2.アリナの話①
アリナは魔族の砦にある部屋で転生前の記憶を思い出し、陰鬱な気持ちになっていた。もう昔の家族や知り合いは本の中の登場人物のようなどうでもいい存在になっていたが、それでも辛い気持ちだけははっきりと心に刻まれていた。
(でも、神様がいるのかは分からないけどあたしはスミナの双子の妹として転生出来た)
転生前の記憶を思い出し、スミナが巳那だと分かった時は本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。最初にお互いが誰か気付いた時にアリナは真っ先に前世で言った事を謝った。本当に後悔していたし、信頼を取り戻したかったからだ。スミナはすぐに許してくれた。その後、どうして転生しているのかを聞かれた時、アリナは嘘をついた。巳那が死んだのを悔やんで後を追ったなどと言ったらスミナが傷付くと思ったからだ。
転生前の記憶が戻ってアリナは最初の後悔をしていた。白銀の騎士の事だ。後にオルトだと分かった白銀の騎士だが、スミナが彼に憧れを抱いてしまったのだ。しかも記憶が戻る前とはいえ、スミナは危険な遺跡で死にかけ、アリナは助けに行けなかったのだ。
その事件があったから、その後のアリナの考えは一環していた。
(絶対にどんなことがあってもスミナを自分が守る。たとえ家族や友人を犠牲にしたとしても)
アリナはその想いを胸に、幼い頃から強くなる努力を惜しまなかった。ただ、当時は強いモンスターは周囲におらず、どんなモンスターもアリナの敵では無かった。だからもしかしたらこのまま平和にスミナと暮らしていけるかもしれないと思ってしまっていた。
アリナは学校に入る前の記憶を辿り、今は死んでしまった幼馴染たちの事を思い出した。
道具屋の娘だが魔法の才能があり、読書好きでスミナと気が合った薄い緑髪の少女ガリサ。パン屋の息子だが体力があり、双子の兄ライトに憧れて騎士を目指す黒茶髪の少年ドシン。2人とは記憶が戻る前からの幼馴染で、親友だった。
学校の入試を受ける前、みんなの身体つきが変わって来ると4人の関係性は微妙に変化していた。アリナはその時にあったやり取りを思い出す。
「ドシンお姉ちゃんの事好きでしょ。学校入ったら誰かに取られちゃうよ。告白するなら今じゃない?」
アリナは屋敷の庭で手合わせした後の休憩時間にドシンにふざけ半分で言った。スミナとガリサは家の書庫で本を読んでいるので別の場所に居る。ドシンは背も伸びてきて、体格のいい好青年になってきていた。他の同年代の子供と比べたら十分魅力的ではある。勿論アリナはドシンは友人としては好きだが、恋愛対象としては論外だった。
「そんな訳無いだろ。アリナは何言ってんだよ!!」
ドシンが怒り気味に反論する。ただ、この態度自体が図星だという事がドシンには分かっていない。ドシンのスミナを見る目と他の女の子を見る目は分かりやすいぐらいに違っていて、周囲のみんなはスミナに気がある事を知っていた。分かってないのはスミナ本人ぐらいだろう。
アリナがからかったのはドシンが絶対に告白しない事を理解してたからだ。が、それと同時にドシンには早めにスミナの事を諦めて貰いたい気持ちもあった。スミナはドシンに告白されたら100%断るだろう。スミナの好みの問題もあるが、それ以前に家柄の違いが大きい。アリナは身分違いなど気にしないが、スミナは自分がアイル家の長女である事を必要以上に感じていた。いくら幼馴染だろうが、越えられない線をスミナはきちんと引いている。
「お姉ちゃんに聞いてあげようか?ドシンの事どう思ってるか」
「余計な事すんなよ。それよりもう一回勝負しろ。今度こそ一本取るから」
「無理だと思うけど、相手になってあげる」
アリナは勝負を挑まれたら断らない。ドシンがこんな感じにこの話題を避けるので、アリナも以降は追及しなくなった。
が、後日、別の方向からアリナは話を蒸し返される事になる。
「ドシンに変な事言ったのアリナでしょ」
アリナが1人で訓練しているところにやって来たガリサがアリナに詰め寄る。アリナは訓練の手を止めてガリサに反論した。
「別に変な事なんて言ってないよ。ドシンが勇気出せないから応援してあげようとしただけだし」
「ドシンは別に勇気出せないんじゃないって。ドシンの気持ち考えた事ある?アリナは貴族の娘だから分からないだろうけど、私達平民が出来ない事って一杯あるんだよ」
ガリサは必死にアリナに訴える。アリナはガリサの言ってる事も理解してるし、正直どうでもいいと思っていた。だが、色々言われるとつい反論したくなる。
「うちは貴族だけどそもそも両親とも平民だよ。だから貴族らしくないってよく言われてるし。これからあたし達は王都の学校目指してるんだし、王都にはカッコいい人が沢山いるんだよ。ドシンにチャンスがあるとしたら今だけじゃん」
「それが余計なお世話だって言ってるの。ドシンも私も今の私達の関係を壊したく無いの。折角同じ学校目指してるなら友達のままでいたいでしょ」
ガリサの必死の様子にようやくアリナは理解した事があった。
「なんだ、ガリサはドシンの事が好きだから余計な事しないように言ってんだ」
アリナに指摘されるとガリサの顔が真っ赤に変わる。図星のようだ。ガリサとドシンはよく口喧嘩してたからガリサにそんな気は無いと思っていたが、成長して段々と変化があったのだろう。
正直言ってこの頃のアリナはガリサの事を少し嫌っていた。ガリサがスミナと読書好きとして仲良くしていたからだ。
転生前は漫画やゲームの話で意気投合した璃奈と巳那だがアリナとスミナになってからはそういった娯楽が無くなっていた。子供向けの絵本や英雄譚の本までならアリナも楽しんで読めたが、歴史書や研究書、魔法に関する本は勉強と同じで出来れば読みたくなかった。魔法が最初から使えるアリナにとって魔法の勉強が必要無かったのも大きい。
アリナなりにスミナとガリサの間に割り込めるように努力をしてみたりもしたが、本好きの素養がそもそもアリナに無いようで、諦めるしかなかった。それに本を読む時間があるなら自分を鍛えた方がいいというのあった。
「ドシンとはそういうのじゃない。放っておけないの。あいつ、バカで強さも2人に敵わないのに無理しちゃって。このまま行ったらきっとどこかで失敗する。多分騎士になれないし、なれても真っ先に死んじゃう。私はあいつにそうなって欲しくないの」
「だったら戦技学校に行くのやめるように言えばいいじゃん」
「言ったよ。何度も。でも、あいつは諦めたく無いって。強くなって名前を残したいって。目を輝かせてそう言われたら止められないよ、もう」
ガリサの本音を聞いて、アリナはようやく本当のガリサを知れた気がした。そして、自分がスミナの事を考え過ぎてガリサを毛嫌いしていたのだと実感した。
「ごめん。色々言い過ぎたかも。
あたしはガリサにお姉ちゃんを取られるんじゃないかと思って、わざとイジワルしてた。ドシンの事も悪ふざけが過ぎたかもしれない」
「いいよ。確かにアリナの言う通りの事もあるし、私もドシンの事に気を使い過ぎたところもある。
でも、アリナは本当にスミナの事が好きだよね。双子ってそういうものなの?」
「どうだろ。他人に取られたくない気持ちがあるのは本当だよ。お姉ちゃんはそこまで思ってないかもしれないけど」
「そんな事無いよ。スミナもよくアリナの事気にしてる。遅くまで戻ってこないと見に行くし、よくアリナの話をするし」
アリナはそれを聞いて少し嬉しくなった。アリナはこういう話をしてようやくガリサと仲良くなった気がした。
「ガリサ、あたしはもうドシンに余計な事言わないし、2人の事を陰ながら応援するよ。あと、ドシンが無茶しないように出来る範囲でフォローする」
「だから、私はそういうんじゃ……。
ありがとう。ずっと4人仲良く居られたら私はそれでいいから。アリナもお姉さんを取られないように頑張ってね」
アリナは幼い頃の記憶を思い出し、本当に4人で仲良く居られたら一番良かったのかもしれないと悲しくなった。
そしてそうならなかった理由は自分が強く無かったからだとアリナは再認識する。
(あの頃のあたしは自分が最高の能力を手に入れて、最強になれたと思ってたなぁ)
事実、アリナの祝福は他に類を見ない特別なものだった。一つ目の祝福は魔力を物体化出来る能力で、武器や攻撃手段、盾としての防御にも使え、応用が利いた。過去に魔法が発達した世界だが、強力なモンスターは皆魔法攻撃に耐性があるのでアリナの物質化はどんな敵にも対処出来る便利な能力だった。
そして二つ目の祝福の危険察知は更に強力な能力だった。身に迫る危険を事前に感じ取り、避ける事が出来るのだ。罠を回避したり、敵の奇襲にも対応出来て、その危険の大きさも分かるので強敵を避ける事も出来る。ただ、アリナはそんな強敵に出会う事はずっと無かった。魔力の消費も無く、精神を研ぎ澄ませば敵の1撃1撃の来る方向も察知出来るので1対1の戦いで負ける気はしなかった。
体力や運動神経は姉のスミナに負けるものの、莫大な魔力と二つの祝福、そして基礎的な魔法やスキルが全て使える姿で転生したアリナは自分の能力に感謝していた。だが、それで油断したわけでは無く、劣る運動神経を補うように日々鍛錬は欠かさず、魔法との組み合わせで足りない部分を補えるようにしていた。
アリナは日々強敵やトラブルを求めていて、人助けも進んで行った。アリナの能力で出来ない事はほぼ無く、町でも人気者になっていた。
勉強は嫌いだったが、姉と同じ学校に通う為にアリナも必死に勉強をした。試験勉強はスミナが色々教えてくれたので何とかなりそうだった。
そして戦技学校の入学試験の為、双子は初めて王都へ行く事になったのだった。
道中も人助けをして有名になり、入試も上手く行った。アリナは実技に絶対的な自信があった。唯一の問題点は道中の遺跡でアルドビジュエルという名の魔宝石をスミナが拾った事だ。略してエルと呼ばれるこの魔導人形はスミナにべったりでアリナとスミナの間に割り込んで来たのだ。それでもあくまで人工物という事でアリナはエルをなんとか許容することが出来た。
アリナはその頃から少しだけ自分の能力を疑問視し始めていた。それは姉スミナの祝福であるどんな道具でも使える能力と道具の過去を読み取る能力が思っていたより凄い能力なのではないかと思い始めたからだ。魔宝石のエルを見つけて従わせるという事自体もスミナの能力であり、今後もっとスミナは強くなれるのではと感じていたのだ。
そしてその不安が的中したのは入試後の屋敷で合格通知が来た後だった。
(今でも覚えてるな、あの時の不安を)
最初は王都に行った時に漠然と王城の方から何か巨大な危険を感じただけだった。それが合格が決まり、同時に王都からの呼び出しが来た時には物凄く大きな危険に変わっていた。スミナに説得されて王都へゲートを通っていくと、王城の地下へと案内された。そこで待っていたのはもう1人の転生者であるアスイだった。彼女がアリナ達を危険へ誘う存在であるとすぐにアリナは理解した。
(アスイ先輩……)
アリナのアスイに対する今の感情は複雑になっていた。彼女を恨む気持ちも大きいし、彼女に助けられた事は素直に感謝している。何より思うのはアスイと行動を共にしなければこうならなかったのではないかという思いだ。
あの日、アスイは自分が転生者である事を明かし、この世界が実際は大変な状況であると説明した。アリナにとって世界の真実とか危機とかはどうでもよかった。ゲームでは数多の世界を救ってきたが、正直自分とスミナさえ無事ならこの世界がどうなろうと知った事では無いという気持ちがあった。
だが、スミナはアスイの記憶を確認し、アスイが言っている事が正しいと言ってきた。アリナは自分が危険と認識したのがアスイが言う『人間を救う為に戦う』という大きな流れに巻き込まれる事だとようやく分かった。だから、必死に抵抗し、アスイと決闘までしたのだ。
(結局あの時のアスイ先輩はあたしを殺さないように手加減してたんだ)
アリナはあの時の戦いを思い出し、それ以降のアスイの強さを考えるとかなり手加減していたのだと分かった。だが、アスイとの戦いはアリナにとって無駄では無かった。自分の未熟さが分かったと共に超えるべき目標がはっきりと見えたからだ。
アリナの敗北はほぼ確定していたが、国王陛下の中断によってアスイとの戦いは途中で止められた。そして国王の提案で学校に通いながらアスイに協力する形で一応話はまとまったのだった。
実家に戻った後アリナは1人でどうすればいいか必死に考えた。だが、この世界の知識も無く、魔族の強さも分からないアリナには建設的な考えは浮かばなかった。結局誰にも負けない強さになればスミナだけは守れると思い、今はとにかくアスイに勝てるぐらい強くなろうという結論に至ったのだった。
(あの頃は単純に強くなれればいいと思ってたし、王都での生活も目新しくて楽しかったなあ)
アリナは王都の寮に入り、入学したての頃の事を思い出す。隣室のレモネとソシラも含め、同じクラスの生徒達は確かに学生としては優秀だったが、アリナがライバル視出来るような強者はいなかった。アリナも本当はスミナと全て同じ授業を受けるようにしたかったが、強くなるにはそれでは駄目だと思っていた。
だからアリナは座学は必須科目だけにし、選択出来る副授業では様々な武器や魔法の授業を一通り受けてみる事にした。武器に関しては剣が主体ではあるが、様々な武器の特性や長所と短所を知る事で自分の祝福に応用出来ると思ったからだ。ただ、アリナとしてはそれらの武器を極めたい訳ではないので、一通り受けて、これ以上授業を受けても無駄だと思ったものは変更可能な1ヶ月の間に止める事にしていた。
そしてアリナが様々な授業を受けた理由はもう一つあった。自分のクラス以外の強者を探していたのだ。戦士科や魔法科でも戦闘に強い生徒の噂を調べ、実際にその人が戦っているところを見て回った。可能な場合は模擬戦を申し込み、実際に戦ってもみた。そしてそれは同学年だけでは無く、上級生にも及んでいた。
アリナは様々な授業を受けた際に別のクラスの生徒で顔が広い生徒、特に上級生の知り合いがいる生徒と友人関係になれるように努めた。人と仲良くする方法は現実でも異世界でも同じで、流行などの生徒達が注目しているファッション、グルメ、娯楽などの情報を集め、その話題を切っ掛けに仲良くなるのだ。
戦技学校は入学するのが難しく、かつお金がかかるのでガラが悪い生徒は少なかった。勿論全員の性格がいいなんてことは無く、陰口悪口は特に貴族出身の生徒がする事が多かった。なので生徒のグループとしては平民出身と貴族出身で大きく分かれていた。勿論そうでも無い人もいたが、貴族は貴族同士で集まるのが普通の感覚だとアリナは理解した。アリナ達は両親が平民出身だったので平民とも出来るだけ平等に接していたが、他の貴族の子達はどうしても平民を下に見ているようだった。
そういう経緯もあってか、アリナは貴族の子と仲良くなるのは容易かったが、平民出身の子と仲良くなるのは難儀した。アリナがいくら普通に接しようとしても、他の子に何か言われるからと拒否してくるのだ。それと同時にあの子と仲良くするのはやめた方がいいと貴族の子から言われたりもした。
(現実も異世界もそんな変わらないな)
とアリナはオタクが馬鹿にされた現実世界を思い出したりもした。
とにかく入学して2ヶ月ぐらいはアリナは忙しい日々を送っていた。スミナには放課後遊んで回っているように見えただろうが、アリナはとにかく人脈を広げ、なるべく強い人と知り合いになるべく行動していた。アリナの行動は実を結び、女子男子問わず、アリナはかなりの友人を作る事が出来た。
丁度その頃、アリナ達の魔法騎士科のクラスで最強決定戦が行われた。アリナは模擬戦だろうと1対1では負ける気はせず、グループがスミナと分かれたので決勝はスミナと戦う事になると思っていた。
しかし予想を覆しレモネがスミナを倒してレモネとアリナの決勝戦となった。レモネは確かに強敵だが、祝福の内容さえ分かれば負ける相手では無かった。スミナが負けたのも祝福で力を増した不意打ちでの場外であり、スミナがそもそも模擬戦と相性が悪いのもあったとアリナは思っていた。
それよりもアリナが手強いと感じたのは体力の無いソシラの方だった。虚像と本体を入れ替えるソシラの祝福はアリナにとっても厄介で、使い慣れていない模擬戦用の槍で無ければもっとソシラは強いのだと思ったからだ。そしてそれをアリナは意外な場所で知る事になった。
それはアリナが裏町に出入りするような少し悪ぶった生徒達とも付き合うようになった事が発端だった。勿論それは悪い事ばかりでは無く、裏町にしかないお店や、気を付ける事や比較的安全な地域を知る事が出来た。指輪をくれたナシュリさんがやっているラブルの店を知れたのも大きかった。
だが、そういう裏側に近い人と付き合うとトラブルはどうしても起こる。アリナが失敗したのは3年生の戦士科の男子の先輩を模擬戦でボコボコにした事だった。平民出身のその先輩は戦士科ではトップと言われるほど強く、冒険者としても既に活躍していた。だが、強さを振りかざし子分を引き連れる様子にアリナはイラつき、つい手加減せずに圧勝してしまったのだ。
アリナはその3年生の先輩に呼び出され、夜の裏町へと向かった。スミナには遊びに出かけると言って心配はかけないようにしていた。指定された時間の指定された場所にその先輩はいなかった。アリナは周囲を取り囲むように敵意を持った人たちがいる事には気付いている。
(めんどくさいなあ)
アリナは見た目は平和なこの世界にも平気で犯罪を犯す下種な人間がいる事を理解していたし、そういう人達は更生なんてしないと思っていた。
タイミングを合わせて布を巻いて顔を隠した屈強な男達がアリナの周りに現れる。男達は合計で8人いた。その中に例の先輩はおらず、その子分をしていた生徒は2人いて、他は町のならず者といった感じだ。本人は手を出さず、何かあっても無関係だと言い張るつもりなのだろう。
(復讐するにも自分は出てこないで、8人がかりで襲わせるなんてホントどうしようもないな)
アリナは身構えて男達の動きを待つ。
「大人しく言う事を聞けば痛い目には合わないぜ。
発育は良くないが、顔は可愛いじゃないか」
アリナの正面に立った大男が分かりやすい下種な言葉を吐く。アリナは男達が考えているであろう今後の展開を思い描き、物凄い嫌悪感を抱いた。
(こんな奴ら死んでも問題無いか)
アリナは返事をせずにそのまま男達を片付けてしまおうかと考えた。アリナはモンスターや野生動物は殺した事があるが、流石に人間相手の殺人はした事が無かった。山賊退治をした時も相手を殺しはしなかった。だが、今後を考えれば人を殺す事もあり得るし、そこにためらいは無かった。
「あなた達すぐに帰りなさい。今ならまだ許してあげるわ」
アリナは背後から女性の声を聞こえ、みなそちらの方を振り返る。その女性は長身で、フードを被って正体を隠し、声も魔法で加工しているようだった。ただアリナはその声がどこかで聞き覚えがある気がした。
「なんだ、オマエは。俺達が誰だか知ってて言ってるのか?ここは衛兵も寄り付かない無法地帯、オマエも一緒に頂こうじゃねーか。お前ら、半分はこっちの女をヤレ!!」
アリナに話していた大男は女性の言う事を当たり前のように聞かず、アリナと共に女性も襲おうとするのだった。
「そっちがその気じゃしょうがないわね」
フードの女性はそう言った瞬間姿が消えた。そしていつの間にか大男の目の前に移動すると、喉に短剣を突き刺していた。他の男達がそれに気付くのと同時に女性は別の男の前に一瞬で移動し、同じように喉を切り裂く。あっという間に6人の男が喉を刺されて死んでいた。
「あなた達は学生よね。逃がしてあげるからもう命令した奴の言う事を聞くのをやめなさい」
女性は残りの2人の男に言う。2人は顔を見合わせると急いで路地の向こうへと消えていった。
「あなたも災難だったわね。今日の事は忘れて帰りなさい。あと、裏町に関わるのはもうやめなさいね」
女性はそう言うと去って行こうとした。アリナは先ほどの戦いぶりを見て、その女性が誰であるか確信していた。
「あんたソシラちゃんでしょ?言動も戦い方もあまりに違うからビックリしたけど、あの祝福がたまたま一緒って事は無いだろうし」
「やっぱりあなたはには分かってしまうのね。隠していて調べられるのも嫌だし本当の事を言うわ。
あなたの思っている通り、私はソシラ・モットよ」
女性がフードを外すと中から長い黒髪を縛ったソシラの顔が現れた。先ほどの戦いでは虚像を移動した瞬間に消していたので瞬間移動のように見えたが、やはり虚像と本体を入れ替える祝福で相手の目の前に移動して攻撃していたのだ。アリナは先ほどのような相手を暗殺するのにソシラの祝福はぴったりだという事を理解した。
「その姿が本当のソシラちゃんって事かな?裏町でそういう暗殺の仕事をしているのが。いつもの無口で動くのを嫌がってるのは演技だったのね」
「逆よ、逆。これは私がモット家の家業をする時に演じている姿。本当の私はいつもの運動嫌いでモンスターに興味を持つ大人しい女の子の方」
ソシラはいつもの声で、いつもと違う口調で言う。ソシラの言っている事が本当かは分からないが、本人としてはそう受け取って欲しいのだろう。
「で、なんでこんな事してるの?正義に目覚めてあたしを助けに来た、なんて事は無いよね。あたしが強いのも知ってるだろうし。だとすると、誰かにお金をもらってるとか?」
「お金は貰ってないし、正義の為でも無いのは正解ね。
まあ少し調べれば分かると思うけど、私の親であるドレド・モットには二つの顔があるの。表向きはウェス地方の領主をやっている貴族の顔で、裏は裏社会の西側を仕切る親分の顔よ。私の兄や姉達も半分は貴族、もう半分は裏社会で働いてる。だから私にも二つの顔があるの」
アリナは裏社会に関与する貴族がいる事は知っていた。アリナの父などは取り締まる側で、そういった関わりを断るタイプだが、上手く裏社会と関わり、甘い汁を吸う貴族も多かった。アリナとしては酷い犯罪で無ければそういったやり方も悪くは無いのだろうと思っていた。
「じゃあソシラちゃんはその親父さんの命令で、ならず者達を殺しに来たって事?」
「いいえ。今回の仕事は私の独断よ。私の父は学校に進学する話をした時、学業に専念して、裏社会の仕事はしないようにと言って来たの。
でも、父の縁で町の噂は私の耳に入るし、裏社会にもルールはある。それが乱れると父の仕事が増える事になる。今回は学生が巻き込まれた事件でもあったし、関わる事にしたの。アリナさんが負ける事は無いと分かっていたけど、ならず者をアリナさんが倒したとなると話はややこしくなる。私がやればあとは父の部下が処理してくれるし、そうなればもう誰も手出しして来なくなる」
今回の対応はソシラなりに色々考えてくれての事だと理解した。アリナとしても今後裏社会の人達と敵対したく無かったので助かったのは事実だ。
「分かった。ありがとう、ソシラちゃん。で、この事は秘密って事だよね?レモネちゃんは知ってるの?」
「うん、秘密にしておいてもらうと助かる。
レモネは父の裏の顔とか家の家業とかそういう事は知ってる。でも、私がたまに抜け出して何をしてるかは知らない。薄々感付いてるとは思うけど、一度も聞いてきた事は無い」
レモネはある程度感付いていて、それをソシラが知られたくない事を理解して聞かないのだろう。2人は良い友人関係なのだなと思った。
「ソシラちゃん、あたしもなるべく裏社会には関わらないようにするよ。だから、今日の事とかそういった話はスミナに黙って貰えると嬉しい」
「うん、言わないよ。
そろそろ部下が来るから帰った方がいい。じゃあ、次に会う時はいつものソシラだから」
「分かった。じゃあね」
アリナはこうしてソシラの裏の顔を知る事になったのだった。ただ、裏社会との関わりは例の魔族による学校襲撃事件によって関わらざるを得なくなるのだ。
(この時までだったな、本当に平和な生活を送れてたのは)
アリナはこんな場所にまで来る事になった切っ掛けである、レオラとの出会いを思い出す必要があった。