。スミナがレオラの情報を知る事で人間と魔族どちら側に付くにしろ、流れが変わってスミナがあのような死に方をする事は無かったかもしれないと。
今思い出してもレオラが過去言っていた事に矛盾は無く、レオラとしてはアスイや王国が悪いと捉えていたのだろう。アリナは未だにどちらの言っている事が正しいか分からないし、スミナが死んだ今となってはどうでもよかった。
アリナはレオラと会った翌日に改めてレオラがいた建物に向かってみた。が、そこはもぬけの殻で、最初から廃墟だったように散らかっていた。アリナは幻覚を見せられたかとも思ったが、貰った魔導具はちゃんとあるし、レオラが痕跡を残さずに消えたのだろうと思った。
この後、学園に臨時教師としてオルトがやって来たり、スミナが最強の剣の記憶を見たりして、スミナが無茶しているのをアリナは感じていた。アリナは自分の悩みよりスミナを楽しませようとして裏町のラブルの店に連れて行ったのだ。スミナがナシュリと顔を合わせ、指輪を貰えたのは良かったのだが、変な事件に巻き込まれ、情報屋のトミヤと知り合う事になったのはアリナのミスだったかもしれない。
トミヤとの縁から貴族と魔族の繋がりを調べる流れになり、アリナとスミナでカジノを調べたりもした。それ自体はアリナは楽しかったのだが、学園内にも魔族と繋がりのある生徒などがいて、あとでそのツケが回って来る事になる。
アリナはそうした色々な出来事が起こるようになり、結局レオラと接触した事を言えないまま時が過ぎていった。だからといってレオラからもらった道具や本を使う事もせず、どちらも後回しにしてしまっていた。
そしてこの後受けた仕事がアリナにとっては大問題だった。
(あの遺跡調査を断ってさえいれば、未来は確実に変わっていた。どうしてあんなことになったんだろう)
アリナは自分が何でミスをしたのか思い返してみるのだった。